-16- 金持ちヒャッホー!
王貨=百万から王貨=千万に変更
太陽が真上から燦燦と照らす昼下がりの王都。その王都の4つの出入り口の1つ、そこに3つの影有った。
「着ーいーた――――――! いやーはっはっはっはー、テンション上がるな!」
うっひゃーと両手を広げ歓喜を露にしているのは霧裂王間である。この少年、異世界転生を果たしてはや1年、未だにまともに会話した異世界人が自身の命を狙っている狂人ただ一人という残念な状態なのだ。そんな哀れな少年を温かい目で見守るのは、上下を黒で統一したラフな格好の金髪碧眼少年瞬谷、殺意の篭った目で睨み付けるのは、赤いワンピースを着た見た目人族の少女サリアナだ。
当然、亜人であるサリアナと犯罪者になっている可能性がある瞬谷は王都に入る事など出来ず、どうし様かと考えていた所へ霧裂センセーの出番である。何やら長い前置きをし、溜めに溜めてドヤ顔でドンッと何時もの白いコートから取り出したのは、光の角度で金にも銀にも見える不思議な腕輪。
当然魔道具であり、名を【化けの皮】、身に着けることによってその姿を自由に変更できる魔道具だ。これを使いサリアナは狐耳と尻尾を消し完全に人族のような姿に、瞬谷は黒髪黒眼から金髪碧眼になった。だがこれでサリアナが霧裂の事を見直したとかそう言う事は無く、逆に亜人の姿を捨て人族の姿になると言うアイデアを聞かされた時は、亜人である事に誇りを持っているサリアナは侮辱されたと感じ怒り狂った。今まで無視を決め込んできたサリアナが漸く霧裂に浴びせた言葉は罵詈雑言、呪語、暴言、罵倒の嵐。悪口雑言。
無視無視無視でこれはキツイぜと一気に霧裂のライフを削り、それでもまだ止まらない。心に修復不可能な大きな傷を負った霧裂は瞬谷がサリアナを止めるまで、陸に上げられた魚のように跳ね回っていた。そのせいで霧裂はサリアナの姿に日々怯える事となった。
「それじゃ行くぜハク」
《今度は問題起こさんようにな》
「分かってらい!」
元気良く【小さくて大きな飼育箱】に居るハクに返事をしながら門へと足を進めた。それを慌てて止め様と瞬谷が手を伸ばすがもう遅い。忘れてはいけないのが、霧裂は完全に不審者で瞬谷は犯罪者だという事だ。それをどうやって正規の手段で王都に入ろうというのか、瞬谷の【空間転移】で入れば良い物を、わざわざ門から入る事など無い。
瞬谷がハラハラしている中、霧裂は堂々と足を進め、当然の如く門番に呼び止められた。
「おいお前、身分証明書か何か無いと入れない――――」
そこで門番は言葉を止めた。門番の視線は霧裂の手に握られている物に釘付けだ。太陽の光で輝くそれは、宝石。それも20カラット程度に大きい。ゴクリと喉を鳴らして見つめる門番に、にっこりと笑いながら宝石を押し付け霧裂は言う。
「いやーすんません。俺村から出てきた田舎もんなんですよ、身分証明証なんて持ってなくて……入れませんかね?」
門番は宝石と霧裂の笑顔を交互に見て、顎に手を当て今月の給料は……などと呟く。数秒の間を置き腰から銀色の首にかける細い鎖を取り出しながら、霧裂の持っている宝石を受け取った。
「し、仕方が無い奴だ。これを付けろ、そうしたら入れてやる」
どうやらその鎖は魔道具のようで、王都に居る間場所を感知できる物らしい。受け取り直ぐにその事が分かった霧裂は場所ぐらいバレたって関係ないなと首にかけ、瞬谷達も連れであることを教え2つ同じ鎖を受け取った。その鎖を瞬谷達に渡し、さっさと行けと目で言っている門番ににっこりと笑いかけ王都に足を踏み出した。そうして門番に聞こえない位置で霧裂は言う。
「ふっ、所詮世の中金がものを言うのは異世界でも変わらんか……」
呆れた目で見てくる瞬谷達の事を気にせず霧裂はこの後どーしよっかなーとご機嫌な調子で思いを馳せている。そんな霧裂を慌てて追いながら瞬谷は問う。
「で、どうするんですか霧裂さん」
「ん? そーだなー、どーしよっか?」
完全無計画な霧裂は取り合えず金が必要だなと瞬谷に所持金を聞いたところ、
「すみません。オレ殆どギルドに預けてたから、金貨一枚と銀貨十六枚しか無いです」
と言う答えが返ってきた。それに少し間を置き、え、金貨ってどれくらいの価値あんの? と霧裂は聞き返す。霧裂が持っているのは宝石の山のみ。金貨などはあの塔には無かった。
「えっとですね、銅貨一枚が地球での十円と考えてください。で、銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚、最後に金貨百枚で王貨一枚です」
つまり銀貨一枚が円に直すと千円で、金貨が十万、王貨が千万と言う事だろうと考え、霧裂は瞬谷を驚愕の眼差しで見据える。瞬谷は現在日本円にして十一万と六千持っている事になる。それを少ないかのように言うのだ。ちなみに霧裂が地球でもっとも多く持った金額は三万である。
「お、お前、ギルドにはどれぐらい有ったんだよ……」
「うーん、これでもSS級でしたからね。王貨百枚超えた辺りから数えてません」
ダイフゴーキタァーと瞬谷から発せられる金持ちオーラにハハァーと頭を下げる霧裂。ただ残念な事に瞬谷は賞金首となっているだろうから、ギルドに預けていた金は全て差し押さえられているはずだ。その事に暫くして気付いた霧裂はガックリと項垂れる事となった。
「くそぅ。この世界の物の価値はどれ位なんだ?」
「殆ど地球と同じです。武器防具や魔道具はちょっと高めですけど」
つまりは金貨一枚でかなり持っている事となるが、霧裂は少し悩み、幾つか金貨集めたら量産出来るんじゃね? と生産チートの新たな可能性を見出す。流石に一枚しかない金貨を失敗の可能性がある量産化を試そうとは思えない。幸い霧裂には宝石がザックザックあるので、それを売れば良いかと宝石を買い取ってくれる店を探す事にした。
「俺この宝石売ってくるわ。何処に買い取ってくれる店あるか知ってる?」
「あ、はい知ってます。ここから真っ直ぐ行って――――」
えーとと頭に手を当て思い出している瞬谷から話を聞き、1人で行こうと歩き出す。瞬谷も付いて行こうとしたが、そろそろサリアナの目線が本当にキツクなってきたと言う霧裂に、苦笑しながらならばと瞬谷とサリアナは宿を探してそこに居ると別行動を取る事となった。
瞬谷と分かれた後、霧裂は異世界の街並みを目が後10こ欲しいなどと言いながらキョロキョロ見渡していた。石畳の街道に両脇に並ぶ家々、活気の良い通りを歩く鎧や剣を身に着けた人々の日本ではまず見る事のできない日常がそこにはあった。
「スゲェー……」
《前を向いて歩かんとこけるぞ》
きらきらと子供のように輝かせた目で見渡す霧裂にハクが注意を促した。それをバッカじゃねーの? と霧裂が笑い飛ばした直後、やっべフラグ立てたと後悔するよりも早く、躓きべちゃっと頭から地面に叩きつけられた。その転け方は中々痛々しく、周りの人はうわぁーと言う顔をしながら見つめていた。
そんな全くの赤の他人から同情されまくっている色んな意味で哀れな霧裂は、いっでぇーと少々涙目になりながら鼻を抑えて立ち上がろうと地面に手を付く。ハクの呆れた様な声は完全無視だ。次からは気を付けようと心に決めている霧裂の目の前に、す、と細く白い女性の手が差し出された。
驚いて見上げた先には、左胸に心臓を守る金属のプレートが取り付けられ、肩口でバッサリと切り落とされた袖なしのコートを着込む1人の女性が居た。肩口で切り揃えられた黒い髪に優しそうに細められた黒い双眸、何処からどう見ても美人さんだ。
「大丈夫ですか? 立てますか?」
「――っ、すんません。ありがとうございます」
ぼーと見つめていた霧裂に首を傾げながら心配そうな声をかけた。慌てて礼を言い、差し出された手を掴み立ち上がる。立ち上がって再び注意深く見てみると、目の前の女性の方が霧裂より若干背が高く、そして背には似合わない巨大な大鎌を担いでいる。柄も刃も全てが黒く、そして禍々しい。大鎌から僅かに漏れ出す魔力がそれを魔道具だと霧裂に知らせていた。恐らく冒険者なのだろうと霧裂はあたりをつけ、大鎌に固定していた視線を女性の首の下、正確には胸元に移動させる。
女性の胸をガン見するという失礼極まりない行為をした霧裂は、ふーと安心したように息を吐き出した。何故そんな事をしたのだと問いただしたくなるが、これにはしっかりとした理由があった。今まで霧裂が出会った異世界人はセレーネとサリアナのみ。そしてその2人は総じて胸元が断崖だった。まな板だった。女性としての魅力に欠けていた。まぁもしかしたらセレーネは邪魔だからと言う理由で切り落としたりしたのかもしれないが(とてもありそうで怖い)、ともかくもしかしたら異世界人って皆貧乳ー!? と最悪の事態を想像していた霧裂は目の前の大きな果実もとい巨乳に安心したという訳だ。
別に霧裂は巨乳派ではない。貧乳派でもない。
あえて言おう、どちらも正義! 巨乳があるから貧乳が輝き、貧乳があるから巨乳が輝く。2つで1つ!
それが霧裂クオリティ。
などと色々言ってはいるが、結局は初対面の女性の胸をガン見したと言う最低な事実は消えず、
「それではコレで」
「え? あ、ちょっとまって――――」
女性は最後に冷やかな視線で霧裂を射抜き、呼び止める声も聞かず身を翻して去っていった。残されたのは手を伸ばした状態で固まるおバカな少年。ハクのお前バカだろという声にさいですかと返事を返しながらせめて名前ぐらいは聞きたかったと涙し足を動かすのだった。
気を取り直し、霧裂は瞬谷に教えてもらった場所に着いた。小さな店で、上に『何でも屋』と適当さが滲み出ている看板を下げている。一瞬ここダイジョブか? と不安になるも金がないと何も始まらないぜぃと扉を開け中に入る。
「いらっしゃ――――さよーならー」
「いやいやいやいや、客だから! 売りに来たんだよ!」
『何でも屋』の名に相応しく、武器やら鎧やら服やら色々な商品が並べられている店の中に、胸元が開いた薄手の服を着込み、首にジャラジャラと幾つもアクセサリーを下げた金髪の軽薄そうな青年がカウンターに居た。青年は扉が開いた直後はにっこりと完璧な営業スマイルを浮かべたが、入ってきたのが平凡な少年だと分かるとスグサマ無表情になり手で帰れと合図する。
「客だろーが何だろーがおれっちの店は男禁制なのー」
「はぁ? お前ふざけてんの?」
「ふざけてねーし、おれっちの店に入りてーなら女になって出直して来い。男の娘もありだ、おれっちは守備範囲が広いからねー」
ホントに女になって出直してやろうかと危ない考えが頭を過ぎるが、頭をふりカウンターの前にあるイスにドカッと座り込む。
「何してんのー」
「うっさい。ホレ、これ幾らだ」
邪魔者を見るような目で睨んでくるが、霧裂は無視し何時もの白いコートのポケットから10カラット程の輝くダイヤモンドを取り出しカウンターに置いた。それを見た瞬間青年は表情を変え、下から小さな片目に付けるタイプの魔道具を取り出し、その魔道具を通して霧裂が置いたダイヤモンドを手に取り注意深く鑑定しだした。
「……これは……凄いねー」
「幾らだ」
感嘆の吐息を漏らし絶賛する青年を急かしながらどれくらい手に入んだろ? と期待に胸を膨らませる。
「そーだなー……金貨十枚でそうかなー?」
青年のその言葉に霧裂の脳が高速回転、金貨十枚=日本円で百万だと言う事を瞬時に叩き出し、ぱっくりと口を開けた。目が語っていた、そんなに良いの? と。疑惑の目で青年を見るが撤回するようなそぶりは見せない。ならば、
「売った!」
バンッとカウンターを叩き吼える。まいどありーと言う青年の言葉を聞き流しながらうひゃひゃひゃと喜ぶ霧裂は見ていなかった。僅かに弧を描いた青年の口とキラリと光った青年の双眸を。
「これで終わりかなー? まだ有るんだったら買い取るぜー」
にこにこと笑う青年の言葉に、少し悩むが金に目の眩んだ霧裂は即決で再びポケットに手を突っ込み今度は20カラットはするであろう大きなサファイヤと15カラット程の深紅のルビーを取り出した。
「買ってくれ!」
「おお、これはまた凄いねー……」
うきうきと胸を高鳴らせる霧裂に青年は笑みを濃くしながら両方を鑑定した。
「そーだなー、ルビーは金貨十四枚でサファイアは金貨八枚かなー」
「ええ!?」
何故最も大きなサファイアが最も安いのか。どーしてだよと睨み付ける霧裂にまぁまぁと手を振り説明する。
「良いかー宝石ってのはその美しさや希少性もさることながらその内部に秘められた莫大な魔力、つまり魔道具の材料として膨大な価値が付けられるんだー。で、その魔力は大きさに関係なくあらゆる宝石に秘められている訳なんだー。つまり例え小さな宝石だったとしても、その中にある魔力が岩のように大きな宝石を上回っている可能性もある訳で、だから宝石の値段は大きさでは決まらないんだー」
霧裂は青年の説明になるほどーと納得しながら頷き、金貨合計三十二枚を受け取ってまいどありーと言う青年の言葉を背にホクホク顔で店を後にした。
「それじゃ、瞬谷達の場所だ。ハク分かるな?」
《任せろ》
ハクの心強い言葉と共に霧裂は瞬谷達が待っているであろう宿屋に向かい歩き始めた。
場所は変わって宿屋『旅人の故郷』。
その一室で2人の男女が口論をしていた。片方は金髪碧眼の少年、もう片方は金髪金眼の少女。瞬谷とサリアナである。そして当然2人の口論の元凶はここには居ない霧裂についてだ。
「何でアンナ奴と一緒に居ないといけないのよ!」
「……サリィは何が嫌なんだ?」
「それは……」
大声で怒鳴っていたサリアナはその一言で口を紡ぐ。しかし言わない限り何も変わらない。
「……アイツは人族よ」
「霧裂さんは異世界人だ。この世界の、サリィの父さんを殺した人族とは違うって」
「一緒よ!」
頑なに拒もうとするサリアナに瞬谷は嘆息する。サリアナの言い分は分かる、サリアナは小さな頃自分の父を人族に殺されていた。それについ最近瞬谷の不注意で奴隷にされたばかりだ、そんな中行き成り全く知らない人と過ごせというのも酷だろう。しかし霧裂と言う強者に付いて行くと言うのは瞬谷にとってもサリアナにとっても大事な事だ。
現在瞬谷はお尋ね者になっている可能性が高く、サリアナも亜人だ。瞬谷の【空間転移】を駆使すれば暫く逃げることは可能だろうが、永遠に逃げ続けることは不可能だ。だからこそ、SS級と言う化物を倒した比較的安全そうな化物に頼るのが最も安全なのだ。最初は魔女の元に行こうかと考えた瞬谷だが、厄介ごとを抱えた瞬谷を受け入れてくれるか分からないし、何より居場所が分からない。霧裂と暫く過ごしてこの人は大丈夫そうだと瞬谷は判断したからこそ、サリアナに受け入れてもらわねばいけなかった。今のサリアナの態度ではいつ見切りを付けられるか分からないのだ。
「サリィ頼むからもう少し霧裂さんと仲良くしてくれないか?」
「イヤ」
「頼むって」
「絶対イヤよ!」
最後にそう言ってサリアナはベッドに潜ってしまった。心底疲れた顔で深く溜息を付きながら、どうしようか? と思案していると霧裂の気配が近づいてくるのに気付いた。一先ず会い行くかと重い腰を上げ、部屋を出て行った。