-22- あれこれ無理ゲー?
朝、霧裂は寝惚け眼をこすりながら首をゴキリと鳴らし、ベッドから起き上がる。机の上に置いてあった何時ものコートを羽織り、そのポケットからダイヤが付いたイヤリングを取り出し耳に付けてから部屋を出て、下に向かうがそこには宿屋の主人しか居なかった。
「あれ? 俺が一番?」
「そうだ」
短く返事をした主人が少し奥の厨房に引っ込み、パンとスープをドンとカウンターに置く。朝食だろう、有りがたく頂く事にし、席に着きパンをスープに浸し口に運ぶ。
「何でこんな遅いんだろ?」
「昨夜、何やらケンカしてた様だ」
言うほど遅くは無いのだが、質問と捉えたのか、律儀に予想を答えてくれる主人。
(ケンカってサリアナが何か駄々こねたかな? 俺と一緒に居たくないとか)
霧裂も主人の言葉を聞き、簡単な予想を立て、それは見事に大当たりしていた。霧裂との会話を聞いていたらしいサリアナの怒りを静めていた為に瞬谷は今だ夢の中だ。
ま、どうでも良いか、と霧裂は考えるのを止め最後のパンの欠片を口に放り込む。スープも完食した霧裂は、主人から水を貰い、飲みながらコートのポケットに手を突っ込んで、今霧裂が耳に付けてある魔道具と同じイヤリングを取り出し主人に渡す。
「ごっそさん。親父、これ昨日俺と食べてた男に渡しといて」
「……分かった」
霧裂から魔道具を受け取り、返事をしながら自分のポケットに入れる。
よろしく、と手を振りながら宿屋を出た霧裂が向かうのは、ギルドアヴァロン支部。
「よっ! 出来てるか?」
ギルドの扉をくぐった霧裂は、昨日と同じ場所に立っているアンに片手を挙げる。アンも霧裂に気付いたようで、無表情な顔に笑顔を咲かせる。しかし騙されてはいけない、この笑顔は霧裂に惚れてるとかそんな乙女チックな物ではなく、今日も貢いでくれるかなと言う限りなく現実を直視した強欲の笑みである。
「あ、オーマ君。出来てますよ、ギルドカード」
「そうか。ちなみに今日は欲しい情報も無いから金やらねーぞ」
「チッ」
一応釘を刺す霧裂にアンは隠そうともせず、盛大に舌打ち。それに呆れ顔になりながら片手を出す。
「くれよ、ギルドカード」
「分かりました。では、代金として金貨十枚を」
「騙されんぞ」
「チッ」
ニッコリと笑顔で、一切の躊躇いも無く金を騙し取ろうとするアンに若干引きながらギルドカードを受け取る。ギルドカードは、横9cm、縦5cm程の鉄で出来た簡単な物で、片面にあの書類に書いた事が刻まれている。一応魔道具らしいが、あまり高価なものではない。
「あ、でも無くしたら金貨一枚貰いますからね!」
「はぁ? 嘘だろ、こんなのに金貨一枚も払えるかっ」
「こんなのって、それ魔道具ですよ? 金貨一枚ぐらい当然じゃないですか!」
「え、そんな魔道具って高いの?」
「当然です。物によっては王貨超えますよ? 常識です」
金持ちハーレムルートへの道は閉ざされていなかったと言うのか……!?
霧裂は現在、自分が金貨などを持っていなくても、大金持ちであるという事を再確認した。というか、霧裂の持つ魔道具は値が付けられないほど高性能なものだ。命を奪ってでも手に入れたいと半狂乱になって探すほど。
まぁ霧裂に魔道具を売る気は無いが。
「では、依頼でも受けますか?」
「う~ん、どうしよっかなー」
ちなみに依頼などは二階でお願いしますね? と、アン。
腕を組んで今日は、寝るか王都散歩するか依頼受けるかで悩んでいた霧裂の耳に、ふとかすかに狼の遠吠えが聞こえた――――様な気がした。本物かは分からないが、恐らくは……と今まで悩んでいた今日の予定が決定した。
「いや、依頼は明日にするわ」
「そうですか、分かりました」
じゃっと解釈し背を向ける霧裂に、アンは今思い出したとばかりに声を上げた。
「そうだ! オーマ君、私とお付き合いしません? 毎月金貨三十枚貢いでくれたら、夜の相手以外は何でもしてあげますよー?」
「やかましいっ!!」
全く魅力の無いお願いをキッパリと――――ホンの少しばかりの後悔を胸に断った霧裂は、そのまま北門に向かう。そこにはまたもやあの門番が。
「おいおい、アンタ仕事多くないか?」
「ん? ……、ふん俺の仕事は少ないほうだ。なんせ立ってるだけで良いからな」
それもそうかと納得。
「で、お前はまた『ちょっとそこまで』行くのか?」
「ん、まぁな。てか、そんなにちょくちょく王都出るのが珍しいのか?」
「冒険者でも無ければ二日連続で王都を出るというのはまず無いな」
「じゃぁ良いじゃん、俺冒険者だし。(今日からっ)」
最後ボソッと追加する霧裂。
門番は霧裂の最後の言葉は聞こえなかったようだが、冒険者と言う言葉に反応を示す。
「なんだ冒険者になれたのか」
「なれたのかって、書類に色々書いただけですぜ?」
「その後に水晶玉に血を登録したろう? あれは魔道具でな、賞金首なんかは緋ではなく黒く光んだよ。で、光ったら即アウト、取り押さえられるって訳だ」
何やらご親切に説明してくれる門番さん。
「なーるー。って事はもうこの鎖外して良いのか?」
「ああ。おっと、まずギルドカード見せてからな」
首にかけていた鎖を門番に返し、ギルドカードも見せる。ひょいとギルドカードを見た門番は鎖を受け取りながら、霧裂に視線を移して首を傾げた。
「ん? この【紅蒼打ち抜く】ってのは何処に持ってんだ?」
「ええ!? あっと……宿に置いて来た」
「おいおい、ここら辺にも弱くても魔物は居るんだぞ? 大丈夫なのか?」
「あ、ああ。俺強いから」
まさか体ん中に有りますとも言えず、目を逸らしながら挙動不審に言い訳する。暫く本当に心配した表情で色々言ってくる門番に、ありがた迷惑ってこういう事なんだなーなどと考えながら何とかその場を乗り切り最後手を振り森の中に入っていった。
◆ ◆ ◆
森の中を暫く進み、十分王都から離れた所に、お使いに出した神獣ハクが悠然と寝ていた。
「オイ起きろ。てか早かったな」
《ん、オーマか。ああ、存外血の匂いが濃くてな。すぐに見つけたわ》
ほれ、と肩口から切り落とされた人の左腕を受け取る。【狂月】セレーネの左腕だ。思ったとおり、腐っておらず食べられておらず、血に汚れているという以外は素材として完璧だ。
霧裂はこの一年でグロ耐性が付いていたので、生々しい腕を一体どんな魔道具に生まれ変わらせてやろうか、とウキウキしながらコートから取り出した縦長の白いボックスに丁重に収め、ポケットに収める。
「そんじゃま、帰るか」
《ちょっとまてオーマ、俺様の願いを何でも叶えてくれるのだったな》
「あ、覚えてたんだ……」
《当たり前だ。……、さて何をお願いしようか》
「ちょ、あんま無茶苦茶なのは勘弁して……」
ニタリと悪そうな笑みを浮かべるハクに一歩引きながら、過去に戻って自分にグーパンチしたい、と本当に出来たら実際はしないであろう事を考える霧裂は――――ビキッと顔を引きつらせた。この嫌な感覚は。
「おい、ハクよ。なんかお前追われてたのか?」
《驚いた。俺様はオーマが追われているものと思ったぞ》
つまりは互いに身に覚えに無いわけだ。
こんな――――複数の生物から殺気を向けられている状況に。
どうやら殺気を向けているほうも中々出来るようで、すでに此方に気付いているのか殺気をハクと霧裂に固定している。少しセレーネの事が頭を過ぎるが、致命傷を負ったと言う話しだし、あの狂人が団体行動とか無理だろってな訳で除外。
「えっと……数は四、イヤ三か? なんかあやふやだな」
何もしてないのにこんな殺気を向けられるって……あれ、不幸だな。
霧裂の直感が不幸の鐘をガンガン打ち鳴らすのを聞きながらながら、あーメンドクサッ! と文句を流しながら軽く準備運動。寝そべっていたハクもまたメンドクサそうに立ち上がる。何やら、またか……、などと呟くのが霧裂の耳に届き、これやっぱコイツのせいなんじゃね? と疑いを強くし――――それは奇しくも正解だった。
「うっひゃー……マジか……」
《バカな……神獣だと……ッ?》
逃げればよかった、と呟く。
現れたのは三体の神獣。
全長3m近い巨体を燃え盛る炎で包む、【白昼虎】。
黄金の毛並みと九本の尾が特徴の、全長2mと現れた中では最も小柄な【九結狐】。
そして最後が、後半分は獅子の体、前半分は鷹の体を持つ全長3mの【獅子鷹】。
三体が三体とも、その『紅き』双眸で霧裂とハクを射抜きながら、しかしそれ以外の直ぐそばに居る神獣には興味を示さない。まるで同盟か何かを結んでいる様に、無防備で、結束していた。
《有り得ん、神獣が自身のテリトリーを出るなど……。いや、そもそもこの状況は何だ? どうなっている?》
神獣はハクの様な例外を除き、全てが生まれた場所で一生を過ごし、人とは関わる事が無い。時たま、名誉などを求めた冒険者や騎士、力を求めた愚王などを滅ぼすだけ。
それなのに。
目の前には三体の、テリトリーからでた神獣。三つの災害が目の前に居た。
「バカだった。何で俺は帰らなかったんだろ……」
後悔してももう遅い。三体の神獣が一斉に、開戦を告げる咆哮を上げる。