-09- 俺は犯罪者になることを決意する
感想で皆様から主人公が色々ヤバイとご指摘されたのでこれから自重していこうと思います。
不快な思いをされた方にはお詫び申し上げますm(_ _)m
カトルシアから少し離れた森の中を、すすり泣く音がこだましていた。
「うぇ、ぐっず、ひっぐ」
木に背を預け体操座りで両腕に顔を埋めて泣いている霧裂。
「俺、何も、してないのに。ぐずぐず」
鼻を啜りながらポツリポツリと先程の理不尽に対する怒りを呟く。
《泣くなオーマ。別の街に行こう、きっと間が悪かったのだ》
ハクが優しく【小さくて大きな飼育箱】内からなだめる。離れたといっても此処はまだカトルシアから近いので、万が一にも見られない為の対策だ。何度も声を掛けるが、ふるふると力なく首を振るだけで霧裂は泣き続ける。異世界人とのファーストコンタクト兼1年ぶりの人とご対面は本気の殺気をぶつけられると言う霧裂の心に大きな傷を残して終わった。
そろそろ子供かと怒鳴りつけ様かとハクは考えながら疑問に思っていた。霧裂は外見だけ見たら人だ。先程の弓兵達とそう変わらない。確かに霧裂の言い分は怪しいと言えば怪しかったが、あそこまでピリピリ警戒するような怪しさも無かった。それなのにこんないつ魔物に襲われるか分からない場所に置いとくだろうか。
何かがある。そう考え1つ思い当たる節が。
(そう言えば此処に来る途中1度視線を感じたな。あの時俺様の姿を見て街に報告したのか?)
有りうると首を振り、今だめそめそと泣く霧裂を怒鳴りつけた。
《好い加減に泣きやまんか!》
ピタリと霧裂は泣くのを止め、ふーと息を吐きながら顔を上げる。どうやら途中から嘘泣きだったようで、ハクが本気で心配するから止め様にも止められなかった様だ。ハクは呆れた様に溜息を付きながら霧裂に問う。
《それで? どうするのだ? しばらく入れないと思うぞ。別の街に行くか?》
「ふっ、ハクよ。この俺がそう簡単に諦めるとでも?」
完全復活した霧裂はニヤリと笑い、
「正面からダメなら別の道から行くべし」
《つまり?》
「不法侵入だ」
それって完全に犯罪者だぞと言うハクの言葉を華麗に聞き流し霧裂は夜が来るのを森の中でじっと待った。
◆ ◆ ◆
霧裂達が居る森とはまた別の森の中。紅の森と呼ばれる場所を4人の人影が高速で移動していた。先頭を走る影が直ぐ右後ろを走る影に問いかける。
「……ジーク。本当に、この当たりで見たの?」
「はイ、もう移動してイると思イますガ……」
「それでも、もし本当に居たのなら何か後があるはずっすよ」
2人の会話に先頭の左後ろに居る影が加わる。軽薄そうな口調、茶色の髪は短く切り揃えられており走りながらも笑みを絶やさず、右目を縦に走る1本の傷が青年のイケメン度を高めている。20代前半程のガッシリとしたその背には1振りの刃渡り1m程の大剣を担いでいた。
先頭を走る、艶やかな銀色の髪をポニーテールにし、黒く長いコートを着た見た目10代後半の少女は前を向いたまま腰に下げた2本のそれぞれ刃渡り80cmほどの剣に手を乗せる。その顔には感情らしい感情は浮かんで居らず、淡々と青年に問う。
「……アラン、何か、見つけたの?」
ジッと見つめる少女の感情を灯さない冷たい目に、アランと呼ばれた青年はナハハハと笑いながら首を振る。それに全身を黒一色の服装で身を包み、口元を黒い布で覆ったジークは呆れたように息を吐く。
「む、何か文句あるっすか」
「イヤ、別ニ」
目を横にそらしながら答えるジークにアランは顔がそうだって言ってるっすーと叫びながらジロッと睨む。段々と2人の間に嫌悪な空気が立ち込めるが先頭を走る少女は完全無視。仕方なく最後尾を走る、紺色のローブを纏った金髪碧眼の可愛らしい少年が声を出す。
「や、止めようよぉ。2人とも、け、ケンカしちゃだめだよぅ」
何もしていないのに既に泣きそうな声を出す少年に2人はしぶしぶ殺気を引っ込めた。
「ごめんっすケートゥ。ジークはホントめんどくさいっすから」
「すまなかっタ。イやはやアランが馬鹿でどうしようもなくてナ」
謝りながらも貶す。再び殺気が滲み出し、目の端に涙を溜めながら必死に止めてよぉと叫ぶ少年ケートゥ。だがケートゥの言葉も耳に入らないほど一瞬でヒートアップしてしまった2人は自身の武器に手を伸ばし――――今ままで我関せずの態度を取り続けていた少女が唐突に足を止めた。
ケンカなどしている場合ではないと直ぐに身構え代表してジークが問いかける。
「どうしましタ? 何か気付きましたカ?」
「…………」
ジークの問いには答えず、無言で先程までとは比べ物にならない程の速さで走り始めた。慌てて後を追う3人。
しばらくは不可解な顔で走っていた3人だが、ハッと気付く。空気中に漂う血の匂いに。うってかわって顔を引き締め走ると同時、彼等は内心で驚愕していた。3人が気付いたのは400m程走った頃だ。目の前を走る少女は彼等よりもはるかに速く、血の匂いに、濃厚な死の気配に気付いていた。
彼等は思う。これがS級とSS級との間に立ちふさがる絶対の壁か、と。
3人が気付きさらに700mほど進んだ場所に惨劇が広がっていた。辺り一面木や地面に血肉が飛び散り、所々地面がへこんでいた。今だ血の匂いはあるのに他の魔物が立ち寄ろうとも、立ち寄った形跡も見られない。魔物達が恐怖したのだ、惨劇を造り出したモノに。
「これハ……どうやらゴブリンの様でス。数は200と言うとこでしょウ」
地面に付着した血や肉片を見てジークは言った。それをアランは鼻で笑い言う。
「そんな事はどうでも良いんすよ。……嫌良くないっすけど、問題は何処のどいつがこの惨劇を造り出したって事っす」
飛び散った血肉を見れば分かる。この哀れなゴブリン達は木っ端微塵になって死んだと言う事が。さらにへこんだ地面やへし折られた木、粉砕された岩を見ればどれ程の威力かも良く分かる。
「あながち魔王ってのも冗談じゃないかもっすね」
自嘲気味に笑うアランに誰も何も言わない。此処にある血は見て嗅いだ所全てゴブリンの物。つまり無傷で200ものゴブリンを殲滅した者が居るのだ。この惨状を造り出せと言われればここに居る全ての者が出来るだろうが、それだけの実力を持ったモノがこの近くにいる。
そんな中真っ先にこの惨劇を目にした少女は――――笑っていた。感情など捨てたような顔をしていた少女はその身を歓喜に震わせていた。少女には分かる、この惨劇はまだまだ序の口、もっと大きな力を持っているだろうという事が。
魔王だろうが何だろうがどうでも良かった。ただ知りたかった。一体どんな力を持ったどんな姿をしたどんな――――化物なのかを。
バッと身を翻し、その場を後にする。後方で叫ぶ3人を無視し、本気の最高速度で駆ける。少女のカンが告げていた。目的のモノは都市カトルシアにある。まだ太陽は沈んでいない、これなら今日中に都市に帰れそうだと少女は思い、高鳴る胸を抑えて森の中を駆け抜けた。
流石の戦闘狂もその頃目的の人物が門前払いされ森の中でシクシク泣いていたことには気付かなかった。
「行ちゃったっすね」
後に残された3人の内、アランが呟いた。凄まじい速度で走り出した少女はもう見えない。見えたのは4歩目の足を地に着けるまで、そこから先は残像のように姿がぶれ、消えた。ここでもまた実力の差を思い知らされアランのプライドはもうバッキバキだ。
どうするっす? とジークに顔を向ける。
「ふム、あちらはカトルシアですねネ。あの人が全力でカトルシアに向かったと言う事ハ、十中八九敵はカトルシアに居るでしょウ」
「え、え? そ、それは不味いんじゃ。速く僕らも行かなきゃ」
どもりながら言うケートゥにジークは首を振る。その顔にも自嘲の笑みが浮かんでいるところを見ると、ジークのプライドにも傷が入っているのだろう。
「敵がカトルシアに居るからと言っテ、攻撃しているとは限りませン。もし攻撃していたならあの人が直ぐに気付いたでしょウ」
「で、でも居るかもしれないんでしょぅ? なら僕等も行った方が……」
ケートゥの言葉にやはりジークは首を振りながら言った、殺されますよと。意味が分からないと言った表情をしてジークを見るケートゥだが、アランには心当たりがあった。
「【狂月】っすか……」
アランの呟きにケートゥもハッと顔色を変える。
【狂月】、SS級である少女の二つ名。その名の通り2本の剣を操り狂ったように戦う戦闘狂。
彼女に敵認定された者は哀れな死を遂げ、また敵認定された者を殺した者も無残な死を遂げる。
つまりもう魔王と思われるモノにアラン達は手出しが出来ない。もし横取りされたとでも思われたらそこで終わり、アラン達の人生の終了。
いくらなんでもあの少女がどう思っているかは別にして、味方に殺されたくはない。
「それじゃゆっくりのんびり帰るっすか?」
「イヤ、周辺を捜索しよウ。何も無いとは思うが念のためダ」
自分の仕事は終わったとばかりに脱力するアランにジークは言った。それに仕方ないっすねと歩き出そうとして、ジークに肩を掴まれる。
「何すか?」
「こっちは俺とケートゥで十分ダ。お前はあの人を追ってくレ」
「はぁー? イヤッすよ! 俺まだ死にたくないっす!」
イヤッすと首を振るアランだがケートゥにもいってらっしゃいと手を振られ、味方が誰も居ないことに気付きガックリと項垂れた。
「今から行ったって絶対間に合わないっすよ?」
「良イから行ケ」
最後の抵抗空しく、はぁーと深く溜息を吐いてカトルシア目指して全力で駆け出した。