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第二十四話 初任務




「これはどう?」


「・・・最初にしては困難」


「そうかしら?」


亜人種保護部隊の本部。


その一室にカリス達はいた。


「慣らしだからな。中級の中で容易そうな任務がちょうど良いと思うぞ」


「分かったわ」


「・・・分かった」


部屋内には三つの大きな掲示板がある。


それらには幾つもの依頼書が張られており、任務を受ける者を今か今かと待っているようだった。


それぞれ調査部用、折衝部用、執行部用に分けられており、カリス達は当然執行部用の掲示板の前にいる。


「これなんてどう?」


キャルがカリスとロザニィに依頼書を渡す。


「・・・中級任務。依頼主は小猫・小犬の里の長」


「依頼内容は最近出没する野生のマンティコアの討伐か・・・」


手に持ち告げるロザニィ。


カリスがそれに続いた。


「マンティコア一匹ぐらいなら大丈夫かなって」


「中級の中では割と難易度が高めだが、良いのか?」


「・・・私は大丈夫」


マンティコア。


身体が獅子、尻尾が蠍、背中に翼という肉食の動物だ。


マンティコアを飼い馴らし、乗り物とするライダーナイトもいるが、野生のマンティコアは平気で人を襲う凶悪な生き物であり、放っておけば被害が増え続ける一方である。


被害を減らすには迅速な対応が必要となるだろう。


「確かに慣らしにしては難易度が高いかもしれないけど、早くしないと小猫や小犬達が可哀想でしょ?」


「そうだな。その気持ちが亜人種保護部隊には必要なものだろう」


可哀想と思う事ではなく、『どうにかして被害を減らそう』、『亜人の為に何か出来る事をしよう』という。


そんな気持ちが大事だとカリスは言ったのだ。


「分かった。それなら、この依頼を受ける。受付へ持っていこう」


「ええ」


「・・・分かった」


キャルを先頭に受付へと向かうカリス達。


既定の数に達し、戦力も充分と判断され、無事受理された。


後は任務をこなすだけである。


「任務の前に、だ」


「ん? 何かしら?」


「・・・何?」


カリスが立ち止まり、二人に話しかける。


二人もカリス同様その場に立ち止まり、カリスを見詰めた。


「俺の事はカリスと呼んでくれ。貴方では区別がつかないし、呼びづらいだろ? 俺も反応しづらいしな」


名前で呼んでくれ。


カリスはそう告げたかったのだ。


これから共に行動するのなら、尚更大事な事である。


「分かったわ」


「・・・師匠は師匠」


「・・・師匠か。何だかくすぐったいな」


同意したキャルと師匠と呼びたいと主張するロザニィ。


キャルはロザニィの予想外の言葉に眼を見開いた。


「え?」


「分かった。好きにしてくれ」


「えぇ!? いいの!?」


カリスは苦笑しながら、ロザニィの言葉に頷いた。


キャルにいたっては更に眼を見開き、驚きの声をあげていた。


「ま、まぁ、いいわ。私の事はキャル」


「・・・ロザニィ」


「そう呼んでちょうだい」


「ああ。分かった」


笑顔で頷くカリス。


「キャル」


「・・・うん」


「ロザニィ」


「・・・・・・」


名前を呼ばれた。


ただそれだけ。


それだけなのに、こんなにも胸が暖かい。


「よろしく頼むな」


「ええ。よろしく。カリス」


「・・・よろしく。師匠」


感極まり、涙を浮かべるキャル。


俯き、涙を溢すロザニィ。


「さぁ、行こうか」


カリスは二人の様子に気付きながらも、気付かない振りをして先に歩く。


「ま、待ちなさいよ」


「・・・すぐ追い付く」


涙を溢しながら、笑う二人。


彼女達は今まで孤独だった。


もちろん、仲が良い者もいる。


だが、それは主従関係であったり、教師と教え子であったり、対等な関係ではなかった。


対等な関係であるのが友と仮定するならば、彼女達には誰一人として友がいなかったという事になる。


友がいない生活がどれだけ退屈で寂しい事か。


キャルにはロザニィが、ロザニィにはキャルがいた。


だが、それだけだ。


姉妹以外の親密な関係なんて築けなかった。


姉妹という狭い世界しか、彼女達は知らなかった。


だが、今、それが出来たのだ。


世界が広がったのだ。


名前を呼び捨てでなんて呼ばれた事がなかった。


対等な者が、友が出来たんだと実感した。


名前を呼ばれただけ。


呼び捨てにされただけ。


たったそれだけ。


それだけで彼女達の心は満たされた。


鳥肌が立ち、歓喜で身体が震えた。


あぁ、何て甘美な響きなんだろう。


私達には友が出来たのだ。


対等で・・・大切な友が。


「・・・ロザニィ」


「・・・キャル」


顔を見合わせ、頷きあう二人。


そして、一緒にカリスの後を追っていった。


カリスを追う彼女達の顔には今まで浮かべた事のないような満面の笑みが浮かべられていた。


今、この瞬間、彼女達は自らを解き放った。


重く、でも、脆い檻の中から。


そして、孤独で暗闇の世界にいた彼女達は遂に光溢れる世界へと足を踏み入れた。


友という光に導かれて。










「カリス」


「ん? 何だ? キャル」


移動中、カリスに話しかけるキャル。


小猫・小犬の里はセイレーン首都から大分離れた森の中にある。


その為、カリス達は馬を借り、街道を移動していた。


カリスもキャルもロザニィも手馴れたものである。


このあたりは流石貴族といった所か。


充分な教育を受けているのだろう。


ちなみに、ルルに乗らないのは理由がある。


セイレーンはファレストロード教を他のどの国よりも熱心に信仰している。


他の国とて信仰しているが、セイレーン程、熱心で度を超えて信仰する国はないだろう。


そんな信者が多い国だ。


当然、ファレストロードの分身だと謳われる竜は何よりも大事にされている。


セイレーン国内で竜に乗れるのは巫女か、神官だけ。


そんな決まりがある程にセイレーンはファレストロード教を信仰しているのだ。


いくらルルがカリスの相棒であろうとその決まりを破る事は出来ない。


残念だが、ルルは家でお留守番しているしかないのだ。


「聞きたい事があるんだけど、いいかしら?」


「答えられる範囲でならな」


「いいわ」


「・・・・・・」


ソソソと静かに近寄るロザニィ。


彼女も興味があるのだろう。


「貴方はアークライン家に養子入りしたらしいけど、その前は何をしていたの?」


「・・・いきなり鋭い質問だな」


気軽に了承した事を若干後悔したカリス。


「いいのよ。答えられないなら答えなくて。別に疑っている訳じゃないの。単純に興味があるだけ。貴方にね」


「・・・私も興味ある」


ロザニィもグイッと顔を突き出して同意する。


「ふむ。残念ながら、何をしていたかは話せないな。簡単な昔話なら出来るが」


「そう。じゃあ、いいわ。次の質問」


「あ、ああ。どんどん聞いてくれ」


間髪いれずに訊いてくるキャルに苦笑するカリス。


だが、ロザニィも興味津々な以上、カリスに逃げ場はない。


「貴方は得意武器が槍って言ってたわよね。でも、槍じゃなくて剣を使ってる。それは何故なの?」


「・・・本当に痛い所を突いてくるな」


「貴方は謎が多過ぎるのよ。私達のストレスが溜まらないように答えられる疑問にはきちんと答えてもらわなくちゃ」


「・・・教えて欲しい」


キャルだけでなく、ロザニィにまで頼まれてしまえば言うしかない。


「そうだな。槍術が得意な事に違いはないが、俺は武器という武器全てが扱えるように自分を鍛えている。剣術は苦手だが、苦手のままにしておきたくない」


正体を隠す為という理由だけではない。


カリスにはカリスなりの剣術を用いる理由を持っていた。


「苦手克服の為。そういう事?」


「そうだな。色々と複雑な理由があるが、それも理由の一つだ」


「他にもあるけど、話せない。そういう事ね?」


「ああ。隠し事ばかり申し訳ないが、理解してくれると助かる」


「いいわよ。言ったでしょ。興味があるだけだって。無理矢理聞くつもりは全くないわ」


「・・・・・・」


本当なら知りたい。


でも、師匠を困らせたくない。


ロザニィはそう考え、追求を諦めた。


「それにしても、あれで苦手だなんて。アゼルナート出身の剣士が聞いたら泣くわよ」


『自分もそうなのだが』とは口が滑っても言えない。


「・・・(コクッ)」


ロザニィも激しく同意した。


「槍術は剣術よりも凄いって事よね?」


「凄いかどうかは分からんが、錬度は圧倒的に上だな」


「へぇ。あれより上かぁ。それをロザニィに?」


「ああ。俺が教えられる事は全部教えよう。ロザニィには光るものがある」


「将来有望って事ね」


「そうだな。後は多くのソルジャーに不足している耐魔、所謂、魔術などに対する耐久力、抵抗力だな。ソルジャーをする上で欠かせない課題だ」


「そ・・・それは・・・」


「どうした? キャル」


「い、いえ。なんでもないわ」


元気だったキャルが突然暗くなる。


その事にカリスは眉を顰めるのだが、キャルに誤魔化された。


「まぁ、構わんが・・・」


何を考えているのか分からない以上、こちらも無理に聞く事は出来ない。


話してくれる時まで待とう。


そうカリスは決め、誤魔化される事にした。


「・・・私は魔力量が少ない」


キャルが黙ってしまってのを見越してか、ロザニィが告げる。


「どれくらいだ?」


「・・・あってないようなもの」


「そうか。絶対的な魔力量が少ないのか。そうなると、耐魔に関しては絶望的だな・・・」


カリスの言葉が胸を刺す。


ロザニィの。


そして、キャルのも。


「だが、対処法がない訳ではない。安心してくれ」


「え?」


「・・・対処法がある?」


「耐魔が弱くとも歴史に名を残した偉大な武人は数多くいる。対処法なんていくらでもあるさ」


「そ、それは!? それは一体何なの!? 対処法って!?」


「お、落ち着け。キャル。何故、ロザニィではなくお前が慌てる」


「ご、ごめんなさい」


思わず叫んでしまったキャルを落ち着かせるカリス。


先程から、キャルの態度がどこか不自然だった。


ロザニィはロザニィで無表情を貫いている。


「それは戦法であったり、装備品であったり、人によって様々な対処法がある。この任務を終えたら、ロザニィにとっておきを贈ってやろう」


「・・・ありがとう。師匠」


「ハハハ。弟子の為なら何でもしてやるさ」


朗らかに笑うカリス。


ロザニィも微笑んだ。


キャル一人が暗い顔をしていたが・・・。


「・・・キャル」


「ええ。そうね。ごめんなさい」


ロザニィが一言かけるだけでいつもの彼女に戻る。


「それじゃあ、もう一つだけ質問させてね。カリス」


「ああ。終わったら、俺からも質問させてもらおうかな」


「ええ。いいわよ」


ニッコリと微笑みあう二人。


「貴方は神龍山を登ったのよね?」


「ああ。信じるか信じないかはお前達の自由だがな」


「別に疑っている訳じゃないって言ってるでしょ。それに、貴方が嘘を言うようには思えないし」


「・・・私もそう思う」


「そうか」


二人の言葉に微笑むカリス。


「ただ、その時の事を詳しく聞きたいなと思って。ロザニィも麓まで行ったけど、断念したみたいなのよ」


「・・・危険。到底、登れそうにない」


実際に体験したからこそ、ロザニィには神龍山の恐怖が理解できた。


あそこは正に凶悪生物が集まる巣。


登りきるばかりか、生き抜く事すら無理だ。


そうロザニィは考えていた。


「麓か。あそこは麓から危険だからな」


「ええ。それでも、貴方は登りきったのでしょう? 頂上まで」


「ああ。だが、運が良かったというのもある」


「運だけじゃ登れないわよ」


拗ねたように告げるキャル。


運だけで登り切られては神龍山に挑んだ人達を侮辱しているようなものだ。


運だけの筈がない。


「俺が登り切れたのは聖術があったからだな」


「聖術があったから?」


「ああ。正直な話、俺は無謀な事をしたと思っている。もし、聖術が行使できなければ、俺は既にこの世を去っていただろう」


カリスは話す。


何故、自分が登り切れたのかを。


「並みの武術では歯が立たない。恐らく並みの魔術でも歯が立たないだろうな。あそこは現実の厳しさを教えてくれた」


「それでも貴方は登り切った」


「無傷という訳ではない。致命傷ともいえる傷を何度も負っている。その度に聖術で身体を治癒したんだ」


「それで、聖術がないと生き残れなかったって言ったのね」


「ああ。あそこは立っているだけで死と隣りあわせだ。死に掛けるなんてものじゃない。何度も生と死の狭間を行き来した」


真剣な表情で話すからこそ、その真実味が分かる。


カリスの言葉は二人に神龍山という山がどれだけ危険な山かを鮮明に伝えていた。


「登れば登る程、危険度は高くなり、環境も悪くなってくる。知っているか? 高い所は息苦しくなり、気温変化も激しくなるんだ」


「え? そんな事が?」


「ああ。地上の何倍も凍え、何倍も熱せられ、何倍も疲労する。人間の環境適応能力の凄まじさを肌で実感したな」


「慣れるの?」


「人というのは不思議な生き物だな。始めは耐えられそうにないと思っていたのに、徐々に慣れ、最終的にはそれが当たり前になっているんだ」


「・・・不思議ね」


「そうだな。地上に降りた時にどれだけ身体が軽かった事か。当分の間、冷水に浸かろうが、熱湯に浸かろうが、身体が異常を訴える事はなかったな」


「笑い事じゃないわよ。それ」


呆れるキャル。


ロザニィもどこか呆れ顔だった。


「強くなる為に過酷な環境に身を置く事も良いだろう。だが、それで死んでしまえば本末転倒だ。登るにしろ、登らないにしろ、地上で出来る限りの事をするべきだな」


「・・・師匠が私を強くしてくれる」


「ああ。お前は俺が強くしてやる。期待しててくれ。そして、俺に期待させてくれ」


「・・・分かった」


ニッコリと笑うカリス。


そんなカリスにロザニィも微笑んでみせた。


「さぁ、次は俺の番だな」


それからカリス達は里へ到着するまで昔話に花を咲かせた。


ゆっくりとだが、こうして彼らの間に仲間意識が芽生えていくのだ。


互いの事を話す。


それが両者の間の溝をなくし、心を開かせる。


カリスと彼女達は無意識の内に互いを信頼するようになっていた。


会話する事こそ、互いを知る最善の方法。


呼び捨ても自然となり、会話もぎこちなさがなくなり、流れるように行われていた。


「着いたぞ」


そして、漸く彼らは里へと到着した。










~SIDE キャル~


「着いたぞ」


ふぅ~。


やっと着いた。


久しぶりの騎乗だから腰が痛いわね。


こんなに遠出したのは何時振りかしら?


「まずは里の長に挨拶と依頼の確認をしにいこう」


「分かったわ。カリス」


カリスの指示に従い、私達は里の長さんの所へと向かう。


ウフフ。


カリスだって。


ロザニィ以外で呼び捨てにした人なんて今まで使用人以外いなかったもの。


何か新鮮な気分。


改めて、この部隊に入隊できて良かったって思うわ。


「ロザニィ。誰もいないわね。この里」


「・・・ええ」


里の長の所へと向かう途中なんだけど、誰ともすれ違わない。


おかしいわ。


まだ寝てるなんて事はないわよね?


「とりあえず、ここが一番立派な家だが・・・」


里の長の所と言っても場所がわかる訳ではない。


とりあえず、一番立派な家が里の長の家だろうと思って向かったのだ。


「・・・小さいわね」


「・・・小さい」


一番立派、と言ってもその大きさは私達にとっては凄く小さい。


こんなに小さくて住めるのかってぐらい小さいわ。


「と、とりあえず、聞いてみましょう。里の長じゃなくても、この家の人に居場所を聞けばいい訳だし」


「そうだな。じゃあ、俺が・・・」


と、扉に手を近付け、ノックをしようという時にカリスの動きが止まる。


「どうしたの? カリス」


「今更なんだが、俺の格好は怪し過ぎないか?」


・・・そうだったわ。


カリスは顔を仮面で隠すという怪しさ極まりない格好をしていたのよ。


「仕方ないわね。それなら、私が・・・」


「・・・駄目」


「・・・そうだったわ。私達も忌み子だった」


そうだわ。


私達も双子っていう他人から見れば怪しまれる存在だったの。


「もしかして・・・」


この人選って失敗だった?


「・・・ふぅ。仕方ないな。キャル。依頼主への対応は任せてもいいか?」


「え、ええ。良いわよ」


「その間、俺達は宿の確保をしておこう。この状況だと下手すると野宿になりそうだが、準備をしておけばある程度は快適に過ごせる筈だ」


そうね。


とりあえず、私とロザニィが一緒にいなければ、双子だって思われない訳だし。


カリスはもとから駄目なんだから、適切な配役ね。


「分かったわ。任せておいて」


「頼んだ。ロザニィ。行くぞ」


「・・・分かった」


ロザニィを引き連れて去っていくカリス。


あっという間に私達と馴染んだわね、カリス。


あの二人が一緒に歩いていても違和感ないもの。


本当に不思議な人。


「さて、私も私の仕事をしましょう」


コンッコンッ。


ノックをする私。


「はい」


扉が開いた。


「・・・・・・」


そして、私はその光景に眼を見開く事になる。


最近、驚いてばかりだ。


~SIDE OUT~










~SIDE ロザニィ~


「・・・可愛い」


「なるほど。小犬・小猫の里か。呼んで字の如くだな」


後ろで師匠が呟くが、今の私には関係ない。


私は眼の前の子達に夢中だった。


「・・・・・・」


「・・・く、苦しいですぅ~」


思わず抱き締めてしまった私を誰も責める事は出来ないだろう。


彼女達が可愛すぎるのがいけないのだ。


「ロザニィ。苦しんでいるぞ。離してやれ」


「・・・分かった」


まだこの温もりを味わっていたかったが、師匠にそう言われたので諦める。


とても名残惜しいが・・・。


「小型の犬や猫を基とする亜人の里か。だから、これだけ家が小さかったんだな」


「・・・やっぱり可愛い」


「やっぱり苦しいですぅ~」


駄目だ。


やっぱりこのフカフカ感、モフモフ感は堪らない。


「・・・優しくな」


「・・・分かった」


師匠も分かってくれた。


これで思う存分抱き締められる。


「すまんな。我慢してくれるか」


「わ、分かりました」


私の膝ぐらいまでの背。


可愛らしい顔に可愛らしい猫耳や犬耳。


チョンと垂れ下がった尻尾が更に彼女達の可愛らしさを演出している。


「あれ。お兄さん。銀狼さん達と同じ匂いがします」


「鼻が良いんだな」


「はい。私の自慢です」


小さな胸を張る姿。


駄目だ。


「く、苦しいですぅ~」


「せめて一人にしような。ロザニィ」


「・・・無理」


「無理って・・・」


片手に一人ずつ。


正に両手に花。


「俺には銀狼の友達がいるんだ。それで匂いが移ったんじゃないかな」


穏やかに告げる師匠。


きっと仮面の奥で優しい笑みを浮かべているのだと思う。


「わぁ。それならお兄さんも私達のお友達ですぅ~」


それはこの子達も分かっているだろう。


私達ぐらいの年齢より、子供の方が感受性は豊かなのだから。


「・・・ずるい」


「・・・ずるいって。・・・お前のイメージが変わりそうだよ。ロザニィ」


お友達宣言したからか、師匠に纏わりつく少女達。


何て羨ましい状況。


私も纏わりつかれたい。


「ちょっと教えてくれるか?」


「はい。何ですかぁ?」


師匠が纏わりついている一人に訊く。


「どうしてさっきまでいなかったんだ?」


「隠れていたんですぅ~」


「隠れていた?」


「はいです。私達の里には馬とかいませんから。大きな足音が聞こえてきたら隠れるようにしているんですぅ~」


「それはお母さんからそうしなさいって言われているのか?」


「そうなんです。お母さんが言ってました。最近、物騒だからって。だから、朝早くや夜遅くは家から出ちゃ駄目だって言われています」


「そうか。ありがとう」


さり気なく情報収集するなんて。


流石は師匠。


被害は朝早くや夜遅くに出ているようだ。


子供だからという点もあるだろうが、親達がその時間帯に注意を払っているのも間違いないだろう。


「この里には宿とかはあるか?」


「宿ですか? どうだろう? あったっけ?」


「う~ん。なかったと思う」


「でも、お客様が来た時に必要だってお母さんが言ってた」


「それなら、あるのかな」


「う~ん。ごめんなさい。分からないですぅ~」


「そうか。ありがとう」


彼女達の頭を撫でながら告げる師匠。


師匠って子供好き?


「ごめんな。お兄さん達はそろそろ行かないといけないんだ」


「えぇ~」


服の裾を引っ張って離れたくないと訴える女の子達。


何て可愛らしい光景なのだろうか。


「・・・ロザニィ。そろそろ離してやれ」


「・・・お持ち帰りは?」


「駄目だ」


渋々。


本当に渋々離す私。


どこか物足りなさを感じるが仕方ない。


「恐らく、俺達が泊まれるような場所はないだろう」


「・・・(コクッ)」


頷く私。


確かに家の大きさとかを見る限り、そんな場所はなさそうだ。


「俺は近くの森を探索し、テントの張れそうな場所を探してくる。寝泊りと食事の準備は任せてくれて結構だ」


「・・・私は?」


私は何をすればいいのだろうか?


「お前は里の中を見回ってくれ。何かあった時にすぐ対応できるようにな」


「・・・分かった」


見回り。


それなら・・・。


「彼女達と遊ぶのは構わないが、羽目を外し過ぎないようにな」


見透かされた!?


「顔に書いてある」


顔に手を当てる私。


「・・・キャルに会ったら聞き込みをするように頼んでおいてくれ」


「・・・分かった」


「それと・・・」


「・・・それと?」


「誰かが気持ちを打ち明けた時は黙って聞いてやれ。それがお互いの為だ」


「・・・意味わからない」


「分からないならその事だけでも覚えておいてくれ。それじゃあな。また後で呼びに来る」


手を上に挙げながら、師匠は去っていった。


「・・・・・・」


本当に意味が分からない。


でも、まぁいい。


さて、私は・・・。


「お姉さん。私達と遊びましょう?」


うん。


遊ぼう。


~SIDE OUT~










~SIDE キャル~


「全く。あの娘は」


ため息をつきたくなるのも仕方ない。


先程、ロザニィと会ってきたのだが・・・。


「相変わらず可愛いものには眼がないのね」


ここに何しにきたのか完全に忘れてたわね。


「それで、カリスは・・・と」


ロザニィに訊いて、カリスの場所を教えてもらった。


森を探索すると言っていたけど、どこにいるのかしら。


「やっぱり、森の中でカリスを見つけるなんて無謀だったかしら」


これだけ広いんだもの。


探す出すのも困難よね。


失敗したわ。


ザバンッ!


「ん? 何かしら? この音?」


川に飛び込んだ音?


いえ、勢い良く抜け出した音?


どちらかは分からないけど、とにかく川に関係した音みたいね。


この辺りに川なんてあったかしら。


う~ん。


確か、こっちの方ね。


木々を掻き分けて、音がした方向へと向かう。


歩いていると徐々にだが、川のせせらぎが聞こえてくる。


「そろそろね」


最後の木を避けて進むと視界が開けた。


眩しい日光が私を襲う。


「ん~。眩しい」


眼が光に慣れるまでかなりの時間を要したが、漸く慣れてくれた。


「これも適応能力? ま、カリスに比べれば微々たるものね」


とにかく、ここに来たのはあの音が何なのかを確かめる為だ。


木陰に立ち、周囲を見渡す私。


でも、何も見つける事が出来なかった。


「私の勘違いかな?」


ザバンッ!


私の呟きとほぼ同時に先程と同じ音が聞こえた。


「ん?」


結構、遠い。


私は眼を細めて、音の方向を凝視した。


「あれは・・・」


川から出てきたのは青紫の髪。


鍛え抜かれた筋肉に身体に残る夥しい傷跡。


「カリス?」


多分、カリスだ。


あの髪の色をした知り合いはカリスしかいない。


何していたんだろ?


「・・・あ」


眼があった。


遠いから良く見えないけど、今のカリスは仮面をしていなかったと思う。


正直、何て勿体無い事をしたんだと思った。


カリスの素顔が見えるチャンスだったのに。


「こんな所で何をしているんだ?」


カリスは私と眼があった後、ゆっくりと服を着て、私の所へとやってきた。


当然、仮面は付けられている。


髪が濡れていて、少し色っぽいと思ったのは私だけの秘密だ。


出来れば、素顔とセットで見たかったが、仕方がない。


「情報が集め終わったから、報告でもしようかと思って」


「そうか。ロザニィは?」


「まだ子供達と遊んでいるわ。報告は後でするつもりよ」


「そうだな。あの状態のロザニィには何言っても覚えていないだろうし」


「仕方がない娘よ。昔から、可愛いものを眼にすると暴走するんだから」


「ハハハ。ま、いいじゃないか。公私を分別してくれるなら、俺としては問題ない」


「既に混同している気もするけどね」


「・・・それもそうだな」


苦笑するカリス。


本当に仕方のない娘ね。


ロザニィは。


「カリスは何をやっていたの?」


「ああ。今晩のおかずを捕まえていた」


そう言って何かが入った袋を私に見せる。


「川魚?」


「ああ。捕まえていた」


「どうやって?」


「潜って。素手で」


「・・・随分と手馴れているのね」


全く貴族らしくない。


そんな事に慣れているなんて。


それなのに、どこか高貴さも感じさせる。


私にはカリスという人物が全然分からないわ。


謎ばかり。


「旅をしていた時期があってな。旅中は自給自足が殆どだったから、こんな事も覚えざるを得なかったんだ」


「・・・そう」


最早、何も言う事はないわ。


「報告を聞こうか?」


「ええ。じゃあ・・・」


「いや。移動してからにしよう。そろそろ日も暮れるしな」


「あ、本当だ」


いつの間にか外は真っ暗。


時間が経つのは早いものね。


「移動って?」


「もうテントは張ってある。そこを拠点に動く事になるだろうな」


「それもカリスが?」


「ああ。旅にテントは欠かせないぞ」


「・・・そう」


最早、何も言うまい。


「やっぱり、宿はなかったのね?」


「ああ。それに、あったとしてもあの大きさだ。俺達には少し窮屈だろう」


「それもそうね。分かったわ。移動しましょう?」


「そうだな。付いて来てくれ」


そう言われ、私はカリスに付いて行く。


それにしても・・・。


「・・・・・・」


やっぱり素顔が見れなかったのは残念ね。


遠めだから良く分からなかったけど、結構、整っていたと思うのよ。


仮面越しでさえ、こんなに色気があるんだもの。


素顔だったらどんなに恐ろしい事か。


いや、もしかして仮面のおかげで助かった?


・・・まぁ、いいわ。


いつか、カリスの素顔が見れる機会も来る筈。


その時を楽しみに待っているとしましょう。










「と、いう訳よ」


「なるほどな」


里の長からの情報、聞き込みで得た情報、それらを整理して私はカリスに報告したわ。


「既に多くの被害が出ているんだな」


「ええ。親達が警戒するのも頷けるわ。唯一、幸いなのは里の中にまで被害が及んでいない事かしら?」


「里は火が焚かれているからな。マンティコアも警戒して近寄らないのだろう。今まで襲われたのは里の外に出ざるを得なかった大人達か」


「大人と言っても彼らは私達の腰程度にしか成長しない。マンティコアにとっては絶好の捕食対象ね」


「最高で門の外にまで来たんだよな?」


「ええ。門から中に入ってくる事はなかったらしいけど、門からいつでも飛び込めるよう里内を睨んでいたそうよ」


「このままでは外に出れないからな。彼らも困っている事だろう」


「その為に私達がいる。そうよね?」


「ああ。そうだ」


頷きあう私とカリス。


困っている亜人を助ける為の部隊だ。


存分に力を発揮してやろう。


「そろそろ暗くなる。ロザニィを呼んできてくれるか?」


「分かったわ。夕食。よろしく」


「任された。それと・・・」


「ん? 何?」


「抱えている事はきちんと打ち明けた方がいいぞ。相手が寝ている時にでもな」


「・・・・・・」


「後悔や苛立ち。負の感情は人の心に溜まっていく。たとえ相手が寝ていて聞いていなくとも、少しずつ自分の心を話してやった方が良い。お互いの為にな」


「・・・考えておくわ」


私はカリスの言葉にそう返すしかなかった。


私のロザニィに対する罪悪感。


それをカリスは見抜いたのだろうか?


でも、それを話した所で・・・。


「・・・まぁ、いいわ」


深呼吸をして、私はその場を後にした。










「・・・ロザニィ」


私はカリスにテントと火を任せ、里へ向かった。


カリスはテントを里の門から少し離れた所に作ったから、里まではあっという間だ。


里の門で一人ポツンと立っていたロザニィに私は声をかける。


「・・・キャル」


ロザニィが振り向く。


相変わらずの無表情が私に安堵と恐怖を与えた。


・・・私はどうすればいいんだろう?


とにかく、いつも通りに振舞おう。


「子供達は?」


「・・・帰った。また遊ぶ約束した」


・・・ちょっと頭が痛くなったが、気にしない事にする。


「そう。それなら、私達も行くわよ。カリスが待ってるわ」


「・・・分かった」


その後、ロザニィを連れて、再度、カリスが待つテントまでやって来た私。


もちろん、夕食は美味しく頂きました。


手馴れているものね。


魚だけでなく、山菜や猪の肉なんかもあって、栄養のバランスも良かったわ。


ロザニィも美味しいって言ってたし、私も大満足。


とてもサバイバル中のご飯だとは思えない美味しさだったわ。


「火の番は俺がやろう。二人はゆっくり休んでいてくれ」


焚き火を木の棒で突きながら告げるカリス。


流石にそこまでやらせては申し訳ない。


「・・・私がやる」


ロザニィも同じ気持ちだったのか、そう告げた。


「私もやるわ。二人なら心配ないでしょう?」


『女性一人では』とか言い出しそうだものね、カリスは。


女性を大事にするのが騎士道とか聞いた事あるし。


カリスは騎士道とか貫きそうなタイプよね。


「・・・分かった。少しだけ休ませて貰う」


そう言って、二つあるテントの一つに入っていくカリス。


女性用と男性用だって。


しかも、女性用の方が大きいというサービス付き。


本当に貴族らしくない貴族よね。


こんな気遣い、普通の貴族には出来ないわ。


本当に珍しい。


「凄いわね。カリス」


「・・・ええ」


「こういう能力も関係しているのかしら。トリプルアークに」


「・・・関係ない・・・と思う」


「そうね。でも、カリスならどんな環境でも逞しく生きていけそうね」


「・・・神龍山は伊達じゃない」


「そっか。あの山を登り切ったって事は何日、いえ、何ヶ月もサバイバル生活を送ったって事だものね。これぐらいの環境じゃ生温いか」


私達はカリスにただただ感嘆するしかなかった。


「あ」


もしかして、今なら・・・。


「・・・どうかした?」


「ねぇ。ロザニィ」


これは・・・チャンス?


「貴方、カリスの素顔。見たいと思わない?」


「・・・師匠の素顔?」


「そうよ。寝ている今こそが絶好の機会。チャンスは今しかないわ」


「・・・興味はある。でも、やめた方が良い」


「何でよ?」


「・・・いつか師匠から見せてくれると思うから」


「・・・・・・」


・・・そんな事、言われたら見に行けないじゃない。


全く。


いつの間に、そんな仲に・・・。


「・・・勘違いしている」


「え?」


「・・・顔に出ていた」


「あら。そう・・・」


何時になく鋭いわね。


「・・・クスッ」


「何よ? いきなり笑うなんて」


もう、失礼ね。


「・・・なんでもない。ただ、同じ事を師匠にも言われた」


「同じ事?」


「・・・顔に出てるって」


顔に出てる?


ロザニィの?


「そっか。やっぱり似てるのね。私達」


「・・・姉妹だから」


顔を見合わせて笑う私とロザニィ。


何だか、とっても穏やかな空気。


夜を照らす火を囲みながら話すなんて初めての体験だから。


カリスが起きてくるまで、私達の会話が途切れる事はなかった。


~SIDE OUT~




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