-41- VS【海龍帝】 後編
途中に演説入りますが、変なところがあっても、おかしいだろ作者! じゃなくて、こうしたほうが良いのではないでしょうか? でお願いします。
轟ッ! と【海龍帝】の口から放たれた碧き光線。その着弾地点に居た冒険者約三〇名が即座に死に至り、直撃はしなかったものの、傍にいた冒険者や騎士は、衝撃によって遥か遠くへ吹き飛ばされる。
【海龍帝】は口から放たれる碧光線を維持したまま。無造作にぐるりと円状に顔を動かす。
大地が砕かれ命が消えうせ、【海龍帝】を中心に半径約二〇メートルの大地が消え下から海が現れた。
パニック。
まさにその状況。突如現れた巨大な碧き龍、【海龍帝】。至る所で悲鳴が上がり、逃げ惑う。彼らは【海龍帝】を討伐するために集められた訳だが、突然の急展開に冷静な対応が取れない状態だった。
そんな中でも、パニックが一週回って逃げることも悲鳴を上げる事も無く、ただ呆然と立ちすくむ一団が居た。テントに居た冒険者達だ。詳しく言うなら、目の前で人族最強の一角【爆天地】エッチェッツィオーネが喰われた場面を見た者達。その衝撃は計り知れない。最強の象徴でもあるSS級冒険者の呆気ない最期は、彼らの奥底に沈む本能的な恐怖を呼び起こす。
しかし、エッチェッツィオーネの最期を目にした者でも、立ち止まらず動き続ける者が居た。同じSS級冒険者【死神】、S級冒険者ジーク。二人は即座に武器を抜き、距離を取る。
「レンサカ殿! 一体どういうことであるか!」
「レアルタさん、敵は目の前です。戦えますか?」
「愚問である!」
テントの直ぐ傍で待機していたレアルタは、背に背負っていた二メートル近い大剣と横五〇センチ、縦一八〇センチ弱はある大盾を構える。レアルタの全身を覆う白紙のような真っ白な『闘気』は、目の前に唐突に現れた【海龍帝】を目にしても、澱みなく流れる。
「【死刃大鎌】……ッ!」
黒きオーラが鎌咲の体から溢れ出し、真紅と碧空の電光が踊る。白き吐息を吐きながら、骨の大鎌を片手に持つ姿は、伝承として伝えられる死神そのもの。両手に持った大鎌を油断なく構える鎌咲は、ポカンと口を開けて突っ立っている【勇者】光裁に視線を向けた。小さく舌打ちした鎌咲は、【海龍帝】の視線が光裁に注がれている事に気付く。
〔――――――――ッッツ――――――■■■■■■!!〕
【海龍帝】の咆哮はパニックをさらに加速させ、血に塗れた【海龍帝】の口の中に碧き球体が完成する。ジロリと睨む【海龍帝】の視線の先に居る光裁は未だに呆然としており、それは即ち――――放たれた碧球の回避は不可能という事を示す。
「【勇者】ッ! なにをしているんですか!!」
「え、あえ? なになに?」
鎌咲の怒号に再起動した光裁だが、時既に遅し。目前に迫る碧球を回避する術を光裁は持っていない。光裁の【黄金太陽】は全てを燃やすチートだが、一瞬で燃やせる訳ではない。ここまで迫った碧球は例え【黄金太陽】を持ってしても、光裁に届く前に燃やし尽くす事は不可能だ。
キョロキョロと周囲を見渡した結果目にした碧球に、馬鹿みたいに突っ立っている光裁は、抵抗なくこの世から消え去る――――直前、碧球と光裁の間に体を滑り込ませる一つの影。白の『闘気』に身を包むレアルタは、右手に持った大盾、支えるための下半身に『闘気』を集中、さらに碧球が大盾にぶつかった瞬間、能力を発動させる。
「【万物喰らう龍の大口】ッ!!」
霧裂からレアルタが譲ってもらった二つの魔道具の内の一つ。純粋な防御力なら、【無敵で鏡の絶対要塞】、【無限の城壁】と同等程度の規格外の防御力を誇る、鋼鉄の輝きを持つ黒の大盾を下地に、毒々しい牙が幾つも付けられた、そのまま近接武器としても使えそうな魔道具。
碧球はレアルタの持つ【万物喰らう龍の大口】とぶつかり、一瞬の内に喰われた。莫大な力を押し固めた碧球は、しかし霧裂作の魔道具を越える事はなかった。
「坊主、ここは戦場である! 怯えるぐらいならさっさと帰れ! 邪魔であるッ!」
「な、僕は【勇者】だぞ!」
「ならば戦え! その腰に下げてある剣は飾りか!」
間近で怒鳴られた光裁は、きつく唇を噛み締め神から貰った力を叫ぶ。
「クソッ、見てろ! 【黄金太陽】ッ!」
金に煌く勇者の剣を抜刀し、その身を黄金の焔で包み込む。両手でしっかりと剣を握り締めた光裁を見て、レアルタは一先ずその場を離れ鎌咲の下へ向かう。
「レンサカ殿、どうするであるか? このままでは悪戯に兵を死なせてしまう」
「そうですね……兎も角、まずはツィオーネが死んだと勘違いしている方の目を覚まさせる事にしましょうか」
「なんと、死んでないであるか?」
「当然です、彼女があの程度で死ぬはずがありません」
エッチェッツィオーネの生を信じて疑わない鎌咲を、まるで証明するかのように突然爆発音が響き、同時に【海龍帝】の口から大量の血と煙、そして腹部が内側から弾け飛ぶ。
【海龍帝】の血が雨のように降り注ぐ下で、冒険者達は上を見上げた。【海龍帝】の腹から飛び出した一つの影は、最初に落ちて来た右腕の傍に着地した。鋼鉄の髪や着物は見る影もなく【海龍帝】の血で染まっているが、それは間違いなく真っ先に死んだはずのエッチェッツィオーネ。
「おやおや、こねえな所にありんしたか、わっちの右腕は」
とん、と片足で蹴り上げた自身の右腕を掴んだエッチェッツィオーネは、そのまま気軽に右腕の切断面をぐちゃりと右肩に押し付けた。それは壊れた玩具を直そうとする子供の動作に似ており、当然そんな事をしても直る事はない。
しかし、数秒押し付けた後手を離したが、右腕は落ちずそれどころか何でもないように指が動く。
「え、な、なんで……?」
復活した光裁がその光景を見ていたため、再び呆然となり疑問を口にした。
エッチェッツィオーネはニィと口角を吊り上げ、さも当然であるかのように、それで居てサプライズに驚いた友人を見て喜ぶかのようにこう言った。
「生憎と、わっちは人ではありんせんので」
その答えにさらに訳が分からなくなり首を傾げる光裁を無視し、エッチェッツィオーネは鎌咲とレアルタに目を向ける。
「澱みない『闘気』。なるほど、ぬし様が【死神】の仲間でありんすか。納得でありんす」
「むぅ、残念ながら我輩は他の仲間たちに比べると、まだまだ若輩者であるよ」
「それはそれは。会うのが楽しみでありんすね」
「ちょっと! なに勝手に会うって決めてるんですか! それに今は戦闘中です!」
今なお逃げ惑う者が居る中で、あまりに場違いな会話に堪らず鎌咲が突っ込む。
それと同時に、【海龍帝】の咆哮が響く。
〔■■■――――ッッ――■■■■■――――――ッ!!〕
明らかに致命傷と思われた【海龍帝】の腹部の傷は、完全に再生されていた。あの程度の傷では、死に至らしめることは出来ない。
レアルタはうむ、と頷き全身を甲冑で覆い、さらには二メートル弱ある超重量級の大盾と大剣を両手に持っているのにも拘らず、恐るべき速度で動き身を挺して【海龍帝】の砲撃から冒険者や騎士を守る。
「僕も負けていられないな。喰らえッ!!」
横薙ぎに振るわれた黄金剣から黄金の焔の剛球が放たれる。一度触れれば全てを燃やし尽くす黄金焔の剛球は、轟ッ! と爆音を立て【海龍帝】に着弾した。
【黄金太陽】、攻撃力だけならトップクラスのチート。【海龍帝】は黄金の剛球によって命を落とす事はなかったが、しかし着実に黄金焔は命を奪う。
「どうだ! これが僕、【勇者】光裁誠の力だ!」
「流石です誠様っ!!」
勝利を確信する光裁と、今まで何処にいたのか問い詰めたくなる赤毛の美女。しかし、彼らの思い通りには行かなかった。【海龍帝】の口から放出される、神の輝きを宿した水が、瞬く間に【黄金太陽】を消してしまったのだ。
「え゛!?」
「【勇者】! 確か貴方の焔は消えないんじゃないのでしたか!?」
「そのはずなんだ! 色々確かめた! なんで消えるんだ!?」
「【勇者】殿は全く使えんせんね。防御にでも回っておくんなんし」
確かに僅かなタイムラグがあるといっても【黄金太陽】は普通の水では絶対に消せない。だが、霧裂が自身が造り出した魔道具で【傀儡師】の【催眠人形】を封じたように、創造神が【海龍帝】に持たせた力の一つに、【黄金太陽】完全耐性がある。
【海龍帝】の口から先ほど放出された、神秘的な水は本来消す事の出来ない【黄金太陽】を消す事が出来る。【海龍帝】に命じられた命は【勇者】抹殺なので、【勇者】の【黄金太陽】に対処法を持たせるのはある意味当然なのだが。
同時に【陸獣帝】に嘉麻瀬の攻撃が一切通用しなかったのも、【陸獣帝】に【我天使也】の完全耐性があったからである。
「【死神】殿、【爆天地】殿! お二方に一つ頼みが!」
泣く泣く防御に回った光裁。その時、戦場にて歴戦の戦士を思わせる荒々しくも洗練された『闘気』を纏う、一人の騎士が鎌咲とエッチェッツィオーネに声を掛けた。その手にもつ、獅子の剣は王国騎士団の団長の証。
「少しの間私に注意を集めてもらいたい! 出来ますか!?」
「お安い御用です。ツィオーネ!」
「分かりんした」
鋭い鎌咲の声に、一つ頷きエッチェッツィオーネは【海龍帝】目掛けて走り出す。
「ハァァアアッ!!」
気合の声と共に、鎌咲は鎌を振るう。鎌の刃から放たれた黒き斬撃は、しかし【海龍帝】を守る碧き鱗に弾かれ、体に傷一つつけることは叶わない。
だが、鎌咲は笑う。もとより今の斬撃は傷を付けれたら幸運、程度の気持ちで放ったのだ。無傷だからといって意気消沈するような一撃ではない。
弾かれた黒き鎌の斬撃は、空中に留まり足場と化す。その足場を超人的な身体能力で軽やかに駆け上るのは【爆天地】エッチェッツィオーネ。
「くすり、流石でありんす。これだけ立派な足場があれば簡単でありんすね」
言うほど簡単ではないのは一目瞭然。
瞬く間に上りきったエッチェッツィオーネは、最後の足場を全力で蹴り、空中に躍り出る。今、エッチェッツィオーネが居るそのすぐ傍に、【海龍帝】の碧き双眸がある。【海龍帝】は即座に目の前にいる女が、自身を体内から攻撃した女だと理解し、碧光線を放つために大口を開ける。
「全く、馬鹿でありんすね。わっちが【爆天地】と呼ばれる訳をお教えしんしょう」
機械的な鈍い輝きを放つエッチェッツィオーネの髪が、太陽の光を吸収するが如く、さらに強烈な光を放つ。それはまるで、今まさに爆発する爆弾のようで……。
「喰らいなさい、わっちの一撃は効きんすよ」
直後の出来事だった。エッチェッツィオーネの全身が銀の機械的な光を放ち――――半径五〇メートル近い空間を巻き込んで、球体状の爆発を巻き起こす。爆炎と衝撃が周囲一帯を襲い、すぐ傍にいた【海龍帝】は顔面の皮膚や鱗が剥がれ落ち、肉や骨を空気中に晒す。鮮血を撒き散らしぐらりと揺れる【海龍帝】のすぐ傍には、黒き斬撃の足場に乗るエッチェッツィオーネが、ゆっくりと煙の中から姿を現す。
ポカンとまたもや口を開け驚く光裁に、これでは埒が明かないと鎌咲がエッチェッツィオーネの正体を口にしようとした所で、先にエッチェッツィオーネが自分で驚くべき真実を口にする。
「わっちは、魔王時代より残る最古の魔道具でありんす。正式名称は自立式魔導永久爆発人形、驚きんしたか?」
「はぁ!?」
大声で驚愕の声を出した光裁は悪くない。
光裁とエッチェッツィオーネの会話がなされている少し離れた場所で、王国騎士団長は周囲を見渡す。
エッチェッツィオーネの爆音に逃げ惑っていた冒険者や騎士達の注意が向いた。
肺一杯に酸素を吸い込んだ王国騎士団長は、全てを吐き出し恐怖を追い返すような怒号を上げた。
「注――――ッッッ目ッせよォォォ――――――――ッッッッ!!」
空気が震える。大砲のような怒声。
一瞬で、注目が【海龍帝】から王国騎士団長へと移る。
「テメェらッ! なにやってんだァ――――ッッ!!
テメェらは何のためにここまで来たッ! 何のためにここに居るッ! その手に持った武器はなにに使うんだッ!
逃げるためかッ!? 違うだろッ! 俺たちがッッ! ここに居るのはッッ!
その手に持った武器で【海龍帝】という災害を退け王都の住民を守るためだろォォ――――――がァァァァ――――――――ッッッ!!」
有りっ丈の力で全員に届くように王国騎士団長は声を上げる。そこに『闘気』や魔道具の力は使われていない。ただ、純粋な王国騎士団長の素の叫び。心からの怒号。それ故、彼の言葉は皆に届く。
「見ろッ! その目で周囲の状況を観察しろッ! 目の前の化物は確かに災害だッ!
だが俺たちはその災害から民を守るためにここに居るんだろうがッッ!!
逃げてんじゃねぇッッ!! あの化物が災害だろうと、陸は俺たちの土俵だろうがッ!
わざわざ向こうから来てくれたってのに、なんだテメェらのその様はッッッ!!」
今の今まで恐怖で目の前が見えていなかった冒険者や騎士達は、漸く周囲の状況に気付き始めた。
最初の碧光線。その一撃で、約一〇〇人近い命が消えた。だが、その後は?
周囲を見渡し、気付く。自分達は守られていた。
血を撒き散らし暴れまわる【海龍帝】の、一撃で死に至るであろう碧球や碧光線。その全てが大地に、自分達に着弾するよりも早く、動く要塞の如き白髪の騎士に防がれ、黄金に輝く焔によって灰に帰す。
機械的な鋼の美女によって何度も連続で引き起こされる爆発は、着実に【海龍帝】の体力を削り、ここぞという時に放たれる黒き死神の鎌による一撃は、【海龍帝】を死へと招きよせる。
押していた。たった四人による攻撃は、災害で脅威である化物に勝っていた。
「ビビるなッ! 怯えるなッ! 恐怖に打ち勝てッ!
俺たちは全然負けてねぇだろーがッッッ!! 負け戦なんかじゃねぇッッ!!
勝てるんだッ! 生き残れるんだッ! 守れるんだッッ! 馬鹿かテメェらッッ!
そのチャンスを見す見す自分から放棄してんじゃねぇぞ自殺志願者共ッッッ!!
勝ちたいなら生きたいなら守りたいなら、戦えよッッ!
逃げんな、突撃しろッッッ!! テメェらの自慢の武器で野郎の腹を切り裂けッ!!
災害殺して生き残ってやるぞクソ野郎共ォォォォ―――――――――――ッッッッ!!!」
王国騎士団長による咆哮は、確かに皆の心に届き、
――ォォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!
地響きのような雄たけびとなり帰って来た。各々の手に持った武器を天高く掲げ、地鳴りのような轟音を立て足で大地を踏みしめ、数多の『闘気』が爆発した。
『闘気』に身を包み魔道具である武器を持ち、彼らは【海龍帝】へと突撃していく。
生き残るために。
人と災害による死闘が始まった。
〔■■―――――――――ッッ――■■■■■■!!〕
放たれた咆哮は、瀕死の魔物が放つモノに良く似ていた。
周囲の大地に亀裂が走り、人がなぎ倒され、血が草に染み込み変色している。太陽は傾き始め、既に何時間も死闘が続いている事を示していた。
今なお地に両足で立っている者は少ない。
【爆天地】エッチェッツィオーネ、【死神】鎌咲藍菜、レアルタ=カヴァリエーレ、【勇者】光裁誠、王国騎士団長、冒険者一八名に騎士二二名。他は全て地に伏せていた。
全てが死んでいるわけではない。地に伏せる凡そ七割が未だに致命傷を負いながらも、生き残っている。
そして瀕死なのはなにも鎌咲達だけではない。【海龍帝】もまた、両目を失い碧き鱗を血で染め下顎を吹き飛ばされていた。再生速度は最初の頃と比べると格段に落ちており、死が間近なのを示していた。
長時間にも渡る死闘の終わりは、直ぐ傍まで来ている。
〔■■■■―――――――■■■■■■■――――ッッ――――■■■――――ッッッ!!!〕
大地を揺らすその咆哮は先ほどとは違い、力に満ちている。復活したのではない。全てをかけて、命じられた命だけは果たそうと言う最後の足掻き。
それに目ざとく気付いたエッチェッツィオーネは、口を動かさず鎌咲とレアルタに伝える。
「【死神】、どうやらあちらさんも次が最後のようでありんす。次の攻撃が放たれる場所はわかっていんす、行きんすよ?」
「分かりました、レアルタさん、合わせてください」
「了解である」
【海龍帝】は咆哮で一瞬怯んだ隙を付き、海へと潜る。血だらけで瀕死だとしても、その最後の動きに衰えは見えず恐るべき速度で潜った【海龍帝】を追える者は居なかった。
「し、しまった! 逃がすな!」
逃げた。そう思った王国騎士団長の声を聞くまでもなく、走り出す騎士に冒険者。しかし、それが間違いだと直ぐに気付く事になる。
地鳴り。大地が揺れ、悲鳴を上げる。まさか、そんな言葉が頭を過ぎった王国騎士団長は地を足で踏ん張りつつ慌てて振り返り――――ゴッバッ!! と現れた時と同じように地面を砕いて現れる【海龍帝】を見た。
【海龍帝】に喰われるのは、【勇者】。
地の下からの攻撃に、対応できなかった光裁は【黄金太陽】を身に纏うの間に合わず、死を覚悟したその時、ガギンッ! と【海龍帝】の口を閉じさせないように、上顎と再生した下顎の間に大盾を入れるレアルタに助けられた。
【海龍帝】は突然の乱入者に目を白黒させる。そんな【海龍帝】に、レアルタは二メートルの大剣を天に掲げる。
「行くであるよ、【誇りに生きる騎士の聖剣】」
太陽の光を反射し神の如き神秘的な光を放つ、剣身に十字架が刻まれし輝く聖剣。レアルタが全てを捧げると誓った主から頂いた剣であり、その主を切り裂き命を奪った戒めの剣を元にし、造られた唯一無二のレアルタ専用の魔道具。レアルタの白き『闘気』でしか本来の性能を引き出す事の叶わないその聖剣に、レアルタの全『闘気』を集中させる。
聖剣の力を本能的に悟った【海龍帝】は、回避に移るがその時、重なる声を聞いた。
まるで【勇者】を狙うのは分かり切っていた、という様に、不意を付いたはずの【海龍帝】に続々と集まっていく。
「「これで」」
タタン、と地を軽やかに蹴り【海龍帝】目掛けて疾走する【死神】は、その象徴である大鎌で黒きオーラをのせ振りかぶり、続く【爆天地】は爆発前の鈍い鋼の輝きを全身から放出させる。
「終わりにしましょう」「終わりにしんしょう」
同時に空気を振るわせたその言葉が【海龍帝】の最後に聞いた音となった。
振り下ろされる神の如き聖剣の一撃。
生命を狩り取る死神の骨大鎌の一撃。
周囲一帯を焼け野原にする止めの自爆。
それらに音はなかった。
ただ【海龍帝】の見えない筈の視界を光が埋め尽くし、光の中へと消えていった。
「死に掛けた! 最後の最後で死に掛けましたけどなにか言う事ありますかツィオーネ!!」
「だからさっきから謝ってるでありんしょう? これ以上貴女は何を求めるのでありんすか?」
「心の篭った本心から来る謝罪です!」
「すみんせんでした。はいおしまい」
「だっから! ちっがーうっ!!」
黒焦げになっている鎌咲に、くすくすと笑いながら楽しそうに会話を続けるエッチェッツィオーネ。【海龍帝】の屍の傍で繰り広げられる喧嘩の隣では、何故かキラキラとした少年のような目でレアルタを見つめる光裁が居た。
「ありがとうございます! 二回も命を救ってくれて! 僕のヒーローですよレアルタさんは!」
「よすである、別に我輩はヒーローなどという柄ではないであるよ」
「誰がなんと言うおうと、レアルタさんは僕のヒーローですっ! あの、この後時間空いてますか? 良ければ一緒に食事でも」
「すまん、我輩はすぐさま仲間のところへ行かないといけないのであるよ。食事はまた今度」
首を振り断るレアルタに、がっかりと項垂れながらも絶対今度食事行きましょうと力説する光裁の背後で、赤毛の美女が密かに戦慄していた。
(今まで私や他の皆が色々アプローチして来たのに、まるで物語の鈍感主人公のように一切気付かなかったのって……もしかして、鈍感じゃなくてゲイだったの誠様っ!!)
あんまりだわ……と四肢を付いて項垂れる赤毛美女に気付いた光裁は、何時もの如く鈍感力を発揮して慰めにかかる。その結果、【勇者】ハーレムメンバーは光裁がゲイだと完全に勘違いをしてしまい、女の魅力を気付いてもらおうとさらに過激なアプローチを仕掛けるが、当然の事ながら気付かない光裁。
こうして【勇者】ホモ疑惑は加速していく。
「この後、冒険者ギルドで報酬が出されるので皆さん、早く王都へ」
ぺちゃくちゃと思い思いの会話を続ける鎌咲たちに、そう言ったのは王国騎士団長。既に怪我人や重傷者は《回復薬》や《秘薬》、《再生薬》などを飲ませ、王都の医療設備が整った冒険者ギルドへと搬送されている。
残ったのは鎌咲とエッチェッツィオーネ、レアルタに光裁、赤毛の美女、最後に王国騎士団長だけだ。
しかし、鎌咲とレアルタは王都への帰還を首を振って拒否し、
「報酬は【海龍帝】の頭部を貰います。私たちは忙しいので」
「ふむ、それでは我輩は尾の部分を貰うであるよ」
それぞれ武器で頭部と尾を切り取り、片手で持ち上げる規格外な二人。霧裂のSS級冒険者認定は霧裂本人が居ないと不可能、そして瞬谷の除名撤回は別に居なくても可能なので、王都へ行く必要がないと鎌咲は考えたのだ。
王国騎士団長は、注意をしようか少々迷ったものの、結果的に言えばこの二人の活躍がなければ【海龍帝】討伐はありえなかった為、多少の我侭には目を瞑る事にし、その場で敬礼をする。
レアルタは王国騎士団長の敬礼に敬礼を返し、光裁には手を振りまた来ると言外に示す。
鎌咲は静かにエッチェッツィオーネを見つめていたが、
「いってらっしゃい」
と、そう言われたのを最後に背を向け、走り出す。レアルタと鎌咲、二人がトップスピードを維持し向かうのは霧裂たちが居る場所。霧裂に与えられたイヤリング型の通信魔道具により大体の場所を把握している二人は、向こうも面白そうなことになってるな、と考えながら死闘の跡地に背を向け走る。
◆ ◆ ◆
ガラガラと岩を持ち上げ、ジークは身を起こす。最初の【海龍帝】の碧光線により吹き飛ばされたジークは、なにやら洞窟のような場所に飛ばされ、今の今まで気を失っていたのだ。
「ふゥ、全く無茶苦茶ダ」
コキコキと首を回し、身体を解していく。咄嗟に『闘気』を纏ったお陰か大怪我などはない。これなら直ぐに戦線復帰出来そうだ、と既に戦闘が終了している事など知らないジークは考えて、
「うン?」
破壊された洞窟の地面に、岩などで隠れているが階段があることに気付いた。
今は緊急だ。無視するのが得策。そう考えるジークだったが、階段の奥から僅かに感じられる薄気味悪い魔力に反応した。
(まさカ、【魔女】!?)
もし【魔女】であれば、まずい。ここに激突するまで意識があったジークは空中での記憶を思い起こす。ここは王都にかなり近い場所にある。もしそんな場所に【魔女】が、もしくは亜人の団体が潜んでいるとなれば、それは大変不味い事だ。
直ぐに『闘気』を纏い息を殺したジークは、ゆっくりとした動作で階段を下っていく。
その後姿を見つめる二組みの双眸に気付かずに。
階段を進んだ先に有ったのは、小さな小部屋。
その小部屋はとても亜人の団体などが入れそうもない大きさで、ホコリが積もり長年使われていない事が明白だ。明かりなどもないため、自身の手すら見えない闇の中だが、異常な視力を誇るジークには小屋の中が鮮明に見えていた。
小屋の奥にある物体が、見えてしまった。
(ミイラ……?)
そこにあったのは、包帯でグルグルまきにされた、身長一七〇センチ程度の一体のミイラ。両腕を胸の前でクロスさせたそのミイラは小屋の壁の奥に天井から吊るされていた。床から伸びる幾本もの鎖が、まるで縛るかのようにミイラの身体に巻き付いてある。
これは? と首をかしげたジークは、ミイラの顔の部分に取り付けられたプレートに気付く。そのプレートには文字が刻まれていた。その文字は……。
「バ、馬鹿ナ! これは本物カ!? イヤ、本物だとしたら一体誰がコレを見つけタ!」
その文字の意味を理解したジークは驚愕の声を上げ――――直後にジークの背後から声が上がった。
「知りすぎたな」
短いその言葉に込められた、明確な殺意と敵意。即座に『闘気』を纏い片手に武器であるナイフの魔道具を握り締めたジークは、その目でSS級冒険者【道化】と、黒いサングラスをかけスーツに身を包む不可解な男を見た。
一体どういうことだ? そう考えを回そうとしたジークに、スーツの男【暴君】は小さく嘆息しつつ、片手を上げ、
「残念だが君程度の『闘気』では、たったの数百倍ですら受けきる事は不可能だ」
直後の出来事だった。
振り下ろされた【暴君】の右手。
同時にジークに襲い掛かる上からの圧力は、いとも簡単にジークを小部屋の染みにした。残ったのは僅かに亀裂が入った小部屋の床と、そこに留まる血肉。
「ヒュー、流石【暴君】さん。怖いねー」
「お前にそんな事を言われる日が来るとはな」
「いやーホントに怖いよー。怖い怖い、そんでもって、これが噂の『アレ』かなー?」
「そうだ」
第二王女の命令により守れと言われた『アレ』。それこそ小部屋の奥に吊るされている一体のミイラ。【道化】はミイラをジロジロと観察してから、分かんないなーと首を傾げながら、爆弾を投下した。
「うーん、どうやって姫は見つけたんだろうねー? この、【魔王JOKER】をさー」
「さあな、私には到底分からんよ」
「ちぇ、使えないなー」
【暴君】と【道化】の視線の先にあるミイラのプレートに書かれた文字は、【JOKER】。
【魔王JOKER】、数百年前に突如現れた災厄の王。その屍が、ここに眠っていた。
この世界は過去に二度滅亡しかけた事がある。一つが【堕神】襲来。そしてもう一つが【魔王】襲撃である。この二体の化物は、単純な強さで言えば恐らく【堕神】のほうが上だろう。しかし、知名度で言えば断然【魔王】の方が上である。それは何故か。
【堕神】が襲来し、暴れまわったのはなんと僅か三日。その三日で四つの国を滅ぼした堕神だが、たったの三日しか災厄を振りまいてないのだ。暴れまわったその三日目、彼女は英雄に討たれる事となる。
それに比べて、【魔王】は討たれるまでの凡そ二〇〇年間、世界を支配し続けた。災厄を振りまき続けたのだ。【魔王】が存在していた二〇〇年を異世界の住民は暗黒時代と呼び、皆今でも【魔王】を恐れている。
そんな【魔王JOKER】を、第二王女は何処からともなく発見し、それ以来彼女は王都を出来る限り離れず、【暴君】や【道化】などの部下を取り始めたのだ。
第二王女の思惑は【暴君】には、いや、誰にも分からない。
(ミロード、貴女は一体ナニモノですか……)
思案しても分からぬ問いが再び脳内に浮かぶ。
その問いを頭を振って【暴君】は消しながら、【道化】に言う。
「掃除しておけ」
「はーい、でも後ででいーでしょー?」
「ああ、一先ず王都へ帰る」
「りょうかーい」
そんな会話を最後に小部屋を背にし階段を上って、その場を去った【暴君】と【道化】。【魔王JOKER】が封印されたその場所には、吊るされた【魔王】とぐちゃぐちゃになった元ジークである屍のみ。どちらも口を開く事さえ叶わず、声を発するなどありえないこの場所で――――しかし、確かに不可解な囁きが響く。
いったい誰の囁きなのか、何百年も声を出していないような、掠れ果てた声で、その声はこう囁いた。
――オハヨウ…………。