-23- 裏切り者ぉぉぉおおおおっ!!
『旅人の故郷』の一室、そこでベッドに横になっていた二つの影の内、片方がもぞもぞと動く。
「ふぁ~、……ねむ」
大きく欠伸をして、涙目を擦りながら瞬谷がベッドから起き上がる。ちらっと横を見れば今だ夢の世界から変えてきていないサリアナが。起こそうかと思案するも、どうせ今日も外には出ないだろうからそのままにして部屋を出る。
凝り固まった首をマッサージしながら隣の、霧裂の部屋をノックする。
「……、あれ? もしかしてもう起きてるのかな?」
部屋から返事もなく、下に降りて主人に話を聞く事にする。
階段を降りて、カウンターに目をやると、やはりそこには宿屋の主人が居た。
「あ、おはようございます。あの、オレの男の方の連れどこか行きましたか?」
「ああ。外に行った」
無愛想ながら答えてくれた主人に、ありがとうございます、と頭を下げ何処に行ったのかなと思案していると、主人が何やらポケットからダイヤが一欠けら埋め込まれ、金の見事な細工が施されたイヤリングを取り出す。
「あんたの連れから預かってたもんだ。あんたから言っときな、こんな高価な物をおいそれと他人に渡すんじゃねぇとな」
「え? あ、何かすみません」
ペコリともう一度頭を下げながらイヤリングを受け取る。
まったくもってこんな物、盗られても知りませんよ、と霧裂の不注意に嘆息しながら、主人が出してくれた朝食を口に運ぶ。
(取り合えずコレが何か調べながら、ここで待つか。多分コレ魔道具だろうし)
簡単に一先ず今日の予定を頭の中で立て、主人と他愛も無い会話をしながらスープを啜る。
霧裂が今まさに命の危機に直面しているなど、予知能力者でも、他人の不幸を逸早く察知し助けに行ける主人公でもない、瞬谷は知る由も無かった。
◆ ◆ ◆
「ZIZAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!」
バォ! と太い焔の光線が【白昼虎】の口から放たれ、霧裂を狙う。
「ちっ!」
舌打ちし地を蹴り飛び去ろうとした霧裂の周りに、逃げ道を塞ぐ様に半透明の壁が現れた。【九結狐】の結界だ。そのうちの一つにぶつかり動きが止まった。ジリジリと身を焦がすような熱が、全てを灰に帰す必殺の一撃が直ぐ傍まで来ている事を霧裂に教え、顔を流れる冷や汗が蒸発するより早く、【紅蒼打ち抜く】を結界に向けて全力で振り回す。
全力の霧裂の一撃は、しかしゴギンッ! とヒビを結界に入れるに留まった。
「ちっくしょっ!」
既にもう一度叩きつける時間も、【変更】する猶予も残されていない。悪態を付き、両腕をクロスし身を縮め攻撃に耐えようとする霧裂と焔の光線――――の間に一つの影が躍り出る。
《GIGAAAAAAAAAAAAAッ!!》
四肢で地を踏みしめ、燃え盛る焔に向かって、劈くような咆哮。あまりの音量に、ズンッと衝撃を感じた直後、白銀の毛の上に碧き氷の毛が何本も現れ、幾つものラインを築く。全身から噴出す殺気が身を凍える吹雪に変わった様に、荒れ狂う氷の渦が燃え盛る焔の光線とぶつかり、相殺した。
《オーマ、気を抜くなっ!》
「すまん! 助かった!」
ハクが焔の光線を相殺したと同時、霧裂も結界の檻を脱出した――――直後、影が太陽の光を遮る。上空に浮かぶ【獅子鷹】の両翼から雨のように降り注ぐ鋼鉄の毛刃。生物など簡単に肉片に変える鋭さを持った刃の雨は。
「【変更・左足】⇒【暴嵐穿つ】。オラァ!」
ゴァ! と付け根から絶えず形を変える嵐の異形の足へと変更された左足から放出される暴風が全て吹き飛ばした。ハクが凍りの氷柱を【白昼虎】と【九結狐】に連射して、足止めして居るのを視界に収め、続けて放とうとする【獅子鷹】に向けて、左足で一気に跳躍。風の力も味方につけた霧裂は一瞬で遥か上空に浮かぶ【獅子鷹】の下へとたどり着く。
「グル、GOAAAAAAAAAAAッ!!」
「うっせぇっ!!」
吼え、放散される数百の毛刃を【暴嵐穿つ】で一蹴し、間を置かず、10m近い巨大な風の刃を【獅子鷹】目掛けて飛ばす。
至近距離で放たれる巨大な刃を【獅子鷹】は避けようとするが間に合わず、胴体を綺麗に両断する――――直前、【獅子鷹】の皮膚数cmに展開される【九結狐】の薄い、しかし恐ろしく頑丈な十枚の結界が風の刃を防いだ。
「あー! あと少しだったのに!」
うそーっ! と驚く空中では高速で移動できない霧裂に、すぐさま【獅子鷹】が攻撃に転じるが、ハクが氷のブロックを空中に幾つも作り出し、それを足場に地面に戻った。
上から降ってくる氷の塊を【白昼虎】が全て蒸発させ、同時に。
「ZIAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!」
「GURUAAAAAAAAAAAAAAAッ!!」
【白昼虎】は焔の剛球を、【獅子鷹】は口から輝く鋼鉄の大槍を撃ち放つ。
「うぉー! やっべー!」
《くそっ! オーマ何とかしろ!》
やべーやべーと互いに叫び、霧裂は地面を【暴嵐穿つ】でダンッと力強く叩く事で霧裂とハクの周りに風の刃で出来た渦を作り出し、ハクは。
《GOGAAAAAA■■■■■■■■■ッ!!》
怒号と共に凍りのドームを作り出した。
焔の剛球は風の渦でかき消され、鋼鉄の大槍は渦を貫くも凍りの壁で粉砕された。
「あーもー、めんどくさっ!」
《あの【九結狐】が邪魔だな。攻撃が届かん》
今まで何度か攻撃するが、全て【九結狐】が張る結界によって阻まれていた。【九結狐】の結界の強度は凄まじく、霧裂でもまず一撃で粉砕する事は敵わない。ハクは攻撃よりも防御に長けるので、霧裂でも一撃で破壊不可能な結界は壊すことができない。
しかしそれなら、破壊しなければ良いだけの話。
《で? アイツ等は一体何だ?》
「ちょっと待て、あと少しだから」
そう言った霧裂は凍りの壁の中から三体の神獣を見つめる。魔道具【天より見抜く】で。そもそもプライドの高い神獣が共闘するなど有り得ないのだ。テリトリーから出て、他の神獣と共闘する。どれもこれも異常事態。最初は偽者を疑ったが、それもまず無いだろう。ならば何か。それを知るための【天より見抜く】だ。
学習、自動取得、自動習得、取得、習得、取得習得取得習得取得――――――適応。
ガラリと【天より見抜く】を通して見る世界が変わった。進化した【天より見抜く】で神獣を見て、ほーと納得の声を上げた。【天より見抜く】を通して見た神獣の姿には、『紅き煙』が纏わり付いていた。そして、それは。
「……あの神獣達操られてる」
《何? 操るだと?》
ハクが驚くのも無理は無い。目の前に居るのは、災害級と言われる三体の神獣だ。それを操るなど普通は不可能。しかしその不可能を可能にしているからこそ今の状況が出来ていた。
《一体誰が……?》
「さぁそれは分からんねーけど、もう時間無いっぽいぜい」
ガガガガガガガガガッ! と、連続で凍りの壁に突き刺さる鋼鉄の毛刃。【九結狐】の結界にも引けをとらない強度だが、当然限界は有り、数百の刃を受けきった凍りの壁は、パキンッと限界を超え崩れ落ちた。
――――瞬間、ハクが何か言う前に。神獣が何かする前に。
「【変更・口】⇒【爆音劈く】。『くらえっ、■■■ッ!!』」
ビギッと口が裂け、白く鋭い牙が生える。怪物の様な口へと変更した霧裂は全開に口を開き、言葉と成らないただの音を、しかしそれは人では決して出す事の出来ないであろう巨大すぎる轟音を、莫大な音の砲弾を撃つ。
ドバッと三体の神獣の両耳から血が噴出し、グラリとその身が揺らいだところへ。
「【変更・右腕】⇒【必中撃ち抜く】」
太陽から注がれる光そのもので出来た輝く右腕を、【九結狐】に向ける。
「『逝ってくれっ!』」
ゴバッ! と右腕から二十本の細い光線が【九結狐】に向かう。ふらふらとしていた【九結狐】は、しかし向かってくる二十の光線に機敏に反応し、進行を遮るように二十の結界を張る。
高速で飛翔する光線は、結界にぶつかる間際、クインと結界を避ける様に曲がった。
これが霧裂が咄嗟に考え出した【九結狐】の結界対策、『壊せないなら無視すれば良いじゃないっ!』だ。【必中撃ち抜く】から撃ち出される光線の最大数は二十、どれも他の魔道具と比べれば威力は低いが、放たれる光線は、必ず標的に中る。例えその間に壁があろうが邪魔しようが逃げようが、どんな事をしようとも一度放たれた光線は標的を撃ち抜く。
ズギャッとあらゆる道を描き飛翔する二十の光線は、【九結狐】の奮闘空しく、全てが被弾した。
「ギャンッ!!」
しかし威力が無いためか、命まで奪う結果にはならなかった。そして、その事は霧裂も良く分かっている。
「『■■ッ!!』」
ドバンッと【暴嵐穿つ】を使い風を爆発させ一歩で【九結狐】との距離を詰め、【爆音劈く】で動きを鈍らせ、両手で握り締めた【紅蒼打ち抜く】を叩きつける。
が、全力の一撃は【九結狐】の結界に阻まれた。チッと舌打ちし、襲い掛かる【獅子鷹】と【白昼虎】を横目にその場を飛びぬこうとした瞬間。
《死ねッ!!》
ハクの声が響き、ゾブリと地面から伸びる凍りの氷柱が【九結狐】の胸を貫いた。
「『ナイスッ、ハク!』」
《ふざけるな! あんな至近距離で【爆音劈く】なんぞ使いおって! 死ぬかと思ったぞ!》
「『またまたー、お前なら防御する事ぐらい簡単だろー?』」
《ちっ! 好い加減【爆音劈く】を解除しろ!》
崩れ落ちる【九結狐】を視界に納め、へいへいと言いながら【爆音劈く】を元の口に戻す。
実際ハクは霧裂の【爆音劈く】を、特殊な氷で耳を覆う事で回避していた。これはハクが強いという事もある。確かにハクは霧裂との10ヶ月で神獣としての枠を超えていたが、一番の理由はどんな効果か知っていたからだ。
霧裂は新しい魔道具を造るたびにハクを実験台にして試していた。ハクにとっては堪った物ではないが、売り言葉に買い言葉で引き受け、結果霧裂が攻撃系の魔道具を造りだす度に、相手をしていた。そのため、ハクは霧裂が使う攻撃系魔道具を効果、防ぎ方共に全てを知っている。そうじゃなければ死んでいたかもしれない。
霧裂にとってある意味で天敵とも言える存在がハクだ。
そして霧裂が使う魔道具の効果を全て知り尽くしているからこそハクは、霧裂がほぼ何も考えず魔道具を使い暴れ回ると言う滅茶苦茶な戦闘スタイルに合わせることが出来るのだ。
「【九結狐】が居なけりゃこっちのモンよ! ハク、時間稼げ!」
《はぁ? お前ふざけてるのか?》
「頼むって、一分で良いから! それで終わらせる」
一分と言うので何かに気付いたのか、仕方が無いと嘆息しながらハクが二体の神獣から霧裂を守るように前に出る。霧裂はそれを見て、頼むぜーと暢気に、油断なく、しかし勝利を確信して、手を体の前に持ってくる。
「『開放』、【摘出】⇒【万物弔う黒き十字架】」
グパッと開かれた傷口から飛び出た、金色の鎖を掴み、引き抜く。ズルリと金色の鎖に繋がれていたのは、黒い黒い大人一人が入れるくらいの180cmの棺桶。
黒き棺桶を、ニタリと笑いながら体の前に持ってくる。
「見せてやんよ、俺の切り札。【展開】」
言葉と共に、バラリと【万物弔う黒き十字架】が崩れ、数多のパーツに別れる。そのパーツは地面に落ちる事無く、上空600m付近まで飛翔し、そこで独りでに再構築を始めた。棺桶ではない、別の何かに。
《急げオーマ!》
「分かってるよ!」
二体の神獣相手に攻防を繰り返すハクの切羽詰まった声に叫び返し、上空に浮かぶ巨大な魔道具に体内にある、霧裂の生命の源、最高傑作【魔導式心臓】から魔力を送る。
【魔導式心臓】とは霧裂が自身を改造する時に真っ先に造った物であり、全ての魔道具の源であり、そして霧裂の唯一の急所。【魔導式心臓】を一突きされれば霧裂は一瞬で体の機能を失う。そんな事にならないように常に何十もの防御系魔道具で覆ってあるが。
【魔導式心臓】で造られる魔力を限界まで【万物弔う黒き十字架】に搾り取られたため、軽い脱水症状の様にふらつくが、頭を振り意識を覚醒させハクに叫ぶ。
「完成だ! ハクどけ!」
《ッ! 分かった!》
上空に浮かぶのは、黒く巨大な十字架。ハクが二体の神獣から離れた瞬間。
「オラ! 最大出力!」
音は無かった。
ただ破壊のエネルギーが、十字架から黒と言う色を持って地に注がれ、
全てを削り取った。
二体の神獣の、皮膚を、筋肉を削り、骨まで削り、完全に消滅しても止まらず、
地を削った。
破壊が終了した時、残っていたのは、底が見えない深い深い穴のみ。
《……相変わらず恐ろしい威力だな》
「ぜーぜー、ま、使いたく、なかったけど。ぜーはー、素材は、採れねーし、滅茶苦茶、疲れるし」
こんだけ苦労して素材は【九結狐】だけかー。やっぱ使うんじゃなかった
と、荒い息を付きながら地面にへたり込む。上空に浮かんでいた【万物弔う黒き十字架】と【紅蒼打ち抜く】を体内に戻し、変更していた部分を全て元に戻そうとして――――気付く。【九結狐】の体から『紅き煙』が消えている事に。さらに言えばまだ生きている。
【天より見抜く】以外の魔道具を全て戻し、疲れた体に鞭を入れ【九結狐】の傍へと走る。
《おい、どうした?》
「ちょっと来いって」
疑問の声を上げるハクに手招きし、倒れこむ【九結狐】に寄り添う。まだ息が有る事を確認し、事情を聞こうとハクから耳のピアスを貸してもらおうとして、【九結狐】と目が合う。
なんとなく、根拠は無いが、霧裂には笑っているように感じた。
直後、【九結狐】の体が崩れ去り――――中から小さな【九結狐】が生まれた。
素材が消え、赤ちゃんが現れた。霧裂が唖然としていると、その様子を見ていたハクが笑いながら言う。
《残念だったな。我等神獣は単一で存在する。死ねば生前テリトリーとしていた場所で、同じ種類の、新たな神獣が生まれる。しかし時たま居るんだ、死ぬ間際に自分から命を絶つことでテリトリーではなく死んだ場所で新たな神獣を生む奴が。それは中々力が必要らしくてな、死体は消え去ってしまうのだが……》
どうする? コイツ殺して素材にするか?
そう尋ねようとしたハクだが。
「カワイィィイイイイ!! もふもふじゃんっ!」
一瞬で白い目を霧裂に向ける。
とうの霧裂は気にする事無く、生まれたばかりの子狐を思う存分抱きしめる。子狐はパチパチと瞬きし、つぶらな双眸で霧裂を見つめ、ぺろりと指を舐めた。
「ふぉあああああ!! 何これ萌え殺す気かっ!」
一気にスーパーハイテンション状態になった霧裂はうっきゃーッ! と喜声を上げ、ニコニコ笑い撫で回す。
と、先程から無言で後ろに居るハクに、この喜びを分け与えてやろうと深い聖母の様な慈愛の心を持って話しかける。
「おいハク見ろよ! これメチャメチャ可愛くないか!?」
しかし返事は無い。
「……ハク?」
あれ? もしかしてイジケてんの?
と、ニマニマ笑いながら、振り返った霧裂の眼前を。
「おい、どうしたハ――――ッ!?」
――――突如、白銀が覆いつくす。
その正体は何かなど思案するまでも無い。何度も、それこそ森に引きこもっていた一年の内10ヶ月、目にしない日は無かったと断言できる。それは前足、白銀の毛に覆われたその足の先端には碧く鋭い爪。しかし霧裂には理解できない。
何故こんな行動に出てる?
思考が真っ白に染まる。答えは出ない。
「――――ッ!!」
ひゅっと息を飲んだのか吐いたのか分からないような音を口から出しながら、本能で、経験で、子狐を胸に抱き転がるように前方に身を縮めながら飛んだ。
が。
ズバッ! と肉を裂くような音が霧裂の耳に届き、間を置かず燃える様な激痛が上がってきた。裂かれた背の三本の赤い線から鮮血が飛び散り、ボトボトと地を濡らす。
ぎじりと歯を食いしばり、一切隙も無く振り返った霧裂の目に映ったのは。
「……くそったれ……ッ!」
全長二mほどの体は、太陽光で輝く白銀の毛で覆われており、その白銀の上を走る何本もの碧きライン。太く力強い四本の足で地面を踏みしめ、先から伸びる碧き爪は鋭く、右前足の爪は血に濡れていた。全身から放出される莫大な殺気はそれだけで下位の存在の命を刈り取るだろう。そして、右耳に光る、リング型の魔道具。
しかし、霧裂の目、【天より見抜く】には普通は見えぬもう一つの情報が見えていた。【白夜狼】の体を覆いつくす『紅き煙』が。それが示すのはただ一つ。
「――――操られてんじゃねーよ、バカ犬……ッ!」
神獣【白夜狼】、ハク。
見るもの全てを威圧するその姿は、荒々しく、猛々しく、そして神々しい。
霧裂が二度と生死を賭けた戦いをする事が無いだろうと思っていたハクは、『紅き』双眸で霧裂を射抜きながら、天高く、高らかに咆哮す。
《グルゥァアアアアAAAAA■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!》