第二十話 合否を分かつもの
「・・・・・・」
試験場から立ち去るカリスとガスト。
それとすれ違うように真剣な表情の男が一人試験場へと入っていった。
「ん? 何だ?」
「さぁな。それより、貴様は癒術まで使えたのか?」
「ああ。それがどうかしたか?」
「全く。貴様の存在は反則だな」
傲慢な態度は変わらない。
だが、どこか角が取れたように感じる。
ガストが付けていた無残な傷は全て消えていた。
先程、カリスが一瞬で治癒してしまったからだ。
無論、ガストが驚愕の表情を浮かべたのは言うまでもない。
『武術だけじゃなく、聖術まで』
驚きと共に呆れが出たのも当然であろう。
カリスの事を常識外、規格外と言いのける人物達の気持ちが今のガストなら理解できる筈だ。
「・・・・・・」
カリスは先程、すれ違った男を見る。
「どうかしたのか?」
「ああ。試験官に詰め寄っている」
「文句でも言いにいったのか?」
「いや。あいつは試験を受けていない筈だ」
「気になるのか?」
「まぁな」
「なら、行くぞ」
有無を言わせない態度で先に歩くガスト。
そんなガストに苦笑しながら、カリスはガストの後を追った。
「何故、俺に試験を受けさせない!?」
「お前の素行の悪さが有名だからだ。お前が取った行動がお前が以前所属していた部隊に泥を塗った。そんな奴をこの部隊に入隊させる訳にはいかない」
「テメェ!」
試験官に掴みかかる男。
「何だ? あれは」
「・・・とりあえず、落ち着かせた方が良いな」
やって来て早々の険悪な雰囲気に二人は眉を顰める。
カリスは男と試験官の間に立つべく歩き出す。
ガストは呆れた表情を浮かべながらカリスに付いて行く。
「落ち着け」
パッと二人の間に入り、距離を取らせるカリス。
「・・・お前は」
「すまないね。助かったよ。君」
怪訝な顔付きの男とありがたそうに表情を緩ませる試験官。
対照的な二人にカリスはため息をついた。
「事情は分かりませんが、試験を受けさせるぐらいは良いのではないですか?」
「でもね、君」
「試験の合否を決めるのは試験官の皆さんとキルロス隊長などの部隊の上層部の方ですよね。キルロスさんがそのような事を気にする方とは思えないのですが・・・」
「隊長と知り合いかね?」
「はい。一応、面識があります」
「確かに隊長は気にしないと思うが、その選考の前に選別するのが私達の仕事なのだよ。分かってくれるかい?」
「受けさせてやればいいだろ?」
交渉するカリスと試験官。
その会話に突如、ガストが加わる。
「き、君は・・・」
「別に脅す訳じゃない。先程は失礼したな」
「あ、ああ」
カリスと接した事で角が取れたガスト。
傲慢な所は変わらないが、自分の非を非だと認める度量の広さを持った。
今の彼は筋をきちんと通す誇り高き貴族である。
「試験を受けさせ、それでも気に入らなければ不合格にすれば良いだけだろ?」
「しかしだね」
「それにだな。上司としてこいつをきちんと教育すればいいだろ。暴れるこいつも悪いが、抑えられない上司も悪い」
「む」
「とにかく、試験ぐらい受けさせてやる事だな。使えなければそれまでなんだ」
「何!?」
ガストの言葉に叫び声をあげる男。
「貴様は恩人にまで噛み付くのか・・・」
ガストは呆れた。
「・・・良いだろう。ただし、落ちる事は覚悟しておけ」
漸く折れた試験官にカリスは安堵の息を吐いた。
「相手は誰だ?」
「・・・そうだな。君。やってくれるか?」
「俺ですか?」
突然の申し出に困惑するカリス。
「ああ。御願いするよ」
「分かりました」
「という訳だ。最後の模擬戦。さっさと始めよう」
試験官の声にカリスと男は位置についた。
「ん? どういう事ですか?」
「あれ? まだ終わらないの?」
「・・・仮面の騎士が来た」
試験場の様子を見て、終わったと思っていた見学者達も戻ってくる。
カリスが戦うとなると見逃す訳にはいかない。
それ程までにカリスの戦闘は周囲に衝撃を与えた。
「貴様の勝利は疑わないが、油断しない事だ」
「もちろんだ。油断する程、俺は落ちぶれていはいない」
「フン。貴様を倒すのは俺の役目だからな。貴様には勝ち続けてもらわないと困る」
そう良い残してガストは試験場から出て行った。
「さて、やろうか」
「俺はいつでもいいぞ」
「おい。さっさと始めろ」
恩人であるカリスにお礼の一つ言わず、試験官を急かす男。
カリスはそんな男に苦笑し、試験官は『面倒な奴が来た』と頭を抱えた。
「・・・ハァ・・・。では、始め!」
カリスの二度目の模擬戦が始まった。
「あの試験官。あいつと戦わせる事で評価させる時間も与えないつもりだな」
試験場から出たガストが呟く。
「珍しいのがいるわね」
「貴様は・・・」
そんなガストに声をかける女性。
「久しぶりね。ガスト」
「・・・リュミナか。何で貴様がここにいる?」
リュミナと呼ばれた女性は呆れた様子で答える。
「相変わらず無計画ね。私がこの部隊の隊長補佐だって知らないの?」
「補佐? 副隊長みたいなものか?」
「まぁ、そうなるわね」
「どうでもいいな。俺の目的は隊長だけだ。他の雑魚なんかに興味はない」
「ホント、相変わらずよね」
リュミナはガストの言葉に再度、ため息を吐いた。
「リュミナ。彼は?」
「・・・キルロス様」
「キルロスだと?」
リュミナの後ろより現れた男。
彼こそがこの部隊の隊長であり、彼女の上司に当たるキルロス・マゼルカだ。
「彼はガスト・ゲイルライン。昔からの知り合いです」
「へぇ。それなら、彼ですか。今日、入隊試験を受けたという公爵家の子息は」
「え? 貴方。ここの試験受けたの?」
キルロスの言葉に唖然とするリュミナ。
「貴様こそ何も知らないんだな。補佐の名が聞いて呆れる」
そんなリュミナを見て、呆れるガスト。
「ふ、ふぅん。気まぐれな貴方の事だから、入れてもすぐやめるんじゃないの?」
「やめないさ。目標が出来たからな」
「目標?」
「貴様に話す義務はない。じゃあな」
そう言い残し、ガストは去っていった。
基本的に彼は独りを好むようだ。
「さて、リュミナ。そろそろ行きましょうか」
「そうですね。キルロス様」
二人はガストが来た方向、即ち、試験場へと足を進めた。
「それにしても、戻ってくるんですね。ラインハルトの名を持つ騎士が」
「名を変えてですけどね。久しぶりでしょう? リュミナは」
「はい。でも、心強いですね。カリスがこの部隊に加わるのは」
「そうですね。カリス君ならすぐに私達の地位を脅かす存在になってくれるでしょう」
「・・・喜んでいいのか、嘆いていいのか分かりませんね」
「ハハハ。確かにそうですね」
笑いながら試験場へと入っていく二人。
そして、そのまま試験官達が集まる場所へと向かった。
「どうでしたか? 絞れましたか?」
「はい。候補としましては・・・」
キルロス達、試験官と上層部との会議が行われる。
これによって合否の結果が決まる。
「あ、その前に少し。予定した模擬戦は全部終了した筈ですが、何故外で模擬戦が行われているのですか?」
「え? あ、はい。先程、飛び入りで参加しまして」
「では、外の二人は合格にしておいてください」
「えぇ!? 仮面の騎士はともかくもう一人は・・・」
キルロスの声に驚きの声をあげる試験官。
「問題児イレイス・クレインでしょう? 知っていますよ」
「で、では、あいつの仕出かしてきた事も?」
「はい。もちろん」
「では、何故?」
「先程見てきましたし、彼の挙げた功績を見れば、優秀なのは分かりますから。それに・・・」
「それに?」
「しっかり手綱を掴んでおけば問題ないですよ。出世の機会を与えれば、彼は懸命になりますから」
若干の腹黒さを見せたキルロスに周りは額に汗を浮かべた。
「まぁいいでしょう。では、候補を教えてください」
「はい。一人は鬼人コウキ・マエヤマ。鬼人の里で生を受けたセイレーン生まれの鬼人です」
「そうですか。実力は?」
「本物でしょう。呪術の扱いも手馴れていましたし、身のこなしも中々。数少ない近接距離の戦闘要員になってくれそうです」
「分かりました。合格です」
「良いのですか? 実物を見ないで」
「貴方達の眼は確かですからね。信頼しています」
「は、はぁ・・・」
満面の笑みで告げられては反論できない。
「次は?」
「はい。ロザニィ・ラズリア、キャル・ラズリアの双子姉妹です」
「双子・・・ですか?」
「はい。忌むべき存在ですが、実力は確かかと・・・」
若干、顔を歪めながら告げる試験官の内の一人。
「双子なのはともかく実力が確かなら良いでしょう。合格です」
「・・・・・・」
「納得できないみたいですね」
男の様子を見て、問いかけるキルロス。
「・・・忌み子を入れていてはこの部隊の格式が・・・」
「下がると?」
「・・・はい」
「そんな考えではこの部隊の隊員失格ですよ」
「え?」
キルロスの突然の言葉に驚き、声を挙げる試験官。
キルロスは笑みを浮かべたまま彼に告げる。
「亜人と人間との蟠りを失くそうと創立された部隊ですよ。その部隊の隊員が忌み子なんていう先入観に捉われては駄目でしょう?」
「・・・・・・」
「亜人は恐怖の対象。その先入観を失くす為に活動しているんです。忌み子くらい受け入れる度量がなければ駄目ですよ」
「・・・はい。分かりました」
「今すぐに納得しろとは言いません。少しずつ彼女達の事を理解してあげてやってください」
「ハッ。努力します」
ニッコリと微笑むキルロス。
笑顔を絶やさない事が彼の特徴かもしれない。
「次を」
「はい。次はガスト・ゲイルライン。ゲイルライン公爵家の子息です」
「そうですか。実力の程は?」
「模擬戦では敗れましたが・・・」
「え? ガストが負けたの?」
リュミナが驚きの声をあげる。
試験官はリュミナの問いに対し律儀に答えた。
「はい。隊長補佐」
「あのガストが・・・。相手は?」
「カリス・アークライン。仮面を被った騎士です」
「あぁ、それなら仕方ないわね」
「お知り合いですか? 隊長補佐」
「あ、え、ええ。ちょっとしたね」
慌てた様子で答えるリュミナ。
リュミナはキルロスよりカリスの事を教えられていたが、当然他言無用。
他の者に話す事、教える事の一切を禁止されていた。
彼女とてカリスに迷惑をかけるのは望ましくない。
「リュミナ」
「す、すいません。キルロス様」
「まぁ、構いませんが、気を付けて下さいね」
「は、はい」
キルロスに頭を下げるリュミナ。
彼女は充分に反省していた。
「すいませんね。続きを御願いします」
「はい。惜しくも敗れましたが、マジシャンとしての能力は即戦力です。混合魔術も使いこなしていますし、何より戦闘を良く知っている」
「へぇ~。混合魔術を。やるわね。ガスト」
「分かりました。合格にしましょう」
「はい」
次々と合格を決めていくキルロス。
試験官達の眼を信じているからこそのこの決断の早さだ。
「最後の一人です。合格は決まっていますが、報告はしておきます」
「はい。御願いします」
「最後はカリス・アークライン。アークライン家の名を持ちますが、アークライン家に彼程の歳の者がいたなんて情報は・・・」
「ああ。その件はランパルド様より聞きました。最近、養子にした者がいると。きっと彼がそうでしょう」
全てを知っているのにそれを微塵も感じさせないキルロス。
その演技力にリュミナは尊敬の眼差しを向けていた。
「養子・・・ですか?」
「ええ。まぁ、その話は良いでしょう。実力の程は?」
「信じられないですが、ユリウス様級とだけ。近接戦闘に関しては彼の右に立つ者はこの部隊にはいないでしょうね」
「そうですか。頼もしいですね」
「ええ。ですが、彼が私達に刃を向ければ・・・」
その家の生まれではなく、養子入りしたという事が彼らに猜疑心を与えてしまったのだろう。
カリスの目的が分からず、その実力も相まって、彼らに恐怖を与えていた。
『もし、彼が突然反旗を翻したら』と。
だが、キルロスはそんな彼らを見て笑った。
「ハハハ。大丈夫ですよ。彼なら」
「え? 隊長も御存知で?」
「さぁどうでしょうね」
ニッコリと笑う事で追求の手を逃れるキルロス。
彼の方が何枚も上手だ。
「他の者が落ちた理由は?」
「はい。やはり戦闘を知らな過ぎる点が響きました。いくらマジシャンとしての能力が高かろうと戦闘する上で使い物にならなければ意味がありませんから」
「分かりました。では、合格は以上の六名でいいですか?」
「はい。選考に通ったのは六名だけです」
「了解しました。リュミナ」
「はい。何ですか? キルロス様」
「ミルドを呼んで来てください。合格発表を行います。補佐役が一人欠けていては格好が付かないでしょう?」
「はい。分かりました」
キルロスに告げられ、急ぎミルドのもとへ向かうリュミナ。
「さて、外もそろそろ決着ですか?」
キルロスが外を見る。
そこには首元に大剣を突き出すカリスと遠くに剣を弾かれ、座り込む男の姿があった。
時は少し遡る。
「ハァ!」
男、イレイスが開始の合図と共に己の武器である剣を突き出す。
「遅い。そして、甘いな」
カリスは余裕で避ける。
「ふん。それが油断なんだよ。ウィンドカッター」
「やはりそうだったか」
突き出された剣。
その刀身より風の刃が現れ、カリスに向かう。
だが、カリスはそれすらも予想していたのか、瞬時に抜刀し、風の刃を断ち切る。
「お前は魔術を使う剣士。そういう事か?」
「ほぉ。一見しただけで悟るとは・・・」
感嘆したように呟くイレイス。
「あれって風剣?」
「・・・違う」
「どうして?」
「・・・魔剣や魔槍といった類の武器は先端からしか魔術を放てない。でも、あの男はそれ以外の場所から魔術を発動させた」
戦闘経験の豊富さで気付いたカリス。
それに対し、彼女は魔槍使いとしての経験で彼の異質さに気付いた。
「どういう事?」
「・・・剣自体に魔術が使えるよう細工してある」
「杖の材料で剣を作った。そういう事?」
「・・・そう」
「って事は魔術を行使できる剣士って事じゃない」
「・・・そうなる」
「そんな人がいるなんて。嘘みたい」
「・・・眼の前にいる」
「そ、それはそうだけど。もう、相変わらず冷めてるわね」
「・・・いつも通り」
「だから、いつもから冷めてるって言ってるの」
双子姉妹ロザニィとキャルが戦況を見ながら話す。
「魔術はともかく武術はまだまだですね。あの方の足元にも及んでいません。勝機を掴むなら如何に魔術を上手く使うか・・・ですね。まぁ、それでも恐ろしく分は悪いですが」
鬼人コウキもまた冷静に戦況を分析していた。
「お前。魔術と武術。どちらが本命なんだ?」
「あん? そんなのにどっちにも決まってるだろうが!」
『反撃の余裕は与えない』と一気にたたみ掛けるイレイス。
だが、カリスは余裕で避ける。
「いいさ。魔剣士の真骨頂を見せてやる」
そう言うと攻撃を与えながら、詠唱を始める。
「ウィンドエンチャント」
その言葉と同時に風が剣に纏わり付く。
「エンチャント。魔術を刀身に纏わせる技術か」
「良く知ってるな」
「俺も似た事をするからな」
「あん?」
「なんでもない。さっさと見せてみろ。真骨頂とやらを」
「へっ。後悔するなよ」
更に攻撃を加え続けるイレイス。
「ほぉ。攻撃スピードが上がった。それが風の付加効果か」
「それだけじゃないぜ」
「・・・ん? なるほど。文字通り、風の刃か」
「そうだ。刀身に風を纏わせる事で攻撃範囲を広げる。避けようとも風の刃からは逃れられない」
傷一つ負わなかったカリスがカスリ傷とは言え、身体にダメージを受けた。
その事がガストには気に喰わなかった。
「あいつ・・・手を抜いてるのか。さっさと終わらせれば良いものを」
ガストはそう思わずにはいられなかった。
「ハ!」
流石に避け続けるのは無理と見て、カリスは受け止める事にした。
「珍しい戦法だな」
「まぁな」
「・・・だが、まだまだ甘い」
弾き飛ばし、距離を取るカリス。
「・・・・・・」
そして、眼を瞑り、黙って集中する。
そうカリスもまた聖術の魔力を刀身に纏わせたのだ。
「隙だらけだぜ! ハァ!」
その状況を見て襲い掛かるイレイス。
イレイスの剣が迫り、もう少しで当たるという時、カリスの眼がバッと開かれる。
ガキン。
金属同士が接触した音。
甲高い音が辺りに響き渡った。
「き、消えた! 俺のウィンドエンチャントが」
カリスの大剣と剣が接触した瞬間、剣に纏っていた風の刃が消え失せた。
「お前、何をした!?」
「さてな」
とぼけるカリス。
「まぁいいさ。なら、次は・・・。ファイヤーエンチャント」
ボワッと剣に炎が纏わり付く。
「次は炎か」
「俺は全系統でエンチャントができる。覚悟するんだな」
構えるイレイス。
カリスもまた構え、イレイスを待ち受けた。
「それに、この状態でも魔術は使える。ファイヤーボール」
刀身より再び、炎の球が生じ、カリスに向かう。
ファイヤーボール。
火炎系統の下位魔術だ。
大きな炎の球を作り出し、撃ち込む魔術。
込められた魔力と大きさが比例する魔術であり、術者によっては野原を焼け野原にするだけの火力を持たせる事が可能だ。
下位魔術にして、上位マジシャンからも愛用される特別な下位魔術である。
現在、カリスに放たれたファイヤーボールは身体半分程の大きさを持っていた。
中々の大きさであり、直撃すれば大火傷を負うだろう。
だが、カリスはそれを喰らう程、甘くない。
「ハッ」
一閃。
ファイヤーボールを切り裂く。
だが、その振り切った瞬間をイレイスは狙っていた。
「もらったぁ!」
「狙いは良い。が、まだ甘い」
ガキン。
カリスは瞬時に振り切った大剣を戻し、イレイスが突き出した剣を受け止める。
「なッ!? またか」
剣同士が衝突した瞬間、再びエンチャントがかき消された。
「いくらエンチャントで魔術を纏わせようとそれをきちんと制御できなければ、付け焼刃みたいなものだ。驚異にはならない」
「何!?」
「纏わせた魔術を完全に制御し、質、硬度を高める事でエンチャントは本来の効果を発揮する」
「・・・テメェ」
戦闘中に助言するような真似をするカリスに苛立つイレイス。
「残るエンチャントは二つ。試さなくていいのか?」
「上等だ。やってやる」
意気込むイレイス。
「サンダーエンチャント」
ガキン。
「アイシクルエンチャント」
ガキン。
だが、そのどちらも威力を発揮する事なく、カリスにかき消された。
「爆発力、破壊力では他系統を凌駕する火炎系統」
全て防がれ唖然とするイレイス。
「隠密性、切れ味の鋭さでは他系統を凌駕する疾風系統」
イレイスはその事実が受け入れられなくてその場に立ち尽くしてしまう。
「意外性、創造性では他系統を凌駕する氷結系統」
そんなイレイスにゆっくりと近付いていくカリス。
「そして、速度、万能性では他系統を凌駕する雷撃系統」
シュッと剣先をイレイスに向けるカリス。
「それぞれの特徴を発揮させ、引き出し、付加させる事こそがエンチャント。お前のはエンチャントではない」
「テメェ!」
カリスの言葉に激昂し、飛びかかるイレイス。
「冷静さこそエンチャントに必要な事だと知れ!」
ガキン。
力強く振り切るカリス。
それにより、イレイスが持つ剣は吹き飛ばされ、イレイス自身もまた吹き飛ばされた。
「完全に制御してこそエンチャントの真価が分かる。制御する上で必要な事はどのような状況でも動揺しない冷静さ。お前に足りないものはそれだ」
ガチャリ。
地面に座り込むイレイスの首元に剣先を突きつけるカリス。
「・・・・・・」
黙り込むイレイス。
武器を弾き飛ばされたこの瞬間、イレイスの敗北が決まった。
「以上で試験を終わりとする。合否の発表まで各自その場で待機していてくれ」
再度、試験場に並ばされた受験者。
彼らの前で試験官がそう告げ、去っていった。
「貴様。俺とでは傷一つ負わなかったものを。何を油断しているんだ」
「無茶を言わないでくれ。初見で全てを理解する事なんてできないさ」
「フン。知らんな。そんな事」
ガストが近付いてきてカリスに告げる。
カリスはガストのあまりの言葉に苦笑した。
お疲れ様の一つぐらい言って欲しいものだ。
「ちょっと良いかしら?」
「ん?」
ガストと話すカリスに突如掛かる声。
振り返ると、そこには双子姉妹、ロザニィ・ラズリアとキャル・ラズリアの姿があった。
「質問したいんだけど良い?」
「ああ。構わないが」
「・・・何故消えた?」
カリスが答えた瞬間、身を乗り出して問うロザニィ。
だが、あまりにも言葉が端的過ぎた。
「え?」
「・・・魔術が消えた理由」
流石に伝わらず、カリスが聞き返す。
それに対し、ロザニィは再度、余計な事を全て省いた言葉で返す。
「貴方が剣を突き出した瞬間、魔術が消えたでしょ。それに、剣に纏わり付いた魔術も受け止めただけで消えた。それが何故か教えて欲しいのよ」
「ああ。それは・・・」
「それは俺も気になるな」
「私にも教えて頂けませんか?」
カリスが答えようとした瞬間、二つの声がカリスに掛かる。
「貴様らは・・・」
ガストがその声に反応し、声の方向に顔を向ける。
カリスもまた声の主を見た。
「御初に御眼にかかります。私はマエヤマ・コウキ。この国ならコウキ・マエヤマですね。見ての通り、鬼人です」
「イレイス・クレインだ。俺のエンチャントを消した方法。聞かせてもらうぞ」
別々の方向から歩いてくる二人。
カリスの前にやってくると、立ち止まり、自己紹介を始めた。
彼らは知らないだろうが、現在、ここには合格と告げられる者達が一人残らず集まった事になる。
何か引き合うものがあったのだろうか?
「そうね。それなら、私達も自己紹介しておきましょう。ロザニィ」
「・・・ロザニィ・ラズリア」
「そして、私がキャル・ラズリア。見ての通り、双子よ」
双子である事を隠そうとしない彼女達。
そうまでなるのに一体どれくらいの時間と葛藤があっただろうか。
「どう? 忌むべき存在の双子は。嫌かしら?」
自分達から聞きながらも、嫌がられると当然のように思っていた二人。
だが、ここにそんな事を気にする者はいなかった。
「何故、貴様ら程度の事を俺が気にしなければならない。俺にとっての問題は貴様らが俺より上か下かどうかだ。貴様らが双子だなんて事はどうでもいい」
「あん? 俺は俺の事だけしか考えていない。お前達がどんな存在であろうと俺には一切関係のない事だ」
その傲慢さ故にどうでもいいと言い切るガスト。
その自己中心的な思考故に関係ないと言い切るイレイス。
「亜人と人間が分かり合えるようにと設立された部隊ですから。人種の違いに比べれば、同じ顔だなんて些細な事ですよ?」
「そもそも双子が忌むべき存在だという意味が俺には分からないな。誰であろうと生を受けた事に違いはないんだ。たとえ亜人と人間との間に生まれようと忌むべき存在ではない」
部隊という観点より気にする必要はないと語るコウキ。
貴族と平民、亜人と人間、誰であろうと変わらず接せられるからこそ、混血種であろうが双子であろうが気にしないと語るカリス。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
そのまさかの返答に、眼を見開き、唖然とするキャルとロザニィ。
今までに経験した事のない返答だった。
双子であるとバレた途端、絶え間なく浴びせられる罵声。
愛してくれる筈である両親からも侮蔑の視線で見られる日々。
騎士団、魔術師団の入団試験を受けても双子であるという理由で落とされる。
双子であった事が彼女達を散々に傷付けた。
そんな彼女達が殻に篭もるのに時間は掛からなかった。
信じられるのは互いだけ。
初っ端から諦めていれば傷付かずに済む。
だからこそ、開き直って顔を隠す事もしなくなったのだ。
「双子が忌み子。そんな事は迷信だ。周囲はともかく俺は気にしない」
「そうですね。気にする必要はないと思います」
「関係ない」
「どうでもいい」
でも、彼らは違った。
否定する事なく、あるがままを受け入れてくれた。
その理由は様々だが、受け入れてくれたという事だけで彼女達は嬉しかった。
「ありがとう」
「・・・ありがとう」
唖然としていた表情を一転させ穏やかに笑いながら告げる二人。
彼女達は久しぶりに人前で心の底から笑った。
まるで、ずっと背負っていた重荷から解き放たれたかのような。
そんな清々しく、爽やかな表情だった。
「そんな事はどうでも良いんだ。俺はあいつがした事を知りたいだけだからな」
『本当に自分勝手だな』と空気を読まずいきなり発言するイレイスにカリスは苦笑した。
「お前はガスト・ゲイルラインだよな?」
「ああ。そうだが」
ガストの名は有名である。
セイレーン貴族の大半が知っている。
それ程、公爵家というのは大きな存在なのだ。
「じゃあ、お前は何て言うんだ?」
イレイスがカリスを見ながら告げる。
その言葉に一同もカリスに視線を向けた。
「そういえば、俺も貴様の名を聞いていないな」
ガストもまたカリスを見る。
「貴方程の実力者ならとっくに有名になっている筈です。名前が出回らないなんて事はないと思うんですが・・・」
「・・・確かに」
コウキの言葉に同意するキャル。
ロザニィもまた無言で頷いていた。
「俺の名はカリス。カリス・アークラインだ」
「アークラインだと!?」
カリスの言葉に驚く一同。
なかでも、ガストの驚きはかなりのものだった。
「貴様はあのアークライン家の者だというのか!?」
ガストが噛み付く。
アークライン公爵家。
公爵家のガストからしてみれば、王家を除いて唯一上に立つ家だ。
当然、プライドの高い彼からしてみれば気に食わない存在だった。
「でも、貴方ぐらいの歳の人がアークライン家にいるなんて聞いた事ないけど・・・」
「ああ。養子だからな」
「養子? 誰の?」
キャルが問う。
「ランパルド様のだ」
「ランパルド? チッ。あの爺さんだけは別だ」
だが、そんなガストもランパルドの名を聞けば引き下がった。
「あの爺さんだけはどうしても憎めない。俺が唯一アークライン家で認める存在だ」
眼の敵であるアークライン家でもランパルドだけは別。
プライドの高いガストにそこまで言い切らせるという事がランパルドの人柄の良さを伺わせる。
「ランパルド様か。確か、あの人だけだったわよね。貴族学校で私達に優しくしてくれたのは」
「・・・ええ」
貴族学校で教鞭を振るっていた事もあるランパルド。
彼女達もランパルドに接し、ランパルドの優しさに触れていた。
あの時の嬉しさを彼女達は忘れないだろう。
「そういえば、ここを教えてくれたのもランパルド様だったな」
騎士団で暴れ、追い出されたイレイス。
他の騎士団でも同様の事を繰り返し、行き場を失った。
途方に暮れるイレイスに助言をしたのがランパルドだった。
『あそこなら受け入れてくれるじゃろ』と。
受けるまでにトラブルはあったものの、結果的に試験を受ける事が出来た。
ランパルドの助言が効を奏した訳だ。
イレイスとしてもランパルドには感謝していた。
「話を聞く限り、ランパルドという方は良い人のようですね」
コウキはランパルドに会った事はないが、周囲の言葉でランパルドの人柄を察した。
「じゃあ、その仮面も養子入りに何か関係あるの?」
「・・・・・・」
その質問に黙り込むカリス。
キャルは軽く聞いたつもりなのだろうが、恐ろしく鋭い質問であった。
「・・・顔を隠す為?」
「まぁ、そうなるな」
ロザニィの呟きにはどうにか言葉を返せた。
「何故、顔を隠す必要がある?」
ガストが追求する。
「ちょっとした事情があってな。出来れば聞かないで欲しい。嘘はつきたくないからな」
「・・・どうしても言えないという訳か」
「ああ。すまないが」
「フン。いいさ。貴様を超えた時、ついでに聞かせてもらう」
流石にそうまで言われれば引き下がるしかない。
ガストは追求を止めた。
「嘘をつきたくないって事は誤魔化す設定はある訳だな」
イレイスが気付く。
確かに嘘を言う事を前提とした言葉だった。
要するに、嘘は予め考えられていた訳だ。
「ああ。一応な。大火傷を負ったという事にしてある」
「良いのですか? 裏事情を私達に話して」
コウキが心配そうに問いかける。
このような状況でも相手を思い遣れる優しさを彼は持っていた。
「これから仲間になる奴らには嘘をつきたくないしな。構わないさ」
「仲間・・・ですか? まだ合格と決まった訳ではありませんが?」
カリスの言葉にコウキが問いかける。
「お前達の実力は全部見させてもらった。これ程の能力を持っていて不合格はないだろう」
「でも、私達は今までどの団でも落とされたわ」
惨めだった時の事を告げるキャル。
どこを受験しようとも今まで一度も受かった事がないと。
「それは双子だからという理由か?」
「え、ええ。多分」
「それなら大丈夫だ」
「何で分かるのよ?」
訝しげにカリスを見詰めるキャル。
「俺はこの部隊の隊長を知っている。彼が双子だからという理由で落とすとは思えない」
「・・・・・・」
「聖騎士団や魔術師団は隊長格の者や団長自らが選考しないようになっているから、たとえ理解のある者がトップでも落とされる事はあるだろう」
これは言外にエルネイシアやユリウスの事を言っているのだ。
カリスはエルネイシアとユリウスも受け入れてくれると確信していた。
「だが、この部隊だけは違う。騎士団や魔術師団の連合ともいえる部隊であるここは隊長自身が選考する」
「だから、私達でも大丈夫って事?」
「ああ。大丈夫だろう」
カリスの言葉に喜色を浮かべるキャル。
半ば諦めていたものに希望が出てきたのだ。
喜ぶのも当然であろう。
ロザニィもまた無表情な顔に僅かな笑みが浮かんでいた。
「それで、肝心の話はいつ聞かせてくれるんだ?」
どうしても気になるのだろう。
イレイスが再度、カリスに促す。
「ああ。それは・・・」
「発表を始める。各自、先程のように並んでくれ」
カリスが話そうという時に試験官が現れた。
「チッ。間が悪いな」
「また来るわ。その時に教えてね」
「・・・また来る」
「私もです」
「ああ。分かった。終わったら来てくれ」
「フン。当然、俺は受かっているんだろうな」
そう言って、彼らは解散し、自分の場所へと戻っていった。
漸く、彼らの待ち望んだ合格発表が行われる。
彼らの胸中は不安と期待が入り混じっている事だろう。
受験者達は真剣な表情で試験官を待った。
「集まったようだな」
並ぶ受験者達を見て複数いる試験官の内の一人が告げる。
どうやら彼が代表のようだ。
「名を呼ばれた者は前に来てくれ。入隊の証としてこの紋章が贈る」
手に持つのはペンダント。
大きな円状になっており、その中に十字架が組み込まれている。
「亜人種保護部隊のエンブレムとなる。常に持ち歩くように」
部隊を示す大事な紋章。
常に持ち歩く事で、その紋章が徐々に誇りと責任を感じさせてくれるようになるだろう。
隊員の誇りであり、覚悟の証。
それがこの紋章だ。
「では、合格発表を始めよう」
ゴクリッ。
唾を呑み込む音が聞こえた。
辺りに緊迫した雰囲気が漂う。
「ガスト・ゲイルライン」
「フン。当然だ」
名を呼ばれ、堂々と歩くガスト。
その堂々たる振る舞いは彼が上流階級の人間である事を感じさせた。
「今後の活躍に期待する」
ガスト・ゲイルライン。
国内でも屈指の実力を持つマジシャンだ。
風を司るゲイルライン公爵家の子息として遠距離の戦闘要員として活躍してくれる事だろう。
ただ、その出身による傲慢な態度で他隊員と衝突しないかという懸念もある。
上司からしてみれば心強く、そして、扱いづらい人材だろう。
「コウキ・マエヤマ」
「はい」
冷静に言葉を返し、ゆっくりと進むコウキ。
歩く度に腰に佩く刀が揺れ、音を鳴らしていた。
「今後の活躍に期待する」
コウキ・マエヤマ。
セイレーンでも中々お眼にかかれない鬼人である。
その独特な技術体系である呪術と刀を使った近接戦闘で多岐に渡って活躍してくれる事だろう。
「イレイス・クライン」
「おう!」
上司を上司と思わない返答をした後、ズカズカと歩くイレイス。
その態度に青筋を浮かべるものの、『落ち着こう』と深呼吸をして、先程と同様に試験官が告げる。
「今後の活躍に期待する」
イレイス・クライン。
セイレーンでも稀有な魔術と武術を同時に使う魔剣士だ。
威力は弱いものの全系統を使いこなす彼は近距離、中距離、遠距離と万能性に富んでいる。
多くの場面での活躍が期待できるだろう。
ただ、彼もまた問題児として認識されていた。
今回は暴れずに隊員としての活動を全うして欲しいものだ。
「キャル・ラズリア」
「え?」
「・・・呼ばれた」
「キャル・ラズリア。呼んでいるんだ。早く来ないか」
「は、はい」
カリスに言われ、望みはあると思っていたものの、やはりどこかで諦めていた自分がいたのだろう。
呼ばれた瞬間、キャルとその隣にいるロザニィは眼を見開き、勘違いではないかと呆然とした。
だが、再度呼ばれ、キャルは慌てて進む。
『夢じゃないか』と今の状況を疑っていたが、一歩踏み出す度に現実なのだと実感していく。
試験官の前に来る頃には、キャルの胸は喜びの感情で溢れていた。
キャルは泣き笑いの表情で紋章を受け取る。
「今後の活躍に期待する」
キャル・ラズリア。
マジシャンとしては驚く程に優秀な訳ではないが、その機転、想像力には眼を見張るものがある。
参謀という訳ではないが、いざという時には頼りになる事だろう。
また、その明るい性格がムードメーカーとして部隊を盛り上げてくれる事も期待できる。
「ロザニィ・ラズリア」
「・・・・・・」
名を呼ばれ、無言で進むロザニィ。
一見、喜びの見えない無表情に見えるが、頬は若干緩み、赤みを帯びている。
紛れもなく、彼女も合格を喜んでいた。
「今後の活躍に期待する」
ロザニィ・ラズリア。
雷槍を扱う数少ない近接戦闘に特化した戦闘要員だ。
槍術や魔槍の扱いにはまだまだ穴があるが、それも今後の経験で埋っていく事だろう。
また、細身の身体からは考えられない程、彼女の神経は図太い。
それは誰もが恐れる神龍山に登ろうとした事からも分かるだろう。
槍術を極めたカリスの指導を受ければ、もしかしたら彼女が一番化けるかもしれない。
「最後だ」
その言葉に騒然とする受験者。
自分が受からないと悟ったからだ。
残る席は一つ。
そして、呼ばれていない圧倒的強者。
「・・・・・・」
一人の男に受験者達の視線が集まる。
誰もがこの男こそが最後の合格者だと悟った。
「カリス・アークライン」
「ハッ」
悠然と進むカリス。
歩く度に靡く騎士のマント。
表情の見えない仮面に隠された顔。
セイレーンでは非常に珍しい大剣。
そして、明かされた名前。
「おい。アークラインって・・・」
「あのアークライン公爵家!?」
再度、騒ぐ受験者達。
あの全てを凌駕して見せた力とその力の持ち主である男の明かされた名。
騒がれるのも当然な話題性があった。
「今後の活躍に期待する」
カリス・アークライン。
セイレーン中に蔓延る魔術至上主義を根本から覆してしまう存在。
その剣術、流れるような身体捌き、そして、圧倒的なカリスマ性。
一度眼にした者はその存在が眼に焼き付き、こびりついて離れない。
力不足の近接戦闘要員と充実している遠距離戦闘要員とのパワーバランスをひっくり返してしまいかねない近接戦闘要員だ。
近接戦闘要員の要となってくれる事は間違いない。
「以上が合格者の全てだ」
告げる試験官。
当然、反発が起こる。
「何でだ!? 双子や問題児が受かる中、何故俺が落とされなければならない」
「・・・・・・」
その言葉に俯くキャルとロザニィ。
どれだけ言われようとやはり慣れない。
彼女達の心は傷付く一方である。
「それは私が話しましょう」
「・・・隊長」
不意に響く男の声。
試験官が振り返るとそこにはキルロスの姿があった。
「ご苦労様です。下がっていいですよ」
「はい。隊長。御願いします」
「分かりました」
試験官が下がる。
そして、それと入れ替わるようにキルロスが前に出た。
両脇には補佐役であるミルドとリュミナの姿も見える。
「初めまして。亜人種保護部隊の隊長を務めさせてもらっているキルロス・マゼルカです。お見知りおきを」
一礼するキルロス。
その姿にはどこか優雅さがあり、彼もまた上流階級の人間だと周囲に感じさせた。
「では、早速お話しましょうか」
笑顔で告げるキルロス。
だが、その表情に有無を言わせない何かがあった。
「“貴方達の戦闘技能が合格ラインに届かず、彼らの戦闘技能が合格ラインに届いた”。ただそれだけの理由ですよ」
「なッ!?」
表情と裏腹の厳しい言葉を投げかけるキルロスに受験者達は唖然とした。
「言いましたよね。私達が見るのは戦闘技能だと。双子であろうと問題児であろうと関係ないんですよ」
「で、ですが、あいつは・・・」
イレイスを指差しながら抗議する受験者の一人。
「ええ。彼がした事は知ってますよ。上官に殴りかかる。他の団員と喧嘩沙汰になり施設を崩壊させる。挙句の果てには作戦中に独断行動を取り、部隊に被害を及ぼしました」
「・・・そんな事をしていたのか」
呆れるカリス。
問題児だとは聞いていたが、流石にそこまでの問題児だとは思ってもいなかった。
「では、何故!?」
「ですが、結果は残しています。そうですよね?」
「はい。その上官は汚職をしていたのがバレ、現在は爵位を剥奪の上、牢に閉じ込めてあります。喧嘩沙汰になった相手の方はある貴族に亜人を密漁していた事が判明しています」
「最後のは?」
「確かに被害が増大したのは事実です。ですが、結果として任務を成功に導いたのも彼だと分かっています」
「結果オーライ?」
話を聞いていたキャルが首を傾げながら告げる。
「し、しかし、和を乱した事に違いは」
「そうですね。違いはありません。彼の行ってきた事は『結果として』という前置きがあってこそ認められるものです。ですが・・・」
「・・・・・・」
「問題児を問題児のままでいさせた上官の方がより悪い。問題児をきちんと指導し、手綱を掴み、懸命に働かせる事こそが上官の仕事です」
「相変わらずだな。キルロスさんは」
キルロスの言葉に絶句する一同を他所にカリスは一人苦笑していた。
笑顔で言うにはあまりにも黒過ぎる。
言われた本人であるイレイスは額に冷や汗を流しキルロスを見ていた。
「ご心配なく。彼の手綱はきちんと掴んでおきます。問題を起こす暇も与えず働かせてあげますので」
ニッコリと微笑むキルロスにカリスを除く全ての者が寒気で身体を震わせる。
キルロスの恐ろしさが垣間見えた瞬間だった。
「では、よろしいですね。無念にも落ちてしまった方は騎士団や魔術師団に紹介状を書きますので、もし、再び入隊したいと思ったならば、見事団長の推薦を勝ち取ってください」
全てを話し終えたと言わんばかりの態度のキルロス。
「合格者は残り、他の方は解散してください」
キルロスの言葉に従い、合格した六人を残して受験者達は去っていった。
残る六人を前に、キルロスが口を開く。
「合格おめでとうございます」
一人一人にゆっくりと視線を送りながらキルロスが告げる。
「コウキ・マエヤマ君」
「はい」
「我が部隊にも鬼人はいますが、その数は少ないです。ですが、彼らは呪術を使いこなし、部隊内でも要として活躍してくれています。貴方にも期待してますよ」
力強く頷いてみせるコウキ。
「キャル・ラズリア君」
「はい」
「ロザニィ・ラズリア君」
「・・・はい」
「双子である事が貴方達に困難を与えると思いますが、耐え抜いてください。貴方達が結果を残せば、周囲も次第に貴方達を認めます」
覚悟と信念の込もった顔で頷くキャルとロザニィ。
「ガスト・ゲイルライン君」
「・・・何だ?」
「いつでもいいですよ。ただし私を甘く見ない事です。返り討ちにしてあげます」
「(チッ。バレてやがったか)。・・・フン。いつまでも余裕でいられると思うなよ」
ニッコリと笑うキルロスに悪態をつくガスト。
「イレイス・クライン君」
「・・・・・・」
「名前を呼ばれたら返事をしなさい。イレイス・クライン」
「ハ、ハッ!」
イレイスの額から汗が引く事はない。
「私は今までの上官のように甘い人間ではありません。覚悟しなさい」
慌てた様子で頷くイレイス。
イレイスは若干、この部隊に入隊した事を後悔した。
「カリス・アークライン君」
「ハッ」
「期待しています」
ただ一言。
だが、そこに込められた想いが多くを語っていた。
だから、カリスは告げる。
「はい。お任せを」
力強く、そして、頼もしい表情で。
「では、明日より貴方達には亜人種保護部隊に合流してもらいます。今日は身体をゆっくり休ませ、明日に臨んで下さい」
こうして、カリス達は亜人種保護部隊の入隊を決めた。
個性溢れるメンバーを同期に迎えたカリス。
彼らはこれからどのように活躍していくのだろうか?
最初の一歩を彼らは確かに、そして、力強く踏みしめた。