通達
「師匠、体調でも悪いのですか?」
襖に向かって尋ねるが返事もなく、気振りも見えない。
廊下に正座して兵太は困惑した表情でため息をついた。
もう2日も顔を見せていない師を心配して、朝稽古を中断してまで様子を見に来たというのに。
そう思うと、軽く咳払いをして背筋を伸ばした。
「失礼します」
そう言って襖を開けた。
しかし、返事があるわけがない。
そこは蛻の殻であった。
兵太は首を傾げる。
「はて、帰っておられぬのか」
部屋に入り、なんとなく部屋を見渡す。
中央には敷きっぱなしになっている布団。
綺麗に片づいている。
というより、物がなにもない部屋だった。
「…うん?」
そのなにもない部屋でふと兵太の目に止まった。
布団の横にだらしなく開かれた紙切れ。
それを手に取ると、目の前に広げた。
「これは…通達書?」
ゆっくりと目を通す。
しばらくして、くしゃりと音が鳴った。
暢気な表情は一転、雲行きが変わる。
足早に廊下に出る。
中庭には、鳥がのどかに散歩をかましていた。
辺りを見渡す。
当然、屋敷には誰もいない。
手に握り潰した手紙をもう一度見つめた。
「まさか、師匠…」
呟く声は、走り出す音にかき消された。