-03- ばかん! なんで生産チートなのさ!
大地に大の字になり寝転がっているのは身長170cm程、太くも細くもない体に黒目黒髪童顔と典型的な日本人の少年。何故か着ていた制服を脱ぎ、ワイシャツで荒い息を整えながら、ムカつく程に雲がなく燦々と降り注ぐ太陽の光を浴びながら大空に向かって心の底から絶叫する。
「ここ何処だよっ!」
少年が神と別れ異世界の大地にその両足をつけた時、顔を出した太陽は既に真上に移動している。その間当もなくさ迷い続けたが一向に人の気配はゼロ。というか虫より大きな生物にすら出会っていない。この何もない場所で一体生産チートの何が役に立つのでしょうか? と少々異世界に降り立つ場所に神の悪意を感じる。
「腹減ったーもう歩きたくないー。クーラーガンガン効かせた部屋に篭って義妹の作ったカルピス飲みながら義妹が選んだ妹モノの漫画読みながらマッサージして貰いたいー!」
残念ながらここにあるのは抜けるような青空にうだるような暑さ、土に草が少々である。見渡す限り建造物らしき影は1つもない。
ゴロンゴロン転がったせいで服が土だらけになり、いっそうヤル気がなくなる。もう狼でもゴブリンでもスライムでも良いから生物に会いたい、と涙ぐみながら仕方なく歩き出す。
しばらく歩いていると段々と草が多くなり、そしてとうとう目の前に森が現れる。だが残念ながら少年はもう限界らしく一切のリアクションを見せず、ふらふらと森に足を進めながら水~みず~み、ず……とうわ言の様に繰り返すだけである。
そんな見るからにヤバイ状態で歩いていると、少年の思いが天に通じたのか小さな川が姿を現す。念願の水である。それはもう目を限界まで開かせ、先程までの動きは何だったのかと問い詰めたくなるような素早い動きで川に頭から突っ込んだ。ゴクゴクと喉を潤す。水の中の少年の顔はまるでこの為に生きてきた! と言ってるような至福の表情をしていた。
ただ思い出してほしい、何故少年が戦闘チートではなく生産チートを選んだかを。少年は失念していた。ここが異世界で、森といえば色々な生物がいると言うことを。小さな生物もいれば、当然中には大きく強い生物もいる。
そう、例えば少年の右7mほど行った所で川の水を飲んでいる全長2m位の狼とか。
川から顔をだし、ぷはぁーと大きく息を吐き出す。ニッコニッコと満面の笑みで視線を何げなく右にやり、大狼を見て、目をゴシゴシと擦り、もう一度見る。
大狼も少年を見る。
ふー、暑さで頭がイッちまった様だぜ、と頭を左右に振りザブンと川に突っ込む。水の中で何度も顔を擦り、視線を右にずらし、此方にゆっくりと近づいてくる大狼を見て、アハハハハハと乾いた笑い声を上げ――――身を翻し超高速で走り出した。
「なーんなーんでーすかーっ!? めっちゃ怖いの見た。スゲェの見ちゃった。ヤバイヤバイヤバイヤバイ、死んじゃうっ!!」
泣きながら前世を含めて一番早いぜ! と確信を持てる速さで走る。そもそも少年は足には自信があった。義妹を抱えながら嫉妬に狂った男、約30人から逃げ切ったという実話を持つ程だ。
だが、どんなに速く走ったとしても所詮は高校男子、人間の速度。狼にかなう筈もない。
「バチが当たった。バチが当たったんだ! 俺如きは1人寂しく第二の人生に幕を下ろすべきだった。誰にも見つからないような場所で、誰にも会う事無く、たった1人で死ぬべきだった。嫌それどころか異世界転生なんてするべきじゃなかった。そんなテンプレは主人公特権だバカヤロウ。クソバカ、大マヌケ、アホンダラ。さっさと成仏しとけばよかったんだー!」
今更後悔しても遅い。大狼は瞬く間にその差を縮め、少年目掛けて飛び掛る。
それをデュェア! と可笑しな掛け声を出し、右に飛ぶ。てか転ぶ。
大きく口を開け、喰らい付こうとしていた大狼は少年の動きに付いて行けず、その牙は空を噛み砕いた。
「アッブッねッッッ! 死んだかと思った、パックリ行かれちゃったかと。――――ってアブゥ!」
バグンバグンと動く心臓を押さえつけ冷や汗を拭っていた少年に、大狼は右前足を振るった。
いきなり――――でもない攻撃に、少年は我らが大地に頭突きをかましながら避ける。大狼は苛立つように唸り、再び飛び掛る。
が、打ち付けた額の痛さに転げ回っていた少年は危なげなく回避。
超幸運少年ここに現る。
「グォォオオオオオァァアアアアア!」
怒り狂った大狼の木々を振るわせる咆哮。
至近距離で受けた少年の耳が一時的に機能しなくなる。
「ギャース! 何も聞こえなーい!」
両耳をバンバン叩きながら起き上がり、逃げる。当然追いかける大狼。口からは涎を撒き散らしながら爛々と血走った双眼で少年を捉えて逃がさない。
「うわ―――――ん! だ・れ・か・助けてくださーい! お願いしまーす! 哀れな少年が狼に美味しく頂かれてしまいますからっ!」
助けを求めるが誰も来ない。そんなタイミングよく来るはずもない。少年も分かっているが、それでも叫ぶ。『山賊さんここに美味しいカモがいますよっ! 葱しょって走ってますよっ! 仕事しろゴルァ゛ア!!』『主人公カマン、民間人が襲われてます! 助けて好感度上げる場面だぜー! 今助けてくれたら例え男主人公でも新たな扉を開けてフラグ建っちまうぜー!』などとそれ助け求めてんの? とツッコミが入りそうなことを森に向かって絶叫する。
残念ながら、当然の如く助けは来ず、なんだかんだ言いながら避けまくっていた少年だがとうとう大狼の右前足が少年の背を切り裂いた。白いワイシャツに赤い三本の線が滲む。
薄く表面を裂かれた程度だが、それでも十分に痛い。衝撃でゴロゴロと地面を転がり木に背を強打する。
「痛ってぇぇ―――――!! 無茶苦茶痛い! くっそ、俺のバカ。何で生産チートとか貰ったんだよ! 金持ちハーレムルート所か異世界初日にて捕食死亡ルートをまっしぐらだよ!」
立ち上がろうとするが、うまく足が動かない。足も体力も限界。大狼もそれに気付いたのか、ゆっくりと焦らず近づいて行く。
それを見据えながら、少年は諦めた。
痛くありませんよーに! と願いをかける。既に生き残れる可能性など考えていない。
大狼は段々と、着実に近づき、口を開け――――様としたところで上から振り下ろされる棍棒に潰された。ベチャッと音を立てて大地に一輪の大きな赤い花を咲かせた。
少年はポカンと棍棒の主、救世主の姿を見上げる。そこには7mくらいの巨人が居た。巨人は頭の悪そうな顔で、大狼の血と肉がベットリ付いた棍棒を見て、つるつるの頭をゴリゴリと掻き毟る。
そんな巨人を見て少年は思う。
助けてくれた。
流石に巨人相手にフラグが建つことはなかったが、それでも少年はにへらと笑いながら巨人に言う。
「いやー、助かりました。巨人君? 巨人さん? まさかの巨人ちゃん? 嫌ここは巨人様! マジ感謝します! 神は見捨てなかったって言うけど俺のとっちゃ巨人は見捨てなかったですよ! アハハハハハハハ……アハハハ…………ハァ?」
世間話をするように軽い調子で話しかける。そんな少年を巨人はつぶらな瞳で見つめ、棍棒を振り上げた。
標的は少年。
つまりは。
「結局終わりかよ。いやわかってたけどさぁ!」
そう言いながらも、わずかに回復した足を動かし巨人に背を向け走る。それに対して巨人は動かず、振り上げた棍棒をそのまま振り下ろした。
轟音を立てて大地を叩く。
間一髪棍棒に潰されるという未来は回避できたが、棍棒が大地を叩いた衝撃で砂利や石などが傍にいた少年の背中を打つ。
「イッダぁああ!!」
衝撃で数mの距離をノーバウンドで吹っ飛ぶ。途中何かに包まれるような感覚がして、次に地面に叩きつけられた。地面に顔を擦りつけながらようやく止まる。背中はボロボロ、骨も折れているだろう。顔面も砂と血で汚れていた。目の前がブラックアウトしそうになるのを、根性で止め巨人を見据えた。
そんな見るも無残な少年に巨人は近づき――――数m歩いた所で、ゴンと何かにぶつかったように尻餅をついた。巨人はゴリゴリと頭を掻き、首をかしげる。ジッと空中を見つめ、腕を振り上げ目の前の何もない空間に向かって棍棒をフルスイング。だが、その棍棒はやはり見えない何かにぶつかり、跳ね返り、巨人の顔面を叩き意識を刈り取った。
「……は?」
状況がうまく飲み込めず、目が点になる。
わかったことはただ1つ。今度こそ、本当に助かったという事だけ。
だがそれも素直に喜べない。全身が痛み、指一本動かせない今の状態ではすぐに死んでしまう。そもそも何故巨人がノックアウトされたのかも分かっていないのだ。
どうにかしないと。
ぎこちなく頭を動かし、後ろを振り返り、
「…………はぁ??」
大きな塔を見た。石作りの塔。高さは大体15m程、窓はなく、真正面にある入り口と思われる黒色の扉が異様な雰囲気をかもし出している。
こんな大きな塔に全く気付かなかった。今度こそ思考が停止する。
が、直ぐに復帰。助かるかも、と希望を見出し這いずる様に塔に向かった。中に何がいるか分からないが、こんな森の中にいるよりはマシだろう。
大きな扉を叩く。
「すんませーん。だーれかいませんかー? 怪我人ですけどー?」
返事はない。その後も叩くが反応は無し。どうしよう、と迷いちょっと力を込め扉を押してみるとあっけなく開いた。ぎぎぎぎといやな音を立てて開いた扉に体を滑り込ませて、扉を閉める。
中は真っ暗で人の気配はない。殺風景な部屋だった。右手に壁伝いの階段があり、上へと繋がっている。ほかは何もない。別の部屋の扉なども一切無く、広いフロアの中心にポツンと机と一脚のイスがあるだけだ。
「うぉーい。誰もいないのですかー?」
やはり返事はない。取りあえず階段を上ろうとして、目が暗さに慣れてきたのかちょっといった先にある机に寄りかかる人影に気付く。机の上には一本のビン。
酒でも飲んで寝てんのかな、と考え近づき、
「うわっ!」
短く驚きの声を上げた。人影だと思っていたのは人骨だった。ボロ布を身に纏い、完全に白骨化した仏。返事がない訳がわかった。
答え、死んでる。
そら返事も出来んわな、と1人納得していると、机のビンに目が行った。何故か視線がはずせない。それを飲めば怪我が治るような気がした。心の中でもう腐ってるよ! と抗議の声をかげるも体は勝手に動き、ビンを掴み取った。
そのまま傾け、中身を口に含む。
途端吐き出しそうな苦味。やっぱ腐ってんじゃん! と吐き出そうとする意識とは別に体はそれを必死に我慢して、飲み込んでいく。まるで自分の体ではないような感覚。しかし今回はそれが幸をなしたようだ。段々と体の痛みが和らいでいく。
(うそぉ!? これなんてファンタジー!?)
目を限界まで見開きながら、2口3口と飲んでいくたびに痛みが消えていった。
全ての痛みが消え、完全に回復したと感じても中身を全て飲むまでビンから口を離さなかった。
ようやく中身を全部飲みきり、痛みも全て消えた所で眠気が少年を襲う。朝からずっと歩いて走っていた少年の体力は限界に達しており、目をとじた瞬間夢の世界へと旅立った。
こうして神にチート能力を貰い転生した少年、『霧裂王間』の異世界初日はチート能力を一切使う事無く幕を下ろした。