-25- ズルいっ!!
タタタンッ! と、地を何度も蹴り加速、召喚獣が密集している所へ突っ込み、一度、二度三度と連続で黒きオーラを纏った鎌を振り回す。
「ハァァ!」
それだけでは終わらず、高速で召喚獣達の合間を走りぬけながら鎌を振り回し、召喚獣達を殲滅していく。
召喚獣達は普通の魔物と違い死体は残らず、光の粒となって空へ上って行き、光の粒が宙を舞う幻想的な風景を呆然と眺める、胸に大穴開けゾンビ認定された霧裂は気の抜けた声を上げた。
「え、何これ」
貴方も狩りますっ! とか言われたから身構えていたら、完璧無視し周りの召喚獣包囲網を崩していく。それに慌てふためきながら命令する少年は、必死に鎌女の目を見ようとしているらしいのだが、残念動きが早すぎる。
今だ鳴り響く頭の警告音や、上ってくる激痛を一先ず無視し、霧裂は頭を悩ます。瞬谷に助けを呼んだ以上、ここで待って置くのが普通なのだろうが、今の霧裂はとんでもなく弱体化している。まぁぶっちゃけビビッてる。
(どうしよう、ここは俺も参戦するべきだろうか。まぁハクも助けないといけないしな。……参戦するか?)
ゴクリと唾を飲み込み、一歩踏み出そうとして、鎌女がトンッと地面を鎌で突く。
瞬間、ゴワッと黒きオーラが噴出し、周りの召喚獣の動きを束縛、そしてそのまま。
「ハァああああああッ!!」
何やら空中で鎌を振り回し、連続でコンボを決めていく鎌女。鎌で引っ掛け投げ飛ばしたり、上下左右、手首を使って回転させたり、地面に向かって三連続で振り下ろしたりと、完全無双状態。今の連撃で間違いなく召喚獣が三分の一消えた。その見た感じセレーネにも引けをとらない身のこなしや、鎌の一撃の威力を見た、見てしまった霧裂は心を決める。
(逃げよう! ここは戦略的一時撤退だ! つーか勝てるか、こんな魔道具一つも使えん後一発攻撃貰ったら死ぬような状態で、戦うなんて選択肢を選ぼうと少しでも考えた俺はどうやらパニクッてるようだ! うん勝てない! 俺プライドとか無いし、有ったとしても今捨てた! ……それでは、ハク、絶対助けるから、見捨てる訳じゃないんだからねっ!)
さーて逃げるか、とゆっくり回れ右をする霧裂の目に地面に減り込む元凶が映った。
……助けるか?
答えは――――NO!
さらばっ! と戦場に背を向け走り出そうとする霧裂の耳に、とある言葉が届いた。綺麗な女性の声で、霧裂の記憶が間違っていなかったら、それは現在大量虐殺をしている女性の声の筈だ。
「貴方が、逃げる、私に攻撃する、のどちらかの選択肢を取った場合、私は貴方を敵と見なします。分かったらそこで大人しくしていて下さいゾンビさん?」
「はひっ!」
直立不動で元気良く返事をする霧裂。それを確認し、再び無双を開始する鎌女を見ながら霧裂は深く溜息をつく。
「逃げられんとわ。……一先ずこのうざってぇ『痛み』を消しますか」
――『痛覚遮断』
プツリと、電気を切った様に霧裂の体を蝕んでいた激痛が消え失せる。やっぱこの感じなれんなーと嘆息しながら、『痛覚』に回していた魔力を【魔導式心臓】に注ぎ込む。他にも必要無い、嗅覚、味覚、血液、汗を出す器官などに回している魔力を全て【魔導式心臓】に戻し、回復を早めようと試みる。
「んーこんな感じかな?」
色々一度の感覚が消えて体に違和感を感じるが、生き残るためだ。大きく伸びをして、――――ダパンッ! と背後から近づいてきた召喚獣に顔面を拳で吹き飛ばした。
「ま、魔道具無くてもこんくらいは出来るわな」
ドヤ顔を決めていたら、ズダンッと地面が切り裂かれた。ぎょっと視線を鎌女に移して見れば、何やら召喚獣を全滅させ【幻蜥蜴】と対峙していた。
展開はやっと驚く霧裂の前で、鎌女は大鎌を振り回し着々とダメージを与えていく。
と、霧裂は少年がその場に居ない事に気付いた。と言うかハクも居ない。
どこに、と視線を彷徨わせ――――見つけた。遠く離れた、場所に、ハクの背に乗り逃げる少年の姿を。
(あのガキ……)
ハクはプライドが高く、何故か執拗なボディータッチを嫌う。背に乗る事すら許してもらえず、一度寝込みを襲いに行ったら一晩中頭を噛み付かれたほどだ。霧裂としては目の前に誘惑が有るのだから、顔を埋めて眠りたいのだが、その事を熱弁したら再び頭を噛み付かれた。軽く皹が入った。そんなハクの、今だ霧裂ですら殆ど触った事が無い毛に、しがみ付き、尚且つ背に乗っている。
ずるいじゃないかっ! と霧裂が軽くキレる。
しかしそこは大人な霧裂。一度死んだせいか、自分の命を狙った事に対してはあまり怒りが沸かないのだが、ハクを操ったな許せん、と都合の良い建前の元、少年に声をかける。
「クソガキ、最後の警告だ。――――降りろ」
最後のセリフが『操るの止めろ』ではなく『降りろ』な時点で、もう色々激怒の理由が見え隠れしている。別にハクを操った事に対して怒ってない訳ではないのだが、どうせ催眠解けたらハクがコイツ殺すだろ、と未来が完全に見えてしまっているので、少々哀れに思ってしまう。
「ホント化物かよ。ぼくはこんなとこで死ぬわけ無いんだ、もう目的のおもちゃは手に入れたんだし、用は無いから」
じゃぁねと笑う少年に化物はあの鎌女だろと、後ろで激戦を繰り広げる鎌女を見ながら言う。
ともかく、そのまま逃げるので有ったら仕方が無い。別に逃がすつもりも無いのだから。
「じゃ、戦ろうか。クソガキ」
「誰が戦うか、それにぼくの名前は【傀儡師】だ。二つ名持ちだぞ、ガキガキ呼ぶな」
ギロッと最後に睨んで、ハクを走り出させようとする【傀儡師】に、ポツリと霧裂は言った。
――それじゃぁ遅そいよ。
ゴガンッ! と霧裂が立っていた地面が砕け散り、霧裂の姿が消えた。ハクの現在の速度はセレーネの最高速度と同じ音速の三倍。霧裂もまた速度は音速の三倍だから追いつけないのだが、霧裂は一度音速の三倍と言う速度を上回った事がある。それはあくまで一瞬だけの話で、常時その速度で動けば霧裂の体は限界を向かえ、恐ろしい激痛が身を蝕むだろう。
しかし、現在の霧裂は、『痛み』を感じない。
ハクに瞬く間に追いついた霧裂は、右拳を握り締め、現状に全く気付いていない【傀儡師】の顔面目掛けて全力で振りぬく。
が、ゴギンと嫌な音がして分厚い氷の壁に防がれた。
ハクだ。ハクは霧裂の全てを知っていて、催眠に掛かっていてもそれは変わらない。
行き成り現れた氷の壁と霧裂にぎょっとした顔を向ける【傀儡師】に、再び叩き込もうとして、ボキリと右腕が肘から壊れた。限界速度を出せばなにも訪れるのは激痛だけではない、体の崩壊もまた訪れる。
ちっと舌打ちし、しかし追撃を止めず今度は左拳を握る。
と、ハクが【傀儡師】の手を凍らせて取れないようにし、ダンッと地面を蹴り直角にコースを変える。ひぎゃああああっ! と言う【傀儡師】の哀れな叫び声は残念ながら誰の耳にも届かず、霧裂もまた同じ様に直角に曲がろうとして地面を蹴り付けた左足が――――膝から粉砕する。
「くっそ、限界か!」
支えを失い、地面にズザァ! と崩れ落ちる霧裂を最後にハクは一瞥し、森の中へと姿を消した。
「あー逃げられたー」
ちくせうと言いながら立ち上がろうとするが、どうにも体がうまく動かせない。と言うより少し間違えたら残りの四肢もぶっ壊れそうだ。ゴロンと立ち上がるのを諦め、横になる霧裂の上に影が差す。
「あーアンタか。俺を殺すか?」
「……そうですね、まぁ殺して欲しいのなら殺しますが?」
「……勘弁……」
分かりましたと言い、ハクが消えたほうを見る。
「逃げられましたか……、貴方には話を聞きたいですね」
「良いけど、【幻蜥蜴】は?」
「狩りました。まぁ神獣と言っても真正面から戦うタイプでもないのに、私に真正面からぶつかって来ましたからね」
それでも化物だよと言う、霧裂に女性は首を振り。
「【死神】です、皆はそう言います」
少し俯く【死神】に、話を聞こうとして。
「霧裂さん、大丈夫――――ってえぇ!? それ死なないんですか? てか誰がそんなことを!?」
「大丈夫死なん。で、俺をここまでボコボコにした奴は、まぁハクと俺だな」
「ケ、ケンカでもしたんですか?」
「そんなもんだ」
一先ず手を貸せと言う霧裂に、瞬谷は手を差し伸べようとして、【死神】に気付く。
「【死神】!? 何でここに!?」
「あー良いから、宿に【空間転移】してくれ。【死神】、【幻蜥蜴】の素材貰うけど良いか? 情報料な」
「別に構わない」
それじゃぁと瞬谷は、【幻蜥蜴】一体、霧裂、キュー、【死神】、ついでに地に埋まる少年を宿屋にテレポートさせ、最後にその場を離れた。
◆ ◆ ◆
宿屋『旅人の故郷』の一室にはぎゅうぎゅう詰めになっていた。
「ちょ、何よコレ――――!? って、アンタそんなんで死んでないの!?」
「おおう、久し振りに話しかけてくれたと思ったら罵倒でも無く痛罵でも無く、心配の言葉か……、泣けるぜ」
「霧裂さん! これ、この死体閉まって! 血がっ!」
「なっ! 今誰か私の胸に触りませんでした!?」
「むーママァ。もう食べれないよ~」
「キュー」
中々にカオスな状態だ。そんなパニックを沈めたのは、我等が主人。
「オイ、うるさいぞ」
『すみません』
ドンドンと叩いて正論を述べる主人にピタリと口論を止める。とりあえず、死体を霧裂の体内に仕舞い、馬鹿な寝言を吐く少年をベッドに寝かせ、霧裂、キュー、【死神】、瞬谷、サリアナが各々に開いたスペースに座った。そのさい何故かサリアナがキューをガン見しながら正座したが、見なかったことにする。
「で、何があったんですか?」
「襲われた」
イヤそれだけ? と視線を向けてくる瞬谷と【死神】に嘆息しながら、三体の神獣の事、ハクの事、【傀儡師】の事などを簡単に話していく。
「――――って訳だ」
「なるほど。催眠とは面倒ですね。じゃぁ当然ハクさんは助けに行くんですよね?」
瞬谷の問いに、当たり前だと頷き、
「その為に魔道具を造んなきゃな。修復は二時間ちょいで終わるし、【幻蜥蜴】も手に入ったし」
「【幻蜥蜴】で何造るんですか?」
「おいおい、決まってるだろ? 幻ですぜい? それなら」
そこで言葉を切り、ニンマリと笑みを顔に造った。
「悪夢を見せる魔道具に決まってんだろ? 用途は精神的拷問だな」
「拷問……」
ケラケラと笑いながら何造ろっかなーと笑う霧裂に寒気を覚えながら、ジッと考え込む【死神】に視線を移す。
「ふむぅ。それなら【傀儡師】は【魔王】じゃないのでしょうか?」
「なぁ貴女は何であの場所に居たんですか?」
ああ、分かりましたと【死神】が頷きながら話す。
曰く、三日目前にカトルシアにて【魔王】が確認された。
曰く、【魔王】は最低でも【狂月】に勝った。
曰く、黒い塔の様なモノが見えたため【魔王】が現れたと思い、討伐しに来た。
などなど、何やら話すのが楽しいとでも言うように笑顔を咲かせる【死神】の話を聞きながら、霧裂と瞬谷はだらだらと冷や汗をかいていた。理由は簡単で。
(【魔王】って、俺じゃん!!)
まさか自分が知らないところで、人族及び亜人族の共通のラスボスにされていた事に驚きを隠せない。
(俺破壊活動とか城とか築いてないぜい!? 引きこもって出てきたら何故に【魔王】!? 何か、異世界では引きこもりの事を【魔王】と呼ぶのか!!?)
やべー! と内心パニック中の霧裂は、【死神】から行き成り声をかけられ、数センチほど飛び上がった。
「で、黒い塔、見てないですか?」
「見てない! そんな物はご存知では無いのことよ!」
高速でブンブンと首を振る霧裂を見て、瞬谷は青ざめる。
(霧裂さん、ポーカーフェイス! ポーカーフェイス!)
心の中で無☆表☆情! と必死に念を送る瞬谷だが霧裂には通じない。
ジッと見つめる【死神】はふーと息を吐きながら言う。
「まぁ良いでしょう。【傀儡師】を問い詰めれば良いだけですし」
それでは、と言い立ち上がる【死神】を霧裂が止める。
「一人で戦わないほうが良いって、アイツの変な『力』面倒だぜ」
「構いません、頼れるような仲間も居ませんし。魔道具も使わず、亜人でもないのに何故そんな『力』が使えるのかも聞きたい事ですね」
ピクリと瞬谷が何かに気付いたように俯く。
(まさか、転生者?)
有り得ない話ではない。今の所転生者か瞬谷が見極める基準は、服装や特殊な力位しかない。となれば、殺させるわけには行かない、話しを聞かなければと口を開く前に、横から邪魔が入る。
「どーせ【傀儡師】の居場所分かんねーだろ? 教えて欲しかったら明日の七時にここ集合な」
「……、知っているなら今教えてもらいたいですね」
「ダメだ。お前ハク殺しそうだから」
「ハク? 誰ですか?」
「友達だ。操られてんだよ」
ふむ、と考え込み、
「なら容姿を教えてください。その人は狩りません」
「人じゃない、【白夜狼】だ」
「……、は?」
「だから【白夜狼】だって」
本気ですか? と尋ねる【死神】に神妙に頷く霧裂。
ともかく、【白夜狼】なら確かに、手加減は出来ない。誤って殺してしまうかもと、考えて深く息を吐き出した。
「……明日の七時また来ます」
「おーす、それじゃお休みー」
ぺこりと頭を下げ出て行ったのを確認し、霧裂は瞬谷に言う。
「つー事で瞬にも来て貰うけど良い?」
「大丈夫です」
「そっか。なら……、魔道具造るから俺部屋に運んで」
分かりましたと苦笑しながら霧裂を部屋に運ぶ。今日何処で寝ようかと、瞬谷が何気なく視線をベッドに向ければ、幸せそうな顔で眠る少年と、子狐に土下座するサリアナの姿。パチパチと目を二度瞬かせ。
「あ、霧裂さん。悪いですけど今日そっちのベッド使って良いですか?」
「ん? ああ良いぞ、どうせ今日は徹夜だし」
有りがたいと思いながら部屋を出る。
この何とも言えない空間で寝る度胸は瞬谷には無かった。