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S  作者: ぼーし
第四章 【三帝】編
50/62

-43- VS【天鳥帝】 後編

【邪帝】・大・暴・走っ!

1/8 最後の部分加筆しました

 唐突に現れた死を振りまく者、【邪帝】。地に堕ちた【拳聖】と【剣聖】を一瞥する事もなく、右手を後ろに引く。ぎりぎりと溜めるように引かれた右手に収束され、形を成していく黒き投槍。


「はっ、数だけ揃えた有象無象が! 何百人居ようが何千人居ようがァ、本当の力の前には関係ェねェーんだよォォォおおおおおお!!」


 轟ッ! と解き放たれ空気を裂き風が唸り、一筋の流れ星のように飛来する堕天の投槍は、【邪帝】の狙い通り神殿の前で突然の展開に声もなく呆然としていた群れの中心へと着弾し、ドーム場に爆炎が巻き起こり破壊を撒き散らす。【邪帝】の一撃は地面を、そして命を消し飛ばした。


 悲鳴が上がる。今の一撃で死んだ死者の数は、密集していた事もあり凡そ三〇〇を超える。死者には聖女の【聖女恩寵(グレイス)】は効かない。その中には神殿騎士団団長や冒険者を纏め上げていた者なども含まれていた。

 屍が大量に転がる血生臭い戦場に、小さな、それでいて凛とした少年の声が響く。


「お前らわたしの神殿の中に退避しろ―――――ッ! 神殿の中には【聖女】が居る! 他にも回復系の魔道具や薬が充実してある! 急げ、第二撃が来る前に重症者を比較的軽症な者が背負い、神殿の中へ退避するんだァァ――――――ッッ!!」


 少年教皇の言葉が聞こえた者は傷む体を引き摺り神殿の中へと逃げ込む。しかし聞こえて無い者も居る。そんな聞こえて無い者が居る事にすぐに気付いたのは帝国騎士団団長。彼も右腕を失う重症だが、『闘気』で止血をし声を張り上げる。


「逃げろ! 神殿へ行け! 重傷者は我々が運ぶ! 早急に神殿へ――」


 その直後、言葉の途中で帝国騎士団団長およびその周囲に居た帝国騎士約一〇〇名の命が、一本の黒き投槍によって消え去った。


「ギャハハハハハハ、おせェんだよォ! よえェ、よえェなクソ共ッ!」


 三本四本と放たれる黒き投槍は、しかし今度は命を奪う結果には成らなかった。【聖女】の【聖女恩寵(グレイス)】が瀕死の傷を瞬く間に癒し、神殿を覆う七〇〇の結界を少年教皇が広げたのだ。


 神殿を覆う七〇〇の結界は、歪に絡み合っている。一つの結界を破壊すれば、他の結界が数倍に強化され、また別の結界を破壊すれば、何故か全ての結界の数が倍に増え、さらに別の結界を破壊したとしても、即座に罠が発動し破壊した者を永久に監獄へと捕らえ繋ぐ。たとえ破壊しなくとも、今この瞬間も自分自身で造り替えている結界を、解析する事など不可能。


 この神殿を許可なく出入り(・・・)することは、誰にも出来ないのだ。

 結界を全制御権を握っている少年教皇ですら、全てを把握しては居ない。最古の魔道具自立式魔道永久爆発人形・エッチェッツィオーネより数百年後に生まれたものの、全世界最高傑作と称される魔道具だ。


 その結果に防がれたのを確認して、【邪帝】は小さく舌打ちをする。どこか苛立たしそうに抑える積りもなく、全力で圧倒的な力を振り回す【邪帝】。だが、それは何時もの【邪帝】がする行動ではない。弱かろうが強かろうが、魂は魂。転生者の魂を除き、上下はない。


 だからこそ、【邪帝】は今まで力を制御しどんな弱い敵だろうが殺す事無く全ての魂を喰らって来たのだ。それなのに、今回【邪帝】は一切の迷い無く、全力の投擲で数多の命を奪った。

 それは何故か。


 全ては一撃で殺せる筈の【豪商】という格下に、抗われた事に起因する。

 【邪帝】はプライドに傷を付けられ、その傷を消すために蹂躙という方法を選んだ。


 今までの【邪帝】を冷静な猛獣と証するなら、今の【邪帝】は本能で暴れまわる獣、と言った所だろうか。

 【邪帝】は目に見えるもの全てを見下し、雄たけびを上げる。


「ツェーよなァ、そうだ俺は強い。俺が最強、俺が頂点ッ! 俺を見下すヤツなんてこの世に存在しねェーんだよォォォおおおおおおおおおおッ!!」


 【邪帝】は前に突き出した両手に闇を収束して行く。【我堕天也(ルシファー)】の力によって具現化された翼は、全てを覆い隠すかのように天を広がり、【邪帝】の頭上に蠢く輪はまるで死者の怨嗟の声のように歪に歪む。


 前に突き出された両手に形成された堕天の投槍に、【邪帝】はさらに【黒血装甲(ブラッディガード)】の力を持って、手首から唐突に吹き出す黒き血でコーティングしていく。


 強度は十分、威力も先程の倍はあり、速度などその他諸々は、ズァ! と【邪帝】の全身から噴出する【魂肉吸収(ソウルコレクター)】によって制御され生み出される霧のような『闘気』を使い限界を超え、最初に投げた投槍とは比べ物にならない性能を誇る【邪帝】の全力の投槍が完成した。


「ミナゴロシ、だ。逃がさねェよォッ!」


 空中で右腕を限界まで引く【邪帝】は、全力で投擲しようとして――――真下から伸びる一〇の鎖が【邪帝】の右腕に絡みつき、その動きを束縛した。


 投擲を即座に中止した【邪帝】は本来黒のはずの、しかし現在は光り輝く双眸をくんっ、と僅かに動かし、視界がぶれるのも構わずにバッ! と頭を高速で下へと動かす。


 ――――死角から振るわれた【剣聖】の刃を最小限の動きで回避するために。


「なにッ!?」


 完璧な死角から振るったのにも拘らず、いとも簡単に回避された事に【剣聖】は驚く。今の一撃はたとえ見えていたとしても回避するのは困難だ。それを一切視界に入れる事無く、回避して見せた。『闘気』は全て攻撃に回してあるので、『闘気』を使ったのではない。


 【剣聖】は驚きながらも、一体何故回避できたのかを高速で思案する。

 そう、目の前にいるこの男は、まるで未来が見えているかの如く至極簡単に回避して――――。


 その時、【剣聖】の目と【邪帝】の目が真正面からぶつかった。

 光り輝く【邪帝】の双眸と。


(まさか……)


「――――【刹那未来(クロノス)】」


(コイツ、未来が視えているのかッ!?)


 ありえない。そう否定できたらどれだけ良いか。

 しかし、【邪帝】は【剣聖】の目の前で、再び背後からの死角を突いた【拳聖】の拳を避け、右手に持った槍を振り回す。空中で自在に身動きが取れる【邪帝】とは違い、身動きが取れない二人は、なんとか致命傷を避けるものの墜落してしまう。


「テメェら生きてたのかよ。ふーん、なるほどなァ……」


 それぞれ傷を負ったが【聖女】からの支援でまず死ぬ事は無い。アランによる鎖の足場に着地した二人を見下ろす【邪帝】。そんな三人が、突如影に覆われた。【邪帝】の上、太陽を遮っているのは【天鳥帝】だ。


 【天鳥帝】は目の前の【邪帝】から底知れぬ恐怖を感じた。だからこそ、口に収束した殺人光を、一本の野太い殺人光線に変え【邪帝】目掛けて撃ち放つ。

 【邪帝】はしかし余裕綽々と、口角を吊り上げながら、


「悲しいぜェ、テメェの命を救ってやったってのに、流石鳥頭ってかァ?」

〔―――ッッ――■■――――■■■■―――ッツ――――■■■■■ッ!!〕


 轟ッ! と余波だけで並みの人の命を奪うであろう暴風を周囲に撒き散らしながら、【邪帝】は天高く昇っていく。

 堕ちた堕天使が再び元の位置に戻るかのように。【天鳥帝】が君臨する、その頂点は自分の場所だと誇示するかのように。


 急上昇する【邪帝】は真正面から【天鳥帝】の殺人光線とぶつかり、その左半身を丸ごと削り取られた。【拳聖】と【剣聖】は勝負が有ったと思った。【邪帝】は死んだと、そう考え――――狂気の嗤い声で、現実(悪夢)を見た。


「ギャヒヒヒヒ、あははははははははギャハハハハハハハハ! その程度かよォ!」


 避ける事も可能だったにも関わらず、あえて真正面から【天鳥帝】の攻撃を受けた【邪帝】は腹の底から笑い、ズンッ! と右手に持った莫大な力が押し固められた投槍を【天鳥帝】の胸に突き立てた。


〔――――――――――ッ! …………キィ〕


 小さく鳴いたのを最後に、【天鳥帝】は木っ端微塵に吹き飛ぶ。ボトボトと降り注ぐ鮮血の雨を浴びながら、【邪帝】は呟く。


「まだ、足りねェ」


 そう言って睨んだ先にはS級冒険者アラン。

 ひゅんっ! という風切り音。飛来した堕天の投槍はアランの体を岩に貼り付けにした。


「あ、アランッ!」

「チッ、ドイツもコイツもヨェなァ、オイ!」


 ズバッ! とさらに爆発的に広がっていく黒き両翼。岩に貼り付けにされたアランを見て、静かに視線を動かし【邪帝】のその姿を見た【拳聖】は静かに息を吐き出す。

 悟ったが為に。【邪帝】の土俵じゃ勝てない。勝負にすらならない。


 だが、それはあくまで空中では、の話だ。【拳聖】は消え行く鎖の足場を飛び降り、地面にしっかりと両足を付く。下から見上げるように天に君臨する【邪帝】に向かって、中指を立てた。それは挑発。【邪帝】は面白いものを見つけたという顔を見せつつ、【拳聖】を見下ろした。


「降りて来いよクソ野郎、面倒だが素手喧嘩(スデゴロ)だ」

「ククッ、イイぜェ。オマエの土俵で殺ってやるよ」


 ひゅんっ、と翼を仕舞い地に着地した【邪帝】は、【拳聖】の真正面に立つ。

 右腕に猛獣のオーラを集中させていく【拳聖】に、【邪帝】もまた『闘気』を右腕に集中させ、【黒血装甲(ブラッディガード)】で『闘気』を纏った右腕をさらにその上から包み込む。


 睨み合ったのは一瞬。

 二人は同時に動く。


「ッ羅ァッ!!」

「ギャハッ!!」


 同時に放たれた拳は、二人の中間地点で真正面からぶつかり合う。とても素手で鳴らせるようなレベルじゃない轟音が鳴り響き、拳をぶつけ合った状態で拮抗した二人は、しかし勝敗が決まるのも一瞬。

 敗者は右腕の骨が粉砕し、勢い良く弾かれ、鮮血が飛びぐしゃぐしゃに瞑れた。


「ぐ、ギャァァァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 悲鳴を上げた敗者は――――【邪帝】。完璧に使い物にならなくなったが、すぐさま再生する。ほぼゼロ距離からの殴り合い。打ち合えば負けると悟った【邪帝】はヒット&アウェイに切り替える。


 だが、【拳聖】は【邪帝】を逃がさない。仕方なくその場で足を止め、【刹那未来(クロノス)】をフル利用し【拳聖】の必殺の拳を紙一重で躱しつつ、隙が出来た所へ【邪帝】は拳を叩き込む。


 【邪帝】が【豪商】の魂を喰らい、手に入れたチートを戦闘用に変えたのがこの【刹那未来(クロノス)】だ。

 【刹那未来(クロノス)】は【未来予知(フューチャー)】と違い、ほんの数秒先しか視ることは出来ないが、一週間に一度と言わず何度でも、そして戦闘中にも使用可能。たった数秒先しか視えずとも、【邪帝】にとってはそれで十分だった。


 猛獣のオーラを隙間なく体全身に纏い、防御も完璧な【拳聖】。

 全『闘気』を攻撃に回しているものの、【刹那未来(クロノス)】を使いなによりこの程度ではまだまだ死なない【邪帝】。


 何千もの拳を交わし、一時的に拮抗していた二人だが、やはりそこは【拳聖】の土俵。段々と【邪帝】が押され始める。それを素早く察知した【邪帝】は、忌々しそうに舌打ちする。


「ちっ。まァ、結局は死んじまった方の負けだよなァ、本気でヤッテやるよ」

「ッ!! 糞ッ、ォ羅ああああああ嗚呼あああああああッ!!」


 背から黒き両翼を勢い良く展開した【邪帝】は、右手に投槍を作り上げ構える。【拳聖】の猛襲も既に上空に居る【邪帝】には届かない。天から見下ろしつつ逃げ惑うザコを殺すため、【邪帝】はさらに舞い上がろうとして、声を聞いた。咄嗟に【邪帝】は【刹那未来(クロノス)】を発動する。


「知ってるか? 漫画なんかで良く有るだろう? 斬撃はな、飛ぶんだ」


 甲高い不快な音。陽炎のように世界が歪に歪む。目視できるはずが無いのに、世界がずれているのか、確かに【邪帝】の目には映った。ズダンッ! と右斜めに切り落とされる自身の姿(未来)

 目を大きく見開き、不可視の飛ぶ刃を避けた【邪帝】の目に映ったのは。


「な、ァア?」


 何が、と自身を斬ろうとした刀の持ち主を注視する。

 【邪帝】に刃を放ったのは、当然【剣聖】。振り切った刀を再び両手に握り締め、今度こそ斬る、と【邪帝】の体目掛けて振るいながら【剣聖】は言う。


「自分からこんな場所に来たんだ。多対一が卑怯なんて言わないよな?」


 【刹那未来(クロノス)】で視えているのに、しかし間に合わない。【剣聖】の刃は寸分違わず【邪帝】の腰を胴体と切り離した。


「ごっぽっ」


 口から血の塊を吐き、切断面から臓物を撒き散らしつつも【邪帝】は両翼を動かし天へと上ろうとして、ズンッ、と体に錘が乗ったような負荷がかかった。同時に摑まれる堕天使の両翼。今度は【刹那未来(クロノス)】を使わなくても理解した。


「手前の翼をもいでやるよ。も一回地に堕ちろ、クソ堕天野郎ッ!」


 ブチブチと何かを引きちぎる音。口をあけてもそこから悲鳴は出なかった。両翼を奪われ飛ぶ術を失った堕天使は地面に墜落する。どさっ、と地面に横たわった【邪帝】は、すぐさま起き上がり回避に移ろうとするが、その直前に【邪帝】の全身を紅き鎖が雁字搦めに束縛した。


「ぐ、はぁはぁ、捕まえ、たっすよ」


 岩に貼り付けにされたはずのアランが、血だらけになりながら地面を這いずり、右手に持った大剣【不滅の鎖大剣】の最後の能力、【鮮血の拘束】を使い【邪帝】の動きを止めていた。

 【邪帝】はギジリと歯を食いしばり、圧倒的な力で鎖を破壊する。その衝撃で今度こそアランは意識を失い、癒しの波動が包み込む。【邪帝】は倒れるアランを無視し、その場を離れようとするが。


「ナイスだアラン」


 溜め込んだ拳を振りかぶる【拳聖】と鞘に収めた刀の柄を握り締める【剣聖】。一瞬だが、確かに動きの止まった【邪帝】の回避は間に合わない。全身に『闘気』を纏い黒き血で覆われ、腕を交差し防御する【邪帝】目掛けて振るわれる剣と拳。


「ォォォおおおおおおおおおおおお雄雄雄おおおおおおおおッッ!!」

「覇ァァァァあああああああああああ嗚呼ああああああああッッ!!」


 正体不明が爆発し、説明不能が炸裂する。【邪帝】は全身を木っ端微塵にされた後は細切れにされ、四肢を落とされた後はその四肢を砕かれる。ボロボロになり回復し、そしてまたボロボロになり。


『殺れ! 殺してしまえ!』

『こっちはなんとか大丈夫ですよ~』


 少年教皇と【聖女】からの応援を受け、【剣聖】と【拳聖】による猛襲はさらに加速していく。しかし二人の顔に余裕は無い。余裕の笑みを浮かべるは【邪帝】。


 ポゥと光を灯す双眸がゆるりと開かれ、その時振るわれた剣と拳を掴み取る。

 驚愕の表情を浮かべた二人を見て、【邪帝】はこれ以上ないほどの狂気の笑みを浮かべて言う。


「お返しだ、ギャハハハハハハッアハハハハハぎゃはははははははははははッ!!」


 ボッ! と背を突き破り展開される堕天の両翼は、黒き血に覆われていた。【拳聖】と【剣聖】が回避行動を取るよりも早く、【邪帝】の五〇メートル級の翼が振るわれる。上から下へ巨大な鈍器のように。


 地震を錯覚させる地響きと地鳴り。轟音が炸裂し、潰れて圧死することを回避した二人だが、衝撃に耐え切れず後方へ吹き飛ぶ。たとえ直撃を避けたとしても、致命傷は免れなかった。


 【邪帝】は悠々と土煙の中を瀕死の重症を負ったであろう【剣聖】と【拳聖】に近づき、神殿からの癒しの波動が二人を包み込んだのを【刹那未来(クロノス)】で視た。すべての傷が回復していくサマを、光り輝く双眸で確認した【邪帝】は口角を吊り上げる。


 今まさに癒しの波動が届き【拳聖】と【剣聖】の致命傷を癒し始めると、【邪帝】が面白そうに口を開く。


「さて、モンダイです。漫画なんかでよくいる回復キャラは、自分の傷を治せるでしょうか?」


 突然の問いに、二人は顔を青くさせる。


「まさか……て、テメェ止めろッ!」

「くっそォォ!!」


 必死に体を動かし飛び掛ってくる二人を【邪帝】は鼻で笑い、


「答えは――――ノー! だッ!!」


 直後、放たれた【邪帝】渾身の黒き投槍は、神殿の結界全てを破壊しつくし、神殿そのものをこの世界から消し飛ばした。粉々にしたのではない、木っ端微塵にしたのでもない。消滅。跡形もなく消え去った神殿跡地を見て、【邪帝】は心の底から嗤う。


「ギャハハハハハッハハハハハハ! 力がねェ癖に守るだの粋がってんじゃねェぞォ!!」


 神殿内部に居た者がどうなったかなど、確かめる必要もない。


 咆哮を上げ血走った目で【邪帝】目掛けて突き進む【拳聖】と【剣聖】。

 二人とも全身に力を漲らせ、渾身の一撃を放つ敵を一点に睨み付ける。


「糞ガァ!!」

「死ねッ!!」


 二人が放った一撃は、今日放ってきたどんな攻撃よりも上のまさに最強の一撃。【剣聖】の袈裟斬り、【拳聖】の正拳突き。しかし、その全てが【邪帝】の薄っすらと光る双眸には見えていた。


(オマエらも終わりだ)


 ニィィと口角を吊り上げ、二人の攻撃に完璧に合わせたカウンターを放つべく、半歩だけ体をずらして――――ドッパッ! と鮮血が【邪帝】の口から吹き出した。突然の事態に、防御もカウンターも頭から吹き飛んだ【邪帝】に突き刺さる、【剣聖】と【拳聖】の渾身の一撃。


「お、ごっがァァァァあああああああああ!!」


 そこから流れるように紡がれる連続攻撃。

 打撃斬撃の嵐の中で、【邪帝】は謎の異常状態に深く思考を回す。


 今、自分に起こっているコレは一体何なのか?


 少し思案した【邪帝】は答えを導き出す。

 拒絶反応だ。人の身に余る四つの神の力(チート)を同時に行使し続けたのだから、当たり前の結果と言える。


 【拳聖】や【剣聖】のように、チートを一〇〇パーセントコントロール出来たなら、拒絶反応は起こらないが、一つのチートをコントロールするのにですら至難の業。四つ全てを完璧にコントロールするのはまず不可能だ。


 目や鼻、耳などからも血が溢れ出る。グラリ、と【邪帝】の体が揺れ、好機と見た【剣聖】の刃が、【拳聖】の拳が【邪帝】へと迫る。


 しかし、【邪帝】は無理やり体を動かし、神速の剣線と神速の拳打のコンボを回避した。

 拒絶反応が収まった訳ではない。それどころかさらに酷くなっていく。ブチブチと筋肉が断絶する。その怪我は【魂肉吸収(ソウルコレクター)】では治らない。絶命するのも時間の問題、傍目から見てもそれは丸分かりだった。


 だが、【邪帝】は己の命を蝕む拒絶反応を、完全に無視(シカト)する。


 関係ないと言わんばかりの狂気の笑みを張り付かせ、全てのチートをフル使用。

 自身の命など顧みず、死を振りまく。目の前の二人を自分の手で殺す。


 過去に神の力(チート)の使いすぎで起こる拒絶反応を、霧裂が薬で無視(シカト)した時のように、【邪帝】は強靭な意思のみで無視(シカト)し続ける。


 限界を超え、神の力(チート)を使い続けた先にあるモノは――――。


 そこにあるモノこそ、神を殺すための足掛かりになる。【邪帝】は確信していた。左腕が使えなくなり、右目が潰れる。両耳が凍傷に掛かった様にボロリと地に落ち、内臓が破裂する。それでも【邪帝】は【拳聖】と【剣聖】という二人の化物を相手に戦い続けていた。


「が、ぐぅ、ぎゃはっ! ぎゃはははははははははは!!」

「くそ、化物が!」


 【剣聖】の上から下へ、正中線を通る一太刀。それを【邪帝】は一気に接近、肉薄することで回避する。肩から【剣聖】の胸にぶつかり、一瞬体が揺らいだ所へ【邪帝】の『闘気』も【黒血装甲(ブラッディガード)】もなにも、一切なにも纏っていない拳が、綺麗に【剣聖】の顎を捉えた。


 ただの、【邪帝】のノーマルな腕力のみの拳は、的確に【剣聖】の顎を、脳を揺らし、カクンと意識を無くした【剣聖】はその場に倒れこむ。

 チートを一〇〇パーセントコントロール出来るようになったからといって、【剣聖】は所詮脳を揺らしただけで倒れる、大量出血で絶命する、脆く貧弱な生物でしかないのだから。


 そしてそれは【拳聖】もまた同じ。連続での攻撃、死んでも死んでも蘇る【邪帝】に、精神的疲労が蓄積した【拳聖】の、体に纏っていた紅蓮に輝く猛獣のオーラが揺らぐ。刹那の瞬間、【拳聖】の猛獣のオーラが消えたその瞬間、下から上へ、まるで叩くような【邪帝】の一撃が【拳聖】の顎に入った。


「お、あぁ!?」


 【拳聖】は倒れはするものの、それでも膝を付き起き上がろうとして、ゴンッ! と鈍い音が炸裂し【邪帝】が【拳聖】の顔面を殴り飛ばした。今度は『闘気』も、【黒血装甲(ブラッディガード)】も完全に纏った状態で。


 二人の化物の呆気ない幕引き。【邪帝】は全てのチートの使用を止める。既に必要ないと判断したために。

 化物二人相手に、勝ち残った【邪帝】は、今まさに神を殺すための足掛かりを掴もうとして、


「なんじゃ、既に死に掛けの小童か」


 轟くような声が戦場に響いた。

 声の発信源は【邪帝】の背後。【邪帝】は気だるそうに生き残りに止めを刺そうと振り返り、



 ――――直後。



 【邪帝】は上から降ってきた何かに押し潰され木っ端微塵に吹き飛んだ。


 【邪帝】の背後に立っていた人物は、世界最強、総本山ギルド長・レーモンド=ベツレヘム。

 レーモンドがとった行動は至ってシンプルなものだった。ただ右手に握り締めた鉄の塊を、【邪帝】目掛けて振り下ろす。しかし、それを【邪帝】ですら感知が不可能な速度で行えばどうなるか。


 音は無かった。


 ただ、音速の数倍で振り下ろされた一撃が周囲に莫大な衝撃波を撒き散らし、【邪帝】の肉体を木っ端微塵に吹き飛ばした。   

 普通なら即死。だが、【邪帝】は普通ではない。ズルリと肉片が蠢き人型を取る。完全な人型では無く、未だ上半身、しかも右半身は骨の未完成の状態で、【邪帝】は唐突な乱入者に吼える。


「テメェ! なにし――」

「死なんか小僧」


 【邪帝】の言葉が最後まで紡がれる事はない。レーモンドの一撃は全てを粉砕した。再び振り下ろされる鉄槌に【邪帝】の体は引き裂かれる。

 もとより【邪帝】の体は【剣聖】と【拳聖】との戦いでボロボロだった。万全の状態ならば勝ちの目もあるものの、肉体的にも精神的にもボロボロの【邪帝】に抗う術はなかった。


 吹き飛ばされた肉片は、再び一つになろうと動く。だが、その動きは見るからに鈍い。ウゾウゾと粉々に飛び散った【邪帝】の肉片が再び元に戻ろうと動いているのを見て、しかしレーモンドは顔色一つ変えず、ぽつり、と呟いた。


「哀れ成り」


 直後の出来事だった。

 あらゆるモノを粉砕する破壊の鉄槌が数百もの回数で振り下ろされ、【邪帝】はここに抵抗らしい抵抗も出来ず完膚なきまで敗北した。






 ぐちゃぐちゃになった【邪帝】を見下ろすレーモンド。その手に持った鉄塊には、血と肉片がこびり付いている。

 戦闘は終了した。


 ……そう、レーモンドは考えたが、うぞうぞと再び再生しようとする肉片。しかし、その動きは遅い。本来の【邪帝】の再生速度に遥かに劣る。

 当然だ、【邪帝】は全身をバラバラにされる激痛を、数えるのが億劫になるほど何度も何度も受けたのだ。今この瞬間も、【邪帝】の魂は肉体がバラバラになった激痛で悲鳴を上げている。そんな状態で素早く元に戻るというのは不可能だろう。


 唯でさえ拒絶反応を無視してチートの連続同時使用により、肉体は限界を超えていたのだ。今更【邪帝】がどう足掻いたとしても、結果は目に見えている。レーモンドは静かに鉄塊を強く握り締め、再度振り下ろす。今度は死ぬまで。

 だが。



「その『奇怪』、わたくしに譲ってくださいな」



 そんな歌うような、戦場にあまりにも似つかわしくない、可憐な声がレーモンドの鼓膜に届く。今まさに振り下ろされようとした鉄塊を止め、レーモンドは声の発信源に眼球だけを動かし視線を移した。


 レーモンドの右斜め、およそ三〇メートルも行った所に、傘を右手に持ち、豪勢なドレス、絹のような自分の身長の倍は有るであろう長い長い金の髪を後ろで纏めた、物語に出てくるお姫様のような少女が居た。押せば壊れそうな儚げな少女。しかし何故だろうか? レーモンドは彼女から異質な空気を感じ取る。


 彼女は王国第二王女。こんな戦場に居ては成らない、あまりに場違いな彼女は、左手にやはり似合わぬ錆びた剣のような物を握っていた。


「王国の病の姫か……こんな所に何用か?」

「だから、その地面にこびり付いている『奇怪』をわたくしに献上しろと言っていますの。お分かりかしら?」


 レーモンドの殺気を浴びても一歩も引かぬ第二王女。第二王女が保つ三〇メートルという距離は、彼女がレーモンドを『殺す』のに最適な距離。今まで第二王女が干渉しなかった理由は、レーモンドを殺すための場を作る時間が欲しかったのだ。そして、時間は十分すぎるほどあり、結果今この場、この瞬間において、第二王女とレーモンドは対等だった。


 すぐにそのことを理解するレーモンド。

 レーモンドはほんの僅かな時間だけ口を噤み、何を考えたのか、承認とも取れる返事をした。


「後悔する事になる」

「後悔などしませんわ」


 脅すようにいったレーモンドに対し、彼女は即答した。口元に笑みを浮かべ囁く姿は、さながら童話のワンシーン。しかし、今の彼女を見て思い浮かべるワンシーンは人によって二択に分かれるだろう。

 すなわち、病弱な王女(ヒロイン)が儚げに愛を語るシーンと、最後の王座にて魔王(ラスボス)が上から嘲笑を口に浮かべて蔑むシーン。


 レーモンドが脳裏に浮かべたワンシーンは後者だった。


「するはずがありません。だって」


 そこで嗤う第二王女は一拍置き、今までの王女としての完全に仮面を剥ぎ取った。

 今の彼女を見て王女だというものは、恐らく居ないだろう。姿かたちが変わったわけではない。一見なにも変わっていないように思える。しかし、纏っていた空気が変わった。それこそ、正反対という言葉ですら表現できないほど、劇的に。


「例え、彼がわたくしの手を逃れ、わたくしが死のうとも、それはそれで、面白いと思いませんか?」


 第二王女は笑う。

 その笑みは彼女のような姫が浮かべるような種類の笑みではない。もっと黒く、闇に堕ち、それを理解しながらも、さらに自分の足で堕ちていく愚者とも、狂人とも、そして時代によれば英雄とも呼ばれる種類の者が浮かべる壮絶な笑み。どこにも危険のない王宮で、蝶よ花よと育てられる温室育ちの少女が浮かべるような笑みではない。


 レーモンドはその笑みを見て、ふん、と鼻で笑う。

 長く生きるレーモンドは彼女のような者を良く見てきた。

 一番最近で言うと、【狂月】だろうか? レーモンドは嘲笑を微かに浮かべこう言った。


「なるほど、狂っていたか」

「あら、可笑しな事を言いますわね。貴方は狂ってないとでも?」


 レーモンドの言葉に彼女は心底不思議だと首を傾げながら問う。質問の意味が良く分からず、眉をひそめるレーモンドにやはり彼女は黒く笑いながら口を開く。


「この世界に存在する生物は皆一様に狂ってますわ。正義に狂った者、力に狂った者、知識に狂った者、愛に狂った者、それぞれ狂気に違いはありますが、狂って居ない者など存在しないんですよ。当たり前です、何故なら」


 そこで彼女は言葉を区切り、先ほどとはまた違った、何もかも見透かした笑みを浮かべ、否、全てを視てきた(・・・・)様な達観した表情を顔に浮かべ、


私達を創り出した者が(・・・・・・・・・・)最も狂っているのです(・・・・・・・・・・)から(・・)

「創り出した者? 小娘、神を知っていると言うのか」

「おっと、これ以上はお教えできませんわ。天罰が下ってしまいますから」


 くすくすと笑う彼女に宿っているモノ。それは絶対の自信。この世の全てを理解していると言う自信が溢れた、『ひとり』の強者の姿。その姿を見て、レーモンドは薄っすらと寒気を覚えた。


 レーモンドは思う。一体彼女は何を見て、何を理解したのか。それは彼女にしか分からない。しかし、もし尋ねればこう答えただろう。絶対の自信とほんの少しの恐怖の表情で。


――この世界の『真実』を、と。


「どうしましたか? さぁ、早くわたくしにそれを下さいな」

「……残念だがそれは出来ん。こやつは殺す」


 レーモンドは小さく首を振る。今はそんな事を考えている時ではない。【邪帝】は誰であろうと渡せない。この場で殺す。

 良くも悪くもレーモンドと第二王女は対等。しかし対等なだけでは、この取引は成功しない。

 そこで、第二王女は手札を一枚切る。


「まぁまぁ、おじき、あちきも頼むよ。その死に掛けを第二王女サマにやってくんないかな?」


 再び戦場に響く、先ほどまで確かに居なかった女の声。

 その声の持ち主は、


「ベルタか。何故ここに居る?」

「第二王女に呼ばれてね」


 レーモンドはじろりと殺気を含ませながらベルタを睨む。ベルタは大きく葉巻の煙を肺一杯に吸い込みつつ、その視線を真っ向から受け止めた。


「ベルタ、何故お前が小娘の味方に付く?」

「ちょっと借りがあってね。借りは絶対返せとあちきに教えたのはおじき、アンタだ」


 今の今まで対等だったレーモンドと第二王女は、ベルタという乱入者のせいで一気に傾く。

 第二王女優勢へと。

 暫し動きを止めていたレーモンドだが、唐突に全身から殺気を放出させ、


「――――ふん、後悔しても儂を巻き込むな」

「ありがとうございます」


 くるりと背を向けたレーモンドに、ぺこりと頭を下げた第二王女。

 レーモンドの背が見えなくなるまで頭を下げ続けていた第二王女は、小さく安堵の息を吐き出しつつベルタに礼を言う。


「助かりました、礼を言いますベルタ」

「それならもう二度とあちきに関わらないで欲しいねぇ。ついでに【暴君】もくれるとありがたい」

「どちらも拒否いたします」


 にっこりと笑いつつ言った第二王女の言葉に、ベルタは期待はしていなかったと肺に溜めた煙を吐き出す。

 第二王女は完全に破壊された神殿へと視線を向けた。ベルタもそれに気付き疲れた様子で視線を向ける。


「神殿が破壊されるとはねぇ。結界が何百も掛けられてたんじゃなかったけか」

「正確な結界最大数は七億と六五〇〇枚ですわ」

「ひぇ~、そんなもん破壊するとは化けモンだねぇ」


 呆れたように動かすベルタの視線の先にあるのは蠢く肉片だ。動かない肉片は【天鳥帝】のものだろう。【天鳥帝】と【邪帝】という化物のなれ果てが奇しくも同じ肉片だということに、嫌だ嫌だと頭を振るベルタは、第二王女が呟いた言葉を聞き逃した。


「――――『(神殿)』が破壊されましたか……急がなくては」

「ん、何か言ったかい?」

「何でもありませんわ」


 怪訝な顔を向けるベルタに、柔らかく微笑みつつ、第二王女は懐から四つの三角形をした魔道具を取り出す。その魔道具を、三つは地面に置き一つは空中に浮かばせる。四つの三角形によって作り出される、一つのピラミッド型の結界の中に、【邪帝】の欠片を全て押し込み、さらに第二王女自身も結界の中に入り小さく呟く。


「転送」


 一瞬にしてその場から消えうせる【邪帝】の欠片と第二王女。最後の消える瞬間、にっこりと花のような笑顔を浮かべてベルタに手を振った第二王女を見て、振られたベルタは漸く全ての重圧から抜け出せた事に安堵し、重々しく嘆息しながらその場に座り込む。


「あ゛~おじき怖かったぁ~! 王女サマが居なかったら気を失ってた自信があるね」


 少々休憩したベルタはいそいそと生存者を回収にかかる。この戦場で生き残ったのはアラン、【拳聖】、【剣聖】のたったの三人のみ。


「あーあ、教国は終わりかね。教皇も【聖女】も神殿も消えちまったからねぇ」


 ベルタの言葉通り、【三帝】騒ぎが収まった後、教国はこの世界から完全に消えうせる事と成る。しかし教国の土地を巡って帝国と王国の間に戦争が起こることはなく、ながらくこの地はどの国の領土でもない、空白地と化す。

 それは【三帝】騒ぎにより多くの兵を失ったからという理由も有るだろうが、最大の理由は別にある。


 世界の歯車は、【三帝】騒ぎが終わると同時に、本格的に狂い始めたのだ。


 そしてその序章はもう間もなく、ベルタが居る地より遠くはなれたとある島で始まろうとしていた。


 しかし未来を見る術を持たないベルタには分かりようもなく、気絶している三人を蹴り起こしながら、さっさと王都で一服しようなどと考えていた。

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