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S  作者: ぼーし
第四章 【三帝】編
39/62

-32- 決闘と収集家と迷惑な剣

転生者の数多すぎたと本気で絶賛後悔中の馬鹿な作者ですorz

王城、王国を守る騎士達が鍛錬するその場所で、二人の男が向かい合っていた。

片方は黄金に輝く刃渡り八十センチ程度の剣を右手に握り締め、準備運動をするように軽く素振りをしている。もう片方は紅と蒼が混ざり合った鋭利な棘付きの巨大な槌を鋼鉄のグローブを嵌めた片手に呆然と夕焼け色に染まった空を仰いでいた。彼は目の前で体をほぐし戦闘準備を着々と進めるイケメンな青年を見てから、視線を周りに居るギャラリーに移し再び空を見上げポツリと疲れたように呟く。


「なんでこうなった……」


そんな哀愁漂わせる彼の背にギャラリーはこれでもかと罵詈雑言を浴びせ、同時に彼の相手である青年には黄色い声援を降らせていた。

ザクザクと全方位から襲い掛かる言葉の暴力に心を痛めながらもう何度目になるか分からない返答者の居ない言葉を再び呟く。


「マジでなんでこうなった……」


遡る事20分、あの料理店で民衆の面前で叩きつけられた決闘状が原因だという事は百も承知だが、霧裂王間は呟かずに入られなかった。霧裂の今日の出来事は妄想癖の有るガキに罰を与えておっさん騎士と記憶喪失幼女を仲間にして無銭飲食をしたガキに罰を与えて道端で土下座してたガキをぶん殴って、現在【勇者】様と決闘である。


中々どころかかなりハードな一日だ。二日か三日に分けても良いのではないだろうか。もう霧裂の精神的な疲れはピークに達している。ベッドに入ってゆっくり一日の終わりを寝て過ごしたいのだ。こんなやりたくも無い決闘なんてものはさっさと終わらせるに限る。

しかし、霧裂は大きく嘆息する。


(勝ったらまずいよなぁ)


目の前にいるイケメン青年は仮にも【勇者】なのだ、その実力はSS級冒険者にも届くと言われる王国の切り札。そんな人物に勝ってしまった暁にはどんな厄介事が転がり込んでくるか分からない。それは御免だ。ならばさっさと負けるしか手は無い。

だと言うのに。どうやら【勇者】は観客のご期待に答える気らしい。


つまりは、公開処刑。


この場に居る観客のほぼ全ては【勇者】による霧裂の公開処刑を望んでいる。中々良い趣味だ。霧裂にとっては良い迷惑だが。【勇者】はもしかしたらと言うか間違いなく、霧裂を公開処刑にするつもり等全く無い。彼はただ『小さな少年を殴った男に説教する』程度にしか考えていない。しかしそれなら観客を招いたのは失敗だった。このせいで霧裂は完全に悪役、王都で生活はまず無理だろう。王都の住民全てが霧裂の敵に回ったようなものだ。


(つーかそもそも俺悪いか? 殴ったけどあれ当然じゃね? 王貨払ってやったの俺らだし、その事全く悪いと思ってないから鉄拳制裁してやっただけじゃん……二回。やっぱ考えれば考えるほど悪くないような気がしてきた。そうだ俺はワルクナイ)


そう考え、霧裂はまるで親の敵でも見るように【勇者】光裁誠を睨みつける。勝つのが駄目なのは分かっているが、何も一方的に負ける事は無いのだ。一発か二発そのイケメンな顔面を殴っても許されるはずだ。終わり良ければ全て良し。最終的には負けるがそれまで目一杯ぶん殴ろうではないか。


幸か不幸か、霧裂の仲間は現在宿屋で爆睡中だ。やはり疲れたのだろう、誰一人としてこの面倒事に付き合ってくれる心優しい仲間は居なかった。ハクなら付き合ってくれそうだが、残念ながらハクは【小さくて大きな飼育箱(ブラックボックス)】が使用不可の為森に隠れている。


ハクの事を心から残念に思いながら、宿でぐっすりと眠っているであろう愉快な仲間達に考え付く限りの罵詈雑言を並べつつ、霧裂は【闘神狂う(ベルセルク)】を嵌めた拳を握り締め、両手に持った剣を正眼に構える光裁に視線を合わせ、


「――――始めっ!」


今の今まで霧裂の行った『少年への暴力』という、悪意のある行為に対し演説していた審判の声が耳に入るや否や、ダッ! と地を蹴り全力で駆け出した。自身に一直線に向かってくる霧裂に僅かに目を見開く光裁。その速度も当然ながら、しかし最も驚いたのは、


「ぶ、武器は!?」

「必要ねぇッ!」


霧裂の遥か後方、先程まで霧裂が憂鬱そうに夕暮れ時の空を見上げていたその場所に、ポツンと【紅蒼打ち抜く(ミョルニル)】が転がっていた。

その一見余裕に見える霧裂の態度を見て、光裁は目を歪め歯を食いしばる。


「くそっ、舐めているのかッ!!」


ドッ! と光裁が右足を踏み込み距離があっという間に詰まった霧裂の腹目掛けて高速の突きを放つ。顔を狙わなかったのは殺す気が無いからだろう。はたまた殺す勇気が無いのか。ともかく光裁の黄金の剣による高速の突きは、霧裂に当たる事無く空を切る。


「なっ!?」

「一々驚くなよな」


重心をずらし右側に踏み込んだ霧裂は、そのままの勢いで『闘気』を纏った右拳を顔面目掛けて振るう。光裁は目を大きく開かせながらも、しかしその十分人の領域を超えた反射神経で地に沈み紙一重のところで躱した。

そこへ、沈んだ光裁の顔目掛けて、腰を捻り左拳を振るい、同時に踏み込んだままの右足に全力で靴底を叩きつける。顔面と足目掛けて振るわれた霧裂の攻撃に、光裁は咄嗟に顔面を庇った。


ゴギッ! と嫌な音が鳴り光裁の右足が砕かれると同時に顔面を庇った腕に霧裂の強打がぶち当たる。轟音が炸裂し拳の衝撃をまともに受けた光裁は体勢を持ち直す事が出来ずそのまま吹っ飛んだ。

追い討ちをかける事も出来るが、霧裂はあえてそれを行わずその場に留まり、シンと言葉を無くすギャラリー達に視線を向けながら両手をボケットに突っ込む。


(光裁って言ってたしまず転生者だろ。機動力は奪った、チートを使ってくるはず。それにちゃっちゃか負けますかね) 


顔面は殴れなかったが、しっかりと目的は果たしたのだから。霧裂はちろりと僅かに視線をポケットに収まった右拳に向ける。そこにはズッシリと重みの有る皮袋が。


(重さからして王貨20枚から30枚ってところか、いや~金持ちだね勇者サマって)


ちゃっかり盗んだ光裁のサイフ。その高速のテクは本業者並だ。事実光裁から霧裂が大金をスッた事に気付いた者は居ない。ふふふふ、と黒い笑みを浮かべる霧裂の目の前で光裁がゆるりと立ち上がる。砕いた右足に体重をかけず、左足一本で立ち上がった光裁は、右手に持った黄金の剣を強く握り締め――――ふっと顔を崩し笑った。


そのイケメン特有のトンデモキラキラ光線ドッピカーな笑顔を見てギャラリーの女性(7割)が鼻から赤い欲望の液体を吹き出しながら幸せそうな笑顔で気を失ったがそれは些細な事だ。


「なるほど……舐めていたのは僕か」

「えぇっと?」

「いや、すまない。これからは僕も本気で行こう、出来れば君も本気で来て欲しい」


そこで口を噤み、ゴゥッ! と光裁の体から黄金に輝く神秘の焔が吹き荒れる。何やら急展開に頬を引き攣らせながら首を傾げる霧裂をギラギラと金に変わった燃ゆる双眸で見つめ、


「例えソレが無理でも! 僕が君の本気を引きずり出す! 【黄金太陽(グローリー)】ッ!!」


ワァーッ! とギャラリーの歓声が爆発した。耳鳴りを感じるほどの大音量で巻き起こる盛大な【勇者】コール。どうやら光裁は霧裂をここに呼んだ理由を忘れているようだ。その瞳にあるのは強者と出会えた喜びのみ。鶏並みの記憶力だ。

それで良いのか【勇者】よ、と霧裂は真剣に心配する。


光裁は別に戦闘狂では無いだろう。真の戦闘狂(セレーネ)にご対面済みの霧裂は、光裁が戦闘狂では無くただ力を試したいだけなのだと悟る。そう、新しい玩具が手に入って自慢したい子供の様に。光裁は神から貰った【黄金太陽(チート)】を全力で振るいたいだけなのだ。その振るう相手に霧裂が選ばれたという至極単純な話。

しかし勝手に選ばれた霧裂にとっては堪ったものではない。ハッキリふざけるなと罵詈雑言を今ここで声を大にして言いたい。


「行くぞッ!」


どうやらそんな時間は無いようだ。ダンッ! と地を蹴り黄金の焔を纏いより一層輝きを増す黄金の剣を両手で握り締め、左足一本で飛び掛ってくる。そんなお粗末な移動方法では避けるのは簡単だ。

が、ここで避けては長引きそうだと判断した霧裂は焔でも喰らって吹っ飛ぼうかと思案したところで、第六感が大きく警報を鳴らす。あの焔に触れては駄目だ、と。


「チッ!」


舌打ちし、ばれない様に負けようとしていた霧裂はその場を飛び退く。霧裂を追うように片足で地を蹴り続ける光裁は、剣を振るい黄金の剛球を放つ。その全てを軽やかに躱してみせる霧裂に光裁は子供のような笑みを濃くした。霧裂は精神的に疲れすぎてもうぶっ殺しちゃうぞ☆と危険な天使が頭の中で囁くが、精神力を総動員して天使を捕縛する。これでも前世は義妹からの一線を越えさせようとする危険な誘惑に打ち勝ってきたのだ。精神力には少しだけ自信があった。


だがこのままでは霧裂が実は結構凄い奴なんじゃね? という疑いをギャラリーに持たれかねない。今はまだ復活した光裁の輝かしい攻撃に瞳を歓喜の涙で濡れさせ声を枯らすほどに応援しているギャラリーが殆どなのでギリギリ大丈夫だろうと霧裂は考える。しかしこれ以上は駄目だ。どうにかして負けないと、と霧裂は思案しつつ逃げ回りながらも【紅蒼打ち抜く(ミョルニル)】の場所まで辿り着き、拾い上げながら同時に足で砕いた地の石を『闘気』を纏った【紅蒼打ち抜く(ミョルニル)】で光裁目掛けてぶん殴る。普通なら欠片も残さず砕け散る石は、しかし【紅蒼打ち抜く(ミョルニル)】が当たる寸前『闘気』を纏わせる事で強度を増し、恐るべき速度で光裁へ向かう。


「こんなもの効かないさッ!」


高速で飛来する石は光裁の纏う黄金の焔によって灰に帰す。しかしその燃え尽きるまでに地の石を燃やした時と比べて、僅かなタイムラグがあったことに霧裂は気付く。


(何でも燃やすチートかなぁ。一瞬で燃やし尽くす事は出来ないっぽいな。それならメンドクサイけど行くか)


光裁の【黄金太陽(チート)】の力を予想し、霧裂は覚悟を決め突っ込む。もし全てを燃やすチートだとしても、光裁は殺すことは無いだろう。死に掛けたら消すはずだ。消す事が出来なくても、その時は燃えてる部分を切り離せば存命出来る。もうさっさと寝たい霧裂はあたかも勝負を決めに掛かる様に、光裁目掛けて走り出し、そして。


「僕の勝ちだッ!!」

「うわぁ~。やられた~」


ゴバァ! と金の焔に飲まれ天高く打ち上げられた。同時に響く光裁の嬉しそうな声と爆発するギャラリーの歓声。その声を聞きながらやっと寝られると心の底から安堵した霧裂は、ぼてっと無様に地面に着地したのだった。






「良い勝負だった」

「そうっすね~、最高だったす~。いや~僕ぅ~殴ったりして悪かったね~、それではこの辺で」


満面の笑みを浮かべる光裁と一方的な男の友情を結ばされた霧裂は、欠伸を噛み殺しながら適当に返事をしつつ光裁の足にしがみ付く無銭飲食少年に誤り、その場に背を向けた。霧裂の頭の中は既に宿に帰って寝るという事で埋め尽くされている。しかし霧裂は気付けた筈だ。この【勇者】との試合を見に来ていたのは何も単なる住民だけではないという事に。


【勇者】との試合を見て、霧裂の異常性に気付けたのは、ほんの一握り。当然当事者(光裁)では無く、第三者(観客)。極少数、片手の指の数にも満たないたった数人の観客のみ。


もう寝る、さっさと寝ると硬い覚悟を決めた霧裂の背後を王城のあるテラスから見つめる女性も異常性に気付けた類まれな観察眼を持つ一人だった。両目をもう見るものは見たとばかりに閉じ、僅かに膨らんだ胸をゆっくりと大きく上下させながら、自分の背丈の倍はあるであろう長く美しい金の髪を地に垂らせ、整った顔立ちしたその女性は、この王城の住民。王国第二王女その人である。世間一般で病弱と呼ばれている彼女は、最初は【勇者】の実力をその目で確かめようと見始めた決闘だが、試合が始まった直後に【勇者】を見限り、直ぐに相手である霧裂に目を向けた。


そして気付いた異常性。


彼女が霧裂を見てまず始めに思ったのが、その歪さ。人なのに人では無い様な歪みを視た。


(あの【狂月】と全く同じ『闘気』を扱うなんて……)


『闘気』に同じものは無い。これは常識だ。それなのに、彼は【狂月】と寸分違わぬ『闘気』を使って見せた。これは誰の目から見ても簡単に気付く異常だ。まぁ気付いたのは殆ど居なかった様だが。それで良いと彼女は思う。彼の異常さを知っているのは少なくて良い。


そして、最後に彼女は心の底から歓喜する。

底が知れない。

彼女の眼を持ってしても霧裂の実力は視れなかった。彼女は思う。


彼ならば、彼女の集める戦力に丁度良いかも知れない。

彼ならば、遥か高みから蔑みの視線を向ける奴等に対抗できるかもしれない。

彼ならば、この世界の運命というモノをコワセルかもしれない、と。

彼女が視た、この世界の真実を。


「ねぇ、あの人を調べてくださる?」

「あの人とは【勇者】か?」


誰も居ないはずの宙に投げ掛けたその言葉に、しかし確かな返事があった。男の声だった。静かな、心にするりと入ってくるような、同時に心地よさを感じさせる優しい声。だがその声の持ち主の姿は見えない。何処から聞こえるのかも定かではない。全方位から、一定の音量で響いていた。


「全く、貴方には分かるでしょう? アレは使えませんわ。わたくしが言ってるのはそっちではなくってよ」

「ふー、分かっているさミロード」

「あら、貴方は分かっているのにわたくしに尋ねたの?」

「いやなに、ミロードに目を付けられたあの少年が不憫でな」


心底同情するよと言葉を続ける声に、彼女はむ、と頬を膨らませ、


「わたくしに目を付けられるのは光栄な事ではなくて?」

「馬鹿を言うな。一年前のあの日、ミロードに出会ったあの日の事は私は一生忘れないだろう。人生最悪の日なのだから。あの日を境に私の人生は狂いだしてしまった」

「狂いだしたってわたくしへの『愛』に、ですわね?」

「何故そんな勘違いをしているのか甚だ疑問なのだが? 私は良き妻を得て平穏に暮らしたいのだ。ミロードは死んでもお断りだ」

「酷い奴ね」

「本心だ」


一切の迷い無く言い切った声に、第二王女は脈無しかと残念そうに嘆息し、直ぐに表情を楽しそうなものへと変えコロコロと無垢な少女のように笑う。


「それで? 行ってくれるわね?」

「はぁー……、仰せのままにミロード」


ふっと声が霧散する。第二王女の命を受け霧裂を調べに行ったのだろう。彼女はくすりと笑い、テラスに背を向ける。部屋に入り大きな天蓋付きベッドの隣にあるこれまた大きなこの国の王の自画像を少しだけ持ち上げ、その奥にある壁に、指を噛み滲み出た血を付着させる。


第二王女の血に反応し、壁が仄かに淡く輝き魔方陣が浮かび上がる。その魔方陣を操作すると、壁に一切の音を立てず人一人が入れるほどの穴が開いた。その奥は石作りの廊下が続いており、さらに奥に木の扉。第二王女は迷い無く歩を進め扉を開ける。そこは、秘密の部屋。第二王女とあの声の主しか知らぬ正真正銘の秘密の部屋。王家の血を受け継ぐものにしか姿を見せぬ、王城の秘密。その部屋は、しかし本来とは異なったモノを保管していた。


一言で言うなら、グロテスク。


右には肌が紫に変色し、テニスボール級の異物が体中に出来ている赤子の死体がドロリとした粘着性の有る黄緑の液体が入った容器に沈められている。その隣には数多の目が容器に収められていた。同じ形の目など一つとしてなく、凡そ百も有ろうかと言う数多くの目玉が黒い液体が並々と注がれた容器の中に沈んでいた。


その向かい側には、体中に大小様々な窪みがある大人の死体が、上からロープで首、手を吊るされている。体中にある窪みは、恐らく百はあるだろう。パッと見て目玉が入りそうな窪みだ。


他にもトラウマになりそうなグロテスクな物体が保管されているその部屋に、第二王女は迷わず踏み込む。心なしか彼女の頬は上気さえしている様だった。これが彼女のもう一つの顔。病弱な第二王女の顔では無く、自身の親である王すら知らない第二王女の秘密。


それは収集家。それも一般的にグロテスク、彼女に言わせれば『奇怪なモノ』専門の。


そんな彼女が裏で手を回して世界各国から集めだしたコレクションに、しかし彼女は眼を開けず有る一点で顔だけを固定した。部屋の最奥。そこには、切っ先の無いさび付いた一本の七〇センチ程の剣が突き刺さっていた。彼女はゆるりと眼を開ける。ぐるぐると七色が渦巻いたような奇妙な双眸だ。優しい光を携えた双眸でその剣を見つめ、彼女はまるで我が子を撫でる様に愛を込めてうっとりと撫で付ける。


「ああ、この世界は美しぃ」


まるで正も負も美も醜も全てを愛する聖人の様に、光り輝く美しき神話の世界の恋人の様に、小さく妖艶に囁く。

王国第二王女、世間一般では病弱として知られる全世界の『奇』なるモノを愛し慈しむ彼女は、こんな事を囁く。


「奇怪なモノで溢れてる」


その顔に薄っすらと浮かんだ微笑は、天使の様に美しく、悪魔の様に醜かった。



◆ ◆ ◆



夜、【勇者】の戦闘により興奮した王都の住民も寝静まった頃、宿屋『旅人の故郷』の一室で霧裂は只管作業を続けていた。本当は寝たい。ぐっすりと心地の良い夢の世界に沈んで行きたいのだが、残念ながらそれは許されない。今霧裂は魔道具を造っていた。言わずと知れた瞬谷の義足だ。今瞬谷には間に合わせの義足を渡してあるが、瞬谷の足を奪ったのはハクだ。罪悪感もあるし霧裂は最高級の義足を造ってやりたい。そんな訳で霧裂は寝不足にも拘らず作業を続ける。


造るのは簡単だ。自分を改造した時に足も弄繰り回したのだから、慣れている。ただどんな機能を付けてやるかで少々悩んでしまった。最初は大砲でも付けてやろうかとも思ったが、それでは弱すぎないか? と考えてしまったのだ。大砲で弱すぎるとは少し悩む論点が違う気もするがそこは霧裂クオリティー。常識は打ち破るものだ。


悩んだ末に霧裂は今ある最高の素材で義足を造った。その時点で宿屋に帰ってきてから数時間が経過していたが、それでもまだ寝れただろう。しかし霧裂は寝不足が一周回って相殺して消えてしまったようで、ちょっとハイテンションになりながら、ある約束を守るためもう一つ魔道具を造り始めた。あーでもないこーでもないと中々良い素材が見つからず、頭を捻りまくった末に出来た一つの魔道具。黒と白に交互に色が変わる首輪。その首輪を満面の笑みで満足そうに見つめる。膝の上には銀色に鈍く光るイカシたデザインの義足が乗ってある。


「よぉ~し完成。霧裂センセーはがんばりましたのことよ~」


うわっはっはっはー! と笑う霧裂はさて寝ようと布団に潜ろうとして、ふと思い出す。光裁に連れられて王城に入城した時、何か剣が突き刺さっている広場を見たのだ。草原の広場の中心に岩で出来た台座が有り、その何か文字が刻まれている岩の台座に突き刺さる七色の剣。あれはまさか。


「う~む、あれが噂の英雄の剣か」


刃渡り百四十センチほどの光の角度で七色に輝く剣は確かに聖剣と呼ぶに相応しかった。……気もする。記憶にある剣を思い浮かべていた霧裂は、しかしどうでも良いかと布団に今度こそ潜ろうとしてまたまたふと気付く。今瞬谷や鎌咲は夢の中。ハクは居ない。つまり、止める者は居ない。もしかして今は千載一遇のチャンスなのでは?


暫しの間動きを止める霧裂。頭の中で睡眠欲と好奇心の第何次になるかも分からない大戦争は、何時もの如く好奇心が勝った。霧裂の人の三大欲求など好奇心には勝てないのだ。


「よっしゃ行くか!」


バサリと白のコートを羽織り、瞬谷の義足と首輪を収納し窓から夜の王都へ降り立った。月が照らす夜の王都の街並みを、家々の上から見ながら、向かうは王城。






不法侵入の腕はプロのそれを超える腕前を持つ霧裂は一切気付かれる事無く、侵入形跡を残す事無く侵入に成功した。そろりとハクに教わった通り気配を殺しながら音も無く、しかし高速で移動する霧裂は瞬く間にあの剣が突き刺さっている広場まで来た。その中心には月の光で幻想的に輝く美しい剣が。


ゴクリと生唾を飲み込みその美しさに暫し見惚れる。もう好奇心ゲージが噴火してしまった霧裂は駄目だ駄目だと思いながらもゆっくりと剣に手を伸ばす。盗む訳ではない、『解析(アナライズ)』するだけだ。剣が存在するという事はその剣の元となった素材も存在するはず。その素材さえ分かれば複製する事は可能だ。


神を斬ったとされる伝説の剣に好奇心でドキドキと心臓が跳ね上がるのを感じながら、霧裂は歩を進める。月明かりの下、剣と霧裂の距離が五メートルを切った時――――ソレは起こった。


突如霧裂の目の前で、剣が眩い七色の光を放つ。今までとは桁違いの閃光に僅かに目が眩む。ぼやぁだった光が何の前触れもなしにビッカァァアアアアア!! となったのだ。霧裂の心臓は先程と全く違う意味で跳ね上がり引っくり返る。冷や汗をダラダラ流し『やばやばやばっ! に、にげっ、逃げないと!』とパニックになりながらも慌ててその場を離れようとした霧裂の前で、再び変化が起きる。


剣が、岩の台座に突き刺さっていた剣が、浮かび上がったのだ。どうやら岩に結構深く刺さっていたようで、刃渡り百六十センチ程の剣を視界に納め、霧裂は思考がグチャグチャになる。まさか盗人対策!? とぽっかり口を開け呆ける霧裂。そして、三度目の変化が起こった。


飛んできた。剣が、霧裂目掛けて、高速で飛来してきたのだ。

神を殺したと謳われる伝説の剣が。


「ひやぁぁぁあああああああ!!? 何だこれ!? なんだこれなんだこれ!?」


もうパニックである。夜、月明かりの下で、剣が飛来するとかもうホラーだ。霧裂は幽霊とかそんなのは駄目なのだ。何故なら魔道具が効きそうに無いから。


ギュインッ! と虚空を裂き音速の数倍の速度でこちらに向かって飛翔してくる殺傷能力バリバリMAXな剣を、まだまだ異世界ライフを楽しみたい霧裂はパニックになりながらも必死に見事な空中キャッチを披露する。

眉間に切っ先が僅かに刺さった状態でギリギリ決死の空中キャッチを成功させた霧裂の脳内に、ホッとする間もなく不意に聞いた事も無い可憐な少女の声が響く。それはもうトンデモなく五月蝿く近所から百パーセント苦情が殺到するであろう耳がガンガンし目眩を引き起こすほどの大音量で。


『待っておった! 待っておったぞ! 主が我をここにぶっ刺してから一体いかほどの時が流れた事か! この地は二度血の海に沈み数多の屍に埋もれ一度炎の海に飲まれたがそれでも我は待っておったのじゃぞ! 主との約束を守るためにずっと、ずぅっと、ずぅ~っとこの場所で待っておったのじゃぞ! 我の声が聞こえない事を良い事にカップルやらに暴言を吐き続けたりブツブツ危険な独り言を言ったり多少卑猥な妄想に励んだり少々螺子が外れたりもしたが最後の一線だけは越える事無く良い子で待っておったぞ! てか我だけでは動けなかっただけなのだがそれはどうでも良いと言う事じゃ! 主には分かるか? 何を言ってもこちらの声が通じず身動きも取れぬ我の恐怖が! 分からぬだろうな。しかし安心せよ主よ、良い子で主想いな我が教えて進ぜよう…………発狂ものじゃ! 気の弱い者じゃったら気が狂って頭がパッパラピーになっていたのじゃ! でも我はまだまだまとも! 凄いじゃろ! 褒めろ褒めろ! 我を褒め称えろ! 惚れても構わぬ! 我が受け止めてやろうぞ! そしてそれが分かったら主よ! 我を片手に再び世界を好き勝手にメチャクチャやろうではないか! 女を抱くも良し! 酒に溺れるも良し! 国を滅ぼすも良し! なんなら悪の道を駆け抜けても構わぬ! 悪の頂点に立つのにも我は賛同しようではないか! 我も少しは変わったのじゃ! ちょっとぐらいは主の言うとおり動いてやっても良いかなぁ~なんて考え直したのじゃ! ほら、我って主想いだし! 我は優しいであろう? そうじゃ! 堕神の奴ももしかしたら復活しとるかも知れんぞ! 今の世の中あ奴をぶっ殺せと喚く者も居らんじゃろうし我あ奴好きじゃし! それでは改めて、さぁ主よ!! 我と共に盛大にこの世界でハッチャけようではないか!! ふははははははははははははははははっ!!! あはははははははあはあっはっはははははははっっははははははははッハハハハハハハハハハハハハハハ――――ってお主誰じゃ?』

「いやいやおせーしなげーし煩せーしこっちのセリフだコラ」

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