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S  作者: ぼーし
第五章 【亜人】編
58/62

-49- こうして俺はSS級になった(ドヤァ!

戦闘シーンオールカットォ!

 もうもうと立ち込める土煙が、【聖騎士】の剣のひと振りによって晴れる。強引に振り払われた戦闘の余波は、周囲の木々を薙ぎ倒す戦闘開始時は洞窟内であったにも拘らず、【聖騎士】が立っているのは屋外。洞窟は、瓦礫へと姿を変えていた。


 周囲の嵐が通った後のような惨状に対して、日の光によって輝く【聖騎士】の白銀の鎧には、傷一つ付いていない。涼やかな笑みを浮かべる無傷の【聖騎士】は、自分の前方、五メートル程行った場所に転がる、ボロボロの【賊王】(、、、、、、、、、)に目を向けた。【賊王】の体は血に塗れ、武器である魔道具はその欠片も存在していない。全てが全て、破壊されていた。


 虫の息といった表現がぴったり合う【賊王】。

 にこやかに【聖騎士】(勝者)【賊王】(敗者)に声を掛ける。


「さて……まだ()るつもですか?」

「ぐっ、はははは、なるほどつぇなぁ」


 血の塊を吐きながら、【賊王】は吐き捨てる。ごろり、と横に転がり、仰向けになった【賊王】には、既に立ち上がる力も無い。


「君の負けだ、私の奴隷となれ。そうすれば助けてやろう。このままでは、死にますよ?」

「ああ……確かに、死ぬなぁ……」


 呟いた【賊王】は諦めたように、


「おれぁ……なにをすれば良いんだ。それを聞かない限り、死んでも手を貸すことは出来ないっておれぁ思う訳ヨ」

「ふむ、そうですねぇ……」


 【賊王】の問い、【聖騎士】は暫し悩み、頷いた。

 勝った、とそう思ったからこそ、油断したのだ。

 もう、何も出来ないと、そう考えたから、【聖騎士】は喋る。言う必要の無い事を、ぺらぺらと。

 誰かに褒めてもらいたい子供のように。自分の計画を無駄に自慢する愚者のように。


「私の二つ名を知っていますか? 【聖騎士】ではないほうの、ですが。私は亜人殺しと呼ばれていましてね。まぁその理由が、亜人を執拗に殺しまくったせいなのですが、しかたないでしょう? 亜人は、『悪』なのだから。殺さなくちゃ。私が、この『正義』()が、『悪』(亜人)を殺さないで、なにを殺すというのですか? そんな訳で私は亜人を殺し続けていたのですが、最近亜人が見つからなくなりましてね。どうやら【魔女】が関係しているようなんですよ。それで私は亜人を捕らえて、聞いたんです。何処に居るかとね。残念ながら何処にいるかは教えてもらえませんでしたが、そのさい面白い話を聞きまして。なんとも、亜人たちが国を作っていると言うんですよ。面白いでしょう?」


 両腕を広げ、壮大に語っていた【聖騎士】はのどの奥でくつくつと笑う。


「ええ、『悪』が集まって国を作るんですよ。私は理解しました、これは『悪』の国を滅ぼせと言う天啓だとね。タイミングよくこの『聖剣(オリジナル)』も手に入れることが出来ました。私は確信を深めた。ですが、亜人の国と言うのが中々見つからない。どれだけ亜人たちに聞いても、馬鹿みたいに『仲間は売れない』『裏切るくらいなら死んだほうがまし』なんて言って、いくら聞いても答えてくれないんですよ。捜索は難航した。ところが、つい最近漸く手がかりを掴む事ができたんですよ。鬼族の村を襲ったときに、亜人の国を教える代わりに命だけは助けてくれと懇願してきた者が一人居ましてね? ああ、もちろん情報をしっかり聞いた後で殺しましたよ、死体は確認してません(、、、、、、、、、、)()、生きていることは無いでしょう。それで手に入れた情報を下に、亜人の国の場所を割り出す事に成功しまして、貴方にはその『亜人殲滅戦』に協力して欲しいんですよ」

「…………………………………………なるほど……」


 随分と長い説明が終わり、【賊王】はゆっくりと深呼吸する。

 ぼんやりと生気の無い目で青空を見上げる【賊王】は、自らの状態を再確認した。

 全身を切り刻まれ、大量の血が流れている。

 立ち上がる力どころか、拳を握る力すらない。

 最後の抵抗をするための武器も存在しない。

 このままでは、恐らく何も出来ずに数分後に絶命する。


 全てを理解した【賊王】は、静かに目を閉じ、覚悟を決めたように息を吐き出す。

 そして彼は――――嗤った。苦しそうに、だが心底おかしそうに。愚者を嘲笑するように。

 今、絶対的優位に立っている筈の【聖騎士】を、【賊王】は嗤い、言葉を吐き捨てる。

 愚か者へと叩きつける。


「……ははは………………はははははははっ! 最高だな、【聖騎士】。沢山教えてくれたお礼に、おれも一つ教えてやるヨ」

「……なに?」


 何かおかしい事に気付いた【聖騎士】だが、もう遅い。


「おれのチートは【無限分裂(レギオン)】つってよ、オリジナルと全く同じ(、、、、、、、、、、)モン(、、)を無限に作り出すことの出来るチートヨ。でヨ、ここで一つお前に聞きてぇんだがヨ……おれが何時、オリジナ(、、、、、、、、、、)ルだと言った(、、、、、、)?」

「……まさか」

「だからヨ、全く同じモンを無限に生産できるんならヨ……頭いい奴なら馬鹿ようの罠に、オリジナルのフリをさ(、、、、、、、、、、)せるクローン(、、、、、、)を作ったりするとおれぁ思う訳ヨ」

「貴様……ッ!」


 漸く全てを理解した【聖騎士】を見て、【賊王】は嗤う。

 正確に言うならば、【賊王】(オリジナル)の【無限分裂(レギオン)】というチートで作られた【賊王】(クローン)は嗤う。


「おれたちは死ぬことで情報を共有できる。そして、お前は知らねぇだろうがおれの女はな、亜人んなんだヨッ! おれたち餓狼盗賊団と【魔女】は繋がってんのさ、分かったかヨ? お前の計画は既に破綻してるぜ?」


 【聖騎士】が動く。クローンの言葉を信じるならば、死ななければ情報は共有できないと言う事。死なせずに、捉えることができれば、情報漏れを防ぐことが出来る。


 だが。


「あめぇヨ」


 ガリッ、と。

 クローンは【聖騎士】が自分の体に触れるよりも早く、右下奥歯に仕込んでいた毒を飲み込む。


「くそっ!」

「無駄だ。今飲んだ毒には、『魔』の要素は一切含まれて居ない。お前のチートで消滅させることは出来ねぇヨ」


 ドロドロとした血を両目、鼻、耳から流すクローン。

 もう助かる見込みはゼロ。それが分かったのだろう、【聖騎士】は先程までの笑みを引っ込ませ、変わりに悪魔のような形相で吼える。


「悪が……滅べッ!」


 振り下ろされる剣がクローンの首を刎ねる前に、彼は囁いた。


「はははは、自分を正義と信じて止まないおこちゃまが。悪であるおれたち(、、、、、、、、)を殺してぇんだったら掛かって来いヨ、直ぐに返り討ちにしてやるっておれぁ思う訳ヨ」


 斬ッ! と鋭利な刃はいとも容易く首を刎ねる。鮮血と共に宙を舞う首は、しかし幻のように煙となって消え去った。【聖騎士】はクローンの言葉が全てが真実だったことを認め、自身の愚かさを認めた上で――――静かに微笑む。


 だが、その笑みは常に【聖騎士】が浮かべていた柔らかなものとはまるで違う、それこそ大量殺人鬼のような悪人の笑み。


「くくく……くはははははははははッ!! 良いだろう、ええ良いでしょうッ! 計画が知れたからなんだと言うのだ。そんなのは関係ない。ええ、そうです。全く支障なんてものはありませんとも! 関係ない、関係ないんですよぉ……全てを、『悪』が立てた卑劣な罠や戦法、その全てを真っ向から踏み砕いてこそ――――」


 【聖騎士】はこれ以上無いほど嗤い。

 そして。





「『正義』だッ!!」



◆ ◆ ◆



 朝目覚めた霧裂は確信する。

 今朝こそ、今まで生きてきた中で最悪の朝だと。


「……うふふふ、おはよう」

「……夢だ。これは夢、頼むから夢であってくれ」

「……私の夢を見てくれるの? うれし――」

「――ハイ現実だったーっ! 夢じゃなかったみたいだわ、あはははは」


 頬を染め体をくねらせるセレーネから距離を取りつつ、なにやらおかしなポーズを取る霧裂は、視線を部屋の隅々まで走らせる。霧裂が昨日、丸一日監禁されていた狭い部屋は、【豪商】徳永から買った魔物の素材や造りかけの魔道具で足の踏み場が殆ど無い。


 唯一ある家具は質素なベッド一つで、そこで霧裂とシャルロット、キューは眠ったのだ。今でもシャルロットとキューは夢の中。ベッドで横になってキューを抱きしめながら眠りこけている。だが、それだけだ。今この部屋にいるのは霧裂とシャルロット、キューにセレーネだけ。ハクがいない。一体どこに? と探そうとしたのだが、


「……それじゃ、行きましょう」

「怖い怖い! 切っ先を向けるな切っ先を!」


 舌なめずりしつつセレーネは口角を上げ、【無月】を霧裂に突きつける。

 両手を挙げ抵抗の意思がないことを体全身で表現しながら、霧裂は涙目でセレーネを見て、


「そもそも、何処行く気だよ!」

「……どこって、朝の半殺し愛」

「馬鹿かっ、朝の運動的なノリで殺しあう馬鹿が何処にいる!」

「……え? 殺し愛して良いの?」

「子供みたいに目をキラキラさせてんじゃねーよ! 駄目に決まってんだろうが!」

「……ケチ。まぁ、良い。なら、早く行こう」

「だからイヤだって!」

「……そんなに言うなら、別に私はここでしても構わない」


 ゆらり、とセレーネが揺れる。静かに戦闘態勢に入り始めたセレーネを見て、霧裂は顔を真っ青にしながらちらりと横目でシャルロットの寝顔を見た。無垢な寝顔を見たことで、霧裂の中で遥昔にさび付いていた『お兄ちゃんスイッチ』が入っていしまう。

 霧裂は覚悟を決めた。


「あーもーっ! 分かったよ、だけど覚悟しろよ。殺しはしないけどガチで半殺しにするからな!」

「うふふふふふふふ! 早く、早くぅ!」

『ふぁ~。主~、我は置いて行っていいのじゃ~。我、まだ眠い。だから寝させて欲しいのじゃ~』

「お前も来るんだよ馬鹿ッ!」


 薄気味悪い笑い声を響かせながら、まだ薄暗い外に飛び出し、森のほうへと駆けていく二人。

 二人が行った後、ゆっくりと部屋に入ってきた白銀の美女、ハクはポツリと言う。


《ふぅ、さて厄介も行った事だし……俺様はもう一眠りするか》


 すっぽんぽんになったハクはベッドに倒れこんだ。






 ――――その凡そ三〇分後の事。

 ばったーん! と大きく開かれる部屋の扉。

 ソコから真っ白な何かが飛び込んできた。


「兄貴ーっ! 朝のお約束である『妹式お目覚めエルボー』をかましに来たぜーってあれれ? いない? 兄貴ー、どこぉー?? 兄貴ぃーっ!」



◆ ◆ ◆



 一つの、他の部屋より比較的広い部屋に皆は集まっていた。

 現在の時刻は凡そ七時。朝食の時間と言うわけだ。

 瞬谷は席に着く面々を見渡し、ここには居ない霧裂の事を考え首を傾げる。


「ハクさん、霧裂さんはどこいったんですか?」

《さぁな、狂った奴と一緒に朝出て行ったっきり見て無いな》

「本当ですか? まずい、マイマスターの危機だと判断します」

「兄貴の危機……貞操の危機!? まさかっ! 一番初めに排除すべき敵はセレーネだったというのか!!??」


 慌てて外へ飛び立とうとするステラと、わなわな驚愕に打ちひしがれる九埜を何とか宥めようと瞬谷が孤軍奮闘していると、バンッ! と大きな音を立てて部屋の扉が開かれる。幾つかのかすり傷を作った霧裂がぶすっとした若干怒り気味の表情で、部屋に入ってくる。


「あ、霧裂さん。大丈夫だったんですか?」

「ああ、問題ねーよ」

「んん? あれ、兄貴、セレーネは?」


 ハクによればセレーネと一緒にどこかへ行った筈なのだ。一人で帰って来た事に疑問を覚え、次に嫌な想像をし顔を真っ青にさせる九埜に、霧裂は空いた席に着きながら、


「心配すんな、殺してねーよ。ただ帰ってくるのは午後になるかもな」

「? どういう事?」

「気にすんな。アイツは今、現在進行形で芸術の気持ちを理解してんの」

「?」

「ほら、飯食おうぜ」




 ――――爆心地のように薙ぎ倒された木々の中心。森の外れで満足気な表情で氷の中に閉じ込められ、奇妙なオブジェと化したセレーネが発見される事になるが、それは少し後の話だ。






 シスターが用意した簡単な朝食にそれぞれ口を付ける。


「ん、中々美味しいじゃない。ねぇ、どうやって作ったの? 教えなさいよ」

「では、のちほど、れしぴをおわたしします」

「すみませんサリィがわがまま言っちゃって」

「なんか保護者みたいだな瞬谷」


 ずるずると音を立てつつスープを啜っていた霧裂は、『それ頂戴っ』と差し出されたシャルロットの手にパンを握らせながら、ふと今朝の町の様子を思い出す。昨日は町の人々は皆暗く沈んだ表情をしており、店も軒並み閉店していた筈だ。しかし、今朝セレーネと森へ向かう途中に見た町の様子は、昨日とは真逆でまるで祭りのような大興奮だった。


 なにかあるのかな? と疑問を感じた霧裂は、もう一つのパンを毟りながら、


「なぁシスター、なにかあったのか?」

「あっ! えっとね兄貴、実はね――」

「――お前には聞いて無いから。頼むぜシスター説明プリーズ」

「はい。どうやら【かいりゅうてい】がとうばつされたようです」


 ぶすっ、と頬を膨らませながら『シスター服着て誘惑してやろうかこんにゃろぅ』と両手でバンバン机を叩く九埜を意図的に無視しつつ、霧裂は顎に手をあて瞬谷の方を向く。


「【海龍帝】ってのは鎌咲とレアルタが行ったのだったよな?」

「ええ、そうです。どうやら討伐に成功したらしいですね」

「むむむ! その鎌咲ってのは誰なのかな兄貴! なんだかアタシの中のレーダー的な何かが『別の女の気配がするぜ!』って警告を発してる気がするのは単なる勘違いなのかな!?」


 ガンガン! と拳で叩き割らんばかりにテーブルを叩く九埜を見て、朝食消滅の危機を覚えた他六名は、それぞれ自分の朝食を危険区域(テーブル)から退避させる(持ち上げる)


「ってことはさ。俺ってもうSS級冒険者な訳?」

「あ~、一度ギルドに行ってギルドカード更新しなくちゃいけませんね。あれ、本人がいなくちゃ出来ないんですよ」

「ならさっさと行こうぜ。お前の除名も撤回して貰わなくちゃいけねーし」

「はい! はいはいはーい! アタシも行きたいぜ兄貴! デートしよデート!」

「お前は【魔女】だろうが。人族にとってラスボスだろうが。身の程を弁えろ馬鹿」

「つまり霧裂さんは『もう勝手な行動しないの。べ、別に貴女が心配なわけじゃないんだからねツンツン!』って言いたいわけで――すみませんごめんなさい許してください調子乗りましたお願いですからその血みどろオーラを纏った拳を収めてください霧裂さん!」


 実に珍しい事に瞬谷がニヤニヤ笑いながらジョークを言ったのだが、それも次の瞬間には涙目土下座に早変わり。どこかデジャブを感じつつ席に座った霧裂は、表情を一転これ以上無いほどの笑みを浮かべながら、


「まぁそういう事で俺と瞬谷はギルド行くわ。ハク達はなんかしてろよ」

《……ちっ。仕方が無い。……終わったら寄り道せずに真っ直ぐ帰って来いよ》

「はいはい分かったよ。んじゃ行こうぜ瞬谷」

「分かりました」


 慌てて残りのスープを飲みきった瞬谷は、霧裂に続き席を立つ。ぴょんっ! とシャルロットの頭から飛び上がったキューが『連れてって、連れてって!』と言うように霧裂の頭の上に乗った。サリアナが高速でキューを奪い取ろうと霧裂の頭に手を伸ばすが、少し間に合わず音を立てて扉が閉じた。






 そんな訳で冒険者ギルドである。霧裂も過去に一度、王都で来た事がある。

 あの時は、受付嬢の乳のデカサに驚いたり冒険者ギルドに加入したりまさかの情報にアホ面さらしたり賄賂で情報買ったりなど、一般冒険者とは若干異なるギルドデビューを果たした霧裂。


 そして人生二度目のギルドで、人族最高峰のSS級冒険者に昇格である。

 スピード昇格なんてレベルじゃない。まだ一度たりとも依頼をこなしておらず、尚且つ冒険者ギルドに来るのが二回目。過去、そして恐らく未来においても最高の速度での昇格だ。


 瞬谷もまた、スピード昇格に間違いないのだが、それでも数ヶ月掛かっている。生きる為に必死に依頼をこなしていた、それでも平和だった頃を思い出していた瞬谷は、霧裂に急かされギルドの扉を潜る。


 瞬谷の背を押し扉を潜った霧裂は。ぐるりと周囲を見渡す。王都のギルド支部は一階が受付で二階が酒場と分けられていたが、どうやらこのマーレ支部では違うようだ。奥に受付があるのは同じだが、その手前に幾つもの丸いテーブルと椅子が設置されており、そこに陣取った冒険者たちが思い思いに酒を浴びるように飲んでいた。


「おお、これぞ冒険者って感じだな!」

「まぁ【海龍帝】が討伐されたおめでたい日ですから。ハッチャけてるんでしょう、皆」


 無駄口を叩きながら、二人は受付へと歩を進める。その途中何人かの冒険者(酔っ払い)に『おごりだ飲めやこんちきしょうっ!』てな感じで絡まれたが、簡単に相手をしながら歩みを止めない。


 二人とも、一見分からないが警戒をしていた。瞬谷は現在犯罪者だ。それを撤回してもらう為に来たのだが、所詮は口約束。もしもの場合、この場所で大暴れする準備も出来ている。


 一先ず全員半殺しだな、などと物騒な事を考えながら右端の受付窓口の前で歩を止める。どこにでも居そうな村娘のような平凡な顔つきの受付嬢は、にっこりとお手本のようなスマイルを浮かべ、


「おはようございます。マーレギルド支部へようこそ、ご用件はなんでしょう?」

「……冒険者オーマ=キリサキに【瞬王】サク=シュンヤだ。【海龍帝】討伐の成功報酬を貰いに来た」

「ッ!? し、暫しお待ちください」


 お手本スマイルは何処へやら。やはりSS級賞金首というのは最悪の称号なのだろう。顔を真っ青にした受付嬢がふらふらと頼りない足取りで奥へと走っていった。

 どうやら【瞬王】除名撤回の件は未だ伝わっていなかったらしい。瞬谷に視線で警戒を促す霧裂は、さりげなく周囲を見渡しつつ受付嬢を待つ。


 ――――待つこと凡そ十分。

 先程と同じ受付嬢が、同情したくなるほど酷い顔色で戻ってきた。


「ギ、ギルド長がお呼びです。私に付いて来て下さい」


 それでもしっかりと舌が回るのは流石といった所。顔は今にも泣き出しそうで、周囲に助けを求めている。

 が、どうやら同僚達も厄介ごとは御免なのか、視線が合うたびにサッ、と目を逸らす。その度に受付嬢の目尻に涙がたまっていく。


 霧裂は面白がり声を出さずに笑いながら、瞬谷は申し訳そうに頭を下げながら、受付嬢の案内にしたがって歩みを止めない。受付のさらに奥、上へと続く階段を上り二階へと到着した受付嬢は、一つの扉の前で止まった。霧裂と瞬谷も足を止める。


「ギルド長、お二人をお連れしました」

「入ってください」


 扉の向こうから飛んできた声に頷き、受付嬢は扉を開ける。扉を潜った霧裂は、部屋の一番奥、窓際に座る一人の男に視線を合わせる。重厚そうな革の椅子に腰掛ける彼こそ、このマーレ支部のギルド長だろう。


「どうぞ、お座りください、はい」


 マーレ支部ギルド長から促され、二人は長椅子に腰掛けた。

 霧裂と瞬谷を案内してきた受付嬢は、少しの間姿を消したものの、再び飲み物を持って帰って来た。泣き出しそう、というか泣いている彼女は、恐らく『もう何回も会ってんだからアンタが行きなさいよ』的な感じで押し付けられたのだろう。化粧も落ちた酷い顔の彼女は、その後退室する事も叶わず、一人身を縮こまらせながら部屋の片隅に待機した。


「本日はお越し頂きありがと――」

「――あー、そういうの良いから。適当に報酬だけくれたら構わない」

「そう言う事でしたら、暫しお待ちを」


 言葉の途中にも拘らず言葉を被せた霧裂に、しかしマーレ支部ギルド長は特に怒りもせず頭を下げて席を立つ。再び席に着いた彼の手には、二つのカードと一つの小箱が握られていた。


「こちらが【海龍帝】討伐報酬である【瞬王】様のギルドカード、もう一つがオーマ=キリサキ様のSS級冒険者のギルドカードでございます、はい。お二方は既にギルドカードをお持ちでしょうが、こちらで再発行させて頂きました。勿論料金は問いません。ただ、オーマ様は何分急な昇格であったため、【称号】はまだ作られていませんが……」

「別に構わねぇ」

「ありがとうございます、はい」

「ふぅ、これでオレもまたSS級かぁ」


 嬉しいのか嬉しくないのか、微妙な表情をしている瞬谷の隣で、既に【魔王】という二つ名があるんで大丈夫ですとは当然言えず、霧裂は手を振って簡単に流す。それよりも興味を引かれる物があった。

 霧裂は小箱を指差し、


「そっちはなんだ?」

「これはアヴァロン支部ギルド長ベルタ様から、『お礼』だそうです、はい」

「ふーん……あれ? 今届いたのか?」


 ギルドカードだけならともかく、ベルタからのお礼ともなれば簡単に用意出来る物では無いだろう。また、霧裂たちの行動を予測していたとも考えにくい。霧裂はベルタからのお礼とやらの輸送方法に興味を引かれた。


 マーレ支部ギルド長は律儀に答える。


「はい。ある一定の重量以下の物を瞬間移動させる魔道具があるのです。ただその魔道具は凡そ一軒家ほどの大きさがありまして、また運べる場所、運べる重量なども制約が多く【瞬王】様がお使いになっている魔道具の性能には遠く及びません、はい」


 霧裂は小さく首をかしげつつ、瞬谷の耳元に口を寄せ、聞かれないような音量で小さく聞く。


「(魔道具?)」

「(魔道具なしで不思議な力持ってるって言ったら、亜人認定されるじゃないですか)」

「(なるほど)」


 直ぐに納得した霧裂は、にこにこと笑っているマーレ支部ギルド長の手から小箱を受け取る。

 大きさ的には横三〇センチ、縦二〇センチほどの長方形の形をしている。


「んで、なんだこれ」

「【天鳥帝】の肉片らしいです、はい。貴方様は腕の良い魔道具職人と聞きまして、お喜びになるであろうとお考えになった訳でございます、はい」

「まて、俺が魔道具職人って誰から聞いた?」


 【天鳥帝】が肉片になったというのも初耳だが、それよりも重要なのは霧裂が魔道具職人だと知っていた事だ。霧裂は自分が魔道具職人だと――生産チートという能力を持っていることを仲間など近い者を除き誰にも言っていない。


 だが、このマーレ支部ギルド長は何故か知っていた。

 一体誰から聞いたのか。問い詰める霧裂に、マーレ支部ギルド長は何故霧裂が焦っているか理解できず、首をかしげながら


「? ベルタ様からです、はい」

(なっ……! くそっ、なんで知ってやがるあの女。そう言えば【化けの皮(マスカレード)】で変装してたってのに、瞬谷の正体に気づくし、何者だよ)


 ベルタ自身も、人から聞いた情報の可能性があるとは最後まで霧裂は気付けなかった。

賊「いつから私がオリジナルだと錯覚していた?」

聖「なん……だと……!?」


ガチの戦闘シーンじゃなくなった途端敗北するまな板。

霧「まぁ俺が本気出せばこんくらい楽勝っすよ(どやぁ!」

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