第一部 幕間ノ参:捜索開始
一面の緑とむせ返るような土と草の匂い。耳をすませば、鳥や獣の鳴き声がすぐに聞こえてくる。頭上では深い緑の木々がこれでもかと葉を繁らせて、キラキラした木漏れ日を足元に落とし込んでいた。
斜面を降りて、また登る。時折、箱に話しかけて現在地を確認しながら、楓と南天は山中を歩き回っていた。初夏の午後で山の中。平地との高低差から多少涼しいとはいえ、平らでない地面は足と体に普通以上の負荷をかける。
「……そういや楓サン」
あてもない捜索に声も枯れかけてきた頃、南天が立ち止まり問いかける。
「どうしてアニさんを探そうと思ったんすか?」
楓からすぐに返事はない。階段のように連なった小岩を動きやすい袴姿で登り終え、息を整えるのだか考えているのだかの間があく。
「……納得できないから、かな」
膝に手を付いた楓が身を起こすのを確認してから、南天が歩き出す。すぐに下りになる地面。
「なにに?」
小石を踏んで足を滑らせ、尻餅をつこうとした南天の襟首を、近くの木を支えにした楓が後ろからひっつかんだ。怪我の確認と礼のやりとりは極々短くすませ、慎重に斜面を下る。
「太一が鬼ってことも、どうして逃げたのかも、」
下りたらそこは沢だった。先に渡った南天が手を伸ばす。助けを借りて楓が渡る。
会話の合間には、もちろん太一を呼ぶ声が挟まっている。耳を済ませても返事は聞こえず、二人は道なき道を歩き出す。
「……もし隠してたなら、どうして話してくれなかったのかも」
ややあって楓がぽつりと呟く。茂みを抜けた先、大木を眩しそうに見上げていた南天は、ふしぎそうな顔で視線を戻したが、それが先程の続きだとわかると心得たように頷いた。
「まあ、騙してたって感じもなかったですもんねえ」
大木の向こう側、ちょっとした崖の壁面にあった岩がくりぬかれたような場所を覗いた楓が、残念そうに首を振る。
「そう。だから探すの」
たいちー! アーニさーんん! 呼び声が木霊すが、返事らしいものはない。わずか気落ちした息を吐き、気を取り直してまた歩き出す。
「…………でも」
何度目かの沈黙を経て、南天が切り出した。
探し始めてからかなり経つ。陽は大分傾いてきていて、すでに周囲を橙色に染め始めていた。
「もし、万が一、アニさんが襲ってきたら」
前後が入れ替わって先を歩いていた楓が歩みを止めた。
「どーするつもりなんです? いや、純粋な疑問ってえだけなんすけど」
南天が知る限り、楓はごくごく普通の一般女性であるはず『だった』。
おかしいと思ったのは出発前。大旦那で楓の親友であるはずの瑠璃が、楓が一人で探しに行くのだと知っていて止めなかった事から始まる。
南天と葵の盗み聞きが発覚し一緒に行くことが決まっても、最初の組分けは楓が一人だった。
そのうえ、それは起こり得る危険をわかっての発言なのだ。
いくら太一のことを信用していて、山歩きが得意で、なおかつ周りがそれを許してしまうほど考えなしだったとしてもおかしい。
それに、そんな激甘な考えの人が店をやっていたらあっという間に小さな雑貨屋なんて潰れてしまうだろうし、南天には周りだって考えなしには思えないのだ。
「…………」
楓の返答はない。懐に軽く握った拳をあて、やや俯いて黙っている。
「や、言いたくないとか言えないっつうなら、別に言わなくてもいいんですて」
明らかに変わった空気に焦った南天が、ぶんぶこ大げさに手を振って前言を撤回する。
「えーと……でも、まあ。これでも一応『ろべりあ』で働いてるんで。そのうち教えてくれるとありがたいっす」
頬をかりこりと掻く南天が誤魔化すように笑う。背を向けたままの楓は、何かを言おうとして口を開きかけ――
『『――みんな、聞こえる?』』
楓と南天、両方の懐から聞こえてきた瑠璃の声に、びくっと顔を上げた。
慌てて二人して箱を取り出し手に乗せる。
「聞こえるよ」
「っす」
『『みんなの位置からすると、そろそろ引き返さないと日が落ちる前に帰れなくなるから、一旦切り上げて戻ってきてね』』
一斉送信みたいな状態なんだろう。箱から聞こえる瑠璃の声がダブって聞こえている。
短く了承の意を伝えた楓と南天は、微妙な空気のまま箱をしまう。
「……戻ろうか」
楓が振り向いてそういった。それと同時だった。
周りの茂みや木の陰から次々と人影が現れる。十人にわずか届かないそれは、どこからどう見ても山賊だった。
二人は、山賊に囲まれていた。
12/08/03…タイトル変更




