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第二十一話 同期の仲間達



「・・・やった。やったわよ! ロザニィ!」


キルロスや試験官達が去った後、キャルが飛び上がらんばかりに喜ぶ。


「・・・やっ・・・た・・・」


「ええ。やったのよ! 嬉しいわ。まさか、私達が受かるだなんて」


今まで何度受けても落ち続けた入隊試験。


落ちる度に向けられる両親の冷たい眼。


だが、漸く彼女達は解放される時が来たのだ。


その喜びは計り知れない。


「お、おっかねぇな。あの隊長」


喜びを感じつつも、先程のキルロスの迫力が忘れられないイレイスは身を震わせていた。


『あの笑顔の裏にある黒い感情は忘れられない』と。


「これからよろしく御願いします」


「ああ。こちらこそ頼む」


そんなイレイスを他所にカリスとコウキは笑顔で握手をしていた。


友好の証だ。


爽やかな二人である。


「待ってろよ。キルロス・マゼルカ。やはり始めに貴様を打ち負かしてやる」


好戦的な男である。


部隊云々ではなく、打ち負かす事しか考えていなかった。


まぁ、『俺の物にする』というよりはいくらか健全ではあるが・・・。


「貴方の言う通りだったわ」


「・・・受かった」


二人で手を取り喜び合っていたキャルとロザニィが歓喜を溢れさせた様子でカリスのもとへやって来る。


「・・・随分と怖い隊長じゃないか」


「あいつは俺が倒してやる」


イレイスとガストもまた呟きながらカリスのもとへとやって来た。


結果、今期の入隊者全てがカリスの周りに集まった事になる。


「同期入隊か」


「そうだな。ま、退屈しなさそうなメンバーじゃないか?」


「ええ。楽しめそうです」


カリスの言葉にガストとコウキが返す。


「これからよろしくね。皆」


「・・・よろしく」


「ああ。こちらこそよろしくな」


女性二人の言葉にカリスも笑みを浮かべて告げる。


仮面で表情は見えないが、穏やかな雰囲気を醸し出すカリスに女性陣も笑みを浮かべた。


「俺は俺の道を行くだけだ。同期なんて事は俺には関係ない」


「・・・盛り下げるような事を言う方ですね」


イレイスの言葉にコウキが呆れる。


「ま、そいつはそんな奴だという事だろ」


ガストは既に諦めていた。


「で、早く教えろよ」


やはりまた先を促したのはイレイスだった。


どうしても気になるのだろう。


「ああ。そうだな」


イレイスの言葉に頷くカリス。


ガスト達もカリスに視線を向け、言葉を待った。


「まず、魔術の仕組みについておさらいしておこう。貴族学校で学んだだろ?」


「ええ。もちろん」


カリスの言葉にキャルが答える。


「人の身体には魔力が備わっているわ。貴族であろうと平民であろうと、人間であろうと亜人であろうと誰でも必ずね」


「・・・でも“質”が違う」


「そうですね。私達亜人が持つ魔力と貴方達人間が持つ魔力は本質的に違います」


コウキが引き継ぐ。


「貴方達の魔力は聖術の為の魔力、私達の魔力は魔術の為の魔力です」


「では、何故、人間が魔術を行使できるのか?」


「決まっているだろう。何の為に杖の存在があると思っているんだ?」


カリスの言葉にガストが答える。


「そう。杖に聖術の為の魔力を魔術の為の魔力に変換する作用があるからだ」


「体内の聖力を杖に通す事で魔力に変換、そして、それを体内に再度取り込んで詠唱を行う事で具現化する」


「変換する手間がない分、亜人は詠唱のみで魔術を行使できるのよね」


イレイスとキャルが告げる。


「その変換効率が武器に依存する訳だな。高級な杖である方が威力の高い魔術を行使できるのは変換効率の違いからだ」


「後は本人の努力次第ね。魔力の流れを制御し、効率良く行えば、杖の性能が劣っていても同等の威力が出せる。まぁ、一度杖を介さないといけない事に違いはないけれど」


マジシャンであるガストとキャルは色々と魔術に関して詳しかった。


「本人が持つ魔力量。杖に依存しない魔力操作による変換効率、即ち、魔術を行使する際に込められる魔力の量。そして、詠唱能力。これがマジシャンの三大要素な訳だ」


「逆に言えば、変換する必要がない。即ち、自分の魔力だけに魔術行使の際に込められる魔力量の要素を依存させる事が出来るからエルフは強いのよね」


「ああ。どうしても、変換する分、質も量も劣ってしまうからな。変換しない分、亜人は素の魔力で行使できるから、威力も効果も範囲も大きくなる」


「確か、翼人は飛ぶ為に魔力を必要とするよう身体が構成されているから、単純な魔術行使能力は私達と変わらないのよね」


「獣人は魔力を体中に循環させ、ある部位に集中させる事で、その部位の細胞を活性化させ、高い身体能力を得る事が出来る。種族によって活性化できる部位が違うがな」


次々と話されるガストとキャルによる魔力講習。


あまり勉学が得意ではなかったイレイスは眼を点にしていた。


「補足ですが、鬼人は魔力を気と呼んでいます。気による呪術の行使は鬼人だけの特権です」


「何故、鬼人だけなのか教えてくれるか?」


「残念ながら、詳しい事は解明されていません。そのような身体の構造だとしか」


「そうか。では、逆に鬼人は魔術を使う事は出来ないのか?」


「使えません。残念ながら、そちらも何故かは解明されていません。恐らく鬼人だけが呪術を使える事に何か関係があるのでしょう」


コウキが鬼人について語った。


「一つ教えて頂けませんか?」


「ん? 何だ?」


コウキがカリスに問いかける。


「詳しく知らないからでしょうが、聞くだけでは杖があれば誰にでも魔術が行使できるように思えるのです。何故、人によって魔術が使えないのですか?」


真面目なのだろう。


疑問を抱けば、解決するまで気になり続けてしまう。


コウキは申し訳なさ気だが、引き下がる様子はなさそうだ。


「この中で魔術が使えないのは俺と」


「・・・私」


カリスの言葉にロザニィが続く。


「貴方が魔槍を使うのは・・・」


「・・・魔力が少ないから」


コウキの言葉を遮るように強引に告げるロザニィ。


その時、ロザニィの横で辛そうに表情を歪ませた者がいるのを誰も気付く事はなかった。


どこか後悔しているかのような、そんな痛々しい表情であった。


「魔術が使えない理由とは何なんですか?」


コウキが問いかける。


「魔術を行使できない理由としては三つある」


「三つ? 俺が知っているのは二つだが?」


カリスの言葉にガストが眉を顰めた。


キャルも同様にキョトンとした顔でカリスを見る。


「私も貴族学校で習ったのは二つね」


「その二つとは?」


「ええ。魔力変換が出来ない体質である事」


「魔力変換するだけの魔力量がない事・・・の二つだな」


カリスの問いにキャルとガストが答える。


「残りの一つは何なんだ?」


イレイスがカリスに問いかける。


彼も魔術を行使する者の一人として非常に興味を覚えていた。


「もう一つは聖術としての魔力が強すぎて、魔力変換がされないという事だな」


「ん? それって体質の問題と同じなんじゃないか?」


カリスの言葉にイレイスが首を傾げた。


確かにどちらも体質の問題のような気がするが・・・。


「使えなくなる段階に違いがあるんだ」


「段階?」


首を捻る一同を前に、カリスがゆっくりと話す。


その丁寧な物言いは非常に聞き取りやすく、理解しやすかった。


「体質の場合は、聖術の魔力を杖によって魔術の魔力に変換する所までは出来るんだ。だが、その変換した魔力を体内に取り込む事が出来ない。身体が拒絶反応を起こしてな」


「拒絶反応か・・・」


「そうだ。その理由として身体と魔術の魔力の相性が悪いというものがある。一時的にだが、体内に聖術の魔力と魔術の魔力が同居する事になるんだ。もちろん・・・」


「身体によっては過剰な拒絶反応を起こす事がある訳だな。異質な魔力が混在していれば、確かに気分も悪いだろう」


「ああ。それ以外にも単純に魔術の魔力に対して反応を起こす事もある。聖術の魔力関係なくな」


「なるほど。それが拒絶反応という訳か」


イレイスが『納得した』と言わんばかりに頷く。


「人間の身体は便利に出来ていてな。拒絶反応を起こすと分かっているものを体内に迎え入れるような事はしない。それが結果として魔術行使を不可能にしている訳だ」


「なるほどね。でも、変換してしまった魔力はどうなるの?」


「勿体無いが、大気中に消える事になる。一度変換したものを再度杖を通して戻す事は出来ないからな」


魔力は魔術、聖術のみではなく、身体能力強化など多くの利用価値がある。


確かにそれが何の役割もせず消えてしまうのは勿体無い事だ。


「じゃあ、聖術としての魔力が強過ぎるってのは?」


「ああ。まず、前提として聖術の魔力と魔術の魔力は反発しあうという事を理解してくれ」


「反発しあう? そうか。だから、拒絶反応が起こる訳だな。体内に互いに反発しあうものがあれば拒絶反応を起こすのも当然だろう」


「それを抑える事が出来る能力があるかないか。それがマジシャンになれるかどうかって事なのね」


「ああ。そうだ。だが、それに関しては生まれつきで、鍛えて改善できるような事ではない。まぁ、一種の才能という訳だな」


「それで、反発しあうからどうなるんだ?」


「では、考えてみてくれ。聖術の魔力を魔術の魔力に、即ち、反発するものに変換する訳だ。どうだ? 容易に出来そうか?」


カリスの言葉に全員が悩みこむ。


確かに今まで疑問に思わなかったが、そう言われてみると不可能に近い事のようにも思える。


反発しあう、要するに対極のものに変換する訳なのだから。


「でも、それが可能という事もまた事実。では、それが何故か?」


「おい。引っ張らずにさっさと教えろよ」


イレイスの言葉に苦笑するカリス。


他の一同も先を急かすようにカリスを見詰めていた。


「人が持つ魔力にも魔術の魔力に変わりやすい魔力と変わりにくい魔力があるからだ。当然、魔術の魔力に変わりやすい魔力の方が変換の際の障害も少ない」


「その変わりやすい、変わりにくいってのはどういう基準から分かるんだ?」


「聖術を用いる為の魔力に特化しているかいないかという基準とでも言うのだろうか。魔力の質が限りなく聖に近い魔力は魔術に変換する事が出来ない」


「え? それってもしかして・・・」


「恐らく考えている事は同じだな。これはセイレーン王家の者に当てはまる」


「あ。やっぱりそうなのね」


「ああ。セイレーン王家の魔力の質は限りなく、いや、完全なる聖と言っても良い。だからこそ、セイレーン王家からマジシャンが輩出される事はなかった」


「聖の力があまりにも強すぎるせいで魔の力に変換できなかった訳ね」


「そうなるな」


キャルが言葉にカリスが同意する。


一同も納得したのか、どこか満足げの表情を浮かべていた。


「そして、だ。聖の力が強いという事は魔術に対する反発も強いという事になる」


「ええ。確かにそうなるわね。対極の位置にいるんだもの」


「対極? そうか。それでお前は対を成すや相反する力と言ったんだな」


キャルの言葉にガストがカリスが発した言葉の意味を察し、カリスに問いかける。


それに対し、カリスはしっかりと頷いてみせた。


「対極の位置にいるものがぶつかった時、それらは互いを消しあおうと干渉する」


「互いを消しあうという点では、対極も何も関係ないのではないか? 魔術同士がぶつかった際にも威力の弱い方が消えるだろう? 系統の相性もあるが」


「そうだな。だが、干渉の違いがある」


「干渉の違い? どういう意味だ?」


「まず、魔術同士の場合は互いに魔力が各系統に形作られているという状態だ。その為、系統の相性に対して非常に影響が高い」


「そうだな。いくら威力が強くても相性が悪ければ消える時がある」


「ああ。既に形作られている同士の衝突だ。当然、系統が同じであれば、威力の強い方が勝るし、違う系統であれば、優位な方が殆ど勝利する。段違いの威力の差がなければな」


例え話をしよう。


火炎系統の下位魔術ファイヤーボールと疾風系統の下位魔術ウィンドカッターがぶつかったとする。


本来であれば、相性の有利、不利によってファイヤーボールはウィンドカッターに消される事になる。


だが、そのファイヤーボールの規模があまりにも大き過ぎれば?


当然、ウィンドカッターでは消しきれずに、ウィンドカッターが消える破目になる。


また、それだけでなく、ウィンドカッターが通った事で、より火炎の威力が強まる事だってありえるのだ。


一口で相性と言っても、それら全てが当てはまる訳ではないという事だ。


頭を使えば、不利な系統といえど、逆に利用してやる事も出来る。


マジシャンに最も必要なものは、もしかしたら柔軟な思考と閃きなのかもしれない。


「衝突時のエネルギーとでも言うのか? それが勝っていた方が勝利する。それが魔術同士の、魔術の魔力同士の衝突だ」


「じゃあ、聖術の魔力の場合はどうなるんだ?」


「魔術と接触した瞬間、形作られた魔術を分解し、ただの魔力の状態に戻す。その上で互いを消しあおうと干渉しあう」


「魔力に戻すだと? すると、どんな魔術であろうと平等に消えるという訳か」


「そうなるな」


流石にガストはすぐに理解した。


「ん? もうちょっと詳しく話せ」


「出来れば、私も御願いします」


イレイスは理解できず、コウキは更なる探究心でカリスに要望した。


「魔術を形作る為に詠唱を行って、“魔力”を“魔術”として形作る。でも、どんな魔術でも元々は同じ魔力から。ここまではいいかしら?」


「ああ。分かるぞ」


「はい」


キャルも理解しており、彼らの疑問に答えた。


「・・・元々が同じ。なら、どんな魔術を分解しても同じ魔力」


そして、ロザニィがキャルの続きを話す。


「要するに火炎系統であろうと氷結系統であろうと雷撃系統であろうともちろん疾風系統であろうと分解してしまえば同じ魔力という訳よ」


「・・・聖術の魔力と魔術の魔力が反発しあうなら、形として成立していないものならより干渉しやすい」


「魔術のようにどちらかを上回るという必要なく、容易に消す事が出来る訳だな。相殺する・・・とでも言えばいいのか?」


「なるほど。それで貴方は聖術の魔力を剣に纏わせたのですね」


「え!?」


コウキがカリスを見ながら告げる。


その言葉が予想外だったのか、誰もがカリスを凝視した。


「どういう事だ? 聖術の魔力を剣に纏わせるとは? そんな事、不可能だぞ」


「聖術を行使するのにも魔力を用いる。でも、それは魔術と同じ形となったもの。聖術の魔力を纏わせるという事は体内の魔力を直接剣に流すという事よ? 形のない魔力を」


「・・・不可能」


誰もが口を揃えてコウキの言葉を否定する。


だが、真実はコウキの言葉通りだった。


「不可能ではない。過酷な修行が必要だがな」


「修行次第というが、体内から魔力を流すという事は魔力の流れを制御するという事。だが、お前は魔術を行使できないのだろう? 制御できるのなら変換は出来る筈だ」


「そうだな。感覚的なものだが、制御しているのだろう。しかし、それと魔術が使えない事は関係ない」


「それならば、何故、お前は魔術が使えないんだ? 制御できているのだろう?」


イレイスが問う。


だが、カリスは説明した筈だ。


魔術行使が出来ないのには三つの原因があると。


「貴方が魔術を行使できないのは体質の問題?」


「いや。違う」


「魔力量が少ないのですか?」


「いや。それも違う」


「なら・・・」


「ああ。俺も魔力が変換できない。無理に変換しようとすれば、杖の方が壊れるだろう」


カリスの口から告げられた言葉。


その言葉の意味に一同は眼を見開いた。


「それなら、お前は王家と同等の聖術を行使できるという事か?」


魔力としての質が聖に近ければ近い程、高い聖術効果が見込める。


その説明をカリスはしていない筈だが、イレイスは何故か理解していた。


恐らく、イレイスは頭が悪い分、感覚的に何かを理解する事を得意としているのだろう。


「同等とまでは行かないが、それに準ずるぐらいまでは出来る」


そう言うと、カリスはパッと手をロザニィにかざす。


「・・・え?」


キャルとの戦闘で体中に傷を負っていたロザニィ。


治癒役として招かれていた巫女によって治癒してもらったが、全快する事はなかった。


癒術とて傷の回復には限界がある。


全身に傷があるロザニィを治癒しても、応急処置で自然治癒に任せる段階までしかもっていけなかった。


だから、彼女は今、全身に痛々しい包帯を巻いている。


「・・・傷が・・・ない」


だが、それも役目を終えた。


カリスの手から発せられた光によって、表面化していた傷が全て塞がってしまったのだ。


「これで包帯はもう必要ないな。傷が武人の証とて女性の貴方が傷を負っているのは許し難い。すまんな。勝手に治癒させてもらった」


ニッコリと穏やかに笑うカリス。


その笑顔は見えずとも思い遣りの心は伝わってくる。


「・・・ありがとう」


ロザニィは頬を染めて俯いた。


恐らく照れた顔を見せたくなかったのだろう。


そして、その小さい呟きはしっかりとカリスの耳に届いていた。


「どういたしまして」


優しくカリスは微笑んだ。


「聖に限りなく近い魔力を形とする事なく魔力として剣に纏わせる。その結果、その魔力が接触した魔術を分解し、相殺しあうという訳だな」


「そうなるな」


「ちょっと待ってください。それにしては剣に魔力を注ぎ過ぎでしたが?」


「・・・一つ疑問に思うんだが、どうしてお前は剣に魔力が纏ったとか、魔力を注ぎ過ぎとか分かるんだ? 魔力とは不可視なものだろう?」


イレイスが人間側の常識を述べる。


だが、世間は広いのだ。


自分が持つ常識が全てに通用すると思わない方が良い。


「我々鬼人は魔力を視る事が出来るんです」


だから、コウキの返答には人間の誰もが驚いた。


それはカリスとて例外ではない。


「私達が用いる呪術が魔術のように形とするのではなく、殆どが形ないものだからでしょうか? 我々は他の人種に見れないものを視る事が出来ます」


「なるほど。鬼人というのは不思議な人種なんだな」


「えぇ。国が封鎖的ですから。他国に呪術が出回る事もなく、基本として国外に出る事はないんですよ。ま、他の国も一緒でしょうが」


「じゃあ、何でお前はここにいるんだ?」


さりげなく問いかけるイレイス。


その言葉は周囲を焦らせた。


亜人がこの国いる理由の殆どが“密漁”。


イレイスがその記憶を掘り返してしまったと思ったからだ。


一同は睨むようにイレイスを見た。


「ハハハ。構いませんよ。私は事情が異なりますから」


だが、当の本人が全く気にした様子がない。


一同は困惑した。


「私は密漁されてこの地にやって来た訳ではありません。密漁されたのは私の両親です。私はセイレーンで生まれ、セイレーンで育った稀有な鬼人なんですよ」


「セイレーン生まれ?」


「へぇ。セイレーン生まれの亜人がいたんだ・・・」


コウキの言葉に一同は驚きの声をあげる。


「もし両親がセイレーンを恨んでいれば私もここにはいないんでしょうが、母も父もこの国に恨みは持っていませんでした。国の対処が良かったんですね」


「・・・そうか」


カリスが万感の思いで呟く。


誰もカリスの思いは察せられらないと思うが、カリスは確かに感情を吐露していた。


亜人の口から国の対処が良かったと聞けた事が嬉しかったのだろう。


セイレーン王家が望んだ最上の結果ではないが、あの方針は間違っていないのだと再認識できただけでも満足だった。


『姫様達の想いは彼らにも届いていますよ』と。


「だからか、好戦的で有名な鬼人なのにそんなに穏やかそうな面をしてるのは」


「ええ。やはり育った環境というのが大きいのでしょう。里自体は鬼人ばかりでしたが、どこかのどかでしたから」


イレイスの言葉にコウキがニコリと笑って答えた。


確かに穏やかな性格をしている。


「話を戻そうじゃないか。それで、お前の眼には膨大な魔力が剣に纏っているように見えたんだな?」


「ええ。膨大な魔力を極限まで圧縮して幾つも層にしていました。もし圧縮しなければどれ程になっていたのか想像もつきません」


「・・・それ程の魔力か。貴様は何故それ程の魔力を剣に注ぎ込んだ。何か理由があるんだろう?」


睨むように、真剣な表情でカリスを見詰めるガスト。


自分が負けた要因にもなった事だ。


敗因をそのままにしておく事を彼は甘い人間ではない。


次に勝つ為にもきちんと理解しておく必要がある。


「通常の魔術ならばそれ程の量はいらない。だが、混合魔術の場合は二つの魔術を分解しなければならない訳だからより多目の魔力が必要となる」


「って事は分解する為の魔力と相殺する為の魔力が別に必要って事よね? 同じなら通常魔術も混合魔術も変わらない訳だし」


「そうだな。他にも威力、即ち込められた魔力の量でこちらも込める魔力を変える必要がある」


「ただでさえ二つの魔術を分解しないといけないのに、威力でも最高級な混合魔術を前にしたら、貴方も多くの魔力を込めなければならないという訳ね」


「ああ。それでいつもより多目にしようと思ったんだが、武器が変わったのを忘れていてな」


「そういえば、慣れない武器と言っていたな」


「ああ。以前はハルバードを使っていたからな」


「ハルバードか・・・。それなら、仕方ないな。サイズが違い過ぎる。ハルバードのつもりで魔力を注げば多過ぎるに決まっている」


「それを戻そうとは思わなかったんですか? 制御するのが大変でしょう?」


「これも一度外に出したら戻す事が出来なくてな。それに、ハルバードで制御できていたんだ。剣で出来ない事はない」


「・・・怖い人です」


カリスの言葉に苦笑しながら呟くコウキ。


あれ程の制御を出来る者が一体この大陸にどれくらいいるか?


それを余裕な様子で行っていたカリス。


あまりの事に苦笑せざるを得なかった。


「ちょっと待て」


突如、声を挙げるイレイス。


一同も『どうしたんだ?』とイレイスに視線を送った。


「お前の剣は魔術をかき消せるんだよな?」


「ん? ああ。魔力を纏わせればだがな。剣の耐魔性が高いから魔術も切り裂けるがかき消す事は出来ない」


「それなら、何故そいつのウィンドシールドをかき消さなかったんだ? そうすればすぐに攻撃できただろう?」


その言葉にガストはカリスを見た。


確かにイレイスの言う通り、あの時、カリスが聖術の魔力を纏わせれば風の障壁に阻害される事なく攻撃できた。


風の障壁をかき消してしまえば、ガストは無防備なのだから。


「確かにその方法もあったが、あそこでかき消した所でまた発動させられるだけだろう。俺の魔力とて無限ではない。無駄な消費は避けたかった」


「根本的な解決策。それを見つけようとした訳ね」


「そうだ。驚異的なものには何かしらの秘密がある。その秘密さえ解明できれば解決したも同然だからな」


「・・・では、何故?」


カリスの言葉に反応する者がいた。


ロザニィだ。


その無表情な顔で唯一眉だけを顰ませてカリスを見る。


「・・・何故、貴方はあれだけ速く動けた?」


その質問は誰もが疑問に思っていた事だった。


幾ら速く動けようと、視界から消えるような事をどうして出来るのだろうか?


彼らはその秘密が知りたかった。


「魔力による身体強化。そう師匠から聞いた」


「え?」


「恐らくだが、聖に近い魔力を剣に纏わせるように制御できたのもこれのお陰だろうな。全身を魔力が循環するからこそ、体内から体外に出す事が容易だったのかもしれん」


「ちょ、ちょっと待て。それは・・・」


訝しげにカリスを見る一同。


カリスはその視線を受け、表情を真剣なものに変えて告げた。


「もちろん、魔力による強化だけじゃないぞ。日々の鍛錬があってこその・・・」


「そこじゃないだろ! 何故、人間のお前が身体強化できるんだ? それは獣人のみが許された技術の筈」


「俺もあまり詳しくは知らないんだがな。武人として生きる者が何かで極限状態まで追い込まれた時や過酷な環境に身を置いた時に覚醒する事があるらしい」


「覚醒?」


「ああ。言葉では表せないがな。不意に身体が軽くなり、全身に力が漲るかのような。そんな感覚に捉われる」


「全身に力が漲る?」


カリスの言葉は周囲の首を捻らせる。


「その瞬間より以前の何倍も早く動け、以前の何倍の力強くなれる。今でこそ慣れたが、当初は身体が言う事を聞かなかった」


「身体が言う事を聞かない。それ程にか?」


「ああ。事実、限界以上の力を強制的に引き出される事がきっかけで死んでしまう者もいると聞いた。覚醒後に生き残れるかが、その者の分岐点だな」


「・・・死ぬ事があるのですか。覚醒というのも良い事だけではないのですね」


「お前は何故その覚醒とやらを知っていた?」


「・・・どう覚醒した?」


カリス以外にも武術を極めんとする者がここにはいる。


魔剣士であるイレイスと魔槍使いのロザニィだ。


イレイスは魔術と武術のどちらも極めんとし、ロザニィは魔術を使えないからこそセイレーンで生き抜くには武術を磨かなければならないと必死になっている。


二人はカリスの言動に注目した。


「覚醒した時は何も知らなかったな。何も知らず覚醒し、身体が暴走している時に師匠と巡り会えた。後は師匠からその状態を学び、身体を馴染ませるべく鍛錬の日々を過ごした」


「師匠? それは有名な方ですか?」


「いや。恐らく誰も知らないだろうな。師匠は隠れ住んでいて人前に姿を現さない」


「ほぉ。そんな奴に良く会えたな」


『まぁな』とカリスは苦笑した。


何と言ってもカリスの師匠は“あそこ”にいるのだ。


大抵、いや、本当に一握りしかカリスの師匠の存在は知らないだろう。


それこそ人間ではカリスぐらいだ。


「どう覚醒したか? だったな」


イレイスの質問に答えたので、次はロザニィの番だ。


カリスはロザニィに視線を向けた。


「・・・教えて」


「俺が覚醒したのは大体三年前だ。身体、精神共に限界まで追い詰められた時に戦闘中死に掛けた」


「・・・・・・」


黙って真剣に聞くロザニィ。


己の今後に関わる事だ。


その真剣さも頷ける。


「当時の俺は憎しみに囚われていてな。何があっても復讐を遂げるまでは死ねないと限界まで酷使した聖術を更に体中に行使した。体中に激痛が走ったな」


「・・・そして?」


「意識が遠のくを必死に抑え、治癒しきった時には、不思議と身体が軽くなり、五感が鋭くなっていた。自分の身体ではないような、そんな感覚だったな」


「・・・自分の身体じゃない・・・」


「まるで体中が何かで漲るようだったな。死の淵から戻ってくるとはこういう事なのかと感じた。そして、勝手に身体が強化されようと全身に痛みが走ろうと耐え抜いた」


「・・・なら、憎しみが貴方を覚醒させた。そういう事?」


覚醒したきっかけは違うかもしれない。


だが、カリスが覚醒後に死なずに済んだのは憎しみがあったからだったのかもしれない。


憎しみであろうと生き抜いてみせるという感情がカリスを生き延びさせた。


「ちが・・・いや、俺の場合はそうかもしれないな。憎しみがここまで人を変えるのかと思う程、俺は周りが見えていなかった。だから、どんな危険な事でもした」


「・・・強くなる為に?」


「ああ。だが、その道を貴方に歩ませるつもりはない」


「・・・強くなるならたとえ茨の道でも進む」


真剣な表情で告げるロザニィ。


どこか焦っているようにも見える。


「そういう時期が俺にも会ったさ。だが、憎しみは人を強くすると同時に弱くもする。本当の意味で強くなるには憎しみでは不可能だ」


「・・・・・・」


「憎しみの念から解き放ってくれたのも師匠だ。そして、師匠は俺にこうも告げた。『誇りでも良い、人でも良い、何かを貫き、護りたいと思った時に人は強くなれる』と」


「・・・護りたい」


ロザニィが呟く。


眼を見開き、衝撃を受けたかのような、そんな表情だった。


「その時、俺は護りたいと思った人を殺されたからこそ憎しみを持っていた。だから、俺は師匠に食い掛かったな。『詭弁だ』と」


当時を思い浮かべているからか、カリスは苦笑していた。


若気の至り・・・という気持ちなのだろう。


「だが、師匠には散々にやられた。実感したよ。『これが俺と師匠との違い。志の違いなんだな』と」


「・・・志」


「それからだな。武術を更に高め、自分自身を暴れる身体に馴染ませ、誰かを“護れる”だけの力を身に付けようと師匠の下で修行したのは」


「・・・・・・」


「憎しみの感情で修行したのは俺にとって良い経験だった。そして、その経験から言わせてもらえば、憎しみの感情での修行は“遠回り”でしかない」


「・・・なら、どうすればいい?」


「お前も登るか? 俺と一緒に神龍山へ」


「・・・え?」


「俺が覚醒したのは神龍山で一度に複数の龍と戦ったから。俺が師匠と出会ったのは神龍山の頂上でだ」


「・・・・・・」


カリスの言葉に固まる一同。


限界まで眼を見開いたその姿はある意味、滑稽。


ガストでさえ日頃の傲慢さを感じさせない間抜けだった。


「嘘・・・だろ」


誰よりも早くイレイスが口を開いた。


やはり彼が一番良い意味でも悪い意味でも常識に囚われない人物のようだ。


「そんな事、信じられないわ」


キャルが呆然と呟く。


「・・・・・・」


眼を見開いたまま固まるロザニィ。


麓とはいえ、神龍山を経験した事のあるロザニィにはその困難さが身に沁みて分かる。


彼女は麓で己の力量不足を実感したのだから。


「・・・それで貴方はこれ程までに強いのですか。過酷な環境に身を置く。そこ以上に過酷な環境はありませんから」


「貴様の強さの理由が分かったな。そこで生き抜ければ確かに強くなれるだろう」


コウキとガストはカリスの強さを眼にした事で、それが真実かもしれないと悟った。


国内屈指のマジシャンを圧倒できるだけの武術の持ち主なのだ。


『それぐらいやってもらわないと貴様に負けた俺の面目が立たない』


ガストはそう思った。


「これが真実かどうか。それはこれから見極めてくれ。俺がどれだけ言葉を揃えようと信じるか信じないかはお前達自身だからな」


「・・・・・・」


「そして、ロザニィ・ラズリア」


「!?」


突如呼ばれてピクッと身体を動かすロザニィ。


ゆっくりとカリスに視線を向けた。


「強くなりたいか?」


「・・・(コクッ)」


力強く頷くロザニィ。


その表情は真剣で、溢れんばかりの向上心が見えた。


「それなら、俺に鍛えさせてくれないか?」


「・・・え?」


「こう見えても俺は弟子がいてな。鍛え甲斐のある奴を見ると鍛えて先を見たくなるんだ」


「・・・でも、もう弟子がいる」


「あぁ。気遣ってくれているのか? 弟子を」


「・・・(コクッ)」


「君は優しい女性だな」


「・・・・・・」


予想外の言葉に固まるロザニィ。


「あの娘。無表情だし、兜で顔が隠れちゃってるじゃない? あれって人一倍照れ屋だかららしいのよ」


「らしいって。姉妹だろ?」


「自分の事をあんまり話さないしね。あの娘。でも、理由はともかく照れ屋なのは事実よ」


確かにキャルの言う通り、ロザニィの兜の下の顔は真っ赤になっていた。


「だが、幸か不幸か、その弟子は今、修行の旅に出ている。あいつを驚かせてやりたいというのもあるが、やはり貴方の先を見てみたい」


「・・・・・・」


「どうだろうか? 騙されたと思ってやってみないか?」


「・・・でも、貴方は剣術。私は槍術」


「武術の違いが気になるのか?」


「・・・(コクッ)」


「武器が違う事が良い修行になる事もある。間合いが違う武器の対処というのは困難だからな。それに・・・」


「・・・それに?」


「俺が最も得意としている武術は槍術だ」


ニヤリ。


その言葉を聞いた時、彼らが再度驚きの声をあげたのは言うまでもない。










~SIDE コウキ~


「・・・ふぅ」


セイレーン主都にある宿屋。


現在、そこで私はベットに身体を投げ出し、息を吐きました。


緊張の糸が切れたからですかね?


それなりに身体も疲労しているようです。


私の里がここから遠いので、受験する為にも宿は取っておかなければなりませんでした。


それなりに上質な部屋を確保できたのは幸いでしたね。


ですが、やはり私とセイレーンの文化は合いません。


たとえばバレント襲国の習慣である着物。


それと部屋の模様をあわせると・・・。


ため息しか出ません。


全くもって似合わないんですから。


ですが、それもまた文化の違いです。


仕方ありません。


とりあえず、武器である刀を壁に立てかけ、呪術を用いる為の札を机の上に置きます。


試験が終われば武装する必要なんてないんですから。


宿屋で何を警戒する必要があるのかという話です。


「・・・・・・」


正直、今の私にはやる事がありません。


鬼人の里からやって来た私は言わばおのぼりさんです。


それに加えて、主都と里の文化の違い。


とてもじゃないですが、外出する気分にはなれません。


かといって、室内で時間を潰すようなものもありません。


そうなれば、自ずと思考する事が時間を潰そうという事になります。


「しかし、私は運が良いですね。あの方と同期として入隊できたのですから」


武術の腕前は恐らく里でも敵う者はいないでしょう。


身体強化と言っていますが、それを抜きにしても強い事は変わらないでしょう。


身体能力だけではなく、研ぎ澄まされた太刀筋、その技術が凄まじいでしたから。


そして、傷を癒す癒術を始めとした聖術も行使できると言います。


私にとって彼から学ぶ事は幾らでもあるでしょう。


戦闘スタイルも用いる武器も全然違うので、彼から何かを教わるという事は出来ませんが、動きや独創性に富んだ戦術などは参考に出来る筈です。


「同期としてなら接する機会も多いでしょうし」


彼が今まで何をしてどこにいたかは知りません。


顔も仮面で表情を隠すなど、あまり信用できないものです。


ですが、接してみれば、彼が信用に充分に値する方だと分かります。


とても好感が持てる方でした。


無事合格する事もでき、これから忙しくなるでしょうが。


「頑張りましょう。私の生まれ故郷と亜人の為に」


ただそれだけです。


~SIDE OUT~










~SIDE ガスト~


ゲイルライン公爵家主都屋敷。


それが今の俺の家だ。


主都にある貴族学校を卒業してからも碌に領内に戻らずここで過ごしている。


それこそ何年も帰っていないだろう。


やはり主都の方が情報も集めやすいし、刺激がある。


領内は親に任せれば良いだろう。


俺が帰る必要もないしな。


俺は俺がしたい事をしていれば良い。


家督の相続も俺には関係ない事なのだから。


後は親が持ってきた縁談で気に入ったのを選べば良い。


公爵家だ。


余る程の縁談が申し込まれる事だろう。


・・・俺じゃなく家柄でな。


「坊ちゃま。お帰りなさいませ」


「爺。坊ちゃまはよせ。いつまで子供だと思っている」


屋敷で出迎えるは執事の爺と複数の使用人。


いつまでも坊ちゃまと呼ぶ爺には困っている。


「いえいえ。いつまでも貴方様は坊ちゃまです」


「チッ」


だが、本当の子供の頃から世話になっているからな。


どこか気を許してしまう。


「外ではゆっくり休めません。お茶(紅茶)を淹れますので中へ」


「ああ。用意しておけ。俺は着替えてくる」


そう言って、俺は誰よりも先に屋敷へ入る。


私室で着替え、今の方へと向かった。


「坊ちゃま。こちらへ」


爺が椅子を引き、俺を待っている。


俺が爺に引かれた椅子に座ると使用人が茶を持ってくる。


相変わらず茶は香りが良いな。


「それで、どうでしたか? 試験の方は」


俺の後ろで待機している爺が俺に訊いてくる。


いつもなら茶を楽しんでいる時に話しかけられれば気分が悪くなる。


それは爺だって分かっていた筈だ。


だが、話しかけられたというのに、俺は一切気分を害していない。


流石は爺だ。


俺の事を理解している。


「ああ。中々だったな」


茶の香りをゆっくりと堪能しながら、俺は口元に茶を持っていく。


ふぅ。


やはり最高級の茶は落ち着くな。


「そうでしたか」


その合格を確信しきった表情。


俺はまだ合格したとは言っていないんだがな。


ま、俺とて落ちるとは微塵も思っていなかったが。


「爺。世界は広いな」


「・・・はい」


世界は広い。


今日、それを実感した。


魔術こそが全てを凌駕する。


その考えを根底から覆された。


そして、如何に自分が思い上がっていたのかを。


「ですが、坊ちゃまはこれからの人です」


「・・・・・・」


「爺は信じております。坊ちゃまが・・・」


己を知る事が人を強くする。


そうだな。


俺はこれからだ。


「・・・・・・」


穏やかな時間が流れる中、俺は未来への思いを馳せた。


いずれ全てのマジシャンを超え、セイレーンの頂点に立ってやると。


~SIDE OUT~










~SIDE イレイス~


「ただいま戻りました」


クライン男爵家。


それが俺の家だ。


領地は主都に近く、一日に何往復も可能な程の短い距離だ。


その為、主都に屋敷を持つ必要もない。


試験を終えた俺は真っ直ぐ帰宅した。


余計な出費は避けたいからな。


「おかえりなさい。イレイス」


「おかえり。イレイス」


出迎えてくれたのは父上と母上。


後ろには少数の使用人達。


我が屋敷にいるのはそれだけだ。


使用人を多数雇う程の余裕は家にはない。


「どうでしたか? イレイス」


「もちろん受かりました」


「流石ですね。イレイス」


「良くやったぞ。イレイス」


暖かい両親。


後ろの使用人達も微笑んでくれている。


「次は問題を起こすのではないぞ」


「分かっております」


我が領地には誰も立ち寄らない。


旅をしている者でさえ、ここに来るのなら主都に行こうとするだろう。


交通が悪い訳ではないが、これといって名所がある訳でもなく、土地特有の何かがある訳ではない。


結果として、商業は荒み、産業も廃る。


主都に近いくせに、その恩恵を受ける事なく、廃れていく一方の土地。


それが我が領地である。


当然、貧乏だ。


「分かっています。貴方が問題を起こすのは焦りからだと」


「・・・・・・」


図星だった。


少しでも早く出世して、家の為に何かしたい。


その思いが焦りを生み、元々短気の俺はすぐに問題を起こしてしまう。


治したくても治せないのだ。


「問題を起こしたというのに入隊する事が出来た。それは幸運な事です。焦る事なく地道に努力しなさい」


「ですが・・・」


それでは先に家が潰れてしまう。


一刻も早く、俺が出世してクライン家の名を響かせなければ・・・。


少しでも多くの給金を貰わなければ・・・。


「貴方は優しい子ですね」


「・・・母上」


「ですが、もう少し親を信じなさい。私達とて何もしていない訳ではありません」


笑顔で告げる母上。


父上もまたニッコリと俺を見ていた。


「貴方は貴方の思うようにやりなさい。私達は貴方の道の邪魔にならないよう家を存続させてみせます。焦る必要はないのです」


・・・俺の道。


「聖騎士になるのだろう?」


聖騎士。


功績を残した者のみに与えられ、王家から認められた証として与えられる騎士の称号。


その更に上にある国内でも本当に一握りにしか与えられない最高の名誉。


それが聖騎士の称号だ。


聖騎士になればクラインの名も有名になり、俺の道も拓かれる。


「剣ぐらいしか用意できない私が言える事ではないが、お前なら武器や防具の差など覆し、必ず騎士になれると信じている」


「いえ。剣を用意してもらっただけで俺は充分です。後は俺の努力次第ですから」


母上、父上が少ない資産から無理してまで用意してくれた俺の剣。


ただの剣としてではなく、魔術を使えるようにと普通の剣の数倍の値段がした。


その値段に相応しいだけの活躍を俺はまだしていない。


まだまだ俺の努力不足だ。


「頑張りなさい。イレイス」


クライン家を継ぐ者として、俺は誰よりも早く出世しなければならない。


同期の誰にだって負ける訳にはいかないのだ。


俺は俺の事だけしか考えない。


それが何より出世への早道だと信じているから。


~SIDE OUT~










~SIDE キャル~


「ただいま」


「・・・ただいま」


ラズリア伯爵家。


それが私とロザニィの家。


「・・・おかえりなさいませ。お嬢様」


出迎えてくれる使用人達。


でも、誰もがどこか事務的で、私達と距離を置こうとするわ。


でも、仕方ないわよね。


双子だから。


忌み子だから。


「御茶を庭に用意しておいて」


「はい。お嬢様」


主都にあるラズリアの屋敷。


でも、その実体は私達双子を隔離する為のもの。


両親は私達が生まれてすぐに私達をここへ連れて来たわ。


そして、後は使用人や雇った教師達に全てを任せて、領内にいる。


幼い頃から両親は私達の事を嫌っていた。


今までに両親と会ったのは数えられるくらいしかないの。


「ロザニィ。着替えたら庭に」


「・・・分かった」


使用人達は私達の世話をしてくれるわ。


でも、本当の意味で私達と接してくれるのは一握りの人だけ。


その一握りの理解者が私達にとっての救いだった。


きっと彼女達がいなければ、私達は生きる事を諦めていたかもしれない。


「お嬢様。どうぞ」


庭へとやって来た私達に笑顔でお茶を渡してくれる女性。


彼女は他の使用人と違い、心からの笑顔を見せてくれる。


彼女と彼女の母親こそが私達の唯一の理解者よ。


彼女達のお陰で私達は生きようと思ったの。


歳が近い彼女が私達にとっては姉代わりで、彼女の母が私達にとっても母代わりだったわ。


「ありがとう」


だから、私達も彼女達にだけは気を許していた。


ニッコリと笑う彼女の笑顔が本当に清々しくて。


作った笑いじゃない笑顔が本当に嬉しくて。


「今日も良いお天気ですね」


「ええ。そうね」


空を見上げると眩しい日差しが視界に入ってくる。


本当に良い天気ね。


「・・・何故訊かない?」


唐突に告げるロザニィ。


その言葉を聞いても彼女は何一つ表情を変えない。


本当に出来た女性だわ。


私達の事を気遣って訊かず、私達の事を思って動揺を見せない。


私達には勿体無い使用人ね。


「私はお嬢様方の努力を知っています。本来なら、落ちる訳がないのです」


落ち続けて落ち込む私達にそう告げてくれた彼女。


今回もそうやって慰めてくれる。


でも、今回はそうする必要もないのよ。


「ウフフ」


「如何しました?」


思わず笑ってしまった私を彼女は怪訝に見詰めてくる。


「大丈夫よ。今回は受かったから」


「え? 本当ですか?」


もう。


予想外だったからって、そんなに驚かないでよ。


落ちるの前提みたいで、何だかちょっと傷付くわ。


「・・・本当」


さっきだってロザニィは自慢したくて言ったんだと思うわ。


この娘、結構子供だから。


「良かったです。本当に良かったです。おめでとうございます。お嬢様」


自分の事のように涙を浮かべて喜んでくれる。


そんな彼女だから私達も気を許したのかもね。


「ありがとう」


「そうと知ってはこうしてはいられません。お嬢様方。今日はお祝いです。御夕食、楽しみにしていてください」


ドタバタと去っていく彼女を私達は呆然と見ていたわ。


いつもの彼女らしくないもの。


でも、本当に喜んでくれている証拠なんだって思うとそんな彼女の様子も嬉しく思ってしまう。


「ウフフ。慌しいわね」


「・・・・・・」


「でも、喜んでくれてるみたい」


「・・・自分の事のように」


「そうね」


私達は微笑みあった。


今日は嬉しい事ばかりね。


「それにしても、良かったわね。鍛えてもらえるだなんて」


「・・・ええ」


「不思議な人よね。仮面とかマントとか素性が知れない怪しい人物なのに、どこかで気を許してしまう。他人を信じない私達なのに」


「・・・本当に不思議」


「それにしても、槍術が剣術よりも得意って事には驚いたわよね。あの剣術より完成度が高いって事でしょ?」


「・・・そうなる」


「まだ見てないから分からないけど、それが本当なら貴女にとって本当に良い事ね」


「・・・彼は嘘をつかない」


「ウフフ。私なんかよりずっと気を許してるじゃない。一目惚れ?」


「・・・違う。師への信頼」


ウフフ。


照れちゃって。


「それにしても、嬉しかったわね」


「・・・・・・」


「同期の誰もが気にしないって言ってくれて」


「・・・ええ」


「ま、理由はそれぞれだけど。他人はどうでもいいとか、俺は俺だけの事しか考えていないとか」


本当に自分勝手。


でも、それでも受け入れてくれた事が嬉しかった。


家族にだって、貴族学校でだって、私達を受け入れてくれた人はあまりいなかったから。


「・・・気が楽」


「そうね。同期って言えばこれから接する機会が一番多いんですもの。同期内でも嫌われていたら気が重かったわ」


「・・・幸運」


「ウフフ。そうね。私達は運が良いわ。きっと今までの不幸の分がこれから幸運となって私達に訪れるのよ」


「・・・それは言い過ぎ」


「それもそうね」


笑い合う私とロザニィ。


試験に受かった事で私達に運が向いてきたのかもしれない。


この幸運を大事に、これから頑張っていこう。


ラズリア家の双子姉妹は優秀だって教えてあげるんだがら!


~SIDE OUT~




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