第三話 戦闘
~SIDE エルムスト~
「・・・・・・」
カリスの五年間の話を聞き、俺は驚く事しかできなかった。
俺が軍人として生活している傍ら、こいつは壮絶な経験を繰り返していたんだな。
そして、驚くと同時に、俺は少しカリスの事を羨ましく思った。
俺は所詮アゼルナートという国しか知らんからな。
井の中の蛙みたいなものだ。
広い世界を知ってきたカリスが俺には眩しく見えた。
亜人と共に平然と暮らし、亜人の為にと積極的に動いているカリスが俺には眩しく見えたんだ。
物語のような話だったが、それを実際に成し遂げてきたカリスは純粋に凄いと思う。
「それにしても、そもそも何でカリスさんは旅をしようと思ったんですか?」
だから、ロラハム君が呟いたこの言葉。
この言葉に、俺は急激に現実へと引き戻される事になった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
事情を知っているトリーシャとシズクは黙り込んでしまう。
俺とて、容易に口に出して言い事ではない。
「ああ。色々と事情があってな。機会があったら話そう」
それなのに、カリスは平然と答えてしまう。
・・・逞しくなったな、お前、本当に。
お前が一番の当事者じゃないか・・・。
「そ、そうだね。それで、兄さんは今日こっちに泊まっていくの?」
誤魔化したか。
だが、アナスハイム領に亜人を残しているんだ。
カリスも逸早く戻りたいだろう。
竜も居る事だしな。
「すまんな。トリーシャ。今はアナスハイム領にいてあげたいんだ」
「むぅ・・・」
やはりな。
なんともカリスらしい。
あいつは昔からこんな奴だったからな。
「だが、決して家族を疎かにしている訳ではないぞ。また、近いうちに来るさ」
「ホント? やったぁ」
嬉しそうに笑っているな、トリーシャ。
でも、それはエルフを受け入れられるようにならなければ実現しないと思うぞ。
だから、俺はカリスに言う。
「今度来るときは、お前の仲間達を連れてくるといい。俺は歓迎するぞ」
「えッ?」
「私も普通に接する事が出来るかわかりませんが、歓迎致しますよ」
「シズクさんまで・・・」
「義姉さんでしょ?」
「え、あ、うん。シズクさ・・・じゃなくて、義姉さんも歓迎なの?」
「ええ。カリス君のお仲間を見てみたいですから」
微笑んでトリーシャを見るシズク。
ホント、出来た奴だ。
「トリーシャ。お前はどうする?」
お前が何て答えるか分かってるから聞くんだぞ。
期待に応えろよ。
「・・・分かった。私も実際に接してみて考える」
「そうか。だ、そうだぞ。カリス」
「良いのですか? 俺としても連れて来たいのですが・・・」
「護れる場所があれば問題ないだろう。隠し切れる自信はあるんだろ?」
「もちろんです。ありがとうございます。兄上」
「当然の事だ。俺もお前の仲間を見てみたいからな」
カリスと共に旅をしてきた亜人達。
一体どんな奴なのか。
楽しみだな。
~SIDE OUT~
「ん? お前、カリスか?」
「俺を名前で呼ぶ? え? もしかして、カルチェさんか?」
カリス、ロラハムがルルを屋敷に預け、お土産やら必需品やらを買っていると、突如カリスが声をかけられる。
振り返ってみると、そこには気さくそうで、身なりが上品に整っている男性が立っていた。
「おう。カリス。久しぶりだな。話はキルロス様から聞いてるぞ」
「ああ。ご無沙汰。元気そうで良かったよ」
そんな男性と笑顔で語り合うカリスに、ロラハムもキョトンとしていた。
「カリスさん。この方は?」
「あぁ。ロラハムが知る訳ないよな。彼はカルチェ・バートン。セイレーンの外交官でエリートだな」
「おいおい。エリートはやめろよ。んな事ねぇんだから。んで、少年は?」
「あ、はい。僕はロラハム・マルクストと申します」
「そうか。そうか。それで、カリスとはどんな関係で?」
カルチェが気さくにロラハムに話しかける。
「カリスさんには槍を師事していただいてます」
緊張していたロラハムもそんなカルチェの態度に落ち着きを取り戻したようだ。
「ほぉ~。弟子という訳か。カリス。何時の間に弟子なんて取ったんだ?」
「まぁ、俺にも色々あってな」
楽しそうなカリスにロラハムも笑みを浮かべる。
「ロラハム少年。カリスは師匠としてやっていけてるか?」
「もちろんです。最高の師匠ですよ」
「良かったな。カリス。師匠冥利に尽きるじゃないか」
からかわれるも満更ではない様子のカリス。
「ああ。そうだな。人の成長を近くで見れるのは楽しいものだぞ」
カリスの言葉に照れた様子のロラハム。
何て答えて良いのか困っているのだろう。
「ロラハム少年。実際の所、カリスの武術の腕前は一流だ。こいつの技術を盗む事が出来れば、少年も確実に強くなれる」
カルチェはカリスの腕前を評価しているようだ。
まぁ、クリストファーも認めているぐらいなので当然ともいえる。
「はい。カリスさんに師事して頂いて、カリスさんを目標に必ず強くなります」
「そうか。だが、それではまだまだ覚悟が足りんな」
「えッ?」
カルチェの言葉に、ロラハムが首を傾げる。
「そうだろ? カリス」
「ああ。考え方が甘いな」
「・・・・・・」
カリスにまで批判?され、ロラハムは若干落ち込む。
「弟子は師匠を超えてこそ一人前と認められる。お前は俺を目標にするべきではない」
「まぁ、カリスを超える事を目標にするなら話は別だけどな」
互いに視線を合わせ笑いあう二人に、ロラハムは慌てて答える。
「僕がカリスさんを超える? そ、そんなの無理ですよ」
「無理? 何を理由に無理と言い切るんだ?」
「だ、だって・・・」
理由と問われ、思いつくものがないロラハムは黙り込む。
無理だと言い切るのは、ただカリスの実力に圧倒されているだけだからだ。
強すぎて届かないと思ってしまっているだけだからだ。
「無理だと思っているのならそれは確実に無理だ」
「常に自信を持ち、超えてやると前を向いていれば自ずと道は拓かれる。だが、『無理だ』と後ろ向きな考え方では何事も成し遂げられない」
「資格を語るつもりはないが、そんな考え方をしている者を弟子にした覚えはないぞ」
次々と繰り出される二人の言葉はロラハムにとって堪えるものばかりであった。
だが、ロラハムとて伊達に長い事カリスに師事されてきた訳ではない。
精神的にも強くなっている。
「お前はそんな奴じゃないだろ? ロラハム」
「・・・僕はカリスさんを超える事を目標にします。楽しみにしていてください。カリスさん」
「それでこそだ。ロラハム」
ロラハムの力強く頼りがいのある言葉に、カリスとカルチェは笑みを浮かべる。
「ところで、カルチェさんはなんでこんな所に?」
「ん? あぁ、ちょっとした仕事でな。まぁ、お国の事情という奴だ」
「お疲れさん。それで、すぐに帰るのか? 時間があれば、アナスハイム領に招待するが?」
「それは嬉しいお誘いだが、残念な事に時間がなくてな。まぁ、次の機会という事で」
カリスの問いに、カルチェは本当に残念そうに答える。
「そうか。残念だな」
カリスも残念そうである。
「招待もいいが、そろそろセイレーンの方に顔を出せよ。皆、お前との再会を楽しみに待ってるぞ」
「そうか。機会があれば、向かわせてもらう」
カリチェがカリスに告げる。
「本当にセイレーンの方々と親しいんですね」
「ん? 疑ってたのか?」
思わず零してしまった呟きをカリスに聞かれ、慌てるロラハム。
「い、いえ。ただ、想像が付かなくて・・・」
「まぁ、ロラハム少年の気持ちも分からなくないな。聖巫女様との謁見なんて自国の貴族でも中々ないのに、他国の貴族が城に住んでいたなんて普通じゃない」
「普通じゃないって・・・」
苦笑を浮かべるカリス。
親友に『普通じゃない』と、所謂、『非常識』と言われれば心境的には複雑だ。
「特にルルシェ姫様とリース姫様は凄く待ち望んでおられる。覚悟しておけよ」
「覚悟しておけって・・・」
ニヤリとした表情を浮かべて告げてくるカルチェに、カリスの苦笑は深まるばかりだ。
「姫様達に伝えておいてくれ。近いうちに訊ねますと」
「おう。分かったぞ。カリス。確かに引き受けたからな。自分の言葉に責任持てよ。もし破ったら俺の命が危ない」
「考え過ぎだろ。だが、二言はない」
「おし、分かった。んじゃあ、俺はそろそろ行くからな。また近いうちに」
「ああ。時間を喰わせて悪かったな」
「いや。お前と会えてよかったよ。姫様にとって最高のお土産も出来たしな」
『もういい加減にしてくれ』と言わんばかりに苦笑しているカリス。
カルチェのニヤリ顔は中々収まらない。
「じゃあ、今度こそ行くな」
去りながら、背中越しに片手を挙げるカルチェ。
そのまま、雑踏の中に姿を消していった。
「楽しい方ですね」
「相変わらずな奴だ。さて、俺達も帰るとするか」
「はい。そうしましょう」
そして、カリス、ロラハムの両名もまた、雑踏の中に姿を消した。
しばらくした後、先程の路地上空を巨大な竜が飛び去っていったという。
ちなみに、帰り道も多くの注目を集めたカリス達。
それを気にしたのはたった一人。
件の少年のみであったらしい。
「父上。仕事ですか?」
「ああ。領地内でも辺境の方でな。小規模だが、盗賊団が出現したらしい。討伐しに行かねばならない」
屋敷内にて、カリスとジャルストが話している。
「それならば、我々にお任せください」
「お前達にか? だが・・・」
「いえ。タダで住まわせてもらっているのは気が引けますから。領内の問題事は俺達が引き受けます」
ジャルストの気遣いに、『気遣いは無用です』と告げるカリス。
その上で、自信満々に『任せてくれ』と告げる。
「そうか。それならば、部隊を任せよう」
「あ、いえ。部隊はいりません。俺達だけで充分です」
「四人でか? 小規模とはいえ、盗賊団だぞ。油断すると痛い目にあう」
「いえ。油断している訳ではありません。ただ、俺達は四人で戦う事に慣れてますから。あまり兵を預けられても使いこなせるかどうか・・・」
「なるほど。そんな理由か。だが、せめてオハランは連れて行け。お前の教育係だったんだ。オハランの実力はお前も知っているだろう?」
「分かりました。オハランをお借りします。では、後はお任せを」
そう言うと、カリスはジャルストから盗賊団の討伐依頼の紙を受け取る。
「・・・あの村ですか。分かりました。さっそく終わらせてきます」
カリスは颯爽と部屋から出ると、仲間達とオハランに事情を説明し、装備の準備に取り掛かる。
どのメンバーも準備に無駄な動きがなく、戦い慣れているという事が分かる。
部屋に残されたジャルストが呟く。
「お前の成長を見せてもらおう。カリス」
実はジャルスト、元々この任務をカリスに頼むつもりであった。
それをちょうどカリスがやって来て引き受けたので、流れるように話が進んだという訳だ。
ジャルストはオハランにカリスを見てくるように既に頼んでいた。
オハランも興味深いとすぐさま承諾した。
準備を終え、一同はルルに跨り任務先へと移動する。
長い修行を終えたカリスの腕前はいかなるものか。
それは戦場にて明かされる。
「カリス様。如何なさいますか?」
「まずは村長に話を聞こう。オハラン。手続きを」
「はい。お任せを」
「俺達はその間に拠点となる宿を取る。手続きを終え次第、宿屋へ来てくれ。領民を不安から解放してやる為にも逸早く解決したい。出来るだけ迅速に任務をこなそう」
「御意に」
真剣な表情でカリスがオハランに告げる。
オハランはカリスの態度に感銘を受けているようだった。
「皆。付いてきてくれ」
そう言うと、カリスは仲間達を連れて宿屋へと向かう。
そして、二部屋確保するとオハランの帰りを待った。
「お待たせしました。カリス様」
「ご苦労だったな。オハラン」
「いえ。お構いなく」
カリスの労いの言葉に、一礼する事で応えるオハラン。
「今から俺とオハランは村長に会ってくる。ローゼンは周辺の情報収集を頼む。地理、地形は念入りにな」
獣状態のローゼンが頷く。
それは『お任せを』と言わんばかりに、自信に溢れた頷きであった。
「ロラハムとミストは二人で村で聞き込みを。ミスト。無理はしなくていいからな」
「・・・はい」
「ロラハム。ミストを頼むぞ。くれぐれも・・・」
「はい。分かっています。慎重に対応します」
『バレないように』と言い切る前にロラハムが力強く言い切る。
こうして、カリスが次々と指示を出していく。
その姿は頼もしいと思う程、凛々しかった。
「任せたぞ。オハラン。行くぞ」
カリスが宿屋を出た後、それぞれも宿屋を出て、活動を開始する。
己のするべき事を正確に把握しているものは、必要な情報を確実に収集してくる。
日頃の成果か、彼らの活動は効率的かつ迅速であった。
村長との会談を終えたカリスが帰ってくる頃には、必要な情報は殆ど集まっていた。
それを基に、カリス達はさっそく行動方針を決定した。
アジトを襲撃するのは夜明け。
奇襲にて一気に敵戦力を削ぎ、頭を捕らえる。
単純だが、何より連携が大事になる難しい作戦だ。
だが、連携に関してはカリス達以上のものはなかなかない。
それをオハランは目撃する事となるだろう。
「カリス様。少しよろしいですか?」
「ん? 何だ? オハラン」
夜明けの襲撃に備えて、皆が眠る中、一人外で意識を集中させていたカリス。
そんなカリスに、後ろから声をかけるオハラン。
「はい。カリス様の御仲間達の能力を把握しておきたいと思いまして」
オハランはカリスを含め、カリスの旅メンバーの能力をまるで知らなかった。
長年の経験から、直感的にカリス達が高い実力を持っているという事は分かる。
だが、その内容までは分からない。
「そうだな。オハランには話しておかないとな」
今回共に任務に就き、幼い頃から信頼しているオハランだ。
話しても問題ないだろう。
そう判断したカリスはゆっくりと話し出す。
「そうだな。ロラハムの事は大体分かるだろう?」
「はい。武器はいつも持ち歩いている槍でしょう? カリス様が師事しているのですよね」
「ああ。まだまだ未熟だが、光るものを持っている。育てば一流の騎士になるだろう」
「騎士の精神も師事しているのですか?」
「出来るだけな。あいつには誇りを持ってもらいたい。平民出身であっても誇りと志さえあれば騎士になれるのだからな」
「そうですか。ロラハム様の腕前はある程度ですが把握しています。中々の腕前です」
「そうか。オハランがそう評価するのなら間違いないだろう。正直、ホッとしている」
カリスの正当な評価はオハランから徹底的に教え込まれたものだ。
中途半端、慰めの評価などなんの足しにもならない。
その者の事を本当に考えているのなら、誤魔化すことなく本当の事を告げた方が良い。
そうオハランは幼少時からカリス達に言い聞かせてきた。
それをカリスは忠実に守っているのだ。
「では、次にローゼン様についてを」
「ああ。知っていると思うが、あいつは銀狼という種族だから、スピードを活かした戦い方をする」
「はい。大陸を駆けるスピードは他種族よりも遥かに優れていますからな。以前、カリス様との手合わせを見た時に確認しました」
「・・・覗いていたのか? 一応、気配を読むのには優れているつもりだが」
「経験・・・とでも言っておきましょうか」
「オハランには敵わんな」
「いえ。そんな事は」
おどけた様子のオハランにカリスは苦笑してみせる。
野生の竜ですら察知してみせるカリスから完全に気配を察知させないオハラン。
オハランがどれだけ優れた存在か分かる。
まぁ、実際は気配を消した上で遠くから見ていただけなのだが・・・。
もっと、いや、後一歩でも近づいていたらカリスにバレていただろう。
カリスの気配察知は鋭すぎるぐらいだが、それを正確に見極めるオハランも凄まじい。
やはり、経験というのは重要な要素であるようだ。
「して、ローゼン様の能力はそれだけですか?」
「いや。戦闘者としても一流だが、あいつの真価はそんなんじゃない」
「真価・・・ですかな?」
「ああ。あいつの最も優れた部分、それはスピードを活かした情報収集力だ」
「なるほど。情報収集ですか・・・」
「そうだ。あいつのその能力に何度助けられた事か」
戦闘において情報の占める要素はかなり大きい。
情報収集に優れたものこそが戦闘を勝ち抜くと言われるほどだ。
ローゼンは迅速かつ的確な情報を確実に集めてくる。
カリスがローゼンを信頼しているのも頷ける。
「最後になりますが、ミスト様についてお願いします」
「以前、手合わせを見ていたというのなら、ミストの異常性に気が付いた筈だ」
「はい。エルフは強力な魔術を使える反面絶対と断言できる程、聖術を使う事は出来ません。いえ、出来ない筈なんです」
亜人が魔術を生み出し、人間が聖術を生み出した。
だが、人間が魔術を盗む事は出来ても、亜人が聖術を盗む事は出来なかった。
それは亜人の知恵不足というのもあるが、もともと使えないようになっているらしい。
人間は無から有を生み出す者として生を受けた。
それに対し、亜人は有を無に帰す者として生を受けた。
魔術はある意味、無から有を生み出すとも言える。
炎を生み出し、氷を生み出し、風を生み出し、雷を生み出す。
だが、聖術はどう考えても有から無に帰す事に繋がらない。
解毒や解呪はある意味、無に帰すに繋がるかもしれないが、本質的に異なる。
それらの理由もあり、亜人にはどう足掻いても聖術は使えない。
使えない・・・筈なのだ。
だが、その例外が存在してしまっている以上、その話は真っ当な真実とは言えなくなる。
「だが、ミストは聖術を行使できる。これは嘘偽りない事実だ」
「理由をお聞かせ願っても?」
「すまんが、話す事は出来ん。これは俺とミストとローゼンだけの秘密でな。明かす訳にはいかないんだ。決して信用していない訳ではないぞ」
「分かっております。無理に聞くつもりはございません」
「そうか。助かる」
本当に安堵するかのような表情のカリス。
オハランは完全に追及する気が失せた。
こんな表情をされてしまえば、何も言えなくなってしまう。
「それでしたら、それを含めて、ミスト様の能力を教えてください」
「ああ。ミストは聖魔の両方を行使できる後衛のスペシャリストだ。エルフ張りの魔術に上位の巫女張りの聖術。凄まじいだろう?」
「そうですな。後衛としてこれ以上の方はいないかも知れません」
高度な魔術で敵を攻撃しつつ、治癒役にも回れる。
確かに後衛として優れた存在だと言えよう。
「まだまだ幼いからな。未熟だとも言えるが、頼りにしている」
「そうですか。カリス様。私はどの位置に入れば?」
オハランがカリスに問いかける。
「オハランは前衛向きだったよな。お前には良く武術を教わった」
「懐かしいお話ですな。カリス様は昔から武術に関しては飛び抜けておいででした。その才能は神が与えてくれたものだとも感じましたから」
「ハハハ。それは言い過ぎだな」
笑みを浮かべるカリスに、オハランも笑みでもって返す。
「オハランはロラハム、ローゼンと共に前衛を。俺は中衛で臨機応変に対応する」
「分かりました。前はお任せください」
「ああ。任せたぞ。誰も通すなよ」
カリスの言葉に、オハランはしっかりと頷く。
その姿は老獪な容姿と掛け合わされ、間違いなく頼りになるものであった。
この会話から数時間後、奇襲作戦が開始される。
~SIDE オハラン~
正直な話、私はカリス様の事を見縊っておりました。
ジャルスト様、マズリア様と共にカリス様の旅のお話は聞かせて頂きましたが、私には信じ難い事ばかりで、現実味がありませんでした。
ですが、眼の前の光景を見れば嫌でも分かります。
その話が全て真実なのだという事が。
そして、それが事実ならば、私は驚きを隠す事は到底出来ないでしょう。
セイレーンやカーマインで起こった事ももちろんですが、特に神龍山で修行を積んだという事に。
神龍山。
大陸の真ん中に聳え立ち、大陸の如何なる所からも見る事が出来るという天にも届く巨大な山。
溢れんばかりの竜などの危険生物が生息する大陸中最も危険な場所として有名な場所です。
麓から竜の巣が存在し、登れば登るほど、その危険度は増していくと言われています。
その理由として、山頂に近いほど凶悪で危険で希少な生物が住んでいるからだと噂されます。
そう、“噂される”なのです。
決して事実を基にして伝えられている情報ではないという事です。
それが表す事。
そう、それは、“山頂まで登り切って帰ってきたものは居ない”という事です。
大陸に生存する生物を調べる事を仕事としている方も神龍山の生態系だけはご存知ないようです。
調べられないのですから、仕方がないですよね。
麓の時点で並みの兵士では死んでしまいますから。
一介の研究者が生き抜けるほど、ぬるい環境ではないのです。
そんな山をカリス様は生き抜き、なおかつ、山頂まで辿り着いた。
誰もがこの話を聞いても、頭がおかしいとしか思わないでしょう。
国単位で兵を差し向けても麓で数を減らされるだけ、下手すれば全滅です。
そんなところを一人で生き抜いたなんて、想像すら出来ません。
かくいう私も夢見がちな若い頃、危険だと知って挑んだ事があります。
ですが、私は山の中段にも及ばない地点で断念いたしました。
食料も底を付き、危険な生物に精神が追い詰められていく日々。
私は逃げるように山から降りた覚えがあります。
そんな山を登り切ったというのです。
私はカリス様に尊敬の念を抱きます。
「オハラン。何をしている!? 気を抜くな!」
「ハッ。申し訳ありません」
不覚ですな。
考え事をしていたら、意識が逸れてしまったみたいです。
現在は、賊徒との戦闘中でしたから、眼の前の事に集中せねばなりません。
「ハァァァァ!」
老骨には堪える作業ですが、足を引っ張るわけには行きません。
逸早く賊徒から民を解放するというカリス様の信念に応える為にも、全身全霊で戦いましょうぞ。
それが、私オハラン・ロンドのアナスハイム家での役割なのですから。
~SIDE OUT~
~SIDE ロラハム~
「凄いですね。オハランさん」
僕の眼の前で、オハランさん、ローゼンさん、カリスさんが敵盗賊に飛び掛っています。
その怒涛の攻撃は全てを吹き飛ばしてしまう嵐のようでした。
いえ、事実、その勢いは誰にも止められそうにありません。
ローゼンさんはその持ち前のスピードを活かし、狼形態のまま、突進やら噛み付きやらで次々と相手を戦闘不能に陥らせています。
カリスさんは当然のように眼の前の敵を屠っています。
鋼のように鍛え上げられた強靭な身体。
一撃一撃に裏付けされる確かな技術と信念。
師から教わったという驚異的な移動スピード。
心・技・体。
その全てを兼ねそろえたのがカリスさんだと僕は思っています。
そして、残るオハランさん。
彼にはローゼンさんやカリスさんのようなこれといった武器(特長)がないように感じます。
ですが、圧倒的な経験値とでも言うんでしょうか?
戦い方が巧いと僕は感じます。
相手の先を取ったと思いきや、後の先を取ったりと戦闘の運び方が巧みです。
とても戦いづらい相手だと思います。
「ハァァァ!」
もちろん、僕だって遊んでいる訳ではないんですよ。
きちんと戦闘しています。
「貴方で最後です」
どうやら、残っているのは僕の眼の前にいる人だけみたいです。
「ガキが俺の相手か?」
相手は盗賊団の頭のようです。
周囲を見れば、皆さんが僕の事を見ています。
僕だけでやれという事でしょうか?
「・・・・・・」
カリスさんと視線が合うとただ頷くです。
・・・僕がやるんですね。
「死ねぇェェ!」
相手の得物は大きな斧。
こんなものに当たってしまえば、僕の身体なんて一撃で両断されてしまいます。
「クッ!」
何て重い攻撃なんでしょう。
どうにか受け止められましたが、吹き飛ばされます。
「フン。どうせ捕まるんなら、一人ぐらい殺っておくか」
僕達は盗賊団を捕縛しようとやってきました。
その為、始めから殺す気で戦う訳ではありません。
ですが、相手は始めから殺す気です。
この差は意外と大きいんです。
相手が躊躇なく攻撃できるのに対し、僕達は一々考え、慎重に攻撃しなければならないんですから。
まぁ、僕以外の皆さん程度の技術があれば、気にする事無く攻撃できるんですが・・・。
すいません、僕がまだまだ未熟なだけです。
「オラァァ! いつまでも逃げてんじゃねぇぞ!」
クッ!
避けるだけで精一杯です。
僕がこんな強い敵に勝てるのでしょうか?
~SIDE OUT~
「押され気味だが、勝てない相手ではないな」
「確かに。ですが、劣勢から抜け出すには切欠が必要なのでは?」
「そうだな。それが掴めれば、戦況は覆せる」
現在、カリス達はロラハムと盗賊団の頭の戦闘を何の干渉もせず、観戦していた。
その表情は真剣にロラハムを眺めており、ロラハムの実力を正確に見極めているようだった。
「すまないが、オハラン。周りの掃除を頼む」
「はい。任されました」
カリスに言われ、オハランが動き出す。
どうやら、オハランは戦闘不能に陥っている盗賊達の捕縛に向かったようだ。
既に戦う意思をみせている者はおらず、オハランの作業は順調に進みそうだ。
一人残されるカリス。
「・・・カリスさん」
「ミストか。お疲れ様だったな」
「・・・いえ」
そこに、ローゼンを連れたミストがゆっくりとした足取りでやって来た。
若干、疲れを見せるような表情を見せているが、身体にダメージはないようだ。
「・・・助けないんですか?」
「もちろん、本当に危険だと感じたら、助けに入る。だが、そろそろロラハムにも厳しい戦いを経験させた方がいい」
「・・・厳しい戦い・・・ですか?」
カリスの言葉に、ミストは首を傾げる。
「今まで、あいつは強敵と言える存在と戦った事がない。だが、ここぞという場面に出くわした事がないままでは、いざという時に対処できない可能性がある」
「・・・そうですか」
「・・・心配か?」
カリスはミストの顔に小さく浮かんだ表情に気付き、ミストに問いかける。
「・・・はい」
「心配してやれるのは良い事だ。だが、信じてやるのも良い事だと思うぞ」
「・・・信じる?」
キョトンとした表情を浮かべるミストに、カリスは告げる。
「ロラハムなら負けない。必ず勝ってくれる。そう俺は信じている」
「・・・信じる」
ミストが呟く。
「信じるという事は仲間を信頼するという事だ。ミストはロラハムが負けると思うか?」
「・・・(フルフル)」
首を横に振り、否定の意を示すミスト。
「それなら、ミストもロラハムを信じてやれ。信頼してやれ」
「・・・分かりました」
ミストは手を胸の前で組み、そっと眼を瞑る。
祈ってるようなその仕草からは、心配という感情は隠せないものの、ミストがロラハムの勝利を信じているという事が伝わってくる。
「ローゼン。ご苦労だったな」
カリスの言葉を受け、ローゼンが頷く。
「・・・そろそろ勝負が着くな」
カリスの視線の先では、ロラハムと頭の戦闘が佳境に入っていた。
先程まで押されていたロラハムだが、少しずつ戦況を覆していた。
盗賊の頭が斧を振り切り、それをロラハムが受け止める。
今回は吹き飛ばされることなく、しっかりと受け止める。
幾度の力のぶつかり合いで、ロラハムもどのように対処すればいいのかが分かったようだ。
受け止め、その後、その力を巧く受け流し、相手の隙を作る。
だが、盗賊の頭もそれ程甘くない。
すぐさま姿勢を立て直し、ロラハムの薙ぎ払いを軽く後退する事で避ける。
息を吐きながら、対面するロラハムと頭。
「こ、この・・・ガキが! 少し出来るからって調子に乗るなよ!」
「ハァハァ。カリスさんに比べれば、貴方なんて鋭さも力強さも全くありません」
「テ、テメェ。黙ってればこの野郎!」
激昂した頭が何の考えもなく飛び込んでくる。
ロラハムはそれを逆手に取り、自らも飛び込み、相手が動けない間に、一撃を入れる。
それによって、盗賊の頭は意識を落とし、戦闘不能となった。
こうして、ロラハムの勝利で幕が閉じた。
「ハァ・・・ハァ・・・」
満身創痍状態のロラハムは、その場で膝を付き、息を整える。
「良くやった。ロラハム」
「カ、カリスさん」
カリスに声をかけられ、ロラハムは顔をあげる。
「お前にとって、先程のは良い経験になるだろう。後の事は任せてミストに治療してもらえ」
「あ、はい。お願いします」
カリスに促され、ロラハムは歩き出す。
それを見送った後、カリスは盗賊の頭を縛り上げ、オハランのもとへと運んだ。
「これで全員ですな」
「ああ。後は村の自警団に任せよう。すまんが、オハランはここで見張りをしていてくれないか?」
「御意に。御仲間方は?」
「ロラハム、ミストは先に宿で休ませる。疲れているだろうからな。ローゼンには二人を見ていてもらう」
「なるほど。そうですか。それならば、ここはお任せください」
「ああ。すぐに戻るからな。待っていてくれ」
カリスはオハランにそう告げると、仲間達のもとへと歩き出した。
そして、合流するとルルに乗って、村へと引き返していった。
「お疲れ様です。カリス様。ご立派でしたよ」
一人、その場に残ったオハランがそっと呟く。
その顔には、幼い頃から教育係として育ててきた教え子の成長を純粋に喜んだ満足の笑みが浮かんでいた。
「村長。後の事は任せたぞ」
「はい。ありがとうございました。カリス様」
現在、村長達に盗賊の身柄を預け、盗賊討伐の任務が終了した。
この後は、捕らえられた盗賊を村で捕らえておき、アナスハイム家の部隊が対処する事となっている。
その為、任務終了の報告と共に部隊派遣の依頼をする為、カリス達は帰宅する事となる。
「いや。村長。貴族として当たり前の事をしたまでだ」
「で、ですが・・・」
カリスの言葉に、戸惑った様子を見せる村長。
「ハハハ。村長。無駄な気遣いは無用だ。民とは宝。宝を守る為に力を注がない奴はいないだろう?」
「はぁ~。ありがとうございます。このご恩は必ずやお返しします」
村長は感嘆の声をあげる。
カリスの言葉が胸に響いたようだ。
「良いと言っているんだがな。まぁ、それなれば、問題ない平和な生活を送ってくれ」
「えっ?」
「それが俺の、アナスハイム家の望みだ」
満面の笑みで告げるカリスに、再度村長は頭を下げ、カリス達は屋敷への帰路についた。
無事、任務を終えられた事に、誰もが満足した様子であった。