-12- 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
「……見ーつけた」
え、俺のこと探してたの? 俺何もしてないよ? と心の中で言って幻想的な少女を見る。霧裂の視線をその身に受けた少女は、ほうと熱い息を吐き出し、剣身が全てを飲み込むような闇を模した様な右手に持った剣を真上に掲げ、霧裂を見つめる。
2人の目線が合った瞬間、少女の足下の屋根が壊れ、少女は下に残像を残す速度にて落下。下に居る霧裂を切り裂く様に弧を描きながら黒剣を振りぬいた。
「――はっ!!」
「どうぁ!?」
ぽかんと少女の美しい姿に見惚れていた霧裂は狂気に彩られた少女の顔を見た時点で夢から覚め、その場を後方に飛び下がる。紙一重、少女の黒剣は霧裂の前髪数本と鼻の薄皮一枚を斬り裂いて、地面に一本の深く長い斬撃の線を造り出した。
「アハッ♪」
「――ッ! まっ――――」
それで終わりではない、地に足を付けた少女は左足を前へ踏み込み、腰肩腕を捻りながら燃え盛る焔を錯覚させる赤き左の剣を霧裂の左胸、人の心臓がある場所目掛けて突き立てる。
待ってくれ! そう言おうとして、霧裂が前に突き出した左手を偶然、赤き尾を引きながら霧裂を貫かんと高速で振るわれた少女の剣が貫いた。
「イグゥ!!」
《引け、オーマ! 体勢を整えろ!》
霧裂の左腕を貫いた少女の剣は肘の辺りで止まっていた。左腕から走る激痛に咄嗟に食いしばった歯から呻き声が漏れる。だがそこで動きを止めていれば、即座に振るわれた少女の黒剣が霧裂の首を刎ねていただろう。
痛みで目の前がチカチカとしているが、ハクの声を聞き、即座に後方へと頭を下げながら下がった霧裂の頭上を、黒剣が風を切り裂きながら通り過ぎた。ゾボッと左手から赤剣が抜ける。
二歩三歩とよろめきながら下がる。どうにか体勢を整えようと、二丁の拳銃を引き抜き少女に向けるが、既に少女は動いていた。ボッと体に纏った『闘気』が膨れ上がり、一歩踏み出す。両手に持った剣をギシギシと軋むほど力強く握り締めながら、二歩目を、そして三歩目を踏み出した少女は、最高時速に達し音を置き去りにした。
音の無い世界で少女は霧裂の持った拳銃目掛けて黒剣を振るう。
「は?」
一瞬で砕け散った拳銃を見つめる間も無く、少女の蹴りが霧裂の右側頭部を捕らえ、ゴバッ! と轟音を立てて霧裂を吹っ飛ばした。そのまま10m近くをノーバンドで吹き飛び、ゴムボールの様に地面に何度も叩き付けられながら建物に突っ込んだ。
◆ ◆ ◆
「……つまらない」
楽しみにしていた相手はこんな物かとガッカリしながら建物に突っ込んだ少年の方を見る。粉塵が舞い姿は見えないが、起き上がる気配は無い。久し振りに強者と巡りあえたと思っていたのに、いざ戦って見ればまともに対応することも出来ず、抵抗らしい抵抗も出来ず、死んだ。
「……はぁ」
視線を逸らし、体の力を抜いて『闘気』を引っ込めながら、この後始末どうしよと嘆息し剣を収めようとして、気付く。少年の左腕を貫いたはずの赤剣に血が一滴も付着していない事に。掠めた黒剣にもやはり血は付いていない。
「……どう言う事?」
わからない。間違いなく少女の剣は少年の左腕を貫いたハズだ。少女は剣を通して確かに感じた。少女の剣が少年の皮膚を、肉を、脂肪を、筋肉を、骨を、血管を斬り裂き貫いた感触を。
だが少女は思い出す。あの時自身の剣が少年の血液を斬り裂いた感覚が一切無かった事を。それだけではない。少年の腕を貫いた時、左腕の神経も斬ったがその時の感触は神経を斬ったのではなく、まるで全く別のモノを斬った様な感触だった。
一体何が、そう言おうとして、口を噤む。少しばかりの驚きを携え、視線を少年が激突した建物に向ける。今だ粉塵が立ち込め姿は見えないが確実に感じた。少年の命の鼓動を。
ゾクゾクとした感覚が少女の背を駆け上る。
少年は生きていた。勝手に少女が死んだと勘違いしていただけだった。勘違いで背を向けるところだった。始まる本番、最高に楽しい殺し合いに。
「アハ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
関係ない。少年の血が何故付いていなかった等と言うのはもう全く関係ない。ただただ今はこれから始まる死合を心行くまで楽しむだけ。両手に剣を構え、血走った目で少年の方を凝視し、再び赤黒い『闘気』を立ち昇らせ、心の底から歓喜の笑い声を上げながら、駆ける。
一歩二歩三歩、最高時速に達した少女は音速の3倍の速度で疾走する。
一体どんな戦い方をするのかな?
一体どんな化物なのかな?
一体どういう風に私を楽しませてくれるのかな?
思いは膨れ、弾けて消える。でも消えない、この胸の高鳴りだけは。消えることは無い、生きるか死ぬかの興奮だけは。
さぁ、一緒に、楽しもう。
◆ ◆ ◆
少女の蹴りを受けて地面と何度もキッスをしながら霧裂は背中から建物に突っ込んだ。瓦礫に埋もれて四肢を投げ出す。
《オーマ! しっかりしろ、オーマ!》
「……聞こえてるよ、この程度で死ぬわけ無いだろ。この体を造ったのは誰だと思ってやがる」
ハクの声にぶすっとした声で返事をしながら少々曲がってしまった首を、手を使ってゴキリッと元の位置に戻す。それを【小さくて大きな飼育箱】内から見ていたハクは呆れたように言う。
《全く持って異常だな。頭部が粉砕していても可笑しくない威力だったぞ》
「ま、俺の体は頑丈に出来てるからねー」
頑丈と言うレベルを超えてるのだが、ハクも似たような感じなので何も言わない。その後コキコキと首を回したり、手や足を動かしたりして調子を確かめる。
「それにしてもスゲーな、生身で音速超えやがったぜ」
《ああ、そうだな》
グルグルと肩を回しながら言う霧裂に少しためらったがハクは言う。
《どうする? 逃げるか?》
「うーん、そーだねー……」
曖昧に返事をして少女に貫かれた左に視線を向ける。動く、壊れてはいない。だが、傷が付いていた。傷を付けられた。自身が造り上げた最高傑作に。
「……ちょぉと、お仕置きしようかな」
《はぁ、傷を付けられたくないのならそれなりの対策をすれば良いものを……》
ピクリと僅かに目を動かし何気ない口調で言った霧裂だが、ハクは怒っている事に気付き溜息混じりにそう言った。それはそれこれはこれと言いながら瓦礫を撤去し上半身を起こす。
「アハ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
さてどうしようと悩んでいたら、土煙の向こう側から少女の狂った笑い声が霧裂の耳を打った。本気で、霧裂は自身の体の性能を全力で引き出し敵を倒すと決めた。来るぞ! と警告を発するハクにわかってんよと何時も通りの返事を返しながら、小さく口を動かす。
「【変更・双眸】⇒【天より見抜く】」
言葉を言い終わると同時、霧裂の七色に輝いていた双眸が、変わる。七色の光は消え失せ黒で塗りつぶされる。黒く黒く、まるで何処までも広がる暗い夜空の様な黒一色で彩られた霧裂の双眸はまだ変化を続ける。
まるで雲が晴れて、顔を出した満月のように、黒き瞳の中心に金の瞳孔が浮かび上がった。
「変更完了。見てやるよ、この【天より見抜く】で」
ニヤリと口を歪め、限界まで大きく目を見開く。
瞬間、世界が変わった。土煙が消え、少女の姿を映し出す。少女は此方に向かって狂気の笑みを浮かべながら突っ込んでくる。その速度は目測で音速の三倍程度だろう。だが、まぁまぁだ。遅くは無いが、速くも無い。それが【天より見抜く】を通して見た霧裂の感想だった。当然だ、【天より見抜く】は全力で行使すれば光の速度ですらスローで見ることが出来るのだから。
ただ、見えるがそれに体が付いて行くとなるとそれは流石に不可能、霧裂でも光の速度では動けない。常に動くとすれば少女と同程度、つまり音速の三倍程度が限界だろう。しかし常に動くのではなく、一瞬だったら。
「ふっ!」
土煙の中を疾走し、霧裂に向けて黒剣を突き出す少女の顎に霧裂は蹴りを叩き込んだ。一瞬だけ、音速の三倍と言う無茶苦茶な速度をさらに超える。音速を遥かに超える速度の蹴りを顎に受けた少女は、天井を突き破りながら上に吹っ飛び、一気に屋根すらも突き破り宙を舞った。
そのスキに崩れ落ちる建物の中を脱出し、外に出る。落ちてくる少女を【天より見抜く】で捕らえながら何時も着ていた白いコートを脱いだ。コートの下は、ズボンは穿いているものの上半身は何も着ておらず、首の所からへそまでを一本の長い傷があった。傷跡の前に右手を持って行き呟く。
「まだまだ。『開放』」
グパと傷跡が楕円状に広がった。広がった中は、闇。五臓六腑、筋肉、肺、血管など生命を維持するのに必要な物は一切無く、ただ闇が広がっていた。
「【摘出】⇒【紅蒼打ち抜く】」
言葉と共に楕円状の穴から一本の柄が飛び出した。その柄を右手で握り締め、引き抜く。それは全長2mの巨大な槌だった。紅と蒼が入り混じった色の槌で、叩く面とは逆の面に四つの筒が付いており、叩く面には角の様な棘が幾つもあり、それで叩かれたらまず体中に穴を開け無残な死を遂げるだろう。だがそれは常人の話だ。
「テメェーはこれぐらいじゃ死なんだろ」
足に力を込め一気に飛び上がる。霧裂の足下の地面が爆ぜ凄まじい速度で、宙を舞っていた少女の元に辿り着く。行き成り此処まで来た霧裂に少女はギョッとした顔付きになり、霧裂の手に持っている得物を見て慌てて二本の剣をクロスさせガードする。
霧裂は構わず【紅蒼打ち抜く】を振りかぶり、叩く面とは逆の面に付けられた四つの筒から魔力がブーストの要領で噴出すと同時に少女をガードの上から叩き付けた。
霧裂の全力プラス四つのブーストにより、音速を超えた槌はボゴバッ! と爆音を上げ少女を叩いた。空中と言う足場の無い空間では踏ん張りが聞くはずも無く、凄まじい速度で地面に叩きつけられた少女は地にクレーターを造った。だがそれで終わりではない。
「今度はもっと全力で、【変更・右腕】⇒【逆鱗騒めく】」
霧裂の右腕が変化する。丸太のように膨れ上がり、表面を黄土色の強靭な鱗が覆い尽くす。爪も伸び巨大になり、手の平には牙が生えた口が出来る。
その見るからに今までの霧裂の腕より力強い腕で、【紅蒼打ち抜く】を握り締め再び振り上げ、地面に近づいた瞬間、ブーストで加速された【紅蒼打ち抜く】にさらに【逆鱗騒めく】の力が加わり、先程より倍以上の力で寸分変わらず少女に叩き付けた。
轟音、爆音。鼓膜が破れんばかりに鳴り響いた打撃音はその一撃の威力を語っていた。クレーターがもうワンランク巨大になり、漸く霧裂は動きを止めた。
ふーと息を吐き出し少女を見る。土煙を度外視した【天より見抜く】でクレーターの中心部を見てみるとピクリとも動かず横たわる少女。それを見た瞬間ヤッベーと言う顔になり、言う。
「死んでないだろーな…………ダイジョブだよね?」
《ああ、生きてるな》
自分でやっておいて、無茶苦茶後悔したような顔でハクに尋ねる。どうやら生きてるようでホッと胸を撫で下ろし、【紅蒼打ち抜く】を体内へ再び収納し、双眸と右腕も元に戻す。
「常に使ってたら燃費悪いからなー」
常に完全武装状態なら一週間もしない内に霧裂は行動不能になってしまう。だからこそその場その場で付け替えるのだ。断じてその方がカッコイイからなどと言うふざけた理由ではない。
「そろそろ帰るか、人が集まってくるな」
《急げ、捕まったら終わりだぞ。逃げれるとは思うが》
少しばかり――――嫌かなりやり過ぎたせいで今この瞬間にも人が続々と集まってくる。それに少し後ろ髪を引かれながら、カトルシアを出ようと歩を進めようとして、
「アハハハハハグッフ、ハァハァ。エヘヘヘヘヘヘヘハハハハハハハハハハハハ!!!」
高笑いが漸く訪れたいつもの夜の静寂を切り裂いた。まさかと顔を青くしながら振り向けば、額から流れる血を租借しながら笑う悪魔が一人。
「最ッッッッ高!! もっと、もっとぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオ!!!」
霧裂を緋色の双眸で見据えながら、銀の髪を振り乱し、何故か若干頬を上気させ叫ぶ少女。その悪夢のような光景に霧裂は戦うとかそんな選択を選べるはずも無く。
「勘弁してくれよ……」
心底疲れた声でポツリと呟き、全力で逃げ出した。
音速の三倍とかやり過ぎ?
敵が発狂(笑)