表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
想い剣  作者: kou
7/10

決別

 流れる風は、横から草々を巻き込んで通り過ぎた。

無法に伸びきった雑草が体を揺らして音を奏でる。

その中で、混じって刃が揺れる音がした。


「やはり、ここか…」


そう言うと、剣坐は足を止めた。

場所は村と村を結ぶ道中に作られた小さな土手。

小さな川が流れており、数年前に行き来しやすいようにと橋が建てられた。

その橋の下。

薄暗い草原にその男は座っていた。


「久しいな。

ここに来たのはあの時…七年前以来だ」


剣坐の言葉に反応は無い。

丸くなった背中。

二,三歩離れた距離で、近づこうともせずただ見つめた。


「毎日、足を運んでいるようだな。なんのつもりだ?」


再び背中に問いかける。

小さな風が吹いた。

その後、肩が揺れた。


「ここは、こいつのお気に入りだった。

道場通ってた頃は、稽古終わりに寄ってはくだらねぇ話してたもんだ」


剣坐は見つめる。

その背中の裏側はどのような表情をしているかはわからない。

だが、剣坐は鋭い目をより一層尖らせ剣突をくらわす。


「ここに来ようとも、あるのは女房の墓だけだぞ風月!」


再び風が吹く。

先ほどと比べ物のならないほど強く、長く。

乱れる草の音は心揺れる比喩のよう。

風月は顔を上げる。

見つめるは橋の裏側。

しかし、その目に映るのは別のなにか。

風が吹き止み、口を開く。


「…ああ、知ってる」


呟く声は、念仏でも唱えるように小さかった。

名も刻まれぬ小さな墓石。

一輪、桃色の花が添えられていた。


「今のお前は亡霊だ。亡霊は亡霊らしく墓に通っとけばよいものを。

刀を捨てきれぬとは、なお達の悪い娑婆塞(しゃばふさ)げそのものだ!」


放つ言葉は厳しかった。

感情の欠片のような口調は怒りと悲しみが入り混じり、どのような色をしているのかわからない。

しかし、風月の姿勢は変わらない。

振り向きもせず、絶えず背中を向けていた。


「俺はずっとこいつを振るってきた。守るために、守るためにと。

だがどうだ?山賊から村は守れても、てめぇ一人の女も守れなんだ。心に誓った女一人もだ!」


叫ぶ声は、橋に跳ね返って反響する。

立ち上がり振り返る。

その顔は、まるで修羅だった。


「自分でもわかってる。だが捨てきれねぇ。

こいつを捨てれば、京を死なせてしまった過去まで捨てちまう。京を否定しちまう。

そんな気がしてならねぇんだ」


震う肩は悲しげに刀を揺らす。

その頬は既に、濡れ迸っていた。


「わからねぇんだよ剣坐。振るう理由も、捨てる理由も、何一つ俺はわかっちゃいねぇんだ!」


それが最後、風月は頭を下げた。

唸り声のような弱弱しい声だけが鳴り響く。

剣坐はゆっくりと瞼を閉じた。

その瞼の裏で何を思ったのか。

しばらくして、小揺るぎもせず口を開いた。


「一昨日、信長様家老より直々にご命令があった。お前を斬り捨てよとの命令だ」


告げた言葉ははっきりとしていた。

風月は顔を下げたまま。

それに対して、今度は剣坐が風月に背を向けた。


「だが、今のお前を斬ったところで私の刀が汚れるだけだ。

…明日の末の刻、お前の村にて待つ。その迷い断ち切り、(おもむ)け」


呟き、足を進める。

しかし二、三歩進みすぐに足を止めた。

振り返る。

そこには、未だ俯いたままの親友がいた。

再び向き直し、剣坐もまた最後に情理をつくした。


「わかるだろう風月。

刀を捨て、罪から逃げる事と、刀を抜かずして生き恥を晒す事と一体何が違う。」


「………」


「何より、今のお前が女房の墓に花を手向ける資格があるのか?

京殿が真に愛した男というのは、人々を助け、守る剣に素志を貫いていた一匹の侍、霧島風月ではないのか!」


草がざわざわと騒ぎ出す。

まるで比喩のように。

もう語ることは無い。

そう言うように、剣坐は来た道を歩く。

二、三歩歩き、しかし立ち止まらない。

草道を分け、薄暗くなり始めた道を行く。

最後まで振り返ることは無く、剣坐は親友との決別を果たした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ