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想い剣  作者: kou
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柳道館

この物語には、多々侍言葉が使われております。

わかりにくい点があるかもしれませんがご了承ください。

 代わり映えしない庭に、ようやく変化が訪れた。

自慢の桜が散ったのは少し名残り惜しいが、日本人の血からか季節の変わり目に嫌な気はしなかった。

風が温かい。

季節はすっかり初夏に向かっている。

そう肌で感じると、屋敷の持ち主である霧島風月(きりしまふうげつ)は縁側に腰を下ろした。


「…(うぐいす)も散ってしまったか」


背中を丸めながら呟く。

奴らの歌を聞きながら飲む酒はなかなかに風情があったのだがと、さらに呟く声は心の中での事だった。

風月は目を細める。

この屋敷に住むようになってもう3年が経った。

かつて柳道館道場として栄えたこの場所も、今や門下生はいなくなりただ広いだけの寝床と化している。

だが、それに対して風月は思うことはなかった。

先代に半場押し付けでなった跡取り。

感謝している事と言えば、宿代を気に病まなくなった事ぐらいか。

それはそれで大きな事だが、なんにせよ風月に道場貢献の意志はない。

だからまともな稽古はやらなかったし、門下生の手本となる事もあえてしなかった。

柳道館は落ちたと後ろ指を差されても、眉一つ動かさない。

その効果は大きく、みるみるうちに門下生たちは他の道場へと渡っていった。


「……一!…二!…三!」


ただ、一人を除いては。

ハァと息を漏らす。

気だるく腰を上げ、無駄に長い廊下を木目に沿って歩く。

ギィギィと木の鳴る音もまた風情と詩人は詠うが、風月にはただ傷んだ声にしか聞こえなかった。

歩いているうちに辿り着いたのは、頑丈にできた大きな戸。

それを擦り開けると、漏れていた声がより一層うるさく耳に入ってきた。

広く、微かに汗の臭いが混じったそこは風月も幼少より見慣れた稽古場。

その真ん中で木刀を振る青年、相良兵太(さがらへいた)は戸の音に気づき腕を止めた。


「師匠、おはようございます。これまた、遅いお目覚めで」


軽い口調で挟む嫌みを風月は慣れたように聞き流すと、一歩足を運びその場に腰を下ろした。


「全く、毎朝よくやるもんだ。」


呆れた呟きに、兵太は額の汗を拭いながら小さく笑った。


精励恪勤(せいれいかっきん)が、侍のあるべき姿ではありませんか。どうです?師匠もご一緒に」


「やなこった。朝からそんな汗流したら、昼にはもう寝込んでらぁ」


ふんぐり返る態度に、兵太は大袈裟なと今度は呆れるように笑った。

そして木刀を納めるように左手に持ち替えると、風月とは対照的に丁寧な正座をした。


「しかし手前、久しく師匠の太刀筋を見てござらぬ。ひらに、手合わせお願いいたしまする」


「いやだ」


ガシガシと乱暴に頭をかきながら、風月は即答した。

兵太もわかっていたのか深く息を吐いた。


「師匠!」


「何度も言わせるな。俺はお前の師匠になった覚えはねぇ。この道場は先代で終わったんだよ」


「いえ!拙者、貴方様に恩義はあっても柳道館に恩義はございませぬ。

剣の師としてではなく、その武士道に惚れ込み、侍の師として一生付いていく所存にございまする」


真剣な兵太の眼光。

それを数秒睨みつけると風月はハァという息と共に目線を落とした。

兵太は元々、柳道館の門下生ではない。

出会いは数年前。

とある村で追いはぎにあっていた兵太を、たまたま風月が助けたのがきっかけだった。

まさに金魚の糞とはこのことで、それ以降どこに行くにも風月の後を連袂しているであった。

風月自身、やはり柄でもないことはするものではないと後悔の念と共に、まるで憑かれたかのような気分である。


「お前こそ、大袈裟なんだよ」


「けして大袈裟ではございませぬ!あの時、師匠に助けてもらわなければ今の拙者はありません。

なにより、ゴロツキ数人相手を棒一本で薙ぎ払う師匠の腕前に心惹かれ…」


「わかったからもう口を開くな。タコができる」


そう言うと、風月は背中を向けて横になった。

相手にされないからか、それとも語り足りないのか。

兵太はその背中を不満そうに見つめた。

数年前までは、兵太のしつこさに心折れて嫌々ながらも稽古に付き合うこともあった。

しかし、ここ最近は風月も扱いに慣れてきたようでこのようなやりとりを繰り返している。

そして、今日も例外ではないようだ。

そう感じた兵太は、素振りに戻ろうと腰を上げた。


「素振りぐらい付き合ったらどうだ風月」


その時、第三者の声が二人の顔を正面玄関へと向かせた。

その様子に声の主の男は軽く会釈した。

高級な着物を丁寧に着こなし、上品な顔立ちをしたその男は泉地区を代表する侍。

歴史ある桃野江道場の組頭、倉永剣坐(くらながけんざ)その人である。


「倉永殿、お久しぶりでございます。」


丁寧に会釈を返す兵太。対して風月は横になったまま、挨拶はなかった。


「久しいな兵太。二ヶ月ぶりか。どうやら、変わりないようだな」


と一瞬風月に視線を送ると、また兵太を見つめた。


「ええ、このザマでございまする」


兵太も同じように風月に視線を送り、ははっと口を緩めた。

つられて、剣坐も笑う。


「おい兵太、暢気してねぇでさっさと村までひとっ走りしてこい」


その二人に背を向けたまま、突然風月は口を開いた。

兵太は顔を渋らせた。


何故(なにゆえ)?」


「なにも糸瓜(へちま)もあるか。お客に茶菓子の一つも出さないのがうちの礼儀なのか?」


ああ、なるほどと首を振る兵太。しかし、すぐにいや待てと表情が固まった。


「それでしたら、戸棚にあんころ餅がありますが…」


「そんなもん当の昔に食っちまったよ」


「そんな!あれは拙者が稽古の後に頂こうと楽しみにしていたものにございまする!」


「うるせぇ!武士が贅沢なこと言ってんじゃねぇよ。さっさと買ってこい!」


はぁと情けなく息を漏らすと、兵太はトボトボと歩き出した。

すれ違い様に剣坐が「すまんな」と呟くと「行って参ります…」とだけ答えて道場を後にした。

その背中を笑いながら見送り、剣坐は風月へ近づく。

風月も、腰を上げて、丁寧ではないが相手を迎えるように座った。

例のように剣坐は正座する。

この時になって、二人はお互いの顔を見合わせた。


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