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第三十話 繋がる点と点




「・・・・・・」


「・・・・・・」


「・・・・・・」


無言だった。


ただ無言で彼らは通路を進んでいた。


時折、襲ってくる賊徒は瞬く間に殲滅。


それなりにだが、連携が取れていた。


しかし、戦闘が終われば再び無言。


イレイスやガストにとって重く長い時間であっただろう。


「おい」


「・・・何だ?」


「俺はどうすれば良い。どうすれば、あいつは俺を認める?」


いきなりの問いかけに驚くガスト。


だが、すぐに質問の意図を察し、答えてみせた。


「戦場で大事な事は互いが互いを援護する事。しかし、即席でそれをこなす事は不可能に近い。連携は時間を掛けて磨くものだからな」


「連携を磨けば良いと?」


「それもあるだろう。だが、連携を磨くという事は自分本位の考えでは不可能だ。常に周囲を見渡し、状況を把握しておかなければならない」


「俺が一番苦手な事だな」


「そうだろうな。俺もそうだが、お前は単独行動としての戦闘意識しかしていない。それでは駄目だ。集団戦闘では己よりも他者を気にしなければならない」


「他者を・・・。だが、気にし過ぎで手柄を獲られたら」


「功を焦ってはいけない。たとえ最後に倒したのが自分以外の者であろうと堂々としていろ。正しい上司は正しく評価する」


「・・・・・・」


ありえないといった顔をするイレイス。


「功ばかりに捉われていたら何か大切なものを見落とす。いつだって冷静に。それが戦場に立つ者に大切な事だ」


「冷静に・・・」


前を歩くカリス。


当然、二人の会話は聞こえている。


カリスは満足そうに笑っていた。


「キルロスさん。これで良かったんですよね?」


カリスが呟く。


キルロスがカリスに最上級任務を命令した理由はこれだとカリスは考えていた。


問題児のイレイスを諭し、イレイスとガストとの間にある敵愾心を失くす、もしくは、互いに負けないという向上心に変える。


その為だけに最上級任務とはいえない程に難易度の低い任務を最上級と偽り、自分達に命令した。


全てをカリスに任せ。


「・・・まったく。俺に任せず、自分で諭してくださいよ。何を考えているんですか? キルロスさん」


苦笑するカリス。


当然、この状況を保つ為に後ろを振り返る事はしない。


その為、既にいつものカリスに戻っている事を二人は気付いていなかった。


「・・・静かに」


先を歩くカリスが止まる。


そうなれば、自ずと二人も足を止める。


「どうした?」


「敵がいる」


「・・・何故分かる?」


「気配がする」


「気配ってお前・・・」


眉を顰めるイレイス。


だが、カリスの顔は真剣だった。


「どこにだ?」


ガストは真実だと確信し、問いかけた。


「あの角。あそこで待ち伏せしている」


「ありえないな。あんな遠くの事が何故分かるといんだ?」


カリスが指を差す角とは今、自分達が歩いている廊下の一番奥。


何十歩も歩いて到達できるような場所だ。


「他にはどうだ?」


「そこの部屋。そこにも隠れているな」


「さっきからお前は・・・」


「なら、騙されたと思ってあの部屋を攻撃してみろ」


「ふん。良いだろう」


イレイスが剣を取り出し、前方へと構えた。


「ファイヤーボール」


木製の扉を焼き切り、部屋の中へと飛んでいく火の球。


「ギャアァァ!」


「え?」


そして、聞こえる叫び声。


イレイスは急いで部屋の中を覗きこんだ。


そこには・・・。


「いやがった」


武装して待ち構える賊徒が数名いた。


全て身を焼かれ、もだえている。


イレイスはそれら全てを始末して、部屋を出た。


「いただろう?」


「・・・ああ」


「ガスト。お前も騙されたと思って、あの角を攻撃してみてくれないか?」


「ふん。騙されたなど思わん。信用してやる」


「そうか。それは光栄だな」


「フン。ウィンドニードル」


完全に制御された風の刃。


それがガストの指示通りに廊下を進み、角に差し掛かった時、方向を転換した。


そして・・・。


「グハァ!」


待ち伏せしていた敵へと突き刺さった。


「叫び声が聞こえた。どうやら本当にいたようだな」


「ほぉ。疑っていたと?」


「フン。どうだろうな」


眼を逸らすガスト。


そんなガストを見て、カリスは苦笑した。


「お前。もう・・・」


イレイスがそんなカリスの態度を見て呟く。


「さて、先を急ごうか。この程度の任務に時間を取られたくない」


「お前、さっきと言ってる事が・・・」


「油断はしていない。ただ余裕があるだけだ」


「どう違うってんだ?」


「ハハハ。いずれ分かるさ」


笑うカリス。


二人はそんなカリスに困惑していた。


「どういう事だ?」


「知らん」


「置いていくぞ」


「あ、待てよ」


「フン」


慌てて追うイレイスとマイペースに進むガスト。


両者の性格を表す瞬間であった。










「漸く辿り着いたか」


砦の中で最も奥にあり、最も広い部屋。


その入り口の前にカリス達は立っていた。


「ここに頭領がいると?」


「恐らくな」


頷くカリス。


「さて、行こうか」


「ああ」


「いいぞ」


扉を開けるカリス。


「良く来たな」


そして、眼の前には頭領と思わしき男と多くの賊徒がいた。


「お前がここの頭領。間違いないな?」


「ああ。その通りだ。ここに来るまで俺の部下がお世話になったな」


「なに、気にする事はない。軽く捻ってやった」


「クックック。面白い野郎だ」


笑う頭領。


「おい。アークルイン」


「ああ。奥に亜人がいるな。救出する必要がある」


賊徒の後ろにある檻。


その中に亜人の姿があった。


「おい。イレイス」


「何だ?」


「頭領は任せた。俺とガストで亜人を救出する」


「何? 俺がか?」


「ああ。油断さえしなければ負ける相手ではない。今まで情けない姿しか見ていないからな。そろそろ良い所を見せてくれ」


「良いだろう。やってやる」


一歩、前に出るイレイス。


「ほぉ。俺の相手はお前がしてくれる訳だな」


「ああ。やってやる」


腰の剣を抜き、構えるイレイス。


「そうか。おい。てめぇら」


「へい。頭」


「お前達は残りの二人を相手してやれ。嬲り殺しだ」


「へっへっへ。了解しやした。頭」


続々と現れる賊徒。


その数は今までで最も多い。


「ガスト。こういう時がお前の役目だろう?」


「都合が良いな。だが、その通りだ」


「詠唱中は俺が足止めする。その後は、任せていいな」


「無論」


頷きあうカリスとガスト。


「ほらよっと」


適当な声と共に襲い掛かってくる賊徒。


他の賊徒はそんな男とカリスをニヤニヤ笑いながら眺めていた。


自分達こそが優位だと疑わず・・・。


「舐められたものだな」


だが、その認識は甘い。


「え?」


シュパッと身体を真っ二つに断ち切るカリス。


「本気で来い。死ぬぞ」


自分達を囲む賊徒を睨みつけるカリス。


賊徒は怯んだ。


「何だ? 先程までの威勢はどうした?」


「て、てめぇ」


「数だけの輩が調子に乗るな!」


カリスの一喝。


響き渡る大声は賊徒の戦意を奪う。


「へ、へッ。中々やるじゃねぇか」


そんな中、一人の男が飛び出てくる。


「今度は俺があい・・・」


「邪魔だ」


「え?」


カリスはスパッと男を切り裂いた。


「戦場に立ったのなら微塵の隙も見せるな」


へらへらと笑いながら向かってきた男が癪に触る。


言葉終わる事なく切り裂かれた仲間を見て、更に腰が引ける賊徒。


「来ないのか? ならば、俺から行こう」


ダッと駆けるカリス。


「ハァ!」


すれ違い様に全てを断ち切る。


「か、囲め。囲んじまえば怖くない」


飛び込んだカリスを見て、賊徒の一人が叫ぶ。


「お、おお。おお! 殺せ! 殺せぇ!」


恐怖が度を超えたのか、誰もが正気を失い、死を恐れず群がってくる。


それは意地か、諦めか。


中心にいるカリスに対し、賊徒は仲間を斬ってしまうかもしれないという事を一切考慮に入れず、とにかく武器を振り下げた。


「ガスト。準備は?」


「いつでも構わない」


だが、既にそこにはカリスの姿はない。


いつの間にか、後方にいるガストの隣にいた。


「ふん。囮になって引き付けるとは良いお膳立てだな。楽でいい」


「なら、さっさとしてくれ」


「分かっている。アイシクルストーム」


行使するは氷の刃が舞う嵐。


一度行使すれば、風が敵を包み込み、舞う氷の刃がその身体に突き刺さる。


氷結系統と疾風系統の混合魔術だ。


「グ、グワァァァ!」


「た、助けてくれ」


愚かにも一箇所に群がっていた賊徒。


迫る嵐に成す術なく捉えられ、鋭い刃を持つ氷に体中を痛め付けられた。


「舞うは氷。纏うは風。貴様達が逃れる術は皆無だ」


言葉通り、嵐が止む頃には全ての賊徒が全身に氷を貫かれ、絶命していた。


「・・・やはり魔術とは凄いな」


「ふん。魔術が凄いのではない」


「ん?」


「俺が凄いのだ」


「フッ。そうか。そういう事にしておこう」


苦笑するカリス。


「頭領はイレイスに任せる。俺達は亜人の解放を」


カリスが囚われた亜人を解放すべく、檻へと近付いていく。


「・・・さっさと倒しやがれ。貧乏貴族」


ガストはイレイスを一瞥し、カリス同様、檻へと向かっていった。










~SIDE イレイス~


「ハァ!」


「オラァ!」


クソッ。


何て馬鹿力だ。


エンチャントで炎を纏っているというのに、敵はまるで動揺せずに向かってきやがる。


「おいおい。今の兵士ってのはこんなもんなのか? 聞いて呆れるな」


「何!?」


馬鹿にしやがって!


密漁団の頭領如きが調子に乗るな!


『いつでも冷静に。それが戦場の習いだ』。


・・・ハッ!


・・・ふぅ、落ち着け。


冷静に、冷静にだ。


「ウィンドエンチャント」


力で敵わないのなら、速さと切れ味で勝負だ。


「ほぉ。また何かしたみたいだな。ま、結果は変わらないが」


「やってみなければ分からないだろ?」


「変わらんさ」


「やってやるさ。ハァ!」


勢い良く飛び込み横に振る。


ガキンッ。


頭領が俺の剣を受け止めた。


「何だ? 何だ? さっきより軽いじゃないか。そんな俺が倒せると?」


ふん。


軽くていいんだよ。


「ハッ!」


距離を取り、次は上から薙ぎ払う。


ガキンッ。


受け止められようと攻め続けてやる。


「ハァ!」


下からの切り上げ。


横への薙ぎ払い。


上からの振り下ろし。


風で刃を纏い、速度も範囲も増えた剣だ。


致命傷は与えられなくとも向こうの体力は削り、身体のあちこちに傷を作る事は出来る。


「上等じゃねぇか。オラァ!」


だが、向こうもそうは甘くないらしい。


怪我をしていても気にせず、斧を薙ぎ払ってきやがった。


ガキンッ。


「クソッ!」


何て重い攻撃だ。


「小賢しいな」


「何!?」


「男ならちまちまやらずに必殺の一撃で仕留めろや。向こうの野郎はそうだろうが」


向こうの野郎?


あいつらか?


俺はあいつらの方を見た。


そこには一振りで幾多の敵を切り裂くアークラインの姿があった。


・・・あれが俺とあいつとの違いか。


「お前。馬鹿だろ」


「え?」


「どこに戦闘中に眼を離す奴がいる」


「グハァ!」


しまった!


クソッ。


背中が焼けるように痛い。


「甘い。甘い。戦場で油断して隙を見せるような奴に負ける程、俺は落ちぶれちゃいない」


油断?


隙?


この俺がか。


・・・そうか。


戦場を軽く考え、敵の言葉一つに惑わされる。


それが俺の弱さ、甘さだったんだな。


あいつらが言っているのはこういう事か。


「・・・・・・」


歯を食い縛って背中の痛みに耐える。


正直、立つのも辛いが、ここで屈したら俺はもう終わりだ。


その程度の覚悟で夢を叶えられる訳がない。


「あの傷でまだ立つか。その根性だけは認めてやろう」


「言ってろ」


だが、正直、今の状態で勝てる自信はない。


ただでさえ、実力は拮抗してやがるのに、負ってはいけない傷を負っちまった。


どうする?


この状況を打開するにはどうすればいい?


「アイシクルストーム」


ん?


「グハァ!」


「た、助けてくれ」


これは・・・ゲイルラインの野郎か。


「な、何だ? あれは」


呆然とする頭領。


俺とてそうだ。


たった、たった一回の魔術で全ての敵を屠っちまった。


・・・これがトリプルアーク。


部隊の最高クラスの力か。


「クソッ。金蔓が」


金蔓?


そうか。


奴隷として亜人を運んでいたんだったな。


「待てや。金蔓を奪われて堪るか」


頭領が慌てて、アークラインの方へ走っていった。


だが、それを許してやる訳にはいかない。


「お前の相手は俺だろ?」


「邪魔をするな。ガキが!」


なッ!?


「死ね! 死ね!」


怒りに任せて斧を振りましてやがる。


ただでさえ馬鹿力だったのに、最早手に負えない程に凶暴だ。


猛獣かよ。


「クソッ」


どうする?


どうすればこいつを倒せる?


「あいつ程の魔術があれば。俺とて混合魔術が使えれば・・・」


ん?


混合魔術?


・・・そうか!


二つの系統を剣に纏わせてやればいいんだ。


エンチャントに混合魔術が使えないとは限らない。


やってみる価値はある。


だが、俺に二つ同時に魔術を制御する事が出来るか?


ええぇい!


やってみせれば良いんだろうが!


「ファイヤーエンチャント」


敵の斧を受け止めつつ、俺は詠唱を続ける。


まずは炎。


そして・・・。


「サンダーエンチャント」


グッ。


身体に激痛が走りやがった。


だが、纏わせる事には成功した。


これを合わせて・・・。


「オラァ!」


クソッ。


集中する暇がない。


・・・落ち着け。


冷静に。


冷静にだ。


「フゥ・・・フゥ・・・」


眼を閉じる。


火炎と雷撃を合わせるエンチャント。


二重の効果で剣は恐ろしい程の攻撃力を持っている筈。


後はその剣先を敵にぶつけるだけ。


「オラァ!」


切りかかってくる頭領。


太刀筋を冷静に見極めろ。


横に薙ぎ払われる斧。


俺はそれを一歩後ろに下がるだけで避ける。


そして、振り払って体勢が崩れた瞬間。


その隙を突く!


「ハァ!」


「グハァ!」


火炎と雷撃に包まれる頭領。


そして、その二重の魔術が頭領の命を絶えさせた。


「ハァ・・・ハァ・・・勝った・・・ハハハ・・・どうだ? ざまあみろ」


クソッ。


身体に力が入らねぇ。


「良くやったな。初めての混合にしては立派なもんだ。後は任せろ」


「ま、貴様にしては頑張ったんじゃないか?」


眼を閉じる俺。


最後に俺の視界に映ったのは光り輝くアークラインの手だった。


~SIDE OUT~










~SIDE ガスト~


「任務完了・・・か?」


「ああ。そうだな。亜人の救出も完了した」


囚われた亜人達は全て解放し、部屋の外に出させてある。


血だらけの部屋にはいさせられないからな。


「奴隷として売られる前に救出できて良かった。心の傷は浅い方が良い」


「ふん。亜人も亜人だ。こんな雑魚共に何故連れ去られる」


「彼らとて全員が全員強い訳ではない。それに、彼らは家族や部族の仲間を何よりも大切にすると言う。人質にでもされたら抵抗できないのだろう」


「ふん。それを含めて弱いと言っているんだ」


奴隷として連れて行かれるのが哀れだと?


違うな。


それが嫌なら抵抗できるだけの力を身に付ければ良い。


今、世の中がどれだけ荒れているかさえ把握できていれば分かる筈だ。


生き抜く為に力が必要だとな。


それを怠るは唯の甘えでしかない。


「お前の気持ちは分からなくもないが、それもお前の立場だから言える事だ」


「俺の立場だと?」


「俺達には俺達の立場。彼らには彼らの立場がある」


「立場なんて関係ないだろう。生き抜く為には強さが必要だ」


「ふむ。それも一理ある。だが、世の中、そう簡単ではない」


「何?」


誰だろうと強くなろうと思えば強くなれる。


それが違うと?


「たとえば俺達貴族が税を摂取する平民。彼らは戦う術を学ぶより一日一日を生き抜く術を学ばなければならない。それこそ、無我夢中でな」


「それでは、俺達貴族が悪いとでも?」


「そうとも言わん。俺達もそれがなければ生きていけないからな。だが、税として摂取している身だ。平民を護るのが俺達の義務ではないか?」


「ふん。平民は平民。貴族は貴族だ。平民の事を高貴な貴族が考える必要はない」


「・・・ま、一度、農作業をしている農民を見てみろ。その考えを改めるだろうからな」


「ありえんな」


平民は貴族の為にいる。


その為だけの存在だ。


「とにかくだ。俺達は戦う術を学べる環境に身を置いている。だからこそ、弱い者の気持ちが分からない。強くなりたいと思ってもそうなれない者も世の中には多くいる」


「・・・そういうものか?」


「そういうものだ。そして、それは亜人とてそう。お前の考えるような誰しもが強い世界などありえん」


「・・・・・・」


納得はできんが、考えておいてやろう。


強くあろうとしても強くあれない者・・・か。


「そして、その為に俺達がいる。弱者と言っている訳ではないが、護れるだけの力があるなら、俺達は率先して護るべきだ。それが貴族の役目だと俺は思う」


「お前の言う事はまったく分からん。俺には理解できない事ばかりだ」


「それも構わない。いずれ、お前にも分かる時が来ると信じている」


「ふん」


何を望んでいるんだか・・・。


まぁ、良い。


「何時までもこんな所にいる必要はない。引き上げるぞ」


「ああ。イレイスを頼めるか。俺は亜人達の傷を治癒してから行く」


「仕方あるまい」


俺は倒れ込んでいるクラインを背負う。


「先に行っているぞ」


そして、部屋から出て行った。


ふん。


世話をかけるな。


足手纏い野郎が。


~SIDE OUT~










「そうですか。ご苦労様です」


任務を終え、亜人達と共に亜人種保護部隊の本部に戻ってきたカリス達。


そんなカリス達をキルロスが向かえた。


亜人達は他の隊員に先導され、別室で休んでいる。


「討伐が目的でしたが、嬉しい誤算がありましたね。お陰様で亜人を保護する事が出来ました」


「はい。不幸中の幸いで彼らが奴隷として働かされる前に保護できました。どうにか心の傷は最小限に収められたと思います」


「そうですね」


カリスの言葉に頷くキルロス。


「分かりました。三人とも。ご苦労様でした。下がって良いですよ」


「はい。では」


「あ、カリス君」


退室しようとするカリス達。


そんな時、キルロスがカリスだけを呼び止める。


「君は残ってください」


「分かりました。先に帰っていてくれ。お疲れ様だったな。二人とも」


「フン。じゃあな」


「・・・・・・」


立ち去るガストとイレイス。


「それで? キルロスさん。何ですか?」


執務室に残されたのはカリスとキルロス。


二人がいる前ならまだしも、今は旧知の仲である二人だけだ。


カリスは仮面を外して、キルロスを見た。


「ええ。少し気になる事を聞きまして。相談しようと思ったんです」


「気になる事?」


「はい。保護した亜人の方々から聞いた話なんですが・・・」


真剣な表情になるキルロス。


カリスもまた重要な話なんだと真剣な表情になった。


「彼らは革新軍の拠点を建てる為に連れ去られたらしいのです」


「・・・革新軍。聖巫女様より聞かされた奴ですね」


「はい。政教分離というセイレーンの在り方を根本から否定する主張を掲げる組織。私も詳しくは知りませんが、かなりの規模であると考えています」


「政教分離。詳しく言えばどうしようというのですか?」


「恐らくですが、彼らは他国に憧れているのでしょう」


「他国に?」


眉を顰めるカリス。


「セイレーン以外の国。たとえばカリス君のいたアゼルナートやカーマインでは貴族こそが最大の権力を握っています。巫女や神官といった者もいますが、権力はないでしょう?」


「そうですね。殆どが治癒役として王宮の奥にいるか、街の神殿にいるかです」


「それがセイレーン貴族には羨ましいのだと思います。セイレーンでは貴族よりも巫女や神官に重みを置きますから」


「貴族が他国を羨み、自分達もそうでありたいと思う。・・・では、キルロスさんは革新軍の首謀者は貴族であると言うのですか?」


「ええ。十中八九そうでしょう。むしろ、革新軍に所属する殆どの者が貴族であると私は思っています」


キルロスの言葉に眼を見開くカリス。


だが、次第にキルロスの言葉が真実ではないかと思え始めてきた。


「では、政教分離とは“宗教ともいえるファレストロード教と政治を分けるべきだ”と。そういう考えだという事ですね」


「はい。他国のように、巫女や神官ではなく貴族こそが権力を持つべきだと訴えている訳です」


宗教であるファレストロード教を信仰するあまりに巫女と神官が権力を持つ。


宗教は宗教、政治は政治で分けるべきだ。


そう革新軍は訴えているとキルロスは語る。


「保護した亜人から他に情報は得れましたか?」


「いえ。彼らも密漁団の会話を盗み聞きしていただけらしいので。大事な事は他に何も。場所さえ分かれば一網打尽に出来るのですが」


「・・・そうですか」


カリスは考える。


祖国ともいえるアゼルナートでは現実に宗教と政治を分かち、権力が偏ったり、政治の頂点に宗教関連の者が就く事はなかった。


無論、ファレストロード教は誰もが信仰しているが、それと政治は別であるという体勢は崩さなかったという訳である。


政府は政府できちんと宗教に対し敬意を払っており、それでいて宗教だけが利益を得るような政策は断固として執らなかった。


ここだけ見れば、政教分離という考えが間違っているとも言えない。


国として、政教分離は正しいのか、間違っているのか?


政治に才のないカリスには分からなかった。


だが、革新軍が戦争を仕掛けてくるというのなら話は別である。


「拠点という事はいずれ戦争を仕掛けると?」


「そうかもしれませんし、そうではないかもしれません。彼らは中々尻尾を見せないので」


「誰が携わっているかも分からないのですが?」


「疑わしい人物はいますが、確証がありません。怪しいというだけで対処できませんよ。強引にしてしまえば余計に革新軍へと参加する者が増えるでしょうし」


「セイレーン貴族の殆どが国のあり方に不満を抱えているというのであれば、あまり強引な事は出来ませんね」


「そういう事です。王家の求心力が下がり、革新軍の求心力が上がる事になる。それでは、国として成り立つかさえ不安になります」


王家への不満がそのまま革新軍の勢力増加に繋がりかねない。


慎重な対応が必要だった。


「・・・とりあえず、報告したかった事はこれだけです。カリス君。ご苦労様でした。下がっていいですよ」


「はい。でも、その前に一つだけ?」


「ええ。何でしょうか?」


カリスが仮面を被りながら問う。


これはカリスが素の自分ではなく、偽りの姿であるカリス・アークルインになる事を示している。


「何故、あれを最上級任務としたのですか?」


「ふむ。意味が分からないのですが?」


「誤魔化さないで下さい。あれは上級任務でも下位に入る程の容易い任務。それを共同で行わせた意味が分かりかねます」


「あの規模の敵を相手に下位ですか?」


「ええ。数だけの輩を最上級とする程、ここの調査部は甘くない筈です。意図的にそうしたとしか思えません」


「・・・流石にカリス君だけは誤魔化せませんか」


「当然です。それで、その意図は何なのですか?」


真剣な表情で問いかけるカリス。


キルロスはニコッと笑って答えた。


「カリス君達が入隊してからの半年間。君達同期組は期待以上の成果を出してくれました。そろそろステップアップする時期だと思ったのです」


「あの二人をけしかける事でですか?」


「ええ。既に私の意図を理解しているではないですか。そうです。彼ら二人がいがみ合うのではなく、高めあうようになれば、自ずと同期組も強くなるのですよ」


「彼ら二人が同期組に何かしらの影響を与えると?」


「その通りです。そして、その中心にいるのはカリス君。君なんですよ」


「俺が中心?」


「はい。キャル君とロザニィ君の師匠であり、ガスト君とイレイス君が唯一上位と認める存在であり、コウキ君が目標としています」


「・・・そのような立ち位置にいるとは思ってもいませんでした」


「ウフフ。そうですか。ですが、私の見立てでは確実に貴方が中心なんですよ。だから、今回の件も上手く運べた」


「勘弁してください。あの二人の仲裁に入るのは苦労するんです。お互いに意地っ張りですから」


「カリス君のお陰ですね」


「キルロスさんが説得すればよかったのでは?」


「いえ。私では無理でしたよ。カリス君のお陰です」


「・・・ハァ・・・。まぁ、もう終わった事ですから、いいですが」


「ハハハ。では、それで勘弁してください」


「分かりました。では、失礼します」


退室していくカリス。


「ええ。貴方が彼らを纏めてくれれば、我々としても・・・」


それを見送るキルロス。


そっと何かを呟いた。










「本当にありがとうございました」


「いえ。お礼を言われるような事はしていませんよ」


キルロスの執務室を出て、カリスは保護した亜人達が待つ部屋へと向かった。


カリスが入るなり、頭を下げてくる亜人達。


「むしろ、私達が謝らなければならない。私達の愚かな行いでどれだけ貴方達を傷つけたか・・・」


頭を上げるように促したカリスだったが、すぐに自らが頭を下げた。


自分達は当然の事をしたまでです。


貴方達を巻き込んだのはそもそも私達人間の愚行。


申し訳ありませんでした。


そんな思いを乗せて、頭を下げた。


「いえ。正直な話を言えば、人間の事を憎んでいない訳ではありません。ですが、貴方達が助けてくれた事も事実。貴方が謝る必要はないのですよ」


「しかし・・・」


「我々こそ感謝しています。連れ去られ奴隷となるしかない私達を助けて下さったのですから」


ニコリと笑う亜人。


後ろにいる亜人達も笑顔で頭を下げていた。


「・・・・・・」


カリスは無言だ。


それは、罪悪感。


彼らを連れ去ろうとしたのは自分と同じ人間。


どうして憎まないのだろうか?


カリスは背負う必要のない罪を己に課していた。


「何かお返しできれば良いのですが、生憎私達は何も持っておりません」


「お礼なんて。勝手な考えですが、貴方達がこれから穏やかに暮らしてくれればそれだけで満足です。私達はその為にいるのですから」


「・・・ありがとうございます。兵士さん」


再度、頭を下げる亜人達。


「それでは、私達は私達を受け入れてくれた里の方へと向かいたいと思います。また会えるかは分かりませんが、その時を楽しみに待っています」


「ええ。私もです」


では、と一礼して去っていく亜人達。


カリスもまた頭を下げて見送った。


「あ。兵士さん」


途中、一人の亜人がカリスを呼ぶ。


「はい。何でしょうか?」


「先程思い出して言っておいた方が良いかと思いまして。密漁団の連中が話していたのを聞いただけなので確証はないのですが・・・」


「密漁団が? 是非お聞かせ下さい」


「あ、はい。何でも以前大量に亜人を奴隷としていた貴族がいたらしいのですが、ある事件がきっかけで多くの亜人に逃げられたそうです」


「事件・・・。逃げられた・・・。詳しく分かりますか?」


「すいません。詳しくはちょっと」


「あ、いえ。大丈夫です。他に何か聞きましたか?」


「確か、今はその逃げ出した亜人を連れ戻す事と新たに多くの亜人を集めてくるよう依頼されていたとか。革新軍の為に何とかって」


「・・・そうですか。貴重な情報をありがとうございました」


「お役に立てたようで良かったです」


ニコッと笑って去っていく亜人。


「・・・もしや、バニングとイリアの件は革新軍の件と繋がっている? ・・・そういう事なのか?」


革新軍と奴隷商人の関係。


バニング、イリアの語る事件と革新軍の関係。


謎が謎を呼び、疑問は深まるばかりだ。


革新軍の忍び寄る影が不安と警戒を生む。


追い求める真実が明かされる時、カリスは何を思い、何を行うのか。


・・・革新軍と王家とが争い日は近い。




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