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第四話 戦争の兆し




「・・・頼めるか?」


「別に構いませんが・・・カリス様がやるんですか?」


カリスとある一人の男性が二人きりで話している。


どうやら、カリスが何かを頼み込んでいるようだ。


「カリス様は貴族ですよ? こんな事やらせる訳には・・・」


「俺から依頼しているんだ。貴方には迷惑はかけない」


「はぁ・・・。分かりました。お引き受けします」


「すまない。迷惑をかける」


「いえ。こちらとしても時期が時期なので助かります。では、明日にでも」


「ああ。頼むな。他の連中にも連絡しておいてくれ」


「分かりました。皆には言っておきます」


カリスの頼みは引き受けてもらえるようだ。


一体、どのような頼み事なのだろうか?










~SIDE ローゼン~


「さて、ミスト。これが何か分かるか?」


「・・・畑です」


「そうだ。今日はな、皆に農作物の収穫を手伝ってもらおうと思う」


突然だけど、私達はカリス様に呼ばれ、アナスハイム領内にある畑の前に来ているわ。


昨日、カリス様より、『動きやすい格好をしてくるように』と言われ、準備をしてきたんだけど、まさか畑仕事をする事になるとは夢にも思っていなかったわ。


でも、カリス様の事だから、きっと何か考えがあるんでしょうね。


「・・・畑仕事ですか? カリスさんもするんですか?」


「ん? 当たり前だろ。俺がやらずして誰がやるんだ?」


「いえ・・・」


ロラハムにとっては、いいえ、平民にとっては貴族が畑仕事をするなんて想像できないんでしょうね。


それこそ、例外はカリス様ぐらいだと思うわ。


平然と畑仕事をしようとしているもの。


ロラハムが戸惑うのも無理はないわね。


でも、どうして畑仕事をするのかしら。


「・・・どうして畑仕事をするんですか?」


「ミストは畑仕事をするのが嫌か?」


「・・・楽しみです」


・・・ミストの為かも知れないわね。


カリス様は本当にミストに優しいから。


まぁ、私にとっても、妹のようで、可愛いんだけどね。


「そうか。いいか、ミスト。俺達は領民が作ってくれた農作物を食べさせてもらっている。だからな、俺達は食べ物を作ってくれている皆に感謝しなければならない」


「・・・はい。分かります」


「そこでだ。実際に、畑仕事を体験してみて、どれだけ苦労しているかを知ろうと思ってな」


当事者の身になってこそ、本当の苦労が知れる。


少しでも体験してその苦労を知ってもらいたいという事なんでしょうね。


「体験する事で、食事に対する認識が変わるという事ですか?」


「そうだな。苦労して作ったのがきちんと食べられなかったら、悲しいし、悔しいだろう?」


「なるほど。食事に、ひいては、領民達に感謝するべきだという事ですね。平然と食べるのではなく、一つ一つに感謝の気持ちを抱いて」


「そうなってくれれば、俺としても嬉しいな。さて、早速手伝わせてもらうとしよう」


そう言うと、カリス様は傍にいた農民の人に農作具を受け取って、私達のところに戻ってきたわ。


カリス様の後ろには何十人かの農民の人達が待機していて、どうやら私達の事を待ってくれているみたい。


カリス様の期待に応える為にも、精一杯畑仕事に務めるとしましょう。


~SIDE OUT~










「楽しそうにやっているな」


「・・・?」


カリスの呟きに、隣で土を弄っていたミストが首を傾げる。


「あそこを見てみろ。ローゼンが領民と一緒に協力して働いている。今、あの空間では亜人も人間も関係なくなっているんだ」


カリスに方向を指差され、ミストは視線を上げ、その方向を凝視する。


視線の先には、収穫された農作物を一箇所に運び込む作業をするローゼン達がいた。


そこにいる誰もが笑顔を浮かべて、活気に溢れていた。


そんな光景を見て、嬉しそうに微笑んでいるカリス。


ミストはそんなカリスを見て、自分自身も少し笑みを浮かべ、再び、ローゼンの方に視線を向ける。


「・・・カリスさん」


「ん? 何だ? ミスト」


「・・・畑仕事・・・楽しいです」


「そうか。それは良かった」


カリスがミストの頭に手を乗せ、帽子越しにゆっくりと撫でる。


あいも変わらず、帽子を外す事のできないミストにカリスは申し訳ない気持ちを抱いていた。


だが、ミストは帽子越しだとしても、その心地よい感触に頬を緩ませている。


その事がカリスにとっては少し救いになっているのかもしれない。


だからか、カリスはよくミストの頭を撫でる。


「ミスト。俺はな、大陸の至る所で、あのような光景が溢れていてくれたらなと思うんだ」


遠い眼をしてカリスが語る。


「亜人も人間も関係なく。笑いあって、楽しそうに」


「・・・はい」


「それにな、ミスト。お前のような特殊な亜人にも幸せになって欲しいと思うんだ」


「・・・カリスさん」


眼を見開き、唖然とした様子で呟くミスト。


「きっとミストは生まれで苦労してきたんだろう。でもな、例えお前が忌み子と呼ばれる存在でも祝福を受けて生まれてきた命なんだ。誰にだって幸せになる権利はある」


「・・・カリスさん」


感極まった様子のミスト。


「それにな、お前が幸せだと感じられるように、俺達は頑張っていくつもりだ。だから、楽しみにしていてくれな」


「・・・カリスさん。私は今でも幸せです」


そっと雫を零しながら、嬉しそうな笑顔を浮かべるミスト。


そんなミストの頭を再度優しく撫でるカリス。


「そうか。それは良かった。でもな、まだまだ楽しい事、嬉しい事はたくさんあるんだ。お前はもっと幸せになれるんだぞ」


「・・・その時も私の傍に居てくれるんですか?」


「ああ。もちろんだ」


カリスの満面の笑みに、ミストも満面の笑みで応える。


その笑顔は今まで見てきた中でも最高級に可愛らしい笑顔であった。










~SIDE ロラハム~


「カリスさんは一緒に活動する事で、接する機会を設けようとしたんですね」


僕の眼の前で、ローゼンさんやミストが楽しそうに畑仕事に勤しんでいます。


時折、二人は領民の方々と笑顔で話しています。


ミストの笑みは分かりづらいですが、楽しそうにしている事に変わりはありません。


最初は領民の方々と亜人であるローゼンさんとミストとの間に壁を感じていたのですが、その壁もあっという間になくなってしまいました。


同じ作業を協力して行った事で、連帯感を持ったからでしょうね。


きっと、カリスさんはここまで考えて畑仕事を僕達に行わせたんでしょう。


この光景はカリスさんが望んだ光景そのものでしょうから。


それに、とても嬉しそうに笑っているカリスさんの姿も見ましたから。


「おい。ロラハム。手を抜くな。収穫が終わったら、今日獲れたもので宴会を開くんだぞ」


「宴会・・・ですか?」


「ああ。領民達に聞いたら、ぜひ参加してくれとさ」


貴族と平民が宴会。


信じられないような話ですが、何だかカリスさんならあまり違和感はありません。


貴族としての風格も備わっているのに、平民と平然と接せられるカリスさんは本当に凄い人だと思います。


僕の生まれた村の領主がアナスハイム家のような方達だったら良かったのに・・・。


・・・今更ですね。


「ロラハム」


あ、早く合流しないといけませんね。


遊んでいたら、真面目に働いている方々に申し訳ないですから。


「はい。今行きます」


さて、もう一頑張りするとしましょうか。


働いた後の方が、食事も美味しいですから。


~SIDE OUT~










~SIDE マズリア~


夜、月が闇夜を照らす今、私と夫は屋敷から出て、領内を歩いているわ。


オハランから『カリス様が領民達と宴会を開いているようです』と知らせを受けて、折角だから見に行こうという話になったの。


屋敷から出て、しばらく歩いたら、明るい灯りと賑やかな声が広場から聞こえてきたわ。


広場が見える位置まで歩き、立ち止まって広場を眺めると、カリスを中心に平民達が宴会を開いていたわ。


農民の他にも漁師や狩猟を専門とする人達も合流したみたいね。


決して上品とは言えないけれど農作物、海産物、狩猟肉がふんだんに使われた多種多様な料理がこれでもかという程並べられているわ。


それぞれの家族達も席を共にし、誰もが笑顔で楽しそうにしているわ。


とっても賑やかでその場にいられない事がもったいない程。


「・・・変わってないな。いや、変わったのか」


「そうね。昔からカリスは貴族という柵に囚われない性格だったわ。でも、自らが平民と共に活動するような事はなかったわね」


私達、アナスハイム家は、貴族として変わり者と呼ばれる家系。


それは、他の貴族と平民との接し方が違うから。


でも、私達はそれで良いって思っているの。


だって、この思想こそ本来の貴族が持つものだって私は誇らしげに思っているもの。


きっと、子供達もそう思ってくれている筈だわ。


「アナスハイム家でもあいつは異例だな。まさか、貴族が平民と畑仕事を共にするなんてな」


「貴族の世界では前代未聞でしょうね。でも、カリスらしいって思うわ」


そんなアナスハイム家でも一際異彩を放つのがカリスね。


まさか、畑仕事に参加しているなんて思いもしなかったわ。


オハランから知らせを聞いた時の私と夫の驚きようは凄かったものよ。


エルムストもトリーシャも領民達と親しく接しているけど、カリスのはそれ以上。


多分、領民達に最も慕われているのはカリスでしょうね。


五年間も旅をしてきたから、すぐには馴染めないかと思って心配していたんだけど。


・・・心配なんてする必要はなかったわね。


なんていっても、すぐに当たり前のように溶け込んでいくんですもの。


カリスがいる所には、平民達の笑顔が溢れているわ。


昔はあまり人付き合いが得意な方ではなかったのに・・・。


カリスにとって、五年間の旅はとても有意義なものだったのね。


「それに、気付いている? 平民と貴族が親しくしている中に、亜人も混じっているのよ」


「貴族と平民。人間と亜人。分かり合えないと思われていた両者が同じ場所、同じ時間を共に過ごしている」


「きっと、これがカリスの望んだ光景なのね。・・・楽しそうだわ」


私はアナスハイム家に嫁入りした身。


結婚する前の私の家系は酷くという程でもなかったけど、貴族至上主義の家系だったわ。


だから、当然、変わり者扱いされているアナスハイム家との縁談はアナスハイム家がアゼルナート皇国屈指の騎士家系でなかったら成立していなかったでしょうね。


そんな家系に生まれた私も、当然、平民と接する事無く、アナスハイム家へと嫁いできたわ。


嫁いできてからの私はそれはもう戸惑ってばかりだったわ。


平民と笑顔で挨拶する夫。


領民達の明るい笑顔と楽しそうな声。


平民の子供達も健やかに育ち、元気に走り回っている。


私の家系の領地ではありえない光景ばかりを眼にしたわ。


平民を人と思わない素っ気無い態度。


貴族に怯え、疲れた顔で作業する領民達。


親の影に隠れ、怯えた様子で笑顔の少ない子供達。


それが私の領地では当たり前だった。


でもね、この二つの光景を並べて比べてみれば、どちらが良いかなんて一目瞭然。


当たり前だと思っていた光景が何て傲慢で、何て下品なものだと思った事か・・・。


戸惑い続ける私も夫の助力や領民達の笑顔で徐々に今の環境に慣れていったわ。


それと同時に、アナスハイム家の家訓に感銘を受けて、アナスハイム家に嫁げた事を嬉しく思ったわ。


だから、私は変わり者と評されるアナスハイム家を誇らしく思うの。


「母上。父上。いらしていたんですか」


立ち止まっていた私と夫に気がついたのか、カリスが近寄って話しかけてきたわ。


その顔は少し赤みが差していて、どうやらお酒が入っているみたい。


きっと、貴族が飲むワインのようなお酒じゃなくて、平民が飲むようなお酒なんでしょうね。


『そんなもの飲めるか』って突き放すのが大半の貴族なのに、普通に飲んでいるカリスに、私はちょっと尊敬すらしそうになったわ。


「楽しんでいるようだな。カリス」


「はい。今年は近年稀にみる豊作らしく、農民達も大喜びです。農民達と宴会を開いていると他の民達も合流しまして、こんな規模の宴会になってしまいました」


ホント、嬉しそうな顔で話すわね。


「騒がしくても申し訳ありません。どうです? 父上方も参加いたしますか?」


どうしましょう。


私としては参加してみたいんだけど、貴族としては参加しづらいわね。


それに、私達のような貴族がいたら領民達も楽しめないでしょうし。


「そうだな。俺達が参加しても大丈夫なのか?」


え? まさか、貴方の口から参加の声があがるだなんて・・・。


「もちろんです。領民達は父上と母上を慕っていますから。参加してくれれば喜ばれると思いますよ」


え、私達も参加しても大丈夫なの?


慕われているだなんて、何だか嬉しいわね。


「そうか。それなら、参加させてもらおう」


「ええ。良いかしら」


「はい。では、どうぞ」


カリスに連れられ、私達も宴会に合流したわ。


始めは領民達も戸惑った様子を見せたけれど、すぐに快く歓迎してくれたわ。


私達にとって始めての体験だったけれど、とても楽しかったわね。


だって、またやりたいって思うぐらいだもの。


こんな楽しい思いをさせてくれたカリスに感謝ね。










宴会を終えて、屋敷への帰り道。


カリスの背中で安らかな息を立てて眠るミストちゃん。


その寝顔は本当に可愛らしくて、思わず微笑んでしまうわね。


小動物のようなミストちゃんを私は時々抱き締めたくなる。


まるで、新しく出来た娘かのようで、とても愛くるしい。


ミストちゃんがある事情があって、森の奥底で隠れ住んでいたという事は知っているわ。


それがどんな事情なのかは、知らないし、聞こうとも思わない。


・・・もちろん、興味はあるけどね。


だからね、ミストちゃんがこれから楽しいと思えるようになれたらって思うの。


その為の協力は拒まないつもりだし、出来る限り護ってあげたい。


それに、カリスが引き取ったというのなら、私にとっては家族同然だもの。


家族なんだから、亜人なんて事は関係ないわよね。


家族なんだから、絶対に護ってあげなくちゃ駄目よね。


私はミストちゃんの寝顔を眺めながらそう誓ったの。


~SIDE OUT~










この日を境に、領民達の亜人であるローゼンやミストへの接し方に少しだけ変化が訪れた。


今までは遠くから眺めるだけで、時に怯えて出てこなかった連中も、すれ違い、挨拶してくれるようになった。


この事にカリスは非常に満足した様子であったという。


少しずつ、少しずつだが、確かに人間と亜人との壁はなくなっていっていた。


・・・そんなある日のことだった。


「こちらになります」


「・・・そうか。承知した、と返事を」


「了解いたしました。では」


突如やって来た王家からの使者。


その使者から手渡された書状には・・・。


「・・・戦争か・・・。醜いものだな」


そう、戦争への出兵要請が書かれていたのだ。


「・・・ドリスタン独国。ここ十年内で独立した歴史のない国家。元々はカーマイン帝国の過激派だったと聞くな」


ここアゼルナート皇国を攻めてくるのはドリスタン独国。


アゼルナートの東に位置し、ジャルストの語った通り、カーマイン帝国から独立した新国家だ。


そんなドリスタン独国が主都としたのが、アゼルナートの東、カーマインの南、今は亡きシュバルド王国の王都だ。


歴史ある王国、シュバルド王国の滅亡はまだ人の記憶に新しい。


時は遡り、今から二十年程前、凄まじい勢いで攻め込んできたカーマイン帝国によって、シュバルド王家は滅亡し、必然的にシュバルド王国は滅んだ。


武神と誉れ高きシュバルド王家も圧倒的な戦力を持って攻め込んできたカーマイン帝国には屈するしかなかったのだ。


シュバルド王家の滅亡。


それは、大陸の大部分の人が信仰するファレストロード教の教えにある伝統ある八大国家、そのうちの一つが潰えたという事を意味する。


ファレストロード教を知っている者なら、誰もが忘れる事無く、頭の片隅に置いてある事であろう。


「・・・エルムストは自分の隊の指揮を執るだろう。トリーシャも宮廷魔術師団での活動がある」


戦争が行われる時、貴族には自分の領地で兵を集め、出陣する義務がある。


もちろん、何かしらの事情、理由があれば、拒否できない事もないが、それが正当じゃなかったり、事情、理由なく拒否したら、国家反逆罪として囚われる可能性もある。


その為、大抵の貴族は戦争の度に、戦力集め、錬度上昇、戦争費用の捻出に奮走している。


「・・・いつもなら、俺が行くが・・・」


「・・・カリスに行かせるの?」


「お前。・・・いたのか? それに、何故?」


一人執務室で悩むジャルストのもとに、マズリアがやって来て、そう告げる。


「ええ。何となくだけど、貴方の考えている事が分かったわ。戦争があるんでしょう?」


「あ、ああ。ドリスタンがな、兵を集めているらしい。全諸侯に、出兵の要請が出ている」


「戦争・・・。嫌ね。戦争をやって良いことなんて一つもないのに・・・」


「そうだな。無駄な血が流れるだけだ」


苦虫を噛み潰したかのような表情で語る二人。


その顔からは、戦争の悲惨さが切実に伝わってくる。


「それで、貴方は自分の代わりにカリスに兵を率いらせようと考えているの?」


「ああ。先日の賊狩りも被害を出す事無く解決した。それに、あいつは誰よりも早く戦場に立ったんだ。任せても大丈夫だと思うんだが・・・」


「そうね。カリスの初陣は十の時。一般的な初陣より何年も早かったわ」


「幼い頃から武の才能は抜きん出ていたからな。兵としての能力に異論はない。問題は指揮官としての知識だが・・・」


「普通なら、貴族学校で習うんだけど・・・」


「仕方がないだろう。カリスは五年間もの旅をしてきたのだからな。それに旅での話を聞く限り、指揮官を務めさせても問題ないと思うが・・・」


通常、貴族の子息達は男女問わず、一定期間貴族専用の学校に通う。


義務付けされているわけではないが、伝統的に通う事が常識とされている。


学校へ通う事の目的は、貴族としての心構え、政務での心得、討伐での心得、戦争での心得、武術、魔術を学び、貴族として最低限必要な事を身に付ける事にある。


その為、学校をきちんと卒業する事が出来れば、貴族としての必要最低限な能力を会得しているという事になる。


逆に言えば、貴族学校に通っていない者は貴族として不出来の烙印を押されるという訳だ。


これも学校へ通う事を常識化させた理由の一つと言える。


誰だって、不名誉な烙印を押されたくない。


また、貴族学校に通う事自体に意味がある。


貴族社会は横社会であり、縦社会。


貴族間の繋がりがこれ以上ないぐらいの重要な意味を持つ。


その繋がりを持つ為に学校という、所謂、交流の場に出向く事は、非常に効率が良いと言える。


何といっても、公爵家だろうが、子爵家だろうが、関係なく一つの学び舎に入れられるのだ。


自分より高い地位にいる者と繋がりを持つには絶好の機会と言える。


そして、貴族学校を好成績で卒業したものには、王宮より軍への斡旋がある。


貴族にとって王宮に勤める事をこれ以上ない栄誉であり、それを王宮側から依頼されれば、喜びは凄まじい。


ちなみに、エルムストは貴族学校を主席卒業し、そのまま騎士団に入隊したエリート組だ。


また、トリーシャも主席ではないものの、魔術の成績が群を抜いて良かった為に、宮廷魔術師団に優先的に入団できた。


このように、学校での成績が今後を決める事も少なくない。


その為、王宮に仕えたい、国の騎士として国を護りたいという者達は進んで、貴族学校に入学し、死に物狂いで努力している。


そんな中、入学する事無く、旅で経験を積んできたカリス。


そんなカリスは周りの貴族にとって、異様な存在に映るだろう。


だが、能力さえあれば、任せられるというのが、ジャルストの意見だ。


カリス自身にその能力があるのかは、先日の賊狩りでしっかりと確かめた。


その為、ジャルストはカリスに任せる事に異論は全くといっていいほどなかったのだ。


「そうね。でも、流石に任せっきりにする訳にはいかないわよ」


「もちろん、オハランに補佐についてもらうつもりだ」


「経験豊富なオハランが補佐につけば、あまり無茶はしないでしょうね」


「ああ。それなら、カリスに伝えよう。呼んできてくれ」


「分かったわ」


そういうと、マズリアは執務室から出て行くと、カリスの元へと向かった。


「アナスハイム家の次男。公な場での初出陣。・・・期待しているぞ。カリス」


一人部屋に残ったジャルストはそっと呟く。


その呟きには、息子を想う父親の心情が滲みでていた。










~SIDE ローゼン~


「待ってください! 僕も行きます」


「駄目だ! お前達を連れて行くつもりはない!」


「カリス様。何故、私まで・・・」


今日、カリス様より召集がかけられ、カリス様の執務室へやってくると、『近々戦争があり、出陣する事になった』と言われ、カリス様の役に立てると意気込んだ。


でも、カリス様は私達の誰も連れて行くつもりはないと言う。


私は納得できない。


私はカリス様の役に立つ為に生きているのに・・・。


「ローゼン。お前にはミストとロラハムを任せたい」


「で、ですが・・・」


確かに、カリス様の仲間である、もちろん、私の仲間でもある二人を護るのも立派な任務だ。


でも・・・。


「私は貴方様の傍を離れたくありません。私は、貴方様の傍で、貴方様を助けたいのです」


「ローゼン。信頼できるお前だから、任せられるんだ。納得してくれないか?」


そんな言われ方をされたら、嫌だなんて言えない。


でも・・・それでも、私には納得できない。


「待ってください!」


ロラハム?


「僕が頼りないからですが? 戦場に連れて行くのが不安だからですか!?」


ロラハムも連れて行ってもらえないことが辛いのね・・・。


「違う。お前はもう充分戦える」


「それならば、何故ですか!?」


「いいか。今までの旅では、お前達に極力人を殺させないようにしてきた。無論、それ程都合良くはいかなかったが・・・」


ロラハムが合流してからの一年間、賊狩り、治安維持と多くの仕事をしてきた。


極力、殺しがないようにしてきたが、賊狩りなどをしていれば、殺さない訳にはいかなくなってしまう。


だがら、ロラハムとて、殺しを体験した事がないわけではない。


でも、その度に、胃の中の物を吐き、夜は震えるように縮こまり、顔面蒼白な日が幾日も続いていた。


そんなロラハムを知っているから、カリス様は戦場に連れて行きたくないと言うのだと思う。


「だから何だと言うのですか? 覚悟が足りないという事ですか?」


「それもある。だが、ただお前達には進んで人殺しの場に立って欲しくないだけだ。戦争の悲惨さは一生心の傷になる」


・・・辛そうな表情で語るカリス様。


カリス様は私と会う前に戦場に立っていたと聞いた。


きっと、その時の体験が、ロラハムを戦場に立たせたくないと思わせているのだろう。


「分かっています。ですが、いずれは乗り越えなくてはいけない事です。違いますか?」


「・・・・・・」


カリス様もロラハムの気持ちが分からないわけではないのだ。


ただ、理屈では分かっていても、感情では納得できない。


でも、それは私も、ロラハムも、ミストだって同じだ。


「僕はカリスさんの役に立てたらと思っています。その為にも、悲惨だからという理由で逃げる訳にはいかないんです」


「お前は分かってない。戦争の恐怖が。戦争の悲しさが」


「カリスさん!」


「戦争を終えた時、浮かんでくるのは喜びではなく虚しさだけだ。その後、人を殺したという恐怖、救えなかった味方への罪悪感で、心は一杯一杯になる」


「・・・・・・」


「戦争は人の怨念が蔓延る場所だ。人の醜さが具現化したような場所だ。そんな所に、俺はお前達を連れて行きたくはない・・・」


辛そうに、苦しそうに語るカリスさんに、私達は言葉を失う。


いつも大きく見えるカリス様の背中が、何故だか今は小さく見えた。


「・・・カリスさんは行くんですよね?」


「・・・ミスト?」


俯くカリス様に、ミストが話しかける。


ミストの表情には、いつもの無表情とは少し違った、悲しさと怒りの感情が浮かんでいた。


「・・・カリスさんだけをそんな所へ行かせたくありません」


「・・・ミスト・・・」


「その通りです。カリス様。以前、貴方様は私達を置いて、一人で戦場へ赴きました。その時の私達の気持ちは分かりますか?」


「・・・ローゼン・・・」


今から、半年程前、カーマイン帝国内を旅している時、カリス様にカーマイン帝国より出陣の要請があった。


カリス様は私達を知人に預け、一人、戦場へと向かった。


その時、私達全員はカリス様に置いていかれた気がした。


そして、もし帰ってこなかったらと恐怖に震えた。


私はそんな思いを二度としたくない。


「何時死ぬか分からない。生きて帰ってくるか分からない。そんな恐怖に耐えながら待っていられる程、私は、いえ、私達は強くありません」


「・・・・・・」


「共に連れて行ってください。私が戦場に立てないというのなら、それ以外の事で役に立ってみせます。カリス様の足は引っ張りません」


「僕も役に立ってみせます。ローゼンさんほど活躍できないかもしれませんが、僕だって、いないよりはマシな筈です」


「・・・私もお手伝いしたいです。皆さんが傷ついたら、私が治します」


「・・・お前ら・・・」


一生懸命、頭を下げる私達。


カリス様は優しすぎるから、私達の事を案じてこう言ってくれる。


でも、私達だって、いつまでも気を遣ってもらいたいわけではない。


主に気を遣わせてしまったら、従者として失格だ。


私はカリス様に必要とされたい。


気を遣わせることなく、案じてもらうことなく、私は頼ってもらいたい。


そう願う事はいけない事だろうか?


「・・・ハハハ」


「カリス様?」


「・・・そうか」


俯いていたカリス様が顔をあげる。


その顔には・・・。


「・・・あ」


優しい笑顔が浮かんでいた。


嬉しそうな、それでいて、少し不安そうな、でも、心からの笑顔が。


「分かった。お前達も連れて行く」


「あ、ありがとうございます」


「・・・ありがとうございます」


「・・・感謝します。カリス様」


その笑顔に少し見惚れていたのは、私だけの秘密。


ミストも何処となく、頬をが赤い気がするけど・・・。


「だが、絶対に無理は許さない。お前達の一人でも失えば、俺は一生後悔する。俺にそんな事させないでくれよ?」


おどけたような口調だが、その表情は真剣。


だからこそ、私は、私達は、心に誓う。


「もちろんです。まだ、死ぬには早いですから」


「・・・死にません」


「もちろんです。カリス様。何時までも貴方様の傍に・・・」


一人一人が力強く断言する。


「そうか」


そんな私達を見て、カリス様がそっと呟く。


「それなら、明日から準備に入る。しっかりと付いてくるんだぞ」


最後にそう締めくくって、カリス様が執務室から出て行く。


残された私達は必ずや役に立ってみせると気を引き締めるのだった。


~SIDE OUT~








それから、カリスは遠征の準備を始め、兵士一人一人の錬度をあげていった。


アナスハイム家がアゼルナートで屈指の騎士家系ということもあり、兵達の錬度は他諸侯のものより大きく上回っていた。


だが、そこで驕る事無く、更に錬度を上げ、死者を一人でも減らそうというのがカリスの考えだ。


その考えに兵達も理解を示し、日々を厳しく過ごしている。


「ハァ・・・ハァ・・・」


そして、それはカリスも例外ではなかった。


カリスは忙しく準備に追われる傍ら、少しでも時間が空けば、自主的に修練を積んでいた。


現在はその大型のハルバードを何度も何度も振り続け、基礎となる身体能力の向上に努めていた。


何といっていいかわからないが、カリスのハルバードは一般男性には持つだけでも精一杯と言える代物だ。


それを振り回す為には強靭では足りない。


それこそ、限界を超えるほど鍛えなくてはいけない。


そして、それほどまでに鍛えたら、一日でも疎かにすれば、急激に力が失われる事になる。


その凄まじい身体能力を維持する為にも日々の鍛錬が欠かせないのだ。


それ故、カリスは一日も休むことなく、身体を鍛え続けている。


何故そこまで強くあろうとするのかは分からないが、カリスの意思がとてつもなく固いものであるという事に間違いはないだろう。


「・・・カリスさん」


そんなカリスの傍に近づくミスト。


「ミストか? どうした?」


「・・・これを」


そう言って手渡すのは、汗を拭くための布と水分を補給する為の水筒。


「ありがとう。ミスト」


カリスがそれを受け取ると、ゆっくりと水分を補給する。


その後、しっかりと汗を拭く。


「・・・カリスさん」


「ん? 何だ? ミスト」


「・・・正直に言います。・・・私は戦争が怖いです」


「・・・・・・」


ミストの言葉を聞いて、カリスは黙り込む。


「・・・でも、それ以上に、私は独りになるのが怖いです」


「・・・独りに?」


「・・・だから、私はカリスさんと一緒に戦争に行きたいんです。独りが怖いから」


今のミストにとって、独りというのは、恐怖であり、何としても避けたい事だった。


カリスと出会うまでのミストは常に独りであったと言っても過言ではない。


だが、カリス達と出会い、交流を深めるうちに、独りが怖いという自分に気が付いた。


そして、絶対に手放したくないと実感した。


だからこそ、ミストにとって、独りになってしまうかも知れない選択肢など、始めから除外対象であった。


「・・・私は今が大事です。失いたくありません」


「・・・ミスト。一つだけ教えてやろう」


「・・・?」


突然、明るい声で話しかけるカリスに、俯いていたミストは顔をあげ、カリスを眺めた。


「俺もロラハムもローゼンも、お前を残して死ぬような事は断じてない。更に言えば、お前を独りになどさせるつもりない」


「・・・カリス・・・さん?」


「例え、手足の一本を失っても、俺はお前のもとに帰ってくる。お前を含め、俺と共に旅をして誰もが俺にとっては大事な仲間だ」


カリスが真剣な表情でミストに語る。


「大事な仲間を残して死ぬほど俺は薄情じゃない。そして、俺は仲間を俺よりも先に死なせたくないから、力を求めた」


「・・・カリスさんは強いです。でも、どうして、カリスさんはそんなに強いんですか?」


「強い・・・か? あの頃の俺に、今程の力があれば護れたのだろうか?」


自嘲気味に呟くカリスに、ミストは心配そうな表情を向ける。


しばらく黙り込んだ後、カリスは重い口を開く。


「ミスト。俺はな、一度、大事な人を眼の前で殺されているんだ」


「・・・えっ?」


カリスの突然の告白に、ミストは驚愕の色を浮かべた。


「それからだな。俺は理不尽な力に抗いたいと力を求めたんだ。もう二度と失いたくないと」


「・・・カリスさん」


「だからな、ミスト。俺はお前を失うつもりはないぞ。ロラハムやローゼンも俺は失わない。俺の力はその為にあるんだからな」


拳を力強く握り締め、カリスが語る。


その瞳には、輝かんばかりの信念に満ちた光が宿っていた。










「出陣だ。皆、気を引き締めろ」


「おぉおう!」


準備を終え、カリス達は戦場になるであろう国境付近へと兵を向けた。


まずは自軍陣地内にある各諸侯の代表者が集まる本陣へと赴かなければならない。


本格的な作戦はその時の軍議によって決められる。


現在、カリス達は軍兵を引き連れて、軍陣へ移動中である。


そんな中、カリスの近くを歩いていたロラハムがカリスに話しかける。


ちなみに、カリスはルルに跨り、そんなルルはゆっくりと地上を歩いていた。


「カリスさん。そのマントは何ですか? いつものと違う気がするのですが・・・」


「あぁ、これか」


そう言うと、カリスは自らの背中に視線を向ける。


その視線の先には立派な紋章が描かれた特別製のマントがあった。


「俺が戦争に行くときにはこれを身に付けていくと決めているんだ」


「その紋章は・・・竜ですか?」


「ああ。雲を突き抜け飛翔し続ける気高き生き物、竜。俺にとっては特別な意味を持つ」


見るだけで威圧感のある竜が、雲を突き破るさまがその紋章には描かれていた。


何度も取り繕った跡があるが、それでもその気品が失われる事はなかった。


「でも、いいんですか? アナスハイム家の紋章は・・・」


ロラハムが移動している周囲に視線を向ける。


周りの兵達が掲げている旗には、盾を貫く剣の紋章が描かれている。


「王家に仇なす者を完膚なきまで潰してきたアナスハイム家の歴史がこの紋章には描かれている。アナスハイムは爵位は低いものの、騎士家系としては上流だからな」


古来から存在しているアナスハイム家。


伯爵と爵位は低いものの、戦場では必ずといって良い程、抜群の働きを見せる。


その活躍ぶりは凄まじく、他国にもアナスハイム家の名前は伝わっていた。


爵位が低いままなのも、アナスハイム家に高い爵位を与えて、もし、アナスハイム家が反旗を翻したらと恐れられているからだ、と囁かれている。


そう噂される程の力がアナスハイム家にはあるのだ。


「だが、俺は俺だ。旗としてはアナスハイム家の紋章を掲げるが、俺個人はこの紋章を掲げる」


「この紋章にそれ程の意味が?」


「ああ。気休めかも知れんが、これがあれば誰にも負けない気がする。俺にとって、このマントは掛け替えのない大切なものだからな」


慈しむように眺めるカリスに、ロラハムは黙り込むしかなかった。


そのマントを見れば、それを如何に大切にしていたかがこれでもかという程伝わってくるのだから。


「そうですか。・・・次から、僕もその紋章を掲げて良いですか?」


「ん? そうだな。俺に一撃を当てられるぐらいになったらな」


意地悪そうな笑みで告げるカリスに、ロラハムも苦笑しつつ答える。


「分かりました。カリスさんに一撃を入れられるようになったら、僕もその紋章を掲げます。すぐにでも掲げてみせます」


「ハハハ。そうか。楽しみに待ってるぞ」


満足したような表情でそう告げるカリスに、ロラハムも笑顔で返す。


「カリス様。そろそろ着きますぞ」


「分かった。オハラン。俺がいない間はお前に任せる。準備を進めていてくれ」


「はい。カリス様」


カリスの言葉に、オハランは頷く。


「それと、ミストとローゼンは出来るだけ俺達の陣から出さないようにしてくれ。変ないざこざに巻き込まれたくないからな」


カリスが心苦しいといった様子を見せながら告げる。


「畏まりました」


一礼すると、馬に乗ったオハランが去っていった。


「すまんな。二人とも、不自由な思いをさせて」


「いえ。構いません」


「・・・大丈夫です」


カリスの問いかけに、狼状態のローゼンと帽子を深く被ったミストが答える。


ちなみに、ミストはローゼンに跨っている状態であり、体力の少ないミストでもあまり疲れを見せていなかった。


ミストが小柄で、ローゼンが大型だからこそ出来た騎乗であろう。


「兵達の間ではお前達の事は知られているからな。心配する必要ない。それに困った事があったら、オハランに言ってくれ」


「御意に」


「・・・分かりました」


「すまんな」


二人との会話を終えたちょうどその頃、カリス達の視界にアゼルナート本陣となる幕舎が見えてきた。


これから始まるドリスタン独国との戦争。


カリス達はどのように戦い、どのような結末を迎えるのだろうか?


それは今現在、誰も知る由はない。

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