-14- 決着!!
空気が爆ぜ、轟音が鳴り響く。
そんな死地に居る黒髪黒目の少年と狐亜人の少女は必死に逃げようと画策していた。
「(ちょっと瞬! 速く逃げましょうよ!)」
「(逃げれないんだよ! お前も見たろ?)」
「(その足に嵌ってる魔道具だけテレポートさせれば良いじゃん、瞬バカな訳?)」
「(そんなのもうやったよ! でも何かオレの体と一体化しちゃってるみたいで出来ないんだよ!)」
「(何よそれ! 見なさいよ、化物に化物に化物よ!? 生きてる心地がしないわ!)」
「(オレもだよ!)」
「(なっ、瞬も化物じゃない、何言ってんのよ!)」
「(うるせー! オレはあれだ、あれ。SS級の中でも最弱で最後捨て台詞吐きながら真っ先に死んでく奴! モブキャラかませだよ!)」
「何訳分かんない事言ってんのよ!」
「サリィ声でけーよ!」
「瞬だって声でかいじゃない!」
『何だってー!』『何よ!』と睨み合いながら怒鳴る少年少女にハクはアホかコイツ等と白い目を送る。そのまま不毛な争いを見続けても良かったのだが、何やら霧裂とセレーネと名乗った少女の戦闘に巻き込まれそうなので、しかたなく少年少女に話しかける。
《おいお前ら――――》
「何よ、ちょっと黙ってなさい。他人が口出しするんじゃないわよ、空気読みなさいよね!」
《ほう、良い度胸じゃないか小娘》
「うっさいわね、誰が小娘よ誰が…………へ?」
めんどくさそうに話しかけたハクだが、少女はハクに背を向け少年に視線を固定したまま怒鳴り返した。ビキリと何かが引きつる音を聞き、喰ってやろうかと危ない考えが頭を過ぎるが、そんな事をすれば少年から情報を聞き出すのは不可能になるだろうし、何より霧裂とケンカになるだろう。ハクは流石にそんな事で霧裂と争うつもりは無いので、必死に怒りと殺気を押し殺し少女にもう一度問いかけた。
やはりそれにもケンカ腰で怒鳴った少女だが、少女の目の前に居る少年が顔を真っ青にして少女の背後を指差したので、振り向けば。
全長2mほど、全身は真っ白な毛で覆われ、その毛の上を碧い3本線が走っている。太く力強い四肢に生えている碧い爪と口から見える巨大な牙は、冷たい氷を連想させる碧い双眸で射抜ている少女を容易く切り裂き引きちぎる事が出来るのは容易に想像できる。
そんなハクを直視し、今まで怒鳴り返していた相手が災害級だと知り、なおかつ神獣が喋っていると言う事実を確認した少女は、
「ヒィイイイイイイイイ!? キュー」
悲鳴を上げ、白目をむき泡を吹きながら後ろにバッタリと倒れてしまった。後ろに居る少年はそんな少女を受け止めようともせず、パクパクと口を動かしながらハクを指差し言う。
「喋った、オレ、頭、可笑しくなった?」
《可笑しくないぞ。オーマが造ってくれた魔道具のおかげで喋れるのだ》
ポカンと又もやアホ面をさらす少年にハクは溜息を付きながら言う。
《ここは離れた方が良いだろう。付いて来い》
「…………」
《聞こえなかったのか? 喰らうぞ》
「はい! すんませんでしたー!」
ビッシィと見事な敬礼をして気絶した少女を抱え上げながらびくびくとハクの後ろを付いていく。このままでは本当に巻き込まれるなと霧裂の戦いを見たハクはそう思い、少年の服を軽く噛み持ち上げた。
「ヒィ! 食べないで!」
《……うるさい》
左手で少女を抱え右手で口をビッターンと押さえる。そんな少年を気にする事無く、一気に駆ける。流石に少年少女に気を使って音速を超える事はないが、十分非常識な速度で疾走し、暫く行った地点で飛び上がる。
うわぁーと言う悲鳴を聞き流しながら100m近くを飛び上がり、最高高度に達したところで四肢に魔力を込めビキビキと空気中の水分を凍らせながら1つの氷の塔を造った。造り出した氷の塔の上に少年を放り、ハクは寝そべる。
「す、すげー」
《おい、小僧。俺様の質問に答えろ》
はい、何でございましょうか! と大声を張り上げる少年を見ながらもう一度匂いを嗅ぐ。
やはり、間違いない。
ハクは霧裂と一緒に暮らすに当たって霧裂からある程度の事は聞いていた。転生の事、異世界の事。最初は信じなかったハクだが、制服と言う見た事もない奇妙な服に、霧裂から匂うわずかな嗅いだ事もない匂いに、もしかしたら本当かも知れんな程度には信じていた。
そして今、完全に体をこの世界のモノで改造した霧裂からは匂わなくなっていた異世界の匂いが、わずかだが今目の前に居る少年から匂う。
霧裂と同じ様に転生か、それとも別のルートでこの世界に来たのか。それは分からないが一先ずこの少年に聞けば何か分かるだろうとハクは少年に問いかける。
《貴様、異世界人だな?》
「――ッ! 何で……」
《あそこで今戦っている奴、オーマは転生者でな》
「そう言えば、さっき『きりさきおうま』って……アイツも転生者……」
呆然と言い視線を移す。常人では姿を捕らえる事など出来ず、ただ轟音がそこに居るという証明をしているだけ。だが少年は常人ではなく、自分で何と言おうが化物、しっかりとその姿を捉える事ができた。
確かに可笑しな双眸や異形の腕を見なかったら、日本人に見えなくも無い。と言うか日本でよく見るモブ顔だ。まだ確証は無いが、もしかしたらと言う気持ちはある。目の前で戦っている少年が日本人、転生者かもしれないと考え、小さく呟いた。
――一体何人居るんだ……
それは思わず口から出た言葉だろう、しかしハクには届いていた。ハクはどう言う意味だ? と問いかけようとして逆に少年に問いかけられる。
「な、なぁアイツ何かチラチラこっち見てんだけど。加勢した方が良いんじゃないのか?」
《気にするな、オーマは落ち着きが無いのだ》
「嫌でも――――」
《良いから俺様の質問に答えろ》
有無を言わさぬ口調で睨み付けるハクに、ブルリと少年は身を震わせ、おずおずと口を開いた
「オレは――――――」
◆ ◆ ◆
音速で攻防を繰り返す霧裂とセレーネの間に火花が散る。
(ちょっとーハクさーん!? 何で氷の塔とか造っちゃってその上で寝てるんですかー!? こっち大変なんですけどー! 俺が注意を引いてる間に後ろからドズンと一発不意打ち決めちゃいなよー!!)
左腕を【純然映す】に右腕を【逆鱗騒めく】に双眸を【天より見抜く】に変更し戦っていたが、色々面倒になって来たのでハクに不意打ちしちゃいなよーとアイコンタクトを送っていたのだが、それをハクはことごとく無視、仕舞いには顔を背けてしまった。
あの糞犬がーと静かに怒りを燃やす霧裂にセレーネは【狂気に堕ちた黒い三日月】を放ち、時間差で【満月は鮮血で怪しく輝く】を放つ。
「アハハハハハハハハハハハハ!!」
「うぐぉ!」
霧裂は地を削る黒い斬撃を左腕で受け、吸収。一呼吸おいて襲い掛かる緋色の円盤に、吸収した黒き斬撃を光線に変え打ち放ち相殺した。
ドゴォと爆音が響き、黒と緋が視界を埋め尽くす中、霧裂の【天より見抜く】は直ぐに適応しセレーネの姿を捉えた。
霧裂は荒れ狂う黒と緋の魔力の渦の中を突っ込みながら右手を力強く握り締め、ぎりぎりと引き絞り、音速で右腕を振るう。ボッと魔力を打ち払い驚きに目を見開くセレーネの体に渾身の力で叩き込んだ。
「うらァ!!」
「――ッ!! ゴッバァ!!」
ゴバァと轟音が鳴りセレーネの小さな体を弾き飛ばした。それで終わらず、吐血し血の尾を引きながら地面をバウンドするセレーネに【逆鱗騒めく】の手の平にある口から放出される白き光線が追撃する。
「グッガ、ハァ、エヘヘヘヘヘヘヘハハハハハハハハハ!!」
それでも嗤い続け、地に足を付け長々と線を引きながら【無月】と【緋月】を体の前に持って行き、『闘気』を集中させた切先を軽く交差した。交差させた切先に白き光線が被弾した――――瞬間、両腕を上に振り上げ、強引に光線の向きを変更させた。
跳ね上がるように上へ向かう光線は、
「なっ!?」
丁度セレーネの上空に【紅蒼打ち抜く】を構え、振り下ろそうとしていた霧裂に被弾した。
【純然映す】を構える暇も無く直撃した一撃。しかし霧裂は無傷、呆れるほどの耐久度である。その事にセレーネは怒りを表す事無く、あきらめる事無く、より一層狂喜の笑みを濃くした。くるくると回りながら、少し離れた地面に降り立った霧裂にセレーネは嗤いながら言う。
「ウフフフフフフ、やっぱりアナタは最高」
「そりゃどうも、好い加減諦めてくんない?」
霧裂の疲れた言葉にイ・ヤ、と言葉を返し、ゆっくりと剣を下げる。そろそろ別の魔道具使うかなと考えていた霧裂はその行動に、警戒してどんな事でも対処出来る様に、【天より見抜く】を全開に見開く。霧裂とセレーネの距離は15m、しかし2人にしてみればこんな距離はあってない様なもの、目と鼻の先と言っても過言ではない。
一体何する気だ? と身構える霧裂の目の前でセレーネは身に纏っていた『闘気』を霧散させた。霧裂にセレーネが纏っていた物が『闘気』だとは知る由も無いが、それでもセレーネの人外、化物と呼べる力を支えているのはあの赤黒いオーラだろうと言うのは気付いていた。それを何故解いたのか、頭の中が『?』だらけになっている霧裂にセレーネは口を開いた。
「……見せてあげる。月夜にしか使えない私の絶対の力。月の出る夜は私の世界、【月明かりでその身を隠す】」
「おお、すごいな……」
セレーネは狂った笑い声を上げる訳ではなく、冷静に、勝利を確信したものが出せる声色でそう言った。【無月】と【緋月】が一瞬月明かりのように瞬き、そして消えた。セレーネは――速過ぎて見えなかったとかそう言う訳ではなく――その場から一歩も動かず消えた。
【月明かりでその身を隠す】。【無月】と【緋月】、2つの魔道具があって始めて使用可能なセレーネが全幅の信頼を寄せている能力。この能力は絶大で、災害級のハクですら気付かず接近を2度――最初と追われている時――許してしまった。だからこそセレーネもデメリットはあるが使ってきた。
そんな能力、彼女がSS級で居られる理由、しかしそれは、
「残念、俺には見えてる」
霧裂の造り出した【天より見抜く】には通用しなかった。唖然として声も出ないほど驚愕しているセレーネに、今度こそ【紅蒼打ち抜く】を叩き込む。そもそも霧裂は2度目の使用時僅かながら捉える事が出来ていたのだ。そして【天より見抜く】はその時の場面を覚え、学習し、適応。独りでに進化する魔道具。それが霧裂の造り出した【天より見抜く】だった。
【紅蒼打ち抜く】の直撃を受けたセレーネは吹き飛ぶ。右腕が完全に折れ曲がり可笑しな方向を向いている。セレーネは過去に2度【紅蒼打ち抜く】を叩き込まれていたがその時は額から血をを流す程度のダメージしか入らなかった。ならばなぜ今回は右腕、肋骨が折れ、右の太ももに穴が開いているのか。それは【月明かりでその身を隠す】のデメリット、【月明かりでその身を隠す】を使用中はその身に『闘気』を纏えないから。
セレーネの化物級の耐久力は莫大な『闘気』による物。完全に生身の状態だったセレーネは『闘気』を再び纏うのが遅れ、致命的なダメージを負ってしまった。
そしてこれを逃すほど霧裂も甘くはない。
「【変更・純然映す】⇒【業凍逆巻く】」
全身に『闘気』を纏いなおしたが、【月明かりでその身を隠す】が破られ心中穏やかじゃなく、パニックになり掛けた頭を落ち着かせようと、息を整えようとして――――地に着いていた両足と左手が凍りついた。
え? と凍った手足を見て何が何だか分からず周りを見て、ポカンと呆ける。
世界が、凍っていた。
薙ぎ倒された木が、抉られた地面が、全て凍りついていた。手足と一緒に凍り付いてしまったように回らない頭で、ゆっくりと視線を戦っていた少年へと移す。少年、霧裂は肩から先が全て、透き通るような氷で出来た左腕を地に押し当てていた。凍った腕ではない、氷で出来た異形の腕。
「【変更・逆鱗騒めく】⇒【業焔渦巻く】」
さらに変わる。霧裂が呟き、巨大な龍の右腕は、肩から先が全て燃え盛る焔で出来た異形の腕へと。身動きが取れず、霧裂を見ていたセレーネに霧裂は焔の右腕を向け、轟! とそこから放たれた太陽のような焔の塊が夜の森を昼間のように照らし、セレーネを飲み込んだ。
「【変更・業凍逆巻く】⇒【迅雷斬り裂く】。ダメ押し!」
そんな霧裂の声が焔の中で聞こえ、見えた天堕ちる雷で出来た不安定な左腕を振り上げ、振り下ろす姿。ドガッとその左腕から迸る落雷は光の速度で焔の渦を斬り裂き、セレーネの体を貫いた。
《中々手こずったな》
辺り一帯を吹き飛ばし凍りつかせ燃やし尽くした霧裂はたいして疲れた様子も見せず、腕を元に戻してながら口に少年少女を銜えて来たハクをギロリと睨む。
「お前がさっさと手をかしときゃもっと速く終わったのに」
《ふざけるな、お前が最初から本気で戦えば直ぐに終わっただろ》
『お前のせいだ!』『いいやお前のせいだ!』と言い合う1人と1頭を見ていた少年、瞬は戦々恐々としていた。
(ヤッベーこっえー! この人超怖えー! 最後のダメ押し絶対いらなかった、つーか強えー。もう絶対だめだよ、何だよあの腕、どんなチート貰ったんだよ)
カタカタとハクに銜えられて震える瞬。もうやだ帰りたいと静かに涙した。
不毛な争いを続ける霧裂とハク。戦んのかコラと戦闘体勢に入った所を、慌てて瞬が止め様として――――狂った笑い声が耳に届いた。霧裂も瞬もハクも皆一様にしてバカなと言う顔で、若干青い顔でセレーネが倒れ伏せている場所に視線をやる。
セレーネは地面に四肢を投げ出し、口から血を吐きながらも、熱い瞳で霧裂を見ていた。
「ウフフフフフ、アナタは……私の物…………」
最後にそれだけ言い、満足したような顔で意識を闇に沈めた。だがこれ以上ないほど顔を青くさせ、涙目で今何て言った? 何か俺物扱いされなかった? と問いかける霧裂にハクと瞬は同情の視線を送る。
ここで殺そうか? 何かそうした方が良い様な気がしてきたと本気でセレーネを殺そうとする霧裂をハクが止めた。
《オーマ、人が来る。2人だ、早く此処を離れたほうが良いだろう》
「うえ? ど、何処行くんだ? 塔に帰るか?」
《バカが、直ぐに見つかるぞ》
どうしよと本気で悩む霧裂に瞬は思いついた様に意見を述べる。一言言うだけで物凄い勇気を振り絞って。
「えっと、オレの【空間転移】で王国に行きません? 此処から離れてるしすぐですよ?」
「うーん、なら【運命の赤い糸】を付けて、これでお前は俺から離れられんぜ」
「きもい! 名前どうにかなりません?」
《どうでも良いから早くしろ》
あ、はいすぐにと泣きながら3人と1頭全員を【空間転移】、天変地異が起こった様な地にはセレーネ1人が残された。
「何だこれハ……」
「うわぁ……ど、どうなってるんですかぁ?」
霧裂達が消えた後、暫くし2人の人が姿を表した。
ジークとケートゥ。
あの後カトルシアには帰らず只管探し歩き続けていた2人は、爆音轟音そして巨大な炎の玉に雲1つ無い夜空から堕ちる落雷と言う天変地異の様な有り得ない現象に、魔王!? と慌てて来てみれば、森の中から一変荒地に横たわる1人の少女を発見した。
SS級冒険者、【狂月】セレーネだ。
人族最強の存在である【狂月】を倒すとは一体と考え脳裏に幾つかの意見が浮かぶ。
まず一番初めは【魔女】。しかし【魔女】はつい先日王国で確認されたはず。
次は【邪帝】。だがこれもやはりもし【邪帝】なら【狂月】が生きているのは可笑しいと却下。
最後は他のSS級冒険者だが、炎や雷を操るSS級冒険者など居ない。
ならばやはりとジークは全てを悟った。即ち、セレーネが魔王らしきモノと応戦、そして敗北である。
「ケートゥ、【狂月】は俺が背負ウ。カトルシアに急いで帰らなけれバ」
「え? こ、ここら辺を捜索しなくて良いんですかぁ?」
「見つけたとしても俺達では返り討ちダ」
そ、そうですねぇとケートゥは頷き、ジークがセレーネを抱えカトルシアへの道を急いだ。
こうして突如現れた【魔王】の存在はSS級冒険者【狂月】の敗北と共に全世界に轟いた。