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第三十三話 友好の使節団




「どうでしょうか? 彼の実力は」


城壁から戦場を見下ろしていた各騎士団の団長達に向け、ユリウスが問いかける。


護衛部隊、王家の者は既に能力を把握していた為、軽い驚きで済んだが、知らなかった団長達は驚愕で眼を見開いていた。


「・・・・・・」


言葉も出ない程に。


「エルネイシア」


「はい。カリス君は以前より更に強くなってます。いいですね。若さというのは」


「エルネイシア。貴方も充分若いですよ」


「聖巫女様。実は最近、小皺が・・・」


「やめなさい。それは女性の天敵です」


「・・・はい」


何の会話だろうか?


「ふむ。ランパルド」


「何じゃ?」


「あの者、ワシの養子にくれ。手元で育ててみたい」


ゲムニの呟きに苦笑するランパルド。


「駄目じゃ。あいつはワシの後継者じゃからな」


「ん? あやつはお主のように政務にも通じておるのか?」


「いや。全然じゃ」


「え?」


予想外の言葉に驚くゲムニ。


「あやつは武術、軍略には長けておる。それこそワシじゃ到底敵わん程じゃ」


「ほぉ。セイレーンの知恵袋と呼ばれるおぬしをのぉ」


セイレーンの知恵袋は軍略にも長けている。


その圧倒的知識量に物を言わせ、最善の手を打つのだ。


だが、それは既存の情報から選出するまで。


カリスのような天才的閃きによるものは一切ない。


それがランパルドをして敵わないといわせる由縁である。


「じゃが、それ以外、特に政略といった政治方面ではまるで役に立たん。あえて言うならば、何の足しにもならん」


「そ、そこまで言うか?」


「そうじゃ。じゃが、それで良い。あやつは人を惹き付ける魅力を持っておる。上に立つ者に必要なのはそのようなカリスマ性じゃ」


「カリスマ性のぉ。ま、ワシには分からん話じゃ」


「お主も中々慕われておるよ」


「お主もな」


苦笑しあう二人。


元々、ゲムニの冗談であり、ランパルドもそれに気付いていた。


お年寄り同士の戯れという事だ。


「じゃが、御主の後継者なら政治を担当する者にするべきじゃないのか?」


「いいんじゃよ。ワシはあいつの人柄を気に入っとる。別に後継者が同じような役職に就く必要などあるまい」


「ま、それもそうじゃが」


「ならば、気にする必要はないじゃろ。ワシの跡は継がせるのにあれ以上の者はおらんよ」


笑顔のランパルドに『相当気に入っているんじゃな』と苦笑するゲムニ。


「それにしても、あれだけの武力を見せてもらって昇格させぬ訳にはいかんのぉ」


「そうですね。討ち取ったら昇格と言った手前、討ち取られなかったのですから昇格させるべきです」


ゲムニの呟き。


それにユリウスが反応した。


「・・・お主。こうなると分かってあのような提案をしたな」


「はて? 何の事でしょう?」


「ワシを出し抜くとはのぉ。それ程、あやつはお主にとっても大切という事か?」


「いえ。ですが、将来的にカリスがセイレーンを背負って立つ事になる。そう思っているだけです」


「充分、大切にしておるじゃないか」


小さく呟くゲムニ。


ユリウスはそれに笑顔のみで返した。


「では、これより評議会に移ります。姫殿下はお休み下さい」


しばらく、会話をした後、ユリウスがその場にいる者達全てに告げる。


「カリス。姫殿下をお部屋までお連れしなさい」


「ハッ!」


既に戻ってきていたカリスが敬礼し、言葉を返した。


「では、行きましょうか。姫殿下」


「はい。皆さん。お疲れ様でした」


一礼し、ルルシェ達姫三人衆が城壁から退出していった。


当然、カリスが傍で控えている。


そして、それからすぐに、騎士団団長、護衛部隊、聖巫女による評議会が行われた。










~SIDE リース~


「御兄様。カッコ良かったです」


城の奥にある御姉様の私室。


そこに辿り着いた瞬間、私はカリス様にそう告げました。


早く言いたくてウズウズしていたんです。


「そうですね。流石はカリス様と言った所でしょうか」


「・・・やっぱり凄いです。カリスさん」


御姉様もミストも絶賛です。


「ハハハ。ありがとうございます」


仮面を外した御兄様が照れたように笑います。


御兄様が照れるなんて中々ないですからね。


脳裏に焼き付けて置きましょう。


「あれだけの数を傷を負わせずに倒すなんて」


そうなんです。


後から確認して発覚したのですが、御兄様の攻撃は完全に意識を失わせる為だけの一撃。


殆どの者が怪我という怪我をせずにリタイアしたそうなのです。


どれだけ手馴れているかという話です。


「まぁ、意識だけ刈り取るという作業には慣れていますので」


基本的に盗賊などは捕縛する事が決まりです。


・・・例外もありますが。


それで慣れてしまったのでしょうね。


「カリス様。貴方にお話したい事があります」


穏やかな笑顔だった御姉様が表情を一転させて真剣なものに変えます。


遂にあの計画を御兄様に伝えるのですね。


「はい。何でしょうか」


御兄様も御姉様の表情を見て、真剣な話だと悟ったのでしょう、真剣な表情になります。


「私達はある計画を実行するべく長い期間を掛けて準備をして来ました」


「ある計画?」


「はい。それは先代聖巫女様でも実現できなかった人間と亜人との共存。その第一歩を歩む為の計画です」


「人間と亜人との共存・・・」


「そうです」


ニッコリと笑う御姉様。


御兄様は顔を綻ばせています。


御兄様も亜人との共存を望んでいましたものね。


「その計画とは?」


「はい。我々セイレーンと同様に比較的種族間の溝が浅いハインツ獣国。私達はハインツ獣国と友好関係を結ぶ為、使節団を送ろうと考えています」


「使節団・・・ですか」


ハインツ獣国。


獣人という亜人が住む穏やかな国です。


大自然に囲まれ、多くの部族が森や山で暮らしているそうです。


ローゼンもそこの出身ですね。


「カリス様はハインツも旅したそうですね。どうでしたか? 我々人間との共存を考えてくれそうでしたか?」


「そうですね。俺もハインツ王家と話した事がある訳じゃないので分かりませんが、国民はそれ程人間を疎んじていませんでした。俺達の事も歓迎してくれましたし」


「それを聞いて安心しました。国民同士であまり確執がないのならば、王家として共に話し合い、友好な関係になりたいと思うのです」


「はい。とても素晴らしい事だと思います。バレントと繋がる事が出来れば、それがきっかけで他の亜人の国とも繋がる事が出来るかもしれません」


ニッコリと笑う御兄様。


「して、使節団というのはどうするつもりなのですか? 王家との会見です。それなりに名がある者でなければ・・・」


「私が行きます」


「ルルシェ姫様!? 貴方がですか!?」


「何か?」


唖然とする御兄様に『何かおかしな事を言いましたか?』と言わんばかりに首を傾げる御姉様。


こちらから見ると非常におかしい光景です。


「ですが、姫様は次期聖巫女。どれだけ安全な道を通ろうとも必ずしも安全という訳ではない。姫様を危険な眼にあわせる訳には・・・」


「心配はご無用です。護衛としてエルネイシアを連れて行きますし、それにミストも連れて行きます」


「ミストを?」


御兄様がミストを見ます。


当の本人はキョトンと首を傾げていました。


現状を把握しているのでしょうか・・・?


「ええ。結果として、近衛騎士であるカリス様。貴方も付いてくる事になりますね」


「そうですか。そういう意味でしたか。姫様も悪知恵が働くようになりましたね」


「失礼ですね。私のは悪知恵ではなく唯の知恵です」


頬を膨らませる御姉様。


案外、子供らしい所があるんですよね、お姉様って。


「ですが、俺としてもそのような仕事に携われるのは嬉しい限りです。姫様とミストは俺が護り通してみせます」


「御願いしますね」


・・・今更ですが、私だけお留守場ってのは酷いと思うんですよ。


確かに後継者全てが同時に死亡なんていう最悪のケースは避けたいですが、御兄様がいるんですよ?


心配ありません。


・・・あぁ、御姉様とミストが羨ましい。


「使節団の構成はどうなっているのですか?」


「はい。王家代表として私とミスト。その護衛にエルネイシアとカリス様と何人かの護衛。そして、外交官としてカルチェ。以上が使節団の構成です」


「なるほど。それだけのメンバーなら相手側も重要だと分かってくれるでしょう。ところで、ミストが行くという事はローゼンも?」


「ローゼン次第となりますが、恐らく参加してくれるでしょう。ミストもカリス様もいますし」


「そうですか。銀狼であるローゼンはハインツでも一目置かれる存在なので、使節団にはピッタリだと思います」


「そうなのですか?」


「はい。銀狼という種族は獣人の中でもトップクラスに入る戦闘種族。獣の本能を色濃く残す彼らにとって強きは尊敬に値するそうです」


へぇ。


それは知りませんでした。


「それでは、こちらからローゼンに御願いしましょう」


「そうですね。ローゼンにも加わってもらいます」


「それがよろしいかと」


満場一致ですね。


これでローゼンの参加は決定しました。


反論は許しません。


ま、御兄様とミストがいるんです。


ローゼンが断る事はないでしょう。


「この計画は半年以上掛けて準備されたもの。失敗は許されないのです。夢の実現の為にも」


強く語る御姉様。


自ら先頭に立とうというのです。


御姉様のこの計画に対する思い入れは凄いものがあるのでしょう。


「では、その実現の為、俺も全力を尽くしましょう」


「御願いしますね。カリス様」


「・・・御願いします。カリスさん」


う~ん。


何だか仲間外れにされた気分です。


「日程の方はどうなっていますか?」


「すぐにという訳ではありませんが、近い内にです」


「分かりました。詳しくはまたご連絡ください」


「分かりました。頼りにしています」


「では、俺はそろそろ失礼しますね。同期の連中が待っているそうなので」


そういえば、こちらに来る前に誰かと話していましたね。


同期入隊の方々ですか。


「・・・行っちゃうんですか?」


「・・・・・・」


こ、これは、噂に聞くお願い攻撃。


あの御兄様が幾度となく敗れ去ったという伝説の。


「・・・もう少しだけお邪魔します」


・・・噂に違わぬ力です。


私も教わりましょうか・・・。


それから、私達は世間話を楽しみました。


御兄様には時間を取らせてしまって申し訳ない事をしてしまったかもしれませんね。


ですが、私にとってはとても有意義な時間でしたから。


満足です。


~SIDE OUT~










国家騎士団合同演習を終え、兵士達に評価が言い渡された。


今回の演習で目立った活躍をした者は各部隊に十名程。


それぞれに昇格という褒賞が出た。


亜人種保護部隊で言えば、カリス、イレイス、ガストの三名も昇格を受けた。


カリスはその武力と軍略を認められて。


これは影ながらユリウスが支援したが故である。


あの状況でカリスなら生き残れると確信し、昇格させなければならない状況を作りだした。


ユリウスがカリスを昇格させる為に仕組んだ策だと気付かす、周囲はカリスを認める事になる。


このような時にしか手助けできないユリウスが、カリスの昇格を願って行った策である。


彼もまた、カリスの活躍を期待していた。


将来的に自分の跡を継いでもらいたいなどと考えているのかもしれない。


イレイスは混合魔術のエンチャントを認められて。


混合魔術は下位魔術と中位魔術などの組み合わせもあり、無限の可能性に満ちている。


今回、イレイスが行使したのは下位魔術同士の混合魔術だが、それをエンチャントとする発想の豊かさが評価された。


いずれ、下位魔術同士以外でも混合魔術が使えるようにという期待も込められている。


ガストは単純にマジシャンとしての技量を認められて。


五大公爵家の家系で唯一軍組織に身を置いているガスト。


公爵家の魔術行使能力は他を圧倒している。


それは先天的な才能と魔力量、そして、幼少時より行われる厳しい修練にあった。


国内屈指のマジシャンという名は伊達じゃない。


ガストはカリスが戦っている傍らで一方的な攻撃を繰り返し、多くの敵を倒していた。


その圧倒的な技能とカリスの戦闘を利用した狡猾さが評価されたのだろう。


狡猾さといっても状況を的確に読み、効率の良い攻撃を繰り返しただけなので語弊があるかもしれないが。


こうして、カリスは中級騎士、ガストは准騎士、イレイスが上級兵士とそれぞれ昇格した。


また、それと同時にイレイスはトリプルアークに昇格となった。


混合魔術のエンチャント、所謂二重エンチャントは将来性などを見ると今後に期待できる。


その威力も充分なので、きっちりと評価された訳だ。


そして、この昇格が他の者にやる気を出させる。


コウキやキャル、ロザニィなどはダブルアークのままなのに、イレイスがシングルアークからトリプルアークへと自分達を追い抜き昇格してしまったのだから。


負けたくないという思いと同時に、トリプルアークとダブルアークとの間にある一線を確かに感じられた事が彼らに向上心を湧かせた。


ダブルアークの彼らがより修練に力を注ぐようになったのは言うまでもない。


とにかく、これでカリスの同期はトリプルアークが三人、ダブルアークが三人という優秀な者達の集まりとなったのだ。


今後の活躍に期待しよう。










~SIDE ローゼン~


「それでは、行って参ります」


「ええ。カリス殿やエルネイシアがいるので心配はないと思いますが、気をつけていってらっしゃい」


「はい。御母様」


ハインツ獣国への使節団。


その一行の中に私はいるわ。


移動は二つの馬車ね。


前の馬車の中にはルルシェ様とミスト様・・・やっぱりミストでいいわね、と外交官のカルチェと護衛の私。


手綱は王家贔屓の人でその両脇に聖巫女様が選んだ騎士。


馬車の前にはカリス様とエルネイシア。


後ろの馬車は前の場所のすぐ後ろについて、手綱は騎士。


この馬車は食糧や野営の道具が入っているわ。


そして、各馬車の両脇にそれぞれ騎士を配置して、後ろの馬車の後ろに二人の騎士を配置。


全部で十六人の使節団ね。


それにしても、贅沢よ。


カリス様とエルネイシアの二人が一つの団体の護衛役なんて。


その他の騎士も中級騎士や上級騎士という万全の体制。


この使節団派遣に対する思い入れの深さが分かるわ。


「・・・ローゼンさん」


「どうしたの? ミスト」


「・・・椅子がフカフカです」


移動中、笑顔を見せながら私に告げるミスト。


「そうね。フカフカだわ」


ニッコリと笑って私もそう答える。


本当にフカフカ。


流石は王家御用達の馬車といった所かしら。


「王家専用の馬車ですからね」


カルチェが告げる。


ちなみに、カリス様はカルチェとエルネイシアに敬語を使っているけど、私は使わないわ。


私の主はカリス様だけ。


それ以外の者は皆同等よ。


流石に各国の王家は別だけどね。


「この馬車は特別ですよ。他国へ行く際にのみ用いられる馬車ですもの」


ルルシェ様が笑って告げる。


ルルシェ様は本当に柔らかい方ね。


聖母の名を受け継ぐに相応しい包容力のある女性。


私はどちらかという攻撃的な方だからルルシェ様が羨ましいわ。


「私はローゼンが羨ましいですわ。貴方は頼もしいもの」


・・・それでいて鋭いのだから、手に負えないわね。


「ため息なんて。幸運が逃げますよ」


誰のせいだと?


「ウフフ」


笑って誤魔化すつもりね。


・・・ま、いいわ。


「ルルシェ様。移動中、ハインツ獣国についてお話しましょうか?」


「そうですね。私も詳しい事は存じません。御願いできますから? ローゼン」


「分かりました」


ハインツ獣国は私の祖国。


この国を知る者はこの一行の中で私とカリス様だけ。


今頃、カリス様はエルネイシアに話している事でしょう。


それなら、私はルルシェ様にお話すべきだと思うわ。


「ハインツ獣国。私の祖国であり、多くの獣人が暮らす国です」


「多くの獣人。その種族はどれ程なのですか?」


ルルシェ様がそう問う。


でも、それに対する解はないに等しい。


「把握できない程です。この大陸内には多くの生物がいますよね?」


「ええ。動物、植物、人間や亜人。どれも等しく命ある生物です」


「その生物の中で獣、動物と分類されるもの。その殆どが獣人として存在していると思ってください」


「そ、それでは、ウサギやリスといった小動物もですか?」


・・・眼が輝いているわね、ルルシェ様。


ミストも。


「もちろんです。小動物は基本的に獣人となっても小さいままですね」


「お会いしてみたいです。小猫や小犬の獣人の方と会う機会があったのですが、その時はあまりにも可愛く、抱きつきたいという思いを抑えるのが大変でした」


「そ、そうですか」


呆れても仕方がないわよね。


カルチェも苦笑しているし。


「獣人は基となっている生物の特徴を引き継ぐと聞きます。ローゼンは狼の特徴を引き継いでいるのですよね?」


「はい。ですが、私の種族である銀狼は特別な部類に入ります」


「銀狼は特別ですか? 詳しく御願いします」


「大抵の獣人は基の生物の特徴を引き継ぎます。猫であれば敏捷性と猫耳。熊であれば怪力と熊耳。狐であれば狐耳と尻尾などです」


「基本的に耳や尻尾は基の生物のままなのですね」


「ええ。まぁ、それが基の生物を判断する基準となりますね」


何を隠そう私も耳と尻尾があるわ。


今回は他国といえども私の故郷。


まったく隠す必要はないから、堂々と人間形態よ。


「特徴を引き継ぐという点は同じですが、幾つかの種族にはそれ以外の付加効果が付きます」


「付加効果? それは貴方の毛皮が魔を退ける耐魔の毛皮とかそういう事ですか?」


「はい。銀狼は魔を退け、又猫は魔を呼び起こし、妖狐は特別な炎を操るといいます」


「それらが特別な種族という事ですね」


「そうですね。無論、それ以外にも特別な種族はいます。これら特別な種族を獣人間では幻獣種と呼ぶのです」


「幻獣種ですか。幻というのですから、数も少ないと?」


「その通りです。銀狼で言えば、今大陸にいるのは・・・」


ランスター一族とその他少数だった筈。


そのランスター一族の多くも殺されてしまったから・・・。


「すいません。私達セイレーン国民が貴方の同胞を・・・」


いけない。


軽率だったわ。


「姫様に責任はございません」


「・・・しかし・・・」


「確かに私達を全滅に近づけたのは人間のせいですが、それを貴方が背負う必要はないのです。助けてくれたのも確かに貴方達人間なのですから」


「・・・・・・」


納得してもらうしかないわ。


私も一族の仲間を失ったのは悲しい。


でも、起きてしまった事は何をしても覆せない。


死者を蘇らせる方法はないのだから。


「話を続けますね」


とりあえず誤魔化して、話の続きね。


「幻獣種は生殖力が弱い為、その数も必然的に少なくなってしまいます。更に部族意識が強く、多種族と関わろうとしません。それが幻と呼ばれる由縁でしょう」


数は少なくともその能力は他を圧倒する。


その強さも幻といわれる由縁らしいわね。


今言うべき事ではないから言わなかったけど。


「では、獣人がどのように生活しているか教えてください」


「分かりました」


生活・・・か。


環境や衣食住について話せばいいのかしら?


「ハインツ獣国は基本的に森や山といった自然環境をそのまま住居としています。人間のように建物を建てたり、平地に街を築くような事はしません」


「街がない。それでは、どのように?」


「集落という形で簡易的な家を建てるだけです。そこで部族ごとに暮らしています」


「小さな街。そう解釈すればいいのでしょうか?」


「そうですね。ですが、商人やそういった方はいません。男性が食料を確保し、女性が家を護る。部族が一つの家族として生活をしています」


「なるほど。それが集落ですか」


「はい。時折やってくる商人と取引する事が唯一の売買ですかね。基本的に毎日が自給自足です」


「自給自足ですか。獣人の方は皆が逞しいのでしょうね」


ニッコリ笑うルルシェ様。


悪気はないんだろうけど、逞しいと言われて喜ぶ女性はいないわ・・・。


「唯一の例外は王都と呼ばれる街です。ここは獣王様が住んでおられ、多くの種族の者が人間のように生活しています」


商業や産業が発達し、他国との貿易を結ぶ唯一の街。


それがハインツ獣国の王都よ。


「人間のように・・・ですか?」


「はい。集落暮らしを経験した事がない彼らは私達を田舎者と呼びます。身分に拘り、お洒落に気を遣う自称都会人です」


ま、私から言わせてみれば獣としての本能を忘れた愚者って認識だけど。


権力を盾にとったり、金で全てが叶えられると思っている輩。


強者こそが絶対という自然界の掟を忘れてしまっているのね。


いずれ、足元を掬われるわよ。


「ローゼンはあまり御気に召さないようですね」


やっぱりバレてたわね。


「・・・いえ。そんな事はないですよ」


「そうですか。それなら、いいですが」


笑うルルシェ様に首を傾けるミスト。


いいのよ。


貴方はまだ分からなくて。


「セイレーン主都からハインツ王都へ向かうには幾つかの街道を進む必要がありますね」


「はい。以前よりハインツ国王とは連絡をとりあっていますのでその道のりは知っていますよ。カルチェが」


「お任せ下さい。姫様」


最近、姿を見せないと思ったらハインツに使者として行っていたのね。


勇気があるというか大胆というか。


「この速度でなら約十五日間の道のりとなるでしょう。馬車の馬や騎士達の馬に程よく休憩を挟む必要があるので」


「予定通りという事ですね。『何のアクシデントもなければ』の話ですが」


出発前から緻密な計算によって予定を立てていた筈。


そして、私やカリス様達はそのアクシデントの為にいるの。


何があっても計画通りに予定を消化していかなければ・・・。


「大丈夫でしょう。後方に二人、馬車の周りにそれぞれ二人、操者の隣に二人と八人もの騎士を配置してあるのですから」


「それだけではないでしょう?」


笑顔のルルシェ様。


ミストも笑顔を溢す。


「・・・我が国の宝。至高のマジシャン、エルネイシアと」


「・・・カリスさんがいます」


ルルシェ様とミストの二人が全幅の信頼を置くカリス様とエルネイシア。


この二人がいるだけでどんな不安も吹っ飛んでしまうのだから不思議ね。


いえ、違うわね。


カリス様がいる事が大事なの。


カリス様がいるから不安を感じないのよ。


「ウフフ」


・・・なんでもないわよ、ルルシェ様。


「ミストはカリス様が大好きですものね」


「・・・・・・」


思いがけない一言に頬を染めるミスト。


確かにいきなりだったものね。


「・・・カリスさんは・・・」


それから、ミストのカリス様へとの想いを聞き続ける事になった。


本当にミストは女の子として成長したのね。


姉貴分としては嬉しくもあり、寂しいわ。


移動の時間は長い。


ミストからは色々な事が聞けそうね。


~SIDE OUT~










「ハハハ。そんな事もありましたね」


二つの馬車と多くの護衛で構成される使節団。


その先頭にいるカリスとエルネイシアは昔話に花を咲かせていた。


「突然、『指導してあげます』でしたからね。驚きましたよ」


「当時のカリス君の戦闘は魔術を軽視していましたから。確かにカリス君の耐魔はかなりのものがあります。大陸でも五指に入るでしょう」


「大袈裟ですよ」


「いえ。事実です。類稀な武術のみならず、カリス君は類稀な魔力量も秘めていました。魔術行使の才能があれば、カリス君は完全に無敵だったでしょう」


「無敵って・・・」


苦笑するカリス。


だが、それは事実である。


ただでさえ圧倒的な身体能力に研ぎ澄まされた武術。


カリスと一対一で近接格闘が出来る者は大陸でも数えられる程しかいないだろう。


その上でもし魔術が行使できていたら・・・。


・・・もはや手に負えない。


近接攻撃特化、所謂中距離以上に対する術がないというのが唯一のカリスの弱点である。


どれだけ早く動けようと距離を詰めなければ攻撃できない事に変わりはない。


動きさえ封じれば、カリスとてどうしようもなくなるのだ。


後は距離を置いて攻撃し続ければいい。


エルネイシアと出会う前までのカリスはその点を考慮していなかった。


それをエルネイシアは危惧したのだ。


「ですが、魔術行使が出来ない事こそがカリス君を無敵としなかった。いくら武術が凄くとも近距離特化なら対処法がありますから」


「己の耐魔能力が強いからと己惚れていたのでしょうね。だから、魔術を驚異と感じていなかった」


「己惚れるだけの耐魔能力は確かにありました。ですが、カリス君の言う通り、魔術は攻撃だけではありません。思わぬ罠にはまる可能性もあります」


「エルさんの禁縛みたいにですか?」


「あれは私のオリジナル魔術です。誰にも真似できませんよ」


「ハハハ。自信満々ですね」


胸を張るエルネイシアにカリスは苦笑した。


禁縛とは全ての抵抗を防ぐ全系統を重ね合わせて生み出された結界の事である。


系統魔術も効かず、物理攻撃も効かず、発動されたら最後、何も出来ずに捕らえられる。


カリスは一度喰らった事があり、どうする事も出来ずに降参した経験がある為、その恐ろしさが分かる。


カリスの慢心を完全に砕いたのはこの魔術であったらしい。


この魔術はエルネイシアが何年もの月日を掛けて完成させたものであり、門外不出である。


まぁ、全系統を同時に混合させるという技術を真似できる者がいるとは思えないが。


「それからです。エルさんが対魔術の戦法を教えてくださったのは」


「私はあくまでマジシャン視線でしたから。あそこまで昇華させたのはカリス君の努力ですよ」


「いえいえ。あの地獄のような特訓のお陰ですよ」


「それでも、その特訓に耐えられたのですから。カリス君の努力ですよ」


「ハハハ。そういう事にしておきます」


ニッコリ笑うエルネイシアと苦笑のカリス。


カリスが偶に悪夢として夢に見る程、当時の訓練は凄まじかったのである。


無論、そのお陰で今のカリスがいるのも事実だが。


「しかし、軍組織を束ねる者として言わせてもらえるとカリス君の参入はありがたいです」


「え?」


「御存知でしょうが、私達、今のセイレーン軍首脳陣は戦争を経験した事がない者の集まりです。無論、私も」


無念そうに呟くエルネイシア。


「経験不足。それは補えるからいいでしょう。ですが、思想まではどうしようもありません。貴族や国民の大半が戦争があっても魔術があれば大丈夫だと思っています」


「魔術至上主義に凝り固まっている。そういう事ですね?」


「ええ。それをどうにかしたいと思っていても、私達ですら正面からぶつかる術しか知りません。ゲムニ侯爵やランパルド様は『若者に任せる』と何も」


「厳しい方達ですね。ですが、そうしなければ更に手遅れになるとお考えなのでしょう」


「そうでしょうね。首脳陣すら戦争を知らず、戦争を甘く見ている現状。このままでは戦争に敗れるは必至です。私達が学ばない限り」


強い意思を込めた瞳でカリスを真っ直ぐに見るエルネイシア。


「ですが、そんな時にカリス君。貴方がやって来ました。カーマインで国を救った英雄と謳われる貴方が」


「ッ!? ご存知だったのですか?」


「無論です。私は軍組織の頂点に身を置く人間ですよ? 他国の戦争に関しては逐一情報を集めています。そして、ラインハルトと呼ばれる貴方が何をしたのかも」


驚愕に眼を見開くカリス。


「先日、貴方が語っていた戦術。それもその時に行ったものですよね。カリス・ラインハルト“子爵”」


「・・・敵いませんね。エルさんには」


苦笑するカリス。


「この事を知っているのは?」


「私やユリウス様が所属する護衛部隊の方々は皆知っていますよ。その他には極少数だと思います」


「それでは、その事を知っていて俺を受け入れてくれたのですか?」


「ええ。カリス君は何も変わっていませんでしたから」


「セイレーンの方々は人が悪い」


ニコリと笑うエルネイシア。


カリスは更に苦笑した。


「私はカリス君に期待しているんです。セイレーンが抱える病、魔術至上主義を治療してくれる存在として」


「俺に出来る事は武を示す事と軍略を示す事。その二つだけですよ」


「それで構いません。軍略は私達にとって何よりも足らない事。私にも色々と教えてくださいね。カリス“先生”」


「・・・先生はやめて下さい。ですが、俺に教えられる事は全て教えますよ。それが“師匠”に対する恩返しですしね」


「師匠・・・ですか。私の弟子はマジシャンだけだと思っていましたが、カリス君のような弟子もいたんですね」


「はい。俺は多くの師を持ち、その全てに恵まれました。今の俺がいるのもその師匠達のお陰です」


「そうですか。そう言ってもらえると師匠として嬉しいですね」


顔を見合わせて笑う二人。


「カリス君」


「はい」


表情を一転させ、真剣な眼差しになるエルネイシア。


「貴方は我がセイレーンに新しき風を運ぶ存在。そして、人間と亜人との架け橋になる存在です」


「それは・・・?」


「今は分からなくても構いません。ですが、貴方には私を始め多くの人が期待しています。それを忘れないで下さい」


「・・・はい。胆に銘じます」


「それでいいのです。そういえば・・・」


ニッコリと笑うエルネイシア。


それからの道中、カリスとエルネイシアの会話は尽きる事がなかった。










「止まられよ!」


セイレーン聖教国とハインツ獣国の国境。


そこには関所と呼ばれる建物がある。


これはセイレーンとハインツが密漁防止の為に築いたと言われている。


その為、それぞれ人間と獣人とで門番をこなしている。


お互いが仕事の為、不干渉の態度を貫いている。


例外で仲良くなる者もいるらしいが。


「身分証明書を提示して頂きたい」


「はい」


獣人の番人に求められ、代表としてカルチェが対応した。


「・・・確かに。では、お通り下さい」


番人の許しを得て、使節団一行は国を越えた。


これからは他文化、他人種が支配する国であり、こちら側の常識など通用しない。


法なども全く違う。


充分な注意が必要なのである。


「カルチェさん。ハインツ側からは誰も来ないのか?」


国境を越え、最初の夜。


野営の準備を終えた彼らは火を囲みながら身体を休めていた。


「ん? あぁ。来ないよ」


「何故だ? これは正式な会見なのだろう? あちら側からも迎えを出すのが普通だと思うんだが・・・」


正式な場での話し合いなのだ。


友好的な関係を築く為にもそれなりの配慮は不可欠な筈。


迎えもよこさず、城まで来いというのは傲慢ではないだろうか?


そうカリスは考えたのだ。


外交に詳しくはないが、人間関係を築く上で配慮は大切だと考えているカリスはハインツ側の意図が読めなかった。


「ま、他国、というか、人間の国ならばそうだろうな」


「亜人は違うって事か?」


「まぁな。人間の国であれば、貴族が国内の所々に配置され、国内の治安もある程度は護られている。無法地帯もあるけどな」


「ああ。それなら、亜人の国は治安が悪いという事か?」


「別に治安が悪い訳じゃないさ。ただ王家の支配下にあるのは王都付近のみだけでな。国民全てが王家を敬ってはいるが、王家に支配されている訳ではないという事だ」


獣人の国は王都を中心に国が広がっており、王都以外に街という街は一握りしかない。


後は集落ごと、部族ごとに勝手に暮らしているので、当然部族ごとの縄張りなどがある。


しかし、それは王家から任命されたとか王家に許可されているとかそういう事ではない為、王家の力ではどうする事も出来ないのだ。


争って得た地を簡単に手放す彼らでもない。


当然、街周辺以外は無法地帯となってしまう。


カリス達はその無法地帯を幾つも抜けなければならないのだ。


また、この王家の部族不干渉が密漁を許してしまっているという現実もある。


ハインツ王家は獣人が密漁されたという事に気付く事が出来ないのだから。


「俺達が平気で襲われる事もあり得るという事か」


「ま、そうなるな。基本的に部族の生活に王家は干渉しない。俺達が襲われようと相手側は気にもしないだろう」


「・・・それで良いのか? 国として」


「いいんだよ。それが獣人の国の掟。俺達人間と考え方が違うのも当然さ」


苦笑しながら告げるカルチェ。


「ま、その為の護衛だ。任せていいんだろ?」


「無論だ」


頷くカリス。


「ま、俺は心配していないさ。お前もいるし、エルネイシア様もいるからな」


ルルシェとリースの近くにいるエルネイシアを見ながら告げるカルチェ。


「とりあえずまだまだ道のりは長い。先の事を今考えても仕方ないさ」


「それもそうだな」


カルチェの言葉に頷くカリス。


「ほら。俺なんかと話してないで、姫様の所に行って来いよ。呼んでるぜ」


その言葉に振り向くカリス。


その視線の先には手招きしているエルネイシアの姿があった。


「そうだな。では、行ってくるとしよう」


「ああ。行って来い」


カルチェに見送られながら、カリスはルルシェ達の傍までやって来た。


ルルシェ、ミストがおり、その脇にエルネイシア。


そして、その後ろに護衛だろう、二人の騎士が無言で立っていた。


彼らの任務は姫達の絶対守護。


気を抜く訳にはいかないのだ。


「カリス様。どうぞ。こちらに」


ルルシェがカリスを隣に導く。


その隣はミストであり、順番にミスト、カリス、ルルシェ、エルネイシアとなっていた。


「それでは、失礼します」


さっと腰掛けるカリス。


「やはり楽しいものですね。外で夜を明かすなど私には経験がなかったですから」


ルルシェがそう告げる。


彼女は王家の人間であり、次期聖巫女という相当たる肩書きを持つ。


当然、城内で大切に育てられてきた。


そんな彼女にとって野営とは未知の領域。


彼女は簡易的な椅子や寝心地の悪いテントの生活を楽しんでいた。


姫らしくない姫である。


確かに容姿に似合わず活発的だが・・・。


「これからは殆ど野営となるでしょう。楽しんで頂けると幸いです」


これまでの移動中は街があれば街で寝泊りしてきた。


王家の者に野営させるなどあってはならない事であるからだ。


だが、それもセイレーンまでであり、ハインツでは別だ。


これからのハインツでは人間が泊まるような環境もなく、多くを野営で過ごす事となる。


温室育ちのルルシェをカリスは心配していたのだが。


「ウフフ。そうですか。それは楽しみです」


ルルシェはそれが楽しみでしょうがなかったらしい。


カリスの心配は杞憂である。


彼女はカリスが考える程、柔ではない。


平民の生活を知りたいと平民の格好で旅をする姫なのだから。


「カリス様はこれまでたくさん旅をしてきたのですよね?」


「ええ。多くの地を廻った事がある。それが俺の唯一の自慢です」


「言いますね」


頬を緩めるルルシェ。


仮面をつけていないカリスの穏やかな笑顔は彼女の心をも落ち着かせてくれる。


「俺は今までの人生の四分の一程を旅に費やしているのですよ。自慢させて下さい」


「羨ましいですわ。私も出来る事なら多くの地を歩き、多くの景色を眺め、心より感動したい」


「ルルシェ姫様」


それが叶わぬ望みだとお互いに知っているから。


「カリス様。私に貴方の旅をお教え下さい」


「はい。喜んで」


思いを伝える。


叶わぬ夢でも話を伝え、聞かせる事は出来る。


カリスは少しでもルルシェに伝わるようにと懸命に話し、ルルシェは少しでもカリスに共感できるようにと懸命に聞いた。


たとえ見ず、聞かずとも、カリスの思いは伝わってくる。


たとえ見ず、聞かずとも、情景は浮かんでくる。


カリスの話を聞くルルシェには満面の笑みが浮かんでいたという。


森の中、焚かれた火を囲みながらの思い出話。


ゆっくりと穏やかな時間が過ぎていった。




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