第一話 兄弟との再会
~SIDE ロラハム~
「ハァ!」
「甘い! もっと射抜くように鋭く突き刺せ。一撃一撃に神経を集中させろ」
「はい!」
突然ですが、今、僕はカリスさんと手合わせさせてもらっています。
カリスさんが主に用いる武器はハルバードと呼ばれる武器で、カリスさん特製の武器です。
先端には長い槍の矛先、その両脇には大きな斧と鋭い鉤がそれぞれ備え付けられています。
通常ならば、人の丈を少し上回るくらいの長さなのですが、カリスさんのはそれを圧倒する程の長さがあります。
それがカリスさん特製と言われる由縁ですね。
それに対し、僕の武器は両端に矛が付いているという点を除けばただの槍です。
僕の技量はカリスさんの足元にも及んでいませんから、ハルバードなんてとてもじゃありません。
それでも、槍術に長けているカリスさんにかなり長い間、習っているんです。
昔に比べて、僕も大分成長したと思います。
まぁ、それでもカリスさんから見ればまだまだだと思いますが・・・。
「よし。しばらく休憩だ。ミスト。頼む」
「・・・はい」
カリスさんに呼ばれ、ミストがカリスさんと僕がいる所まで近寄ってきます。
「・・・傷を見せてください」
「いつもごめんね。ミスト」
「・・・いえ。お仕事ですから」
いつもミストにはお世話になっています。
ホント、申し訳ないです。
「・・・聖なる光よ。傷つく彼の者を癒したまえ」
ミストが両手を僕の傷口に近付けてきます。
そして、詠唱を行い、傷を癒すように意識したのでしょう、手から光が発せられます。
光が当たると次々と傷が癒されていき、光が止んだ頃には、傷跡もなく綺麗に傷が治っていました。
「ありがとう。助かったよ」
「・・・気にしなくていいです」
意外な事なんですが、ミストは自らこの役目を受け持ってくれたみたいです。
詳しい事情は知りませんが、閉鎖的な世界にいたミストをカリスさんが連れ出してくれたからだそうです。
『・・・感謝の気持ちなんです』と前に言っていました。
・・・僕は何もしてないんですけど。
何だか申し訳ないですね。
「・・・カリスさんは大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。カリスさんは掠りもさせてくれなかったから」
ホントにカリスさんの腕前は半端ないです。
長い間傍で見てきたから分かります。
自慢じゃないですが、僕はこの一年間一度も掠らせてもらっていません。
・・・ホント自慢じゃないですね。
カリスさんの操るハルバードは言ってみれば、槍に斧と鉤を組み合わせたような武器です。
だから、カリスさんは槍術、斧術の両方を極めているという事になりますね。
もちろん、鉤の扱い方も長けていますが、あれは補助的な扱いだと思うので、武術としては除外したいと思います。
カリスさんは『まだまだ自分は弱い』と言ってますが、これ以上強くなられたら一生追いつけそうにないですね。
でも、カリスさんは自分に厳しい人ですから。
絶対に日々強くなっていると思います。
でも、僕だって諦めません。
意地でも追いついてみせますから。
「だが、ロラハムも大分形が出来てきた。俺に一撃当てる日もそう遠くないだろう」
「そうですか? ありがとうございます」
カリスさんに認められるなんて嬉しいですね。
カリスさんは例えミストであっても、戦闘の事に関しては絶対に甘やかしません。
きっと、実戦での恐怖を誰よりも知っているからでしょうね。
カリスさんは若い年齢の割りに多くの戦場に立っていますから。
僕達が怪我をしないようにと厳しくしてくれているんだと思います。
その事は皆きちんと理解していますから、カリスさんには感謝ですね。
そして、戦闘に関しては誰よりも厳しいカリスさんが下す評価は絶対に間違いがありません。
間違った評価をしては、戦場で危険ですからね。
その研ぎ澄まされた観察眼、洞察眼で的確に状況を見極め、常に正当な評価を下すのがカリスさんです。
そんなカリスさんが言ったのですから、その評価は紛れもなく正当なんでしょう。
すいません、勝手に頬が緩みます。
「まぁ、後は様々な人間と手合わせして、経験を積むのが良いだろう。父上にでも頼んでみるか」
「えッ? それは・・・」
「いい経験だと思うぞ。まぁ、無理強いはしないがな」
カリスさんの父親、ジャルストさんは間違いなく歴戦の戦士です。
風貌からそれがこれでもかという程伝わってきます。
「カリス様。次は私とよろしいですか?」
「ああ。構わないぞ」
僕との手合わせが終わったので、次はローゼンさんとカリスさんです。
僕達、カリスさんと旅をしてきたメンバーの内、接近戦のスキルを持っているのは、カリスさん、僕、ローゼンさんの三人です。
ローゼンさんはその類稀なる俊敏さと高い身体能力を活かした撹乱型の前衛です。
僕は接近戦でも細かい動きとフォローを得意としているので支援型の前衛といったところでしょうか。
カリスさんは間違いなくメンバー中最強の接近戦能力の持ち主です。
ですが、カリスさんの役目はそれだけではありません。
「神聖なる光よ。傷を癒したまえ」
いつの間にか手合わせを終えていたカリスさんが自分とローゼンさんを纏めて治癒しています。
そう、カリスさんは聖術も使えるんです。
普段はミストが回復役を務めているのですが、先程回復させたのでカリスさんが気を遣ったのでしょう。
・・・ミストは少し残念そうな顔をしていますが・・・。
ミストはカリスさんの傷を癒したいから、というか、癒す為に手合わせ後の回復役を買っているのでしょう。
カリスさんはこういう所が抜けていますから。
完璧人間にもないものはないんですよね・・・。
・・・すいません、僕のせいでもあります。
僕だけ治療させてしまってホント申し訳ないです。
「相変わらず、お前には付いていけないな。俺もまだまだだ。」
「いえ。あの・・・お言葉ですが、私達銀狼という種族は大陸で最も早いと言われている種族です。そんな私に迫ってきているのですから、充分だと思いますよ」
申し訳なさそうな表情で冷や汗をかきながら告げるローゼンさん。
ローゼンさんは銀狼という伝説に近い種族の一員だそうです。
銀狼は少数を残して絶滅したと言われ、一生で一度でも見れれば幸せになれると言われる程、希少な存在です。
・・・どうして、そんな伝説の生物がこんな身近にいるんでしょうね。
最近、そういったものに対する感覚が麻痺しているように感じます。
「・・・早くて見えなかったです」
その通りなんです。
カリスさんは満足していないようですが、僕達には二人の姿なんてまるで見えません。
精一杯凝視すれば、なんとかカリスさんの姿は捉えられますが、ローゼンさんの姿なんてどんな事をしたって捉えられません。
ローゼンさんのそれで充分だという気持ちが僕には本当に理解できます。
二人とも本当に早すぎるんですから。
「それでも、俺はまだまだ強くなりたいんでな」
苦笑しながらカリスさんが告げます。
ホント、僕、追いつけるんでしょうか?
「・・・・・・」
「甘いぞ。ミスト。それでは、誰にも当たらん」
僕、ローゼンさんと手合わせを終え、今はミストと手合わせしています。
ホント、タフですよね、カリスさん。
「カリス様はどこまで強くなれば気が済むのかしら・・・」
僕こそ知りたいです、ローゼンさん。
ミストは僕達と違って、接近戦のスキルはまるでありません。
それに求められてもいません。
もちろん、自分を護れるだけのスキルはカリスさんが教え込んでいますけど。
マジシャンであるミストは亜人であるという事がバレない為にいつも杖を持ち歩いています。
その杖がいざという時の棍の代わりになるみたいです。
以前、カリスさんが棒術を徹底的に教え込んでいました。
非力なミストですが、どうにか自分の身は護れるようになってきたみたいです。
ちなみに、何故亜人であるという事がバレない為に杖を持ち歩いてるのか。
それは人間と亜人での魔術行使の仕方に理由があります。
通常、人間は杖を媒介にしなければ、魔術を行使できません。
これは、過去、亜人から魔術という技術を『盗む』かたちで身に付けた事が関係しています。
カリスさんから教わったのですが、始めの頃の人間は魔術を習得する事が出来ず、戦場では魔術に対して抗う術がなく、対面したらすぐに逃げるようにしていたらしいのです。
そんな時に、媒介となるものがあれば使えるのではないかという事になり、杖が用いられるようになったとか。
杖は亜人、もしくは希少価値の高い特別な生き物の身体の一部を用いて作られているらしいのです。
『杖に亜人的要素を付け加えれば、人間でも魔術を使えるようになるのでは?』と誰かが考えたみたいですね。
そして、その予想が当たり、人間にも魔術が使えるようになりました。
だから、人間が魔術を行使する為には、杖は必要不可欠という事になります。
そうなれば、杖を用いないでも魔術を行使出来る者。
それは即ち亜人であるという事を示してしまいます。
亜人であるという事がバレれば、僕達にとっては都合が悪いですからね。
現在、ミストが愛用している杖は以前にカリスさんから提案され、カリスさんによって贈られたものです。
・・・もしかしたらですが、だからこそ杖をいつも持ち歩いているのかもしれませんね・・・。
「・・・凍てつく矢よ。去るものを追え。アイシクルアロー」
ミストが氷結系統の魔術を放ちます。
ミストは聖術、魔術の両方を使える希少な存在です。
・・・エルフは聖術を使えない筈なんですけどね・・・。
いえ、そもそも、亜人は魔術は使えますが、聖術は絶対に使えないというのが常識です。
聖術は何の媒介も必要としない人間だけの神秘。
だから、亜人が聖術を身に付ける術はない・・・というのが常識であり、そうカリスさんからも教わりました。
でも・・・何故か、ミストは聖術が使える。
一体、どういう事なんでしょう?
ホント、カリスさんの周りは非常識な事が多いですよね。
という訳で、気にしていたら負けです。
「・・・ハァ・・・」
気を取り直して・・・。
現在、僕達は四人のメンバーですが、僕が合流する前は今のメンバーに加えて後二人いたらしいんです。
その抜けた二人というのが、どちらもマジシャンだったらしく、現在後衛組は不足しています。
ミストは聖魔の両方を行使できる万能型の後衛ですが、後衛が不足している為、どちらかという攻撃型の後衛としての役割を担っています。
それをカバーするのが、本当の意味での万能型、カリスさんです。
通常であれば僕達と共に前衛で戦っていますが、状況次第で後衛に下がり、援護に回ります。
そのあたりの状況判断は完全にカリスさんに委託しています。
カリスさん以上に状況判断に優れる人はいないでしょうから。
要するに、前衛、後衛のどちらも務められる戦闘タイプ、中衛とでも言いましょうか。
それがカリスさんの役割です。
「お疲れ様。ミスト。ここまでにしよう」
「・・・はい。・・・ハァ・・・ハァ」
ミストは息を切らしています。
訓練中のカリスさんは厳しいですからね。
仕方がないのかもしれません。
「さて、帰るか」
カリスさんの一言で、僕達は屋敷へと戻ります。
今まで訓練していた場所は、屋敷から少し離れた森の中です。
周りに誰もいない状況でないと万が一が起きてしまうかも知れませんからね。
「・・・・・・」
あ、出ました。
ミストの必殺技、無言の上目遣い。
まぁ、疲れているから、仕方がないかもしれませんね。
カリスさんが苦笑しながら、ミストを背負います。
すると、カリスさんの背中が気持ちいいのか、ミストはすぐに寝息を立て始めてしまいました。
そんなミストを見て、カリスさんとローゼンさんは互いに顔をあわせて苦笑します。
「疲れてしまったみたいだな」
「きつかったんでしょう。まだまだ子供ですから」
「そうだな。だが、何かあってからじゃ遅いんだ」
「はい。ミストもそれをきちんと理解しているから必死に修練しているんですよ」
「そうか。世の中、儘ならないものだな」
「だから、貴方様がいるのでしょう。カリス様」
「そうだな。その為にも、俺はもっと強くならなければならない」
深刻そうな表情で語るカリスさんとローゼンさん。
僕が知らない複雑な事情がミストにはあるみたいです。
何かあってからじゃ遅い・・・。
どういう意味でしょうか?
その為にもカリスさんが強くならなければならないとは?
世の中には想像もつかない過酷な現実があるみたいです。
それなら、僕はそんな現実に立ち向かおうとしているカリスさんを手伝えたらと思います。
それが、僕を助けてくれたカリスさんへの恩返しになると思いますから。
帰り道、カリスさんの背中で眠るミストを眺める領民の皆さんの視線がとても優しくて暖かかったのを鮮明に覚えています。
ミストのような可愛らしい少女の寝顔は亜人であろうと人間であろうと癒されるんでしょうね。
この分なら、ミストが受け入れられるのはそんなに時間がかからないのではないでしょうか。
願わくば、ミストが誰とでも笑顔で接する日が来ますように・・・。
~SIDE OUT~
「ここに来るのも久しぶりだな」
「活気に満ちた良い街ですね」
「クーン」
現在、カリスはロラハム、ルルと共にアゼルナート皇国主都であるアゼルナートまでやって来ていた。
カリスが帰郷した当日に父であるジャルストと母であるマズリアとは再会を済まし、旅中の事を話したのだが、カリスの家族はそれだけではない。
父、母の他にカリスには兄と妹がいるのだ。
その二人共が国に仕えていて、現在は主都アゼルナートにあるアナスハイム家の屋敷に住んでいるらしい。
帰郷したという事を二人にもきちんと報告しておきたいとカリスは出向いてきたのだ。
その際、亜人であるローゼンはもちろんの事、涙ながらに訴えてくるミストにも留守番を頼んだ。
主都にもなると見回りの兵士達が多く徘徊しており、万が一にも亜人達が見つかってしまったら、どうなってしまうか分からない。
たとえ本人自身に罪がなかろうと、亜人であるだけで危険扱いされ、問答無用に捕らえられるのだ。
それが亜人と人間との間にある抗う事のできない現実である。
むしろ、カリスの両親が易々と承諾した事の方がおかしな事なのである。
以前までならば、ローゼンが獣状態になり、ミストが帽子を被れば、どの町でも誤魔化しきる事が出来た。
更に言えば、万が一、見つかってしまったとしても、カリス達は旅をしている身だ。
見つかったその町から出て行けばそれだけで済む。
だが、今のカリス達はアナスハイム領に安住している身だ。
折角、コソコソ隠れる事無く、安心して休める居場所が出来たのだ。
それを失うのはカリス達にとって大きな痛手となる。
もし、カリス達の事がバレて捕まってしまえば、カリスがアナスハイム家の者だという事もすぐにバレてしまう。
そうなれば、アナスハイム家としての責任となり、アナスハイム家に迷惑がかかる。
そして、そのことによって、国からの監視が付き、アナスハイム家で匿う事も出来なくなってしまう。
もしそうなれば、仲間を放っておく訳にはいかないカリスは再び旅に出る事になるだろう。
つまり、カリス達が亜人と共に居る事がバレたら、亜人であるミストとローゼンは捕まり、アナスハイムの家族には迷惑をかけ、安住の地を失うという事だ。
カリスが万が一の事を考え、慎重になるのも頷ける。
ちなみに、ミストの上目遣い、涙目、裾握りの三段最強コンボ。
これに、カリスが折れそうになりながらも何とか耐えられたのは、今までもこれからもこれを含めて片手で数えられる程でしかないという。
では、今現在、留守番をしているミストとローゼンは何をしているのだろうか?
ミストとローゼンがアナスハイム家の屋敷に住み始めてから何日か経つが、まだ領民達が普通に接してくれる訳ではない。
まだまだ彼らの間には深い溝があると言って良い。
そう簡単にその隙間が埋る程、人間と亜人の蟠りは浅くないのだ。
その為、亜人達を残していくのはカリスとしても気が引ける。
だが、主都であるアゼルナートに亜人達を連れて行く訳にもいかない。
だから、二人には『屋敷でゆっくりしていてくれ』と頼んだ。
『出来るだけ早く帰るから』と付け加えて。
領民に比べ、使用人達は接する機会が多いからか、比較的態度も柔らかい。
その為、屋敷内ならば、カリス達が居なくても周りの目を気にする事無く、ゆっくりと休めるのだ。
『今頃、ミストはローゼンのフカフカな毛皮に包まれて昼寝をしているんだろうな』
そう考え、その光景を思い浮かべたのか、カリスは暖かく微笑む。
その笑みは本当にミストを大事にしているんだなと感じさせる優しい笑顔であった。
現在、二人とその二人を乗せたルルはゆっくりと屋敷の方へ向かっていた。
その状況は、割と低空飛行なルルの上にカリスとロラハムが跨り、ゆっくりと進んで街を見下ろしているというものだ。
その為、地上に影ができてしまい、影を見つけた者の全てが空を見上げ、カリス達の姿を確認しては唖然としていた。
それが繰り返し行われている為、周囲からの注目度は限界を突破するかのような物凄いものであった。
だが、それも仕方のない事だと言える。
何といっても、カリスは竜を従えているのだから。
竜というのは神龍の化身と謳われる存在であり、生物の中でも最上級に入る存在だといってもいい。
人間や亜人と違って、言葉という概念を持たないが、その知恵は人間や亜人に勝るとも劣らない。
単体での攻撃力は一流と名高き騎士と同等以上であり、魔術の代わりにはブレスと呼ばれる口からの攻撃手段がある。
オールレンジで高威力な攻撃手段に、翼人のような高機動。
正に完全無欠の生物であると言えよう。
噂では竜人という亜人が存在するらしいのだが、その姿を見た者は今まで誰一人いない・・・。
とにもかくにも、生物の頂点に立っていると言って決して過言ではない竜という存在。
そんな竜を従える人間というのは非常に稀有な存在であろう。
エリート中のエリート、それも限られた極小数にのみ、国から竜が支給される事がある。
一個人で竜を飼っているというのはとても稀なケースである。
代々竜を受け継いでいる家系でもない限り、国から支給される以外に竜を得られる機会はない。
代々竜を受け継いでいる家系もエリート中のエリートであると言える為、竜を従えているという事は国における最高の名誉であるといっても良い。
そのような者達には竜を従えし者、ドラグーンという名称が贈られ、国の最高戦力として扱われる。
それと同時に、騎士を目指す者達にとって憧れの存在でもある。
そのような事実もあり、竜を従えるカリスは非常に注目されているという事だ。
しかも、従えている竜は類を見ない程の強大な威圧感と巨大な体躯。
空中をゆっくりと堂々と進むその姿には誰もが圧倒され、言葉を失うことだろう。
(注目されてますよね・・・)
そのことをしっかりと意識しているロラハムは周囲からの視線に身を縮こませていた。
下を眺めれば、誰もが自分達のことを見ているではないか。
(カリスさんは注目される事に慣れてしまっているんでしょうか)
ロラハムが内心でぼやく。
カリスは周囲の視線などまるで気にした様子もなく久しぶりの光景に頬を緩ませていた。
その豪胆な態度に、ロラハムは羨ましいような呆れるような視線をカリスに向けていた。
「カリスさん。きっと兄妹の方々もカリスさんとの再会を心待ちにしていると思いますので急ぎましょう」
「ん? ああ。そうだな。ルル。少し飛ばしてくれ」
カリスの言葉を受けて、ルルが少しスピードをあげる。
ロラハムも『これで注目を浴びないで済みますね』と安堵のため息を吐いた。
「・・・何て威圧感だ」
だが、そんなロラハムの考えに反して、主都の奥へと飛んでいく竜にいつまでも視線を送る男が居た。
「あれ程の竜。私は今まで一度も見た事がない」
その男の名はミハイル・ドリスター。
アゼルナート皇国が誇る天空騎士団の団長で、国家最高の名誉である四天将の称号を有する存在だ。
そして、アゼルナート皇国に所属するドラグーンやライダーナイト達を束ねている存在でもある。
それゆえか、彼はアゼルナートに所属しているドラグーン全員を大まかながら把握していた。
だが、最近帰郷したカリスの事は当然知る由がない。
「・・・一度会ってみたいものだ。あの竜を従えしドラグーンに」
巨大な竜がどこかに降り立つのを確認した後、ミハイルは城がある方へと向かって歩き出した。
『あれ程の竜を従えているのだから、そのドラグーンも相当のものなのだろう』と期待を胸にしながら。
後日、ミハイルとカリスは戦場にて出会う事になる。
その出会いはミハイル、カリス、両名にとって非常に意味のあるものとなる。
~SIDE エルムスト~
「あれは・・・」
久しぶりに騎士団が休暇となり、その時間を使って屋敷の庭でゆっくりしていると巨大な竜が近付いてきた。
確か俺の周りにドラグーンは居なかった筈だ。
だが、攻撃する様子はないので、きっと知り合いが乗っているのだろう。
「エルムスト。あれは何でしょうか?」
隣で共にティータイムを楽しんでいた女性シズク・ミルドールが俺に聞いてくる。
「残念だが、俺も知らないな。知り合いが乗っているんだろうが・・・」
「そうですか。それならいいんですけど・・・」
まぁ、不安がるのも仕方がない。
野生の竜程、危険な生物はいないからな。
一度、騎士団の任務で野生の竜を討伐した事があるが、あれは二度としたくない。
何人もの仲間が犠牲になったからな。
シズクもその時一緒にいたから、あの時の悲惨さは眼に焼きついているだろうな。
だが、あの動きを見れば分かる。
あれは確実に統制された動きだ。
必ず、上で操っている者がいる。
しかも、あれ程巧みに操るものはそうはいない。
・・・降り立ってきたな。
やはり、目的地はここだったようだな。
さて、誰が降りてくるのやら。
~SIDE OUT~
~SIDE ロラハム~
「お前・・・もしかしてカリスか?」
「はい。お久しぶりです。兄上」
突然お邪魔して驚かれたでしょうね。
僕が降りた時はキョトンとした表情でしたが、カリスさんが降りた途端、その顔に驚愕の表情を浮かべました。
五年ぶりの再会というのは、さぞかし懐かしいものなんでしょうね。
~SIDE OUT~
~SIDE OUT~
驚いたな。
突然やって来たのが、五年前から音沙汰なしだった愚弟だったとは。
全く、帰ってくるのなら、帰ってくるで連絡ぐらいするべきだろ。
いや、多分父上も母上も知っていたんだろうな。
知っていたのにわざと知らせなかったという訳か。
父上も母上も本当に人が悪い・・・。
しかし・・・立派になって戻ってきたな。
華奢な身体に見えるが、時折衣服の間から見える身体は限界以上に鍛えられていて、引き締まり具合も半端じゃない。
それに、動きを見れば分かる。
武術を、それも何かしらの流派を極めたであろう者の動きだ。
元々、武術に対する才能は物凄かったが、五年でここまでになるなんてな。
一体、どれ程の師匠の下で修行を積んできたのやら。
「兄上も元気そうで良かったです」
「ああ。お前こそ。良くぞ無事に帰ってきた」
こいつは自分が出奔してからのトリーシャを知らないんだよな。
あの時の悲しみようは今でも覚えてる程に印象が強い。
「トリーシャにも会っていくんだろう?」
「はい。今日は兄上とトリーシャに、挨拶に伺おうと思ってきたんですから」
五年か・・・。
こいつがいない五年でアゼルナートも大分変わったな。
「色々と話を聞かせてくれるんだよな」
「はい。もちろんですよ」
代わりにお前のいない五年間の話もしてやるとするか。
その前に、トリーシャを呼んでこなくてはな。
それに・・・後ろにいる少年についても聞きたいしな。
~SIDE OUT~
~SIDE ロラハム~
「兄さん!」
カリスさんの兄、エルムストさんに連れられて、今、僕達は屋敷の居間にいます。
『ここで少し待っていてくれ』と言われたので、言葉に従い僕達は待っています。
使用人の方にお茶なんて入れてもらってしまって。
むしろ、余計緊張してしまうのは、僕が不慣れだからですよね。
カリスさんだって、いつものように飄々と・・・してませんね。
久しぶりの兄妹との再会に緊張しているんでしょうか?
そんな時です。
突如、扉が開けられて、僕の視界に何かが飛び込んできました。
一瞬の事でしたから、分かりませんでしたが、金色の何かが眼の前を通った事だけは覚えています。
「トリーシャ。久しぶりだな。元気だったか?」
「兄さんなんだよね? 兄さん。会いたかったよぉ。兄さん」
カリスさんを兄と呼び、立ち上がったカリスさんの胸で泣いている女性。
それなら、きっと彼女がカリスさんの妹トリーシャ・アナスハイムさんなんでしょう。
カリスさんもトリーシャって呼んでましたし。
開けられた扉からは、エルムストさんとその隣に居た女性がこちらを覗いています。
それからしばらくの間、トリーシャさんの泣き声が部屋中に響き渡っていました。
~SIDE OUT~
「改めて、自己紹介としようか。知らない者もいるだろうしな」
一同を見渡しながら、エルムストが告げる。
「俺の名前はエルムスト・アナスハイム。カリスの兄であり、トリーシャの兄でもある」
カリスより若干背が高く、金色の髪で顔に精悍さが溢れているエルムスト。
「次は私の番。私はトリーシャ・アナスハイム。久しぶりの兄さんにちょっと怒り気味です」
エルムスト同様の金色の髪で、明るい表情を見せているトリーシャ。
「それは・・・勘弁して欲しいな」
苦笑しているカリス。
トリーシャも冗談で言ったのか、苦笑したカリスを見て微笑んでいた。
「では、私が。私はシズク・ミルドール。エルムストの婚約者です。久しぶりですね。カリス君」
柔らかい薄緑色の髪で、女性らしい柔らかい表情を浮かべているシズク。
「こちらこそ、お久しぶりです。・・・そうですか。兄上と婚約を。おめでとうございます」
「ありがとうございます。私にとってカリス君は義弟という事になりますね」
一礼するカリス。
「知り合いなんですか?」
「ああ。彼女の家はアナスハイム領の隣でな。幼少時からの付き合いだ。その頃から兄上と仲が良かったが、まさか婚約しているとは思わなかった」
「何をコソコソ話しているんだ。さっさと自己紹介しろ」
耳元でコッソリと会話をしていていた為、エルムストに怒られるカリス達。
「俺はカリス・アナスハイム。本当に、お久しぶりです。兄上。トリーシャ。シズクさん」
笑顔を浮かべるカリスに、一同も暖かい笑顔で応えた。
「それなら、最後は君だな。少年。自己紹介してくれ」
「あ、はい」
エルムストに促され、緊張しながらも答えるロラハム。
「僕はロラハム・マルクストと申します。カリスさんとは一年間程、共に旅をしてきました。カリスさんには槍を師事して頂いています」
「ほぉ。槍をか。お前はどんな武器も万能に扱えていたが、確かに槍が最もうまく扱えていたからな。それなら、お前の武器も槍なのか?」
ロラハムに槍を師事してもらっていると言われ、カリスが現在使っている武器を考えるエルムスト。
「でも、カリス兄さんは槍と同じくらい斧とかも上手く扱えてたよね? 剣とか、弓も普通に凄かったけど。というか、どんな武器でも上手く扱ってたよね」
「良く覚えていますね。兄上。トリーシャ」
幼少時の事を覚えていて、素直に感心するカリス。
「俺が使っている武器はハルバードです」
「ハルバードか。なるほどな。それなら確かに槍も斧も備わっている。だが、鉤の扱い方は?」
「もちろん習得しましたよ。鉤は意外と使い勝手が良いんです」
「ほぉ。そうか。だが、唯のハルバードではないんだろ?」
「ええ、まぁ。全体的に長く、大きくしています」
「なるほど。お前特製の大型ハルバードか。使い勝手はどうなんだ?」
「自分用に合わせた特製なので抜群ですね」
「そうか。今度時間あけておけよ」
「分かりました。兄上」
『男同士ならば無駄な会話は要らない』と言わんばかりに意思疎通をこなす二人に周りは苦笑していた。
昔からあまり変わらない兄弟にトリーシャは一際苦笑が深い。
「さて、カリス。お前の居なかった五年間。その間に変わった事を教えよう」
「はい。お願いします。兄上」
「そうだな。まずは、お前の身内。要するに、俺とトリーシャの事だな」
エルムストの言葉にカリスは黙って頷く。
カリスの反応を受け、エルムストはカリスに語り始める。
「俺は機動騎士団に所属し、騎馬隊の一つを任されている。ちなみに、副隊長はシズクだ」
「騎馬隊ですか。兄上は騎馬に乗っているのですね」
「ああ。グリフォン、マンティコア、ユニコーン、ペガサスとあるが、やはり俺は地上を駆ける馬が良い」
「ソシアルナイト。貴方らしいですよ。兄上」
この世界には兵士が乗る生物は多種に渡る。
グリフォン、ユニコーン、ペガサス、マンティコア、竜、ワイバーン、馬がその例だ。
その中で、馬に乗るものをソシアルナイト、竜、ワイバーンに乗るものをドラグーンと呼ぶ。
その他に乗る者はライダーナイトと呼ばれ、一括りにされる。
これは、ドラグーンの希少価値とソシアルナイトの数が多い事が原因であるとされている。
なお、天空騎士団と機動騎士団は共にライダーナイトをその一員としているが、所属する際に分別されている。
地上を駆る生物に乗るライダーナイトはこの機動騎士団に、空を駆る生物に乗るライダーナイトは天空騎士団にという具合にだ。
要するに、機動騎士団は地上を、天空騎士団は空を、管轄としているという訳だ。
「私は宮廷魔術師団に所属してるよ。まだ何の手柄も立ててないから一般団員だけど」
「いや。宮廷魔術師団なら入団できただけで充分優秀だ。後は努力次第だろう」
ただの魔術師団ではなく、国の直属中の直属であり限られた少人数しか入団できないのが宮廷魔術師団だ。
その為、選別方法は厳しく、才能があっても努力を怠った者では決して合格できない程だ。
そこに入団できたのだから、充分優秀であると言えるのではないだろうか。
トリーシャは満足している様子ではないが・・・。
「母さんは副団長まで昇りつめたんだよ。負けたくないもん」
アナスハイム家の母であるマズリアは退役する前は宮廷魔術師団の副団長を務めていた優秀なマジシャンである。
その娘となれば、期待されるのも当然だと言えるし、トリーシャとしても期待に応え、母を超えたい。
「兄上もトリーシャも立派な功績ですね。アナスハイム家の一員として鼻が高いです」
カリスの素直に感想に照れている様子の二人。
シズクは一人微笑んでいる。
「コホン。では、次にアゼルナート全体だな。騎士団を率いる四天将について話そう」
四天将。
アゼルナートの根本を支える四つの騎士団を率いる団長の事を総じてこう呼ぶ。
「父上の同期で親友のザストン・クリストフ侯爵は変わらず守護騎士団の団長を務めている」
守護騎士団。
治安維持や他国からの防衛を目的とした歩兵中心の騎士団である。
「私の所属する宮廷魔術師団はスノウ・ドットラクト伯爵が四天将を受け継いだよ。スノウ団長は母さんの教え子なんだって」
「そうなのか。母上は優秀だったからな。教え子であるスノウ将軍も優秀なんだろうな」
「宮廷魔術師団の団長を務めるぐらいだもの。優秀に決まってるよ」
宮廷魔術師団。
エリートな魔術師が所属する魔術を極めんとする魔術師団である。
戦場での彼らの後方支援はそれだけで武器になるという。
「そして、俺が所属する機動騎士団は変わらずシャロラ・フリーゲルス侯爵が団長を務めている。団長は俺と同じソシアルナイトだ」
機動騎士団。
迅速な対応を必要とする時などに活躍する地上を駆るソシアルナイト、ライダーナイトが主戦力の騎士団である。
最も出動する頻度が高く、討伐や捕縛など、その活動は多岐に渡る。
「そして、お前と同じドラグーンやライダーナイト達を束ねる天空騎士団の団長はミハイル・ドリスター伯爵が務めている」
天空騎士団。
国の最高戦力であるドラグーン達を主戦力として、空を駆るライダーナイト達も所属する機動力と攻撃力に富んだ騎士団である。
絶対的な数は少ないが、その戦力は騎士団でも頭を張れる程である。
「噂のミハイル将軍ですか」
「ほぉ。知っているのか?」
「はい。旅先でよく耳にしました」
ミハイル・ドリスター。
寡黙で確実に任務をこなす一流のドラグーン。
その名は人間の国で最高規模の戦力を誇るカーマイン帝国にも伝わっていた。
「ひとまず、これぐらいだな。次はお前の番だ。カリス」
「はい。それなら、俺の五年間をお話します」
カリスの言葉を受け、エルムスト、トリーシャ、更にはシズクが興味深そうにカリスを見詰める。
そして、カリスの口からゆっくりと彼らの知らない五年間が話される。