変わらぬもの
「………」
見慣れた天井を見て、現実に戻ってきたのだとわかった。
腰を上げ、上半身を起こすと頬の濡れた痕を指でなぞる。
それが涙だとわかった時、風月は心から自分が嫌になった。
あれからどれほどの時間が流れたのか。
辺りは薄暗く、襖越しに入ってくる光は赤く燃えていた。
しばらく部屋を見つめた風月だったが、ゆっくりと立ち上がり布団から離れた。
「こんな時間か…」
この屋敷に時計と言える物はない。
しかし、時の進みなら体で覚えている。
特にこの時間は。
足を進め、襖の前で足を止める。
そして、傘立ての中に紛れ込んだ一本の刀を手に取った。
慣れた重みに力が入る。
手入れさせたその刀は、模擬刀なのではないかと思わせるほど綺麗だった。
「引きずってるか…」
口に出たのは剣坐の言葉。
刀を握る腕に一層力が入る。
わかっていたそんなこと。
こいつを捨てきれないのが何よりの証拠だった。
逃げることもできず。
しかし、向かう事もできぬ。
俺はただ、目を瞑って何も見ようとしていないだけなんだ。
まるで、嫌な事を遠ざける子供のように。
そう、子供のよう…。
「…そうだ。俺はあの頃から、何も変わっちゃいねぇよ剣坐」
呟く口調は強く、しかし虚しく部屋に散っていく。
それが最後。
風月は刀を右腰に差すと、部屋を後にした。
軋む木材の音は廊下から玄関へと伸びていく。
いつもの時間、いつもの場所へ。
今日もまた、彼女に逢うために。