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第三十一話 迫られる



「あ、カリス」


「・・・師匠」


保護した亜人達と別れた後、カリスは本部の廊下を歩いていた。


その途中、ベンチに座っていたキャルとロザニィに出会う。


「久しぶりだな。二人とも」


「ま、久しぶりって行っても一週間ぐらいでしょ?」


「それもそうだ。今日はどうしたんだ?」


「任務が終わってお疲れ様~って所よ。カリスは?」


「俺もそのようなものだ。報告をして戻ってきた」


「そっか。あれ、それなら、さっきガストとイレイスがここを通ったのも」


「ああ。そうだ。俺とガストとイレイスで共同任務を受けてな。それで三人で報告してきたんだ。その後、色々合って俺だけ遅くなった」


「へぇ。共同任務かぁ。あの二人がね」


「・・・最上級任務?」


今まで黙っていたロザニィが問う。


「ま、そんなものだ」


「え? 最上級任務? 凄いじゃない! どんな任務だったの?」


最上級任務と聞いて興奮するキャル。


確かに最上級任務はトリプルアークが複数がかりで取り組む危険度も難易度も高い任務と言われている。


それに参加したというのだ。


興味を持つのは当然だろう。


「いや。ちょっとした意図があってな。上級任務程度のレベルでしかなかった」


「何だ? 期待して損した」


「おいおい。何を期待してたんだよ?」


「・・・キャル。不謹慎」


「な、なによぉ。別にいいじゃない。私達なんて上級任務も受けられないのよ。最上級って聞いたら気になるに決まってるわ」


二人に白い眼で見られて慌てるキャル。


だが、言葉の内容は正論だった。


「・・・それは分かる」


だから、ロザニィも同意する。


「ま、いいさ」


カリスは苦笑しながら流した。


「そうそう。カリスってこの前、改名したのよね。アークルインだっけ? 一文字だけ変えたのね」


「ああ。カリス・アークルインだ。未だにアークラインだと思っている奴もいるが」


「ハハハ。イレイスの事ね。多分、知らないんじゃないかしら。さっきだって『アークラインの野郎が』とか言ってたし」


「一応、公表という形で告げたから知らない者は少ない筈なのだが、まさか同期で知らない者がいるとはな」


「ま、イレイスだし」


結局、この一言で済んでしまう存在なのだ。


イレイスは。


「・・・師匠」


「ん? 何だ? ロザニィ」


「・・・私達の成長を見て欲しい」


突然、立ち上がり、真剣な眼差しで見詰めてくるロザニィ。


「それは手合わせを望むと。そういう訳か?」


「・・・(コクッ)」


力強く頷くロザニィ。


「分かった。キャル。お前もか?」


「ええ。カリスも言ったでしょ。私達は二人の時こそ力が発揮できるって。それにカリス相手に一対ニは嫌だなんて言う余裕もないわ」


「そうか。では、行くか。演習場へ」


「分かったわ。ロザニィ。ビックリさせてあげましょう」


「・・・ええ」


こうして、カリスと二人の模擬戦が行われる事となった。


彼らは本部から移動し、その前にある演習場へ向かう。


「それにしても、本当に凄いわね。カリスは」


「ん?」


「なんていうか。見えてくるのよ。ずっと遠いなって思ってたけど、自分が強くなったと実感すればする程、その距離が更に遠くなるみたいな」


「・・・距離を縮めた気がした。でも、引き離されたようにも感じる」


「なるほどな。それは自分の力を客観的に見れるようになったという事だ。成長した証といっていい」


「そう。でもね、ちょっと自信失くすかな。まるで追いつける気がしなくて」


「・・・先が見えない。底が知れない」


俯き落ち込む二人。


「ふむ。それはまだ経験が足りないからだ」


「えぇ!? まだ全然って事?」


「当然だろ。俺がこの境地まで達するのにどれだけの時間がかかったと思っているんだ?」


笑いながら告げるカリス。


「・・・そうよね。私達はカリスの十年以上の経験を半年で身に付けようなんて考えているんだものね。現実的に不可能よ」


「・・・それだけじゃない。師匠だって成長する」


「無論だ。俺とて今のままで満足している訳ではない。だが、これだけは言える」


カリスが間を置く。


「お前達の成長速度は凄まじいものがある。会う度に別人のように強くなっているからな」


「そ、そうなの? 知ってた? ロザニィ」


「・・・知らなかった」


「本人が自覚してなくてもそういうものだ。外から見てれば分かるものさ」


穏やかに笑うカリス。


「師匠として、お前達を見れるのは光栄だな。日々弟子の成長が見れる程に師匠冥利に尽きる事はない」


「・・・そっか。良い弟子をもって良かったね。カリス」


「自分で言うな。キャル」


「ハハハ。ま、いいじゃない」


そう言って笑うキャルにカリスとロザニィは苦笑した。


「最近、ロザニィの槍捌きがカリスと被って見える時があるのよ」


「ほぉ。俺のとロザニィのがか?」


「ええ。本当に時々だけどね。何ていうか、頼もしいのよ」


「・・・そんな事ない」


「あら。照れてる」


頬を赤く染めるロザニィ。


目聡くキャルがそれに気付き、からかった。


「・・・照れてない」


「照れた」


「・・・照れてない」


「照れた」


「・・・照れてない」


「て・れ・た」


「・・・照れてないって言ってる」


「照れたって言ってるのよ」


「・・・・・・」


「・・・・・・」


「・・・お前達は何をやっているんだ?」


顔を近づけて睨み合っている二人を見て呆れるカリス。


「あ、カリス殿。お久しぶりです」


そんな時、コウキが後ろからやって来て声をかけてきた。


「ああ。久しぶりだな。コウキ。順調か?」


「ええ。まぁ、とりあえずはといった所でしょうか。私はまだダブルアークですからね」


「中級任務じゃ物足りないか?」


「ハハハ。そんな事はないですよ。ですが、より高いレベルの任務を受けてみたいとは思っています」


「ふむ。そうか。それなら、今度、俺と上級任務を受けてみるか?」


「それは良いですね。御願いできますか?」


「ああ。俺から言い出した事だしな」


爽やかな笑みを浮かべるコウキにカリスも笑みで返した。


「ちょ、ちょっと待って。私達も一緒に行かせてよ。ね、ロザニィ」


「・・・(コクッ)」


キャルと共にロザニィもカリス達に詰め寄る。


「ん? じゃれあいは終わったのか?」


「じゃれあいって・・・」


「・・・じゃれあってない」


頬を膨らませて抗議するキャルとロザニィ。


「ま、いいさ。それで、二人も上級任務を?」


「ええ。私達も今のままで満足している訳じゃないの」


「・・・強くなる為にも上級任務を受けたい」


「そうか。コウキ。構わないか?」


「ええ。私は構いませんよ」


「じゃあ、手合わせを終えたら依頼書を見に行くか」


「手合わせとは?」


コウキが問いかける。


「私達とカリスで手合わせするのよ。カリスは私達の師匠だし」


「・・・実力を確かめたい」


「ほぉ。そういう事ですか。見学させて頂いてもよろしいですか?」


「別に構わんよ」


そう言っている内に、カリス達は演習場へと辿り着いた。


「じゃあ、よろしくね。カリス」


「ああ。こちらこそな。キャル。ロザニィ」


「・・・全力を尽くす」


そうして、模擬戦が始まった。










~SIDE コウキ~


「アイシクルクロー」


「直線的過ぎるな。スピードがあるなら構わないが、その程度では簡単に避けられる」


成り行きで審判を任されましたが・・・。


「やはり参考になりますね」


カリス殿の動きは参考になります。


「近接攻撃一筋。それなのにまるで不利に感じられません、むしろ、優位に立っているような気すらします」


私は呪術。


キャル殿とガスト殿とイレイス殿は魔術。


ロザニィ殿は魔槍。


それぞれ中距離以上の攻撃手段を持っています。


それに対し、カリス殿は近接攻撃のみ。


中距離以上から攻められれば手出しが出来ない為、遥かに不利である筈です。


ですが、カリス殿にとっては何の問題もないんですね。


「ロザニィ!」


「・・・大丈夫。掠っただけ。・・・ッ! キャル! 後ろ!」


「え?」


「余所見はいけないな。キャル」


「カリス! キャッ!」


いつの間にか後ろに移動していたカリス殿がキャル殿のわき腹を蹴ります。


どうにかガードは出来たようですが、衝撃で吹き飛ばされました。


「中・遠距離専門と言えど、近接を疎かにしてはいけないな。だから、こうなる」


蹴りだから良かったものの、剣であれば、カリス殿の技量です、真っ二つでしょう。


「そ、そんな事言われても」


「マジシャンは魔術だけやっていれば良いというのは間違いだ。懐に入られて何も出来ないマジシャンは・・・」


ダッとカリス殿が駆けます。


そして、あっという間にキャル殿の後ろに立ちました。


「たとえ混合魔術が使えるマジシャンと言えど、的でしかない」


「クッ」


ギリギリでカリス殿の蹴りを避けるキャル殿。


「・・・下がって。キャル」


「ええ。任せたわよ。ロザニィ」


カリス殿とキャル殿の間に入るロザニィ殿。


キャル殿はそれを確認すると後ろに下がりました。


これが彼女達本来の布陣ですね。


「・・・師匠」


「ああ。どれだけ成長したか、見せてもらおう」


雷槍を構えるロザニィ殿。


そして・・・。


「・・・ハァ!」


槍の先端をカリス殿に向け、全力で突き刺す。


「スピードは良い。だが、闇雲に飛び込むのは感心しないな」


パッと横に避け、そのままカリス殿も直進。


すれ違い様にロザニィ殿の手首を剣の峰の部分で叩く。


「・・・痛い」


「当たり前だ」


そうですね。


痛いのは当たり前です。


「『突き』、『受け』、『払い』。槍の基本中の基本だな。その中でもお前には突きを重点的に鍛えさせた。その意図は理解しているな?」


「・・・力がないから」


「そうだ。槍での払いは打撃でしかない。打撃にはお前は力が足らないからな。突きであれば、お前の力でも充分に敵を貫ける」


力がなければ振り回す事は出来ません。


ですが、突きは先端を向けて、身体ごと突っ込みます。


それなら、腕の力がなくとも、鋭い刃先という事もあり、容易に敵を倒せます。


「だが、その突きこそ最も隙を作りやすい。視界が狭まり、一直線にしか動けないからな」


「・・・だから、師匠が消えたように見えたの?」


「そうだ。突きのスピードが早ければ早い程、視界は狭まり、敵に死角に入られやすくなる」


「・・・どうすれば良い? どうすれば、隙のない突きが放てる?」


「隙のない突きなどない。だが、その隙を極限まで失くす事は可能だ」


「・・・それは?」


「方法は一つ。更に磨きをかけ、突きのみで良い。突きを極める事だ。さすれば、誰であろうと一瞬で済む」


「そ、それはそうですが、極端過ぎませんか」


流石にそれは呆れます。


「始動から停止までを一瞬で行う。それだけで、隙はなくなり、避ける術もなくなる」


「・・・突きのスピードがまだ遅い。そういう事?」


「ああ。突きもそうだが、武術とは長い月日をかけて身に付けるものだ。精進あるのみだな」


「・・・分かった」


頷くロザニィ殿。


そして、再び動きます。


「・・・ハァ!」


ガキンッ!


鋭い突き。


今度はそれを幅のある刀身で受け止めてみせます。


そして、続く攻防戦。


ロザニィ殿は突きや払いを駆使し、カリス殿を攻め立てます。


ですが、カリス殿はそれを全て剣で受け止めてみせます。


まだまだ甘いと言わんばかりに余裕です。


「まだ動きが甘いな。たとえフェイントでも全力でやれ。それが相手を惑わすんだ。どの一撃にも全てを注がなければならん」


「・・・はい」


「どうした? キャル。隙を探していたらいつまで経っても何も変わらないぞ。隙は探すものじゃない。作るものだ」


「・・・どうしてロザニィと戦いながらこっちの状況を把握しているのよ」


「戦場とはそういうものだ。視界一杯に敵兵がいる状態で一人にだけ構っている事は出来ないだろ」


「・・・どんな逆境よ。それ」


そんな経験をした事がある。


そういう事ですね。


それも何度も。


「戦争だ。国と国のな」


戦争?


ですが、セイレーンで戦争なんて。


「セイレーンが戦争をする事はないわ。永世中立国だもの」


「・・・やっぱり」


ロザニィ殿が呟きます。


やっぱりとはどういう意味でしょうか?


「・・・師匠はこの国の生まれじゃない」


「え?」


カリス殿がこの国の出身じゃない!?


どういう意味ですか!?


「・・・ずっと不思議だった。これだけの武を誇り無名だった事。セイレーン国内で滅多に見ない髪の色。そして・・・」


「・・・そして?」


「・・・どれだけ調べても、師匠の過去は分からなかった。調査部の調査員だって、師匠の事は何一つ分からなかった」


調査部の調査員?


どういう事ですか?


「そうか。お前はあの時、俺の事を調査するように頼んだのか」


「・・・(コクッ)」


頷くロザニィ殿。


「・・・そんなに俺の事が信用できなかったのか?」


「違う! そうじゃないわ!」


悲しそうに俯くカリス殿にキャル殿が叫ぶ。


「私が最初に頼んだの。カリスの交友関係とか、謎とかを知りたいって。ロザニィは止めたわ。訊けば教えてくれるって」


「・・・・・・」


「でも、私が調子に乗って頼んだのよ。こういうのは調べた方が面白いって。それで、ロザニィもカリスの過去を知りたいって」


「・・・ま、謎が多い事は自覚しているさ。そして、誰かが俺を調査しているのも知っている」


必死に弁明をするキャル殿。


でも、カリス殿は無表情。


仮面に隠れていていつも表情は見えませんが、それでも背筋が凍るような雰囲気が滲み出ています。


「当たり前だ。お前達だけじゃない。俺を調査している奴なんて幾らでもいる」


「え? それって・・・」


「新王女の近衛騎士。アークライン家の分家であるアークルイン家の養子。俺を怪しみ訝しむ者がいるのは当然だ」


「・・・・・・」


「だが、お前達にまで調査されているとは思わなかった。正直、意外だったな・・・」


「ご、ごめんなさい!」


「・・・それで? お前達はどこまで分かったんだ?」


謝ってもそれを無視するカリス殿。


仮面で表情も読めず、私達にはカリス殿が何を考えているのか分かりません。


・・・どちらにしろ、良い事ではないと思いますが。


「・・・亜人種保護部隊のトリプルアークで姫様の近衛騎士。隊長や副隊長とも親しく、王宮の奥にも度々訪れている事から、王家の者とも親しいと考えられる」


「その点から、護衛部隊の面々とも面識があると思われるわ。私達がわかったのはそれぐらいよ」


ロザニィ殿とキャル殿が告げます。


「・・・でも、師匠の過去はどれだけ調べても分からなかった。ううん。この国にはなかった」


「この国にはない。となれば、他国にこそカリスの過去がある」


「・・・だから、私達はこう考えた。師匠は他国からやって来た王家の知人。それ故、アークライン家に養子入りする事が出来た。だから、国の重鎮達と知り合いでもある」


「・・・・・・」


無言のカリス殿。


それは肯定という事でしょうか?


「・・・王家や国の重鎮達と親しく、圧倒的な武を持つ。そして、この国に過去がなく、謎ばかりの人間。私はそんな人物、一人しか知らない」


「・・・それは誰だ?」


「・・・守護騎士ラインハルト卿」


「・・・護衛部隊の一員にして、謎に包まれた騎士。仮面で顔を隠すのも、貴方が己の存在を隠したかったから。違う?」


「・・・さぁな」


呟くカリス殿。


本当に貴方があのラインハルト卿なのですか?


「・・・さっきの言葉で確信した。国家間戦争なんてセイレーンではなかった。だから、師匠は他国の出身」


「ま、そこまで理解できる。だが、何故、俺がラインハルトだと?」


「噂でしかなかったラインハルト卿。でも、その存在は確かよ。それなら、ラインハルト卿を知っている人がいてもおかしくないわ」


「・・・だから、私達はラインハルト卿について調べる事にした。そして、それが師匠。貴方と一致したの」


「貴方は以前、ハルバードを使っていたと言ったわね。ラインハルト卿の武器もハルバードだった。そして、ラインハルト卿はセイレーンでも随一の聖術の担い手だった」


「・・・師匠以外に考えられない」


「・・・そうか。少ない情報で良くそこまで掴んだな」


「それって・・・」


ならば、カリス殿はラインハルト卿だと。


そういう事ですか?


「だが、それならば、何故ラインハルトだと隠す必要がある? 本当にラインハルトなら堂々としていられるだろ?」


確かにそれもそうです。


ラインハルトと名乗ればそれだけで誰もが認めてくれます。


態々、違う名を名乗る必要性が感じられません。


「・・・そう。それが私達には分からない」


「だから、私達のは推測でしかないわ。でも、ほぼ確信している」


「・・・惜しかったな。お前達は詰めが甘い」


「え?」


「たとえ俺がラインハルトだとしても、それを決定付ける証拠がない以上、俺はラインハルトではない。そして、俺はラインハルトかどうかを否定もしなければ肯定もしない」


「どうしてよ!?」


「調べるのなら最後まで自分で調べてみろ。それがお前達に対する罰だ。俺からは何の情報も提供してやらん」


カリス殿の一言に固まる二人。


「えぇっと。やっぱり怒ってるよね?」


「さぁな」


「やぱいよぉ。カリスが怒ってるよぉ!」


「・・・自業自得。私達が悪い」


まぁ、確かにそうなんですが。


カリス殿の気持ちを考えるとちょっと居た堪れないですね。


仲間から疑われていた訳ですから。


「別に疑うなとは言っていない。だが、不用意に人のプライベートに手を出したんだ。どうなるかは覚悟していただろう?」


「・・・・・・」


「・・・・・・」


黙り込んでしまう二人。


「ふむ。気が変わった」


「え?」


「今日は徹底的に扱いてやる。なに。怪我してもすぐに治してやるから心配するな」


「そ、それって・・・」


「ああ。生と死の狭間とやらを体験させてやる」


「やばいよぉ! ロザニィ~~~!」


「・・・諦めた。嫌われるよりずっと良い」


「・・・それはそうだけど」


「耐え切ったら許してやろう」


「・・・ほら。頑張ろう。キャル」


「・・・いいわ。いいわよ。やってやろうじゃない」


立ち上がるキャル殿。


力強い視線でカリス殿を見詰めています。


「さて、久しぶりに本気だな」


こうして、模擬戦だった筈の手合わせが地獄の特訓へと変わりました。


これはもう拷問でしょう。


散々に痛めつけた後、強制的に身体を治癒して、再度、痛めつける。


とてもじゃないですが、受けたいとは思いません。


どれだけ死に掛けても勝手に治されちゃう訳ですから。


聖術って使い方では魔術以上に禍々しい事ができるんですね・・・。


・・・でも、確かにこれを繰り返していれば強くなれます。


結局、彼女達は耐え切れずに気絶してしまいました。


終わった後、カリス殿は苦笑していましたから、もう怒っていはいないのでしょう。


カリス殿とて、好奇心からだと理解している筈。


明日から引っ張る事はないと思います。


「すまんな。コウキ。任務だが、今日は無理そうだ」


「え? いえ。構いませんよ。今日は休みます」


「そうか。すまんな」


気絶している二人の傷を治癒し、一人ずつ抱きかかえ、ベンチへと移動させるカリス殿。


「・・・結局、カリス殿は誰なのですか? ラインハルト卿なのですか?」


「ふむ。気になるか?」


「ええ。もちろんです」


「すまないが答えてやる事は出来ない。俺も同期であるお前達に秘密を抱えているのは心苦しいが、複雑な事情があってな」


「そうですか。それなら、無理に訊こうとはしません」


「助かるよ」


二人を運んだ後、違うベンチに座るカリス殿。


運び終わった時に浮かべた笑顔はとても優しいものでした。


「カリス殿。あまり怒らないでやって下さい。きっと、彼女達も師と敬う貴方の事が知りたかっただけなんです」


「そんな事は分かっているさ。だが、他人の事情を詮索するのはあまり良い事ではないだろう?」


「それもそうですが、でも・・・」


「分かっている」


穏やかなな雰囲気を醸し出すカリス殿。


どうやらもう大丈夫そうですね。


「質問してもいいですか?」


「ん? 何だ?」


「カリス殿の凄まじい身体能力。それはどのように制御するのですか?」


「制御も何も一つ一つに慣れるしかない。力加減一つとっても細かい調整が必要だからな」


「え。それって・・・」


「あぁ。獣人と比較しているのか。獣人は自分達で何処をどれくらい強化するのか選べるらしいが、俺は無理だ。常に魔力が体内を循環し、勝手に強化してしまう」


「勝手に・・・ですか?」


それってかなり不便なのではないですか。


「ああ。俺も始めは全然駄目でな。何かを握れば潰してしまうし、走ろうと思えば、足の力がありすぎて地面が陥没するしで、何も出来なかった」


「そ、それは大変でしたね」


「慣れるのに何日、いや、何ヶ月も必要だったな。今でも反射的なものは加減できない事がある」


・・・そうですよね。


反射的に力加減は出来ませんから。


「ま、心配はいらん。加減できないのも年に一回あるかないか程度だ。誰かに危害を加えるような事はせんよ」


「それを聞いて安心しました」


本当に。


「彼女達はどうします?」


「眼を覚ますまで待ってるさ。ちゃんと送り届ける」


「そうですか。それでは、私は依頼書でも見てきます。上級任務で人数がい過ぎても大丈夫な任務を探してきますよ」


「ああ。頼んだ」


「あ、先に帰っていても構いませんよ。明朝、また会えますから」


「ま、それもこいつら次第だな」


カリス殿が二人を眼で示しながら告げます。


「それもそうですね。では」


そう言って、私はその場から去ります。


「ああ。またな」


背中にそう声が掛かるので、私は手をあげて答えました。


ふむ。


やはりカリス殿が近接戦闘では一番参考になります。


私もいずれ、カリス殿レベルにまで到達したいですね


いえ、到達してみせます。


~SIDE OUT~










「・・・なぁ、やっぱりあの仮面騎士。ラインハルト様なんじゃないか?」


「そうだよな。俺もそう思うんだよ」


「何故、お顔を見せてくださらないのかしら?」


「何か事情があるんじゃないかしら? でも、あの声に、あの背丈、それに武術といい、聖術といいやっぱりラインハルト様だと思うのよ」


亜人種保護部隊の本部。


そこで数人の隊員達が話していた。


流石にそろそろラインハルトを知る者はカリスがラインハルトだと気付き始めているようだ。


むしろ、バレない事の方がおかしいのかもしれない。


「本人に直接訊いてみるか?」


「でも、迷惑じゃないかしら?」


「そうだよな。ラインハルト様に迷惑はかけたくないもんな」


「あぁ。あの凛々しきお顔に火傷を負ってしまうだなんて」


カリスは亜人種保護部隊の初代隊長を務めていたのだ。


当然、そのときにも部下といえる隊員達がおり、その者達の多くは現在でも所属している。


たとえ数年経とうとも元上司であり、国の英雄を忘れるなんて事はないだろう。


「こいつの中では決定事項なのな」


「もちろんですわ。この私がラインハルト様のお声を間違える訳がありませんもの」


「そういやぁ、あれから何年も経ってるよな。って事はラインハルト様ももっと大人っぽく・・・」


「・・・大人っぽいラインハルト様」


「おい。今のは拙い」


「え?」


「あいつを見ろ。・・・自分の世界に入っている」


「きっと想像してるんだろうな。ラインハルト様が成長した姿を」


「・・・もしかしたら近くにいるのかもしれないのに、そんな事をする意味があるのか?」


「ほら。対象が自分・・・みたいな」


「納得」


コホンと話を戻そうとする隊員。


「確信はない。だが、俺達の誰もがそうではないかと推測している。俺としては間違いないと思っているがどうだ?」


「私は先程から言っています。あの方は確実にラインハルト様だと」


「俺も間違いないと思うぜ。何といっても、あれだけの武術の持ち主はそうはないからな」


「ハルバードから剣に変わっても人間離れした強さは変わらない。私もそう思うわ」


「なら、決まりだな。元部下として、ラインハルト様の事情を知っておきたい」


「話してくれるかしら?」


「その時はその時じゃないか? 力にはなりたいとは思うが、迷惑をかけたいとは思っていないからな」


「じゃあ、決定ね。ラインハルト様に訊いてみましょう」


「ええ。そうですわ。私の見解を信じなさい」


「ま、お前だけじゃないがな」


そうして、彼らはカリスと対面する事を決める。


これが数日前の会話である。


そして、今、カリスは隊員達に囲まれていた。


コウキ達との共同任務を報告した帰りだ。


「ちょっといいか? カリス・アークルイン」


突如呼ばれるカリス。


近くにいたキャル、ロザニィ、コウキはどこか警戒した眼で隊員達を眺めていた。


恐らく、先日のカリスの発言を気にしてだろう。


誰かに調査されているという。


「あの馬鹿。誰を呼び捨てにしていますの」


「落ち着け。今はあいつに任せておけ」


と、後ろで呟く二人がいたが、キャル達三人は気付かなかった。


カリスはスッと眼を細めて、彼ら二人を凝視していたが。


「話がある」


「・・・(遂に気付かれたか? まぁ、これでももった方だな)」


「ちょっと待ってください。幾ら先輩隊員だとしても」


「ダブルアークは引っ込んでいろ。用があるのはこいつだけだ」


睨みつける男。


トリプルアークである彼の睨みは三人を怯ませるのに充分な程の威圧感があった。


「こいつですって? もう許せませんわ!」


「落ち着けっての。ここで叫べば迷惑をかけてしまうぞ」


「クゥ。後で覚えておきなさい」


「・・・何故俺が殴られる」


全てを聞き、全てを見ていたカリス。


その懐かしさからか、カリスは苦笑いしていた。


「分かりました。三人とも。先に帰ってくれ」


「で、でも・・・」


「大丈夫だ。心配するな。何もしてこないさ。そうですよね? 先輩」


「あ、ああ。何かするつもりはない」


突如話を振られ焦る男。


だが、どうにか普通に答える事に成功した。


「・・・分かりました」


そう言って去っていくコウキ。


キャルとロザニィは心配そうに何度も振り返りながら去っていった。


「では、改めて何の用でしょうか?」


「・・・場所を変える。付いて来い」


そう言って、歩き出す隊員達。


カリスは無言で彼らに付いていった。


そして、辿り着いたのはある執務室。


執務室は中級騎士以上の者に与えられる個人部屋である。


また、特別な役職に就いている者も与えられる。


たとえばリュミナなどは下級騎士だが、隊長補佐という役職上執務室は必須な為、彼女の為の執務室が設けられていた。


現在ではリュミナも中級騎士に昇格した為、正当な権利である。


「お久しぶりですね。ラインハルト様」


全員が部屋に入るや否や、こうして声をかけてくる男。


先程までの固い表情とは違い、ニッコリと笑いかけている。


「・・・・・・」


無言のカリス。


「こうして俺も上級騎士になり、執務室が与えられました。これもラインハルト様との戦闘経験のお陰です」


「ラインハルト様。私です。覚えていらっしゃいませんか?」


次に話しかけるのはお嬢様といった表現が似合う女性。


「何か事情があるのでしたら、お教え下さい。微力ながらお手伝いさせて頂きます」


「俺達に隠し通す事は不可能ですよ。ラインハルト様」


こうしてそこにいる全ての者がカリスをラインハルトと呼び、挨拶を終えた。


「・・・・・・」


それでも無言のカリス。


話すべきか、話さないべきか葛藤があるのだろう。


だが、彼らも甘くない。


眼を逸らさず、口も開かず、ただただカリスを真摯に見詰め続けた。


「・・・ハァ。流石にお前達には隠しきれないか」


しばらくして、漸くカリスが観念した。


「では?」


「ああ。お前達の想像通りだ」


そう言いながら、仮面を外すカリス。


素顔が現れた瞬間、隊員達は眼を見開く。


その意味は人それぞれだが。


「あぁ。何て凛々しいお顔。ますます凛々しくなられましたわ」


「あれ? ラインハルト様。火傷を負ったって」


「やっぱりそうだったんだな」


「ま、想像通りよね」


「変わらないな。お前達は」


それぞれの反応に苦笑するカリス。


「お帰りなさい。ラインハルト様」


「お待ちしていましたわ」


一礼する隊員達。


カリスはそれを片手で制した。


「別に今の俺はお前達の上司じゃないだろ? むしろ、俺こそ後輩だ」


「ラインハルト様が後輩だなんて、恐れ多い」


「もちろんですわ。ラインハルト様はいつまでも私達の隊長ですもの」


力強く訴える隊員達。


「そういえば、ローゼンはどうしてるんですか?」


「ああ。あいつは姫様の傍にいる。ちょっとした護衛役だ」


「そうそう。どうしてラインハルト様は新しい姫様の近衛騎士を?」


「ミスト姫様の事か?」


「ええ。そうです」


「ミスト姫様とはずっと一緒に暮らしていてな」


「・・・一緒に暮らしていた?」


「ああ。だが、ミストは知っての通り、エルフだ。当然、見つかれば罰せられる。セイレーン以外の国にいたからな」


「今までどこにいたんですか?」


「色々だな。色々」


「・・・ま、いいです。ラインハルト様の行動力なら本当に色々だと思いますので」


呆れ笑顔を見せる男。


「それで、どうしてセイレーンに?」


「滞在していた国に二人の存在がバレかけてな。セイレーン王家を頼りにセイレーンまでやって来たんだ。それがここにいる顛末だな」


「そういう事でしたか。そのずっと一緒に暮らしていたっていうのが近衛騎士の理由ですか?」


「ま、そんな所だ。この国に来て、ミスト姫様がセイレーン王家の血を継いでいると初めて知った。正直、驚いたよ」


「それはそうですよ。今まで一緒に暮らしていた少女が実は王家だなんて。どこかの御伽噺みたいじゃないですか」


「ああ。本当に不思議な話だ」


苦笑いするカリス。


「ラインハルト様」


「ん? 何だ?」


「ラインハルト様はどうしてラインハルトと名乗らないのですか?」


「ラインハルトはもう死んだんだよ」


「どういう事ですか!?」


驚く女性。


「だって、眼の前にラインハルト様は」


「・・・ラインハルトと名乗る事に不都合があると?」


女性の言葉を遮って男が問う。


「ああ。そうだな。直接的には関係ないが、ラインハルトが存命であると知られたら都合が悪くなる」


「何故か・・・は教えてくれませんよね」


「すまないな。だが、以前、お前達には俺が他国出身だと話したろ?」


「あ、はい。聞かされた時は驚きましたが」


「それがヒントだ。お前達なら調べればすぐに分かるだろうから止めはしない。だが、黙っていてくれると助かる」


「了解しました。ラインハルト様」


ビシッと敬礼する隊員達。


それは他言はしないが、確実に調べるという事を示していた。


だから、カリスは苦笑する。


「それと、ラインハルトと呼ぶのはやめてくれ。誰が聞いているか分からないからな」


「分かりましたわ。カリス様」


「カリス様もどうかと思うが、まぁいいさ。しかし、やはり誤魔化しきれなかったか」


「無論です。むしろ、半年も掛けてしまった我が身の情けなさを嘆きます」


「怪しまれようが誤魔化し続けるつもりだったが、流石にお前達相手には無理があったな」


「ちなみに、どれだけの方が知っていらっしゃるんですの?」


「ああ。王家の方々や護衛部隊の方々。その他には極少数で、この部隊ではキルロスさんとリュミナとミルドだな」


「え? リュミナとミルドは知っていたの?」


「まあな。あいつらが知らないと色々都合が悪いという俺とキルロスさんの判断で告げてある。ミルドは匂いでバレたがな」


「それなら、あの娘達は知っていて黙っていたと?」


「許せませんわ。ええ。絶対に許せません」


「おいおい。落ち着け。トリプルアークが複数で行くのは流石に拙いだろう」


ちなみにだが、彼ら四人全てがトリプルアークである。


そして、代表格の男は上級騎士、他の三人も中級騎士という言わば、亜人種保護部隊のトップ集団だ。


実力も功績も並みの隊員とは大きくかけ離れている。


同じトリプルアークであるガストとて彼らからしてみればまだまだ子供と言った所だろう。


将来的にどうなるかは分からないが、現時点では彼らが圧倒的に上である。


「とにかく、私達に話してくださったのは私達を信頼してくれたから。そうですよね?」


「ああ。バレるのも時間の問題だと思っていたしな。それに、お前達なら余計な事を言ったりはしないだろう」


「もちろんですわ。他の方はともかく、この私はカリス様の迷惑になるような事は絶対に致しません」


「おいおい。俺達も同じだっての」


「はい。信頼を裏切るような事は致しません」


「俺もです。騎士の名に誓って」


代表格の男は既に王宮騎士の称号を賜っていた。


彼がリュミナの言う数少ない王宮騎士という事だろう。


そして、騎士の名に誓うというのは騎士が行う最高級の誓い。


破る事は自分だけでなく国や騎士を陥れる事になるという絶対の誓いだ。


破る訳がない。


「何でもおっしゃってください。私達はいつでもカリス様の味方ですわ」


「ああ。頼りにさせてもらう」


力強く頷く隊員達。


「あぁ。何だかやっぱりそうだと思ったら気が抜けました。どうです? 今更ですが、歓迎会でもしましょうか?」


「いいですわね。カリス様。私とお食事に行きませんか?」


「お前だけじゃないっての」


「もちろん、私達四人だけでです。他の奴らを呼んでも迷惑でしょうから」


「そうか。それなら、俺がいなかった今までを話してくれると嬉しいな」


「それは了承と受け取っても?」


「ああ。喜んで」


「やりましたわ。長年の悲願が」


「大袈裟な奴だな」


苦笑するカリスと隊員達。


「では、後ほどお迎えにあがります。何かご予定はありますか?」


「今から城に行くが、それを終えたら後は特にないな」


「分かりました。では、ご自宅の方に使いを出します。夕刻からとなりますが、よろしいですか?」


「ああ。今はお前達の方が忙しいだろうからな。お前達の方で合わせてくれ。わざわざすまんな」


「いえ。私達もお話を聞きたいので」


ニコリと笑う男にカリスも笑顔で返した。


「それじゃあな。楽しみにしている」


そう言って去っていくカリス。


「やっぱりラインハルト様だったな」


「ああ。しかも更に強くなっている。剣であろうとラインハルト様の無敵振りは変わらない」


「あぁ。益々凛々しく、男らしくなりましたわ。やはり、あの方こそ我が血統を受け継ぐに相応しい」


「貴方の家ってそんな凄い血統じゃないわよね?」


「ええ。しがない伯爵家ですわ。ですが、ラインハルト様の血が加われば侯爵家や公爵家すら凌駕します」


「・・・それってラインハルト様ありきじゃない。別に貴方の家の血を受け継ぐって訳じゃ・・・」


「いいですの。とにかく、ラインハルト様は私が頂きます」


「ま、まぁ、貴方の頑張り次第じゃない?」


「ええ。もちろんですわ。全身全霊でラインハルト様に挑みます」


「言葉を聞くだけじゃ意味がわからないな。ま、頑張れよ」


こうして、カリスは半年後という今更な歓迎会に招かれた。


まぁ、カリスを含め、彼らにとって有意義な時間であった事に間違いはないだろうが。




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