-外伝- もう一つのプロローグ
お久しぶりです、他池です。本当は今月更新するつもりは全くなかったのですが、なんか思いついたので投稿。別に今回は財布落としたとかそんなんじゃない。純粋に思いついただけ。
ともかく、本編投稿は二月です。一月は外伝をちょくちょく更新していこうと思うのでどうぞよろしくお願いします。
ここに一つの疑問がある。
人は大きく二つに分けられる。それは異常な人と普通な人だ。
そこで疑問が浮かんだ。異常な人は何かが原因で普通から異常になってしまったのか、それとも生まれた時から異常だったのか。何かが原因で異常になってしまった人は、生まれた時から異常になる素質のような物を持っていたのか、それとも全ての人が異常になる可能性を持っているのか。
人の数だけ答えがある。正しい答えなど、この問には存在しないだろう。
だが、それでも、これだけは覚えておかなくてはいけない。
確かに存在するのだ。この世に生を受け、産声を上げたその瞬間から、普通と言う枠組みから外れた存在が。
これは壊れた少年の物語。
◆ ◆ ◆
裕福とは行かないまでも貧乏では無く普通の家庭。父は会社員、母は主婦。兄弟は居ない。そんな平凡な家庭に生まれた一人の少年は、壊れていた。
一体何時壊れたのか。そう少年が聞かれていれば少年は一瞬の迷い無くこう答えていただろう。
「最初からだ。俺が俺という存在を認識した時にはもう壊れていた」
悲劇に見舞われた訳ではない。
トラウマがあった訳ではない。
虐待されていた訳ではない。
至って普通の家庭に生まれ、至って普通に両親の愛を注がれ、至って普通に育てられた少年は、しかし何故だろうか? 普通ではなかったのだ。両親を見ても他人にしか見えない。肉の塊にしか見えない。色とりどりな周辺を見ても、少年の心はなんの反応も示さない。
少年は自分が異常だということを誰よりも早く、そして深く理解していた。だからこそ普段は『普通』という名の仮面を被り、映画の俳優さながらの演技力を駆使して普通に友達を作り、平凡に偽られた生を謳歌している振りをした。
だが、そんな少年は、人知れず深く溜息を吐く。
つまらない。自分を隠して生きるのは酷く窮屈だった。開放したかった。本当の意味で生を謳歌したかった。
それが許されないのは知っていたが、それでも欲望は日々膨らむ。
異常な少年はさらに普通から離れていった。
欲求が膨れ上がり『普通』の仮面に皹が入りそうに成っていたとある真夏日。
その日、少年に転機が訪れた。
ただいまと声を投げ掛け靴を脱ぎ、上がったリビングで、少年は普通の人なら一生のトラウマ物の光景を目にした。
血だ。肉の塊が二つ血の海に沈んでいた。
いや、良く良く見てみると、血の中に沈んでいるのは恐らく『母』と『父』ではないだろうか?
間違いなかった。切り傷が至る所にある、刃物でズタズタに斬殺された両親の姿。溢れんばかりの血の海に沈む二人の目は暗く、生の光を灯していない。
両親の死体。それを見て、少年は――――心の底から歓喜した。
何故なら、理由が出来たのだから。
そう理由だ。両親の斬殺体を見て狂った息子。完璧だった。
これで本当の自分を曝け出しても、周囲の人間は哀れみの視線を向け、勝手に勘違いしてくれる。
ニマニマと生まれて初めて本当の笑みを浮かべた少年は、手始めに両親を殺した強盗を殺した。何やら両親の寝室で、ガサゴソと棚を探っている血塗れた男を見つけ、少年は笑みを浮かべたまま包丁でメッタ刺しにしたのだ。
人を初めて殺した少年が感じたのは、嫌悪感……などでは当然無く、快感だった。精を解き放つ、それ以上の快感が少年の体中を駆け巡った。色あせていた景色が色を持ち、初めて少年の心を動かした。もう歯止めは効かない。いや、我慢する必要など無いのだ。少年は免罪符を得たのだから。
『あんな事があったんだ、狂ってしまっても仕方がない』
勝手に勘違いする周囲の人は、少年が最初から狂っていたことなど知る由も無い。
それから、少年は『普通』の仮面を完全に脱ぎ捨て、思うままに生を謳歌することとなった。
◆ ◆ ◆
少年が本当の自分を曝け出してから三年の月日が流れた。
ちょうど今日は両親の命日。そんな事はとうの昔に忘れてしまった少年は、怪訝な顔を浮かべていた。
「何処だァ? ここは」
今少年が居る場所を示す最適な言葉はただ一つ、『白』。上も下も左右もどこもかしこも白一色。何も無い空間だ。首を傾げる少年は、この白い空間に来る前のことを思い出そうとしていたが、記憶が曖昧で思い出せない。
この空間に来る前は警察に追われていたような気もするし、まだ寝ていたような気もするし、缶コーヒーを買いに行っていたような気もする。
一言で言えばやはり「分からない」、だ。
面倒臭そうに周囲を見渡していた少年は、視界の隅になにかを捉えた。
それは、一般的に土下座と呼ばれる、謎の行動を行う銀髪幼女だ。長く美しい髪を垂らし、なにやら「ごめんなさいごめんなさい」と呪文のように口に出す、完成された人形のような美貌を持つ幼女を、少年は視界の真ん中に持って行く。
この空間での移動法も理解し、スゥーと滑るように土下座する幼女の前に来た少年は、怪訝な顔で幼女を見下ろし――――一切顔の筋肉を動かさず、幼女の後頭部目掛けて踵を振り下ろす。
理由はなんとなく。
たったそれだけの理由で、普通な人ならば決して行わないような事を平然と躊躇いなく行う。異端児、異常者。そんな言葉はまさにこの少年の為にあるかのよう。
振り下ろされた踵には、少年の全体重が掛けられているのは明白で。
ひ弱な幼女の細い首では耐え切れず折れてしまうのも明白で。
それを理解していてもなお、少年は何も思わないし躊躇もしない。
なんとなく蟻を潰してみた。それに良く似た子供染みた行動。
明らかに普通という枠組みを逸脱した行為の結果は、首がオカシナ方向に捻じ曲がった幼女の死体を生産……などではなく。
「あァ?」
眉をひそめ首を傾げる。おかしい。確かに少年は幼女に近づき、ほぼタイムラグゼロで頭目掛けて踵を本気で振り下ろした。それは間違いない。しかし、ならば何故。
踵の下には何も存在しないのか。
少年にしては珍しく僅かに思考などを停止させ、数秒の間を置いて首を回し顔ごと左へ向ける。そこに居たのは、白いワンピースを着た先程まで確かに土下座をしていた幼女。少年の踵が当たる寸前。踏みにじられる刹那の瞬間。その時まで謝罪を口にしていた銀の髪を持つ幼女。
少年と幼女との距離は凡そ一〇メートル。一体どういうことなのか。頭を捻り脳を回転させても答えは出ず、少年はストレートに疑問を投げ掛ける。
「オマエ、何しやがった」
ぎらつく眼光で少女を射抜き殺気を放つ。一体何人居るだろうか? そもそも他に存在するのだろうか? 平和ボケした日本に生まれ、平凡な世界で育った筈なのに、いとも容易く殺気などと言う不可思議で不確かなモノを放つことが出来る高校生など。普通ならば有り得ない。
だが、しかし。
少年がその身から放出しているのは、間違いなく殺気。
オマエを殺す、という言語としても伝わるほどの濃厚な殺気。
それが脅しや虚勢などではない事は、一目瞭然。
対して少女は、先程の土下座していたか弱い表情を一転……笑みを浮かべた。薄く微笑む彼女は少年の問には答えず、圧倒的な殺気に身を晒されていると言うのに焦りもせず、艶やかな唇を歪めて小さく嘯く。
「これはアタリかなぁ?」
「あァん? 無視してんのかガキ」
「いやぁ、嬉しくって。くすくすくす」
少女は両手を口に当て笑う。
「良い? 信じるも信じないも貴方しだいだけど、今貴方は死んでる」
「……頭イってんのかァ?」
「信じるも信じないも貴方しだいって言ったでしょ。ともかく、貴方は私が間違って殺してしまったの。良い、間違って、よ。大事な事だから二回言ったわ」
「チッ、イカレてやがる」
行き成り死んでるなどと言われて信じる馬鹿が何処に居る。この不思議空間のことは良く分からないが、それでも死んでいるなどという事を素直に信じれるわけがない。
「信じないんだ。ま、良いけど。それじゃ説明は要らないね、今から貴方を異世界に転生させるから、欲望に忠実に行動しなよ」
「異世界、ねェ。ご好意感謝するがァ、そんなとこ行くまでもなく欲望に忠実に行動してるんだよ、俺は」
「ふーん、どうでも良いや。貴方の事情とか私には全く、一ミリも関係ないし♪」
にこやかに言い放った少女の言葉に、少年は僅かに目尻を動かす。
イラついた。だから殺そう。
そう考え前に進もうとして、突如、少女の纏う空気が一変する。
先程までが野に咲く美しき花だとしたら、今はもう全てを破壊し混沌に叩き落す魔王。
「私が転生させるっつってんだからハイハイ首振って肯定しろよ。逆らってんじゃねぇ。取って置きをアゲルから行ってらっしゃい♪」
やはり最後の笑みも今までとは全く違う。
その劇的な変化に一瞬気圧された少年は、なにか別に行動に移す前に、視界が暗転した。
◆ ◆ ◆
次に少年が目にしたのは、知らない天井だった。
寝起きとはまた違った体のダルさに目を顰めつつ、周囲を見渡す。少年が居るのは狭く古びた部屋だ。家具は箪笥と机と椅子、それに今少年が寝ているベッドくらい。
少年は状況を理解出来ないままに、最後の記憶を思い出そうと集中したところで、ピキリッ! と眉間に痛みが走った。瞬間、少年は理解する。与えられた『力』と、その『力の名』を。脳裏を駆け巡る『力』の情報。それを全て閲覧し、理解してなお、少年は今の状況が理解できない。
否、答えから目を逸らしていただけかもしれない。
少女の言葉、そして与えられた『力』と情報。その三つを組み合わせれば、自ずと答えは見えてくる。しかし、少年は脳裏に浮かんだ答えを馬鹿馬鹿しいと一蹴する。
有り得ないのだ。『普通』に考えて。こんな『異常』な出来事は。
と、そこまで思案したところで、少年は自分で考えていた事を反復し、自嘲するかのように唇が弧を描く。何が『普通』に考えてだ。自分は『普通』では無いくせに。そう、少年は『異常』なのだ、あらゆる面で。ならば、このオカシナ『異常』な状況も、『普通』に考えるのでは無く、『異常』らしく『異常』に考えて『異常』な答えを導き出せば良い。
先程までの思考を一度全て無に帰す。そこから始まる『異常』な思考。何秒、何分、何時間。熟考していた少年は、ふと顔を上げた。人の気配を感じたからだ。ぎしぎしと廊下を歩く音を鳴らし、やはり古びた音を鳴らしつつ扉を開け入ってきたのは、目元にしわが浮かんだ温和そうなお婆さん。
ニコニコと。
優しそうな、すべてを受け入れそうな笑みを浮かべて入ってきたお婆さんは、ベッドの上で起き上がっている少年を見て、より一層皺を深く刻む。
「ふふふ、良かった良かった。気が付いたかね? 道端で気を失っておったが、それはもうびっくりしてなぁ。こうして目を覚ましてるところを見て安心したよ」
心の底から安心している風なお婆さんを見て、異常な少年は――――満面の笑みを浮かべる。
「ありがとうお婆さん。貴女のお陰で助かりました。ご好意、心の底から感謝します。なにか送りたいのですが、あいにく持ち合わせは無くて……」
「そんなのは良いんだよ。あんたが目を覚ましたってことだけで、あたしゃ嬉しくってねぇ。何分ここらへんに人は居なくて、一人はやっぱ寂しかったんだよ」
「そうなんですか。それならば僕に暫く話し相手をさせてください、何もしないというのは性に合わなくて」
談笑するお婆さんと少年。その様子は傍から見ても微笑ましいもの。
しかし忘れてはいけない。そして悲しいことにお婆さんは知らなかったのだ。
彼女の目の前で笑う少年が、生まれたその瞬間から両親にすら本当の自分を見せず、全てを偽ってきた異常者だという事を。
「おや、もうこんな時間だ。久しぶりのお喋り時間を忘れていたよ。すまないねぇ、ちょっと席を外すよ」
「どうぞお構いなく」
にこにこと笑いながら席を立ち、少年に背を向け扉に手を掛けるお婆さん。そんな無防備な背に向かって、少年は声を投げ掛けた。
「本当に……感謝しています……」
その言葉を聞き、お婆さんはやはり笑みを浮かべたまま、「もうお礼はいいよ」、と。そう口に出そうとして。しかしその言葉は口から出ることは無く。変わりに。
――――ゾブリ、と。背にから駆け上がってくる灼熱の痛みに絶叫した。
「あ゛? あああアアァァぁああアアアあああ゛あ゛ア゛あああああァァァああ゛!!?」
「ギャハハハハ! いやイラネェッつったがよ、それじゃァ俺のポリシーに反するんでなァ」
先程までの優しい少年は影も形も無く。
変わりに異常者が顔を出す。
「ワリーワリー、感謝しすぎてムショーにお礼したくなったんだわ。金はねーしこれでも受け取ってくれよ、ナァ? あの世は死人で溢れかえって寂しくねぇぜきっと。ギャハハハ!」
高らかに嗤い、引き抜いたナイフを再びお婆さんの体に突き立てる。悲鳴を上げてもなにをしても、躊躇い無く何度も何度も。血が溢れ肉が飛び散り、白い何かが顔を出す。
赤、というよりはピンクに近いぶにょぶにょした物体が、べっとりと赤色でコーティングされた少年の顔に飛ぶ。舌を動かし、顔に付いたピンクの物体を黄色の物体と一緒に少年は租借しつつ、吐き気を催す血の臭いに包まれて、生きたままの動物の解体作業を手を止めずに続ける。
そして、悲鳴を上げる事も出来ずに。
だからと言って死んだわけでもなく。
ただ精神が壊れてしまったお婆さんだった肉の塊に少年は小さく囁いた。
「イタダキマス」
少年の足元から溢れ出した黒の液体とも固体とも言える物体が、瞬く間に血塗れた肉を包み込み、圧縮し、球体になる。黒の球体の中に浮かぶ火の玉を見て、少年は唇に付いた血を気にせずペロリと舌で舐め、極上の食を口にした。
自身の中に魂が取り込まれていくのを感じながら、少年は小さく息を吐き出す。
そうだ。なにも悩む必要など無い。地球の日本で暮らしていた時のように。
いや、それ以上に欲望に忠実に動ける。最高じゃないか。
さァ、蹂躙を開始しよう。
田舎の村の優しいお婆さんの家。
そこから、多くの命を奪う事となる【邪帝】の物語は始まった。
あけましておめでとうございます