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第七話 騎士叙任




~SIDE ラミット~


眼の前にいるのはカリスのダンナ。


「・・・・・・」


対面するだけで汗が出てきやがる。


背丈以上、いや、背丈を大きく超えるハルバードを構え、鋭い視線でこちらを睨みつけてくる。


・・・間違いねぇ。


ダンナは本物だ。


ダンナの一振りは確実にこちらの命を脅かす。


ったく、こんな奴と戦場で対面した奴が気の毒でしょうがねぇな。


震えて何も出来ないだろうぜ。


「どうした? 震えてるぞ」


ん?


俺も震えてるって?


何馬鹿言ってやがる。


そいつらの震えと俺の震えは全然違ぇもんだよ。


一緒にするんじゃねぇ。


俺の震えはなぁ・・・。


「フン! 俺のは武者震いだってぇの」


「フフッ。そうか」


さて、いつまでも向かい合っているだけじゃ、何にも始まんねぇよな。


「んじゃぁ、行くとしますか」


「いいぞ。かかって来い」


余裕ぶっこいてますよ・・・あの人。


だが、まるで油断なんてしていないと構えから分かる。


いやぁ、嬉しいねぇ。


こんな奴と闘えるだなんて。


しかも、本気でな。


「その余裕顔。絶対に崩してやるからな」


だからこそ、こう言ってやる。


必ず、超えてやるってな。


勝利の先にこそ、己の道が拓けるんだ。


そんじゃ、まぁ・・・行くとしましょうか!


~SIDE OUT~










~SIDE ローゼン~


「・・・・・・」


獣状態のまま、私はカリス様とラミットと名乗る人物の模擬戦を見ているわ。


なるほど、剣士としての腕前はかなり高いようね。


あまり型に拘らないタイプなのか、先が読みづらい。


両手にそれぞれ剣を持ち、とにかく手数多く攻め立てている。


重量のある剣を片手に一本ずつなんて扱いづらいだろうに。


恐らく彼は両ききね。


でも、それだけで重量がある剣を二つも持てる訳ないわ。


・・・彼の両腕の筋肉はかなり鍛えこまれているようね。


でも、それはカリス様にも言える事よ。


あんな巨大なハルバード。


ただ振るだけで相当の筋力を必要とするわ。


それを突き刺したり、振り回したりするんだもの。


そんなの極限まで鍛え上げなければならないでしょうね。


それに、カリス様は非常に繊細にハルバードを操る。


そんな事、普通の人には絶対に無理だわ。


突き刺す、切り裂く、叩く、引っ掛けるの単純動作を繰り返すだけが普通のハルバードの使い方。


でも、カリス様に限ってはそれら単純動作を繰り返すのみならず、一度の動作にそれらを組み合わせてしまうわ。


突き刺し、振り抜き、切り裂く。


背後の敵を突き飛ばし、一瞬にして振り返り、貫く。


引っ掛け、横転した所を斧の部分で叩き切る。


それらをあっという間にこなすのだから恐れ入るわよね。


身体能力、戦闘技術、観察眼、洞察眼、反射神経、動体視力。


それら全てがカリス様は馬鹿げているわ。


本当に亜人より劣ると言われる人間なのか?


そう私はいつも自分に問いかけているわ。


スピードだけなら勝っているんだけど、そのほかの面では勝てる事を見つけるほうが難しいわね。


獣人として最高級の戦闘種族である私達銀狼をカリス様は普通に上回ってしまっているように感じる。


もはや、感嘆より呆れが出てしまうのは決しておかしな事ではないでしょう?


以前、カリス様のことを武神と評する人がいたわ。


それが、私の中では違和感なく溶け込んでいるの。


シュバルド王家の者達がどれほどの強さを誇っていたのかは知らない。


だけど、シュバルド王家亡き今、武神の名はカリス様が名乗るべきだと思うわ。


何といっても、カリス様以外に武神の名を語るのに相応しい者なんている筈がないんだもの。


カリス様は何事にも屈しない為、何事をも退ける為にと力を付けている。


理不尽を憎み、後悔しない為にもと自分の身体を痛みつけるように鍛えているわ。


だから、私はカリス様の身体がいつ壊れるかが心配で堪らない。


普通なら、カリス様の身体は既に壊れてしまっていても全く不思議ではないの。


だってそれ程の無茶をしてきたのだから。


でも、幸か不幸か、それに耐えられるだけの潜在能力をカリス様は持っていたのよ。


苛め抜いても、壊れる事無く、糧と出来るだけの才能があったの。


カリス様が努力でここまでの力を身に付けたという事に間違いはないわ。


でもね、それに耐えられたのは間違いなく先天的なものがあったからに相違ないわ。


カリス様にはここまで強くなれるだけの才能が生まれつき備わっていたの。


でもね、限界がないように感じても、必ず限界は存在するものなのよ。


カリス様の身体が壊れないようにって私には祈っていることしか出来ない。


私は何て無力なんだろうって。


カリス様の修練を見る度にいつもそう感じているわ。


「あっ。ラミットさんが」


・・・考え事をしている間に模擬戦が佳境に入ったみたい。


カリス様に向かって踏み込むラミットという男。


でも、カリス様は最小限の動きで、しかも、髪の毛一本分という驚異的な間合いで避ける。


敵の攻撃を完璧に見極め、なおかつ、自分に絶対の自信がなければ、あんな避け方は出来っこない。


避け終わった後、カリス様はハルバードを振りかぶり、全力で振り抜いた。


カリス様は相手を殺す事を考えていないはずだから、防げると思って全力で振り抜いたんでしょうね。


案の定、彼は剣を重ねる事でカリス様の全力を受け止めた、


でも、それだけじゃ甘かったみたいね。


彼はハルバードの勢いに押されて身体ごと吹き飛んでしまった。


吹き飛んだ先で彼は地面に膝をついている。


そして、自分の手を見詰め、握っては離すを何度も繰り返しているわ。


恐らく、腕が痺れているんでしょうね。


眉を顰めている事からもそれが正しいと分かるわ。


そんな彼に向かって、カリス様は追撃する。


ハルバードの複数ある攻撃方法の内、先程、カリス様は斧による叩き切りを行った。


そして、『次はこれだ』と言わんばかりに、カリス様はハルバードの先端を向け・・・。


「ハァァァァァァァァ!」


咆哮と共に、神速と呼べる突きを幾度となく繰り返したの。


ただでさえ、体勢が整っていない状態での攻撃。


彼に防ぐ術はないでしょうね。


上下左右。


その全てからまるで壁が迫ってくるかのように、槍の矛先が向かってくる。


受ける側には悪夢のように感じるでしょうね。


何といっても、視界一杯に槍の矛先が見えるのだから。


彼はどうにかして致命傷を避けようと最低限出来るだけの事をしていたわ。


その甲斐あって致命傷は避けられていたものの、既に全身は傷つき、彼は満身創痍。


でもね、彼は笑っているの。


気がおかしくなったのではないかという思えるほど、とても楽しそうに笑っている。


「こうでなくちゃな。やはり自分より強い者と闘うのはこれ以上なく楽しい」


「なるほど。貴方は武人だな」


「へっへ。ダンナこそ」


そう、カリス様も楽しそうに笑っている。


どんな時でも冷静に物事を運ぶカリス様が戦闘の最中に笑うだなんて・・・。


「次はこっちから行かせてもらうぜ」


満身創痍の身体に鞭を打ち、彼は動き出す。


既に限界を感じているであろう今の彼の動きは、今までで最も早かったわ。


限界の先に何かが見えたとでも言うのかしら?


左右の手から繰り広げられる剣舞。


その美しさすら感じさせる攻撃を前に、カリス様も動き出す。


「・・・綺麗」


それは何て美しい舞なのだろうか?


まるで刃自らがカリス様を避けるかのような錯覚を受ける。


一つ一つの動作に無駄がなく、それでいて、煌びやかに輝いている。


まるで時が止まったかのような錯覚を受け、私は全身に鳥肌が立ったわ。


彼の剣舞とカリス様の絶妙な間合い取りから生まれる舞。


この二つが合わさって、戦闘という荒事が見るもの全てを惹きつける舞踊へと昇華した。


「・・・・・・」


どれだけ時が経ったのかしら?


時間という概念を忘れる程、私は二人の戦闘に意識を奪われてしまっていたみたい。


「ハァ・・・ハァ・・・」


「・・・・・・」


それ程の動きをしていたんだもの。


当然、二人の表情からも疲れが見えるわ。


でも、かなり追い詰められている様子の彼に対し、カリス様はあまり消耗していないように感じられたの。


「タァ!」


「ハァ!」


カキン!


甲高い金属音が空中に響き渡る。


「・・・・・・」


その光景に誰もが息を呑み、静まり返る。


「・・・・・・」


「・・・俺の負けみてぇだな」


カリス様の手にはハルバード。


でも、彼の手には何もなかったわ。


「やっぱり強いな。ダンナ」


「いや。貴方こそ」


「当然。と言いたい所だが、俺の完敗だ」


倒れこむ彼に向かって、手を伸ばすカリス様。


彼はカリス様の手をとり、力ない身体に無理矢理力を入れて立ち上がる。


「ミスト。来てくれるか?」


カリス様がミストを呼ぶ。


未だに私の後ろに隠れているミスト。


呼ばれたから行きたいんだけど、怖くて動けないといったところかしら。


・・・仕方ないわね。


「・・・ローゼンさん」


私はミストを背中に乗せると、颯爽とカリス様のもとへ向かう。


睨みつけるかのような視線を後頭部に感じるけど、気にしてはいけないわね。


「すまんな。ローゼン」


いえ、御気になさらずに。


ミスト。


頑張るのよ。


「ミスト。すまないが、治癒を頼んでいいか?」


「・・・はい」


カリス様に頼まれたら断れないわよね。


ミストは彼の傷を癒すべく、彼の傷口に手を添える。


「へぇ~。エルフが聖術を使うとはね。珍しい事もあるもんだ」


彼の言葉を受け、ミストの身体が震える。


どうやら、ミストのトラウマを抉ってしまったみたいね。


でも、大丈夫。


「・・・ミスト。大丈夫だ」


カリス様がいるんだから。


「・・・はい」


頭を撫で、優しい言葉を掛けるだけで、ミストの身体の震えは収まった。


敵わないわね。


私はそう思う。


私じゃ、ここまでミストに安心を与えてあげられないもの。


「・・・終わりました」


ミストの治療が終わったみたい。


「嬢ちゃん。ありがとよ」


そう言って彼はミストの頭に手を伸ばすんだけど・・・。


「・・・・・・」


サササとすぐにカリス様の後ろに隠れてしまう。


「ん? 何だか、嫌われちまったみたいだな」


「いや。すまんな。この子は極度の人見知りなんだ。あまり気を悪くしないでくれ」


「いやいや。俺も何だか嫌われるようなことをしてたみたいだから、仕方がないだろう」


まるで気にした様子を見せない彼に、カリス様は苦笑している。


前向きというか、マイペースというか。


「・・・ローゼンさん」


治療を終えたミストが私のところへやって来る。


何だか、睨まれているようにも感じるが、きっと勘違いね。


それに、貴方の仕事はまだ終わってないのよ?


「・・・・・・」


キョトンと首を傾げるミスト。


・・・分かっててやってるのかしら?


あんまりその顔を人に見せちゃ駄目よ。


「・・・?」


いいかしら。


カリス様は普段なら自分で治癒してしまうわ。


でも、今回はミストを呼んだ。


という事は・・・。


「ミスト。俺にも治癒をお願いできるか?」


そういう事よ。


ミスト。


「ッ!・・・はい!」


珍しく力強い返事のミスト。


そうよね、ようやく念願のカリス様の治療だものね。


気合も入るってものよ。


「天より注がれし聖なる光よ。彼の者を癒し、光を与えよ」


・・・気合の入り方が凄いわね。


今のは治癒魔術における最高級の魔術。


自らで頭上に光の珠を創りだし、その光に当てられた者の傷を癒し、更には、失われた体力なども纏めて回復させてしまうという魔術。


その分、消費する魔力は凄いんだけど・・・。


「・・・・・・」


今のミストには問題ないわね。


カリス様の服の裾を握って、輝かんばかりの瞳でカリス様を見詰めているわ。


今のミストの気持ちを一言で表現すると・・・。


『褒めてください』・・・でしょうね。


「ありがとう。ミスト」


満面の笑みで頭を撫でるカリス様。


「・・・(コクッコクッ)」


本当に嬉しそうに笑うミスト。


その後、カリス様に笑みを向けられているのが恥ずかしいのか、ミストは頬を赤く染めて俯く。


でも、しばらくしたら再び視線をカリス様の顔に向ける。


カリス様はその度に満面の笑みを向けてあげていて・・・。


ミストは再び笑みを浮かべた後、また恥ずかしそうに俯く。


でも、またしばらくしたら視線をカリス様に戻して・・・。


と、これを繰り返すのよ。


ホント、ミストは可愛らしいわよね。


「ここは不思議な所だぜ。亜人と人間があんなに親しくしてるんだから」


しみじみと呟く彼。


まぁ、普通の人間にとっては珍しい光景よね。


でも・・・。


私達にとってはもう当たり前の光景なのよ。


そして、私はいつまでもこんな光景が見ていられればなって思うの。


~SIDE OUT~










「俺が今日ここに来たのは、久しぶりにお前に会いに来たというのもあるが、それの他にも用があったんだ」


カリスとラミットの模擬戦が終わった後、屋敷内の居間へと案内されたセリスがそう告げる。


ちなみに、今現在、居間にいるのはカリスとセリスの二人だけだ。


他の者はそれぞれで活動している。


ミスト、ローゼンの二人は共にどちらかの部屋で昼寝をしている頃だろう。


ローゼンの毛皮は不思議と眠気を誘うらしい。


ロラハムはラミットに頼み込み、模擬戦をしていた。


『ロラハムにとって必要な戦闘経験を積む為にも様々な相手と戦ったほうが良い』というカリスの助言をロラハムは覚えていたのだ。


なお、ロラハムがラミットに頼み込む姿を見たとき、カリスはそっと笑みを浮かべていたという。


ラミットも笑顔で了承。


それから二人は先程までいた広場で模擬戦をしている。


いつまでも続けていそうな雰囲気だった為、『機を見て止めにいかないとな』とカリスは内心で考えていた。


事実、カリスが止めに入るまでに模擬戦は終わっておらず、二人とも疲労でその場から動けなくなるという結果に終わる事となった。


話を戻そう。


「用?」


「ああ。ミハイル団長からのお使いだ。明日午前中にアゼルナート城へ謁見に来るようにとの事だ」


「謁見?」


「そうだ。王家よりお前に騎士の称号が贈られる」


騎士の称号。


それは国の繁栄や国の防衛など国にとっての利益をあげた者に贈られる通常の爵位とは趣が異なった爵位の事だ。


貴族に仕える騎士とは一線を引き、この騎士の称号は国に仕える騎士という事を示している。


騎爵とも呼ばれ、特定の領地を持たない完全な名誉職だ。


唯一の権利は主都にある騎爵専用の屋敷を使うことが出来る事ぐらいであろうか。


だが、騎爵を与えられた者は、貴族達にとっての憧れとなり、貴族からも平民からも尊敬の視線を受ける。


貴族社会において、爵位が高い貴族は色々と優遇される。


だが、それは高い爵位を持っていることへの配慮ではなく、無礼を働いたとして罰を与えられるかもしれないと恐怖を抱いているからだ。


決して、尊敬や敬いの心からという訳ではない。


もちろん、それが全てという訳ではない。


尊敬の念を抱かれている高い爵位の貴族もいるし、それのお陰で優遇されている者もいる。


だが、殆どが恐怖心からや繋がりを持つ、所謂、覚えを良くする為や隠れて賄賂を贈る為などという悲しい現実があることもまた事実だ。


それが貴族社会の実態であり、貴族らしくないとカリスが評する貴族の世界である。


それに反し、騎爵の爵位を持つ者は違う。


騎爵王家から個人として認められ、家系関係なく、贈られる爵位だ。


血族というだけで貴族になっていない分、周囲からの評価も変わる。


騎爵を贈られた者全てが人格者という訳ではないが、能力があるという事は保障されている。


その為、平民にも能力のある貴族として見られるので敵意を向けられる事も少なくて済む。


平民にとっては、無能なのに傲慢な貴族が最も頭に来る存在であるからだ。


また、時折、例外として平民が騎爵を頂戴する事もある。


その者は平民達にとっては英雄的扱いを受ける。


理不尽な扱いをする貴族達を見返せる存在として平民達から見られるからだ。


貴族達にとっては忌々しい存在だが、能力があるのは確かであり、手が出しづらいのだ。


まぁ、平民上がりで騎爵をもらって調子に乗る輩も存在するが・・・。


とにかく、騎爵を頂戴するという事は家系でも親類でもなく、自分自身を王家が認めてくれたという事で、ただの名誉職であっても喜ばしい事なのだ。


「俺が騎士を? 別にそんなものを贈られるような事をした覚えはないがな」


「お前がなんて言おうと周りをお前がした事を評価しているという事だ。素直に受け取っておけ」


カリスのおざなりな言葉に、セリスは苦笑しつつ答える。


「ああ。分かった。明日の午前中に行けば良い訳だな」


「そうだ。きちんと正装してこいよ」


「分かってるさ」


セリスのからかいに、カリスが苦笑で返す。


「それと、謁見が終わったら、天空騎士団まで来てくれ。俺の名を出してくれれば、俺が迎えに行くから」


「分かったが、何故天空騎士団へ行くんだ?」


「何でも、団長がお前に用があるらしい」


「・・・そうか。まぁ、分かった」


困惑した様子だが、了解の返事をするカリス。


すると、話し終えたという雰囲気を醸し出しながら、セリスが席を立つ。


「それじゃぁ、俺はそろそろ帰るな」


「そうか。忙しいのか?」


「まぁ、まだ戦後処理が残っているからな。当分は忙しいだろうな」


「そうか。まぁ、頑張れよ」


「他人事みたいに言いやがって」


「事実、他人事だからな」


「この野郎」


カリスの素っ気無い言葉にセリスが怒った様子を見せる。


「ハハハハハハ」


「フフフフフフ」


その後、顔を見合わせて笑い合う二人。


どちらも芝居だと分かっているからこその芸当であろう。


「無理せずにな」


「わかってるっての。それじゃあな」


そう言い、今度こそ完全に立ち去っていくセリス。


「ああ。じゃあ俺はロラハムの様子を見に行くか」


「あぁ、そうか。ラミットがいたな。俺も行こう」


カリスの言葉を聞いて、セリスが戻ってくる。


「そうか。それじゃあ行くとしよう」


セリスと共に居間から出て行くカリス。


五年経った今でも二人の間には確かな友情があった。










「先日の戦。貴公の活躍なくして勝利はできなかった。感謝する」


「ありがたきお言葉。しかと胸に刻み付けました」


現在、玉座の前にてカリスが臣下の礼を取り、クラウスを始めとした王家の者達と対面していた。


「若くしてのこの実績。貴公の事を評価し、貴公に騎爵を贈ろう」


アゼルナート皇国現皇帝バイエン・アゼルナートにより、カリスに宝剣が手渡される。


この宝剣こそが、騎爵を与えられた証明となるのだ。


ちなみに、この騎爵の証明法は国によって異なる。


アゼルナート皇国は紋章の入った宝剣が。


セイレーン聖教国は紋章の入ったマントが。


カーマイン帝国は紋章の入った飾りが。


ドリスタン独国はカーマイン帝国時代の名残もあり、カーマイン同様紋章の入った飾りが。


それぞれ別の選定基準でそれぞれが贈られる。


なお、亜人達には、騎爵、いや、そもそも爵位という概念すら存在しない。


亜人達は部族、集落ごとに生活を営んでおり、王家に尊敬の念は持つものの、基本的にあまり干渉しない。


王家も集落のや部族の代表者達と会合するぐらいで、直接干渉する事はない。


王家も自らの集落の者達を養う事に力を費やしている為、他部族のことは殆どをその代表者に任せるだけにしてしまう。


まぁ、ある意味、王家や貴族などの傲慢な者達が現れない為、民達にとっては良い事なのかも知れないが・・・。


ただ、問題として、部族間の交流が少なく、集落の土地や水源などの問題ごとで争いが起こるという事がある。


話し合いという解決手段がなく、簡単な事でも争いに発展してしまうのは悲しい事であった。


そのことも考えて、多少の交流をするべきだという意見が出るのだが、代表者達はあまり首を縦に振らない。


何故なら、代表者、ひいてはそれぞれの集落の民達が他集落、他部族の介入を好ましく思わないからだ。


殆どの民が不干渉を望んでいるのだから手に負えない。


代表者としても民の意見もあるし、自身がそうである事もあり、賛成する者が少ないのだ。


このことを如何に改善するか。


それが今後の亜人王家の課題となるだろう。


話を戻そう。


「ハッ! ありがとうございます」


宝剣を受け取ったカリスが深く頭を下げる。


「貴公の更なる功績に期待する」


「ハッ!」


王家の者達が退席し、カリスの謁見が終わりを告げる。


手渡された宝剣を腰に備え付けると、カリスも退室するべく歩き出す。


普段ない腰への重みに、カリスは自らが騎爵を頂戴したのだと改めて実感した。










本城からの帰り道、カリスはセリスに言われた通りに天空騎士団の兵舎を訊ねていた。


途中、すれ違う兵士達に宝剣の件で注目を集めていたが、カリスはまるで気にした様子はなかった。


・・・相変わらずのようだ。


「失礼ですが、どういった御用件でしょうか?」


兵舎への入り口にある門に門番だろうか、一人の兵士が立っていた。


「申し訳ありませんが、フォーラム小隊長に取次ぎをお願いします」


「少々お待ちください」


そう言うと、兵士が近場にいる他の兵士に言いつけ、再び門に戻ってきた。


「今、呼びに向かわせたので、すぐに来ると思います」


「ありがとうございます」


「失礼ですが、貴族様ですよね?」


「はい。そうですが・・・」


「それでしたら、普通にしてくださって結構ですよ。私は平民出身ですから」


基本的に、貴族出身の軍隊入隊者はいきなり小隊長や部隊長補佐などと優遇される。


例外としては宮廷魔術師団がある。


ここでは、完全な実力、実績重視な為、何処の出身であろうと優遇される事はない。


トリーシャが一般兵として所属している事からもそれが窺える。


そんな軍隊だが、その全てを貴族で運営する事なんて当然できない。


軍隊のような莫大な数を必要とするものを貴族だけで捻出する事なんて不可能だからだ。


その為、貴族の他に平民からも兵を募集している。


これは自由意志によるもので、決して強制されて入隊するものではない。


だが、例年応募数は募集数を上回る。


それは軍隊に入隊する必要がある者が多いからだ。


このような形で入隊する平民の殆どが貧困層の出身であり、家が貧乏で生きる為や家族達を養う為などの理由で応募している。


軍の給料は安いものの、大抵必ず入隊でき、安定した収入が見込めるからだ。


その手を見逃す訳には行かない。


苦労と給料は全く割に合わないが、定職に就けないこのご時勢、仕方のないことだ。


何にももらえないよりマシである。


そのような理由もあり、日々を生きる為にも入隊しなければならないのだ。


だが、そのような平民出身の兵士達にとって、出世への道は限りなく狭い。


何故なら、平民出身の兵士全てが一般兵として部隊に配属され、ただの使い捨ての兵として使われるからだ。


そんな中、確実に手柄を立てて出世するのには、相当の腕と根性が要る。


実力と運の両方が必要であり、平民出身の兵士達の中で出世するのは本当に一握りなのだ。


だから、大抵の者は出世への道をすぐに諦め、一般兵として出来るだけ死なないようにと日々を生きている。


この門番も例外ではなく、平民出身な為、一般兵として配属され、ローテーションで門番を務めているのだろう。


一般兵の仕事にはこのようなものもあるのだ。


「そうですか。ですが、私は何処の者かも告げずにここにいるのですから、気にしなくて良いですよ」


「ですが、宝剣を持っている事から推測するに、貴方様は騎士なのでしょう?」


「ええ、まぁ。先程、皇帝陛下から頂きまして」


「すいません。勝手な口を利いてしまって」


「あの・・・どうかしましたか?」


突然、謝りだす兵士に困惑するカリス。


「いえ。貴族様、しかも、騎士様に無礼な口を利いてしまい、本当に申し訳ありません」


「いや。ですから、気にしないでください」


「そんな訳に参りません。本当に申し訳ありませんでした」


頭を下げる兵士とそれを宥める貴族という混沌の空間。


それはようやく現れたセリスが介入するまで続いた。


「何やってんだ? カリス」


「セリスか。いや。ちょっと、色々あってな」


「フォーラム小隊長。お疲れ様です!」


ビシッと敬礼する兵士に、セリスは軽く手を挙げることで応える。


「それで、一体どうしたんだ?」


「いえ。私が騎士様に無礼を働いてしまい」


「だから、気にしないでくれと言っているのに」


「アッハッハ。そういう事か」


困った様子の二人を尻目に、セリスが笑い出す。


それにカリスはジト眼を向けるが、セリスは気にした様子を見せない。


兵士は恐縮しっぱなしで正直扱いに困る。


「あぁ、こいつは別に気にしちゃいないから、お前も気にしないほうがいいぞ」


「ですが・・・」


「知ってんだろ? 平民達に大人気の変わり者貴族、アナスハイム家を」


「はい。存知ております」


「何だ? その変な噂は」


散々な言われように、眉を顰めるカリス。


「んで、そこに平民達と宴を開いたアナスハイム家でも異例の変わり者って奴がいただろ?」


「はい。平民達の間では有名ですから」


「それがこいつだ」


「・・・えっ?」


いきなりのセリスの言葉に、唖然とした表情をする兵士。


「それはどんな噂だ?」


気になったカリスが問いかける。


その表情は真剣であり、対面にいた兵士が息を呑む。


だが、事情を理解しているセリスがカリスに近づき耳打ちする。


「大丈夫だぞ。亜人に関しては出回ってないからな」


「・・・そうか。それならいいんだが・・・」


「・・・?」


急に真剣な表情を解いたカリスに首を傾げる兵士。


「まぁ、とにかく、こいつは変わった奴だからな。他の貴族と同じ扱いはしない方がいい」


「その言い方は棘を感じるのだが・・・」


「は、はぁ・・・」


考えられないほどフレンドリーな貴族二人の姿に困惑して曖昧な言葉を返す事しかできない兵士。


「んじゃ、早速案内するしよう。門番を続けるように」


「ハッ!」


いつもの習慣からか、すぐさま敬礼を返す門番。


二人はそんな門番の姿に苦笑を浮かべ、その後、その場を後にした。


向かう先はミハイルの執務室だ。










~SIDE セリス~


「連れて参りました」


俺はカリスを連れて、ミハイル団長の執務室へとやって来た。


たかが小隊長の一人である俺にとって、この部屋は遠い存在であり、ここにいるだけで緊張感が自分を襲う。


更に、正面に団長がいるとなると、その緊張感は凄まじくなる。


だが、隣にいるカリスを見ていると、『何で自分だけが緊張しているんだ?』と馬鹿馬鹿しくなってしまう。


こいつはまるで緊張した様子を見せずに、黙ったままこちらを見詰めてくるミハイル団長を平然と見詰め返していた。


ホント、良く分からない奴だ。


こういう状況に慣れているのだろうか?


普通なら、四天将の一人と対面したら緊張するんだがな・・・。


「良く来たな。カリス殿。歓迎しよう」


「ハッ! お久しぶりです。ドリスター団長」


ビシッと綺麗な敬礼を返すカリス。


こいつ、ホントに貴族学校に通ってなかったのか?


こんな完璧な敬礼中々ないぞ。


「先日はご苦労だった。貴公の活躍は我々を勝利に導いた。貴公の名は瞬く間に国中に広がったであろう」


実際、カリスの名前は国中に伝わっている。


ただでさえ、騎士家系の名門アナスハイム家の子として周囲から注目を集めていたのに、そんな中、予想を遥かに超える活躍を見せたのだ。


有名にならない方が不思議である。


恐らく、騎士の称号を与えられたという今日の出来事も瞬く間に広がる事だろう。


貴族達にとって、そのような名誉に関する事は何よりも興味のある事だからな。


「そこでだ。貴公は軍隊に入隊する気はないのか?」


「軍隊・・・ですか?」


カリスの兵種はドラグーン。


入隊するならば、天空騎士団が最も相応しいであろう。


それに、カリス程の実力者なら、どの騎士団からでも勧誘がくる。


それならば、何処よりも早く引き入れてしまおうという魂胆だろう。


ミハイル団長もカリスの武を欲しているのだ。


「貴公が貴族学校を卒業していないという事は分かっている」


貴族学校を卒業している者は優遇される。


だが、裏を返せば、卒業していない者は平民と同じ扱いを受けるという事になる。


何故なら、優遇される理由がないからだ。


「だが、貴公の武の前にはそのようなものは微塵の意味も持たないと私は考えている」


相当、カリスの武に惚れこんだみたいだな。


ミハイル団長は。


「どうだろうか? 我が騎士団に入団してくれないか?」


真剣な表情でカリスを見詰めているミハイル団長。


四天将にここまで頼まれれば、大抵の者は断れないだろう。


だが、きっと、いや、確実にカリスは断る。


だって、あいつは・・・。


「・・・申し訳ありません。ドリスター団長」


領地に亜人を、仲間達を待たせているのだから。


「そうか。残念だ。訳を聞かせてくれるか?」


意外とあっけなく引き下がったミハイル団長。


どういう事だろうか?


「私は領地に仲間達を残しています。仲間達を残して軍隊に入隊する事は出来ません」


しかも、その仲間達に事情があるとなれば、入隊する事なんて出来ないよな。


「そうか。それならば、常に領地にいられれば良い訳だな?」


「え? ええ。そうなりますね」


何を言い出すんだろうか?


ミハイル団長の意図が読めない。


「では、こうしよう。貴公には我が天空騎士団特殊部隊の隊長になってもらいたい」


「特殊・・・部隊?」


カリスがそう呟く。


かくいう俺も意味が分からず困惑している。


「我々天空騎士団を含め、騎士団というものはいくら迅速に行動しようとも組織的な事もあり準備などで行動を開始するまでに手間取る事が多い」


確かにそうだな。


機動騎士団のように迅速な行動を方針とした騎士団ですら、すぐさま行動に移す事は不可能だ。


軍備を整え、隊列を編成し、ようやく騎士団は行動が開始できる。


その為、どれだけ迅速に準備をしようと、間に合わない事のほうが多い。


仕方のないことだとしても、悔しい現実だ。


「そこで私は考えた。あらかじめ準備の手間が少ない少数精鋭の部隊を待機させ、迅速に行動させればよいのではないかと」


少数精鋭の部隊。


その利点は多い。


単純に準備する手間が少なく、行動に移す時間が少なくて済む。


また、移動に時間がかからず、すぐさま目的地に到着できる。


戦力的な問題も精鋭ならば解決できる。


もし、少数精鋭の部隊がしっかりと機能すれば、間違いなく事件解決は早まるだろう。


「そこで、ドラグーンである為に移動手段もあり、個人の武としても秀でている貴公に特殊部隊の部隊長を任せたいのだ」


「私が・・・ですが?」


「ああ。それに、そもそも、貴公が騎士団に入隊してくれたとしても貴公には特殊部隊を任せるつもりであった」


元々そのつもりだったという事か。


だから、断られても慌てる事がなかったんだ。


軍隊の入隊を断る理由なんて高が知れてる。


団長は何となく予想が付いていたのだろう。


「部隊の構成員はどうなるんですか?」


「そこだが、貴公は領民に部隊の構成員となれそうな者はいるのか?」


カリスは仲間達を領内に残しているから断ったようなものだ。


それなら、その構成員にはその仲間達をあてがえばいい。


「はい。います」


「そうか。それならば、その者達と部隊を組んでくれて構わない。どうだろう? 受けてくれるか?」


「・・・・・・」


すぐに返事をするなんてことは無理だろうな。


仲間達にも話を聞かないといけないし・・・。


「・・・構成員の人数などに決まりはありますか?」


・・・もしかして、引き受けるのか?


「いや。それは貴公に任せる。大規模な敵と争うような任務以外を依頼するつもりだ。だから、あまり人数は揃えなくても良い」


なるほど。


確かに数がいるのなら、国から兵を出したほうがいいからな。


小規模で対処に困るものを担当してくれた方が負担も減る。


「給金に関しては担当してもらった任務ごとに払おう。そちらの方が分かりやすいだろうからな」


確かに。


隊員の数も不明確なのだから、一定した給金よりは遥かに合理的だ。


任務に応じた報酬の方が分かりやすく、受け取りやすいだろうしな。


流石に考えているな、団長は。


だが、果たしてカリスが引き受けるかどうか・・・。


「そうですか。分かりました。引き受けます」


えっ!?


いいのか?


「そうか。引き受けてくれるか」


「はい」


「・・・いいのか?」


心配になって、俺はカリスに聞く。


だって、下手すればお前の領地に亜人がいるとバレる可能性が・・・。


「ああ。人数が少なくて済むなら、最低俺だけでもいいはずだ。それに、父上や母上達に迷惑をかけっぱなしだからな。せめて働きたい」


真面目な奴だな。


大抵の貴族の子供なんて、親に頼るだけで、おんぶにだっこな生活を送っているもんだ。


それなのに、せめて働こうだなんて・・・。


そんな事考える奴中々いないぞ。


ホント、変わった奴だよな。


「だが、そうなれば、お前の領地に騎士団との連絡役が入り浸る事になる。バレる可能性も高いぞ」


「長い間、隠し通してきたんだ。バレるような真似はしないさ」


自信満々に言い放つカリス。


だが、そう都合よくは行かないだろう。


仕方ない。


ここは俺が一肌脱ぐか。


「どうしたのだ? コソコソと」


怪しまれる前に話を変えないとな。


それに、ちょうど言いたい事もあるし。


「団長。それならば、この私がカリスと騎士団との連絡役を務めます。私ならアナスハイム領に詳しいので、問題は少ない筈です」


「セリス?」


「気にすんなよ。俺の勝手だ」


「・・・すまない。助かる。セリス」


気にすんなって言っただろ。


それに、そっちの方が楽しそうだしな。


「そうか。その方が良さそうだな。それならば、セリス フォーラム小隊長」


「ハッ!」


「貴公にカリス部隊長率いる特殊部隊との橋渡し役を命ずる。貴公の小隊は他の隊に組み込んでおこう」


「ハッ! ありがとうございます。その役目、必ずやこなしてみせます」


こうして、俺は暫定的な特殊部隊の一員となった。


これから、どうなっていくのか。


怖くもあり、楽しみでもあるな。


まぁ、俺なりに楽しくやっていくさ。


カリスもいることだしな。


あぁ、どうせなら、ラミットも誘うか。


あいつなら、引き受けるだろうしな。










・・・今思えば、この時が俺にとっての転機点だったんだ。


この日を境に、俺のただ繰り返すだけの日常が変化する。


・・・良くも悪くも・・・な。


~SIDE OUT~

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