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第二十二話 求めてやまない光景




「そうですか。受かりましたか」


「はい」


試験を終えたカリスはその足で城へと向かった。


正式に彼は近衛騎士として任命されている為、城の奥に行くのに必要な証明書もまた聖巫女から贈られていた。


門番に証明書を提示し、奥に進むと聖巫女の侍女として働く巫女に遭遇。


彼女に頼み、聖巫女に連絡を取ると部屋へと案内された。


現在は、そこで聖巫女と話しているという状況だ。


無論、聖巫女の私室にいる為、仮面は取ってある。


「カリス殿なら心配ないと思っていましたが、やはり受かったと聞くと安心しますね」


「ありがとうございます。俺も受かる事が出来てホッとしています」


ニッコリと笑う聖巫女にカリスも笑みをもって返す。


聖母の名に相応しく、ファムリアは包容力があり、母というものを強く感じさせる。


更に、カリスと同じ“深い青の瞳”である事が、カリスに未だ見ぬ母親の事を幻想させた。


カリスはファムリアに対し、母に対する思慕のようなものを抱きながら接しているのかもしれない。


そして、ファムリアもまたそんなカリスの思いに気付いてか、カリスを我が子のように可愛がっていた。


「聖巫女様」


「はい。何ですか? カリス殿」


「聖巫女様に相談したい事があります」


真剣な表情のカリスにファムリアもまた表情を改め真剣なものとした。


「報告の為に立ち寄らせて頂きましたが、折角の機会なので、お話したいと思います」


「それは私とカリス殿の二人きりの時の方が都合が良い相談という事ですか?」


「はい。出来れば、話が終わった後、聖巫女様にも胸にしまっておいて頂きたい事です」


「分かりました。聞きましょう」


その言葉に頷くとカリスは胸元を開く。


「カ、カリス殿。何を?」


その突然の行動、覗かせる鍛え抜かれた胸の筋肉に頬を赤らめる聖巫女。


彼女も女性だ。


子と同じ歳の男性でも照れるものは照れる。


ただでさえ、カリスの鍛え抜かれた筋肉は眼に毒な程に魅力的なものなのに。


「如何しました? 聖巫女様」


頬を赤らめて俯く聖巫女に首を傾げるカリス。


自分が原因だとは夢にも思うまい。


「い、いえ。何でもありません。どうして胸元を開いたのですか?」


視線をカリスに向けないようにして問いかけるファムリア。


時たま、チラッと開かれた胸元に視線を送ってしまうのは、女性として仕方のない事だ。


「聖巫女様に見せたいものがありまして」


「え?」


その言葉に驚くファムリア。


胸元を開くという行為の後に言われた言葉だからこそ、ファムリアの焦りは尋常ではない。


「あ、あの、カリス殿?」


いつもの余裕はどこにいったのか?


落ち着いた女性といういつものファムリアを微塵も感じさせない姿だった。


「これです」


ま、それも杞憂に終わる訳だが。


「え?」


手渡されたのは深紅の宝玉。


以前と違い、首にかけられるよう細工されてあるが、間違いなく父ジャルストより手渡された宝玉であった。


カリスにとって親の形見とも言えるもの。


『誰にも見せない方が良い』と父より言われ、カリスはファムリアに見せるかも迷っていた。


だが、『信頼が置け、なおかつ、博識である聖巫女様になら』とカリスは見せる事を決める。


カリスは少しでも親の手がかりが欲しかったのだろう。


セイレーンにやって来てから随分と悩んだものだ。


決意し、後は忙しく、常に誰かが傍にいるファムリアと二人きりという環境が出来るのを待つだけ。


今日、早速その機会が訪れた訳だ。


「これは・・・」


先程の慌てぶりを一転させ、真剣な表情で受け取った宝玉を見詰めるファムリア。


「これは、俺が両親に拾われた際に傍にあったものだそうです」


「拾われた?」


カリスの言葉に眉を顰めるファムリア。


どうやらカリスとアナスハイムの関係は知らされていなかったようだ。


「以前、自分がカリス・アナスハイムだという話はしました」


「はい。ラインハルトは偽名であると」


「ですが、それだけではないのです。言わば、アナスハイムもまた偽名。俺は自分の本当の両親を知らないのです」


「両親を・・・知らない」


驚きに眼を見開くファムリア。


「幼き頃は気にもしませんでしたが、成長すれば自ずと疑問に思います。何故自分と家族とはこんなにも容姿が違うのかと」


「アナスハイムの家は一般的なアゼルナート人と同じ。でも、カリス殿の容姿は・・・」


「はい。兄も妹も金髪で茶色の瞳。それに対して俺は青紫の髪と青色の瞳。血の繋がりを感じさせるには違いがあり過ぎます」


「・・・そうでしたか。カリス殿は本当の両親を知らなかったのですね」


悲しみに俯くファムリア。


しかし、当の本人であるカリスは気にした様子はなかった。


「聖巫女様。悲しんでくれるのは嬉しいですが、俺は悲しくなんてありませんよ」


「カリス殿?」


「俺は本当に家族に愛してもらいましたから。血の繋がりがなくとも俺にとって父上、母上、兄上、妹。その誰もが自慢の大切な家族です」


その笑みがあまりにも綺麗過ぎて。


悲しみを微塵も感じさせず、大切な家族だと言い切った言葉に込められた想いが純粋過ぎて。


ファムリアは言葉を失った。


「そうですか。幸せだったんですね」


勝手に勘違いしてしまった。


カリスは悲しんでなどいない。


きっと幸せな日々だったんだな。


そう思ったから、ファムリアは万感の思いを乗せ、カリスに微笑んだ。


「はい。幸せでした」


だからか、カリスも笑顔で、そして、力強くそう告げた。


「俺の本当の両親が今も生きているのか? それは俺にも分かりません。ですが、それが誰だったのか? それはもしかしたらその宝玉から分かるかもしれないのです」


「これから・・・」


手に持つ綺麗な宝玉を見詰めながら呟くファムリア。


「その宝玉について聖巫女様が何かご存知でしたら教えて頂きたいのです」


懇願するように頭を下げるカリスにファムリアは困ったように表情を歪ませる。


「残念ながら、私もこれについては分からないのです」


「・・・そう・・・ですか」


残念そうに俯くカリスを見て、ファムリアはどにかしてあげたいと思った。


「ですが、私の方でも調べてみましょう。カリス殿も気付いていると思いますが、これは国宝級の代物。追っていけば自ずと誰が所有していたか分かる筈です」


「その気持ちは嬉しいのですが・・・」


渋るカリス。


ファムリアが調査する事でこの宝玉の事が違う者にも知られてしまうのではないかと心配したのだ。


だが、そんなカリスに対してファムリアは穏やかに笑う。


「分かっています。慎重に調査しますから安心してください」


カリスの思いを察したからこそのこの言葉。


ファムリアの穏やかな笑顔がカリスを安心させた。


「ありがとうございます。聖巫女様」


カリスが調べるのより何倍もファムリアの方が早く正確に情報を得られるだろう。


それを理解しているからこそ、カリスは感謝の気持ちを表すよう深く頭を下げた。


「では、これは返しておきますね。いつまでも持っていると名残惜しくなってしまいそうですから」


苦笑しながら告げるファムリアにカリスも苦笑した。


そう言われても不思議じゃない程、この宝玉は魅力で溢れているのだから。


聖巫女とて人間だ。


欲しがってしまうのも仕方がない。


自制心が強いからこそ素直にカリスに返す事が出来たとも言える。


コンッコンッ。


カリスが宝玉を受け取ったとほぼ同時に鳴るノックの音。


「カリス殿。しまってください。誰か来ました」


「はい。・・・大丈夫です」


先程と同じように首へと宝玉をぶら下げ、胸元に垂らすカリス。


その後、胸元を閉じ、カリスは『大丈夫だ』とファムリアに告げる。


ファムリアはそれに頷くとノックに対して返事をした。


「はい」


「失礼致します」


扉を開けてやってきたのは聖巫女の侍女。


「姫様方が参られました」


「分かりました。ここへ」


「はい。では、失礼します」


一礼し、部屋から退室していく侍女。


「御母様。カリス様」


それと入れ替わるようにルルシェ達三人の姫達が現れた。


後ろにはローゼンの姿も見える。


「ようこそいらっしゃいました。カリス様」


「御兄様。やはり素顔が一番です」


「・・・カリスさん」


「・・・・・・」


カリスの姿を発見し、笑顔を浮かべる三人。


彼女達のカリスに対する親愛が分かる。


ローゼンは無言のものの、その瞳からルルシェ達同様親愛の感情が読み取れた。


「カリス様がここにいるのは報告の為ですか?」


「はい。無事、亜人種保護部隊に受かる事が出来ましたので、御報告に参りました。姫様達の部屋にも参ろうと思ったのですが、集まっていただいたのでちょうど良かったですね」


「え? ・・・あぁ(部屋で待っていれば良かったです。そうしたら御兄様が部屋に来てくれたのに)」


「如何しました? リース」


「い、いえ。何でもありません。御母様」


ファムリアに突っ込まれ慌てるリース。


感情が表に出るリースだからこそファムリアに突っ込まれたが、恐らくルルシェやミストも同じような事を考えていただろう。


どことなく『しまった』という表情を浮かべている。


「私達の国には複数の騎士団と魔術師団があります。その中でも亜人との間に蟠りがなく、優秀な者が集まる部隊。それが亜人種保護部隊です」


ファムリアが話し出す。


「そして、私達王家の意向を反映するべく護衛部隊の一人、ラインハルトが創立したものです」


ファムリアがカリスに視線を向ける。


カリスはそれに頷いて見せた。


「王家の方針に沿うもの。護衛部隊の一人が創立したもの。それら多くの事情が噛み合って、この部隊は一部隊にして一騎士団と同じ権限があります」


一部隊にして一騎士団と同じ権限がある。


それ程に王家にとってこの部隊の重要度は高いという意味だ。


「他騎士団に比べれば数は少ないでしょう。ですが、実力は高い。少数精鋭としての活躍を期待しています」


「はい。俺に出来る事をやっていくつもりです」


「そうですね。焦らなくて良いのです。ゆっくりと少しずつ進んでいってください」


ニッコリと笑うファムリアにカリスも笑う。


「焦っても仕方ありませんから」


ルルシェも笑う。


「御兄様なら、心配要りませんよね」


「・・・はい。カリスさんなら」


リースとミストもまた笑顔を浮かべた。


「では、もう報告は良いですよ。カリス殿」


「はい。聖巫女様」


「まだ、時間はあるのでしょう?」


「え? あ、はい。活動は明日からですので」


「それでは、ミストと一緒にいてあげてください」


急に名前を呼ばれた事で驚くミスト。


バッと顔をあげてファムリアを見た。


「ずっと寂しそうでしたから」


ニッコリ。


ファムリアが笑う。


パァ~っと花が咲くような笑みを浮かべるミスト。


その顔を見れば、カリスの事だ。


「そうですね。分かりました」


断れる訳がない。


カリスは笑顔で了承した。


「ミスト。楽しんでいらっしゃい」


「・・・はい」


嬉しさが隠し切れない様子で頷くミスト。


その可愛らしい仕草にカリスとファムリアは頬を緩ませた。


「では、失礼致します」


「・・・失礼します」


一礼し、去っていくカリス。


ミストもまた一礼し、カリスを追っていった。


「貴方達は良いのですか?」


残ったルルシェとリース。


ファムリアが二人に問いかける。


「折角なのですが、邪魔しては可哀想ですから」


「我慢します。ミストだって二人きりで話したいでしょうし」


「ローゼンも一緒ですけどね」


微笑むルルシェ。


「あ。本当です。ローゼンがいません」


リースが部屋中を見渡しながら告げる。


彼女が気付かぬ内に、いつの間にかローゼンも消えていたようだ。


「ずっと寂しそうでしたからね。ミスト」


リースが告げる。


「ちょっと可哀想な事をしたかもと思う時があるのです。仕方がないとはいえ、カリス様と離してしまった訳ですから」


ルルシェが告げる。


「健気ですよね。ミスト。不安なのを一生懸命押し隠して、頑張ろうとしている」


「やはりミストにとってカリス殿の存在はそれ程までに大きいという事でしょう」


「ちょっと妬けますね」


「誰に・・・ですか? ルルシェ」


笑顔を浮かべながら問いかけるファムリアにルルシェも笑顔で返す。


「ウフフ。ミストにもカリス様にも。両方に・・・ですよ」


ミストが去っていった扉にルルシェが視線を向ける。


その視線はとても暖かいものだった。










~SIDE ローゼン~


「・・・合格おめでとうございます。カリスさん」


「おめでとうございます。カリス様」


「ありがとう。ミスト。ローゼン」


ミストの部屋兼私の寝床。


そこで私達は思い思いの場所に座って話しているわ。


この三人だけになるのはとても久しぶりね。


「久しぶりだな。三人だけになるのは」


カリス様も同じ気持ちでいてくれたみたい。


きっとミストも同じ気持ちなんでしょうね。


コクコクって頷いているもの。


「ここの生活には慣れたか? ミスト」


「・・・はい」


正直に言えば、ちょっとミストには辛いでしょうね。


カリス様がいない暮らしなんですもの。


私がいてもちょっとした足しにしかならないわ。


やっぱりミストにはカリス様がいないと駄目ね。


それでも、我慢してカリス様に心配させないように微笑みながら告げるミスト。


・・・成長したのね。


ちょっと前だったら、すぐにカリス様に泣き付いたでしょうに。


誰かを思い遣れるようになった。


次はどう変わっていくのかしら。


ウフフ。


ミストは私が知らぬ間にどんどん成長していくのね。


それが嬉しくて、ちょっと寂しいわ。


「そうか」


きっとカリス様もこれがミストの強がりだって分かっている。


「偉いな」


でも、それもミストの成長にとって大事な事だって理解しているから。


「・・・はい」


だから、笑顔で頭を撫で続けるんでしょうね。


『頑張ったな』って。


『頑張れ』って。


「そうだ。ミスト。これを預かっていてくれないか?」


いきなりそんな事を言い出したカリス様。


「・・・預かる?」


「ああ。俺が俺であるための証。俺の今までの軌跡そのものだ」


手に持つのは・・・マント?


「・・・これはカリス様が戦争に行く際に必ず付けるマント」


「ああ。俺にとって何よりも大事な物だ」


「・・・そんなの預かれません。カリスさん」


「いいんだ。ミスト」


丁寧に優しくマントを持つカリス様。


そして、ゆっくりとミストへと手渡した。


「お前に預かっていて欲しい。ミスト」


「・・・ですが・・・」


「お前が強くなった今、俺もこれにいつまでも甘えている訳にはいかないからな」


「・・・え?」


「どういう意味ですか?」


「いや。なんでもないさ」


よく分からない。


でも、それをミストに渡す事で、カリス様は何かと決別しようとしているみたい。


「俺の代わりだと思ってくれ。それに、それがここにある限り、俺はここにまた戻ってこなければならないからな」


『俺は死なない』


そうカリス様はミストに伝えているんだ。


『必ず戻ってくるから。安心してくれ』って。


「・・・はい」


それが伝わったのか、ミストがカリス様からマントを受け取る。


ミストはカリス様のマントを優しく柔らかく手に持った。


「・・・大切にします」


「ああ。大切にしてくれ」


笑顔を浮かべるカリス様。


その胸にどんな想いが込み上げているのだろう?


私には分からなかった。


「ローゼン」


「ハッ」


「ミストの事を頼むな」


「御意に」


・・・ミストが大事なのは分かるけど、もう少し私にも何か言ってくれても・・・。


「頼りにしてるぞ。ローゼン」


・・・背中に心地よい温もり。


さぁ~って優しく撫でてくれるカリス様。


「・・・・・・」


狼状態である時の弱点みたいなものね。


カリス様はそれを知ってか、知らないのか、よく私の背中を撫でる。


単純なのかしら?


それだけで私は満足してしまう。


「・・・気持ち良さそうです。ローゼンさん」


・・・ちょっと恥ずかしいわね。


こんなの私らしくないわ。


「・・・嫌だったか?」


逃げるように身体を動かす私を見てそう問いかけてくるカリス様。


どこか寂しそうな瞳で私を見詰めてくる。


「・・・いえ」


そんな顔で見られたら抵抗する気がなくなってしまう。


・・・そもそも嫌なんて事ないのに。


「そうか。よっと」


キャッ!


「ミストが昼寝してしまうのも分かるな」


・・・何なのかしら、この状況。


「・・・羨ましいです」


・・・ミスト。


私にどうしろと?


「ミストも来るか?」


「・・・はい。お邪魔します」


近付いて来るミスト。


私はカリス様に抱かれていて身動きが取れない。


そう、私は椅子に座るカリス様に抱き上げられた。


・・・抱き上げられてしまった。


大型な筈なのに、カリス様が上手く抱き上げるから体勢も辛くないし、カリス様も楽そう。


どうしてカリス様は私が狼状態だとこんなに大胆なのかしら?


この状況だと私にはどうする事も出来ないというのに。


人状態の時にももう少し・・・。


「ん? 椅子では厳しいな。少し行儀が悪いが・・・」


えぇ~と。


良く抱き上げたまま移動出来ますね。


「ここに座っても大丈夫か? ミスト」


「・・・はい。フカフカして気持ち良いんですよ」


「そうか。それなら、お邪魔するな」


そう言った後、カリス様は私を抱き上げたまま、ミストがいつも寝ているベットに座り込む。


「む。かなりの高級素材を使っているな。寝心地が良いだろう?」


「・・・はい。ぐっすりです」


笑い合うカリス様とミスト。


私は笑う余裕がない。


「おいで。ミスト」


「・・・はい」


ベットに座ったカリス様は私を膝の上に乗せて背中を撫でる。


やって来たミストは私の背中に頭を乗せて、ベットに身体を投げ出す。


王家の姫が暮らす部屋だから、この部屋はとても広い。


でも、私達はそんな広い部屋で、ベット一つで収まってしまう程に密着している。


「・・・気持ち良いです」


右手でミストの頭を。


左手で私の背中を。


優しい手付きで気持ちを込めて撫でてくれるからとても心地良い。


私はカリス様に撫でられるこの時間が一番好き。


きっとミストも同じでしょうね。


「・・・眠くなってきました」


眼をこすりながら告げるミスト。


その仕草はとても可愛らしい。


「寝て良いぞ。俺はここにいるからな」


「・・・はい」


スーッスーッ。


寝息をたて始めるミスト。


本当に気持ち良さそうに寝ているわね。


「・・・・・・」


あぁ。


なんだか私も眠くなってきた・・・。


どうしようかしら?


「ん? ローゼンも眠いのか?」


「え、いえ」


「眠っていいぞ。いつも俺の頼みのせいで大変だろう? 偶にはゆっくりしてくれ」


「いえ。大変などと」


カリス様の為に何か出来るなら。


私にとっては忙しい時間も充実した気分になれる。


大変なんて事は一切ない。


「それでもだ。気持ち良くないのか?」


・・・ずるいです。


そんな言い方。


「では、少しだけ」


「ああ。おやすみ。ローゼン」


睡魔に襲われ、意識が朦朧としてくる。


落下していく意識。


瞳が閉じられる瞬間、視界に飛び込んできたのは優しい笑顔を浮かべたカリス様だった。


「おやすみ。ミスト。ローゼン」


暖かな感触を背に残し、私の意識は完全に落下した。


~SIDE OUT~










~SIDE リース~


「御姉様?」


「シーッ」


廊下で立ち尽くす御姉様。


『どうしたのだろう?』と思って、私は御姉様に声をかけたのですが・・・。


出会い頭にいきなりのジェスチャー。


指を一本縦にして口の前に出されます。


一体、どういう意味でしょう?


とりあえず『静かに』という事なので、御姉様に近付いて小声で訊きます。


「どうしたのですか?」


「あれです」


そ~っとドアを開ける御姉様。


ここは・・・ミストの部屋ですよね。


「見てみてください」


「あ、はい」


私は御姉様に言われた通り、扉から部屋の中を覗き見ます。


恐る恐るといった感じでですが・・・。


「・・・・・・」


「私達が目指す、求めるものとはこの光景なのでしょうね」


御姉様の言う通りです。


ベットに座る御兄様。


膝の上にはローゼンが。


ローゼンの背にはミストの頭が。


そのミストの身体は御兄様に寄せられています。


誰かが誰かに触れ、誰かが誰かに触れられる事で最終的に誰もが触れ合っている。


それが何かを暗示しているようで。


「人間であるカリス様」


ただただ穏やかな顔でローゼンの背とミストの頭を撫でる御兄様。


「亜人であるローゼン」


気持ち良さそうに、そして、ミストを包むように身体を丸めるローゼン。


「そのどちらでもないミスト」


可愛らしく寝息を立て、御兄様とローゼン、その両方に身体を寄せ、甘えるように寝るミスト。


「『人種なんて関係ないんだ』。そうカリス様達が教えてくれています」


穏やかに笑う御姉様。


私も穏やかに笑います。


この光景にはそれだけのものがありますから。


「微笑ましく、神聖な光景ですね」


「・・・御母様。いつの間に」


見惚れていたからでしょうか、私の後ろに立ち、部屋を覗き込んでいる御母様に気付きませんでした。


「貴方達が隠れるように部屋を覗いていたので、何かあったのかと思いまして。私も覗いてみようと思いまして」


「・・・もう、御母様」


御母様の笑顔には勝てる気がしません。


「ルルシェ」


「はい。御母様」


「あんな光景が、国中に、大陸中に見えるようになったら良いですね」


「そうですね」


そうなったら、どんなに素敵な事か。


私もそんな日が来る事を願っています。


「やはりカリス殿は素晴らしい方ですね」


ボソッと御母様が呟きます。


御姉様はその言葉に頷くと、ゆっくりと口を開きました。


「カリス様なら・・・」


「カリス殿なら?」


「カリス様なら、人間と亜人との架け橋になってくれそうです」


「ウフフ。そうですね」


御姉様の言葉に肯定する御母様。


そうですね。


私も御兄様なら架け橋になってくれると思います。


「犯しがたい神聖な光景です。私達は立ち去るとしましょう」


出来るだけ音が鳴らないように扉を閉め、さっと歩き出す御母様。


「そうですね」


「はい。御母様」


私と御姉様もそんな御母様を追ってこの場から離れます。


「カリス殿が私達の道を示唆してくれました。私達が目指すのは・・・」


「人間と亜人の共存・・・ですね?」


「はい。ただ保護しているだけでは実現しません。やはり、あの計画を進めましょう」


「先頭に立つのは・・・」


「カリス殿以外には考えられませんね。あの方が最も相応しい」


「はい」


あの計画。


あれが私達人間と亜人との関係を改善するよう、私は願わずにはいられません。


「御母様。御姉様。頑張りましょう」


小さく呟くように告げる私。


そんな私に御母様と御姉様が笑いかけてくれます。


優しく暖かい笑顔で。


~SIDE OUT~










「・・・ん・・・んあ・・・」


「起きたか? ローゼン」


不意に上がる声。


その声にカリスが反応した。


「・・・・・・」


眼の前がハッキリとせず、ボ~っと先を見詰めるローゼン。


朦朧とする意識の中、背中の心地よい感触だけはハッキリとしていた。


「・・・・・・」


その感触が何なのか?


ゆっくりとその感触が伝わってくるであろう場所に視線を向ける。


まず、背中を見ると、そこを撫でている手が視界に映る。


『その手の先に誰かがいる筈だ』とゆっくり眼で手から腕へと追っていく。


そして、視界に映ったカリスの顔。


「大丈夫か?」


その瞬間、ローゼンの意識は覚醒した。


慌て出すローゼン。


「・・・カ、カリス様!」


「静かにな。ローゼン。まだミストが寝てる」


「ハッ! す、すいません」


思わず声を荒げてしまった為、カリスに注意される。


その事で更に慌て、身体を揺らすローゼン。


「落ち着こうな。ミストが起きてしまう」


「あ、はい」


背中を撫でられ、瞬く間に落ち着いてしまう。


そんな自分が何故かおかしくて、ローゼンは心の中で苦笑した。


「相当、疲れが溜まっていたみたいだな。グッスリだった」


「いえ。そんな事は・・・。・・・そうですね。最近はずっと調べ物をしていたので」


「苦労をかけるな。ローゼン」


背中が撫でられるのが心地良くて、つい言い換えてしまうローゼン。


『そんな自分も偶には悪くない』とローゼンは再度、心の中で苦笑した。


「バニングとイリアのマターニア兄妹。その兄妹を奴隷としていた者が必ずセイレーンにはいる筈だ」


「はい。二人の証言に嘘はない筈ですから」


「調査した結果、どうだった?」


カリスがローゼンに依頼した事。


それはマターニア兄妹達が奴隷として扱われていただろう屋敷の場所を調べる事。


そして、その者が誰かという事。


その二つだ。


「はい。残念ながら、屋敷が一夜にして焼き朽ちたという事は資料には残されていませんでした」


「そうか。・・・意図的に隠されたと見るべきか?」


「はい。そう捉えるべきでしょう。そして、それは同時に・・・」


「王宮にすら情報を隠蔽できる者。即ち、上流階級の人間という事を示している。相当の権力がなければこんな事は不可能だからな」


「御意に」


カリスの言葉に頷くローゼン。


「そして、もう一つ」


「ん? 何だ?」


「二人の話を聞く限り、二人以外にも逃げ延びた者はいる筈です。そこから情報が漏洩しても全くおかしくない。それなのに、秘密が隠され続けている。これは・・・」


「再度、捕らえられた。もしくは・・・」


「殺された。そう見るべきですね」


真剣な表情で告げるローゼン。


カリスも真剣な表情で頷いた。


「情報を隠蔽できる権力。情報の漏洩を防ぐべく、瞬時に散らばった亜人達に対処した判断力。そして、手際の良さ」


「相当な実力者と見てよろしいかと」


「ああ。正直、二人が逃れられたのは幸運だったな。国外に出れた事が彼らを救ったのかもしれん」


「国外にまで手は及ばないでしょうね。ただでさえ、確固たる理由はないのですから。国外へ逃げたという」


「ロラハムや二人が心配だが、今の俺達に出来る事はない。俺達が今するべき事は元凶を見つける事。それだけだな」


「はい。それが結果として彼らを救う事に繋がる。私はそう思います」


「・・・そうだな。引き続き、調査を頼む。ローゼン」


「御意に」


カリスの言葉に力強く頷くローゼン。


「・・・ん・・・」


不意にあがる声。


「起きたみたいだな」


カリスはローゼンと顔を合わせて微笑んだ。


「・・・おは・・・よう・・・ございます」


「おはよう。ミスト」


「相変わらず寝起きが弱いのね。ミスト」


頭を上げ、座る形となったミスト。


眼をこすり、朦朧とする意識を目覚めさせようとするが・・・。


「・・・・・・」


駄目だった。


カリスとローゼンとの間に身体を割り込ませ、再度、気持ち良さそうに意識を落とす。


温もりを求める動きがまるで可愛らしい小動物のようで。


カリスとローゼンはミストを起こす事を断念し、ミストの自由にさせた。


本当にミストには甘い二人である。


「・・・仕方ないな」


結局、ミストが眼を覚ましたのはそれからずっと先の事だった。


その間、ずっとカリスとローゼンは話し続けていたらしい。


二人の間に会話が止まる時間はなかったという。










「そろそろ行くな」


ミストが眼を覚まし、カリスは立ち上がった。


「ミスト。頑張れな」


「・・・はい」


「ローゼン。頼んだぞ」


「御意に」


カリスの言葉に頷く二人。


カリスは満足したように微笑むと扉を開けた。


「またな」


そして、去っていった。


「ミスト。明日からも頑張りましょうね」


「・・・はい。ローゼンさん」


どこかスッキリとした様子の二人。


彼女達にとってカリスとの時間こそが癒しの時間だったようだ。


「・・・頑張りましょう。ローゼンさん」


「ウフフ。そうね」


同じ言葉を繰り返すミスト。


だが、それこそがミストの決意の証。


ローゼンは優しく笑い、ミストの言葉に頷いた。


「・・・・・・」


またカリスのいない日々が始まる。


だが、ミストは寂しくなかった。


いや、寂しくないといえば嘘になるが、確かに寂しさは少なくなっていた。


「・・・カリスさん」


カリスが残したマント。


それが近くあるだけでミストは心強かった。


「・・・カリスさん」


再度、カリスの名を呼ぶミスト。


ただ、カリスの名を呼ぶだけでミストは元気が湧いた。


「・・・頑張ろう」


意気込むミスト。


ミストは今日、また一つ成長したのかもしれない。




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