第三十七話 婚約者
~SIDE ローゼン~
「私には姉がいたんです。その姉がカーツェルの婚約者でした」
宿に戻ってきた私を皆は笑顔で受け入れてくれた。
やっぱりこっちが私の居場所なんだなって深く実感したわ。
それからずっと私はカリス様の傍にいる。
カリス様から離れると何かを失ったかのような、そんな気持ちになるから。
ま、ミストも当然一緒だけど。
そんな時、カルチェがルルシェ様に用があると部屋から出て行った。
今、この部屋にいるのは私、ミスト、カリス様の三人。
これを機に私とカーツォル、いえ、私達銀狼と金獅子の部族について説明する事にしたわ。
「ハインツ王家にとって銀狼と金獅子は側近中の側近だったらしいのです。現在は要職から外れてますが、以前は二つの種族が長い間側近を務めていたと聞かされています」
大陸一と謳われる地を駆る速度を持ち、抜群の耐魔能力を持つ銀狼。
強靭な肉体と豪腕など戦闘に特化した身体を持つ金獅子。
幻獣種の中でも彼らは特別だったらしいわ。
「現在は共に隠れ住む部族。銀狼は名をランスターとし、金獅子は名をマグンドとし、私達は相互不干渉な関係で隠れ住み始めました」
銀狼のランスター。
金獅子のマグンド。
独立して名を改めている部族もいるが、大本の本家はこのニ家になるわ。
「そんな折にですが、マグンドとランスターとで話し合いの席が設けられたそうなのです」
「相互不干渉の両家間で話し合いがされたのか?」
「はい。その内容は私の姉とカーツォルの婚儀であり、二人を王家へと預け、再度要職に就くというものでした」
「婚儀は両家の繋がりを強くする為のものという訳か。どちらかだけが重要な役職に就こうと両家が得をするように」
「その通りです」
以前はあったみたいだけど、隠れ住むようになってからは政略結婚なんてなかった。
私は集落で好き合っていた姉さんを知っているから、余計に可哀想って思ったわ。
「・・・でも、何でローゼンさんのお姉さんが選ばれたんですか?」
「フフフ。ミスト。ちょっと考えれば分かるわよ」
「・・・もしかして・・・ですか?」
気付いたみたいね。
「そうよ。私はランスター家の宗主、ま、簡単に言えば部族長の娘なの。だから、私はランスターの本筋って訳よ。御姉様って言われるのもそれが原因じゃないかしら」
私はお姉様って柄じゃないのにね。
姉さんの方がきっと皆に慕われていた筈よ。
「ニコラやミルドの御姉様はお前を慕っているからだぞ。本筋とかは関係ない」
「・・・カリス様」
「ま、俺にはそんな背景がなくともお前は慕われていると思うがな」
「・・・私もそう思います。ローゼンさんは私にとってもお姉さんですから」
穏やかに笑うカリス様とニコッと笑うミスト。
ちょっと照れるわね。
「話を戻しますね。銀狼の方は私の姉さん。金獅子の方は部族長の息子、要するにカーツォルだったんです」
「・・・政略結婚・・・ですか」
「貴族間では平気で行われているな。両家の結びつきを強くする為には手っ取り早い方法だ」
「・・・カリスさんも政略結婚をしなければならないんですか?」
寂しそうな瞳で見詰めるミスト。
きっとカリス様が遠くにいってしまうのが寂しいんでしょうね。
「ハハハ。俺と政略結婚する意味はないから大丈夫だろう」
・・・カリス様。
本当にそう思っているのですか?
「普段の俺は仮面で顔を隠す不気味な火傷人間だからな。問題ないさ」
・・・本気なんですね。
そもそも政略結婚に相手側の顔なんて関係ない筈です。
「俺の事なんかよりも、ミストの方が俺は心配だがな」
「・・・私ですか?」
「ま、ミストに関しては理不尽ならば俺が潰す。安心してくれ」
「・・・え?」
キョトンとしているミスト。
きっとカリス様の言った事を理解してないのでしょうね。
それにしても、カリス様、最近どこか物騒な思考展開になっていませんか?
「ローゼン。話の続きを」
「あ、はい」
突然だったから焦ったわ。
「ですが、その婚儀が成される事はありませんでした。姉さんが病死したんです」
「・・・病死・・・ですか?」
「ええ。姉さんは生まれつき病弱だったの。歴代最高の戦闘者という評価まで貰っていたのに。流石の姉さんでも病魔には勝てなかった」
今でも思い出す。
私の何倍も早く地を駆け、何倍も強力な蹴りを放っていた。
でも、実生活では朗らかで優しい姉さん。
私は姉さんみたいになるのが夢だった。
「姉さんが死んだ事で私がその婚儀に立つ事になったんです」
「それでローゼンとカーツォルが婚約者だったんだな」
「はい。顔見世もしていました。婚儀の少し前、幸か不幸か、私達は密漁団に捕らえられたんです」
一族からも多くの犠牲を出した。
父も母も密漁団の手にかかり死んでしまった。
その点から見れば確実に不幸だ。
でも、カーツォルの婚儀から逃れられた事は私にとって幸運だった。
「父も母も死に、権力者だった祖父も死に、私は自由な身となったんです。だから、私はもうカーツォルとは婚約者ではないと自分に言い聞かせてきたんです」
「だが、向こうは諦めていなかった。それでカーツォルはローゼンを婚約者と告げたんだな」
「はい。それと、カーツォル自身の目的は銀狼を娶る事だったそうです。私ではなく他の銀狼でも構わないと」
「カーツォルが銀狼に執着する理由は何だったんだ?」
「分かりません。以前対等だった家を妻とし下に置く事で優越感を得たいとか。いざという時の魔術避けになるとか。そんなくだらない理由だと思います」
十中八九間違いない。
あれは自分が中心だと勘違いしている愚か者だ。
「そうか。それならば、もっと痛めつけておけば良かったな」
その言葉は嬉しいです。
しかし、やはり物騒な思考展開になっています。
・・・何かあったんでしょうか?
「銀狼の多くは女性であり、金獅子の多くは男性であったそうです。幻獣種の中でも更に特別だと主張する両家。互いに婚約を結ぶ事に有効性を感じていたのでしょうね」
「政略結婚やそのような事は貴族制の人間の国だけだと思っていたが、そうでもなかったんだな」
「はい。私も詳しくは知りませんが、他の部族でも政略結婚は行われているようです。やはり繋がりを得るのには政略結婚が最も都合が良いのでしょうね」
好きな人と結ばれたい。
人間であろうと亜人であろうとそう思うのは当たり前の筈。
でも、家の存続などでどうしても他家との繋がりを求めてしまう。
私は誰もが好きな人と結ばれるような時代になってくれたら良いと思う。
そうなれば、あの時の姉さんも好きな人と結婚して、幸せな最後を迎えられていたかもしれないもの。
「政略結婚か。貴族としては否定も肯定も出来ないが、俺は自分で相手を決めたいな」
「私もそう思います」
本当にそう思う。
自分が選んでこそ幸せを得られると思うの。
「父上や母上のように政略結婚でも幸せになれる者もいるだろうが、政略結婚で失敗したケースも少なくないしな」
「失敗したケースですか?」
「ああ。子供が生まれない事で実家に返される事もあれば、夫婦間が不仲である為に逆に家を潰してしまう事もあるらしい。何とも言えんよ」
政略結婚でも幸せになれる者はなれる。
愛し合って結婚しても幸せになれない者はなれない。
結婚って本当に難しいのね。
一生ものだからこそ、本当に難しい事だと思う。
「だが、ローゼン。お前の婚儀に関してはハインツ王が潰してくれた」
「はい。ハインツ王。そして、カリス様には感謝しなければなりませんね」
「ハハハ。血が上っての戦闘だったが、思わぬ方に事が進んだな」
「感謝しております。カリス様がカーツォルを打ち破ってくれたから私はこうしてここにいられるのです」
祖父が取り次いだ銀狼と金獅子の婚儀。
私は宗家の跡継ぎとして受けなければならなかったけど、本当は嫌だった。
家だとか、身分だとか、そんな変な柵で自分の一生を決めたくなかった。
好きな人がいた訳でも、好きになれそうな人がいた訳でもない。
それでも、私は私の選んだ人と結婚したかった。
だから、今回の婚儀が潰れた事は本当に嬉しい。
名実共に私は本当の意味で自由を手に入れたのだから。
でも、どうやって金獅子であるカーツォルを倒したのだろうか?
私にはそれが分からなかった。
必ずカリス様が勝つと確信していたけど。
「どうやって勝ったのか? そんな顔をしているな」
「・・・分かりますか?」
そんなに顔に出ていたのかしら?
「まぁな。お前なら金獅子をどう倒していた?」
「私には勝つ術がありません。負けもしませんが」
体当たりだけで勝たせる程、私は甘くない。
でも、攻撃手段がない事も事実だ。
「まぁ、そうだろうな。俺とて最初は手段が思い浮かばなかった」
「途中、何かを思いついたといった表情になりましたよね?」
「ああ。戦闘中に閃いた。反則みたいなものだがな」
「反則・・・ですか?」
どういう意味だろう?
戦闘に反則なんてあってないようなものなのに。
「方法は幾つかあったさ。身体の表面に傷がつかないのなら、眼や口の中といった攻撃が喰らいそうな部位を攻撃すれば良い」
「・・・確かに。ですが、たとえ眼を潰されようとそれが勝利にはなりません。金獅子にとって眼が見えない程度で攻撃ができなくなる訳ではないですから」
単純に彼らの武器はその強靭な身体。
体当たりさえ出来れば良いんだ。
眼が潰されても攻撃できなくなる訳ではないもの。
口だってそう。
たとえ傷つけようとそれで決着という訳ではない。
喉を貫くことも金獅子相手には出来ないだろう。
それ以前に、そんな事をしようすれば、その鋭い牙で身体を引き千切られてしまう。
「俺が用いたのは、まぁ、毒のようなものだ」
「毒? カリス様。毒なんか持ち歩いていましたっけ?」
「いや。持ち歩いていないさ」
「・・・どういう意味ですか?」
ミストが問う。
私も良く分からないわ。
「これは一種の賭け? というか、試しだったんだがな」
「試し?」
「ああ。人間で魔術が行使出来ない者の中に魔術の為の魔力が身体に合わずに拒絶反応を起こす者がいるだろう?」
「はい。知っています」
「それなら、亜人の中に聖術の為の魔力が身体に合わずに拒絶反応を起こす者がいるかもしれないと思った訳だ」
魔術の魔力に合わない人間がいる。
それは魔術の魔力を許容する適正がない為。
なら、その逆はどうだろう。
聖術の魔力に合わない亜人もいるのではないだろうか?
亜人の中には聖術の魔力を許容する適性がない者が必ずいる筈。
そうか。
そういう事ですね。
カリス様。
「分かったみたいだな。ローゼン」
「はい。カリス様は剣先に聖術の魔力を集中させ、微かに出来た傷口から強引に聖術の為の魔力を侵入させたんですね。それで、カーツォルは拒絶反応を起こした」
「ああ。だから、毒だ。拒絶反応を起こす身体に無理矢理侵入させるんだからな」
「・・・とても効果的ですが、かなりえげつないですね」
身体の中から生まれる激痛。
流石の堅い身体を持つ金獅子でも耐え切れなかったか。
「正々堂々打ち勝ちたかったが、身体が堅過ぎてな。奇手だが、これしか思い浮かばなかった」
苦笑しながら告げるカリス様。
正々堂々も大切だが、勝たない事には始まらない。
私はその策を咄嗟に思いついたカリス様の閃きは凄まじいと思う。
事実、私には勝つ術がない金獅子を圧倒してしまったのだから。
「運が良かっただけかもしれんがな。もしカーツォルに聖術の魔力に耐えられる資質があれば俺にも勝つ術はなかった」
「運も貴方様の力ですよ」
たとえその策で勝てなくても、カリス様ならきっと違う策で勝っていた筈。
カリス様の戦場での冴えは本当に凄いから。
「ローゼン。世界は広いな」
「え?」
「最近の俺はどこか調子に乗っていたのかもしれん。今回、強敵と戦えた事が俺にそれを教えてくれた」
調子に乗る?
カリス様が?
「・・・カリスさんは調子になんか乗ってません」
可愛らしく反発するミスト。
反発する理由がミストらしいわよね。
「ハハハ。ありがとな。ミスト」
頭に手を置いて撫でるカリス様。
ミストはそれだけで頬を緩ませる。
何時まで経ってもミストはそれが好きね。
「だがな、俺はまだまだ上があるのに、それを目指そうとしていなかった。現状で満足するという武人の風上にも置けない愚かな事をしていた」
更に上があると告げるカリス様。
でも、カリス様程になれば満足してしまうのも無理はないと思う。
もし私がカリス様ならば現状で満足して、更に上を目指そうとは思わない。
「弟子を指導する立場の者が向上心を忘れれば、弟子も自ずと向上心を忘れてしまうだろう。俺は弟子に対しても無責任だった」
考え過ぎ。
私はそう思う。
でも、カリス様にとっては満足できないんだろう。
責任感が強く、己に厳しい。
「ああ。世界は広い。俺はもっと多くの強敵と戦いたい。もっとだ。もっと俺は強くなりたい」
溢れる向上心。
その情熱がカリス様を更に強くする。
「・・・カリスさんはどこまで強くなるんですか?」
「どこまで・・・か。そうだな。どんな理不尽にも対抗できる。護ると決めた者を全ての災厄から護り切れる。そんな強さが欲しい」
「・・・今でも充分カリスさんは強いですよ」
「まだ足りないんだ。どれだけ強くなってもまだ足りない」
カリス様。
貴方はとても過酷な道を歩いているんですね。
先が見えない。
限界すらも超える。
そんな道を貴方は歩もうとしています。
「・・・では、私がその道を支えましょう」
「・・・ローゼン」
そう、従者たる私がその道を支える。
いえ、支えてみせる。
「全ての災厄から護ってみせるという貴方様の信念。それを貫こうというのなら、私がそれを支え、共に過酷な道を歩みましょう」
「・・・そうか。お前がいてくれれば心強いな」
ニコリと笑ってくれるカリス様。
私はその信頼に応えなければならない。
カリス様が更に上を目指すのなら、私もまた更に上を目指そう。
常に強くあれ。
上を眺め、下を省みて、私はもっと強くなってみせる。
私はそうこの日に誓った。
~SIDE OUT~