-18- 月夜に嗤う悪魔と狂人は太陽の下で
※グロ注意
太陽が顔を出した頃、カトルシアのギルド長の執務室で2人の男女が向かい合って座って居た。片方はその美しい銀色の髪をポニーテールにし後ろに垂らし、黒いコートに身を包んだ少女セレーネ。一見無傷に見えるが、良く見るとコートの隙間から白い包帯が見え隠れしており、何時もは荒れ狂う力強い『闘気』も僅かに明滅していることから本調子ではない事が伺える。
対する男のほうは、全身を筋肉の鎧で覆い頭はスキンヘッド。全身から漲る『闘気』が執務室を充満していた。この男こそカトルシアギルド長。ギルド長は今朝セレーネが目覚めたと言う報告を受け、一体何があったのかセレーネからも聞こうとしていたのだが。
「話せと言っているのが分からんかっ!」
「……アナタに話す事など何一つ無い」
部屋を揺らす怒号に、セレーネは冷たい目でギルド長を射抜くだけで一切口を割ろうとはしなかった。ギルド長は疲れた様に大きく息を吐き出す。
「これは意図的な情報の隠蔽となるが、そうなったらどうなるか分かっているのだろうな」
ギルドに組するのだから当然ルールが存在し、情報の意図的な隠蔽ともなれば罰金及び罰則が発生する。ギルド長はそれを振り翳すがセレーネは平然と言い捨てる。
「……だから? 彼は私の物、手出しは許さない」
先程から何度も聞いた同じ言葉。冷たく、感情など一切排除したようなセレーネの声色にとうとうギルド長の我慢の限界が訪れた。
「貴様……好い加減言ったらどうだ! 貴様は一度敗北している、SS級が負けると言うのがどういう事態か分かっているのか! 国家1つが傾くやも知れぬ化物だぞ! さっさと情報を吐き貴様はこの件から手を引け! 他のSS級に依頼として発表するなり【勇者】や【剣聖】に――――」
そこから先は言葉にならなかった。唐突にギルド長の言葉が途切れ、直後黒と緋の剣線が室内を踊る。一瞬の出来事。室内を満たしていた『闘気』が消え、代わりに別の『闘気』が執務室を満たす。今まで感情の無い顔で座っていたセレーネは両手に血に濡れた【無月】と【緋月】を持ち、足下にある細切れの血肉を狂気の双眸で見下ろしていた。
「……何度も言ったはず、彼は私の物だと」
物言わぬ肉片となったギルド長に吐き捨てながら、右の【無月】を無造作に振るう。ザックリと【無月】によって執務室の壁が斬られ、太陽の光が入ってくる。異常に気付いたギルド職員が駆けつける前にセレーネは執務室を飛び出し、カトルシアの街並みを森に向かって駆け抜けた。
◆ ◆ ◆
とある森の中にある1つの村。
そこは王都に続く道のそばにある事から、良く旅人や商人、冒険者の憩いの場となっていた。来るもの拒まずの姿勢で、盗賊なども追い出したりはしないが問題が起こったことは一度も無い。何故ならその村には屈強な村人が数人存在し、さらに村長は元S級冒険者。引退した身といえどあいも変わらず人外、盗賊如きが敵う相手ではなかった。
そんな平和な村は何時もの如く大した警戒もせず、ある日1人の男を招きいれた。その男は黒髪黒目と珍しい風貌をした、17歳程度の少年。身軽な格好で服は見たことも無い上質な物から貴族だと村人は初め疑ったが、その気さくな態度により村人の心を開き瞬く間に村に溶け込んだ。
少年が村に滞在し始めて1ヶ月。既に村人同然のように村での位置を確保していた少年は1人の村人と一緒に釣りに来ていた。何時ものように笑い、話し、冗談を言い合う。2人は年が近い事もあり親友の様な関係だった。村人も少年の事を親友だと信じており、村での生活で時たま一緒に夕飯を食べる事だってある。親友でなければ兄弟だ。それだけ近い間柄だった。そんな楽しい釣りも終わりに近づいた夕暮れ。少年は当然、唐突に、何の前触れも無く、ポツリと呟いた。
「飽きたな」
小さな声で呟かれたその言葉に釣りは飽きたのかなと村人は考え、ならそろそろ帰ろうかと提案を出そうとして肩に手を置き――――消えた。先程まで有った肘から先が存在していなかった。痛みは無い。脳がまだ事態を把握し切れていない。迸る鮮血にその顔を濡らしながら呆然と自身の腕があった場所を見つめる村人。
ブチブチと何かが千切れる音がした。
次に見たのは空。太陽が顔を隠し、血の色に染める夕暮れ時の赤い朱い空。立ち上がろうとしたが足に力が入らない。否、それは違う。足の感覚が消えていた。彼は先程の音が自身の足が千切れた音だと漸く気付いた。どうして? そんな疑問が頭を過ぎるよりも早く、上ってくるのは激痛。その今まで感じた事の無い痛みに神経が焼ききれるような感覚と共に堪らず絶叫。
「ぎ、がァああアアアああァァああアぁああアアああああ!!?」
訳が分からない。ただ痛い。喉が張り裂けるような声を発しながら、上ってくる痛みに意識が明滅を繰り返す。
その時ふいに村人の目が何かを捕らえた。意識が途切れ途切れの村人が捕らえたのは、あの少年の姿。親友の様に、兄弟の様に思っていた少年は、手に何かを持って冷たい目で見下ろしていた。持っていたのは腕と足。断面から血が吹き出て、地面に染み渡っている。その手や足に彼は見覚えがあった。17年間共に過ごしてきた自身の腕と足だった。
それを見ても村人は分からない。痛みで思考回路が正しく機能していなかった。今はただ助けて欲しかった。少年に、見下ろしてるんじゃなくて、村の誰かに助けを求めるなりして助けて欲しかった。その思いは言葉には成らない。口からは意味を持たない獣の様な絶叫が出るだけ。だから目で助けを求めた。少年ならきっと気付いてくれると信じて。
――助けてっ! 助けてっ! 助けてっ!
――動いてよ! 僕を見てるんじゃなくて如何にかしてくれよ!
――頼むよ! 分かってるんだろっ!? 気付いてるんだろっ!?
――何とかしてくれよ! 助けてくれよ! 助けを呼んで来てくれよ!
――頼むからっ! 僕を見るんじゃなくて行動してくれっ!!
だが動かない。何も言わず、淡々と、冷たい双眸で村人を見つめるだけ。それでも村人は助けを求めた。こんな状態になっても少年を信じ続けて。
空を血の色で染め上げた太陽は姿を隠し、月が暗闇のなか浮かんでいた。
あれだけ溢れ出ていた血は止まり、地面に血の池を作っっていた。その中に横たわっている村人の口から絶叫は無い。声を発する事などとうの昔に出来なくなっていた。痛みは無い。何も感じなかった。地面の冷たさも血の暖かさも。それでも村人は生きていた。ただただ少年に助けを求め続けていた。信じて信じて。
そんな中、ジッと村人を見つめ続けていた少年は初めて行動に移る。手に持っていた肉を落とし血の中に沈む村人へと身を屈め、右手を村人の左胸、心臓の真上へ乗せる。
――助けてくれる!
漸く助かると信じた村人は安心したように瞳を閉じようとして少年の声を聞く。今まで聴いたことも無いような冷たい冷たい無の声を。
「そろそろだな」
一言。そう言って村人の顔を覗き込む。彼が見たのは狂った様な笑みを浮かべる少年の顔。少年は言う。
「中々イイ断末魔だったぜェ。さよなら村人A」
その時ようやく分かった。自身の手足を千切ったのは親友の様に、兄弟の様に思っていた目の前の少年だと言う事に。信じて見つめ続けた村人の双眸が歪む。恐怖に震える。そんな村人を見て少年は手をかざした。その手から生み出されるのは闇。夜の闇をも塗りつぶす、無の色。最後に彼が見たのは自身を覆い尽くす果てしなく暗い闇だった。
村人を覆い尽くした闇は収束して、小さな球体になる。少年の肉体は存在していない。その球体は少年の顔の前に来る。その中には小さな青い炎が1つ。まるで魂の様な火の玉が浮いていた。
唇を舐め、パックリと口を開ける。そして喰らった。青い火の玉を闇の球体ごとその身に取り込んだ。
「あーうめェ。やっぱサイコーだねェ魂ッてのはよォ」
くくくくと笑いながらその場を後にする。向かう先は1ヶ月滞在した村人の故郷だ。
「ん、アイツは一緒じゃないのか?」
村の入り口で警備をしていた男は帰ってきた少年に尋ねる。
その問いに少年は顔を歪めた。とても楽しそうに。
「アァ? 何言ッちャッてんですかァー? 居るだろうがよォ、ヒャハッ、俺の中にィ!」
は? と呆ける男に少年は黒く混濁の色を纏いし右腕を振るう。パンッ! と男の下半身が吹き飛んだ。男が絶命する瞬間、目にしたのは夜とは違う闇の色。
「何だ! どうした!」
「ヒャッハァ! ゾロゾロ集まッてくれちャッてェ、ユートーセーだなオイ!」
ゴバァッと集まった村人達が左へ吹き飛ぶ。民家を薙ぎ倒し、皆が一様に何が起こったか把握できずに地に伏せる。そんな村人へ悪魔は一歩一歩歩を進める。
「ぎゃはははは! 皆サマお集まり頂き誠にゴクローサマでしたッてかァ? ご褒美くれてやるよ、誰が一番初めがイーンだァ?」
ボバッと地面を砕き高速で少年に接近するのは元S級冒険者の村長。右手をギリギリと力強く握り締め老いても劣ろう事の無い『闘気』を纏わせ、少年の顔面目掛けて全力で振りぬく。大抵の生き物を一撃で粉砕できるその右拳は、しかし少年の右腕によってアッサリと止められた。
「なっ!?」
「ンンー、決まりだ。テメェにくれてやるよ。良かったじゃねーか、一番だぜェ。喜べよ! ぎゃはははハははあははヒャはははギャハハハハハハハハッ!!」
グチャリと肉が潰れる音がした。
そして始まるのは圧倒的な力による蹂躙。
平和な村が一夜にして地獄へと姿を変える。
村人達は逃げ惑い、許しを請う。その顔を涙で濡らし助けを求める。
死にたくないと言う一心で。
しかし悪魔はただ笑う。
「クヒヒヒヒ、ギャハハハハハハハハッ!! イイぜェ、サイコーだオマエ等ァ! 逃げ惑え、命乞いをしろォ、思考を止めるなァ! 俺の目の前でェ――――――絶望しろ」
――ヒァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!
地獄はまだ、始まったばかり。
◆ ◆ ◆
日が昇る。太陽が照らすのは平和な村の残骸。建物は崩れ、地が割れ、血肉が地面に染み渡る。しかし死体は1つも無い。ただそこにある死臭が地獄があったのを物語るだけ。
その村から少し離れた崖の上。そこに立ち村を見下ろすのはあの少年だった。満足そうに唇を舐め冷たい目で見下ろしていた。次のターゲットを決めようと足を動かそうとしたところで、1つの気配を捉える。高速で動く気配は瞬く間に少年の居る崖へと辿りついた。その気配へと少年は目を向ける。
少女だった。整った顔立ちに太陽の光で輝く銀色の髪をポニーテールにして後ろに垂らしている。美しい少女。少年はグチャリと顔を歪める。あの村には目ぼしい女は居なかった。発散されなかった少年のムスコはギンギンだ。
「イイ女じゃねーかァ、全くツイてるぜ今日はよォ」
「……アナタ誰?」
少年、二つ名を【邪帝】と言う。
少女、二つ名を【狂月】と言う。
【邪帝】と【狂月】。稀代の狂人としてその名を知らしめる二人は太陽が燦燦と輝く下で――――邂逅した。
ハッチャケ過ぎた。後悔しかないorz
どちらが勝つとかまだ全然考えてない.でも一応次で終わる予定。
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