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第二十八話 旧友と語る




「ただいま戻りました」


「お疲れ様じゃったな。カリス」


「カリス様ぁ~。おかえりなさい」


亜人種保護部隊に入隊し、カリスは休む事なく働いた。


ロザニィ、キャルとの共同任務、コウキとの共同任務。


その間に一度は帰宅しているものの、カリスが屋敷にいる時間は外にいた時間より何倍も少ない。


当然、懐かしいというか久しぶりな訳である。


使用人の一人に乗っていた馬を預け、カリスはランパルド達と対面した。


「亜人種保護部隊の任務を二つこなした訳じゃが。どうじゃった?」


「始まったばかりですから。簡単な任務しかやっていませんよ」


「そうか。そうか。ま、妥当じゃな。しかし、これから厳しくしていくんじゃろ?」


「ええ。己を鍛えるという意味もありますから。上級任務をこなしていくつもりです」


「カリスの事だから心配はいらんと思うが、無理だけはするなよ。姫様達はもちろん、お前が怪我をして悲しむ奴はたくさんいるんだぞ」


「はい。心得ました」


「そうですよ。カリス様のお腹に穴が開いたなんて聞いた時はもう・・・」


「・・・何故、知っているんだ?」


『隠していた筈なのに』と驚くカリス。


「キルロス様から聞きました。カリス様は聖術が使えるからすぐに治してしまうかもしれませんが、死ぬ事だってあるんです。無茶はやめて下さい」


何時になく真剣な表情のニコラにカリスは苦笑して頷く。


「分かっている。無茶はしない」


「嘘ばっかりです。御姉様から聞いています。カリス様は無茶ばかりだと」


「ローゼンにもそう思われているのか・・・」


主従関係として長い間、共に旅をした二人。


互いの事を誰よりも知っている自信があった。


そんなローゼンが無茶ばかりと宣告したのだ。


カリスはそれが真実なのだと認めるしかなかった。


「ま、その辺で勘弁してやってくれ。ニコラ。カリスとて自ら怪我を負っている訳じゃないんじゃ」


「そ、それは、分かってますけど・・・」


「カリスや。ニコラも心配して言っているんじゃから、お前も気をつけるようにしなさい」


「はい。分かりました」


頷くカリス。


「ふむ。ルルにでも会ってやってくれ。ずっとカリスの帰りを待っとったんじゃぞ」


「分かりました。父上は?」


「ワシは屋敷内でのんびりしているよ。しばらくしたら、城へ行くつもりじゃから、カリスは供を頼む」


「はい。では、お待ち下さい。俺はルルに会ってきます」


「じゃあ、私がご案内します。ルルちゃん。やっと私に懐いてくれたんです」


「ほぉ。そうか。良かったじゃないか」


ランパルドに一礼した後、ニコラの案内でルルの下へ向かったカリス。


ニコラはルルの飼育を担当しており、悪戦苦闘しながらも漸く一端の世話が出来るようになった。


今までは振り回されまくっていたらしい。


「ルル」


屋敷の裏庭に放置されていたルル。


竜は生物の中でも上位に入る賢い生物で、言語は話せないものの、その知恵は人間に匹敵、もしくは超えると言われている。


それが証拠に言語をきちんと理解し、主の指示通りに動いてくれる。


その賢さ故、裏庭で放置されていようと屋敷に被害を与えたり、勝手に飛んでいったりする事はないのだ。


ルルはアークラインの屋敷をカリスの帰るべき家と認識しており、自分にとっても帰るべき家だと認識している。


今の環境にも慣れ、ルルにとって、ここは居心地が良い場所となっているのだ。


いつの間にか、ルルの方がカリスより先に順応していた。


「クク~ン」


不意に現れたカリスの姿。


それを確認した瞬間、ルルは勢い良くカリスのもとへと向かう。


その動きはとても竜とは思えない軽快なものだった。


「良い子にしてたか?」


カリスにかかれば自身より何倍も大きい竜であるルルでさえも子供扱い。


そして、ルルもそれを甘受している。


近寄って顔を近づけるルル。


カリスはその顔を優しく撫でた。


それだけで、ルルは満足そうに鳴く。


「心なし、大きくなったか?」


「ルルちゃんは今、何歳なんですか?」


「ふむ。詳しくは聞いていないが、竜としてはまだまだ幼いらしいな」


通常、竜という生物はどの生物よりも長生きである。


千年すらも超えるというのだから不思議だ。


もちろん、全ての種族が千年を超える訳ではない。


竜にも様々な種類があるのだ。


なお、竜は体長、もしくは、年齢で竜と龍に区分される。


基本的に年齢が人間に分かる事はないので、大抵は体長である。


最高でも人間の何倍という値で示す事が出来るのが竜。


人間とは全く比べられず、大きな屋敷や小さな山程あるのが龍。


これといった明確な定義はないが、大まかな大きさで竜と龍に分けられる。


ちなみに、龍を人間が眼にする事は稀にしかない。


龍程の大きさになるとどこかの山に住み着き、下界に姿を現す事がなくなるからである。


山の主と謳われるものの殆どが彼ら龍である。


龍に挑もうという人間は中々いないものだ。


そして、神龍山が恐れられる最もな理由が龍の巣がある事だ言われている。


“竜”ではなく、“龍”である。


山の主レベルの龍が何匹も同時に生息しているのだ。


恐れられて当然であろう。


さて、竜の種類だが、大まかな種族は魔術の系統に類似している。


火炎を吐き、尻尾に火炎を纏わせている火竜。


雷気を吐き、尻尾に雷気を纏わせている雷竜。


氷気を吐き、尻尾に氷気を纏わせている氷竜。


疾風を吐き、尻尾のみではなく、全身に風を纏わせている風竜。


それらが更に区分され、龍になる種族と竜のままで終わる種族とに分かれる。


龍になる種族を天竜、竜のままで終わる種族を騎竜とそれぞれ呼ぶ。


基本的にドラグーンが駆る竜は騎竜である。


それは名からも分かるだろう。


何とも自分勝手な命名である。


・・・さて、その騎竜だが、成長し終わった際の大きさはある程度決まっている。


たとえ限界まで成長しようとも、龍になれず、天竜の幼年期より小さな身体となってしまうのである。


その為、ドラグーンが駆る竜は遥かに大きい竜というものが存在しない事になる。


たとえ巨体と言われても、それは所詮竜の範囲内という訳だ。


ミハイル将軍を始めとしたドラグーンがルルを見て驚くのはそれが理由である。


龍とまではいかないが、竜としての大きさを超えてしまっている。


一般のドラグーンの常識としては、天竜は人間に靡かず、独立している生き物であるらしい。


その為、ルルが“天竜”だとは誰も思わないのだろう。


結果として、突然変種でとてつもなく巨大な騎竜が産まれたのだなと驚く事になるのだ。


ちなみに、天竜を相棒としているドラグーンは一般的に二人しかいない。


それが大陸最高のドラグーンと評されるカーマインの将軍クリストファーと騎帝カーマインの血を受け継ぐ王家当主である。


彼らが至高のドラグーンと評されるのは決して靡かない天竜を靡かせているからだとも言われている。


なお、天竜と言っても、龍レベルにまで成長したものではない。


そこまで大きくなってしまったら、ドラグーンとして乗る事に無理がある。


乗った状態で武器を振り回す意味もなくなるだろうし、単体で戦わせた方が遥かに効率が良い。


龍レベルにまでなって、かつ、その状態でも従者として留まってくれるのであれば、どこか要所の守護任務に就かせた方が良い結果を得られるだろう。


実際、カーマインでは国の要所とされる四つの砦にそれぞれ龍を配置している。


騎帝が創りあげた国であり、ドラグーン発祥の地でもあるカーマインですら四匹程しか龍がいないのだ。


他の国に龍がいないのも頷ける。


また、天竜と言えど、龍になるまでは果てしなく長い年月が必要になる。


その目安が五百年や千年など種族によって違うが、人間が一生を過ごす間には到底、到達しない。


だから、天竜の殆どが主の死亡と共に野に下ってしまい山に篭もるのだという。


カーマインの四匹の守護龍は初代カーマインが引き連れた四匹と言われ、カーマインを守護する事が彼らの生き甲斐ならしい。


その為、たとえ龍になろうともカーマインから離れない訳だ。


では、次に大まかな四つの種族、火竜、氷竜、雷竜、風竜以外の種族について説明しよう。


大陸内でいくつかの種族が確認されている。


一つ目は地竜。


全ての竜の中で唯一翼がない種族であり、土の上が彼らの生活圏内となる。


彼らの特技は土を掘る事。


だが、穴掘りと侮るなかれ。


彼らにかかれば数刻で主都を滅ぼす事が出来る。


どれだけ頑強な砦であろうと、土に潜って地盤を緩めてしまえば良いのだ。


それだけで砦や街自体の重さで地盤が崩れ、滅びる事になる。


竜特有のブレスを吐く事は出来ないが、穴掘りとその屈強で頑丈な身体で充分にそれを補完していた。


二つ目は水竜。


海や湖といった水の中が生活圏内であり、翼はあるものの空を飛ぶような事はしない。


飛べはするのだが、彼らは水の中が一番好きなのだ。


水竜はブレスの代わりに口からは水の礫を吐き出す事が出来る。


水の礫とて侮ってはいけない。


その威力は凄まじく、衝撃で地面が陥没する程だ。


人に当たればたまったもんじゃない。


また、水中の移動速度は他生物を圧倒しており、どの生物よりも早く移動する事が出来る。


なんでも、水竜を先導役としている海賊もいるそうな。


三つ目は毒竜。


砂漠や山など生息地は定かではないが、その特徴は毒のブレスを吐く事である。


身体を麻痺させる程度の毒から、即死するような強力な毒まで種族によって威力が異なる。


どの竜も危険である事に変わりはないが、毒竜は一段と危険視されている。


通常のブレスであれば、人にも耐性があるが、毒に関しては必ず耐性がある訳ではないからだ。


毒を撒き散らす生物として人のみではなく、他の生物からも嫌われている。


四つ目はワイバーン。


竜とは少し姿形が違うが、彼らも竜の種族の一つである。


竜と違い、腕と翼が別ではなく、腕に翼が付いている形であり、空を飛ぶ際には腕を使って飛ぶ事になる。


特有のブレスを吐く事は出来ないが、その独特な翼で飛行能力は他の竜を圧倒している。


その飛行能力から、ワイバーンを飛竜と呼ぶ者もいるようだ。


また、尻尾に毒があり、それを相手に突き刺す事が彼らの攻撃方法でもある。


ワイバーンが龍となった時の飛行はそれはもう壮大なものらしい。


最後に、これは伝説上の生き物でしかないが、竜人という亜人が存在するらしい。


竜人は完全な人の形態、竜と人とが入り混じった半竜半人の形態、完全な竜の形態と三つの形態に変身できると言われている。


言わば、人であり、亜人であり、竜である訳だ。


伝説上と謳われる程なので、その姿を確認したという事例は今までに一度もない。


その為、御伽噺の一種であると人間も亜人も認識している。


実際にいるかどうかは、竜人を見た者以外は分からないだろう。


なお、これは噂話に尾鰭が付いただけかもしれないが、竜人は特別なブレスを用いるという。


莫大な熱量を持つ時もあれば、触るだけで凍てつくような時もある。


それを霧という形で吐き出すらしい。


要するに高温でも、低温でも、超高温でも、超低温でも、自由に温度を操り、口から吐き出す事が出来るという訳だ。


更にワイバーンを凌駕する飛行能力。


毒という属性を持つ事はないが、圧倒的な能力の前では毒などあってないようなもの。


竜人は竜の頂点、即ち、生物界の頂点に君臨する存在である。


人はよく竜人を竜神と呼ぶ。


それ程まで、人にとって竜人は伝説上の生き物であり、圧倒的な存在であるのだろう。


地竜、水竜、毒竜、飛竜、竜人。


以上が実在、架空はともかく四系統の種族以外で存在が知られている種族である。


これからも、その種類は増えていく事だろう。


人間が進化するように、竜もまた進化していくのだから。


「ルルはどれくらい大きくなるんだ?」


「クク~ン」


背を優しく撫でるカリスにルルは甘えた声で鳴く。


それが可愛くて、カリスは更にルルを撫でる。


「今日はちょっと無理だが、近い内に大空を駆け回ろうか? お前もずっと地上では身体が鈍るだろ?」


「ク~ン」


「分かった。分かった。出来る限りはやってみるよ。全く。ミストとローゼンもだなんて無理を言う」


ドラグーンと竜の間に深い絆があれば、竜の言葉をドラグーンは理解できるという。


直感的で漠然としたものならしいが。


その解釈が間違っていても、竜の方が違うと教えてくれるので心配はいらない。


まぁ、その状況だとしたら心を通わせているとは言えないのだが。


カリスはルルの言葉を間違える事はない。


カリスとルルの間に深い絆があるという事だろう。


「やはりお前も寂しいか? ずっと一緒にいたもんな」


「・・・ク~ン」


「そうだな。定期的に会えるよう聖巫女様に頼んでみようか」


「ク~ン」


嬉しそうに鳴くルルにカリスは笑みを溢す。


「カリス様は凄いです。ルルちゃんの言葉が分かるだなんて」


そんなカリスとルルを見て、ただただ感心するニコラであった。










「お待たせしました。父上。向かいましょうか」


任務帰りの格好から着替え、正装をしたカリスがランパルドの待つ屋敷の居間へとやって来た。


「ふむ。では、行くかのう」


席を立ち、歩き始めるランパルド。


カリスはその少し後ろを歩いた。


「急ぎの用でもないからのう。ゆっくりと城下町を歩いていく事にしたわい」


「はい。俺もそれが良いと思います。ゆっくり行きましょう」


「ふむ。流石じゃな。良く分かっとる」


微笑むランパルドにカリスも微笑んだ。


「あ、ランパルド様じゃないですか」


「ランパルド様。先日は・・・」


「良い果物が入っているんですよ。どうですか? ランパルド様」


アークラインの屋敷を抜け、街に出るとランパルドはすぐさま囲まれてしまう。


それもランパルドの人徳の成せる業であった。


「これは騎士様。お会い出来て光栄です」


「騎士様はランパルド様の?」


「騎士様も如何ですか?」


当然、ランパルドに集まればその後ろにいるカリスの存在にも気付く。


たとえ仮面を付けていようと騎士のマントは民衆の興味を惹くのだ。


実力、能力を持ち、偉大な功績を残して国に貢献した人物。


それが即ち王宮騎士を示している。


民衆が尊敬の念を抱くのに何ら不思議はなかった。


「彼はランパルド様の護衛ですか?」


群がっていた民の中の一人がランパルドに問う。


「いや。この者はカリスと言ってな。先日、ワシの養子になったのじゃ」


「まぁ、ランパルド様の養子に」


その一言が更に民衆を騒がせる。


「ランパルド様の養子という事はアークライン家の?」


「うむ。じゃが、カリスはワシの養子じゃからな。本家とは別個の存在じゃ。継がせるとしても分家じゃろう」


アークライン家と一言に言っても幾つもの家がある。


直系の血族である本家アークライン家。


アークライン家の次男や三男と言った当主の座に座れなかった者達が立ち上げた分家アークライン家。


本家は一つだが、分家はセイレーンの創建からの長い年月で幾つも出来てしまっている。


ランパルドは本家の先代当主であったが、引退し、息子に本家の当主を譲ると、新たに立ち上げた分家の当主として籍を置いた。


その分家は一切の領地を持たず、主都に住み、王家の手助けをする事だけが役割の家である。


爵位としても子爵でしかなく、ランパルドは甘んじてその爵位を受けていた。



その為、ランパルドの権力は城内でも下位に位置する訳だ。


だが、それでランパルドの求心力が失くなる訳ではない。


彼が今までに培ってきた人との繋がり、功績が、実際の権力がないランパルドに架空の権力を与えていた。


政策などの権力が必要とするものに手を出す事はないが、誰もがランパルドに助言をもらいにやってくる。


それが、即ち、国を動かしているとも言えるのだ。


もし、カリスが跡を継ぐとしても、アークライン本家ではなく、現在のランパルドが当主を務めるアークライン分家となる。


カリスは本家アークライン家に入ったのではなく、ランパルドの養子として分家アークライン家に入ったからである。


カリスが本家に籍を置く事は万が一にもありえないだろう。


「しかし、本家やら分家やら紛らわしいですね」


「フォッフォッフォッ。確かにそうじゃな。改名でもするとしようか」


確かに紛らわしい。


民衆からしてみればアークライン家は公爵家という認識でしかない。


分家が存在し、それぞれに爵位が贈られていると言っても、アークラインと聞けば公爵家としか思えないだろう。


それこそ、名前が少しでも違えば、見分けが付くのだが。


「か、改名だなんて。失礼な事を言いました」


「いいんじゃ。いいんじゃ。ワシも本家やら分家やらは紛らわしいと思っておった。謝らなくていいんじゃよ」


『失礼な事を言った』と頭を下げる青年にランパルドは朗らかな笑みを向ける。


「しかし、父上。本気ですか? 改名するとは?」


カリスが問う。


別に名前が欲しい訳ではないが、ランパルドにとってもアークライン家であって誇りがある筈。


そんな簡単に捨てられるものなのか?


本気で改名するつもりなのか?


それとも、唯の冗談なのか?


カリスはランパルドにそう問いたかった。


「ふむ。本家当主の席を息子に譲ったんじゃ。いつまでもワシがアークラインを名乗っていたら、あいつもやり辛かろう」


「では、真に?」


「考えてみようかのう」


ランパルドの分家は他の分家と違い、ランパルドの功績から立ち上がった家である。


他の分家がアークライン家の権限で分家として立ち上がった家なのに対し、ランパルドのアークライン分家は王家の権限で立ち上がった家だ。


その為、同じアークライン家でも全く別の存在として捉われていた。


分家と名が付くものの、全く別の家という訳だ。


これは国内に二つのアークライン家が存在してしまっている事になる。


それがランパルドにやりづらいと言わせた要因である。


「では、アークスというのはどうでしょう?」


「おいおい。微妙だろ。それは。やはりアークだけ良いんじゃないか?」


「いやいや。それよりも・・・」


ランパルドが考えると言った瞬間、民衆が次々と提案してくる。


その勢いは凄まじく、ランパルドとカリスを呆然とさせる程だ。


「フォッフォッフォッ。皆の衆、参考になる案を幾つもありがとう。今度ゆっくり考えてみるとしようかのう」


あまりにも騒がしくなってしまったので、ランパルドが場を収める。


「それでは、そろそろ行かせてもらうとしよう。ワシらは城に呼ばれておるからのお」


「はい。父上」


笑顔で去っていくランパルドとカリスを観衆達は笑顔で見送った。


それから城に着くまでの間、住民達に何度も捕まったのは言うまでもない。










「ワシは書庫の方へ行くが、カリスはどうする?」


「姫様方に挨拶をして来ます。終わり次第、俺も書庫へと行こうと思います」


「そうか。じゃが、当分の間は書庫に篭もるじゃろうから、先に帰っとっても良いぞ」


「そうですか。分かりました」


これが先程成された会話である。


そして、今、カリスはミストと対面していた。


「久しぶりだな。ミスト」


「・・・はい」


カリスが部屋を訪ねた時、ミストは飛び上がらんばかりに喜び、急ぎカリスを招き入れた。


カリスは任務で忙しく、ミストからして見ればかなり久しぶりなのだ。


ずっと寂しい思いをしていたに違いない。


「最近はどうだ?」


「・・・もう大丈夫です」


「そうか。それは良かった」


ポンッと手をミストの頭に置くカリス。


ミストはその温もりが好きだった。


「何か辛い事はないか?」


「・・・いえ。皆さん良くしてくれますから」


「ふむ。それなら、心配はいらないな」


無意識だろうか、頭に置かれたカリスの手がゆっくりと動き、ミストの頭を撫でる。


ミストはその感触に頬を緩ませていた。


「そうそう。ルルの奴がな。ミストに会いたいって騒いでたぞ」


「・・・私もルルに会いたいです」


寂しそうに告げるミスト。


ミストにとっても、ルルは大切な友達だ。


会えないのは寂しいに決まっている。


「そこでだな。今度、またミストとローゼンと俺とで観光に行こうかと思うんだ」


「・・・観光・・・ですか?」


「ああ。カーマインでもアゼルナートでもしただろ? でも、まだセイレーンではしていない。ミストと交わした色んな景色を見せてやるっていう約束はまだ有効だからな」


パァ~と笑顔を浮かべるミスト。


でも、すぐに表情を一転させ、悲しそうに俯く。


「・・・でも、私はもう・・・」


「心配はいらない。聖巫女様にもう許可をもらっているからな」


ミストは姫という身分でいるのに城から離れていいのかと心配していたのだ。


だが、それも聖巫女から許可を得たと言われれば何の問題もない。


今度こそ、ミストは可愛らしい満面の笑みを浮かべた。


「三日後だ。観光・・・行くか?」


「・・・はい!」


笑顔で力強く頷くミスト。


本当に嬉しそうな笑みだった。


実は、カリス、ミストの部屋を訪れる前に聖巫女の部屋を訪ねていたのだ。


そして、ミストとの外出許可を貰った。


ファムリアトしてもそろそろミストを休ませてあげようと思っていたので、渡りに船だったらしい。


こうして、カリスはミストとの観光の約束を取り付けた。


今日から三日後、それが実行される事になるのだが、それはまた別のお話。










「さて、何をするか」


ミストとの会話を終えたカリス。


ルルシェ、リースにも挨拶しようと思ったが、不在だった為に断念し、カリスはランパルドのいる書庫へと向かった。


そこで先に帰る旨をランパルドに伝え、カリスは城を出た。


そこまでは良い。


だが、それからが問題だった。


カリスは城門付近で立ち往生する事になる。


「・・・暇だな」


そう、暇なのだ。


屋敷に戻って鍛錬をするのも良いが、それにしても時間があり過ぎる。


「ふむ。とりあえず、本部の方に顔を出すか。今日一日はゆっくりさせてもらうつもりだが・・・」


方針を決め、カリスは亜人種保護部隊の本部へと向かった。


「やぁ。カリス君」


「あ、お久しぶりです。キルロスさん」


本部にあるキルロスの執務室へと訪れたカリス。


カリス・アークラインとしてでなく、唯のカリスとしてキルロスに会うのはあの城での会談以来で久しぶりだった。


「お疲れ様です。二つの任務をこなしたようで」


「ええ。ですが、どちらも大した事はなかったですよ。予定外の事もありましたが」


「あぁ。その件は聞いています。迷惑をおかけしましたね。調査部よりカリス君が大怪我を負ったと聞いていましたが・・・すぐに治してしまったようですね」


「はい。しかし、何故、俺が怪我した事を調査部が?」


「ええ。何でも里の方より報告があったそうで。ほら、あの時ですよ。カリス君が一度戻ってきて調査部が調査に出向いた時です」


「ああ。そういう事ですか。それで・・・」


納得したカリス。


カリスとしては何故知られていたのかが不思議だった。


その疑問が解決した訳だ。


「本来であれば、カリス君にはクアドラプルアークとして働いてもらうのですが、まだ功績がありませんから、我慢してくださいね」


「分かっています。まだ中級と上級を一つずつこなしただけで認めてもらえるとは思っていませんよ」


「そうですか。所で話は変わりますが、貴方の同期でもう下級兵士に昇格した者がいますよ」


「本当ですか? 早いですね」


「ええ。まぁ、准兵士から下級兵士への昇格は部隊や騎士団に慣れた事を示すだけなので、簡単なんですけどね」


「それでもですよ。これ程の短期間でそれだけの功績を残せたのは充分立派ですよ」


「それもそうですね。まだ七日程ですので」


「はい。それで、昇格したというのは?」


「はい。上級任務を二つこなしたガスト君と下級任務を九つこなしたイレイス君です」


「ガストは分かるとして、イレイスは凄いですね。僅かな期間で九つも任務を」


「そうですね。一日も休む事なく働き続けたようです。一日に二つの任務をこなす事もあったとか」


一日に二つ。


いくら下級任務だとしても、この働きは異常な程だった。


恐らく、下級任務の中でも、主都から近い任務のみを選別してこなしていったのだろう。


そうでなければ、到底不可能な数である。


「他の方々も後少しですね。コウキ君は中級を三つ。その内の一つはカリス君との共同だそうで」


「はい。数が必要だったとかで。協力させてもらいました」


「それを考慮すると、コウキ君はあと中級任務一つ程で昇格ですね。もちろん、目安であって、確実という訳ではないですが」


「そうですね。任務によって功績に差がありますから」


下級任務といってもピンからキリまである。


同じ下級でも功績に差があるのは当然だ。


無論、中級、上級も。


「キャル君とロザニィ君はお互いに勿体無いですね。最初に任務をカリス君を合わせた三人で、それ以降の任務も二人でこなしています」


「その分、功績が分割されてしまう訳ですか」


「はい。二人とも、上級任務を一つ、中級任務を二つこなしています。数だけ見れば昇格してもおかしくないのですが、分割されてしまうので、まだ昇格には届きません」


「そうみたいですね。ですが、昇格を焦る必要はないと思います。彼女達はこれから成長していくのですから」


カリスの言葉を聞いて、キルロスが笑う。


「フフフ。聞きましたよ。カリス君は二人の師匠になったとか」


「ええ。二人とも育て甲斐のある人材ですよ。ちなみに弟子はロザニィだけですよ。キャルは臨時のようなものです」


「ウフフ。そうですか。それも良いでしょう」


あくまで弟子はロザニィだと主張するカリス。


だが、キャルを放っておく事は出来ないとキルロスは確信していた為、ニコリと笑っている。


『結局は、弟子と同様の扱いをしているのでしょう?』と。


「カリス君から見て、二人はどんな方ですか?」


「そうですね。キャルは発想が豊かで、創造する能力に長けています。氷結系統のマジシャンとして大事な要素を持っていますね」


「なるほど。頭が柔らかい訳ですね。カリス君が持つ軍略も教えるのですか?」


武門として誉れ高いアナスハイム家に育てられ、長い旅で多くの戦場を渡り歩いたカリス。


幼年期から教わっていた軍略はその経験で更に磨きがかかっている筈だ。


また、カーマインで最高峰の武人であるクリストファーの直属の兵として働いてきたカリス。


当然、武術だけでなく、戦略、戦術と戦に必要なものに触れ合う機会は多い。


カーマインには優秀な戦術家、戦略家が多くおり、カリスはその者達の下で時に机上で、時に現場で軍略を学んでいったのだ。


カリスがかなりの軍略を身に付けている事は想像に難しくない。


「・・・そうですね。少数対少数の戦いでも戦術というのは大事なものです。基本だけでも教えておこうと思います」


「その辺りはカリス君次第ですね。あまり教えすぎても理詰めの頭が固い人間になってしまいます」


「はい。その辺りは慎重に見極めます」


「そうですか。それでは、ロザニィ君は?」


キルロスも興味深そうに問う。


上司として、隊員達の能力が気になるのだろう。


「ロザニィは中々の槍使いです。魔術至上主義であるセイレーンで生き抜く為に魔槍を使うという閃きも良いでしょう」


「魔槍を使いこなしている。それが評価の対象ですか?」


「それだけではありませんよ」


キルロスの問いに首を横に振るカリス。


「まず、槍捌きですが、独学にしてはかなり出来上がっています。その型を壊さないように、更に昇華させられれば、トリプルアークも夢じゃないかと」


「ほぉ。手厳しいカリス君がそれ程の評価を。昇華に関してはカリス君の腕の見せ所ですね」


「ええ。失敗しないようにしないといけませんね。弟子を取るというのは大変です」


「フフフ。それでも、成長した姿を見たいのでしょう?」


「ええ。自分を弟子が超えていく所を見れたら幸せですね。師匠冥利につきます」


「・・・(どれくらい先の話になるのでしょうか? 下手するとその瞬間はないかもしれませんよ)」


キルロスは内心で苦笑した。


「他にも身軽さや身体の柔らかさなど男性にはない強みがあります。力では男性に敵わないと思いますが、それらで充分カバーできるかと」


「なるほど。ある意味、カリス君とは対極になる訳ですね。カリス君は剛の武術、彼女は柔の武術といった所ですか?」


「ええ。俺には真似できない武術を身に付けてくれると思いますよ」


「そうですか」


カリスの言葉に笑みを浮かべるキルロス。


どこか満足げであった。


「更に高いレベルの槍捌きを身につけ、魔槍の能力を完全に引き出す事が出来れば、近距離から中距離までは安心して任せられます」


「なるほど。ロザニィ君が近距離から中距離を、キャル君が中距離から遠距離をそれぞれ担当できる。二人が組めば、全ての間合いをカバーできるという訳ですね」


「ええ。そうなります。彼女達は単独ではなく、二人で成長していくのが最善であると思っています」


「二人で更なる高みへという訳ですね。二人の方が彼女達は動きやすいという事ですか?」


「はい。何でも双子である彼女達は漠然とですが、互いの考えている事が分かるそうです。彼女達の連携は互いを助け合っており、二人とも普段以上の力を発揮していました」


「双子である事の強み・・・という訳ですか。双子を忌み子と嫌う者達は絶対に認めないでしょうね」


「そうでしょうね。あ、そういえば、キルロスさんは珍しく双子を嫌わないんですね?」


カリスが問いかける。


基本的にどこの国でも双子は忌み子であると嫌われている。


カリスの同期達が珍しいだけで、大抵の者が双子は忌むべき存在だと認識しているのだ。


キルロスとて珍しい部類に入る。


「そうですか? カリス君こそ嫌わないじゃないですか?」


「俺は師匠に諭して貰いましたから。人種も生まれも関係ないと」


「良い師匠ですね。カリス君を見ればそれが分かります」


「ありがとうございます。キルロスさんは何故?」


「私の幼馴染が双子でしてね。私にとって双子とは自然な存在なんですよ。幼い頃から共にいましたから」


「そんな事情があったんですか。しかし、良かったです。キルロスさんが双子を嫌う人だったら、彼女達はここにいないでしょうから」


「ハハハ。そうかもしれませんね。私としては優秀な彼女達を偏見で失わずに済んだ事が嬉しいです」


「そうですね。彼女達が成長したら、この部隊でもエースとして活躍してくれると思いますよ」


「そうですか。それを聞いて、なおさら良かったと思えました」


顔を見合わせて笑う二人。


公の場では上司と部下の関係でも、私の場では旅を共にした友人。


敬語で話しているものの、両者の間に変な遠慮はなかった。


親しみを感じる接し方である。


「さて、カリス君。カリス君はまだリュミナとゆっくり話す時間が取れていませんよね?」


「ええ。そうですね。色々と忙しかったので」


「隣にリュミナの執務室があるので訪ねてあげてください。カリス君との再会を楽しみにしていたようですので」


「分かりました。では、早速訪ねてみます」


「ええ。では、カリス君。活躍を期待していますよ」


「はい。それでは、失礼します」


バタンと扉が閉まる。


「待ってますよ。貴方が聖騎士になるその日を」










カリスは部屋から退室すると、そのまま隣の部屋の扉を叩いた。


「はい? どなたですか?」


「俺だ」


「ん? その声はカリス!?」


「ああ。少し話そうと思ってな。入れてくれないか?」


「遠慮しないで入ってきなさいよ。私と貴方の仲じゃない」


「そうか。じゃあ、失礼するな」


扉を開け、カリスはリュミナの執務室へと足を踏み入れた。


先程のキルロスの執務室と構造は変わらないが、模様などに女の子らしさを感じる。


可愛らしいという訳ではなく、バランスや配色に気を遣っているという点でだ。


キルロスの執務室は本ばかりで、まるで書庫のようだった。


「歓迎するわ。カリス」


「ああ。ありがとう。リュミナ」


カリスを招き入れ、にこやかに笑うリュミナ。


彼女もまた、カリスと共に旅をした友人の一人だ。


二人は歳が近い事もあり、かなり親しい間柄である。


「誰も来ないから、仮面外したら?」


「そうだな。最近、やっと仮面をしているのが不自然じゃなくなったんだ」


仮面を外し、近くの机に置くカリス。


「それってあんまり歓迎できないと思うわよ」


「そうかもな」


カリスの言葉を聞き、苦笑するリュミナ。


それに対し、カリスも苦笑で返す。


自分でもそう思ったのだろう。


「相変わらずの顔立ちね。短髪の方が男らしくて良いんじゃない」


「相変わらずの意味が分からんが、一応礼は言っておく」


「そろそろ自覚なさいよ。仮面があってある意味良かったかもね。なかったら大変だわ。あ、適当に座って」


「ああ。そうさせてもらう」


執務室にある豪華な作りの椅子に座るカリス。


リュミナが奥からカップを持ちながらやってくる。


「お茶にしましょ。ゆっくり出来るんでしょ?」


「ああ。・・・今でも、茶を淹れるのに魔術を使っているのか?」


「いいじゃない。火炎は私の愛する僕だもの。何時、どんな時だって使わせてもらうわ」


「お前こそ相変わらずだな。何も変わらない」


「フフフ。変わるべき所は変わってるわよ。はい」


「ああ。ありがとう」


カップを受け取り、カリスは一口啜る。


リュミナはその間に、カリスの向かいの席に座り、カリス同様茶を啜った。


「ふむ。やはり美味いな」


「当然。美味たる所以は火加減よ」


勝ち誇るように笑うリュミナ。


自分で飲んでもやはり美味しかったのだろう。


「分かった。分かった。お前のこだわりは前から知っているよ」


リュミナと共に旅をした際、彼女が食事関連の世話をしてくれた。


火炎系統を得意とするリュミナは料理一つにも魔術を応用する。


その絶妙な火加減はカリス達に何度も美味なる料理を提供していた。


「知ってるかしら? 私、カリス達との旅を終えてから、トリプルアークに昇格したのよ」


「ほぉ。ま、ダブルアークの時からトリプルアークに昇格してもおかしくない程の能力を持っていたからな。当然か」


「ええ。あの旅は良い経験だったわ。あれがきっかけで混合魔術が使えるようになったようなものだし」


「それは良かった。補佐役も板についてきたといった所か?」


「ええ。当然・・・と言いたい所だけど、残念ながらまだまだね。私じゃキルロス様を支えきれないわ」


肩をすくめながら告げるリュミナ。


「俺の時でさえ忙しかったからな。今では規模も大きくなって更に大変だろう」


「・・・そういう意味もあるけど、私が言いたいのは、そういう事じゃなくて、精神的というか心の支えというか・・・」


「ん?」


「何でもないわよ! もう、本当に相変わらずね!」


「な、何だ?」


「何でもないって言ってるでしょ!」


怒鳴られて困惑するカリス。


リュミナは額に手を当てながら深く息を吐く。


「ま、いいわ。とりあえず、今はミルドもいるから、心配はいらないわ。ああ見えて彼女、結構やり手よ」


「ほぉ。そうなのか。うまく機能しているんだな。人間と亜人との共同補佐役は」


「ええ。人間と亜人と両方に重要な役職を担わせているから、種族の違いとかで喧嘩する事もないし」


「隊員達の間にも不和は生じないだろうからな」


「そういう事。カリスにしては良い考えだったわね」


「カリスにしてはって何だよ。こう見えても俺は・・・」


「はいはい。分かってますよ」


「ハァ・・・。全く」


プイっと視線を逸らし、気のない返事をするリュミナ。


カリスはそんなリュミナの態度に苦笑した。


「そういえば、今のカリスって准騎士だったわよね」


「ああ。そうなるな」


「勿体無いわね。王宮騎士なんだもの。他の部隊なら中級か、上級騎士扱いよ」


「別に構わないさ。実力で昇格するからな」


「ま、その方がカリスらしいわね」


カリスの言葉に『うんうん』と頷くリュミナ。


「お前はどうなんだ? 流石に上級兵士からは昇格したんだろ?」


「もちろんじゃない。今の私は下級騎士よ。あれから一年以上経っているんだもの。私だって遊んでた訳じゃないわ」


「ふむ。下級騎士か」


旅に出る前、リュミナは上級兵士として部隊に席を置いていた。


要するに、旅を終えてからのこれまでで二段階の昇格を成した訳だ。


「あ、でも、まだ王宮騎士には叙任されてないわ。王宮騎士の称号を持つのは部隊内でもキルロス様とカリス、後は数人といった所ね」


「そうか。部隊内に中級騎士以上は?」


「それも数人ね。ミルドも中級騎士。私がいない間に抜かれていたみたい」


「ほぉ。ミルドもか。凄いな」


「彼女も相当努力したみたい。御姉様を取り戻すんだって」


「・・・勘弁してくれ」


ニヤッと笑いながら告げるリュミナにカリスは頭を抱えた。


ミルドの事はカリスにとっても苦労する問題だ。


相手が悪意でなら良いが、完全な善意、それも慕っている姉貴分の為と言われれば、カリスとしても怒るに怒れない。


ローゼンはローゼンで妹分としてミルドを可愛がっているし。


かといって、ローゼンをミルドの所へ行かせるようにしても、ローゼンの事だ、カリスの傍を離れる事はないだろう。


ある意味、カリスは二人のエゴの板挟みという目に遭っている訳だ。


「ま、ローゼンが近くにいる訳だし、ミルドだって不満はない筈よ。彼女は単純に意地っ張りだから。謝るに謝れないだけよ。それであんな態度になるの」


「それなら良いんだがな。会う度に敵意を持って接せられるとちょっと」


「カリスは敵を作るような事しないものね」


「・・・そうでもないさ」


「・・・・・・」


カリスの様子を見て、『何かあったのね』とリュミナは感付いた。


自分達が知る事の出来ないアゼルナートで何かが。


「とにかく、よ。ミルドは意地を張ってるだけ。いいじゃない。あの敵対心は照れだって思えば。そうすれば、可愛く見えるんじゃない?」


「どんな理屈だ? ま、気にしないようにするさ」


誤魔化されてくれた事に感謝しつつ、リュミナは話を逸らした。


「それで? 貴方の最終的な目標はなんなの?」


「そうだな。俺としては何かしら大きな功績を残したいと思っている」


「大きな功績って。亜人種保護部隊では満足できないというの?」


「そういう訳じゃないさ。だが、人間と亜人との間にある確執を根本から失くすような。そんな大きな仕事に携わりたいと考えている」


「うわぁ。大きな夢ね。流石はカリス」


「煽てるなよ。まだ夢の段階でしかないんだから」


「でも、それを実現するのは亜人種保護部隊では無理ね。亜人種保護部隊はあくまで保護する為の部隊だもの」


カリスが望む根本的な解決は亜人種保護部隊という一つの部隊では手に負えない程の大きな仕事である。


それこそ、国全体を挙げて取り組まなければならない。


王家の後押しが必須であり、その上でその専用の騎士団を必要となるだろう。


とてもじゃないが、亜人種保護部隊が普段の業務を兼任しながら取り組めるような事ではない。


「ああ。その為に俺は昇格をし続け、ルルシェ姫様、後の聖巫女様の側近となる必要がある」


「確かにそうね。聖巫女様の側近ともなれば、騎士団を創立するぐらい容易いもの。側近というネームバリューもあるだろうし」


「対外的に示す名としてはそれ以上の役職はないだろうな。その為にも俺は聖騎士まで昇格する必要がある」


「じゃあ、カリスの最終目的は“聖騎士まで昇格し、姫様の側近となり、人間と亜人との問題を根本から解決するような仕事をやり遂げる”という事になる訳ね」


「まぁ、そうなるな」


「何て壮大な夢。でも、カリスらしいって思うわよ」


「そうか?」


カリスが語る夢。


リュミナはあまりにも壮大だが、カリスならやり遂げてしまうのではないかと思っていた。


眼の前にいる人物の能力は計り知れない。


そして、何とかしてくれると思わせる不思議な何かを持っていた。


きっと、カリスなら・・・。


「ま、別に聖騎士にまでならなくても構わないかもね。上級騎士ぐらいにまでなれば、側近として扱われても不思議じゃないもの」


「おいおい。いきなり出鼻を挫くような事を言わないでくれよ」


リュミナのちょっとした照れ隠しだ。


「それで? お前の最終目的は何なんだ? 俺だけに言わせるなんて事はないよな?」


「分かってるわよ。私にだってそれはもう壮大な夢が」


「ん。それで?」


「・・・何かおざなりね」


眉を顰めるリュミナ。


「それで?」


「あぁ。もう。分かったわよ。私の夢はフレイライン家の再興。それ以上のものはないわ」


「やはりそうだよな」


「分かってるなら聞かないでよ」


口を尖らせるリュミナ。


カリスは苦笑して先を促す。


「具体的には?」


「そうね。まずは功績を積み重ねるしかないわ。私が一人前だと証明できれば、爵位と領地を私に譲ってくれるらしいし」


「聖巫女様との約束だったな」


「ええ。でも、仕方ないのよ。当時は私もまだ美少女でしかなかったわ。領地を運営するには年齢も能力も足りなかったの」


「何故、“美”が付くかが果てしなく気になるな」


「ま、細かい事はいいじゃない」


「・・・・・・」


「それで、一人前だと認めてもらうまでは王家の直轄地として預かってもらう事になったの」


無言を貫くカリスをまるで気にせず、リュミナは話を続ける。


カリス自身は苦笑していいか、呆れていいか分からなかったらしい。


「私としても助かったわ。政務なんて触れた事もなかったし、当主になる自信もなかったもの」


「優秀な婿をもらうという選択肢はなかったのか?」


「親だっていないのよ。誰が縁談を取り決めてくれるの?」


「・・・そうだな」


フレイライン公爵家。


栄光の五公爵家の一つであるフレイライン家はある事件が原因で幼かったリュミナを残して滅亡した。


その事件とは大規模な盗賊団の襲撃である。


八、九年程前の話だ。


突如、襲ってきた盗賊団。


公爵家は領内に出没したとして、家臣団達と共に討伐に出向いた。


しかし、予想を遥かに超える数であり、私兵団は押されていた。


そんな時に告げられる伝令。


『領内の都に盗賊が出没』


二段構えの策だったのだ。


言わば、今戦っている盗賊達は囮。


本当の狙いは私兵団のいない街を襲う事。


当主であるリュミナの父は急ぎ領内の都へと戻ろうとする。


彼もそうだが、私兵団の兵達も領内に家族達を残しているのだ。


不安や心配が心を乱し、命令系統が乱れる程に私兵団は混乱した。


その隙を突かれたのだろう。


私兵団は瞬く間に壊滅。


当主であったリュミナの父は辛うじて生き残るも炎上する都を前に立ち尽くし、その隙を突かれて死亡した。


都では防衛の為にと残された私兵団の一部が懸命に護るが、多勢に無勢。


防衛網は跡形もなく崩され、突破を許してしまう。


そうなれば、後はやりたい放題。


盗賊達が悪事の限りを尽くした。


そんな中、高位のマジシャンであるリュミナの母は戦いに行くと戦場へと向かった。


幼きリュミナを残して。


リュミナは母の言い付け通り、屋敷内のとある部屋に隠れていた。


炎上する街。


その光景は忘れる事のないトラウマをリュミナに刻む事となる。


しばらくすると、騒然としていた街中が静まった。


『どうなったのだろう』とリュミナは屋敷から抜け出し、街へと向かった。


『もしかしたら、父上が帰ってきてくれたのかもしれない』と願いながら。


だが、現実は非情である。


崩れ去る街。


切り刻まれながら死んでいる住民達。


魔術だろう、氷漬けにされて絶命している者もいる。


燃やされたかのような跡を残して絶命した者もいる。


まるで地獄絵図のような光景だった。


これもまた幼きリュミナの心を傷つけた。


立ち尽くすリュミナ。


不意に視界に何かが映った。


それは、自身が愛する母の姿だった。


・・・血塗れの。


『御母様! 御母様!』


泣き叫ぶリュミナ。


視界が揺らぎ、足元が心許なくとも、必死にリュミナは駆けた。


母が死んだ訳がないと強く思いながらも。


しかし、近付けば近付く程、リュミナに死を実感させた。


『御母様あぁっぁーーーーッ』


街中にリュミナの叫び声は木霊した。


母の亡骸に抱き付き、泣き続けるリュミナ。


全身を震わせ、必死に縋り付くその姿は見るに耐えない程に悲しいものだった。


泣き続け、流し続け、その涙が枯れ果てようとも、リュミナが母から離れる事はなかった。


目元を赤く腫れさせ、全身を土や建物の残骸で汚し、傷を作ろうとも、リュミナはその場を微動だにしない。


それ程までに衝撃的であり、悲しかったのだろう。


そんな時だ。


『おい。こんな所にガキがいるぞ』とリュミナを見て叫ぶ者がいた。


街に残っていた数少ない盗賊の一人だ。


頭領を始めとした多くの盗賊が帰った中、まだ金目の物を探して彷徨っていたのである。


運悪く、リュミナは男に見つかってしまった。


泣き声が聞こえてしまっていたのかもしれない。


『殺しちまえ』と盗賊の一人が返す。


『おうよ』とリュミナに斧を突きつける盗賊。


リュミナは恐怖で慄き、身体を震わせる。


腰を抜かしてしまい、座り込み、見上げる形で男達を見た。


『殺すには惜しいな』


ボソリと呟く盗賊の一人。


ニヤーっと口元を緩ませる男が怖くて仕方がなかった。


『おい。連れて帰ろうぜ?』


『ああ。そうだな。もしかすると公爵家の娘からも知れないしな』


『楽しめそうだ』


近付いてくる二人組。


迫り寄る醜悪な顔がこれ以上ない恐怖を引き立てた。


『生き残りを発見。保護します!』


そんな時、漸く現れた国の騎士団。


当時、部隊長の一人として騎士団に参加していたエルネイシアと新兵の一人として参加していたキルロスがリュミナを保護すべく動き出した。


『や、やべぇ! 逃げるぞ』と男の一人が言い、『お、おう』ともう一人が答えた。


逃げ出す盗賊団。


彼らとしても国の騎士団を相手にするつもりはない。


だが、逃げ切らせる程、二人は甘くない。


その時からマジシャンとして名を馳せていたエルネイシアが二人を魔術で捕らえ、キルロスがリュミナを保護した。


『もう大丈夫だよ』とキルロスが幼いリュミナを抱き締める。


その瞬間、恐怖から解放され、リュミナは全身を震わせて泣いた。


キルロスはそんなリュミナを泣き止むまでずっと抱き締めていたという。


その後、フレイライン家の都で唯一の生き残り、リュミナ・フレイラインはマゼルカ家で養育される事になる。


一夜にして滅んだ公爵家。


当時、その話題は国中を騒がせた。


貴族の間で知らぬ者はいないと言われる程に大きな事件だった。


この事件で、幼いリュミナは一瞬にして両親を失い、故郷を失ったのだ。


その心の傷は如何程か。


悪夢に魘され、突如叫びだす事も毎日のようにあったという。


その度にキルロスが彼女を抱き締め、落ち着かせていた。


リュミナにとってキルロスの存在は父であり、兄であったのだろう。


キルロスが傍にいれば、リュミナは取り乱す事がなかった。


それからすくすく育ち、貴族学校を卒業した頃に王家から通達があったという。


『フレイライン家の再興を許す』と。


ただし、条件付であったが。


その条件に達成するよう、リュミナはそれから頑張ってきた訳だ。


ただ家の再興だけを目指して。


「ふむ。俺としてはだな・・・」


「ん? 何よ。突然」


「キルロスさんがお似合いだと思うぞ」


「へ?」


カリスの突然の申し出にリュミナは慌てる。


「な、何を言ってるのよ!? 私とキルロス様だなんて」


「素直じゃないな。俺でも気付いてるぞ」


「嘘よ! カリスが気付く筈ないもの」


「・・・断言されても困るが・・・」


「だって、カリスよ。私がキルロス様の事を想っているだなんて気付く筈が・・・あ」


「自分から暴露してもらって助かった。ま、そういう事だ」


カァーーーと顔を赤らめるリュミナ。


勢いで己の心を曝け出してしまった。


「カ、カリス。よくも」


「ハッハッハ。それじゃあ、そろそろ俺は失礼するな。茶。美味しかった」


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」


バタバタと退室していくカリスに、リュミナは呆れのため息を吐いた。


ちゃっかり仮面を持っていっているのだから流石である。


「ハァ・・・。全く。私の馬鹿」


思い出して、再度頬を染めるリュミナ。


「頑張りなさいよ。カリス」


出て行った扉を眺めながら呟くリュミナ。


その顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。




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