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S  作者: ぼーし
第三章 【傀儡師】編
27/62

-24- クソガキがぁぁああああっ!!

30話越す前に義妹出したいなぁ

甲冑という走るのに全く適していない格好で、王都を疾走するひとつの影。影は街の人の声に耳も貸さず、目的地を目指して必死に走る。

目的地に着いたのか、バンッと音を立てて扉を開いたのは、あの霧裂にワイロを貰った門番。彼の目の前には、いつもはガラガラなギルド一階がほぼ満員の状態。


「あ、門番さん!」


荒い息を整える門番に、受付嬢アンが慌しい中声をかけた。


「アンさん。……この大人数は初心者の森の件か?」


門番の問いにアンは少し顔を強張らせて頷く。

つい先程、初心者の森と冒険者から呼ばれる森から、複数の魔物の遠吠えを確認。初心者の森はその名の通り、居るのはゴブリンや強くてオーク程度の魔物しか居ない。しかし、確認された複数の遠吠えは、森に居るどの魔物にも当てはまらず、どんな魔物か確認しに行こうとする前に、一人の商人が『神獣を見た』と証言したため、現在パニック中だ。


「本当に神獣か分かりませんが、その商人は、そのぅ」

「イカれたか?」

「はい。よほど恐怖したのか、記憶障害を起こしているようで……」


詳しくは分からないんです、と頭を振りながら言う。だが、何かが居る事は確かなので、こうやって冒険者を集めているのだ。本当は数人に確認させてくるのが、良いのだろうが、商人の発言のせいで誰も行こうとしない。


「それで、門番さんはどうしたんですか?」

「あ、ああ。初心者の森で、新しい情報をだな」

「何か分かったんですか!?」


門番の言葉に大きな声でアンが言う。門番はポリポリと頬を掻きながら、笑わないで欲しいんだが、と前置きし。


「黒い、塔の様な物を見た」

「黒い塔、ですか?」


ポカンとするアンに門番は頷く。


「黒い塔だ。その、森の中に、黒い塔が行き成り現れて、消えたって言うか」

「……、門番さん、疲れてるんじゃないですか?」

「違うぞ? 断じて違う! 本当なんだ!」


必死に本当だ、と言う門番にアンは不審な目を向ける。


「本当に見たんだ! ……、昔話でよく聞いた、魔王や堕神何かが使ったって言う、黒い塔みたいなのを」

「魔王や堕神って、そんなの信じれるはずが……ッ!」


門番の言葉を一笑しようとして、アンはビギッと顔を固まらせた。

そう言えばつい二日前の事じゃなかったか?

SS級冒険者【狂月】が、【魔王】と呼ばれる生物と戦い、敗北したという情報を聞いたのは。


「まさか……」


まず、アリエナイ。

そもそも【魔王】と言うのも、しっかり確認したのはS級冒険者一人だ。

だが、しっかり確認した者が、一人だが居るのだ。


ヒュッと息を飲む。

もし本当に【魔王】だったら?

人族最強と呼ばれるSS級冒険者でも勝てない化物に、どうやって立ち向かえと言うのか。


と、再び扉が開かれた。


――――瞬間、ギルドの中を埋め尽くす、圧倒的な威圧感。


今まで騒いでいた冒険者達がピタリと口を閉じ、新たに入ってきた人物に目をやる。

入ってきたのは女性。肩の辺りで切り揃えられた黒い髪に、吸い込まれそうな美しい黒の双眸。左胸、心臓の上を金属のプレートで守り、袖の無いコートを着込む、女性にしては高身長で、胸には大きな果実が。しかし、その全てを塗りつぶす圧倒的な存在感を放つ、背負っている居る禍々しい巨大な鎌。


冒険者なら誰もが知っている、その人物の名は。


SS級冒険者【死神】。


【死神】はゆっくりとその口を開く。


「何やら【魔王】と言う単語を耳にしたもので。……その話、私にも聞かせてもらえますか?」



◆ ◆ ◆



ジリジリと、ハクから離れながら、【天より見抜く(クレアボイアント)】で辺りを見渡す。背中から流れる鮮血は既に止まっており、その頭には子狐がちょこんとへばり付いていた。


(居るはず、この近くに。ハクを操ったクソヤローが)


ハクの一挙手一投足に気を配りながら、しかし眼球だけで辺りを観察する。一発で見分けられるとは思わない。ただ何か異変を見つければ、【天より見抜く(クレアボイアント)】が自動でそれを見れるように適応する。


もう少し待ってくれ。

そう願って、ハクに視線を僅かに戻した霧裂の双眸に――――おかしな物が映った。


それは紅。二つの紅き丸。眼球の様な二つの紅は、ジッと霧裂の目を見つめる。やばい、と危険信号を鳴らす直感に逆らわず、目を逸らそうとするが霧裂の体から力が抜け、頭に霧がかかったように思考が回らなくなっていく。そんな霧裂の耳に、刷り込む様に声が届いた。


「お前はぼくの奴隷にしてやる」


姿が見えない、少年の言葉は毒のように霧裂の体を巡り蝕んでいく。


(ヤバイヤバイッ! 俺まで操られたらアウトだろ! 抵抗しろ、ちくしょう、動けよ! 目を逸らせ! このままだと本当に……不味いって、ヤバイ、ヤ……バイ………………………………)


思考が全て紅に染まり、意識が闇に沈んでいく。

あぁ、と霧裂の口から声が漏れる。精一杯の抵抗は、しかし意味を成さない。


「終わりだね、良くもぼくのおもちゃを壊してくれたな。痛めつけて殺してやる」


少年の声が霧裂の耳に届き、そして。





――――適応。





カッと意識が一気に覚醒した。


(あっぶね――――――! あと少しでアウトだったろ! 助かった~)


天より見抜く(クレアボイアント)】に救われた。どうやら敵の催眠は視覚から入るようで、そのお陰で、【天より見抜く(クレアボイアント)】が敵の催眠に適応、無効化したのだ。


敵の姿はまだ見えない。見えるのは紅き双眸だけ。だが、それで十分。右拳を、硬く硬く握り締める。どうやらまだ霧裂が催眠を打破した事に気付いてないのか、二つの眼球は歪んでいた。まるで、笑っているかのように。


「クソガキ、【変更・右腕(チェンジ)】⇒【逆鱗騒めく(ドラゴン)】。お仕置きだコラッ!」


え? と少年の驚いたような声が聞こえ、そこに全力で【逆鱗騒めく(ドラゴン)】を叩き付けた。ベキボキと骨を纏めて圧し折るような感触と。


「あぐッふ!!?」


と、少年の口から肺にある空気が外に出された音。しかしまだ生きている。その証拠に。


「痛い!? 何で!? 何でお前は自由に動ける! ぼくの目を見ただろ!? 何でぼくの力が効かないんだ!!」


錯乱したように喚き散らす。

黙っていれば、見えないのに。


「何で、何でだ! ぼくの【催眠人形(マリオネット)】は最強の筈だろ!? お前一体――――ッ!?」


バカみたいな声が響く、その発生源目掛けて跳躍。


「そんな叫んだら姿隠してる意味ねーぜ。……、ハクは返してもらう。バーカ」


ボッ! と空気が唸りを上る。今度こそぶち殺す、その覚悟で振りぬいた必殺の拳打は、しかし分厚い凍りの壁に止められた。なっ! と驚きの声を上げ、視線を横にずらせば、グルグルと唸るハクの姿。四肢に力を込め、一気に飛び掛ってくる。


「ちっ!」


少年の姿は見えない、声も聞こえない。舌打ちをし、仕方なく応戦する。

振り下ろす凍りの爪を躱し、裏拳気味に【逆鱗騒めく(ドラゴン)】叩き込んだ。

が、ハクの体に当たる寸前、凍りの壁が邪魔をする。


《■■■■■■■■■■ッ!!》

「うぐっ!?」


至近距離での咆哮を真面にくらい、グラリと体が揺らいだところへ数本の氷柱が襲い掛かる。


「【変更・逆鱗騒めく(チェンジ)】⇒【業焔渦巻く(レーヴァテイン)】」


燃え盛る業焔の腕を一振り。全ての氷柱を蒸発させ、同時に白熱の光線を放つ。高速で飛来する白熱の光線をハクは上空に跳躍し、避けたところへ。


「【変更・左足(チェンジ)】⇒【暴嵐穿つ(スサノオ)】、

変更・左腕(チェンジ)】⇒【迅雷斬り裂く(ケラノウス)】」


霧裂も追いすがり、ズァ! と雷の槍と化した左腕を突き出す。ズバッ! と空気を切り裂き、光速でハクへ向かう雷は、しかしハクを貫く前に阻むように現れた氷の球体にぶち当たり、そして、吸い込まれた。


「操られても強さは変わんねーのかよっ!!」


バチバチと雷を纏う氷の球体を、ハクは霧裂目掛けて打ち出す。左足を振り、生み出した台風で球体を砕きながら、視線を周囲に走らせる。しかし、まだ見えない。

ちっ、と今日何度目かになる舌打ちをし、僅かに目を伏せる。


――適応まで後、一四分二七秒――


頭に浮かんだ文字に、霧裂は眉を潜めた。

幾らなんでも適応に時間が掛かりすぎる。

セレーネの時ですら、たったの三度目にしただけで適応したのにも拘らず、今回はまだ十四分もかかる。一体何で? と思案するが、答えが浮かぶ前に、唸りを上げハクが飛び掛ってきた。


「あーくっそ。あ、もうちょっと我慢してくれ」

「きゅー」


頭の上に居る子狐に話しかけ、嘆息しながら十四分、魔道具を使って時間を稼ぐ。



◆ ◆ ◆



くそっくそっくそっくそっ!!


目の前で繰り広げられる化物同士の戦闘を見ながら、【幻蜥蜴】の背に乗り姿を隠して居る少年は、何度も何度も悪態を付く。


(何でだ? 何で効かなかったんだ! おもちゃも皆壊れちゃうし。ちくしょう、絶対殺してやる!)


ギジリと歯を噛み締め、表情を歪ませる。念願の【白夜狼】を得る事は出来たが、あの男を殺さないと気が済みそうにない。

と、【幻蜥蜴】が何かに反応を示した。眉を潜め、【幻蜥蜴】を向かわせると、そこには自身と同じくらいの少年が居た。何してるんだ? と見ていると、少年が目の前に手を翳す。


すると、空中に魔方陣が描かれ、そこからポンッとコミカルな音と共に、右に三本、左に三本、合計六本の腕を持つ、見たことも無い一つ目巨人が現れた。

少年はにこやかに巨人に話しかけ、何やら家を造り始めた。その様子は魔物を使役していると言うより、友達に手伝ってもらっているような、和やかなムードだった。


それを【幻蜥蜴】の上から見ていた少年は、邪悪な笑みをその顔に造る。


(これだ! これでアイツを殺せる!)


少年は、一つ目巨人の顔の前に【幻蜥蜴】を動かし、ジッと目を見つめる。

そして、刷り込むように、命じた。


「ぼくの物になれ」



◆ ◆ ◆



ドドドドドドドドッ! と降り注ぐ凍りの塊を蒸発させ、粉砕し、切り刻みながら、只管時間を稼ぐ。霧裂からは攻撃せず、防御に徹しているため、頭にへばりつく子狐の『頭振りすぎだよー。落ちちゃうよー』と脳内変換された抗議の一鳴きに、すまんすまん、と謝るくらいの余裕があった。


――適応まで後、六分五十二秒――


頭に浮かぶ文字を確認しながら、適応の時を待つ。


(見える様になったらこっちのモンだ。袋叩きにしてやる……、イヤ、ハクの催眠を解いてハクに復讐させたほうが良いか?)


あれこれあの少年を出来るだけ不幸にしようと、拷問用の魔道具でも造ってやろうか、と検討していると、不意に【天より見抜く(クレアボイアント)】に反応があった。適応した訳ではない、別の何かが近づいて来る。


(あーあー。ここら辺の魔物でも操ってこっちに向かわせてんのかね。ご苦労な事で。……別の神獣とかは勘弁)


ハクの攻撃を全身を使って回避しながら、視線を何かが出て来るであろう場所へ向ける。近づいてくる速度はあまりに遅く、これは瞬殺出来るなと、考えたところで、霧裂の耳がこの激闘とは別の音を捉えた。


子供の泣き声を。


「うぇええええええん! 何でぇぇ? 一つ目君、僕の事きらいになっちゃったの~? びぇぇえええええん!」

「はぁ?」


思わず体の力を抜いてしまった霧裂は悪くない。

バッと木々の間から飛び出したのは、ランドセルが良く似合う小学生くらいの少年。黒い髪に黒い目、もしその顔が涙と鼻水で濡れていなかったら、元気な子供に見えただろう。しかし残念、今はイジメられっ子にしか見えない。


「びぇぇええええええってうぇ!? 人だ! ってぎゃ! 狼だ!」


泣きながら飛び出した少年は、まず霧裂を見て、仰け反り、次にハクを見てひっくり返った。

何だコイツと、半ば呆れながら、しかしキッチリハクの攻撃は避けながら少年を見つめていると、ズドンッと轟音を立てて、一つ目六腕巨人が現れた。


ぎょっとそちらに視線を映すと、『紅き煙』が纏わり付いているのが良く見える。


「くっそ、コイツか」


見たことは無いが、何となく強そうである。残念ながら霧裂の【天より見抜く(クレアボイアント)】は戦闘力を数値化など出来ず、気配で相手の強さを探るなどはハクの仕事だ。まぁ結局は勘なのだが、ともかく、そんな見掛け強そうな一つ目巨人は、六つの拳を握り締め、全力でひっくり返っている少年に向けて振り下ろそうとする。


「おいおい! させねーよ?」


ダンッと【暴嵐穿つ(スサノオ)】で地面を蹴り、跳躍すると同時に風の刃でハクを足止め。一歩で巨人に接近し、顔面に【業焔渦巻く(レーヴァテイン)】を乗せる。


「燃えろ!」


轟ッ! と右腕から解き放たれる焔は、一つ目巨人の全身を蝕み、蹂躙した。


「ゴァァアアアアアア!!」


断末魔を上げながら、丸焦げになり崩れ落ち、何故か光の粒となって消え失せる一つ目巨人に、何これよっわと最低な感想を漏らしていると。


「ああああああああああ! 一つ目くぅぅぅぅん!!」


何故か殺されかけていた筈の少年がムンクの叫びのように絶叫する。ぼろぼろと先程とはまた違った涙を流す。え、コレどうしたら良いの? と思案していたら、頭の上の子狐様が、『うるさいよー、眠れないよー。早くお休みしたいよー』とばかりに不満げに一鳴き。

取り合えず子狐様のご機嫌を損ねた罰として拳骨一発。


「いだぁぁあああい! ふぇぇぇええええん! 僕何もしてないのにぃいいいい!」

「うるさい、うるさいぞ」


あーもーと言い、襲い掛かるハクの攻撃に、ついでに少年を抱えてその場を飛びのく。が、どうやら予測されていた様で、飛びのいた先に待つ、棘氷の監獄。


「うおヤッバ!」


ボッと【暴嵐穿つ(スサノオ)】を使い空中で無理やり方向転換しようとするが、間に合わず、ヤベー! と絶叫した――――直後、腕に抱えた少年も、棘だらけの凍りの監獄を見て、串刺しにされるビジョンが見えたのか、より一層大声で泣き喚き。


「びぇぇえええええん! 助けて! ニワ吉にぴょん太ぁぁあああ!」


ブオンと二つの輝く魔方陣が空中に描かれる。驚く霧裂の目の前で、ポンッと煙の中から出てくる、巨大ニワトリと耳が異常発達した巨大ウサギ。どちらも全く飛びそうに無いのだが、巨大ウサギは耳を、巨大ニワトリは両翼を羽ばたかせ、空中で霧裂を見事にキャッチした。


「うお、どーなってんの?」

「ニワ吉、ぴょん太、助けてくれてありがと~」


にへら、とぐちゃぐちゃな顔で笑いかける少年を、こいつが? と驚きの目で見ていると、びくりと二匹が動きを止める。少年は気付いていないようだが、先程から何故か攻撃を仕掛けてこないハクに嫌な予感を抱き、そして、だんだんと纏わり付いていく『紅き煙』を視界に納め、少年を抱えたまま地面に飛び降りた。


「ええ? 何するの?」

「黙ってろ!」


驚く少年の目の前で、二匹の魔物は雄たけびを上げ、今だ地に着いてない霧裂目掛けて突っ込む。


「ちょっと待って! この人は襲っちゃダメだよ! 言ってるじゃないか、人は襲っちゃダメって! ねぇ聞いてよニワ吉、ぴょん太! ねぇって……あれ? ももももももしかして二人も僕の事きらいになっちゃったの? び、びぇぇええええん、ごめぇぇぇん! この前こっそりおやつ一人で食べた事謝るからぁぁあああ! 許してぇええええ!」


過去のしょうも無い事を泣きながら懺悔し始める少年に、うるさい! と一喝して、二匹の魔物が霧裂に追いつく前に地面に降り立った――――――――直後。


ハクが、動く。

霧裂が何か行動を起こす前に。


ゾブリ、と。


飛来する凍りの大槍が、霧裂の腹を貫いた。


「がっふ……ッ!」


腹の中を貫く異物感、それを塗りつぶす激痛。血は出ない、しかし痛みはある。ぐらりと体が揺れ膝が地に着いた。子狐の声も少年の声も耳に届かず、痛みで明滅する意識を繋ぎ止めようとしている霧裂の頭の中に、文字が浮かび上がり同時に声が響き渡る。


――警告、警告。【魔導式心臓(インフィニティ)】の結界、第一階層から第五階層まで全貫通、第六階層から第八階層(最終防壁)にも罅を確認。修復時間、六十九分三一秒。危険です、退避してください。警告、警――


はぁ? と一瞬痛みを忘れて呆然とする。立った一撃で半分以上の結界を粉砕し、残りの結界にも罅を入れる。そんな事はありえない。霧裂の持つ魔道具の中で、一撃の威力は最強を誇る【万物弔う黒き十字架(ジャッジメント)】ですら第三階層までの結界を粉砕するのが限界だろう。なら何故だ? 


万物弔う黒き十字架(ジャッジメント)】は元々【変換(チェンジ)】用に造ったものだが、ふざけて威力のみを求め続けた結果、一撃を放てば反動で霧裂本人が粉々になると言うデメリットが出来てしまい、しかたなく空中に【展開(デベロップメント)】して、放たねばいけなくなったと言う曰くつきの魔道具。そんな魔道具ですら第三階層までが限界なのに、何故?


痛みも何も感じない世界で、思案し――――気付いた。


万物弔う黒き十字架(ジャッジメント)】を使ったからだ。

万物弔う黒き十字架(ジャッジメント)】を今回、最大出力で使用した。結果、【魔導式心臓(インフィニティ)】で造られる魔力を限界まで搾り取ってしまったのだ。【魔導式心臓(インフィニティ)】を守る結界も魔力がなければ展開できない。魔力がほぼ枯渇している常態で、さらに今まで何度も魔道具を使ってしまったせいで、【魔導式心臓(インフィニティ)】を守る結界にまで魔力が行き渡らず、強度が著しく落ちていたのだ。


魔力が全開ならほぼ無敵の硬度を誇る【魔導式心臓(インフィニティ)】の周りに展開される結界、【無限の城壁(インヴィンシブル)】も魔力が無ければ紙にも等しい。


(ヤバイ! 全力で俺はバカかと叫びたい! 滅多に使わないから忘れてた! ちょっとまって、これ死にますよね? 死んじゃうよ―――――!!)


地面に倒れ伏せる霧裂のそばには二つの影が。

片方は未熟ながら、必死に周りに結界を何枚も張ってその場を持たせようと踏ん張る子狐様。

もう片方は完全にパニクり、何体も召喚獣を召喚しては片っ端から操られ、泣き喚くバカ。


(あ、詰んだ)


主に現在も泣き喚くバカのせいで。腹に突き刺さる凍りの大槍を抜き、体を持ち上げる。


「ぐっぞ、おい、ガキ、止めろ」

「びぇえええええって、生きてるぅう? 何で―――――!?」

「良いから、止めろって」

「びぇぇえええええん! だずげで―――――!!」


ブチッと切れてはいけない何かが切れる。


「止めろっつてんだよクソガキッ!!」


ドゴンッと轟音を立て、少年が地面に顔から減り込む。ピクピクと動いているところを見ると生きてはいる様だが、もう召喚は出来ないだろう。


コキコキと首を鳴らし立ち上がった霧裂の頭の上、すっかり定位置となった場所にへばりつき、『疲れたよー、褒めて褒めてー』と震える声で鳴く子狐を撫で回し、周りを見渡す。


「やってくれたなクソガキ。あーダメだ、俺今日だけでガキが嫌いになった」


周りには、動物園かと突っ込みたくなるような多種多様な召喚獣達。その中でも別格の存在と分かるのは二体。ハクと、ギョロリとした二つの目を忙しなく動かしながら、べたっと地面に張り付く【幻蜥蜴】。その背に乗っている少年はニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべていた。


「あはははは! お兄さんホントに人間? ま、どうでも良いか、この状態ならぼくの勝ちは決定だし」


あははははは! と馬鹿にした様に笑っているとこを見ると、どうやら子狐が張っている結界をわざとゆっくり壊していたらしい。絶望とやらを見せたいのだろう。趣味わりーなと言いながら、全ての魔道具を元に戻し、構える。魔道具は使えない。もう【魔導式心臓(インフィニティ)】は限界だ。体の自動修復に回す魔力も無く、こりゃホントにヤバイなと思いながら、小さな声で、決して悟られないように口を動かす。


「(瞬、瞬。頼む、聞こえるか? 瞬、聞こえたら返事しろ。瞬)」


馬鹿みたいな演説をする少年を横目に、何度も呼び続ける。

と、ジジジジと壊れたラジオが出す様な音が出て、希望が声を上げる。


『うぉ! これ通信機か! すごー』

「(瞬! 今何処に居るんだ?)」

『え? 宿屋ですけど? 霧裂さんは何処に?』

「(すぐそばの森の中だ。空から探せば直ぐ分かる。頼む、助けてくれ)」

『ッ! 助ける!? 一体何があったんですか!?』

「(一人の馬鹿のせいで絶賛四面楚歌中だ。あ、いやキューが居るから四面楚歌でもないか)」

『良くわかんないですけど、直ぐ行きます!』


おう頼むと返事をし、ほっと一息つく。全く持って造っておいて良かったと、耳に付けたイヤリングを見る。昨夜、宿屋から出られない瞬谷達に何かあったらと造って置いた物だが、まさかそれで自分が助かるとは。さてどうするかと思案していると。


「――――と、言う訳だ。良く分かったかな?」

「あ、すまん聞いてなかった」

「何!?」


瞬谷が来る前に演説が終わったようで、ドヤ顔で見てくる少年につい本音が漏れる。

何やら怒り出した少年は、しかしニヤリと口元の笑みを崩さず、言う。


「ま、ま良いよ。どうせ死ぬんだから」


殺れと短く命令し、子狐もといキューが張った結界を全て召喚獣達が壊す。

定位置で身を強張らせるキューに大丈夫と声をかけ、腹に特大サイズの穴を開けた状態の霧裂は、魔道具を使えない状態で、何とか瞬谷が来るまで持たせようと、意を決したところで。


――――フワッと一人の女性が降り立った。

その女性は、地に降り立った直後、背に持った大鎌を一振り。それだけで、三体の召喚獣の命を奪う。唖然と見守る中、女性は少年を睨みつけながら、口を開く。


「貴方が【魔王】の様ですね。その命、狩らせていただきます」


お、やった味方とーじょー!? と嬉々と見つめる、霧裂を女性は見返し、言う。


「ふむ、此方はゾンビですか。始めてみました。貴方も狩った方が良さそうですね」


嫌ちげーよ!? と霧裂と少年の声が被るが、女性はお構いなく、鎌を振り回す。


転生者の三つ巴の戦いが始まる。

本当は二つに分けようかと思ったけど、もう出来たんで投稿。

頑張ったよ、俺

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