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S  作者: ぼーし
第三章 【傀儡師】編
22/62

-19- 昇り詰めるか堕ち続けるか

疲れたorz

今回は長いです、二回に分けても良いぐらい

太陽の下で出会った【邪帝】と【狂月】は互いにホンの少し目を合わせる。

しかし直ぐに興味を失ったのか背を向け再び動き出そうとする【狂月】に【邪帝】が飛び掛った。


「ドコ行くんだァ? チョット待てよ、ぎゃはははははッ!」


嗤い、どう犯してやろうかと思案しながら【邪帝】はその身に一切『力』を纏わず、素の力のみで【狂月】に近づき左腕で押し倒そうとして、刹那、身に赤黒い『闘気』を纏い振り返った【狂月】が【無月】を抜き放ち一閃、襲い掛かる左腕を肘から切り落とし下劣な笑みを浮かべる顎に膝を叩き込んだ。


ドゴッと鈍い音がして顔を後ろに跳ね上げ、血の尾を引きながら地面に倒れこんだ。起き上がり肘の先から無い自信の左腕を呆けながら見る【邪帝】を冷やかな目で見つめながら【狂月】は静かに口を開く。


「……次は殺す」


一言述べ再び背を向けようとして――――一気に膨れ上がった殺気に動きを止める。呆けていた少年を顔だけで振り返りギロリと睨みつける。

嗤っていた。腕を切り落とされた少年は嗤い、そして叫ぶ。


「何だよオイ、テメェ中々ツエーじゃねーの? 見えなかったぜ、ええオイッ!」


睨む【狂月】を真正面から見据え、今度はその身に混濁の色を纏う。反発し合うモノを無理やり1つに混ぜ混んだような混沌のオーラを。その見ているだけで吐き気を催すようなオーラを見て【狂月】が微量の驚きを含んだ疑問の声を口にする。


「……それは『闘気』なの……?」


『闘気』とは全ての人族が持ちながら、しかし発現する人族は一握りの限られた者にしか手に入れることの出来ない力。その用途は様々で、身体能力強化、武器強化、自己治癒能力強化などなど。また『闘気』は指紋のように人それぞれ違い、同じ『闘気』はなく、その特色を使い人の判別に使うこともある。


人族は『闘気』を持ち、亜人族は『魔術』を持つ。人族の持つ亜人に対する対抗手段の一つ。


目の前に居る存在が亜人に見えなかったため、身に纏っているモノを『闘気』だと【狂月】は推察したが、何かおかしいと気付く。『闘気』には人それぞれ1つの特徴があり、同じ『闘気』を持つ者は居ない筈なのに、少年から感じる『闘気』は特徴が多すぎる(・・・・)


例えば【狂月】の『闘気』の特徴はその鮮血の様な赤黒い色。カトルシアギルド長の特徴は視認出来ない無色。

しかし【邪帝】の『闘気』は火の様な赤や空の様な蒼、または鉄の様な銀など様々な特徴を持ち、混ざり合う事で混濁と言う特徴に変化していた。そうまるで幾多の『闘気』を1つにまとめた様な、そんな歪さを感じる。


【狂月】の問いに【邪帝】は嗤った。


「これが『闘気』がだとォ? そんなモン決まッてんだろォがよォ」


ブジュリと【邪帝】の左肘の断面から白い棒が生える。それは驚く【狂月】の目の前で、肉や脂肪、筋肉に血や神経などを纏い、綺麗な左腕となった。


「これは『闘気』だ。ただし、『一人分じャァねェけどなァ!』」


腕が生えるという現象に、唖然とし瞠目する【狂月】の目の前で【邪帝】の全身にグパァと『口』が現れた。顔に首に腕に、素肌が晒されている部分全てに口が現れ、その全ての口でぎゃはぎゃはと嗤う。同じ声色ではない。子供の様な高い声も有れば老人の様なしわがれた声も有る。男の声も女の声も、ありとあらゆる声色で嗤う。


その異様な光景に【狂月】はゆっくりと体ごと向き直る。目の前の存在を敵と認識したがために。


『ギャハハハハハッ! どうだァ? ビビッたかァ、オモシレェだろ。これが俺の「力」だ』


ギラギラとした目で【狂月】を睨む。


『俺の「力」は魂を喰らう(コレクトする)事。知ッてるかァ? 魂ッてのは生命力と情報のカタマリなんだよォ。俺がしてんのは今既に喰らった(コレクトした)魂の情報を読み取り、生命力を原料にこの身に再現するッつー簡単な作業だ』


全身の口で喋りながら一歩一歩と近づく。その生理的悪寒を感じさせる姿に【狂月】は――――嗤った。


「アハハハハハハハハハッ!」


突如今まで無表情だった少女が大きく嗤い出す。冷たい能面の様な顔には狂喜の笑みが張り付いていた。

【邪帝】は僅かに目を見開く。少女もまた狂気を纏う同類だからこそ分かる、少女の表情はただ純粋な歓喜。死がすぐ隣に感じられるこの状況を心の底から楽しんでいた。異様な光景、異端異常異質異色、狂気の沙汰。


一体どのような人生を歩めば人はここまで壊れ、歪むのか。【邪帝】も似たようなものだが、【狂月】とは違う。五十歩百歩の差だが違う物は違うのだ。だからこそ驚く。自身の悲劇も決して軽い物ではない、しかし目の前に居る少女は自身の悲劇よりも遥かに重い悲劇を背負っている事が分かったから。


しかし、【邪帝】は躊躇わない。


たとえ目の前に想像も出来ない悲劇を背負った者が居るとしても、だからどうしたと踏みにじる事の出来る者、それが【邪帝】なのだから。

他人の気持ちなど、思いなど一切考えず、考慮せずただ只管に我が道を行く。

だからこそ【邪帝】は『魂を喰らう』と言う生物を根本から消滅させる様な非人道的な行為も躊躇わない。【邪帝】の行動は全て自身の為、自己中心的、己の欲望に忠実に、殺戮を繰り返す。


ゴバァッと【邪帝】の背から爆発的に広がるのは、腕。数百、数千の腕が【邪帝】の背から展開される。全てが背から生えている訳ではない。背から生えた腕から再び腕が生えている。重なり合った長さ10m太さ2mの巨大な腕の束は、全て同じ腕ではなかった。子供の腕だったり、老人の腕だったり、男だったり女だったり、様々な腕をその背に背負った【邪帝】は高らかに嗤う。


『ぎゃはははは! スゲェだろ、これが俺の力だ! これが【魂肉吸収(ソウルコレクター)】だ! 今まで喰らった(コレクトした)魂は一万二千! そしてその中で『闘気』を操る事のできるのは凡そ千三百!』


ズァと【邪帝】の全身を混濁の『闘気』が覆い尽くす。千三百もの『闘気』を圧縮し強引に1つに押し固める。反発する『闘気』は足し算ではなく掛け算で膨れ上がり、容易く【狂月】の『闘気』を上回った。


今まで【狂月】は化物、怪物と呼ばれる生物を何体も見てきて、そして自身も化物と呼ばれた。昨夜戦ったあの少年も化物に分類されるだろう。

だが、【狂月】は見た事が無かった。

目の前の生物より、『化物』と言う二文字が合う生物を。


『クラッて見るかァ? 千三百人分の『闘気』ッてヤツをよォ!!』


ボバッと凄まじい『闘気』を纏った腕が【狂月】に殺到する。地面を割り、余波で木々を吹き飛ばす。圧倒的暴力の嵐は、しかし【狂月】の体を肉片に帰す事無く、それどころか一度たりともカスリもしなかった。


「……確かに凄い、私の『闘気』を圧倒してる。でもダメ、ムラが多すぎる」


興ざめだとでも言いたそうに【邪帝】を睨もうとして、先程までいた場所に姿が無い事に気付いた。どこにと慌てて探そうとして、【邪帝】の声が【狂月】の鼓膜を叩いた。至近距離で。


『ムラ何てどーでもイイんだよォ。全て「力」で潰せばイイ』


ボッと空気が破裂させながら、身に纏う全ての『闘気』を込めた右手を【狂月】叩き込む。ワンテンポ反応が遅れた【狂月】は回避を諦め、此方も全ての『闘気』を込めた右腕で身を守る。ゴガッと生身の殴り合いでは有り得ない音と共に生み出された衝撃波が周囲の風景を瞬く間に変えていった。


桁外れの力は【狂月】の右腕の骨を粉砕し衝撃で【無月】を落としたが、それだけ。【邪帝】が考えていた肉片や死体になるどころか、


「言ったはず、ムラが有り過ぎる。アハハハハハハハッ!」


その顔に浮かぶのは笑み。使い物にならない右腕を気にする事無く、左の【緋月】を横薙ぎに、【邪帝】の首目掛けて振るう。ズァと風を切り裂きながら進む死の刃を【邪帝】は身を屈めて避け、続けざまに襲い掛かる右の前蹴りを後ろに飛んで躱す。追撃は終わらず、右足を戻す事無くそのまま踏み込み腰を回転させながら、【緋月】で空間を抉るように突き刺す。


『ぐォアァッ!』


【邪帝】は足が地面に付くなりすぐさま、再度後方へ飛ぶ。何故この女は攻撃できる? 頭の中はパニックだ。『闘気』の総量は圧倒していたのは間違いない。だが千三百人と一人の『闘気』が真正面からぶつかり合って右腕一本を奪っただけ? 

それはおかしい。ありえない。理解できない。怒涛の剣撃を躱しながら、背から伸びる『闘気』を纏った全ての腕で【狂月】に殴りかかるが、その全てが躱され、いなされ、切り落とされる。

ふと目の前の少女の言葉が頭を掠める。


『ムラが有り過ぎる』


確かに【邪帝】の『闘気』の使い方は独学だ。ただ【魂肉吸収(ソウルコレクター)】により得た『闘気』を勘で使っているだけ。実際に『闘気』を使い慣れた者と戦えば押し負ける事もわかっていた。だがそれを補うために千三百人分の『闘気』を使っているのだ。それなのに、このザマは何だ? たった右腕一本を奪っただけで、今は完全に押されている。


『舐めんじゃ、ねーぞォッ!』


吼える。

ズルズルと背にある腕を消し、腕に回していた『闘気』を身に纏う。怒りで今まで把握仕切れなかった『闘気』を無理やり掌握する。圧倒的『力』をさらにそれを超える『力』で強制的に操ろうとする。膨れ上がる『闘気』を感じながら、狂気の笑みを浮かべる少女に混濁の尾を引きながら全力で激突した。音が消え、地を亀裂が走り、生み出された衝撃波が周囲に撒き散らされる。


【邪帝】の全力の一撃を受けた【狂月】は後方へ吹き飛ばされる。しかし【邪帝】の顔に笑みは戻らない。明らかに威力の上がった右拳に衝撃をいなされた感触が残っていた。今の一撃でさほどのダメージを受けていないと分かり、【邪帝】は両足に力を込め再び【狂月】へ一気に接近する。


「アハハハハハハ! アナタも面白いッ!」


ズダァンと地面を破壊しながら迫る【邪帝】に【狂月】もまた肉迫する。一撃必殺へと昇華した【邪帝】の乱打を紙一重で避けながら緋色の剣線を走らせる。


戦いの中で『闘気』の使い方を習得していく【邪帝】に笑みを濃くさせるも右腕の使えない【狂月】の圧倒的不利は変わらず、そして現在互角であれば、着々と恐るべき速さで力を付ける【邪帝】との拮抗が崩されるのも時間の問題だった。


そして太陽が真上を通過した時、拮抗が――――崩れた。


一瞬。

今まで拳がギリギリ届くか届かない程度の距離で拳を出していた【邪帝】が、ドゴンッと一歩足を踏み出した。慌てて距離を取ろうとした【狂月】を逃がさず、0距離。


『確か斬られたのは左腕だッたなァ』


静かに、冷やかな双眸で【狂月】の目を直視し、


『貰うぞ、その左腕ェッ!!』


ズダンと額がぶつかり合う距離で右手を手刀の形にし、振り上げる。ズルリと綺麗に、まるで業物の刀で斬られた様に、【狂月】の左腕が肩から切り落とされ、クルクルと宙を舞う。


勝った、と【邪帝】は思った。左腕は切り落とし、右腕の骨は粉々だ。両腕は使えず、さらに今まで不安定で、体内で勝手に暴れ、扱う事の出来なかった千三百人分の『闘気』を細部まで完璧に制御する事が出来ていた。負ける要素は何一つ無い。


達磨にして気が狂うまで犯してやる。そう考え、一瞬、刹那の瞬間追撃を止めた【邪帝】の耳に、すでに敗北者となった筈の少女の声が届いた。


「……なら、私は、首を貰う。アハハハハハハハハハハ!!」


ビシャビシャと肩口から溢れる鮮血を顔に受けながら、宙を舞う左腕から落ちた【緋月】をしっかりと口で受け止める。ぎちぎちと歯で柄を噛み締め、え? と状況を分かっていない顔で呟いた【邪帝】の細い首目掛けて、一閃。赤黒い『闘気』を纏いし死の一撃はその首を間違いなく捉え、ポーンと【邪帝】の首が宙を舞った。






ゴトリと落ちたその顔には何が何だか分からないと言った間抜けな表情が張り付いていた。全身に出来ていた口は消えビュービューと鮮血が噴出す首無しの屍は膝から崩れ落ち地面に血の池を作り始めた。


口から【緋月】を落とし、荒くなった呼吸を整え左肩の鮮血を『闘気』で止めながらその様子を見る。


「……中々、楽しめた」


それだけ口にし、くっつくかな? と思案しながら落ちた左腕を足で蹴り上げ口に咥え、地面に突き刺さっている【無月】と【緋月】を足と腰を器用に使い鞘に収めた。


背を向け走り出す前、最後に死体を一瞥した【狂月】の双眸に――――有り得ないものが映る。


立っていた。


首は無く、ダラダラと血を断面から垂れ流しながらも、その二本の足でしっかりと地面に立っていた。


「何が、一体どうして……!?」


今まで無表情か狂気の笑みしか浮かばなかった【狂月】の顔に始めて浮かぶその表情は、

恐怖。

どんな『化物』との殺し合いでも嗤って、歓喜して自ら死地へと身を投じる【狂月】が始めて、嫌、あの惨劇以来始めて恐怖した。

その事に【狂月】は気付きながら、しかし心の中で否定する。私は恐怖などしていない、と。


ぐじゅりと嫌悪感を促す音を立てながら徐々に再生していく。断面から白い骨が生え、頭蓋を成型していく。脳を作り上げ肉が張り付き、神経や血が通る。

今だ不完全な状態で【邪帝】は緩やかに口を開いた。


「ぎゃはははははッ、残念。まだ、まだまだ死なねーよォ」

「有り得ない、何で……!?」


【狂月】の恐怖を含んだ問いに【邪帝】は笑みを濃くする。狂気を染み込ませる。


「言ッただろォ? 魂ィは生命力と情報のカタマリだッてなァ。これは俺の魂の情報を読み取り、喰らった(コレクトした)魂の生命力を使ッて再現してるだけだ、簡単だろォ?」

「確かに死んだはず! 生きている間に「力」を使ったなら兎も角死んだ状態で「力」を使うなんて」


【狂月】の言葉に被せるように吼える。


「ギャハハハハヒハハハハハハハッ!! それが出来んのが俺の【魂肉吸収(ソウルコレクター)】なんだよッ!」


ヒッと短く悲鳴を上げながらも、体を震えを押さえ込み腰を左右に振り、反動で【無月】を折れた右腕と腋で挟み口で【緋月】を咥え込む。ギロリと睨み付けた【邪帝】の顔には、余裕の笑みが。


「たくッ、この女はどれだけ俺を喜ばせんダヨォ。最高だ、サイコーの表情だゼェ。オイッ――――絶望したか?」

「うググぐううううううううウウウウウウウッ!!」


ギチリと歯を食いしばり恐怖を振り払うように唸り、【邪帝】目掛けて突っ込む。

悠然と、余裕の表情で待ち受ける【邪帝】は向かい入れる様に両腕を広げ、狂気で嗤う。




ズドンッと轟音が炸裂した。

地響きが鳴り響き、赤黒い尾を引く黒と緋の剣線が踊る。

衝撃波を撒き散らし、反発しあう混濁の拳が走る。

幾多の剣と拳を交え、太陽がその身を隠す頃。

【邪帝】と【狂月】、狂人と狂人の勝負が決した。



◆ ◆ ◆



太陽が姿を消し、月が姿を現す。

つい先程まで鳴り響いていた轟音が消え、夜の静寂が訪れる。

月明かりが照らす崖の上に、二人の人が居た。


片や地に伏せ、右腕は可笑しな方向を向き、左腕は存在しない。両足も膝から折れ曲がっていた。美貌や銀の髪は血で濡れ、その双眸は焦点が合っていない。薄く呼吸をしている事から生きている事が分かるが、既に虫の息、半死半生だった。


そしてもう片方はそんな少女の足下に立ち見下ろしていた。

額に突き刺さった黒き剣を抜きながら。

ズルと黒剣を抜きさった少年は、常人なら死んでいるであろう傷を受けてなお、死と言う物が一切近づいていない。


「ッち、粘りやがッて。六回死んだぞ」


だがと口を閉じ、グチャリと顔を歪めた。


「もう終わり見てーだなァ。くくくく、たっぷり犯してやるよォ」


少女が抵抗できない事は百も承知。四肢を奪われ、意識があるかも定かではない少女に、死ぬんじゃねェぞォと下種な笑みを浮かべながら左腕を伸ばし――――ゾァと悪寒が背筋を駆け上った。


頭では考えず殆ど反射で一歩下がった【邪帝】目掛けて――――意識を失っていると思っていた【狂月】が飛び上がった。

四肢は使えない。武器は持てず、満身創痍の状態で一体何をしようと言うのか。

【狂月】は全身の、全ての『闘気』をただ一点に集中させる。

それは、歯。

人体で最も硬い部分。

四肢が使えない【狂月】に残された、最後の武器。


全ての『闘気』を纏わせた歯で、ガブリと【邪帝】の左手首に喰らい付く。皮膚を裂き、肉を千切り、骨を噛み砕く。ぼとりと【邪帝】の左手が地面に落ちた。剣で斬られたりするのではなく、無理やり噛み千切られる。そのあまりの痛みに【邪帝】は絶叫した。


「あ、があああああああァァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」


泡を吹き、目の前が明滅を繰り返す。暗転する視界の中【邪帝】は喚く。


「クソがクソがクソがァ! 殺すッ、千切ッて磨り潰してグチャグチャに殺してやるォあああああああああああ!!」


咆哮し、血走った目で【狂月】の姿を探す――――が、居ない。どこにも居ない。消えていた。ご丁寧に武器と一緒に。

逃げた。逃げられた。その事に気付き、脳が沸騰する。


「ちくしョォォォォォがァああああああああああああッ!! 逃げやがった、あのクソアマァアアアアアアアアアッ!!」


逃げた場所など考えるまでも無い。四肢は確かに砕いたのだ。崖の下、恐らく痛みで喚いている隙に崖から飛び降りたのだろう。それなら、行って殺せば良い。今度こそ、確実に。


怒りで安定しない頭を、気持ちを落ち着かせ、冷やす。大きく息を吐き出し、一歩を踏み出した。犯すのではない、殺すのだ。死よりも恐ろしい絶望を見せて。


そう心を決めて、崖から飛び降りようとした【邪帝】に、背後から声をかける者が居た。

足首まである長い銀色の髪をなびかせ、白いワンピースを着ている小さな幼女。ふわふわと宙に浮かび、その顔に年に合わない邪悪な笑みを浮かべながら、【邪帝】に言葉を投げかける。


「ヤッホー、久し振りだね【邪帝】君♪ 随分とこの一年暴れてくれちゃって、君は最高だね!」

「ッ!? テメェは……」


バッと振り返り声をかけた幼女の姿を確認した【邪帝】はその目を見開く。


「確か神だッたかァ? 俺に何のようだ」

「いやーちょっとご褒美を上げようと思ってね」


そう言って神は右手に持った紙束を【邪帝】に見せる。32枚の紙を丸めて一つの紐で縛ってある。それを【邪帝】に見せながら神は嗤う。【邪帝】や【狂月】とは比べ物にならない、壊れた笑みを浮かべる。


「力、欲しいでしょ? これに他の『転生者』の情報が載ってる。最新情報に時たま更新されるから、『転生者』達の様子が良く分かる優れもの」

「まて、『他の転生者』だと?」


驚いて言葉の途中で問いかけるが、嫌な顔一つせず、それどころか楽しそうな顔で真実を言う。


「そう、他の『転生者』。『転生者』は【邪帝】君を含めて33人だよ」

「テメェ、間違って殺した云々は嘘だな?」


その楽しそうな様子にずっと気に掛かっていた事を【邪帝】は聞いた。それに対する神の答えは、


「当たり前じゃん、私は創造神だぞ? 全知全能の私に間違いなんてある訳がない」


一切躊躇せずハッキリと言い切った。お前は私が殺した、と。

【邪帝】はその狂った創造神に、グチャリと笑みを浮かべた。


「中々イイ趣味してんじャねーか」

「ありがとう、それはともかくコレ欲しい?」

「……それが俺の力を上げるのにどう関わんだよ」


ずいと差し出される紙束を一瞥して問う。


「『転生者』達には当然全員にチートを与えてる。そのチートは私の力なんだよ、分かる? 『転生者』達はその魂に情報と生命力と、神の力を宿している。この意味分かるよね? 他の魂とは別格だよ」


【邪帝】のチートは【魂肉吸収(ソウルコレクター)】。魂を喰らう(コレクトする)事。そして『転生者』の魂を喰らう(コレクトする)という事は、神の力をその身に取り込むことと同意。


どうするのと創造神は嗤いながら聞く。

要るのか要らないのか。

どっちなの、とさながら悪魔のように。

悪魔が契約書を振り翳すように。


「クカッ、面白れェ」


【邪帝】は静かに崖に背を向け一歩踏み出す。

今なら容易く崖の下に居るであろう少女を殺せるだろう。しかし彼はそれを許さない。

今度こそ圧倒的な力で捻じ伏せる為に。

その為なら何だってやろう。それこそ悪魔と契約する事さえも。



答えなどとうに決まっていた。



◆ ◆ ◆



崖の下。【邪帝】から逃れるためにその身を自ら投げたセレーネは薄く息を吐きながら周りを見渡す。どうやら木の上に落ちた様で新たに傷を負った事も無ければ魔物も居ない。


(全力で回復に当たっても、動ける事になるには一日はかかりそう)


そう判断し、【邪帝】が降りてこない事を祈りながら『闘気』を使って治癒しようとしたセレーネの耳に女性の声が届いた。


「ニャハハハハ、びっくりニャ! これが今噂の落下型ヒロインニャのか!?」


ハイテンションで笑っているのは、頭に猫の耳がある事から亜人だろうとセレーネは思った。胸と下に僅かばかりの金属を身に着けたその防具は所謂ビキニアーマーと言うヤツだろう。猫耳が動いてないような気もするがそれよりも、胸の二つの爆弾を惜しげもなくさらし揺らす姿に、セレーネはペッタンコの胸と比べ、イラッと目が釣りあがるのを感じた。


「……誰、アナタ。用がないなら消えろ」

「ニャハウ、ニャかニャか重い一撃なのニャ。言葉の暴力は止めて欲しいニャ。ちなみにミーの名前はネコニャ」


セレーネの言葉に対して堪えた様子も無い。あいも変わらずニャハニャハ笑いながら、倒れこむセレーネを抱きかかえ、落ちてあった【無月】と【緋月】を拾う。お姫様抱っこの体勢のセレーネは体に『闘気』を纏いながらネコと名乗った女性を睨み付けた。


「……一体何のつもり?」

「助けてあげるから文句は言わないで欲しいニャ。あとありがた迷惑とか言われても構わず助けるのでそのつもりで」

「……アナタ亜人でしょ? 良いの? 私は人族、私を助けたりしたらアナタやアナタの仲間を殺すかも」


薄っすらと笑いながら、殺気を放つ。その殺気は今言った事が本当に出来るという証明にもなった。

しかしネコは全く慌てず、にこやかに笑いながら――――同程度の殺気を放つ。


「ミーをニャめちゃダメニャ。もしそんな事するようであれば、ミーがきっちり天国へ送ってあげるニャ」


そう言って、ネコは走り出した。その速度は十分人外といえるスピードで、しかし一切苦に思っていないことが表情から読み取れる。一体どこに向かっているのかセレーネは分からなかったが、顔に浮かぶ笑みを濃くした。


【邪帝】との戦いが流石に堪えたのか、意識が闇に沈むのを止められない。


セレーネは思う。

一先ず体を休めよう。万全の状態じゃないと彼には勝てない。

体を休めて、元に戻ったら彼を探し出して戦おう。

その後にあの忌々しい化物を殺そう。


限界だったのか、セレーネはゆっくりと腕の中で目を閉じた。

絶対に見つけ出す。オーマ=キリサキ。

静かに心を燃やしながら。

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