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第五話 国の重鎮




本陣へ到着したカリス一行。


カリスは独り隊列から離れ、諸侯が集まる幕舎へと入っていった。


幕舎の幕を開けたカリスの視界に映ったのはアゼルナートが誇る四天将の内の三人と騎士家系に属する諸侯達であった。


「貴公は?」


突如、幕舎へと入ってきたカリスに、一同の視線が集まる。


そんな中、集団の中心にいる若くて気品溢れる男性がカリスに問いかける。


「ハッ! アナスハイム家を代表し、兵を率いてまいりましたアナスハイム伯爵が子息、カリス・アナスハイムと申します」


「そうか。ご苦労。私はクラウス・アゼルナート。今回の戦争では私が総大将となる」


「ハッ!」


カリスに話しかけてきた人物はアゼルナート現皇帝バイエン・アゼルナートの一人息子で、アゼルナート皇国正統後継者であるクラウス・アゼルナートであった。


彼もまた剣聖アゼルナートの血を継いだ皇国屈指の剣士であり、その勇猛果敢な姿勢と類稀なる剣技で若き剣聖と名高い猛者だ。


指揮能力にも優れ、今は国の政務で忙しい父に代わり、アゼルナートの軍を率いている。


「アナスハイム家となれば、今回の戦も活躍してくれる事だろう。期待している」


「ハッ。ご期待に応えてみせます」


「今回はジャルスト殿は不在か?」


「ハッ。本戦は私が兵達を率います」


「そうか。ジャルスト殿が認めたのならば、何も問題はないだろう。カリス・・・といったな。貴公の父に負けないよう奮戦してくれ」


「ハッ!」


クラウスの言葉に勢い良く返事を返すカリス。


その真剣な表情にクラウスも満足したように頷く。


「詳しい事は追って連絡する。今は自分の陣で休んでいるが良い」


「ハッ。失礼致します」


クラウスにそう告げられ、カリスは一礼し颯爽と帰っていく。


若くして、歴戦の勇者を髣髴とさせるその力強い雰囲気に、クラウスや四天将を始めとした武勇に優れる者達は満足そうに頷いていた。


だが、若いという概念に囚われる者も少なくなく、『勇将として有名なジャルスト殿の代わりがあんな若者に務まるのか?』と不安そうな表情をしている者も数多くいた。


「アナスハイム家の子息か。さぞ、武勇に優れた者なのだろうな」


「ですが、まだまだ子供です。任せられるのですか?」


「何だ? 不安か? ミステル伯爵」


「いえ。私は子供が戦場で兵を率いるなど足手纏いだと言っているのです」


カイム・ミステル伯爵。


若くして戦争で両親を失い、現在はその爵位を受け継いだ若者だ。


エリート指向が高く、貪欲なまでに名を求める性格である。


能力はあるが、その分、扱いづらいというのが周囲の認識だ。


「確かに若く見えたが・・・」


「いえ。クラウス公。彼の者ならば、クラウス公の期待に応えてくれることでしょう」


「クリストフ侯爵。確か、貴公はジャルスト殿と親しい間柄だったな。あの者とも面識があるのか?」


「もちろんでございます。クラウス公」


ザストン・クリストフ侯爵。


カリスの父であるジャルストと同期で軍隊入りした現在四天将を務めるアゼルナートを代表する将軍である。


現在退役しているジャルストが軍隊にいる頃に、二人で四天将を争った間柄であり、公私ともに交流が深かった。


その為、カリス達アナスハイム家の者達と面識が深く、アナスハイム家の事情に関しては中々に詳しい。


ちなみに、今でも良くザストンと酒を飲み交わしており、割と頻繁にアナスハイム領に出入りしている。


「確かに若いですが、心配はご無用です。表に出てはいませんが、規格外の存在ですから」


「規格外? どういう意味だ?」


「あの者・・・カリスと呼ばせていただきます。カリスは初陣を十の時に済ませていますから」


「十だと? それは真か?」


「はい。カリスは幼き頃から武に優れており、初陣時も一般兵士以上の働きをしたそうです」


初陣が十の時と聞いて、周囲の誰もが驚愕の色を浮かべる。


そして、それが事実だと理解した時、規格外という言葉にも納得が出来た。


「そうか。だが、それ程の者ならば、既に国が軍へと斡旋しているはずだが? 学校での成績が悪かったのか?」


「いえ。何でも、学校には通っていないそうです」


「何? 珍しい奴がいるものだな」


クラウスはただ驚くだけだったが、周りの者は嘲るような笑みを浮かべている。


学校に通っていないものは出来損ないという概念でカリスを捉えているからだろう。


『そんな奴、たいしたことないさ』


そう認識したのだ。


ちなみに、クラウスは国の後継者として学校に通う事無く、専属の講師達によって勉学、修練をしていた立場だ。


自分自身も学校に通っていなかったからか、学校に通う、通わないをさほど重要視していない。


だから、驚きはしたものの、それによってカリスに対する見方を変える事はなかった。


「学校にも通わず何をしていたんだ?」


「はい。何でも、十五の頃から五年間程、武者修行の旅に出てたらしいです。それが、最近帰ってきたようで」


「ほぉ~。修行の旅か。大抵の者は学校で修練を積むものだが・・・。確かに規格外な存在だな」


感心したように告げるクラウス。


覚えが良くなったと考えているのか、カイムは悔しそうに表情を歪めている。


「規格外という事でしたら、私は他にも知っていますよ」


「ドットラクト伯爵。貴公もか?」


「はい。カリス君の事は幼い頃から知っていますから。まぁ、カリス君は私の事をあまり知らないかもしれませんが・・・」


スノウ・ドットラクト伯爵。


トリーシャが所属する宮廷魔術師団の団長を務め、四天将にも名を挙げられるアゼルナートが誇るマジシャンである。


アゼルナートのマジシャン達にとっては憧れの存在であり、トリーシャも彼女を目指して日々精進している。


「そういえば、ドットラクト伯爵はマズリア殿の教え子でしたな」


「はい。クリストフ侯爵。マズリア様にはお世話になりました」


ジャルストの妻であるマズリアは以前、宮廷魔術師団の副団長を務めていた。


そして、マズリアは副団長として、部下達の教育に力を入れていた。


その時に一番熱心に教え込まれたのがこのスノウなのだ。


その為、スノウはマズリアに尊敬の念を抱いていると同時に、師匠と弟子の間柄であった事もあり、とても親しくしてきた。


そんな事もあり、スノウは若い頃からよくアナスハイム領に出入りしており、カリスの事も知っていたのだ。


ちなみに、今現在はマズリアの恩を返したいとスノウはマズリアの娘であるトリーシャへの教育に力を注いでいる。


律儀な女性である。


「そうか。それで、アナスハイム家とは親しいという訳か。それで、他の規格外というのは?」


「はい。カリス君は武術の才能だけでも群を抜いていますが、それだけではないんです。カリス君は聖術が使えます」


「ほぉ~。聖術がか・・・。だが、珍しい訳でもあるまい」


「クラウス公。確かに、プリーストの存在はさほど珍しいものでもありません。ですが、良く考えてください」


「・・・どういう意味だ?」


「幼い頃のカリス君を見ただけですので詳しい事は分かりませんが、彼は武術の才能だけでも秀でています。そこに、更に聖術が加わるのですよ」


スノウの意味深な言葉に、クラウスも真剣な表情で考える。


「武術のみならず、聖術を使いこなす。・・・そうか。それは確かに規格外だな」


クラウスは納得したようだが、他の者全てが納得したわけではなかった。


「どういう意味だか説明していただけませんか?」


カイムがクラウスとスノウに問いかける。


「簡単に言えば、接近戦に弱い筈のプリーストが接近戦に強かったらという事だな」


一般的に、聖術を使うプリーストは後方支援を得意としている。


というか、前方にいても、戦う術がなく、すぐさま殺されるだけなのだ。


そんな事もあり、前方で戦っている者達は怪我をしてもすぐさま治癒してもらえる事はない。


それによって、兵士達の消耗は激しいといえる。


だが、もし前線で戦力として扱えるもので聖術が使えれば・・・。


「周囲を治癒し、消耗を減らす事のみならず、自分自身を治癒し、常に万全の状態で戦闘に赴ける」


「・・・・・・」


クラウスの言葉を聞いて、カイムを始めとしたカリスを馬鹿にしていた者達は言葉を失った。


そのような存在が本当にいるとしたら、戦場での活躍は約束されたようなものだ。


「現在、カリス君は五年間もの修行を積んできているのです。その能力がどれ程のものなのか・・・。私には想像できません」


スノウが最後にカリスと会ったのは、カリスが旅に出る少し前。


その時から、カリスは武人としての輝きを見せていた。


そんなカリスが五年間も修行を積んだと言うのだ。


スノウが想像できないといったのも頷けた。


五年間という年月は大きく人を変えるものだからだ。


「そうか。では、実際にその能力をこの眼で見させてもらうとしよう」


クラウスが笑みを浮かべながらそう告げる。


その顔は、『楽しみだ』といった感情で溢れており、戦人としての表情が垣間見えた。


「・・・(あの者は記憶が正しければ、あの時のドラグーン。・・・楽しみだな)」


そんな中に、以前町でカリスを見かけ、興味を持っていたミハイルがいた。


いつも寡黙で表情があまり出ない彼だが、今の彼はどことなく楽しそうな表情をしていた。


それは、四天将の内の二人が高評し、自らも興味を持ったカリスを自分の目で見れるからであろう。


カリスが知らぬ間に、カリスは諸侯に注目される存在となっていた。


カリスは周囲の期待に応えることが出来るのか?


戦争の幕開けは近い。










~SIDE エルムスト~


「久しぶりだな。カリス」


「兄さん。久しぶり」


アナスハイム家の陣へとやって来た俺とトリーシャ。


この陣は俺にとっても、自陣と言えるものだからな。


兵士達の中にも、知り合いが多いし。


ちなみに、シズクは留守番だ。


あいつには俺の隊の軍備を整えてもらっている。


・・・決して、逃げてきた訳ではないぞ。


ちなみに、本来なら俺の所属する機動騎士団は待機の命令であった。


だが、俺は団長に無理を通して、こうして出陣してきた。


それは、カリスの表舞台での初陣という事が、喜びであり、不安であったからだ。


まぁ、大丈夫だと思うがな。


どうせなら、近くでその姿を見ておきたいと思ったんだ。


「お久しぶりです。兄上。トリーシャ」


「結局、あれからこっちに来る前にこういった形で会う事になったな」


「そうですね。申し訳ありません」


「いや。仕方ないだろう」


領地の事や亜人のこともあるんだ。


時間が取れないという事は容易に予測できた。


「ねぇ、兄さん。もしかして・・・」


「ん? 何だ?」


「・・・亜人。連れて来てる?」


どうなんだろうか?


連れて来るのも問題だが、カリスが置いてくる訳ない。


置いてきた時にも問題がないわけではないからな。


「・・・いや。連れて来た。奥の方にいる」


「ッ!」


息を呑むトリーシャ。


まぁ、分からなくもない。


「・・・そうか。連れて来たか」


「はい。申し訳ありません」


「いや。連れて来てしまったものは仕方がない。・・・会えるか?」


「えっ!?」


俺の言葉に驚くトリーシャ。


「いや、折角だから会っておこうと思ってな」


領地には中々帰れないし、こんな機会がなければ会えないだろう?


「でも・・・」


「嫌なら、ここで待っていてもいいんだぞ。兵士達もお前の事を知っている訳だしな」


こんな言い方をする俺だが、トリーシャが何て答えるかは分かっているつもりだ。


「ううん。私も会ってみる」


そう、断る事無く、会うことを選ぶってな。


伊達に、家族として、兄妹として、長年接してきた訳じゃないさ。


「分かりました。付いて来て下さい」


さて、付いて行くとするか。


どんな奴なんだか・・・。


~SIDE OUT~










~SIDE トリーシャ~


「・・・・・・」


今、私の目の前には、カリス兄さんの背中がある。


これから亜人に会うという。


興味がない訳ではないけど、やっぱりエルフ相手となっては、恐怖の感情が先に来ちゃう。


絶対的な数が少ない分、亜人というのは全体的に質が高いんだ。


そして、魔術に関して言えば、エルフの右に出るものはいない。


かの有名なエルネイシア様でも、上位のエルフに勝るとも劣らないと言われているぐらいなんだ。


一見、凄いように聞こえるけど、よくよく考えてみれば、何人もいる上位のエルフを基準に考えての同程度。


人間で最も優れたマジシャンがエルフに混ざれば上位のマジシャンでしかない。


エルフの中で最高位に近い存在が一体どれ程強いのか想像もつかないよ。


マジシャンとして生きている私にとって、エルフというだけで恐怖に値する。


でも、兄さんが信じてくれと言っていたんだ。


それなら、少しは信じてみようと思う。


怖いのは変わらないけど・・・。


「着きました。ミスト、ローゼン。ちょっと来てくれ」


兄さんが亜人の二人を呼び、しばらく待つと、幕に二つの影が映った。


そして、幕を空けると、そこには一匹の狼と小柄な少女が立っていた。


「ローゼン。今は人型に戻って良いぞ」


兄さんにそう言われ、狼が頷くと、光を放ちながら姿を変えた。


光が止む頃には、狼の耳と尻尾がある銀髪の女性が立っていた。


思いたくなかったけど、凛々しくて、凄い美人だった。


「紹介します。彼女がローゼン・ランスター。銀狼であり、俺の最初の仲間です」


「御初に御目にかかります。私はローゼン ランスター。カリス様に仕える者です」


臣下という言葉がピッタリ当てはまるほど、彼女の紹介は兄さんが主体だった。


亜人といったら、すぐに襲い掛かってくるイメージがあったけど、この人は全くそんな風に感じさせない。


寧ろ、私なんかよりずっと大人の雰囲気を醸し出してる。


・・・私の持っている亜人像は間違いなのかもしれないって早速思った。


「彼女がミスト・キルレイク。トリーシャ。ミストがエルフだ」


エルフ・・・。


そう聞くだけで、恐怖が込み上げてくる。


「ミスト。大丈夫だから」


あ、兄さんの背中に隠れて、震えている。


・・・私が無意識の内に睨みつけてしまっていたみたい。


「・・・・・・」


恐怖一杯の表情で見上げてくるミストちゃん。


何だか、自分が悪者になった気分。


「すまんな。ミストは極度の人見知りなんだ」


兄さんが頭を優しく撫でて、ようやくミストちゃんの震えは止まった。


でも、顔も身体もカリス兄さんの身体に隠していて、こちらに見せる気は微塵もないらしい。


怖がらせてしまったみたいだね。


「ローゼン・・・さんと言ったな?」


「はい」


私がミストちゃんのことを考えていると、エルムスト兄さんが亜人に話しかけていた。


「君はどうしてカリスに仕えようと思ったんだ?」


「どういう意味でしょうか?」


「こう言ってはなんだが、人間より優れている亜人、しかも、伝説の種族である銀狼の貴方が唯の人間でしかないカリスに仕えているのが不思議なんだ」


それは、私も思っていた事だった。


どれだけ兄さんが優れていようと、それでも人間でしかない。


亜人にとっては劣っている存在と思われていても不思議ではないのだ。


生物的に劣っている相手に仕えたいと思うだろうか?


国家という社会のもとでならおかしくはないが、これは個人の問題だ。


どこにも強制力はない。


「私が亜人である事、私が銀狼である事、そんな事は何も関係ないのです」


「関係ない?」


どういう事だろう?


「私はカリス様の人柄に惹かれました。強くあろうという信念に惹かれました。常に高い所を目指す志に惹かれました」


「・・・・・・」


ローゼンさんの独白に、私達は言葉を失う。


亜人からこんな言葉が聞けるとは思えなかった。


私の中では、亜人は破壊の象徴であり、力が全てだと思っていた。


ファレストロード教にも亜人は破壊の象徴とあるぐらいだから、その認識は間違っていないと思っていた。


でも、そんな事はなかった。


今日はホントに自分の中の価値観が変わっていく日だ。


「確かに身体能力などの表面上の能力は亜人が勝っていると思います。ですが、人間には心の強さがあると私は考えています」


「・・・心の強さ?」


「はい。表に出る事はありませんが、心の強さは人間の強さです。私は誰よりも心が強いカリス様に憧れています。だから、御仕え出来て幸せなんです」


心の強さに憧れる亜人。


亜人が認めるほど、心が強い兄さん。


きっと、この二人でなければ、うまくいかなかったんだろうな。


「それに、私はカリス様に命を救われた身です。それならば、カリス様の為にこの命を使うのが私にとって恩返しになります」


自分の命を差し出す。


そう断言できる程のカリス兄さんの事を慕っているんだ。


「待て。ローゼン」


でも、そう断言したローゼンさんをカリス兄さんが止める。


「俺は俺の為に命を使えだなんて思って欲しくない。お前の命はお前の物だ。お前がお前の為に使うべきだ」


「そう言って下さる貴方様だからこそ、私は貴方様の為に命を懸けられるのです」


「恩を感じる必要なんてない。あれは当然のことをしたまでだ。それに、もし恩があったとしても、俺はもう充分に返してもらっている」


「・・・私がですか?」


「ああ。お前と共に旅をした記憶は俺にとっての宝だ。そんなものを俺に与えてくれたお前はもう充分に恩を返している」


「そうですか。でも、それならば、私はもっと貴方様に恩を感じます。私が貴方様と歩んできた旅は私にとって一生の宝ですから」


本当に信頼し、心を開きあっているんだなと思う。


だって、お互いに感謝し、恩を感じているのだから。


きっと、この二人が仲違いすることは絶対にないだろうな。


「それならば、誓おう。お前はお前の為に自分の命を使え。俺は俺の為に命を使う。そして、俺は自分の為にお前達の命を護る」


「それならば、私も誓いましょう。私は私である為に、この命に代えても貴方様の命を御護りすると」


互いに相手の事を考えての誓い。


・・・敵わないな・・・。


そう強く思った。


そして、これが兄さんの心の強さなんだなと実感した。


自分の為と言い切り、相手の事を思いやる。


また、その真剣な表情からは、必ず護りきるという信念が伝わってくる。


護り切る為には力が必要だと志を持って鍛えたのだという事が引き締まった身体を見れば分かる。


ローゼンさんが惹かれたというものの全てが今の兄さんから感じられる。


「・・・カリスさん」


「もちろん、お前の命も護りきってもせるからな。ミスト。何があってもだ」


「ええ。貴方がいないとカリス様も悲しまれるでしょうからね。もちろん、私も悲しいわよ」


突然口調の変わるローゼンさんに困惑する。


でも、ミストちゃんを囲む二人からは、優しさが伝わってくる。


その心温まる光景は、どこか家族のようにも見えた。


いや、事実、家族なんだろう。


一緒に旅をしてきて、衣食住を共にしてきたのだ。


その絆の深さは家族も同然だろう。


そんな家族に血の繋がりなんて関係ない。


それに、そんな事言ったら、私達も彼女達とあまり変わらない。


私達だって、カリス兄さんと・・・。


「どうだ? トリーシャ。お前は彼女が怖いか?」


「えッ?」


「何をボーっとしてるんだ?」


「ご、ごめん。ちょっと」


急に声をかけられたから慌てちゃっただけだよ。


「・・・・・・」


上目遣いで見詰めてくるミストちゃん。


その仕草は庇護欲こそ湧くものの、恐怖なんて全然浮かんでこなかった。


「怖くないよ。ごめんね。怖がらせて」


私はミストちゃんに近づくと、そっと頭を撫でる。


手が頭についた瞬間、震えて、カリス兄さんの服の裾を握った。


でも、しばらく撫で続けると、震えなくなり、こちらを見詰めてくる。


服の裾は握ったままだけど・・・。


「・・・あの、怖く・・・ないんですか?」


震えた声で問いかけてくるミストちゃん。


「・・・怖くないよ」


「・・・でも、私はエルフですよ」


「・・・怖くないよ」


怖くないって言ったら、少し嘘になる。


まだ怖いと思っている自分がいない訳ではない。


でも・・・。


「兄さんが大切にしてる。それなら、私にとっても大切なんだ。兄さんが家族だと思っている。それなら、私にとっても家族なんだ。だから、私は貴方のお姉さんなんだよ」


そう、私はミストちゃんのお姉さんになってあげなくちゃいけないんだ。


受け入れてあげないといけないんだ。


「・・・ありがとうございます」


お礼なんて言わなくていい。


でも、私達はそんなに親しい仲というわけじゃないから。


だから、これから深めていきたいって心の底から思うんだ。


「良かったな。カリス」


「はい。兄上」


心配をかけていてしまったみたい。


ごめんなさい。


私はもう大丈夫です。


「それなら、俺はそろそろ失礼するな」


あ、私もそろそろ行かないとスノウ団長に叱られちゃう。


「私ももう行くね。またね、兄さん」


そう言って、私と兄さんはアナスハイム家の幕舎から出て行く。


最後に、私達を見送った後、優しそうにミストちゃんを撫でるカリス兄さんとローゼンさんが強く印象に残った。


その時の三人の笑顔はきっといつまでも忘れないと思う。


それ程、暖かく、優しい気持ちにさせてくれたから。


~SIDE OUT~








アゼルナートの全兵力は一万五千。


その内の二千がアナスハイム領から出ている。


全兵力から見れば、たいしたことのない数だが、領単位で見れば、上位に入る兵数である。


その為、カリス達アナスハイムの兵は左翼の核とされ、他領の兵達も合わさり、総勢四千となった。


その四千の中には天空騎士団も含まれ、左翼全体の指揮は団長であり、四天将であるミハイル ドリスターが執る事となった。


また、中央の指揮をクラウスが、右翼の指揮をザストンが後方からの支援をスノウがそれぞれ担当している。


『総司令が前線に出てきていいのか?』という疑問は残るが、クラウスは常にこのような姿勢で勝ちを収めてきた。


恐らく・・・いや、きっと・・・問題はないのだろう。


敵、ドリスタンの予想戦力は一万。


敵予想戦力を大きく上回る兵を集められた事にクラウスは満足した表情をみせていた。


だが、油断してはいけない。


独立したばかりの小国といっても、彼らの始まりは人間側最強の国であるカーマイン帝国から独立した過激派だ。


戦争に関しては、手馴れているといっても良いだろう。


やはり、数が上回っているだけでは不安が残る。


そう考え、カリスは兵達を鍛える為に、力を注いだ。


少しでも犠牲を減らしたいと考えるのは、決して間違っていない。


事実、この訓練は実を結ぶ事になるのだが、それが分かるのは戦争が終わった時だった。


今はまだ、明日始まるかもしれない戦争に誰もが身を震えさせるだけである。










~SIDE ロラハム~


「貴公がアナスハイム伯爵の代わりに指揮を執るカリス殿で間違いないか?」


「ハッ! ミハイル将軍」


カリスさんと共に準備をしていると、突然、ミハイル ドリスター将軍がやって来ました。


彼はカーマイン帝国でも有名な将軍であり、僕も名前だけは知ってました。


ライダーナイト、ソシアルナイト、ドラグーンと何かに騎乗する兵種が主力であるカーマインは、それらの兵種の錬度は他国に比べて圧倒的です。


これは王家の歴史から来る事なので仕方がないと思います。


騎帝カーマインは歴史上初のドラグーンであるとも言われていますし。


その事から、カーマインではドラグーンの育成に最も力を入れ、次にライダーナイトの育成に力を入れているのです。


そんな理由があるんですから、錬度が高いのは仕方のないことです。


そして、そんなカーマインにまでドラグーンとして名を馳せているのですから、彼の能力は間違いなく高いのでしょう。


対面するだけで、その威圧感に圧倒されます。


ちなみに、剣聖アゼルナートが建国したここアゼルナートは、カーマイン同様、歴史から主戦力の兵種が決まっています。


もちろん、剣聖アゼルナートと謳われるぐらいですから、剣士がアゼルナートの主戦力です。


アゼルナートに住む人にとって、剣の腕を極める事こそが名誉であり、誇りなのです。


その点で言えば、カリスさんは剣も使うことは出来ますが、主にハルバードを使っているので、アゼルナートでは珍しい人という事になりますね。


「基本的に、私はドラグーン達の指揮を執ろうと思う。陸兵達の指揮は任せても構わんか?」


「はい。ですが、よろしいのですか? 私などに指揮を任せて」


「ジャルスト殿の能力は私も知っている。そのジャルスト殿が貴公に任せたのだ。問題ないだろう。他諸侯にも通達済みだ」


僕には良く分かりませんが、どうやらアナスハイムの名はアゼルナートにとって絶大な効果を持つようですね。


ジャルストさん、要するにアナスハイム家当主が信頼している事とアナスハイム家の息子であるという事だけで、何千もの兵を預けられるのですから。


普通なら、他の貴族達も納得する筈ないですよね。


実力も分からないただの若者に自分達の兵の命を預けるだなんて、当然反発を買います。


それなのに、他の貴族達が納得してしまっているというのですから、本当にアナスハイム家はアゼルナートに名を轟かせているんですね。


常識的に考えられない事を容易に覆してしまうのですから。


「そうですか。分かりました。全力で全う致します」


「頼むぞ。では、失礼する」


そういうとミハイルさんはアナスハイムの幕舎から出て行きました。


「カリスさん。責任重大ですね」


「ああ。だが、父上や母上の期待に応えてみせるさ」


カリスさんが力強く言い切ります。


この顔を見ていると、負ける気がしないから不思議です。


きっと・・・いえ、間違いなく、カリスさんはこの戦でその武勇を轟かすでしょう。


長い間、近くで見てきた僕が言っているんです。


間違いありません。


~SIDE OUT~










「諸君。我々が受け持つ左翼は敵本陣にも近く、激戦が予想される。だが、諸君らの力にかかれば、容易に突破できる事だろう」


ルルに乗り、整列している兵隊四千に向かって、声をあげるカリス。


アナスハイム家の隊列にはロラハムとオハランの姿も見える。


ミストはアナスハイムの陣にて、ローゼンと共に留守番だ。


また、ローゼンは先程まで自分達がぶつかるであろう敵戦力の偵察に赴いていた。


偵察に関しては、狼形態がこれ以上ないほど便利である。


移動速度が桁違いに速いという点も挙げられるが、敵もまさか獣が自分達を観察してるなど思いもせず、油断して、情報を隠そうとしない。


これら二つの条件が重なり、ローゼンは偵察として非常に優れた存在となってくれる。


偵察を終えたローゼンが今後行う事はミストの護衛。


これはカリスから直接言い渡された依頼であり、何もする事が出来ないローゼンにとって、何が何でもこなさなければならない任務である。


厳重に構えている今のローゼンを突破する事は到底不可能であろう。


「今から戦場へ向かう。アゼルナート皇国の誇りに懸けて、我々は勝利しなければならない。全軍、奮戦せよ」


「オオォォォッォォォォォ!!」


兵士達の咆哮が空中に響き渡った。


この気迫ならば、戦場でも高い士気を保ち、抜群の成果を挙げてくれることだろう。


カリスの眼には、既に勝利しか見えていなかった。










「ハァ!」


敵味方入り乱れる中、カリスの活躍ぶりは一際異彩を放っていた。


相棒であるルルに跨り、時に突っ込み、その大型ハルバードで敵を屠っていくと思ったら、時に空中で静止し、ルルのブレスで一群を蹴散らしていくこともある。


相対した敵軍のライダーナイト達にも空中ですれ違い様に一撃をいれ、一瞬で敵の命を奪っていく事がしばしばある。


今のカリスは味方にとってこれ以上ない程頼りになる存在であり、敵にとっては瞬時に命を刈り取る死神のような存在であろう。


もはや手のつけようがない。


彼が一撃を振るえば、一瞬にして複数の敵が吹き飛ばされ、その命を刈り取られる。


時に突き刺し、時に切り裂き、時に吹き飛ばす。


その多彩な攻撃こそが、カリスの強みであり、ハルバードの特性だ。


それを完璧に使いこなしているカリスには微塵の隙もないように感じられた。


「ルル!」


カリスの合図を受け、ルルが地上に降り立ち、カリスが飛び降りる。


その後、すぐさまルルが飛び立つと、視線を合わせ、共に敵軍に飛び込んでいく。


カリスがその驚異的な移動スピードで敵を屠りつつ、一箇所に集まるよう敵を誘導する。


そして、抜群のタイミングで離脱すると、ルルがそこに向かって凄まじい熱量を持ったブレスを吹きかける。


これによって、敵兵士達が瞬く間に殲滅されていく。


この一連の攻撃はカリスとルルが長い時間を掛けて築き上げてきた深い信頼が成すものである。


これ程の動きが出来るドラグーンが大陸に何人いる事か・・・。


「あ、あの紋章は・・・」


そんなカリスの姿を見て、ベテランと言えそうな歳の隊長格の男性が呟く。


その視線は風によってまるで竜が舞っているかのように靡くカリスのマントに刻まれた紋章に向けられている。


「カーマインの切り札、ラインハルトが唯一刻む天を翔ける竜の紋章。何故だ!? 何故、ラインハルトがここにいる!?」


「ラインハルト?」


「そんな馬鹿な。ラインハルトがこんな所にいる訳がない」


「だ、だが、あの強さは噂通りだぞ。あ、あいつはラインハルトに間違いない」


隊長格の男性の叫び声に、周囲にいた兵士達がざわめきたつ。


「ラインハルトか・・・。そう呼ばれるのは久しぶりだな」


ラインハルト。


その名は、カリスがカーマインで過ごす為に偽ったカリスの偽名である。


『ラインハルトはクリストファーに拾われ養子となった武人で、その活躍ぶりからカーマインの切り札と謳われている』


『ラインハルトは平民上がりにして、国から子爵の爵位を譲り受けた前例のない武と知に優れた武人である』


これらが、カーマインとカーマインと縁が深いドリスタンの兵士達が持つ共通の認識である。


そんな人物が、まさかアゼルナート側にいるとは思いもしなかっただろう。


「ラ、ラインハルトに敵う訳がない! 撤退、撤退だぁ!」


「ま、待て! 誰が撤退と言った! 勝手に逃げるな!」


武勇名高いラインハルトの姿に恐れを抱いた敵兵士達が次々と戦場から離脱していく。


これによって、敵兵士の士気、量共に激減し、一気に戦況がこちら側に傾いた。


「今こそ好機だ! 全軍、突撃し、敵を殲滅せよ!」


「オォオオオォオオ!!」


カリスの号令に従い、味方兵士達が怒涛の勢いで攻撃する。


その勢いは既に止められるものではなくなっており、その後、あっという間に左翼の戦場を制していた。










左翼を制したカリス達は、一度補給と休養の為に自分達の陣へと帰還した。


戦場で傷ついた兵士達はミストが治癒に当たっており、兵士達から感謝されていた。


その事に気恥ずかしさを表しつつも、一生懸命治癒に当たるミストの姿は、兵士達に好感を与えていた。


「カリス殿はいるか?」


そんなアナスハイムの幕舎に突如、ミハイルが入ってきた。


アナスハイム領以外の人が入ってきた事でミストの身体が恐怖から震えるが、ミハイルは不思議に思い一瞥するだけで、特に気にした様子ではなかった。


それは帽子を被っていた為という事もあるが、エルフが聖術を使う訳がないという固定概念がミハイルにあった為という事も理由に挙げられる。


更に、今のミハイルには、そんなことよりも優先すべきことがあった。


「ハッ! 何でしょうか? ミハイル将軍」


「明日の作戦が決まった。クラウス公指揮のもと、本隊が中央より本陣を攻め。その間に、我々天空騎士団が敵本陣の裏に回り、本陣を奇襲。敵本陣の兵を殲滅する」


中央から攻める事で、敵兵士を一箇所に集め、本陣の敵兵士を減らす。


そこに天空騎士団のドラグーンやライダーナイトが突っ込む事で、一気に勝負を決めてしまおうというのだ。


博打的な作戦だが、成功すれば、勝負が着く事であろう。


戦争が始まって既に幾日か経っている。


そろそろ戦争を終わらしたい頃だ。


「そこで、貴公にも奇襲部隊に参加してもらいたい」


「私も・・・ですか?」


「ああ。頼めるか?」


ミハイルとしては、実際に自分の眼でカリスの実力を確かめたかった。


また、今までの戦績を見れば、カリスが参加した時の戦力も期待できる。


作戦の成功率を上げる為にも、カリスの参加はミハイルにとって重要なものだった。


「分かりました。私も参加させていただきます」


「そうか。助かる」


カリスの言葉を受け、ミハイルが安堵の息を吐く。


「では、兵達の指揮はいかがしますか?」


そう、カリスが奇襲部隊に参加するという事は、兵士達を指揮する者がいなくなるも同然だという事になる。


指揮官がいない兵士達は烏合の衆と同義であり、正直心許ない。


しっかりとした指揮官がいてこそ、兵士達はまとまり、戦闘することが出来るのだ。


「代わりの者は用意した。今後、左翼はミステル伯爵が指揮を執る」


ミハイルの言葉を受け、いつの間にか幕舎に入ってきていたカイムがカリスに声を掛ける。


「私がカイム・ミステル伯爵だ」


「御初に御目にかかります。ミステル伯爵。今後の指揮はお任せします」


「貴様程度に任せるより私が指揮を執った方がより勝利に貢献できるだろう。まぁ、貴様は後の事を俺に任せ、精々奇襲部隊で手柄を挙げるのだな」


「そうですか。それでは、後の事はお任せします」


カイムがカリスの言葉に、ふてぶてしい態度で答える。


聞いていた周囲の兵士達が不快な感情を表情に表すものの、カリスはまるで気にする事無く答える。


そんなカリスに『面白くない』といった不機嫌な表情を見せ、カイムは独り幕舎から出て行った。


「すまないな。能力はあるんだが、人を見下す癖がある」


「いえ。では、明日、私も合流いたします。その間のアナスハイム家は万事、あの者に任せますので」


カリスがオハランの方を指し示しながらそう告げる。


「了解した。それならば、今日はゆっくり休み、明日に備えてくれ。それではな」


ミハイルがカリスに一礼し、それに対し、カリスも一礼することで応える。


「・・・カリスさん」


そんなカリスを心配そうに見詰めるミスト。


ミストはカリスに近づき、カリスの服の裾を握る。


「ん? どうした? ミスト」


「・・・無理はしないでくださいね」


「・・・ミスト」


カリスを見詰めるミストの視線からは、心配と不安の感情が読み取れた。


それはカリスの身を案じる思いと、カリスがいなくなるかもしれないという恐怖から込み上げてきた感情であろう。


本陣を奇襲するという事は、敵の最も戦力が多いところに突っ込むという事と同じ意味を持つ。


その行為は言ってみれば自殺行為に近く、危険性は限りなく高い。


その事を理解しているからこそ、ミストの表情はいつもより顕著に感情を表していた。


「フッ。俺がこんなところで死ぬ訳ないだろ」


だから、カリスは力強く、そして、不安にならないようにと笑顔でそう告げる。


「・・・はい。信じてます」


「そうか。ミストが信じてくれるなら、俺は絶対にそれを裏切る事は出来ないな」


カリスの笑顔を見て、ミストは『大丈夫だ』と自分に言い聞かせるように言葉を発する。


そんなミストの言葉を聞いていたカリスは頭を撫でながらそう語る。


頭から伝わってくる温もりに、ミストは眼を細め、嬉しそうにしていた。


明日、カリスは自らの命を懸け、危険度の高い戦いに赴くこととなる。


カリスは無事、この苦難を乗り切る事が出来るのだろうか?

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