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第三十四話 信念を貫くという事




「ん?」


そろそろ夜明けが訪れようというまどろみの朝。


カリスは不意に眼を覚ました。


「・・・・・・」


カリスは無言で装備を整えるとテントの幕をそ~っと開けて周囲を窺う。


カリスの視界に映るのはテントと馬車。


テントは二つあり、その一つにはルルシェやミストといった最重要人物が眠っている。


この中にはエルネイシアとローゼンも含まれており、女性専用のテントとなっていた。


当然、護衛となる騎士が二人程、テントの前に立っている。


そして、もう一つのテントにはカルチェと何人かの騎士が眠っている。


こちらは護衛の必要がない為、誰も傍には立っていない。


二つの馬車にもそれぞれ何人かが泊まっており、万全の筈である。


だが、カリスは周囲を窺う事を止めない。


今までになかった気配を感じたからだ。


警戒を怠る訳にはいかない。


現状、カリス以外は気付いていない様子。


カリスは後ろで眠る騎士を起こさないよう気を付けながら外に出た。


「どうかしましたか? アークルイン近衛騎士殿」


ルルシェ達のテント前にいる護衛の騎士がカリスに問う。


「・・・いや。少し気になってな」


「気になる? 何がですか?」


「ふむ。少し見回りに行ってくる。何かあればエルネイシア様の指示に従ってくれ」


カリスの言葉に首を傾げる騎士達。


そんな彼らにカリスは苦笑しながら告げる。


「杞憂かもしれんが、念の為だ」


「分かりました。御気を付けて」


「ああ。そちらもな」


「ハッ」


騎士達の見送りを受けながら、カリスは野営地を後にした。


「・・・十といった所か」


カリスが感じる人間ではない者の気配。


木々に囲まれた状況で馬車や姫達を襲われたら遅れを取ってしまう。


カリスは充分に馬車から距離を置くと、周囲を見渡しながら告げる。


「来い。相手をしてやる」


カリスは剣を構え、闘気を発する。


殺す為の気ではなく、闘う為の気。


純粋な闘うという意思が大気に伝わり、空気を震わせ、木々を揺らした。


「へっへっへ。わざわざ一人になりやがった」


「舐められたもんだな。おい」


カリスの闘気に当てられたからか、それとも獲物が眼の前に現れたと思ったからか。


カリスの予想通り十人の獣人が木々の間から現れた。


「目的は何だ?」


カリスの静かな問いかけ。


獣人達はニヤニヤしながら答える。


「んなもん決まってるだろう? 金目の物を奪い、上等な女は奴隷として売る。ま、売る前にやっちまってもいいな」


「なるほど。典型的な賊か」


無表情の顔に少しだけ怒りの色を浮かべながら呟くカリス。


「お前達が我々を狙うというのなら容赦はしない」


「容赦はしない? ハッハッハ。一人の奴が笑わせてくれるぜ」


「たった一人でどうしようっていうんだ?」


「無論。お前達を葬り去るだけだが」


カリスの一言に青筋を浮かべる獣人達。


「たかが人間が俺達に逆らうとは・・・」


「バカな奴だ」


顔を見合わせながら嘲笑する獣人達。


だが、カリスの表情が変わる事はない。


彼らの行いと考えに苛立ちはするが、己が罵倒されても怒りは感じない。


戦闘前のカリスは完全に己の感情を制御している。


焦りや怒りが己の身体を鈍らせる事がないようにとカリスは常日頃から精神面の修練も怠らなかった。


戦闘に関してはカリスに余念はない。


「カリス様。私も御手伝い致します」


パッとカリスの後ろに現れるローゼン。


「流石にお前も気付いていたか」


「はい。カリス様の案に乗させて頂きました」


匂いに敏感なローゼンはここにいる筈のない獣人の匂いを感じ、眼を覚ました。


『誰かがいる』とテントから周囲を窺うと森の奥へと向かうカリスの姿が見えた。


カリスとの付き合いが長いローゼンはすぐにカリスの意図に気付き、付かず離れずの距離でカリスを追った。


そして、カリスの意図通りに獣人が現れた瞬間に合流したのである。


「お前が後ろを護ってくれるか。心強いな」


「私もです」


構えるカリスとローゼン。


だが、当の獣人達は焦りから気を動転させていた。


「お、おい。銀狼じゃねぇか」


「げ、幻獣がいやがる。や、やばい。逃げろ」


「ば、馬鹿野郎。それでも相手はたかが二人。俺達は十人だぜ。五倍も差がある」


「そ、そうだぜ。それに人間の野郎を先に痛めつけちまえばいい。流石の幻獣でも人質がいれば・・・」


獣人にとって幻獣種と呼ばれる特別な亜人は恐怖の対象であった。


基となった生物の特徴を色濃く継ぐだけでなく、何かしらの特殊能力がある。


一般的な獣人とは戦闘能力に遥かな違いがあった。


しかも、相手は銀狼。


大陸一の速度と他種族にはない圧倒的な耐魔能力がある。


カリスの耐魔能力とてローゼンには敵わない。


獣人の中でも最上位に入る戦闘種族である銀狼。


彼らが恐れない訳がなかった。


「ふむ。俺は舐められているみたいだな」


「愚かですね。カリス様を人質にとるとは」


背中同士を合わせ、自分達を囲む獣人達を睨みつけるカリスとローゼン。


獣人達はその睨みに腰を引かせた。


「正義を語る訳ではないが、悪しき者は滅す」


「恨むなら恨むが良いわ。でも、それが戦場よ」


ダッと同時に駆け出すカリスとローゼン。


「ハァ!」


「ハッ!」


一瞬で近付き、一瞬で断ち切る。


一瞬で近付き、身体強化で極限まで強化された脚で蹴り上げる。


「二人・・・だな」


「はい」


再び背中を合わせるカリスとローゼン。


「・・・な、何だ? 今のは」


予想外の光景に眼を見開く獣人達。


銀狼が凄まじい事は理解していた。


だが、そのスピードは予想の遥か上をいき、理解の範疇を超えていた。


そして、自分達が甘く見ていた人間。


その人間は銀狼には及ばないものの凄まじいスピードを持っており、一瞬で身体を断ち切る凄まじい力を持っていた。


狩る側であった自分達が実は狩られる側だったのだと実感した瞬間である。


「ク、クソォォォ!」


ある獣人が叫び声を挙げながら突撃してくる。


彼は熊を基とした獣人であり、身体はカリスの二倍程に大きい。


熊を基とした獣人の身体強化された腕は容易に木々を倒し、地面を陥没させるだけの威力がある。


「ローゼン」


「ハッ!」


だが、力だけでどうにかなる程、彼らは甘くなかった。


カリスがローゼンに一声かけるだけでローゼンは意図を理解し、身体強化した脚で飛び跳ねる。


獣人の攻撃をカリスは後退し、ローゼンはその驚異的な跳躍力で相手を飛び越える事で避けた。


そして、ローゼンは空中で一回転し、その勢いのまま男を蹴り飛ばす。


攻撃を避けられ、体勢を崩していた男は抵抗する事なく前方に吹き飛ばされた。


「ハァ!」


前方に待ち構えるは大剣を手に持つカリス。


そして、向かってくる男に対して一閃。


男はカリスを避けるように二つの身体となって飛んでいった。


「・・・・・・」


一瞬で主力級の男が敗れ去るという現実。


獣人達は眼の前の光景が信じられなかった。


「ファ、ファイヤーボール」


獣人の中で魔術を行使できる者が闇雲に魔術を放つ。


だが、彼は恐怖で重大な事を忘れている。


ここに絶大な耐魔能力を持つ者がいるという事を。


「カリス様。後ろへ」


「俺が断ち切ってもいいが?」


「この程度にカリス様のお手を煩わせては申し訳が立ちません」


迫り来る炎の玉を前に余裕を見せるカリスとローゼン。


だが、言葉通り、彼らは余裕だった。


「ハッ!」


身体強化し、魔力を纏わせたローゼンの脚が唸る。


眼にも映らぬスピードで蹴り上げられた脚が炎の玉を無に帰した。


「銀狼を甘く見ない事ね」


蹴り上げた勢いを利用し、ローゼンはそのまま術者へと向かい、その身体を蹴り飛ばす。


術者は簡単に吹っ飛び、意識を失わせた。


「に、逃げろォォォ!」


圧倒的な武力を前に獣人達が遂に逃げ出す。


「・・・・・・」


カリス達は逃げ出す者を追う事はしない。


背を向けている者を討つ事は騎士道に反するというカリスの信念からだ。


だが・・・。


「禁縛」


不意に聞こえた女性の声。


それと同時に逃げ出した獣人達は一人残らず何かの障壁に閉じ込められた。


「駄目ですよ。カリス君。ローゼン。悪しき者は放っておくと同じ過ちを犯します。被害を被るは罪なき民。罰するべきです」


それは身丈を超えた大きな杖を片手に持ち、綺麗な水色の髪を腰まで伸ばした容姿端麗な女性。


ゆっくりとこちらに向かってくるエルネイシアだった。


「サンダーライトニング」


禁縛によって捕らえられた者を一瞬だけ解放し、その瞬間に空から稲妻を落とす。


捕らえられた六人の亜人は跡形もなく塵と消えた。


「・・・エルさん」


「カリス君。ここで逃がす事が後にどうなるかは分かりますか?」


「・・・はい。理解しています」


「では、どうするべきかは分かりますね?」


「はい。ですが、背を見せる者を討つのは俺の流儀に反します」


「貴方の騎士道精神は立派です。ですが、それは時と場合によります。信念を貫く事も大事ですが、時に非情に徹する事もまた騎士道。それも覚えておいてください」


「・・・はい」


エルネイシアの厳しい忠言。


カリスとて敵を逃がす事の危険性を知らない訳ではない。


だが、どうしても背を向けた相手を討つ気にはなれないのだ。


しかし、エルネイシアの言う事の正しさも充分に理解している。


賊を逃がした事で違う者が被害に遭う。


それに対し、自分は何も償う事は出来ない。


民を護るが騎士の役目ならば、信念を曲げ、民の事を考え討ち滅ぼす事もまた大事なのだ。


その曖昧な境界線。


カリスのこれからの課題となるだろう。


優しさや信念を貫く事だけが騎士道ではないのだ。


「ローゼン。貴方も貴方です。カリス君の意思を尊重する事も大切ですが、間違っているのなら間違っていると告げなければ。それもまた従者の役目では?」


「分かってるわ。それでも、私はカリス様が間違っているとは思っていない」


「・・・貴方がそう思っているのなら、私は何も言いません。ですが、情けを掛ける事で違う誰かが苦しむかもしれない。その事を忘れないで下さい」


「・・・・・・」


そう告げ去っていくエルネイシア。


カリスとローゼンは無言で見送った。


「・・・さて、ローゼン。死体を集めて弔おうか」


「・・・はい。カリス様」


己が断ち切り、蹴り殺した者を一箇所に集め、燃やす事で弔うカリス達。


簡単にだが、火葬である。


燃え上がる炎をカリスとローゼンは並んで眺めていた。


「・・・分かっているんだ。俺とてな」


「・・・カリス様」


不意に呟くカリス。


「敵対するのなら容赦はしない。戦場とはそういうものだからな。だが、背を見せて逃げ出す者まで討つ気にはなれない」


「・・・・・・」


「だが、エルさんの言いたい事も分かる。先の事を考えるのなら、殲滅するべきだ。逃がした事で被害を被るのは俺ではなく民なのだから」


「・・・カリス様は後悔しているのですか?」


ローゼンが問いかける。


己の信念を貫いた事を誤りと感じているのかと。


「いや。後悔はしていない。恐らく同じような場面がまたあっても俺はそうするだろう」


「では、何を気にしているのですか?」


「俺が逃したせいで被害を被った者がいるんだと思うとな」


ふ~と大きなため息を吐くカリス。


「今まで俺は多くの者を殺すと共に多くの者を己の甘さで逃してきた。その甘さで何人の罪なき民が死んでしまったのだろうか?」


「・・・・・・」


「そう考えるとな。・・・俺は罪深き人間だよ」


どこか遠い眼で燃え上がる炎を見詰めるカリス。


ローゼンはその眼を隣から辛そうに眺めていた。


「・・・私は」


しばらくして、ローゼンが口を開く。


「私は貴方様の思う通りにするのが良いと思います」


炎から視線を外し、隣にいるローゼンを見るカリス。


「貴方様がそれらの罪を背負う必要はないのです。貴方様が悪い訳ではありません」


「・・・だが」


「カリス様は優し過ぎます。背負わなくて良いものまで背負ってしまう。貴方様は多くの者を殺すと同時に多くの者を救っている。そうでしょう?」


「・・・分からんな。俺が救えているかなんて」


「救えているのです」


力強く言い切るローゼン。


「確かに貴方様が見逃す事で被害を被る者もいるでしょう。それを仕方がないで済ませようとは思っていません。ですが、それもまた一つの結果です」


「・・・・・・」


「貴方様が見逃した事でそれが救いとなり改心した者も少なからずいます。それもまた一つの結果。貴方様の行動がどう転ぶのかなど私達には分からないのです」


「・・・・・・」


「カリス様に出来る事は全力で己が信念を貫く事。民を想い、民を護りたいという貴方様の気持ちに嘘はありません。悔いがないのなら、自信をお持ち下さい」


言い切ったと言わんばかりに視線を炎に移すローゼン。


カリスは黙り込み、同じように炎を眺めた。


「・・・そうだな」


「・・・ええ」


漸く返ってくる肯定の返事。


それにローゼンは頷きだけで答える。


それだけで彼らは互いの言葉を感じる事が出来た。


「行くか」


「そうですね。行きましょう」


火種を完全に消し、カリス達はその場を後にする。


野営地点に戻って来た頃には完全に夜が明けていた。










~SIDE ルルシェ~


「そうですか。カリス君がそう決めたのなら私はもう何も言いません」


「忠言、ありがとうございました」


出発の準備を終え、そろそろ出発しようという時、カリス様とエルネイシアが二人っきりで会話をしていました。


どこか深刻そうな様子です。


「では、また」


「ええ」


カリス様がエルネイシアに一礼し、去っていきました。


「エルネイシア」


「はい。何でしょうか? ルルシェ様」


こちらにやってくるエルネイシア。


穏やかな表情です。


「何を話していたのですか?」


何があったのでしょうか?


この二人の間に。


「いえ。ただ・・・」


「ただ?」


「カリス君らしいなと」


「え?」


そう言ってニッコリと笑うエルネイシア。


「ウフフ。何でもありませんよ」


なんでもないならその笑顔は何なのですか?


「さて、姫様。行きましょうか。今日からは私が馬車に乗らせて頂きます」


「分かりました。前には?」


「ローゼンが向かうとの事。気配察知に優れるカリス君と嗅覚の鋭いローゼンの組み合わせです。私なんかよりずっと頼りになりますよ」


「何を言うのです? 魔力感知能力に優れるエルネイシアも負けてないでしょう?」


「さぁ。それはどうでしょうね」


惚けるエルネイシア。


ですが、私は知っています。


エルネイシアの魔力探知の凄まじさを。


体内に魔力がない者がこの世界に存在しない以上、エルネイシアから逃れられる者はいません。


「カリス君程に鋭くないですよ」


「そうですか」


エルネイシアが魔力探知ならカリス様は気配察知。


どちらが優れているかなど私には分かりません。


「では、行きましょう」


颯爽と馬車に乗り込むエルネイシア。


軽い足取りで機嫌が良さそうでした。


何故でしょうか?


釈然としないまま、私は馬車に乗り込みます。


ハインツ獣国への日程を半分消化し、残す所は後半分。


楽しみ半分、不安半分といった所でしょうか。


いえ、折角の他国訪問なのです。


精一杯楽しみましょう。


~SIDE OUT~










~SIDE ローゼン~


「久しぶりだな。ハインツへ行くのは」


「ええ。私とカリス様、キルロスとリュミナの四人でハインツ中を廻りましたね」


私がエルネイシアと代わった事で馬車の前を移動するのは私とカリス様になった。


エルネイシアが乗っていた馬に跨り、私はカリス様と並走する。


獣人の私が馬に跨るなんておかしな話だけど、一人だけ徒歩っていうのも何なんだしね。


『いざという時に』ってカリス様に教わっておいて良かったわ。


「初めての亜人の国だったからな。正直、不安だったさ」


「そうでしたか? 私には嬉しさ隠しきれずと見えましたが?」


「そうだったか? ま、楽しみだった事は否定せんよ」


苦笑いを浮かべるカリス様。


「私はカリス様を諭して下さったという師匠様に感謝せずにはいられません」


「どうしてだ?」


「私が貴方様と出会えたからです」


「・・・・・・」


「そして、亜人の事を考えるようになってくれました。それが何よりも嬉しい」


思わず笑みが零れてしまう。


本当に嬉しくて。


カリス様が亜人を憎まなくなってくれた事が堪らなく嬉しくて。


「私やミストがカリス様と共にいる。それが亜人と人間との共存が不可能でない事を物語っています」


「・・・そうだな。何が出来るかは分からないが、出来る限りの事をやってみようと思う」


「カリス様が思う以上に貴方様は両者間の改善に貢献していますよ。ですが、カリス様が思う以上に共存を望む人は多いのです」


「俺は独りよがりだったか?」


「はい。カリス様だけにはやらせません。私もカリス様をお助けします」


「お前もまた、共存を望む者という訳か」


「ええ。そして、セイレーン王家やエルネイシア達もまた望んでいます」


貴方様だけではないのですよ、と言葉に込める。


貴方様はいつも一人で何かを背負おうとしてしまうから。


「そうだな。“俺が”と肩肘を張らずに皆を頼ろうか。それが俺自身の為であり、実現の為でもある」


「その通りです。個人で全てを叶える事はさすがのカリス様でも出来ません。私も協力しますし、王家の方々も後押ししてくれます」


私だけじゃ何の役にも立てないかもしれないわ。


でも、私には私にだけしか出来ない事があると思うの。


もちろん、カリス様にはカリス様にしか出来ない事が。


王家のルルシェ様や聖巫女様にも彼女達にしか出来ない事が。


私達の理想が同じなら、各々が出来る事を着実にしていく事が最も実現に近いんじゃないのかしら。


全てを独りで背負うなんてカリス様にだって無理なんだから。


「ふむ。やはりローゼンは俺の事をよく知ってくれているな」


笑顔を見せるカリス様。


でも、その逆もまた然りだわ。


「カリス様こそ私を理解してくれています。貴方様が私を理解してくださるからこそ、私は貴方様の傍にいたいと思える」


「そうか」


フッと笑うカリス様。


私が己を知る以上にカリス様は私を知り、きっと私はカリス様よりカリス様の事を知っている。


クールこそカリス様と思える程に普段は冷静なのに、変な事で対抗意識を燃やす子供みたいな一面もある。


非情に徹しきれず、甘さを見せる事があっても、必ず己の信念を貫き通すだけの強さがある。


悲しみを乗り越え、その悲しみすら糧として未来に生きる尊き精神。


武術や聖術がカリス様の魅力ではないの。


カリス様の魅力は何よりもその生き様や心意気。


騎士道を貫こうという誇り高き精神にこそカリス様の根底があるのだと思うわ。


「私が忠誠を誓うのは貴方様だけです。たとえ世界中の全ての者が敵に回ろうとも私は貴方様の味方でいます」


そんな事はないと思いながらも、私はそう断言する。


それだけの覚悟が私にはある。


「お前が味方でいてくれるか。それは心強いな」


「ありがとうございます」


笑顔でそう言ってくれるカリス様。


その信頼に応えるのが臣下たる私の役目だ。


「ならば、俺もお前に伝えなければな」


「・・・・・・」


「どんな災禍に見舞われようと、どれだけの罪を背負おうと、お前は俺の臣下であり、従者だ。俺から離れる事は許さん。その命ある限り俺に仕えろ」


あぁ。


カリス様らしくない何て傲慢な物言い。


でも、それがどうしてここまで私に歓喜を湧かせるのだろうか?


「・・・はい。カリス様」


胸が温かく、心は高揚感で溢れている。


不思議な満足感が身体を包み、喜びに身体が震える。


「私はいつまでも貴方様の傍に」


瞳から涙が零れる。


私はそれをカリス様に見せないようにとあさってを向いた。


今、顔を見られたら、私は恥ずかしさでカリス様の前に二度と立てなくなりそうだ。


それ程に今の私の顔は崩れている。


「・・・・・・」


無言のカリス様。


でも、きっと気付いているんでしょうね。


こういう変な所では鋭いんだもの。


「・・・・・・」


カリス様。


貴方様の理想の為にならこの命、尽きても構いません。


必ず私が貴方様の理想を叶えてみせます。


その実現こそ私がこの世に生を受けた理由だと、私は今、確信致しました。


その為にもまず、今回の件を成功させましょう。


それが貴方様、いえ、私達の歩むべき道の始めの一歩なのですから。


~SIDE OUT~










「・・・ここがハインツ獣国の主都・・・ですか」


カリス達ハインツ使節団は長き旅路を終え、漸くハインツ獣国の主都へと辿り着いた。


獣人唯一の都であるこの街は当然活気がある。


猫の姿をした商人が品物を売り、犬の姿をした兵士が街を見回りし、熊の姿をした料理人が屋台で食事を作り、多くの人が笑顔を浮かべて街を歩く。


そんな光景がこの街のあちこちで見られた。


それは何とも平和な景色。


穏やかな住民達の生活の一コマがそこにはあった。


「驚いているのですか? ルルシェ姫様」


隣に立つカリスが問いかける。


道中、集落暮らしをしている獣人しか見ていない彼女達にとって、この光景は驚くべきものだった。


確かに話は聞いていたし、街があるとは分かっていた。


だが、こうまで発達しているとは夢にも思っていなかったのだ。


民の姿さえ拘らなければ、彼女達が治めるセイレーンと大差ないのだから。


「正直に言えば・・・」


「俺とて最初は驚きましたよ。恥ずかしながらも当初はキョロキョロしたものです」


「俺もです」


苦笑を浮かべながら告げるカリスとカルチェ。


「ここの案内はローゼンとカルチェさんに任せた方が良いでしょう。二人の方がこの街を知っています」


「カリス様もこの街に来た事が?」


「ええ。ですが、俺もローゼンに案内されてです。とてもじゃないですが、俺一人では迷ってしまいますよ」


「そうですか。では、ローゼン。カルチェ。御願いできますか」


「はい。お任せを」


いつの間にか背後にいたローゼンが頷く。


「分かりました」


視線を向けられ頷くカルチェ。


「では、後は任せます。エルネイシア。人選を」


「はい。貴方は馬車の管理を御願いします。貴方は宿の手配を。貴方は・・・」


一人一人に指示を出していくエルネイシア。


その様は堂々たるもので彼女が確かに軍組織の頂点に立つものだと実感させた。


結果として、王城へと向かうのはカリス、ミスト、ローゼン、ルルシェ、エルネイシア、カルチェと騎士二名の計八名となった。


残りの者にはそれぞれ役割が与えられている。


「では、向かいましょう」


馬車を騎士に任せ、使節団一行は進む。


カリスを先頭にルルシェとミストを護るような配置となっている。


カリスとエルネイシアがその核となって護っている以上、突破出来る者は皆無であろう。


彼らに油断や慢心といったものはない。


無論、街中で襲われる事はないと考えているが。


「やはり目立ちますか?」


「はい。この街に人間が来る事は殆どありません。私達に獣人たる証拠がない以上、目立つのは当たり前です」


「そうですか。ですが、仕方ありません」


獣人たる証拠を持つ住民達。


獣耳や尻尾。


毛や独特な髭。


その他多数あれど、獣人を示すのに充分である。


だが、使節団の構成はローゼンは除けば生粋の人間。


注目を浴び、警戒されるのは当然の事だった。


「ローゼン。確かに俺達が珍しいというのもあるだろうが。お前の存在も含まれていると思うぞ」


「え?」


ルルシェに説明していたローゼンは突如自分の名を出され困惑する。


「幻獣種のお前がいるからな」


その一言でローゼンは納得した。


このような主都には幻獣種はいない。


もしいたとしても、精々珍しいレベルでしかない幻獣だ。


それに対し、幻獣種の中でも更に珍しく、伝説と謳われる銀狼がいるのだ。


住民達が眼を見開いているのも頷けよう。


更には人間と共にいるのだから。


「そうかもしれません。幻獣種が街にいるのは珍しいですから」


「それは何故ですか?」


ルルシェが問う。


ミストもまた好奇心溢れる瞳でローゼンを見上げた。


「幻獣種には部族特有の厳しい掟などがあります。他種族とは相容れないような文化やしきたりも」


「部族には部族のルールがあるという事ですね?」


「はい。そして、希少かつ強力な幻獣種が街中に屯していれば、周りの住民達はどう思うでしょうか? 一概には言えませんが、良いものだとは思えません」


「・・・そうですね。マジシャンの街にエルフが歩いているようなものですから」


「少し大袈裟かもしれませんが、概ねそのようなものです」


苦笑するローゼン。


「彼らにとっては同じ獣人でありながら別の種族なのでしょう。確かに独自の文化を築いていますから」


「それでも同じ獣人。歩み寄れる。そうだろう?」


「ええ。人間と亜人が分かりあえるのです。出来ない訳がありません」


ニコリと笑い合うローゼンとカリス。


その光景が他の者にも笑みを与えた。


「・・・カリスさん」


「ああ。ミスト。どんな種族であろうと互いに歩み寄ろうという思いさえあれば種族間の境目なんて越えられる」


「・・・はい。私もそう思います」


ミストもまた笑った。


その笑顔が本当に綺麗だったから、カリスとミストとの主従の関係なんて誰も気にしなかった。


二人の間に身分の差は関係ないと心から思えるミストの笑顔だったから。


「それを証明する為に俺達はここにいるんだ。俺達人間と亜人である獣人達が歩み寄れるという証明をな」


「はい。その通りです。カリス様」


ルルシェが笑みを浮かべながら、カリスの言葉に肯定する。


「太古より私達人間と亜人とは対立してきました。争い続けてきたのは人間同士も変わりませんが」


「ルルシェ様・・・」


「しかし、昔は昔、今は今です。私達の時代で対立の関係を友好の関係に変えても良いとは思いませんか?」


「それでこそ、です」


「フフフ。ですが、それには私だけの力では叶いません。カリス様、エルネイシア、皆さん。私に力を貸して頂けませんか?」


真摯な瞳で周囲を見詰めるルルシェ。


どうにかしたいと心の底から思っている事が伝わってくる。


だからこそ、彼らは頷く。


「ハッ!」


並ぶ二人の騎士は胸に手を当てて、眼を瞑り、頭を軽く下げる。


それこそが彼らの誓いの証。


違わぬ騎士の誓いだ。


「微力ながら御手伝い致します」


エルネイシアが簡単に告げる。


ただそれだけでルルシェは心強かった。


「・・・私に何が出来るか分かりませんが、頑張りたいと思います」


ミストもまた真摯な瞳でルルシェを見詰める。


幼い彼女も願う事は皆と同じ。


彼女もまた人間と亜人との確執をどうにかしたいと思う者の一人なのだ。


「はい。お任せを」


カリスは真剣な面持ちでルルシェを見詰める。


その何とも心強い瞳にルルシェは背中を押される思いだ。


「カリス様が望み、私も望む理想。ルルシェ様が望むというのならば、私も全力を尽くしましょう」


あくまでカリス本位だが、ローゼンもまたルルシェへの協力を惜しまなかった。


彼らが望む理想とはそれ程までに大きく、そして、困難な道なのである。


だが、だからこそ、彼らは強く望む。


不可能などない。


自分達が成し遂げてみせる。


そう強く思う彼らの気持ちに嘘はない。


「ありがとうございます。貴方達と共にならどんな困難であろうと打ち勝てると。そう確信しました」


「姫様。私達王家に仕えし騎士全てが貴方様の味方となりましょう」


「とても心強いです」


騎士の一人がそう告げ、残りの一人も首を縦に振った。


彼らの信念、誓いもまた固い。


彼ら二人の王家への忠誠に偽りはない。


彼らなら、ルルシェが望む理想を力強く支えてくれる事だろう。


「本当にありがとう」


ルルシェが万感の思いを込めて呟く。


その言葉に嘘偽りはなく、それを聞く彼らは穏やかな笑みを浮かべながら頷いた。


目前に見えるは、ハインツ王家が暮らすハインツ王城。


そこへ向かい、彼らはゆっくり、そして、力強く進んでいった。


ただ己が望む最善の結果が得られるようにと。


その足は力強く、その背は心強い。


理想へ近付く為のある種、戦争の時は刻一刻と迫っていた。




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