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第二十三話 亜人種保護部隊



「皆さん。集まってください」


亜人種保護部隊専用演習場。


先日、入隊試験が行われた場所に、多くの者が集まっていた。


彼らこそが亜人種保護部隊の隊員達なのだろう。


総勢二百人といった所か。


騎士団に比べれば、遥かに数は少ないが、その顔に漲る自信というのだろうか?


一人一人の顔は一般的な騎士団の者に比べ遥かに輝いていた。


これこそがファムリアにして少数精鋭と言わせた由縁なのかもしれない。


実力者のみが集まるように入隊試験などが設けられているのだから、当然かもしれないが。


この部隊でなら少数で他騎士団に匹敵、もしくは、他騎士団を凌駕するだけの戦力になりそうだ。


「先日、行われた入隊試験の結果、六名の方が受かりました。本日から部隊に合流しますので紹介したいと思います」


キルロスの声に集まる隊員達。


その割合がマジシャンに傾いている事がセイレーンらしさと言えよう。


近接戦闘用の武器をもっている者は大抵が亜人。


人間の殆どはマジシャンで杖などを持っていた。


「では、端から名前と得意な戦闘距離を御願いします。他の隊員達と連携を取る事もあるので、得意な距離は正確に御願いします」


キルロスの後ろに並ばされていた六人。


彼らがこの部隊に入隊する新人達だった。


「それでは、御願いします」


「はい」


返事をし、一歩前に出る男。


頭上から飛び出る角と文化の差が一瞬で分かる着物を着ている事が彼を鬼人である事を示していた。


「コウキ・マエヤマと申します。得意距離は刀により近距離と呪術による中距離といった所でしょうか。よろしく御願いします」


鬼人らしくない礼儀正しさに一瞬、戸惑うものの、隊員達はコウキの入隊を歓迎した。


拍手の音が鳴る。


「次の方」


「・・・・・・」


無言で前に出る男。


その態度は別として、身に付ける装飾品、手に持つ杖、それらが彼を上流階級の人間だと示していた。


「ガスト・ゲイルライン。得意距離は魔術による中、遠距離だ」


ゲイルラインの名に周囲は騒然としたが、キルロスの一喝で静まる。


「公爵家であろうが、この部隊は実力主義。家の格など関係ありません」


「・・・(上等だ。実力で上っていってやろうじゃないか。キルロス・マゼルカ)」


その後、まばらにだが、拍手の音が鳴った。


「次の方」


「・・・・・・」


またもや無言で前に出る男。


先程のガストのような身分を特定するようなものは何も身に付けていなかったが、その猛獣のような眼付きが問題児の彼だと示していた。


「イレイス・クライン。得意距離は特にない。武術であろうと魔術であろうと使いこなしてみせる」


あまりの自己紹介に唖然とする一同。


武術と魔術を共に使うという不思議な事を言う男を前に眉を顰めるしかなかった。


「彼は魔術と剣を使う、言わば、魔剣士。彼と組む人は新しい戦闘方法を構築してください。また、問題児ですのでのさばらせないように」


キルロスの黒い発言に苦笑した後、彼らから拍手の音が鳴った。


「次の方」


「・・・はい」


軽装の鎧、頑強な兜から流れる青色の長髪、背丈を越える黄色い魔槍、その特徴的な数々が無口な彼女だと示していた。


「・・・ロザニィ・ラズリア。近、中距離。・・・よろしく」


簡単な内容。


そして、隣にいる同じ顔に隊員達は眉を顰めた。


「次の方」


それを察してか、キルロスは先を急がせた。


「はい」


ロザニィと同じ顔にマジシャンのローブ、背丈と同じ長さの杖、そして、水色の髪、それらがロザニィの片割れである彼女だと示していた。


「キャル・ラズリアです。得意な距離は魔術による中、遠距離。どちらかというと中距離の方が得意です。よろしく御願いします」


好感を覚える自己紹介。


だが、それも“双子”である事が印象を悪くしていた。


「見ての通り、彼女達は双子です。ですが、同じ顔であるだけで全くの別人です。それだけは覚えておいてください」


『止むを得ず』といった感じで渋々だが、拍手の音が鳴った。


「では、最後ですね。御願いします」


「はい」


片手に持つ大剣、顔を隠す仮面、覗かせる深青の瞳に青紫の髪、そして、騎士のマント、彼以外にこれらの特徴を持つ者はいないだろう。


「カリス・アークラインです。得意な距離は近接距離。また、聖術も行使できます。よろしく御願いします」


新人の中で唯一の近接距離のみだけを得意とする男。


その事に気付いた者がどれだけいるか?


誰もが容姿に気を取られ、彼の自己紹介を聞いていなかった。


「あれって・・・」


「どういう事だ?」


騒然とする一同。


その奇妙で奇怪な姿は隊員達の眼を点にさせるだけの衝撃があった。


「私の方で補足致しましょう」


キルロスが口を開き、隊員達は押し黙った。


「彼の名はカリス・アークライン。先日、アークライン家に養子入りした男性です」


「アークライン!? あのアークライン公爵家か!?」


キルロスの補足によって漸くアークラインの名に気付く隊員達。


どれ程、カリスの姿は彼らに衝撃を与えたのだろうか?


「仮面の事ですが、彼の顔には酷い火傷の跡があるそうで、それを隠す為だそうです」


「火傷?」


「それでか。それなら仕方ないな」


納得できる理由ならしい。


確かに好き好んで火傷の跡は見たくない。


隠しておいて助かったという者もいるだろう。


無論、その逆も。


「また、彼は先日、正式に公表されたミスト第三王女の近衛騎士も兼任しています」


「近衛騎士!?」


「あの、噂のミスト姫様のか?」


キルロスのその言葉は新人達にも衝撃を与えた。


「知っていたか?」


「いや。知らないな」


「第三王女の近衛騎士だって」


「・・・・・・」


「彼の謎は深まるばかりです。近衛騎士ですか・・・」


彼らとてカリスの事を知り尽くしている訳ではない。


騎士に叙任された理由など、気になる事はいくらでもあった。


「その為、近衛騎士として活動する事もあるでしょう。その際には周りで色々と助けてあげてください」


ちなみに、ミストの事はファムリアの口から国民達に知らされていた。


ミストが城に住み、ある程度暮らしに慣れてきたとファムリアが判断した時なので、最近の事なのだが。


結果、聖巫女の口からという事で渋々ながらも納得。


エルフである事すらも黙認せざるを得なかった。


国民、セイレーン貴族、それら全てが認めた事で正式にミストは王女として認められた訳だ。


「では、これで自己紹介を終わりとしましょう。解散してください」


その言葉に従い、新人達を除いた隊員達は去っていった。


彼らの仕事を全うする為である。


「自己紹介の方、お疲れ様でした」


残された新人達。


そんな彼らにキルロスが話しかけた。


「では、引き続き、貴方達には我が部隊の仕組みについて説明しておきましょう」


「仕組み?」


キャルが首を傾げる。


「はい。私達の部隊は他の騎士団や部隊と違い、誰かしらに依頼されるという形で任務をこなします」


「依頼・・・ですか?」


コウキが問いかける。


「依頼です。他の部隊では基本的に国からの指示を待ち、その指示通りに活動します。街の警邏や貴族からの要望など、全て国を介します」


「この部隊では違うと?」


「はい。私達は亜人種保護部隊。当然、依頼を持ちかけてくるのは平民や亜人などです。貴族や国と違い、財力などもあまりないでしょう?」


「ええ。まぁ・・・」


「そこで私達は国を介す事なく、本人より直接依頼して頂き、それを各々の判断でこなすという方針で行っています」


「本人からの依頼で不自然なのとかあるのでは?」


キャルが問いかけた。


確かに、信憑性のない依頼などに付き合っていては何人いても手が足りなくなる。


それの対処はどうなっているのか?


そうキャルは問いかけたのだ。


「その為に我が部隊には三つの部署があるのです」


「三つの部署?」


イレイスが問う。


「一つ目は調査部。文字通り、調査を専門とする部署です。彼らによって依頼が事実かどうか判別され、事実なら依頼として正式に受理、虚偽ならば不受理となります」


調査部。


依頼された内容が正しいかどうかを調べる部署である。


また、怪しいと思われる場所を張り込むなど、調査全般が彼らの仕事であった。


「二つ目は折衝部。こちらは話し合いで解決できるような問題を解決する為の部署です。交渉などを得意とする者が所属しています」


折衝部。


亜人と人間との間に生じる問題は荒事ばかりではない。


ちょっとした話し合いで解決するものも少なくないのだ。


彼らの仕事は話し合いの場に両者を立たせ、話し合いによって最善の結果を得る事である。


「最後に執行部。貴方達が所属する部署ですね。荒事や戦力を必要とする依頼をこなす部署です。殆どがこれらの依頼となります」


執行部。


亜人種保護部隊の殆どの者が所属する部署である。


問題によっては戦力も必要となる。


武力解決する為の荒事専門の部署と言えよう。


「これら三つの部署が連動し、依頼をこなしていきます」


「では、各々の判断というのはどういう意味だ?」


ガストが問いかける。


部署があるのに、各々の判断?


その意味が分からなかった。


「私達は部隊と名を付けていますが、実質は依頼を任意でこなしていくギルドのようなものと変わりません。あそこに施設があるでしょう?」


指で施設を指し示しながら告げるキルロス。


「あそこは我が部隊の本部でして。そこの一室に依頼書が集められた部屋があるのです。そこで依頼書を選び、受付に渡し、受理されれば、それが任務となります」


「要するに、隊として活動する事はないという訳か」


「そうですね。殆どそうなります」


「例外があると?」


「はい。緊急時に関しては部隊として活動してもらいます。指示も私達に従ってもらいますので理解しておいて下さい」


「なるほどな。基本的には別行動という事は理解した」


「もちろん、複数の人数で任務をこなしていくのも構いませんよ。それらも含めての各々の判断です。一人で無理だと思ったら、複数で受け付ける事をお奨めします」


「なるほど。手柄とかはどうなるんだ?」


真剣な表情でキルロスを見詰めるイレイス。


『誰よりも早く出世しなければ』とイレイスは焦っているのだろう。


だからこそ、この疑問はしっかりと訊いておかなければならない。


「調査部により定められた難易度や成功時の人数によって変わってきます。手柄は人数分で分けられますから」


「難易度の高さで区分されるのか?」


ガストが割り込む。


「はい。難易度、危険度により、下級任務、中級任務、上級任務、最上級任務と区分されます。当然、最上級任務が最も功績が大きいでしょうね」


「そうか。それなら・・・」


「但し、中級以上の任務を受ける為には資格が必要となります」


「資格だと?」


イレイスの顔が険しくなる。


「当然です。実力に見合わない依頼を受けても失敗するのがオチ。それでは、信頼を失いかねませんので」


「本当にギルドのようだな」


呆れるガスト。


それとは対照的にイレイスの顔は歪んでいた。


逸早く出世したい彼にとっては余計な制度であった。


「資格とは何だ!?」


当然、声も荒がる。


「調査部の中に、隊員達の戦闘技能を調査する部門もあるのです。彼らがどの任務まで受けて良いかを選別しています」


「何!? そんなものが当てになるのか!?」


「当然でしょう」


苛立つイレイスを前に、キルロスはキッパリと言い切った。


あまりの清々しさにイレイスは怒る事を忘れて眼を見開く。


「調査部の調査は絶対です。彼らは試験の試験官も担当し、誰かを評価する事に関しては右に出る者はいません。己惚れないください」


「・・・・・・」


キルロスの言葉に押し黙るイレイス。


「では、その調査部より預かった貴方達の評価を御渡ししましょうか」


キルロスが一人一人に何かを手渡していく。


「これは?」


問いかけるガスト。


彼の手には三つの円が繋がれた装飾品があった。


「その円の数が貴方達のクラスを示しています」


キルロスが告げる。


「私は二つね」


「・・・私も」


キャル、ロザニィは二つ。


「私も二つですね」


コウキは二つ。


「俺は三つ(・・・懐かしいな)」


カリスは三つ。


「何で俺が一つなんだ!?」


叫ぶイレイス。


自らが叫ぶようにイレイスは一つしか繋がれて、いや、一つの円を持っているだけだった。


「厳正な選別の結果です。貴方は一つ分の戦力しか持っていない。そういう事です」


「クッ! こんなの納得できるか!?」


剣を抜き、キルロスに襲い掛かるイレイス。


「ふぅ。それが貴方のクラスがシングルな原因ですよ」


サッと何事もなかったように避けるキルロス。


「クソッ! ファイヤーボール」


「魔術とは繊細な神経と澄み切った集中力が成せるもの。貴方は敗北から何も学ばなかったのですか?」


またもやサッと避けるキルロス。


「ファイヤーボールというのは、このようにやるのです。ファイヤーボール」


発動するファイヤーボール。


だが、その大きさは拳程しかなかった。


「ハッハッハ。何だ? そのファイヤーボールは!」


「避ける事を推奨しますよ」


「へッ。こんなの断ち切ってやるよ」


近付くファイヤーボールを前に構えるイレイス。


「避けろ! イレイス!」


カリスが叫ぶ。


「何を慌てているんだ。あれぐらい喰らっても」


ガストがカリスに告げる。


「違う! あれはただのファイヤーボールじゃない! 極限まで圧縮されて小さくなっているだけだ。込められた魔力量は上位魔術を軽く凌駕している」


「何!?」


「コウキ。見えるだろう?」


「はい。凄まじいまでに圧縮されています。これが隊長の実力ですか」


「ちょ、ちょっと。そんな落ち着いてないで、どうにかしてよ」


「・・・死んでしまう」


「クッ」


そう言われ、今にも剣で薙ぎ払おうとしてるイレイスのもとにカリスは走った。


「・・・・・・」


剣を振りぬこうという瞬間、カリスがイレイスに飛びつき、地面へと倒す。


「何しやがる!?」


「良く見ろ!」


カリスが視線を向ける。


そこにはファイヤーボールによって深く抉られた地面があった。


「こ、これは・・・」


「あんなのを喰らったら即死だぞ! マジシャンならあれぐらい見極めろ!」


「ク、クソッ」


カリスの言葉に表情を歪ませるイレイス。


「・・・・・・」


イレイス以外にも表情を歪ませる者はいた。


「・・・俺は分からなかった。これがあいつと俺の実力差か」


「・・・そんな発想、私にはなかった」


マジシャンとして実力の差を感じさせられた。


また、カリスが見極めたのに、マジシャンである自分が分からなかった。


その二つが彼らには悔しくて堪らなかった。


「・・・良いですか? イレイス君」


涼しい顔をしたキルロスが告げる。


「本当に強くなりたいのなら、まずはその態度を改めなさい。現実は貴方が思う程、甘くない」


「・・・・・・」


何の言葉も返せないイレイス。


「では、気を取り直して、説明をしましょうか」


そして、何事もなかったように話を続けようとするキルロス。


穏やかそうな顔をしたキルロスの裏の一面を眼にした一同は薄ら寒い思いだった。


「この円は下級、中級、上級を数で示しています」


自らの懐から三つの円を示して告げる。


「円が一つの者をシングルアーク。二つの者をダブルアーク。三つの者をトリプルアークと呼びます」


「私とロザニィはダブルアークね」


「私もですね」


「俺はトリプルアークという訳か」


「クソッ!」


それぞれが装飾品を手に持ち、告げる。


「何故円なのかというと、円は和を示しているからです。人間と亜人との友好関係を築きたい。その思いが和となり円として表されている訳です」


ニッコリと笑いながら告げるキルロス。


「隊長は三つですか。それならば、最高はトリプルアークという事ですか?」


コウキがキルロスに問いかける。


『隊長であるキルロスが三つならば、誰もそれ以上は持っていないのだろうか』と。


「いえ。最高は四つです。名称はクアドラプルアーク」


そんなコウキにキッパリと告げるキルロス。


「隊長ですらトリプルなのに、クアドラプルがいるんですか?」


「はい。この部隊を創立し、初代隊長の座に座ったラインハルト卿。彼のみが最高クラスであるクアドラプルアークの称号を得ています」


その言葉に苦笑するカリス。


『誰も自分だとは思わないだろうな』と。


「ラインハルト。護衛部隊の一人にして姫様二人を守護し続けた至高の騎士」


「実物を見た事はないけど、噂は良く聞いていたわね」


「・・・守護騎士」


「そうね。確か、そう呼ばれていたわ」


「フン。いるかいないかも分からない胡散臭い奴だ」


『散々な言われようだな』とカリスは苦笑した。


「調査部が調査し、出した評価です。当分の間はそれに従い依頼を引き受けてもらいます」


「それに従いとは?」


「シングルアークなら下級任務のみ。ダブルアークなら中級任務まで。トリプルアークなら上級任務までとなります」


「要するにクラス以上の任務は受けられない訳だな」


「そうなりますね」


「ちょっと待ってください」


ガストとキルロスの会話にコウキが割り込んだ。


「隊長がトリプルアーク。クアドラプルアークのラインハルト卿は今部隊にいない。では、最上級任務はどうするのですか?」


「良い質問ですね。コウキ君」


コウキの言葉にキルロスが答える。


「先程、緊急時での事は話しましたよね?」


「はい。部隊として活動すると」


「その緊急時こそがこの最上級任務の事です。これは緊急任務とも呼べます。個人で対応できない為、部隊として対応するという訳です」


「そういう事ですか」


「はい。この際には私が任務に当たる隊員を選出させて頂きます。もしかしたら、貴方達の内の誰かを呼ぶ事があるかもしれませんので、準備は怠らないでくださいね」


「分かりました」


頷くコウキ。


それを見越してガストが再度口を開いた。


「昇格や降格に関してはどうなっているんだ? クラスがずっと同じという事はないんだろ?」


「それはもちろんです」


ガストの言葉にキルロスが頷く。


「昇格の対象としては任務の功績、戦闘技能評価試験などがあります。降格の対象としては任務の失敗、降格処分を受けるような問題を起こすなどがあります」


「要するにクラスを上げたいのならば、多くの功績を残せば良い訳だな」


「そうなりますね」


「戦闘技能評価試験って何ですか?」


キャルが問いかける。


「年に何度か評価試験を行うのです。その際に参加を申し込み、修練の成果を模擬戦で証明できれば、クラスが上がります」


「なるほど。ありがとうございます」


「いえいえ。随時、質問は受け付けていますので気になる事があればいつでもどうぞ」


「あ、は、はい」


にこやかに笑うキルロス。


今までの事もあり、キルロスの笑みがトラウマになりそうなキャルであった。


「・・・・・・」


そんな会話を他所に黙り込むイレイス。


彼は今、どうすれば出世できるか。


それだけを考えていた。


クラスとしては最も下なのだが、功績を残す事に低い高いは関係ない。


功績が小さくとも積み重ねれば良いだけだ。


そして、それが結果としてクラスの昇格に繋がる


誰りも多くの任務をこなし、多くの功績を残してみせる。


イレイスはそう結論付けた。


「そうですね。後は複数で任務に参加する時の事を御話しましょう」


キルロスの話は続く。


「クラスの違いがある以上、任務の共同参加には条件が付きます」


「条件・・・ですか。それは?」


コウキが問いかける。


「それは参加する隊員のクラスを全て足し、参加する人数から一引いた数で割った時の数が既定の数を上回る事です」


「それぞれの円の数で計算する訳ですね。二人の場合はどうなるのですか?」


「二人の場合は二で割って下さい」


「なるほど。分かりました。条件はそれだけですか?」


「いえ。もう一つ。必ずその任務を受ける資格を持つ者が同伴するという事も条件となります」


「上級任務を受けるにはトリプルアークの者が必ずいなければならない。そういう事ですか?」


「理解が早くて助かります」


頷くコウキを見て、微笑むキルロス。


「詳しく説明しろ」


イレイスが告げる。


相変わらずのようだ。


「そうですね。では、ガスト君とコウキ君とではどうなるかを例にとって説明しましょう」


二人に視線を向けながら、キルロスが説明を始める。


「この場合、二人のクラスを足した数はトリプルアークとダブルアークなので五。それを二で割ると二、五となります」


「ニ、五という事は・・・」


「そうです。受けられるのは中級任務までとなります」


「トリプルアークがいるのに、上級任務は受けられないのですか?」


「ダブルアークが足手纏いになる可能性がある。そう捉えて下さい」


「・・・分かりました」


ダブルアークである事が急に悔しくなったコウキ。


トリプルアークに負けない自信があるのに、足手纏い扱いされる。


『すぐにクラスをあげてみせます』と心に誓った。


「では、そこに同じダブルアークであるキャル君が加わったとしましょう」


「全員の合計は七。人数は三人なので、割る数は二。出る答えは三、五です」


「そうですね。そうなれば、三という上級任務を受ける上での既定の数を超え、ガスト君がいるので、上級任務が受けられるという訳です」


参加する全員分の円の数を足す。


その数を人数より一引いた数で割る。


その答えが中級なら二、上級なら三を超えていれば良い訳だ。


「では、私と彼女達が共同で任務を受けた場合、既定の数自体は超えますがトリプルアークがいない為、上級は受けられないという事ですか?」


コウキがキャルとロザニィを示しながら問いかける。


「はい。確かに三人から計算すると答えは三になるので、上級任務を受けられるだけの数は得られた事になります」


頷くコウキ達。


「ですが、やはりトリプルアークとダブルアークとでは戦闘技能に隔たりがあります。既定を超えたとしても任せられません」


「・・・・・・」


『そんな事はない』と反論したいが、決まりである以上、これに従うしかない。


「上級を受けるならトリプルアークを必ず入れる。それが最低条件です。そうしなければ、受付で弾かれます」


「・・・分かりました」


コウキが渋々といった感じで頷く。


誰でも『お前は劣っている』と言われれば面白くないものだ。


「納得して頂けたようですね。それでは、次にこれを渡します」


またもや一人一人に何かを手渡していくキルロス。


「これは見た事がある人もいるでしょう」


「階級章か?」


「そうです。階級章です」


階級章。


騎士団、魔術師団に所属する者の身分を示すものである。


かつて騎士団に在籍していたイレイスはこの階級章を知っていた。


除隊された時に無効にされているが、イレイスも以前の騎士団でこの階級章を受け取っている。


「入隊するに当たり、貴方達にはまずこれを渡しました。准兵士の階級章です」


入隊、入団した者は始めに准兵士の階級章が渡される。


功績を残す事で階級章は徐々に位を上げていく。


「貴方達が残した功績を調査部が判断し数字とします。そして、その数字が既定以上となった時、私の方から位を授けます」


准兵士、下級兵士、中級兵士、上級兵士の兵士職。


准騎士、下級騎士、中級騎士、上級騎士の騎士職。


准聖騎士、聖騎士の最高職。


これらがセイレーンの階級章が示す立場となる。


アゼルナート、カーマインでは、最高職が将軍となるが、他の階級は同じだ。


「カリス君は既に騎士の称号を得ていますので、この准騎士から始めてもらいます。よろしいですね?」


「はい。分かりました」


カリスが得た騎士の称号は軍組織とは関係のない騎士称号だが、部隊入りしてもその効力は発揮される。


だが、その騎士称号からどの階級章が与えられるかは部隊や騎士団によって違った。


ちなみに、カリスが得た騎士称号は王宮騎士という称号に部類される。


通常の騎士は階級章のみであり、王宮騎士のようにマントが許される訳ではない。


その為、マントを着けた騎士というものは周囲から王宮騎士、即ち、偉大な功績を残した騎士として唯の騎士とは別に扱われるのである。


一般的に騎士と呼ばれるのは王宮騎士の事である。


階級の騎士は騎士と呼ばれず、中級騎士など階級で呼ばれる。


「他の騎士団や魔術師団でならもっと優遇されるかもしれませんが、この部隊は完全な実力主義です。功績以外で昇格の対象となるものはありません」


通常、王宮騎士が入隊するとなると、上級騎士ぐらいの扱いは受けるものだ。


だが、ここでは准騎士。


騎士職の中でも最下位に入る。


完全なまでの実力主義。


命令系統が存在していない特別な部隊。


それらが関係し、准騎士としてしか扱われないのだろう。


本来なら下級兵士からでも良いのだが、最低限の敬意を払ってという事である。


流石に騎士の称号を持つ者を一般兵士と同等には扱えないのだ。


だが、この制度はカリスにとって都合が良い環境とも言える。


確かに、騎士の称号を持つ者としてあまり良い始まりではないが、カリスは実力で昇格したいのだ。


どんな階級から始まっても別に構わなかった。


そして、この昇格方法ならば、周囲を認めさせる事が出来る。


家の名だとか、権力者の知り合いだとか、そんな下種な理由ではなく、己の実力という確固たる理由で昇格するのだから。


「では、これで説明は終わりとなります。質問はございますか?」


キルロスが周囲を見渡しながら問いかける。


どうやら、誰もいないようだ。


「では、解散としましょう。任務を受ける、受けないも任意。その間、何をするかも任意です。全て自己責任という訳ですね。それでは、頑張ってください」


キルロスが去っていく。


「ちょっと待て」


そんなキルロスの背中にかかる声。


「はい。何でしょうか? イレイス君」


イレイスだった。


「給金はどうなる? 任務を受け続けないという選択を取る奴もいる筈だ。そんな奴にも給金を払うのか?」


「そうですね。その説明をしていませんでした」


キルロスが戻ってきて、再度、一同の前に立った。


「我が部隊の基本給は他騎士団に比べ格段に劣ります。それは任務成功による報酬が給金に含まれるからです」


「報酬? それは依頼主から取るのか?」


「いえ。単純に給金が上乗せされるだけです。報酬を依頼主から得ていたら報酬の為に働くみたいで我が部隊の信念に反します」


「要するに任務をこなせばこなす程、出世も早くなり、給金も多くなる。そういう事だな」


「ええ。そういう事です」


「分かった」


イレイスが納得したように頷く。


「もう大丈夫ですか?」


その言葉に一同は頷いた。


「では、今度こそ解散ですね。私は本部の最上階にある執務室にいますので、何かありましたらお越し下さい」


そう言って、今度こそキルロスは去っていった。


「良し。それじゃあな」


「イレイス。どこに行くんだ?」


「俺は任務を受けてくる。俺の邪魔だけはするなよ」


そう言い残し、イレイスは去っていった。


「何よ。あの態度」


「・・・・・・」


ムカッとするキャルとロザニィ。


「何を焦っているんでしょうか」


「フン。いずれ気付くだろ。そんな事よりもだ」


ガストがカリスに視線を向ける。


「お前が近衛騎士だとは聞いていなかったぞ」


その言葉に同期の一同もカリスに視線を向けた。


「そうですね。私も先程の説明で知りました」


「どうして隠してたの?」


「・・・・・・」


どこか責めるような視線で見てくる。


カリスは苦笑した。


「いや。隠していた訳じゃないさ。ただ、言い出すきっかけがなくてな」


その言葉に一同は不満げになるものの、仕方がないと割り切った。


「じゃあさ。どうして貴方が近衛騎士に任命されたの? ミスト姫様とどういう関係なの?」


キャルが問いかける。


ロザニィも興味津々だ。


「俺はミスト姫様を保護してな。保護してからずっと一緒に暮らしていたんだ」


「・・・え?」


「姫様と一緒に暮らしていた?」


カリスの言葉に唖然とする一同。


「それは姫と知っていてか?」


「いや。偶然だ。姫様自身も自分が王家の血筋である事は知らなくてな。俺も先日それを知らされた」


「凄い偶然だな。保護した者が王家の血筋だったなんて」


「そうですね」


ガストの言葉にコウキが同意した。


「ねぇ。ミスト姫様がエルフという事は本当なの?」


キャルが問いかけた。


「聖巫女様が公表した通りだ。ミスト姫様はエルフ。正式に言えば、エルフと人間との間に生まれたハーフエルフだ」


「・・・ハーフエルフ」


「・・・そっか。姫様も私達と同じ忌み子なのね」


人種が違う両親から生まれた子が忌み子。


それならば、人間と亜人との間に生まれた子もまた忌み子である。


悲しそうに顔を俯かせながら、キャルが告げた。


「・・・確かにそうかもしれない。だが、ミスト姫様は忌み子である事から逃げなかった。人間にも亜人にも受け入れてもらえなくても、強く生きてきた」


もちろん、カリスの存在もあっただろう。


だが、ずっと辛い思いをしてきた事も事実だ。


正体を隠す事が辛く、嫌になり、自棄になってもおかしくない。


それでも、ミストは強く生きた。


もう嫌だと投げ出す事なく、一生懸命に生きていた。


カリスに笑顔を見せ、ローゼンに笑顔を見せ、寂しさ、辛さに泣く事なく。


「だからだな。俺はどうしてもあいつを護ってやりたい。あいつが笑っていられる時間を大事にしてやりたいんだ」


「・・・・・・」


万感の思いを込めて紡がれるカリスの言葉。


誰もがその独白に言葉を失う。


その想いが伝わったからか、口を開く事すら大罪のような気がした。


「その為なら何でもしよう。修羅にだってなる」


強く言い切るカリス。


頼もしく、本当に心強い姿だった。


「・・・もっと早く」


「え?」


「・・・もっと早く会いたかった」


ロザニィがそう呟いた。


「・・・そうね。きっと・・・」


キャルもまたそう呟く。


カリスを見詰める二人の視線にはどこか羨望の感情が込められているように感じる。


「・・・そうか」


「・・・そうですか」


ガスト、コウキもまた、呟くように言葉を返す事しか出来なかった。


その想いの深さが伝わってきたから。


「俺が近衛騎士に任命されたのもミスト姫様の要望だ」


「ミスト姫様が一緒にいてくれって?」


「まぁ、そうなるな」


キャルの言葉に苦笑するカリス。


「そっか。それで貴方は近衛騎士に」


「ああ。王宮騎士の称号もミスト姫様の保護という功績で頂いた。近衛騎士に任命されるのに必要な功績だと」


「なるほど。近衛騎士は姫と密接な関係にある者のみが就任できるという。確かにその功績で騎士の称号を得れば、任命されても不自然ではなくなる」


『そういう事か』とガストの言葉に一同も納得した。


「それにしても・・・」


キャルが問う。


「よくエルフと一緒にいれたわね」


「ん?」


キャルの発言に眉を顰めるカリス。


「あ、勘違いしないで。亜人とか、人間とかの人種差別をしている訳ではないの」


カリスが怒ったのかと思い、弁解するキャル。


「私達マジシャンにとってエルフは恐怖の対象でしょ? どんな亜人だって一応受け入れているセイレーンでもエルフだけは受け付けない」


「・・・そうだな」


確かな事実だった。


悲しい事だが、エルフだけはどの人種も受け入れてくれない。


「そんなエルフを保護して、一緒に暮らしていたなんて、私には想像が付かないの」


「確かにな」


「蔑んだり、嫌ったりという訳ではないですが、エルフと接するのはやはり少し怖いですね」


ガスト、コウキも同意する。


「怖くなかったの?」


「怖い? 姫様が?」


キャルの言葉に苦笑するカリス。


キャルの言葉に差別とかは含まれておらず、単純に興味本位で聞いていた。


その為、カリスもいつも通りに接する。


「ハハハ。ミスト姫様が怖い・・・か」


笑うカリス。


「何よぉ? 私、変な事、言った?」


「いや。すまない。ミスト姫様と怖いという言葉がどうしても噛み合わなくてな」


「噛み合わないって?」


「むしろ、その対極だな。怖いというよりも保護欲が湧くような可愛らしい女の子だぞ」


「それでも、やっぱりエルフでしょ?」


やはりエルフというイメージが払拭できないらしい。


だが、そんなキャルもカリスにとっては苦笑の対象にしかならない。


「エルフだから怖い。その考えを根底から覆す存在かもしれんな。ミスト姫様は」


「ふぅ~ん。そこまで言うなら、会ってみたいわね。ね? ロザニィ」


「・・・ええ。師匠の妹分なら」


「機会があればな。流石に俺が連れ出す訳にもいかんだろ?」


「ま、それもそうね」


その言葉に一同は笑い合った。


「さて、では、私も任務を受けてくるとしましょう」


「コウキ。単独で受けてくるのか?」


「はい。皆さんと共同で受けるのも魅力的ですが、最初は単独で受けてみようと思うのです」


「そうか。それなら、止めはしない。始めは慣れるつもりで簡単なのを受けた方が良いと思うぞ」


「ご忠告、痛み入ります」


コウキが去っていった。


残るカリス達。


「ガストはどうする?」


「群れるのは嫌いだからな。当分は一人でやらせてもらう」


「当分・・・か。では、そのいつかを楽しみにしている」


「フン」


カリスの言葉を鼻で笑って去っていくガスト。


当分という事はいずれ共同で任務を受けるという事を示していた。


それを理解したからこそのカリスの言葉である。


ガストが去っていたのも真意を突かれ、照れたからだ。


「意外と可愛い所あるのね」


キャルが呟く。


当然、三人ともガストの行動がどういう意味か察している。


カリスは苦笑し、二人は眼を見開いた後、微笑んだ。


「・・・・・・」


ガストを見送った後、無言でカリスを見るロザニィ。


「貴方はどうするの?」


その事に気付いたキャルがカリスに問いかけた。


『ロザニィの師匠である貴方はどうするつもりなのか』


『弟子であるロザニィにどう指示を出すのか?』


その二つをまとめて聞いている。


「そうだな。始めは俺も慣らしで簡単な依頼を受けるつもりだが、どうする? 共同で受けるか?」


「・・・そうね。貴方がいれば、心強いし。ロザニィの為にもなるわ」


「・・・ええ」


カリスの言葉に頷く二人。


「分かった。とりあえず、俺達も依頼書を見に行こう。決めるのはそれからでいい」


「そうね。行きましょう。ロザニィ」


「・・・・・・」


先に二人が歩き出し、それを追う形でカリスが歩き出した。


これから行う任務がカリス達にとって亜人種保護部隊での初任務となる。


初任務を無事終え、今後に活かせるよう、頑張って欲しいものだ。


「・・・やるか」


仮面の奥で穏やかな笑みを浮かべるカリス。


その瞳には強い意思が込もっていた。




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