-21- 俺が寝てる間に色々起こったぽい
霧裂にちゃっかり『何でも言う事聞く約束』を取り付けたハクは、高速で森の中を移動していた。セレーネの腕が何処に有るかなどは分からないが、血の臭いを辿れば良い。全力で駆けても良いのだが、それはそれでメンドクサイ。霧裂にどんな滅茶苦茶な無理難題を押し付けようか、と頭を悩ませていると、何かを感じた。
殺意だ。
魔物のテリトリーにでも入ったかな? と考えるも、向けられる殺意が不愉快なので、その場を去ることはせず殺意の主を待つ。
(俺様に殺意を向けるとどうなるか、身を持て知ってもらおう)
そんな相手に同情したくなるような事を考えていると、すぐに殺意の主が姿を現した。木々の間から出てきた魔物を一目見てハクはガッカリと言った雰囲気になる。
狼だった。顔に大きな一つ目がある事を除けば、普通の狼となんら変わらない。そしてハクは狼系最強種、【白夜狼】。狼系の魔物はハクを目にすれば問答無用で頭をたれる。そんなハクに対して絶対服従の狼系の魔物をハクは極力傷付けない事にしている。無抵抗の魔物をいたぶる趣味はハクには無い。
無視して動こうとフッと息を吐き出し、そこで――――異変に気付いた。
目の前の魔物は頭を垂れていない。嫌、それどころか、全身の筋肉に力を込めていつでも攻撃できるよう身構えていた。殺気も完全にハクに向けられている。
《……貴様、狼系の、俺様の眷属のくせに俺様に逆らうのか?》
「グルぁああああアアアアアアアアアア」
返事の代わりに、全力の咆哮が帰ってきた。
バカめ……。
ハクは口の中で呟く。
《その程度で俺様に逆らったのか……?》
その言葉には隠しきれぬ怒気が含まれていた。
牙をむき出しに飛び掛ってくる一つ目狼に向け、ハクもまたお返しとばかりに咆哮する。
《■■■■■■■■ッ!!》
言葉にならない獣の雄たけび。
至近距離で受けた一つ目狼は、ゴッパと耳、目、口から血を噴出し地面に沈んだ。
触れる事すらせず、一瞬で命を刈り取るその姿はやはり神獣の名に相応しい。
地面に横たわる一つ目狼を一瞥する事無く、怒りが冷めぬままハクはその場を離れた。
だからこそ気付かなかった。そこから僅か100m行った所に泡を吹き横たわる、小さな少年に。
異世界の匂いを纏った小学生ほどの少年に。
◆ ◆ ◆
ハクにお使いを頼んだ霧裂は気を取り直し、軽く門番に解釈し再び王都に来ていた。目的地は当然瞬谷が待っている宿屋『旅人の故郷』だ。冒険者の仕事はギルドカードがないと受けれない。つまり明日になるまで冒険者として働けないのだ。それならもうやる事も無いし日も沈みそうなので宿屋で寝ようと考え向かった。
ガラガラと戸を開け中に入る。そには横長の机が左右に二つ並んでおり、奥にカウンターがある。
「いらっしゃい」
入ってきた霧裂に気付いたのかカウンターの奥に立っている、無表情の男から平坦な声をかけられる。それと同時にカウンターの左横にある階段からドタドタドターッ! と音がしてひょっこりと瞬谷が顔を出した。
「あっ、霧裂さん! どうでした、ギルドの方は?」
「おう、無事登録できた」
さすがにここで色々話す気にもなれず、カウンターの奥に立っている男、この宿屋の主人に鍵を貰い、階段を上がり瞬谷がとっていた部屋に入る。
瞬谷が髪の色と目の色を変えてあるとは言え、ばれる可能性は有るのであまり有名じゃない宿屋をとったのだから仕方が無いのだが、部屋の中はベッドと机とイスが一つあるだけの、小さな部屋だった。
「サリアナは?」
「今、隣で寝てます」
一緒の部屋で寝る事は無いとは思っていたが、もしもの時の為に一応場所を聞いておく。
そうかと軽く返事し、霧裂は硬いベッドに座り込み瞬谷もイスに座る。
「で、オレやっぱ賞金首なってました?」
「ああ、SS級のな」
やっぱりかと瞬谷が項垂れる。
苦笑しながら霧裂はギルドで得たセレーネの事を話した。
「うへぇ~、霧裂さんもまたメンドーな奴にフラグ立てましたね」
「うっさい。……これからどうすんだ?」
霧裂としては、異世界を暫くぶらつくのも有りかなと言った感じである。結構旅行好きな霧裂は、温泉や異世界の絶景スポット等を発見して、そこに別荘建てて遊び倒すと言うのが今の目標だ。それに対して瞬谷は勝手に付いて来てるだけで、そう言えば目的とかあんのかな? と今更ながら思ったわけだ。
あの時捕まえたのはハクに言われたからと言う簡単な理由だけであり、既に【運命の赤い糸】も取ってある。
瞬谷は少し考え込み、
「……そうですね。一先ずサリィを一度故郷に帰してやりたいんですけど……」
「故郷って亜人の?」
「はい。オレ、冒険者の仕事でミスって、サリィの村の人達に助けて貰ったんですよ」
「亜人のくせに人助けるとかお人よしだなっ!」
「ええ、何か怪我人はほっとけないらしくて。まぁそれで村の皆やサリィと仲良くなったんですけど、サリィが村から出た時に奴隷商に捕まっちゃって、助けたら知らせるって言って村飛び出したもんだから」
なるほどそりゃ心配してるわな。
うんうんと霧裂は頷くが、それならさっさと帰れば良いじゃん、と言うのが本音だ。
何で付いてくんの? と首を捻っていたら、行き成り瞬谷が『霧裂式お願い最終手段奥義』、つまり土下座をした。
「え? え? 瞬何してんの?」
「すみません霧裂さん、オレ達を護衛してくれませんか? オレもサリィもこれから狙われることになると思います。でもオレにはサリィを守る力なんて無いし、村にまでそんな厄介ごとを持ち込みたくないんです。サリィの奴もあんな態度だけど根は良い奴なんです。アイツ父親を人族に殺されてるから、あんな態度取ってるだけなんです。感情任せに行動するバカな奴で、霧裂さんに迷惑とか不快な思いさせると思いますけど、お願いしますっ、オレ何でもしますから、オレ達を傍に居させてください!」
頭を床に付け必死に叫ぶ瞬谷を見て、霧裂は何とも言えないような顔をしていた。別に見捨てる気など毛頭無く、ただ純粋に何処行くのかなと尋ねただけなのだ。傍に居たいなら勝手に居れば良い。さらに言うなら、この状況で断れるほど霧裂の心臓は強くは無い。
あ~うん、勝手にすれば?
喉まで出掛かったその言葉を霧裂は根性で飲み込み、頭をフル回転させなんか良い言葉を捜す。が、残念ながら霧裂の辞書に『土下座をして守ってくれと叫ぶ少年に掛ける言葉』なんて物は無い。ハクが居ればと後悔するのも遅い、自分でお使いに出したばかりだ。
お願いします、お願いしますと懇願する瞬谷に、パニクってあわあわあわと顔を左右に振り居もしない誰かに助けを求める霧裂。もう何でも良いから声掛けてやれよ、なんて言葉が掛けられそうな奇妙な光景だ。
と、ドンドンと扉が強く叩かれる。
ビックゥと身を震わせ扉に視線を向けると、
「飯だ」
あのカウンターに立っていた主人の簡潔な言葉が届く。霧裂は心の底から主人のナイスタイミングに感謝しながら、今だお願いしますを連呼する瞬谷に、
「分かった、分かったから! 見捨てないから! 飯にしよか?」
「……よろしくお願いします」
霧裂の返事にガバッと顔を上げ、最後にもう一度深々と頭を下げてから漸く立ち上がった。
ふーと安堵の息を吐き出す霧裂と一緒に部屋を出て、直ぐに下に向かおうとする。
「お? サリアナは良いのか?」
「あ、はい。今日はもう寝るって言ってましたから」
そっかと頷き階段を降りる。
一階には主人意外誰も居らず、もしかして宿泊客俺等だけ? と宿の経済状況を密かに心配する霧裂。直ぐ近くのイスに腰掛け、机を挟んで正面に瞬谷が座る。
すぐに主人が水が入ったコップとステーキを持ってきた。無口な主人に解釈しながら霧裂はステーキをパクリと一口。
「ん、まぁまぁ」
口に入れたステーキをもぎゅもぎゅと租借しながらもらした感想に、瞬谷が僅かに頬を引きつらせる。酷い感想だが、まぁそれは仕方が無い。この世界の食材は、魔物の危険度が高いほど美味なのだ。王都の傍に居る魔物と、霧裂が一年間引きこもった森では魔物の危険度が段違いに違う。その魔物の肉に慣れた霧裂の舌は、こんな寂れた宿屋で出される肉には満足しなかったようだ。
それでもパクパクと食べていきながら、そういえばと瞬谷に聞く。
「なぁ、魔道具造る人なんて居るかな?」
「魔道具職人ですか? そりゃ居ますよ、ここは王都ですよ?」
「だよなー。……、会えるかな?」
「えぇたぶん会えるとは思いますけど、何でですか?」
霧裂の質問に答えながら瞬谷は、がぶりと大きくステーキを口に入れうまそうに手を進める。
「俺の魔道具はさ、全部独学なんだよ。だからその道のプロとかにちょっと聞きたいなー思ってよ」
「あー、なるほど。でも霧裂さんが満足する職人なんて、そうですねー、貴族街にしかいないと思いますよ?」
貴族街とは、王都の中、南に行ったところに壁があり、今霧裂達がいる王都と区切ってある街の通称だ。王都はグルリと壁に覆われており、その中にさらに二つの円状の壁が存在する。今霧裂がいる場所を通称市民街、さらにその中にある一つの壁の中は通称貴族街、そうして最後の壁の内側にあるのが王城である。
「そっかー、どうすっかなー」
「まぁ霧裂さんは習わなくたって造れるじゃないですか」
「そうだけどさ」
それでもやっぱ失敗するしと言う霧裂は、自分がこの世界で最高の魔道具職人としての技術を独学で得ている事を全く持って知らなかった。と言うか素材があれば何でも造れると言うのが、霧裂が貰ったチートであり、技術とかはっきり言ってどうでも良かった。
何だかんだ言いながらステーキを綺麗に完食した霧裂は、水を口に含みながら瞬谷に尋ねる。
「武器とかじゃなくて生活用の魔道具とか見てみたいんだけどさ、あるかな?」
「生活用の魔道具ですか?」
「うん、出来ればなんか凄いのが良いんだけど」
「凄いの、う~ん」
生活用の魔道具も一通り造れるが、霧裂は武器防具系の魔道具ばかり造ってきたので、面白いの有るかな的な軽い気持ちで尋ねたのだが、瞬谷が何やら『凄いの、凄い、凄い魔道具……』とブツブツ呟きながら腕を組み考え込んでいる。
暫く無言で考え込んでいた瞬谷は、思い浮かんだのか、ガバッと勢い良く顔を上げた。
彼は言う。
「有りましたよ霧裂さん! 凄い魔道具! 王城の前の広場に突き刺さってる剣! 何か英雄が使ってた魔道具とかで、山斬ったり空斬ったり海斬ったり、堕神を斬ったて伝説がある今は使えない魔道具なんて」
「バカかっ」
きらきらとした目で嬉々と話す瞬谷の顔面に躊躇いも無くグーパンチ。
「いやお前バカか、俺は生活系の魔道具あるかって言ってんのに何でそんな殺傷能力バリバリMAXな魔道具薦めてくんの?」
「……すんません」
一瞬で沈む瞬谷に、言い過ぎたと謝り、立ち上がる。
「そんじゃま、俺寝るわ」
「あ、分かりました。お休みなさい」
「ん、お休み」
パタパタと手を振り階段を上がっていく。何やらばたばたとサリアナの部屋から音がしたので一瞬警戒したが、どうやらサリアナ本人らしい。ま、どうでも良いかと軽く頭を振りながら部屋に入り、ベッドに横になった。
◆ ◆ ◆
とある小国の城。
森の中に築き上げた小さな城の寝室で、一組の男女が生まれたままの姿で絡み合っていた。荒い息を吐きながら、乱暴に腰を振る少年の相手をしているのは、片腕が無く、しかしとても美しい金髪、『紅』眼の女性。女性を良く見ると、頭と腰辺りに何かを切り取られた後があった。まるで亜人の耳と尻尾を切り取ったような後が。
自分が気持ち良くなる事しか考えていない、少年の乱暴な腰使いに美女は一切声を漏らさない。
皮膚と皮膚がぶつかり合う音が響く寝室の中で、不意にコンコンと窓が叩かれる。腰の運動を止めそちらに少年が眼をやると、そこには三羽の小鳥が居た。
チッと軽く舌打ちをして少年は自分の一物を女性の中から引き抜き、窓へと歩く。
「何だよ、今良いとこだったのに」
ぶつぶつと文句を言いながらパチンと指を鳴らした。
直後、ぐちゃっと三羽の鳥が潰れ、一つの球体となる。これは少年の力ではない。この三羽の鳥は、生涯三羽一組で動き、何かの危機を自分達の命と引き換えに恩人などに見せる、映像鳥と呼ばれる貴重な魔物だ。
めんどくさそうに球体を覗き込んだ少年は、すぐさま目の色を変えた。
その球体には、様々な色に変わる不思議な双眸をもつ少年と、白と蒼の毛並みをした大きく美しい大狼が映っていた。少年が注目しているのは大狼のほうだ。
「おいっ! ぼくの魔物図鑑持って来い! 10秒以内だ、遅れたら殺すぞ!」
無茶苦茶な事を先程相手をしていた女性とはまた別の女性に命令する。その女性は素晴らしく早い動作で図鑑を持ってきたが、
「遅れた、代わりなんて幾らでも居るんだ。良いよ死んで」
手をパタパタと何でも無さそうに振る少年の言葉を聴き、図鑑を持ってきた女性は無表情に、自分のナイフで頭を刺し自害した。掃除しろと相手をしていた片腕が無い女性に命令し、バラバラと勢い良く図鑑のページを捲っていく。
捲っていた手をピタリと止め、開いたページは、神獣【白夜狼】のページ。
「やった、本物だ……」
グチャリと年に似合わない笑みを浮かべ、窓の外に向かって叫ぶ。
「【九結狐】、【白昼虎】、【獅子鷹】、【幻蜥蜴】、来いっ!」
現れた四体の神獣。少年はその中で【幻蜥蜴】と呼ばれる神獣の背に乗った。【幻蜥蜴】は少年を乗せ、空気中に溶ける様にその身を消した。
消えた少年の、声だけが響く。
「あはははは! やっと見つけた! 絶対ぼくの物にしてやる!」
少年が目指すのは【白夜狼】を見つけた土地、王都。