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第六話 戦争の終結




夜が明けた。


今日、アゼルナートが動く。


幾日も続いたアゼルナート皇国とドリスタン独国の戦争もこれを機に幕を閉じる事となろう。


勝利か敗北か。


その行方を握るものは誰か? 何か?


朝日が立ち込めると同時に眼を覚ましていく兵士達。


精悍な顔付きで戦場を見詰める彼らの瞳には愛する自国の勝利しか映っていない。


どちらの国が勝利に歓喜の声をあげる事となるのか?


それは兵士達にとっての今日という日が本当の意味で終わりを告げた時、ハッキリとするだろう。










朝日が地上を照らす中、カリスは自分の得物を手に取り、ただ強く握りしめている。


彼の瞳に映る空は清々しいほどの晴れ模様。


その空は今が戦争をしている真っ只中だという事を忘れさせてしまう程、穏やかな気持ちへとカリスを導いていた。


「・・・今日で決着がつく。勝つか、負けるか。それは俺を含む奇襲部隊の働きにかかっている」


フゥ~と空を見上げながらゆっくり息を吐くカリス。


「不安なのですか? カリス様」


「ローゼン・・・。起きてたのか?」


カリスの背中に向かって、突如姿を現したローゼンが声をかける。


早朝で誰も幕舎に近づかないと判断したのか、今のローゼンは人間形態である。


「珍しいですね。声をかけるまで気が付かないんだなんて」


「珍しくなんてないさ」


ローゼンの問いかけに、カリスは穏やかな声色で答える。


「そうですか。・・・今日、勝敗が決まりますね」


「・・・そうだな」


ローゼンはカリスの隣まで歩いてくると、共に空を見上げる。


「気持ちの良い朝ですね。思わず、今が戦争中だという事を忘れてしまいます」


「ああ。清々しい朝だな。気持ちがいい」


カリスはそう言うと、全身を伸ばすべく、両手を上げ、背伸びをする。


「カリス様。私は貴方様と長い間共に旅をしてきました」


「・・・・・・」


ローゼンが語り出す。


カリスは視線をローゼンに向ける事無く、ただ空を見上げ、黙っている。


「そして、これからも貴方様の傍にいられたらと思っています」


「・・・そうだな」


ローゼンの言葉に、カリスも同意する。


「ですから、貴方様がいなくなるなんて事、私は望んでいません。まぁ、貴方様がこんな所で倒れるなんて微塵も思っていませんが・・・」


「ハハハ。そうか」


「はい」


ローゼンの言葉に、カリスは苦笑で応える。


そんなカリスに釣られるように、ローゼンもカリス同様、苦笑を浮かべる。


「そうだな。お前達を残して先に逝くなんて事、あってはならないよな」


「はい。私もですが、今のミストには貴方様の存在が必要です」


「・・・ミストか。あいつが俺を必要としなくなるまでは、俺は何があっても生きていないとな」


「そうですね。(ミストがカリス様を必要としない日なんて一生来ないと思うんですが・・・。まぁ、カリス様ですからね。中々、気付かないでしょう)」


内心でどう考えているかは分からないが、ローゼンが肯定する。


「どちらにしても、まずは目先の事を終わらせないとな。争いばかりの生活では息が詰る」


「はい。まだアゼルナートの各地を回った訳ではないですから。私も見た事のないような景色が見れるのは楽しみなんですよ」


「そうか。それなら、この戦争が終わったら、まずは皆で各地を回ってみるか」


「それが良いです。私も楽しみにしています」


笑顔で語り合う二人。


「少し、身体を動かしたい。付き合ってくれるか? ローゼン」


「御意に。カリス様」


真剣な表情になったカリスに合わせるように、ローゼンも真剣な表情になる。


まずはこの物騒な戦争を終わらせよう。


そんな気持ちがカリスの表情からは垣間見えた。


作戦開始時間は刻一刻と近付いていた。










「諸君。今から作戦が開始される。我々の任務は本陣の奇襲、及び、殲滅だ」


現在、ドラグーン、ライダーナイト達は、待機場所でミハイルの演説を聞いていた。


その中にはカリスの姿も見える。


待機場所にいるドラグーンとライダーナイトの数は合わせて大体千名。


奇襲するには心許ない数だが、その攻撃力を活かせば、出来ない事もないだろう。


作戦さえ、うまく成功すれば、敵本陣をあまり被害を受ける事無く殲滅できるはずだ。


その為にも、本隊との連携が大事となる。


本隊がどれだけ敵を引き付け、奇襲隊がどれだけ機を掴めるか。


それが作戦を成功させる上で最も重要な要素である。


「まず、我々は戦場を大きく迂回。敵本陣の後方付近まで移動する。その際、敵兵士に見つかった瞬間作戦は失敗となるので充分注意しろ」


奇襲というぐらいなのだから、相手側の奇を突かなければならない。


その為にも、自分達の存在を気付かせてはいけないのだ。


奇襲の基本である。


「その後、機を見て、突撃する。その際、部隊を三つに分ける。シルベスター。セルベスター」


「ハッ!」


「ハッ!」


ミハイルの呼びかけに、二人の男性が答える。


「二人にそれぞれ部隊を率いてもらう」


シルベスター・タンスロット。


セルベスター・タンスロット。


彼らは一卵性の双子であり、シルベスターが副団長を、セルベスターが二人の補佐を務めている。


言わば、彼らが天空騎士団のトップスリーという訳だ。


タンスロット家はアナスハイム家と同様にアゼルナートの騎士家系である。


エリートと呼ばれる上流な騎士家系であり、知名度ではアナスハイム家に劣るものの、その実績はアナスハイム家にも負けていない。


現在、貴族達の間で注目を浴びる若手騎士の二人である。


シルベスター、セルベスター共にワイバーンを駆るドラグーンだ。


「シルベスターは本陣右から、セルベスターは本陣左から、私の部隊は本陣の真後ろから攻める」


部隊を三つに分け、包囲的に突撃する事で、敵の混乱を誘うと共に敵戦力の分散を狙う。


自らも戦力を分散するが、突破できると確信しての事だろう。


「我々の働きが戦況を左右する。諸君達の奮戦を期待する」


「オオォオォオォオォオォオォォォォォオォッォオオ!」


ミハイルの言葉を受け、兵士達が咆哮する。


その叫び声には気迫が漲っていた。










「カリス殿。貴公には私の部隊に合流してもらう。よろしいか?」


「ハッ! 了解いたしました」


演説を終えたミハイルがカリスのもとへやって来る。


正式に配属されている訳ではないカリスには部隊の編成などまるで分からなかった。


その為、ミハイルが直々に言いにきたのだろう。


カリスとしては、どの部隊に入ればよいのかわからなかったので助かったといえる。


「期待しているぞ。カリス殿」


そう言って立ち去っていくミハイルの背中をカリスはしばらくの間眺めていた。










「突撃ィィィ!」


「オオォオォオォオォ!!」


「て、敵だ。敵が後ろから攻めてきたぞ」


「な、何!? グハッ!」


ミハイルの合図のもと兵士達が突撃していく。


左右からも味方兵士が飛び込んできており、包囲的な突撃が始まったといえる。


敵兵士達は突然の襲撃に混乱を極め、右往左往する。


防衛用にいた兵士達でも覚悟のないものは逃げ惑うか叫ぶ事しかできない。


覚悟のあるものでも周囲の混乱を抑える為に動き回っており、迎撃する余裕がない。


要するに、今の敵兵士達は狩られる事しか出来ない哀れな存在だという事だ。


それを表すように、飛び込んできた兵士達に敵兵士達は次々と葬られていく。


そして、その混乱は本陣内にいる全ての兵士達に広がっていた。


「ハァ!」


ミハイルの部隊と共に真後ろから敵本陣へ飛び込んだカリス。


すれ違う敵兵士を一振りで薙ぎ払っていく。


ルルもカリスに負けじと敵兵士を攻める。


カリスを背に飛びながらも、爪で敵兵士を切り裂き、ブレスでまとめて薙ぎ払うなど抜群の働きを見せていた。


二人の息は完全に合っていて、カリス達の周辺は絶対的な無敵空間となっていた。


その勢いはもはや止められない。


「グハッ!」


一人、また一人と葬っていくカリス。


「ッ!」


乱戦の為、思わぬ方向から矢が飛んでくることもしばしばだ。


カリスは足に矢を受け、血を垂れ流していた。


だが、カリスが慌てる事はない。


「聖なる光よ。我が傷を癒したまえ」


ルルが近辺の敵を引き受けてくれた事で、余裕が出来たカリスは突き刺さった矢を無理矢理抜き取ると自らの傷を治癒する。


こうするこ事でカリスは再び万全の状態になって戦闘する事が出来る。


そして、それはその逆もまた然りだ。


巨大な体躯の為、ルルには流れ矢がよく当たる。


致命的になるものは完全に避けてはいるが、その他のものまで完全に避けるのは不可能に近い。


だから、どうしても移動を鈍くする傷が出来てしまう。


だが、ルルの攻撃が止まる事はない。


それはカリスを完全に信頼しているからだ。


動きが鈍くなる程の傷をルルが負ったとカリスが判断したら、カリスはすぐさまその傷を治癒する。


これを繰り返す事でルルとカリスが戦闘不能に陥る可能性を極限まで少なくする事が出来る。


「このままでは埒があかない。攻めるか」


カリスの鋭い視線がある方向に向けられる。


その視線の先には・・・。


「集団戦法においての勝利は指揮系統の頂点、即ち指揮官を打つのが最も手っ取り早い」


そこには本陣を護っているであろう敵将が見えた。


『行くか・・・』と心の中で呟き、カリスは一直線に敵将へと突っ込んでいく。


途中、遮る敵は容赦なく突き刺し、なぎ払い、その命を奪っていく。


その戦い様は敵兵士に圧倒的な恐怖感を与えていた。


武神。


そんな言葉が当てはまるかのような戦いぶりだった。


シュバルド王家なき今、武神を名乗る者は存在しない。


だが、今のカリスの姿には武神という言葉が何故か最も相応しく感じた。


「このズミニク様に歯向かうとは生意気な小僧だ」


一直線に向かってくれば、誰だって気がつく。


更には目立つ戦いぶり。


気がつかないほうが不思議である。


カリスが敵将の正面に回ったとき、敵将であるズミニクが声を掛けてきた。


このズミニクこそがドリスタン側の総大将である。


「少しは腕が立つようだな。だが、俺を仕留められるのはアゼルナートでは四天将ぐらいだ。お前じゃ役不足なんだよ」


傲慢に、勝気に笑うズミニクにカリスは何も言わずただただ黙っている。


「何だ? ビビッて声も出ないのか? だから、ガキは嫌なんだ。・・・俺を倒したければミハイルやらザストンやらをさっさと連れて来いや」


黙っている事が恐れからと思い込んだズミニクは更にカリスを侮辱する。


常に侮辱し、相手を激怒させるのがズミニクの戦術だ。


冷静さを欠いた奴ほど仕留めやすいものはいないからだ。


先程からズミニクはニヤニヤと相手が苛立つような顔でカリスを眺めている。


「・・・話はそれだけか?」


だが、カリスがそのような挑発に容易く乗るわけがない。


常に冷静。


それがカリスだ。


「な、なにぃ!?」


「・・・話はそれだけかと聞いているんだ」


「テ、テメェ! 調子に乗るなよ」


自分の思い通りにいかない事が我慢ならないのか、冷静さを失わせるつもりが、逆に冷静さを失ってしまっていた。


激怒したズミニクはその重い甲冑をものともせず、カリスに近づいてく。


そう、ドミニクは重厚な甲冑を身に纏う特別なソルジャー、ジェネラルなのだ。


甲冑の重みで動きは鈍くなるものの、そのガタイと防御力で敵を寄せ付けないのがジェネラルだ。


ズミニクも例外なく、大きな身体で一般兵士にはない威圧感を醸しだしていた。


「すぐに冷静さを失うようでは一人の将として失格だな」


「こ、このガキ! 次から次へと減らず口を」


激怒するズミニクにクールなカリス。


対照的な二人を見れば既に勝負がついているかのように感じる。


「おい! アーチャーども!」


ズミニクは背後にいる複数のアーチャーに声をかけ、一列に並ばせた。


「あのガキに向かって射ろ! いいな! ・・・いけぇ!」


ズミニクの合図のもと、アーチャー達が一斉に弓を射ってきた。


「ふん。これだけの量だ。まぁ・・・ガキには勿体無かったがな」


既に勝負はついているかのような声をあげ、振り返り歩き出すズミニク。


だが、その考えは甘かった。


「あれしきの量で勝ったつもりか?」


背面からの声に思わずズミニクは振り返る。


「な、なにぃ!?」


そこにはルルの上に跨っている全くの無傷のカリスと先程まで一列に並んでいたであろうアーチャー達全てが倒れ伏されている光景があった。


あの時、カリスは自らに飛び込んでくる矢をルルを上空へ飛ばせる事で回避した。


その後、次々と射られてくる矢をルルの華麗な空中旋回で避け続け、隙を見て一瞬で近づき、一気に薙ぎ払ったのだ。


その光景を、ズミニクは油断からか見逃していた。


「クッ! 少しはやるようだな。だが・・・。おい、お前ら!」


ズミニクが叫ぶと、先程の弓兵のようにぞろぞろとマジシャン達が出てきた。


「矢は防げてもこれは防げんだろう。いけ!」


マジシャン達が魔術を放つべく、詠唱に入る。


だが・・・。


「遅いな。甘い」


それよりも早く、カリスがルルに合図を出し、上空からブレスが放たれ、マジシャン達を襲う。


魔術に対する抵抗力が高いマジシャンには竜のブレスにも高い抵抗力があり、致命傷となるダメージを与える事が出来なかった。


だが、それでもカリスとしては構わなかった。


カリスの目的はダメージを与える事ではなくて、相手の詠唱を妨害するにあったからだ。


マジシャンにとって、詠唱とは魔術を行使する上で欠かせない作業。


逆にいえば、詠唱さえ阻止してしまえば、マジシャンは怖くない。


カリスはマジシャン達が詠唱を中断している隙に高速で接近して、接近戦では手も足もでないマジシャン達を瞬く間に倒していく。


幾人もいたアーチャー、マジシャンが一人のドラグーンに倒されていく。


流石のズミニクもこれには背中に嫌な汗をかいた。


「・・・お、お前は・・・一体・・・何者なんだ? ・・・こんな奴。・・・こんな奴」


襲い掛かる死への恐怖に、ズミニクは後ずさる。


まるで、何かにまとわりつかれているかのように、全身が重く、汗が滝のように流れてくる。


本能が、勝手にカリスから距離を取らせる。


「兵にばかり戦わせて自分は何もしないのか? とんだ将軍だな」


「な、何ぃ!?」


カリスの言葉に激昂するズミニク。


今のズミニクは先程までの恐怖に囚われたズミニクとは違う。


恐れよりも怒りが精神を支配し、眼はカリスを殺すべく血走っていた。


「こ、このガキがぁっぁぁぁぁ! 死ねぇぇぇぇぇぇ!」


叫びと共に、ズミニクが自分の武器である槍を思いっきりカリスに投げつける。


弓矢よりも重量があり殺傷力が高い槍が当たれば、カリスやルルも怪我だけでは済まないだろう。


「ハッハッハッハハハハハ!」


命中したと確信したのだろうか、高らかに笑い声をあげるズミニク。


「ハハハハ・・・ハッ・・・ハッ・・・」


だが、いつまでも笑い声は続かない。


徐々に声は小さくなり、ズミニクの笑い声が完全に消えた時、あたりを静寂が包み込んだ。


その静寂に、全ての兵がズミニクに視線を向ける。


「・・・・・・」


そこにはいつの間にか移動していたのか、カリスが後ろからズミニクの心臓部を鎧ごとハルバードで貫いている姿があった。


「ワァァァァァァァァァァァァァァァ!!」


その光景を見て、自軍の勝利を確信した自軍兵士からは戦場中に響き渡る程の歓声が挙がる。


また、その光景を見た敵兵士達は最高司令官であるズミニク将軍が倒された事で我先にと逃げ出していく。


「総員! 我々の勝利だ!」


カリスのその姿を見たミハイルが全兵士に聞こえるように声を挙げる。


こうして、カリスの活躍によって幾日も続いた国境の戦闘が終わりを告げた。










戦争を終えた今、誰もがアゼルナートの勝利に喜びの表情をみせていた。


だが、カリスだけは違った。


「・・・・・・」


カリスは眼の前に倒れるズミニクを一瞥した後、静かに空を見上げる。


朝見た清々しい空が、今のカリスには何故か濁って見えていた。


それはただ勝った事への喜びだけでなく、戦争が終わった事での色々な感情が複雑に入り混じっているからであろう。


今のカリスは自国の勝利に酔いしれる事なく、ただ無表情に空を見上げるだけだった。










~SIDE ロラハム~


「カリスさん。無事でよかったです!」


「・・・カリスさん」


「カリス様。無事なお帰りで」


アナスハイム家の幕舎で待機していた僕達の所にカリスさんが戻ってきてくれました。


ミストもローゼンさんも嬉しそうに笑顔で出迎えます。


「心配かけたな。皆も怪我はないか?」


カリスさんが微笑みながらそう問いかけます。


でも、どうしてでしょうか?


何故か、カリスさんの笑みから力が感じられません。


「カリス様。如何しましたか?」


どうやら、ローゼンさんも同じことを感じたようです。


心配そうな表情でカリスさんを見詰めます。


「・・・いや。なんでもないぞ」


誤魔化すようにではなく、ただ力のない笑みを浮かべてそう告げるカリスさん。


そんな表情をされては、なんでもないと納得できませんよ。


「・・・カリスさん」


ミストが涙目でカリスさんを見詰めます。


その視線に心配と寂しさの感情が込められているという事は直接向けられているわけではない僕にだって分かります。


だから、直接向けられているカリスさんに分からない筈がありません。


「・・・ミスト。・・・そうだな」


カリスさんが笑みを消して、無表情になります。


「いや、何だか虚しくなってな」


「虚しい・・・ですか?」


せっかく戦争に勝利したのに・・・。


何でカリスさんは虚しいと感じているのでしょうか?


「確かに戦争に勝利した事は喜ばしい事だ。民も安心するし、当分の間、平穏な生活が過ごせる」


「・・・・・・」


「だがな、争いなんて虚しいだけだ。勝利した所で今度は敵国の民が苦しむだけ。民にとって良い事なんて一つもない」


カリスさんが嘆くように言います。


確かに民にとっては戦争なんてない方がいいに決まってます、


徴兵されれば命が危険に晒され、税も重くなり、残された家族は無事を祈り、不安な日々を過ごす事になる。


日々の生活さえ困難なのに、それ以上苦しくなったら、人生に絶望する人も少なくないでしょう。


「民を苦しめるのが貴族の仕事ではない。戦争を始めようというだけで、貴族は貴族として失格なんだよ」


悔しそうに語るカリスさん。


民の事を一番に考えるアナスハイム家で育ったカリスさんには戦争というものは憎むべきものなんでしょうね。


「人は人それぞれに価値観があります。それが相容れないものだからこそ、対立し、争うんです」


ローゼンさんが現実を語ります。


「分かっているさ。だがな、ただ虚しいんだ」


「・・・・・・」


ローゼンさんが黙り込みます。


カリスさんの言う事も正論です。


ホントに、戦争なんて虚しいだけです。


「・・・カリスさん。元気を出してください」


俯くカリスさんの服の裾をミストが握り、上目遣いで見詰めます。


「・・・ミスト」


「・・・・・・」


ミストは黙ったまま、ただカリスさんを見詰めるだけです。


「フッ。すまんな。ミスト」


「・・・いえ」


しばらく見つめあった後、カリスさんが微笑みを浮かべ、ミストの頭を撫でます。


ミストはされるがままにされていますが、どこか安堵の表情を浮かべているように感じます。


「さて、帰るとしようか」


いつものカリスさんに戻ったカリスさんが、いつものように余裕の持った表情で言います。


「はい」


「御意に」


「・・・はい」


僕達三人もカリスさんに習って、帰還の準備を始めます。


僕にとっての初めての戦場は、こうして終わりを告げました。


この経験を今後に活かすべく、明日からも頑張っていこうと思います。


~SIDE OUT~










戦争を終え、帰還したカリス達を待っていたのは笑顔を浮かべた両親と領民達であった。


「お疲れだったな。カリス」


「貴方の活躍は聞きましたよ」


「父上。母上。今、戻りました」


出迎えてくれた一同に、頭を下げるカリス。


「カリス様。お疲れ様です」


「流石ですね。カリス様」


領民からも暖かい言葉を受け、カリスの顔には笑みが浮かぶ。


「お前の活躍を聞いた限り、近いうちに国から呼び出しがあるだろう」


「そうね。それ程の事を貴方はしたのよ」


カリスの戦績は他を圧倒する敵兵の撃破と敵軍総大将の撃退。


それだけでなく、指揮官として左翼を自らの指揮のもと、完全に殲滅したという優れた戦績を残している。


確かにカリスはアナスハイム家の名に恥ずかしくないだけの活躍をしてみせた。


いや、むしろ、アナスハイム家の名を更に高めたといえる。


「戦後処理に時間がかかるから、当分の間はないだろう。まぁ、それまでゆっくり休んでいるといい」


「はい。ありがとうございます。父上」


「いや。カリス。今回の戦、良くやったな。俺はお前の事を誇りに思うぞ」


ジャルストの言葉に、カリスは本当に嬉しそうに笑う。


カリスにとって、ジャルストは尊敬する父。


そして、自分にも他人にも厳しい生粋の武人である。


そんなジャルストだからか、カリスは今まで武に関してはあまり褒められた事がなかった。


そんな人物に認められれば、嬉しくなるのも当然であろう。


こうして、カリス達は領民達の笑顔の中、戦争の勝利を再び実感したのだった。










カリスが帰還してから幾日か経った日の午後。


眩い日差しを浴びながら農作業にうち込む領民達の視界にはもの珍しい光景が映っていた。


「ダンナ。まだかい?」


「まぁ、もう少し待ってくれ。俺も久しぶりだからな」


それは農地の上を瞬く間に駆けていく影だ。


その影の正体はグリフォンであり、そのグリフォンの上には更に二人の男性の姿が見えた。


「しかし、凄かったよなぁ」


「何度その話を繰り返すつもりなんだ? ラミット」


「んな事いってもなぁ。あんなもの見せられりゃあしょうがねぇだろ」


ラミットと呼ばれた男性がそうこぼす。


彼の腰には左右それぞれに一振りずつ剣が備え付けられており、その風貌からは戦を良く知っている者のみが持つ猛者の風格が出ている。


「セリスのダンナだって、腰抜かしてたじゃねぇか」


「抜かしてないだろうが・・・。全く、年上とは思えないほどガキっぽいな」


セリスと呼ばれた男性がため息を吐きながらそう告げる。


彼こそがこのグリフォンを操っている人物であり、その動作は巧みであった。


腰には気持ち程度の槍が備え付けられているが、本人に至ってはまるで戦う気がなさそうだ。


ラミットと並べてみれば、その様子がよく分かる。


「ガキっぽいは余計だ。強い奴と戦いたいという俺の気持ちがわからねぇのか?」


「まぁ、分からなくもないが・・・な」


そう言うと、セリスがグリフォンを操り、移動速度をあげる。


「お、そうこなくちゃ。いやぁ、ワクワクしてきたな」


ラミットが笑みを浮かべながら、前方を眺める。


その視線の先には、カリス達が現在住んでいるアナスハイム家の屋敷があった。










~SIDE ロラハム~


「カリス。久しぶりだな」


「セリス? セリスじゃないか。久しぶりだな」


オハランさんよりカリスさんに客人が来たと言われ、ミストは帽子を被り、ローゼンさんは狼形態になって、揃って出迎えました。


カリスさんも客人と聞いて首を捻っていましたが、どうやら知り合いのようですね。


「あぁ。紹介しなくちゃな。こいつはセリス・フォーラム。俺の昔からの友人だ。まぁ、幼馴染みたいなものだな」


幼馴染・・・ですか。


「ダンナ。俺のことも紹介してくれねぇか?」


カリスさんの紹介が終えると、セリスさんという方の後ろから背の高い男性が現れました。


腰に剣がありますから、きっと彼は剣士なのでしょう。


「ああ。こいつはラミット・サンスルー。先日の戦争の時に雇った傭兵でな。なかなか腕が立つ」


「御初に。まぁ、気軽にラミットとでも呼んでくれ。堅苦しいのは好きじゃない」


「おい。貴族相手にその態度はやめろと何度言えば・・・」


「まぁ、そう言うな。別に俺は構わん」


「おっ。分かるね。ダンナ。なかなかいないタイプの貴族とみた」


なかなかマイペースな人ですね。


まぁ、あれ程の態度を取られて苦笑しているだけのカリスさんは確かに珍しい貴族ですが・・・。


「ところでカリス。活躍したみたいだな。お前の事を色々と聞いてるぞ」


「いや。偶然さ」


「偶然って・・・。おいおい。まぁ、気付かなかっただろうが、俺もあの場にいたんだぞ」


「あの場?」


「ああ。まぁ、俺はシルベスター部隊長の配属だったからな。お前が知らんでも無理はないが・・・」


グリフォンに乗ってここまで来たという事はこの方はライダーナイトという事でしょう。


それならば、天空騎士団に所属していてもおかしくありません。


「そうか。すまんな。気付かなくて」


申し訳なさそうに謝るカリスさん。


「いや。謝るなよ。おあいこなんだから」


「おあいこ?」


「ああ。俺もお前だって気が付いたのは戦争が終わってお前の噂が流れてきた時なんだよ。見覚えがあるなって思ってたが、お前だったなんてな」


それでおあいこですか。


まぁ、五年間も会ってなかったというのなら仕方のないことかもしれませんね。


カリスさんも苦笑していますし。


「しかし、本当に久しぶりだな。五年ぶりか。帰ってきたのなら、一言ぐらい言えよな」


「すまんな。色々と忙しかったんだ」


ローゼンさんとミストの事でしょうか?


確かに、幼馴染といっても亜人の事を教えるのは問題ですからね。


隠す為にも黙っていたのかもしれません。


「それにしても、五年間もお前は何をしていたんだ?」


「まぁ、それはな・・・」


それからカリスさん達は昔話へと発展して、二人っきりで話をしてしまっています。


自分から出迎えに来た僕が言うのもおかしいのですが、ちょっと疎外感を感じてしまいますね。


「そこの坊主。ちょっといいかい」


「あ、はい」


そんな僕に向かって、ラミットさんという方が話しかけてきます。


僕の隣にはミストとローゼンさんがいて、二人ともラミットさんに視線を向けています。


ちなみに、ミストはローゼンさんに隠れるようにしています。


知らない人と対面するときはいつもならカリスさんの後ろに隠れるのですが、今はいないですからね。


カリスさんの次に親しいローゼンさんに隠れるのは当然といえるでしょう。


「それは銀狼だよな?」


訝しげな視線でローゼンさんを見るラミットさん。


・・・正直に答えてよいのでしょうか?


「・・・・・・」


「まぁいいけどよ」


僕が答えに困っていると、ラミットさんが急に声をあげます。


「んで、その銀狼に隠れている奴。そいつはエルフか?」


「え?」


「ッ!」


な、何でバレたんですか!?


こんな風にバレた事は一度もありません。


ミストが震えてしまっています。


「そいつがエルフだったら、何だというんだ?」


「カ、カリスさん!」


良かった。


カリスさんが来てくれました。


「・・・カリスさん」


怖がっていたミストがカリスさんの後ろに隠れます。


カリスさんは今もなお鋭い視線をラミットさんに向けています。


「別にどうにもしねぇよ」


でも、ラミットさんは何にもなかったようにコロッと答えます。


「どういう意味だ?」


「そいつらがエルフだろうと、銀狼だろうと俺には何にも関係ないだろう」


「そういう奴なんだよ。こいつは」


セリスさんがやって来てそう告げます。


「こいつは強い奴と戦うことしか考えてない変わったやつでな。他人なんてまるで気にしない」


「そうか。睨んで悪かったな」


カリスさんが素直に謝ります。


この潔さもカリスさんの良い所ですよね。


「んや。謝る必要なんてねぇよ。そんなことより、頼みがあるんだけど?」


「ん? 何だ?」


「ちょっと、手合わせしてくれねぇか?」


「元々こいつはそのつもりで来たんだよ」


「おう。という訳で頼めるか?」


「そうか。そういう事なら、構わない」


「よっし。んじゃあ、準備してきてくれよ」


「分かった。ちょっと待っていてくれ」


トントン拍子で話が進んでいきます。


どうやら、カリスさんとラミットさんが模擬戦をするみたいですね。


カリスさんが屋敷内に武器を取りにいきました。


「それにしても、亜人と一緒にいるなんてな。あいつは相変わらず変わっているな」


残された僕達。


セリスさんがカリスさんが去った方向を見ながらそう告げます。


ちなみに、ミストはカリスさんと一緒に屋敷内に行きました。


きっと、まだ不安なんでしょう。


「別にいいんじゃねぇのか? 亜人といて困ることなんてないだろ?」


「お前とかならそうかもしれないけどな。貴族が亜人を匿うのはここでは問題になりかねないんだよ」


それはカリスさんも言ってました。


だから、迷惑をかけない為にも領民を説得し、他の貴族に伝わらないようにしたんですから。


「ふぅん。でもよぉ、するとダンナは知っちまったわけだろ? いいのか?」


「そうだな。でもまぁ、あれなら普通エルフだって分かんないだろ? 何でお前はあの子エルフだって分かったんだ?」


そう、そうなんです。


隠していたのに、どうしてバレてしまったんですか?


「勘」


・・・勘って・・・。


「・・・お前らしいよ」


僕はラミットさんって人が何となく分かってきました。


よく言えば、懐が深い。


悪く言えば、大雑把で適当・・・とでも言えばいいんでしょうか・・・。


「んで、ダンナは知っちまった訳だが、カリスのダンナはそれを隠そうとしなかった。何でだ?」


ラミットさんの質問に、セリスさんが笑いながら答えます。


「アハハ。きっと、俺の事を信用してくれたんだろう。相変わらず、甘い奴だからな」


「甘い奴って。報告でもするつもりなのかい?」


そ、そんな、困ります。


そんな事されたら・・・。


「そう睨まないでくれ。ロラハム君と言ったかな」


「す、すいません」


無意識のうちに睨んでいたようです。


でも、今はそんなことより気にしなければならない事があります。


「報告するんですか?」


「報告する・・・と言ったら?」


「・・・・・・」


もし報告されてしまえば、アナスハイム家に迷惑がかかり、ミストとローゼンさんの居場所もなくなってしまいます。


カリスさんも責任を取らされ、捕まってしまうかもしれません。


そんな事、そんな事許すわけには行きません。


「アッハッハ。大丈夫だよ。ロラハム君。報告なんてしないさ」


「えっ?」


「カリスは俺の幼馴染なんだ。あいつを陥れるようなことはしないさ。それに、あいつを陥れて俺に何の得があるんだ?」


笑われてしまいました。


でも、誤解だって分かって、凄く安堵している自分がいます。


「すいません。勘違いしてしまいました」


だから、僕は素直に頭を下げます。


疑ってしまったわけなのですから。


「いや。さっきのはダンナが悪いだろ。紛らわしい言い方だったしよ」


それもそうですけど、勘違いしたのは確かですから。


「そうだな」


って認めて良いんですか?


「でもまぁ、あいつが甘い奴ってのは確かなことだぞ」


「どういうことですか? カリスさんが甘いって」


「あいつと最後に会ったのは今から五年前だぞ。五年も経てば、人は変わる。でも、あいつは疑う事無く俺を無条件で信用したんだ。幼馴染だという事だけでな」


それの何処が甘いのでしょうか?


「分からないか? 君が思った通り、俺もがもし国に報告すれば、カリスは終わりだ。俺がそうしないとは言い切れないだろう?」


「・・・・・・」


悔しいですけど、その通りです。


でも・・・。


「でも、でも、それがカリスさんの良い所でもあると思います」


そう、僕は思っています。


カリスさんは身内の者には甘いところがあります。


敵に回れば、一切容赦しませんが、味方にはどうにかしてあげようと自分を犠牲にします。


それは確かに悪い事かもしれませんが、僕はカリスさんの良い所だとも思っています。


「そうだな。俺もそう思っている」


「セリスさんもですか?」


僕の問いかけに、セリスさんはしっかりと頷いた。


「すまない。待たせたな」


僕達が話し終わった頃、ちょうどミストを連れたカリスさんが戻ってきました。


これから、カリスさんとラミットさんの手合わせが始まるわけです。


ラミットさんの腕前がどれ程のものかは分かりませんが、流れてくる闘気は間違いなく本物です。


恐らく、相当の実力者でしょう。


どっちが勝つのか?


どんな勝負を繰り広がるのか?


非常に楽しみです。

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