-13- もう嫌だ何でこうなるの
音速で走る二人は瞬く間にカトルシアを後にし、森を駆け抜けていた。左手に白いコートを持ち疾走する少年を右に黒剣、左に緋剣を持った美しい少女が追う。
「ウフフフフフフフハハハハハハハハハハハハハ!! なーんーでーにーげーるーのぉぉオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!?」
テメェーが追ってくるからだよ! と叫び返そうとしたが、言葉を返すと何となくヤバイ事に成りそうなので逃げに徹する。逃げるから追う、追ってくるから逃げるの無限ループが完成していた。
《いつまで逃げる気だ?》
「塔まで! あそこは俺が作った【無敵で鏡の絶対要塞】ですぜぃ!? きっと狂った女からも俺達を守ってくれるに違いない!」
《むー、俺様にはどうしてもぶっ壊されるイメージしか浮かばんなぁ。何か超常現象とか神の奇跡とかが起こって》
「何だそれ!? お前は神ってもんを知らねーからそんな事が言えるんだ! 良いか神ってのはな、舌足らずな口調で喋って人をクシャミで殺してさらに何も無い草原に一文無し放り出す様なちんまい幼女様何だぞぅ!」
《何だそれは! 後ろの女より立ち悪くないか!?》
「ジーザス!!」
あ、はいそれは言いながら自分も思ってましたよっ! と霧裂は心の中で叫びながらも足を止めず走り続ける。実際もしこの様子を創造神が見たら笑いながら【無敵で鏡の絶対要塞】を跡形も無く消し飛ばすだろう、その方が面白いと言う理由で。まぁ幸か不幸か創造神は完全に霧裂の事を忘れているので、そんな事には成らない。
限界の速度で走っているが気持ち的にはまだまだ余裕が有るようだ。
「アハハハハハハハハ!死んでぇぇえええええええ殺してぇぇえええええええ楽のしんでぇぇええええええええええええええ!!」
「怖い! 言ってることが何もかも怖い! 何も言わなかったら可愛いのに!!」
「……可愛い……ウフフフフフフフフフフフフフフフフ」
「あるぇ!? 何か今フラグ立たなかった!?」
ヤバイよーと半泣きで走りながら打開策を探す。その時、後方で少女が動く。右に持った黒剣を振りかぶり、赤黒い『闘気』を右腕に集中させながら、音速で横薙ぎに振るう。
轟! と風が唸りを上げ振るわれた黒剣から三日月型の常闇の波動が打ち放たれる。
「プレゼントォォオオオオオオ受け取ってぇぇえええええええ! 【狂気に堕ちた黒い三日月ィィイイイイイイ】! アハハハハハハハハハハハハ!!」
「――ッ! 【変更・左腕】⇒【純然映す】!」
黒の三日月は木々を切り飛ばしながら霧裂へと向かう。ビックゥと反応した霧裂はすぐさま振り返り左腕を突き出して叫んだ。
霧裂の左腕、肘から先が変化、手が無くなった変わりに大きさ一m程の銀に輝く亀の甲羅の様なものが現れる。【純然映す】を体の前にもって行き体を膝をかかえ体を隠す。
【純然映す】に完全に体が隠れた直後、黒き三日月が飛来、直撃する。圧倒的破壊力を持ったそれは、しかし霧裂を斬り飛ばす事無く、吸収された。【純然映す】の銀の輝きが黒に侵食され、埋め尽くす。、埋め尽くす。
「勿体無くて受け取れません! お返しします!」
黒く塗りつぶされた【純然映す】が、霧裂が叫んだ瞬間、爆散。【純然映す】から10本の黒き光線が驚いて動きを止めた少女に放たれた。
「【変更・右腕】⇒【逆鱗騒めく】」
さらに霧裂は【逆鱗騒めく】と変わった右腕を少女に向け、手の平に付いている牙が生えた大きな口を開ける。そこに収束される光の渦が、
「これおまけ! アデュー」
霧裂の言葉と共に解き放たれ、闇夜を引き裂きながら少女に向かう。10の黒き光線と極太の白き光線、音速で2本の剣を操るも、10本の黒き光線の内8本を叩き落した所で抵抗空しく少女の体に被弾した。
どうだ、どうなった? と両腕を元に戻し、七色の双眸を【天より見抜く】に変え、見てみる。煙を度外視し少女の姿を確認。少女は右手で木の枝に捕まり脇や左手から血を流していたが、五体満足で――――笑っていた。ぶつぶつと口を動かしながら何かを呟いているのが見え、つい耳を傾けてしまった霧裂は直ぐに後悔する。
注意深く傾けた霧裂の耳に飛び込んできた言葉は。
「……き、気持ち良いぃ」
「ヒィ!? 何ですかこの娘!? お巡りさん変態が出現しましたぁ!!」
誰も居ない森の中で叫びながら、逃亡する霧裂。それを待ってぇぇええええええええと嗤いながら追う少女。轟音を立てながら音速の攻防を繰り返し、森の木々が吹き飛ばされる。
「自然破壊反対! と言うわけでここは落ち着いて――――」
「殺し合いぃいいいいいいいいいいいいい!!」
「違う!落ち着いて殺し合いじゃない!」
そんなのするか! と怒鳴るがキャハハハハと嗤うだけ。心底どうしよと考え、ふいに、少女の嗤い声が止まった。え? と驚き後方を見るが居ない。周りを見て、感知範囲を全開まで広げるが見つからない。
「何処行った? 諦めたか?」
《そんな訳あるか! しかし急に消えたぞ。俺様ですら気付かなかった》
木々が薙ぎ倒されスッキリした地面に降り、周囲を警戒する。【天より見抜く】で周りを見渡して、微かに何かが見えた。見えたナニカを良く見ようとした行動は、ホンの少しだけ遅かった。トンと背中に手を当てられる。
「――ッ!?」
《オーマ!!》
「……捕まえた。キャハハハハハハハハハハハ!!」
赤剣が弧を描きながら横薙ぎに振るわれる。それを両腕をクロスして止めようとするが、
「く、そ……!」
「【満月は鮮血で怪しく輝くぅうううううううううう】」
爆発。ゼロ距離で赤剣から放たれた赤き波動の渦が霧裂を飲み込み、木々を蹴散らしながら吹き飛ばした。
踏ん張りが効かず飛んだ霧裂の、ビキビキと腕が僅かに壊れる音を聞いた耳は別の、音を捉えた。
「キャッ! 何? 何なの!?」
「ぐわっ! 一体何が……」
驚愕の感情を含んだ声。痛みに堪えながら声がした方向を見ると、そこには。
あの消えた少年少女がいた。少女は耳を両手で押さえ、蹲り涙目で状況を把握しようと顔を振り、少年は右手に短剣を構え、少々顔色が悪いが飛ばされた霧裂の方を見て、
「あぁ―――――――!! あの時の怪しい奴!」
「そう言う貴方は私の大事なピュアピュアハートに消えない傷を残した鬼畜野郎ではありませんか!! オタスケー」
驚きに目を見開き指で霧裂をさしながら失礼な事を叫ぶ目の前の少年に、霧裂はよよよよと口に手を当て涙目でさながらレイプされた無垢な少女を演じきる。
「な、お前まさかオカマか!?」
「失礼な! 何処からどう見たって無垢な少女ではありませんか! またしても私のピュアハートを傷付けるおつもりで!? あー天国のお母様お父様、霧子は汚されてしまいました……」
「きもい!」
何処からどう見てもただのコーコーセーくらいの少年にしか見えない霧裂の迫真の演技に少年は顔を真っ青にして口を押さえた。
《バカな事言ってないで逃げろオーマ!》
「そうは言うけどハクさん、きっとあの狂った少女はコイツ等殺しちゃいますよ?」
ハクの言葉に演技を止め霧裂は溜息混じりにそう言った。ハクも思い当たる事が有ったのか、霧裂の言ってる事にむぅと黙る。立ち上がり見つめる方向は、クスクスと嗤いながらゆっくり近づいてくる少女。
「『開放』。ハク、ちょっと出てて」
《……わかった》
グパと霧裂の上半身の傷が広がり、【小さくて大きな飼育箱】を取り出す。その蓋を開け、そこからハクが飛び出した。突然現れたハクをポカンとアホ面で見る少年少女。そしてそんな少年を最初は厄介者を見る様な目で見ていたハクだが、少し匂いを嗅ぎ驚きに目を見開いた。
「うお! 【白夜狼】!? くっそ逃げるぞサ――――」
《逃がすなオーマ!!》
「うぇ!? わ、分かった!!」
少年の声に被せるように、ハクが聞いた者全てを震え上がらせる様な咆哮を上げた。ビックゥと体を跳ね上がらせた霧裂は逃げるんなら逃がせば良くね? と思いながらも開いた傷に手を持って行き、そこから黒い足枷を取り出した。
「……【白夜狼】を従えるなんて……やっぱりアナタは最高。ウフフフフフフ」
「サリィ!」
「う、うん!」
「に、逃がすか!」
薄気味悪い笑い声に一瞬動きが止まる霧裂だが、少女に手を伸ばす少年を見てその少年の足に持った足枷を投げつける。ガチャッ! と足枷が少年の左足を捕らえた直後、少年と少女の姿が消えた。
《おいオーマ! 俺様は捕らえろと言ったんだぞ!》
「わかってんよ、まぁ見てなって」
自信満々に胸を張る霧裂と疑問顔のハクの目の前で、先程と全く同じ場所に少年少女が突如現れた。どーなってんの? 周りを見渡す少年は再び姿を消すが、やはり同じ場所に現れる。
「どーなってんだよぉおおおお!!」
「ふ、好い加減諦めな。お前の足に付けた魔道具の名は【無駄な努力】。能力はどれだけ速く動いて遠くに離れても全く同じ速さで全く同じ動きで全く同じ場所に戻る魔道具だ。造るのは苦労したぜ」
ファサァと髪を掻き上げドヤ顔で説明する霧裂に少年はポカンと再びアホ面を晒す。そんな少年に霧裂はウフフフフと気味悪く嗤う少女に注意を向けながらハクに尋ねる。
「で? 何で捕まえたりしなきゃいけんかったんだ? 逃がしとけば俺達も逃げれたのに」
《アイツ、あの少年の方だが……》
そこでハクは少し区切り、言おうか言うまいか悩んだ様だが、覚悟を決めたように再び口を開いた。
《あの少年から少し、ホンの僅かだが、昔のお前の匂いがする》
「おい、それって……」
《あぁ、この世界にはない、異世界の匂いだ》
ハクの言葉に今度は霧裂がアホ面を晒す。確かに良く見れば日本人っぽいなと少年の顔を見て、はーと大きく息を吐き出した。これで出来てしまった、この少年少女を死なせない為にも、話を聞くためにも、狂った少女と戦う理由が。
2人を連れて逃げると言う選択肢はない。ハクは人を乗せるのを極端に嫌うのは知ってるため、霧裂が抱えて逃げると言う方法しか取れない。そんな事をすれば直ぐに捕まってしまう。あーあ、乗り物造っておけば良かったと後悔しながら少女に向き直る。
少女はその顔に狂気を張り付かせて霧裂に2本の剣を向けていた。しゃーね本気で倒すかねと心の中で吐き捨てた霧裂は、ふとそう言えば目の前にいる少女は異世界人だったなと今更なことを思い出す。霧裂が塔をでた目的は異世界人と会う事と、話をする事。いままで弓兵とか騎士っぽい奴とか居たけど、まともに話してねーなと考え、ニヤリと笑った。
今そんな時ではない事は分かっているが、戦うと覚悟を決めたせいか色々ヤケクソになっていた霧裂は当面の目的は果たさなきゃねと少女に話しかけた。
「……名前教えてよ。俺初めて異世界人と話すときはまず名前聞くって決めてたんだよね。まぁ何度か会話らしきものはしたから初めてじゃ無いけど名前なんて聞ける雰囲気じゃなかったし」
今も名前なんて聞ける雰囲気じゃないぞと言うハクの言葉を黙殺し、にこやかに話しかける。少女は少し驚いた様な顔をした後、口が裂けんばかりに広がり嗤った。
「……【狂月】セレーネ、得物は右の【無月】に左の【緋月】」
「そーかそーか。俺は霧裂王間、じゃなくてオウマ=キリサキか。得物はこの体【完全無欠殺戮人形】だ、よろしく」
セレーネは狂気の笑みを浮かべ、霧裂はにっこりと笑って自己紹介を終えた――――瞬間、互いの姿が消え失せ轟音が鳴り響いた。