今日僕は振られた。
今生まれた。今日の僕は。新しい僕は。でもその前にも僕がいた。
今日振られる前の、今になる前の僕が。
まずはそれからだ。今の僕には、まだ語ることがない。語れる事が無い。
まだ生まれる前の、生きていた時の、自分の話しをしよう。
12月27日、高校2年生。定時制の高校に通い、年末は親戚に頼まれた飲食店のバイトをいれ、普段からやっているコンビニのバイトも入れた。物語は、確かそんなところから始まったと思う。
あの頃はまだ意識すらというか名前も眼中になかったくらいで、一緒にバイトに行った友達がやけにご執心でかわいいかわいいと叫ぶもんだから「俺はそんなにかわいいか?」と、苦言というか、疑問を呈す程度の認識でしかなく、そもそもこんな関係、(関係と呼べるほどのものは今や何も無いが)存在になるとは、思ってもみなかった。
先に言って置けば別に特別なことがあったわけでもなく、ただ漠然と、ただ何も無いことが、本来存在し得ないものが、自分の中で確信になっただけで、本当にこれは特別な事はなにもなく、ただ普通に恋をして、ただ普通に人を好きになっただけの話なんだと思う。
俺達の出会いは親戚に頼まれたバイトで、たまたまそこにいた新人の子だったってだけの話。特にエピソードも何も無い。あったとすれば、最初の会話は
「ビールの作り方わかります?」
くらいだったと思うし、それも俺がたまたまそばにいたその子に聞いたというだけで、それに対しての返答が、
「私に聞かないでくださいよ」
という何の進展もなく何のつながりも無く何の捻りすら生まれない、ただ普通のバイト業務だったことをかんがみても、一目惚れなどでもないし会話作りをしたわけでもないし本当に何も無かった。と言ってもいい。まぁこの後というかこの一週間後にバイトが終了となって、その時に携帯電話のアドレスを聞かれるんだけど、それもたまたまバイト中に俺が鼻歌を歌ってて、それをたまたま相手が聴いていて、その歌を知っていて、そこから共通の話題があるというだけでカラオケに行くという話しになってしまい、なーなーで過ごすかと思えばラストにメールアドレスを聞かれてしまったというだけなので、俗に言う”衝撃的な出会い”や”劇的な会話”等があったわけではない。俺達の出会いはこれだったというだけで、俺達が関わりだしたのはこの二ヵ月後、この間にカラオケに一度行ったりはしたが、その頃俺は自分の元彼女が学校を辞める辞めないと揉めていたので、そんな事をしてる場合ではなくて、カラオケの日程を決めたのも一番最初にかわいいかわいいと騒いでいた奴とその子だし、(まぁそのかわいいかわいいと騒いでいた奴も、その頃いい感じになっていた子と付き合ったんだが)どこにも正しい事なんて無くて、どこにも間違ってる事なんてなかった、そんな時期ってだけで、特にこれで俺が意識をしだすという事も無かった。
そして最初の物語は、ただ突然に、俺が恋をしたくなったからというだけで、始まった。
2月の中旬、もうすぐ高校の3年生になろうかという頃、自分は一年長く学校に行かなければ行けないことがとっくに確定していて、その原因を作った奴の彼女とのメールから、物語は始まる。メールは特に他愛も無いことだ。最近どうだの彼氏とはどうだの、別に俺は聞きたくもないのだが、向こうから送られてくるので、暇つぶしもかねて適当に相手をしていたのだ。俺は自分で言うのもなんだが律儀な人間で、メールが来るたびに彼氏とメールしろだの彼氏の相手しろだの言ってたと思う。何故なら、俺がこの彼氏と喧嘩をしたその理由が、俺と彼女がメールするのを快く思わなかったらしく、仕返しにと俺のジュースを無断で持って行き、問い詰めたら飲みかけのジュースを渡し「返すから」とわけのわからない答弁から喧嘩に発展、という実にくだらない事件という事も言えない様な出来事があったからだからである。
まぁわりといろいろはあったが、この話はあいつとの関わりには深く関係しないから、割愛させてもらうのだが。
まぁそんなこんなもあってメールするのも憚られるのだが、送ってくるのをむげにすることも出来ず、この彼女自身を嫌っているわけではないので、適当にメールをやりとりしていた、そんな中である。俺は不意に、彼女に質問をしてみたくなった。
「なんであんなのと付き合っているのか」
と。
俺からしたらただの厄介ごとに巻き込んだ奴でしかなかったし、纏わり憑かれているだけで、ただ束縛だけをし、回りから嫌われているだけの男と付き合ってなんのメリットがあるのかと思ったからだ。嫌われている理由等は省くが、本当に、本当にしょうもない奴だったのだ。それに対して彼女は、
「私そういうの気にしないから」
とだけ言った。おそらく俺はこの後どこかいい所があるのか、好きなところがあるのか、だとか聞いたと思うが、それに対する返答はなかったような気がしている。
そして、俺はそこで疑問を持つでもなく、こう思った。
「ああ、こいつってすげーな」
我ながら自分の事を回りを気にして生きているような奴だとも思ってないし、人には人の付き合い方があるんだなと思ってただけだが、こういう付き合い方があるのかと思った。
メリットでもなく、好意でもなく、環境でもない。いや、ひょっとしたら環境なのかもしれない。俺達の学校はひどく狭かったし、二クラスしかなかったから一度環境が出来たらもう二度と抜け出せないのだ。うるさいグループは最後までうるさいメンバーだけで居続けたし、カードゲームばかりをしたりするようなグループでも嫌われておらずむしろ好かれているにも関わらず積極的な関わりは他とは持てていなかった。それでもその間を自由に動けたのが二人ほど居たが、それはまた、別の話。
とにかく、俺はこいつのメリットでもなく好意でもない付き合い方に、偉く感動してしまったのだ。自分に全くない発想。理由もなく付き合って理由もなく付き合い続けるという現象、それに、俺は心が動かされた。そして俺は、こう思った。
恋っていいな!
・・・我ながら馬鹿だと思う。いたく的外れな答えを導き出したと思う。それでも俺がこの時こう思ったのは確かで、理由を考えるならば、意味もなく続いていく関係という付き合いというものを知ってしまって、それが出来るのはもしかして恋だからなんじゃないか?って思ったからだ。いや、言ってる意味が解らんな。もしかしたら俺の中では好意という気持ちと恋という気持ちが、別々なものとしてこの時解釈されたからかもしれない。まぁ昔のことだからよくはわからないさ。
そして俺は行動を起こす。奈落への第一歩目への行動を。