四章ノ弐:紹介される。
「こんにちはーっ」
木製のガラス戸は開いていたので、楓が意気揚々と店に入っていく。頭をかすめる程度の暖簾は気にしないらしい。
太一はそうもいかず、ひょいと片手で避けつつ暖簾をくぐった。
やや薄暗い店内は、よくある大衆食堂を簡素にして、ほんの少し上品にかわいらしくしたような感じだった。
程よく落ち着けそうなテーブル席と、少しばかりの座敷。奥にはカウンターもある。
昼も過ぎているせいか店内に客は少ない。
「いらっしゃいませー!」
見たことのない白いひらひらした前掛けをつけている従業員の女性が、これまた元気に出迎えてくれる。白いヒラヒラはエプロンといって、外来風の割烹着なんだとずいぶんあとで楓が教えてくれた。
楓よりも少し年上だろうか。おっとりした笑顔がとても似合っている。
顔見知りなんだろう。楓を見つけると、ぱあっと表情を明るくして近寄ってくる。
「かえでちゃーん! いらっしゃーいっ」
「瑞樹ちゃん、甘いの食べにきたよー!」
手を取り合ってキャッキャと騒ぐ。初めて見る楓のはしゃぎように面食らっていると、近くのテーブルから声がかかった。
そちらを見れば、四人掛けの席に座った二人の男。一人は、どう見てもこの店の従業員の格好をしていた。
「おーい楓。おツレさんが困ってるぞ」
「オレには挨拶なしかよォ」
はた、と騒ぐのをやめて楓が振り返る。二人を見て、おー、と口を開いた。
「クマさんにオヤジさん、こんにちはー」
オヤジさん、のくだりに従業員の男が反応する。
「確かにオレはこの店の店主だけどさァ、オヤジって呼ぶのは止めろっていってるだろ~?」
従業員の格好をした男は、どうやらこの店の店主らしい。店主は遊んでてもいいのだろうか、と一抹の不安がよぎる。
「みんな呼んでるんだし、気にしない気にしない」
女性従業員に笑いながら一蹴されて、そんなに年くってないのに……と凹む店主。思わず笑いが漏れた。
太一たちは促されて隣の席につく。
楓が、ごめんねと声に出さずに謝った。先ほどの事についてだろう。
全く気にしていないという意味で首を横に振る。返された笑顔に太一も笑う。こんなやりとりが楽しい。
「注文はあっちね~」
お品書きを指差し、女性従業員は奥に向かって「お水とおしぼり二つー!」と叫んだ。
答えが返ってきたところを見ると、奥にもう一人くらいいるのだろう。
「ところでかえでちゃん」
ずずいっと顔を楓に寄せて、にこやかに問う。
「この男性どなたかしらぁ?」
「オレにも紹介しろよォ」
「ついに楓にも男ができたのか」
隣の席から、店主ともう一人の男がぬっと身を乗り出してきた。
わたわたと楓が慌てる。
「違うよっ! 太一は――」
簡単に、太一がろべりあに居候する事になった経緯を話す。
それを聞いて、隣の男二人はなあんだと首を引っ込めた。
ついでに太一の自己紹介も済ませると、女性従業員が自分も含めた紹介をしてくれる。
「わたしは瑞樹。こっちが店主の兎羽。それでこっちがお得意さんで同心の青木さんね」
「青木さんは名前が熊八郎さんっていうんだよ。そっちの方がかわいいから、私はクマさんて呼んでる」
楓の補足説明に、青木は「いらんこと広めるな」と苦笑している。がっしりした体格は、同心という仕事ゆえだろう。
ちなみに同心というのは、警察組織である町奉行所の中間管理職のようなものらしい。
名は体をあらわすというか、クマさんという呼び名に違わない雰囲気の男だった。
店主も似たような体型をしているが、青木よりやや細く中肉中背で、どことなく育ちがよさそうな印象だ。
二人とも楓よりは年上だろう。体格差や雰囲気から、楓を妹分のように感じているのだと思った。
「さて、それじゃあご注文を聞きましょうか」
瑞樹に言われて、肝心の注文を考えていなかったことを思いだす。
お品書きを見ながら中身のわからない料理名に苦戦していると、楓が注文を述べはじめた。
「えっと。抹茶白玉ぜんざいと、くりいむあんみつと、苺大福と、三色団子と、アンコ添え黄粉餅と……」
次々と挙がる甘味の名前に、くらりとする太一。
「ま、待ってくれ。少し眩暈が……」
「大丈夫?」
「というかだな。それ全部食べるのか?」
「もちろん!」
胸を張った楓に太一は脱力する。普段そんなに大食らいというわけでもないので油断していた。
このままだと、財布の中身が危うい。
「お、俺はほうじ茶で……」
「あ、それ私にも。それから――」
「まだあるのか?!」
「これは太一の分。瑞樹ちゃん、特製らいすかれーお願いっ。以上で~」
てきぱきと太一の分まで頼み終えると、厨房に伝えるためにテーブルを離れる瑞樹を見送って太一に向き直る。
「楽しみ~!」
その満面の笑みに太一は何も言えず、念のためにとありったけ持ってきた小銭を懐の上から押さえるのであった。
それを見たのか、青木がぼそりと呟く。
「おまえさんも苦労するなぁ……」
まったくです、とは言うに言えず、はっきりしない笑いで返した。
「なァに、ウチはツケでもかまわんさー」
店主があっけらかんと言ってくれるが、太一としてはそれは勘弁願いたい。
お品書きとにらめっこし、頭の中で暗算を繰り返して、何とか足りそうだとほっと一息ついた頃、甘味と料理が運ばれてきた。
作中でてきた同心の説明は独自解釈です。
12/08/03…タイトル変更




