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第十九話 入隊試験




亜人種保護部隊。


数年前にカリスを始めとした少人数が亜人と人間との友好関係の確立を目的とし、設立した亜人の問題に対処する為だけの部隊だ。


その後、徐々に規模を拡大し、多くの兵を持つ部隊となった。


そんな亜人種保護部隊の活動は多岐に渡る。


密漁団の逮捕、討伐。


亜人の保護。


亜人を奴隷とする貴族の調査、逮捕。


亜人と人間との間に発生した問題の解決。


などなど荒事から交渉事まで。


とにかく亜人の為の活動であり、その活動範囲は広かった


その為、求められる人材は万能、もしくは何かに特化した能力を持ち、亜人に対する蟠りがない人物となる。


その入隊方法は二つ。


一つは各騎士団の長から推薦をもらい、所属する騎士団から異動という形で入隊する方法。


これは人格、能力の面を長であるユリウス、エルネイシアなどの団長が判断し、その者を推薦するという方式である。


亜人と人間との間にある蟠りを少しでも失くしたいという者が多くこの方法で入隊してきた。


もう一つは年に複数回行われる入隊試験に応募し、その試験に受かるという方法である。


自ら応募するという事もあり、この方法でも多くの亜人和親派が部隊に入隊してきた。


また、その方法で入隊した者の中には亜人の姿もある。


少しでも被害者を減らしたいという思いは彼らも同じだった。


むしろ、同じ境遇であるからこそ、その思いは一段と強いのかもしれない。


このような入隊方法の結果、この亜人種保護部隊は聖騎士団、魔術師団、亜人達が混合した部隊となった。


そんな隊員達をまとめるのは神官としてもマジシャンとしても名高いキルロス・マゼルカ。


二代目隊長として初代隊長のカリスに負けない程の実績を残している。


そして、そんな彼には二人の補佐役がいた。


補佐役は亜人と人間の二人が務め、それぞれの代表という意味もあった。


亜人側の代表にはミルド・ランスター。


彼女はカリスが救助した銀狼の一人であり、創立時から部隊に所属していた隊員の一人である。


その経験、功績より、彼女はキルロスが隊長に就任した際より補佐役を務めている。


人間側の代表にはリュミナ・フレイライン。


彼女はカリスと共に亜人の国を旅した者の一人で、キルロスと共に旅をやめたもう一人のマジシャンである。


セイレーンのフレイライン公爵家を継ぐ女性だが、とある事情で現在はその爵位が封印されていた。


今はその爵位を受け継ぎ、領地を引き継ぐべく、懸命に努力している。


彼女の功績次第で、爵位の封印も解かれ、フレイラインの領地も戻ってくるという王家との約束だ。


現在は、フレイライン家の領地は王家預かりとなっている。


フレイライン領地の情勢も安定しており、後はリュミナが王家より領地を任せられると判断されたら元通りという訳だ。


その日もあまり遠くはないだろう。


彼女の活躍は目覚しいものがあるのだから。


また、彼女もキルロスが隊長に就任した際より補佐役を務めている。


この三人を頂点とし、多くの兵種の者が参加する亜人種保護部隊は日々活動を行っているのだ。


そんな中、新しく部隊入りする者を厳選する為の入隊試験が今日行われる。


その中には大剣を担ぐ顔半分を隠す奇妙な仮面を付けた男の姿もあった。










「良くぞ集まってくれた」


亜人種保護部隊専用の演習場。


現在、そこには二十人程の者が並ばされていた。


その殆どがマジシャンという現状がセイレーンらしさを感じさせる。


また、中には亜人の姿もあり、信念の込もった瞳で試験管を眺めていた。


「これから、入隊試験を始めようと思う。各々、準備は済んでいるだろうか?」


その言葉に誰もが頷く。


仮面の騎士、カリスもまた同様に頷いた。


カリスはこの入隊試験に向けてローゼンと毎日のように模擬戦を行い、大剣に慣らしていった。


その期間は三日と短いものの、カリスとしても満足できるだけの錬度は得られた。


後はその力を試験で発揮するまでである。


「試験内容は一対一の模擬戦での戦闘技能評価とする」


亜人種保護部隊では情報収集力、交渉能力など多くの能力を必要としている。


だが、そのような能力も一定の戦闘技能があってこそ発揮される。


情報収集力は情報を集めるだけではない。


その情報を確実に伝達する為、入手後に無事持ち帰る能力、秘密にし続ける為に生き残り、勝ち続ける能力が必要となる。


交渉能力とて口が回るだけではすまない。


基本的に亜人と人間との間に起こる問題は荒事が多い。


その間に立って交渉するというのだ。


それなりの実力を持っていなければ、間に立つ事は出来ない。


要するに、そのような能力を発揮する為にも戦闘技能は必要となるという訳だ。


護衛として付けさせるというのも手だが、護衛は護衛。


やはり本人にそれなりの実力なければならないだろう。


決して兵達の役職や身分が高い訳でもないのだし。


結果として、何よりも始めに戦闘技能によって合否を判定する必要があった。


その後、各々の長所が部隊内で活かされる事となるだろう。


「では、早速始めよう」


入隊試験が始まった。










「・・・・・・」


カリスの順番は最後。


それまで、カリスはそれぞれの模擬戦を見学する事にした。


ただし、かなり注目されている事を忘れてはならない。


それは戦闘技能だとか、そういう意味での注目ではない。


いや、そもそも現在のカリスの状況を考えれば目立つのは当たり前だろう。


「何だ? あの仮面野郎は?」


「いや。でも、待て。あのマントは騎士の証。あいつは騎士の称号を得るだけの功績を残している」


「でも、マジシャンではないようね」


「それなら、別に問題ないんじゃないか? 所詮は武術だろ? 俺達が用いるのは魔術だ」


「・・・・・・」


マジシャンが多い中で堂々と大剣を担ぐ姿。


顔半分を隠す奇妙な仮面を付けた姿。


騎士の証であるマントを靡かせた立つ姿。


目立たない方が不思議であった。


「・・・工夫も何もないな」


カリスが思わず呟く。


第一戦はマジシャン同士の戦いだった。


セイレーン出身だけあって、彼らの魔術行使能力は高い。


だが、それだけであった。


詠唱に工夫をしている訳でもない。


戦闘方法に工夫をしている訳でもない。


両者ともその場から動く事なく、正面からの戦いで相手を打ち破る事しか考えていなかった。


マジシャン同士でなら、それでもどうにか戦えるだろう。


相手も動かないという限定があればだが。


だが、所詮彼らは実戦を知らないだけである。


敵が溢れる中、動く事なく魔術を行使し続けるのは愚の骨頂。


弓矢でも槍でも、何でも狙いをつけられてすぐ終わりである。


実戦ではまるで役に立たずに死ぬ事になるだろう。


ミストをマジシャンとして徹底的に鍛え、エルネイシアという最高のマジシャンを知るカリスからしてみれば、恐ろしく物足りなかった。


推薦ではなく、一般からの応募では意外とこんな者も多い。


ミストにしろ、エルネイシアにしろ、縦横無尽に駆け回りつつ、初級魔術を囮にするなど、戦術をきちんと構成していた。


上級魔術を使う為に立ち止まるにしたって、何かしらの対策を取り、隙を失くした上で行使していた。


だが、彼らにはそのような姿勢が一切見えない。


恐らく、彼らが上級魔術を使おうと思っても、その長い詠唱の間に近付かれ倒されるだけだろう。


マジシャンとしての能力は高くとも、実戦経験が不足している。


それが露見した戦闘である。


そのような者は無理に亜人種保護部隊に入隊せず、魔術師団で経験を積んだ上で推薦してもらった方が充分に使い物になる。


亜人種保護部隊はあくまで一つの部隊に過ぎないのだから、教育する事を前提とした人材は取らない。


教育は騎士団、魔術師団の仕事である。


「・・・・・・」


それを表すように、試験官として戦闘技能を評価する者達の顔は晴れなかった。


どこか呆れているようにも見える。


第一戦はカリスの興味を惹く事なく、このような戦いがそのまま最後まで続いた。


恐らく、彼らが受かる事はないだろう。


魔術こそが最強と考えて、魔術の能力を磨けば誰にだって勝てると考えている者の限界である。


一流のマジシャンは魔術至上主義に染まらない。


状況を的確に判断し、その上で最善の行動を取る事が勝利への道だ。


それこそが戦闘を理解しているマジシャンの考えである。


一流のマジシャンの考えとそれ以下のマジシャンの考えの違い。


この事が魔術至上主義の歪さを物語っていた。










「あれは・・・鬼人だな」


第二戦。


対面するは鬼人の男とマジシャンの男である。


黒い着物を身に付け、頭から二本の角を生やす姿。


間違いなく、彼は鬼人であった。


対するマジシャンは特にこれといった特徴がない。


恐らく、先程の模擬戦のマジシャンと同じ程度の能力でしかないだろう。


カリスは鬼人に注目した。


多くの実戦を経験したカリスだが、鬼人が操る呪術だけは経験した事がなかった。


『この機会にそれが見れれば』


そうカリスは思っていた。


「・・・ハッ!」


鬼人の武器は刀。


刃は細く、反っている。


打撃は期待できないが、切れ味、敵を切り裂くという点ではどの武器よりも優れていた。


耐久度は全くもって劣っているが。


鬼人の男は懐から呪符を二枚を取り出すと、力強い掛け声と共に地面に叩きつける。


ボンッと煙が立ちこめ、その煙が消え去られるとそこには二匹の異形の生物がいた。


「な、何だ? それは?」


対面するマジシャンは唖然とした表情でそれを眺める。


敵は所詮武術のみだと油断していた彼の不意を突くには充分なものだった。


慌てた様子で問いかける。


「これは式神。我が従者であり・・・」


その言葉と同時に鬼人は式神と共に相手に向かって走り出した。


「貴方を屠る存在です」


「う、うわわわぁぁぁ。ウィンドカッター」


マジシャンが慌てた様子で魔術を放つ。


下位魔術、ウィンドカッター。


風の刃を飛ばす魔術である。


威力はあまり大きくない。


「赤鬼」


一言呟く。


それだけで、二匹の内の一匹がサッと横に動く。


結果として、ウィンドカッターは誰にも当たる事なく、鬼人の後ろへと流れていった。


「マジシャンだって鍛えなければただの的ですよ。青鬼」


その言葉に一匹が反応し、更にスピードを上げて突っ込む。


「赤鬼。援護です」


突っ込む青鬼の脇を炎が通っていく。


赤鬼が口から炎を吐いたのだ。


マジシャンはその炎に気を取られ、青鬼の接近に対して何の策も取れずにいた。


「ウ、ウィンドカッター」


赤鬼が吐いた炎を疾風系統魔術で吹き飛ばすマジシャン。


打ち消す事に成功するものの、彼が安堵する余裕はなかった。


「終わりです」


青鬼が接近して腹に拳を打ち込む。


「グハッ」


そして、その先に待ち構える鬼人。


「ハッ」


一閃。


手に持つ刀を横に振り切った。


「・・・・・・」


コトッ。


何かが落ちた音がする。


「お、俺の負けだ」


斬られたのは身体ではなく、杖。


杖なくしてマジシャンは魔術を使えない。


言ってみれば、杖を持たないマジシャンなどそこらにいる一般人にしか過ぎないのだ。


「あっという間だったな」


模擬戦の終わりを見て、カリスがボソッと呟く。


始まってすぐに結末を迎えた模擬戦。


両者の実力の差があまりにも大き過ぎた。


「あれが呪術か・・・。面白いな」


カリスは初めて見た呪術に興味を持った。


彼が試験に受かるのはまず間違いない筈。


本人から色々と聞けないだろうか?


カリスはそう思いながら、去っていく鬼人を見送った。


次の模擬戦が始まる。










「あれは・・・」


次々と消化されていく模擬戦。


だが、カリスの眼に止まった模擬戦は鬼人が行った模擬戦ただ一つだけだった。


他の模擬戦はどれもレベルが低い。


確かに中にはマジシャンとしての実力が高い者もいるだろう。


だが、マジシャンしての能力がそのまま戦闘技能になる訳ではない。


状況把握能力。


効率の良い戦闘の運び方。


経験に基づいた深い洞察力。


それらが戦闘技能を評価する上で大事な点である。


威力が強いだとか、詠唱が早いだとかで評価される訳ではないのだ。


たとえ、マジシャンとしての質が劣っていようと格上のマジシャンに勝利する事はある。


その要因こそが“戦術”だ。


効率よく、流れよく、勝利を手繰り寄せる力。


それが彼らには圧倒的に不足していた。


レベルの低い模擬戦を見せられ、幻滅していたカリス。


『次こそは』とカリスは次の模擬戦の出場者に視線を向けた。


そして、そこに立つ二人の姿が、カリスに目を凝らさせる。


「まさか、姉妹で争う事になるなんてね」


「・・・ええ」


「でも、手加減はなしよ。と言っても、私の方が有利だけど」


「・・・不利だから負ける訳ではない」


「ま、それもそうね」


マジシャンが好んで着るローブとソルジャーが好んで着る軽装の鎧。


身丈程の杖と身丈を超える黄色い槍。


水色の髪と青色の髪。


頭部を飾る装飾品に頭部を護る頑丈な兜。


これだけの違いがあるのに、その顔は全く同じ。


同じ服装をしていたら、どちらがどちらだか全く分からない程に、彼女達の顔は瓜二つだった。


「・・・双子・・・か。それも一卵性の。辛い境遇だな」


彼女達を見て、眉を顰めながら、辛そうに呟くカリス。


「チッ。忌み子が何をしに来たんだ」


そんなカリスとは対照的に顔を歪ませながら、受講者の一人が呟く。


「・・・・・・」


その言葉を聞いて、眼を瞑り、黙り込むカリス。


忌み子。


亜人と人間との間の子だけではなく、一卵性の双子もまた、この世界では忌み子と呼ばれていた。


双子とは災いを呼ぶ存在である。


それが人間、亜人、両者共通の認識であった。


当然、彼女達も忌み嫌われていた事だろう。


カリス以外の受験生達もどこか侮蔑の視線で彼女達を見ていた。


試験官ですら、嫌そうな顔で彼女達を見ている。


「やっぱり、ここでも変わらないみたいね」


「・・・分かっていた事。親だって彼らと同じ」


「ま、いいわ。実力で認めさせてやるもの」


「・・・ええ」


位置につく彼女達。


そして、試験官に視線を送る。


「・・・始め!」


どこか不機嫌そうな試験官が始まりの合図を告げた。


「いきなりいくわよ。アイシクルアロー」


双子姉妹の内のマジシャン側が開始と同時に魔術を放つ。


「・・・・・・」


ソルジャー側の女性はそれを無言で避ける。


「ま、当たらない事は分かってたわ」


避けられようとマジシャンは余裕を崩さない。


「下位魔術だからって甘くみちゃ駄目よ。貴女にも見せてないとっておきがあるんだから」


「・・・・・・」


詠唱を始めるマジシャン。


ソルジャーは『かかって来い』と言わんばかりに構えながらマジシャンの詠唱を待った。


「アイシクルアロー」


唱えるは先程と同じアイシクルアロー。


だが、現れたのは先端を鋭く尖らせた“数多”の氷の刃。


「いけ!」


その言葉に従うように、氷の刃が一斉にソルジャーへと向かう。


「・・・・・・」


構えたまま、向かってくる氷の刃を眺めるソルジャー。


あと少しで当たる。


そんな時、漸く彼女は動き出した。


「・・・・・・」


鋭い突きを幾度も繰り返すソルジャー。


それによって、向かってくる氷の刃の大半を破壊する。


「そんな事できたかしら?」


「・・・いつまでも昔のままではない」


「フフフ。そうね。でも、それはお互い様よ。アイシクルクロー」


いつの間にか忍ばせていたアイシクルクローを発動させるマジシャン。


ソルジャーはまさかの事態に反応できず、四方から迫る氷の刃に身を切り刻まれた。


だが、致命傷を受けた訳ではない。


彼女は彼女なりにダメージを抑えていた。


「・・・次は私」


全身に傷を作りつつも、ソルジャーはマジシャンに向かって走り出す。


「アイシクルアロー」


牽制の為のアイシクルアロー。


ソルジャーは一歩横にステップを踏むだけで避けてみせる。


そして、勢いを殺す事なく、マジシャンへと突っ込む。


「・・・・・・」


接近に成功したソルジャーが槍を突き出すが・・・。


「甘いわ」


マジシャンも軽やかに避けてみせる。


「魔術にはこういう使い方もあるの。アイシクルクロー」


そして、今まで自分がいて、今はソルジャーがいる場所へと氷の爪を発動させる。


「・・・貴女も甘い」


そう呟くとソルジャーはその場からすぐさま飛び上がり、氷の爪を全て避ける。


しかし、その間にマジシャンは距離を取ってしまっていた。


折角接近しても、また距離を取られてしまえば、始めからやり直しである。


一撃も受けていないマジシャンと全身に傷があるソルジャー。


これがマジシャンとソルジャーなどの近距離戦を得意とする兵種との間にある有利不利である。


どうしても、遠距離より攻撃できるマジシャンの方が有利となってしまう。


だが、ソルジャーの彼女とてそれは分かりきっている事。


対策がない訳ではないのだ。


「・・・・・・ハァ!」


無言で戦闘を行うソルジャーが始めて会話以外で声を発した。


すると、槍の先端に雷が纏わる。


「・・・雷槍・・・か」


呟くカリス。


雷槍。


魔術が込められた槍の事を魔槍と呼ぶ。


その中でも、雷撃系統の魔術が込められた槍をこう呼んだ。


無論、火炎系統なら炎槍、氷結系統なら氷槍、疾風系統なら風槍と名付けられる。


これに関しては槍以外の武器でも同様の呼び方なされる。


炎剣、氷斧などだ。


これらはその武器を装備した者の魔力で発動されるのではなく、槍に込められた魔力で発動する仕組みとなっている。


その魔力は人間の魔力とかではなく、武器を作る際に用いられる材料に依存された。


「久しぶりね。貴女のそれを見るのも。確か、雷竜だっけ?」


「・・・ええ」


「貴女も無茶するわよね。麓までといっても神龍山に登ろうとしたんだもの」


「何!?」


マジシャンの言葉に周囲は騒然とする。


神龍山はたとえ腕自慢のマジシャンでさえ引け腰になる恐ろしい山だ。


それをソルジャーである者が行っただなんて。


セイレーンのマジシャン達は限界まで眼を見開いていた。


「・・・強くなる為」


その驚愕の事実を一言済ませるソルジャー。


「・・・それに所詮は麓。倒した雷竜だって最弱クラスの竜」


「ま、いいわ。かかって来なさい」


マジシャンとソルジャー。


マジシャン同士の戦いよりもより高度な魔術戦にカリスは漸く『模擬戦らしくなってきた』と息を吐いた。


「・・・ハァ!」


突き出された槍。


ただの槍なら遠い位置にいる相手に向かって突き出すその姿は間抜けなものだ。


だが、突き出された瞬間、先端から雷撃がマジシャンに向かう。


「反則よね。魔力を消費しないんだもの」


「・・・でも、威力は下位魔術レベルでしかない」


「それでも・・・よ」


そう言いながら、マジシャンは氷の障壁を前方に作り出す。


「マジシャンとソルジャーって事もそうだし、魔術の関係でも私が有利なのよ」


魔術には相性というものがある。


火炎が疾風で薙ぎ払われるように。


疾風が雷撃で抑えられるように。


雷撃が氷結で緩和されるように。


氷結が火炎で溶かされるように。


系統ごとに優位性が存在するのだ。


当然、相性は勝敗にも大きく影響を与える。


「・・・構わない。言った筈。不利だから負ける訳ではないと」


だが、彼女の言う通り、不利だからといって必ずしも勝負に負ける訳ではない。


「・・・・・・」


再度、槍を突き出す事で雷撃をマジシャンに喰らわせるソルジャー。


「同じ結果になるだけよ?」


先程と同じように余裕で防いでみせるマジシャン。


だが、彼女の言う先程と同じ結果とはならなかった。


「・・・違う」


「え!」


いつの間にか接近していたソルジャー。


その近くから発せられた声にマジシャンは驚きの声をあげる。


「・・・なるほど。あくまで本分は武術による接近戦にあるという訳か。・・・鍛え甲斐がありそうなソルジャーだ」


そう、先程の雷撃はただの眼眩ましにしかすぎない。


雷撃が迫り、氷の障壁を出した瞬間、彼女の視界は塞がれる事となる。


それを彼女は利用したのだ。


「・・・引き分けとする」


憮然としながら告げる試験官。


雷槍をマジシャンの首元に近づけているソルジャー。


アイシクルクローでソルジャーの周りを囲ませているマジシャン。


あの一瞬でそこまで出来るという事はマジシャンの詠唱能力が非常に優れている事を示していた。


「もう一人も優秀だな。まさかアイシクルクローにあんな使い方があるなんて。戦術構成が巧みだ」


カリスは感嘆していた。


今までにない発想。


素早くこなす詠唱能力。


冷静に戦況を見極める洞察力。


見てきた模擬戦の中で一番優秀なマジシャンだとカリスは確信した。


満足そうに微笑むカリス。


勝負を終えた二人もまた微笑みあっていた。


「引き分け・・・か。ま、しょうがないか」


「・・・流石。あの一瞬で」


「貴女こそ。マジシャンの優位さなんてまるで感じさせてくれなかったわ」


「・・・私が導き出した答え。隙を作らせ、詠唱する前に倒す。・・・私もまだ未熟」


彼女が導いたマジシャンに勝つ方法。


それは、敵に隙を作らせて、その一瞬の隙を突くというものだった。


隙を突き、接近戦に持ち込めば、むしろ、ソルジャーこそ有利。


接近戦を得意とする兵種全てに共通するマジシャンへの対策であった。


彼女の場合は魔力の備わる魔槍による撹乱という訳だ。


「ま、後は結果待ちよ? 行きましょう」


「・・・ええ」


「不安? 受かってるか?」


「・・・不安ではない。ただ・・・」


「ただ?」


「・・・落ちる理由が同じだから」


「・・・まだ決まった訳じゃないわ。試験が終わった今、私達に出来る事は待つ事だけ。違う?」


「・・・ええ」


「そういう事。じゃ、後の模擬戦でも見学しましょうか?」


そう言い、彼女達は試験場を後にした。


「戦闘技能の実力でいえば、間違いなく受かっているだろうな。後は双子であるという事が問題か・・・。まぁ、キルロスさんの事だから、気にしないでくれると思うが・・・」


他のマジシャンとは違い、実戦でも通用できる優秀さを見せ付けてくれたマジシャン。


雷槍を使いこなし、マジシャンに通用する武術を見せ付けてくれたソルジャー。


戦闘技能という点を評価するのであれば、受かっていて当然のレベルである。


カリスは彼女達の合格を願わずにはいられなかった。










「・・・やっと来たな」


漸く回ってきたカリスの番。


カリスは大剣を担ぎながらゆっくりと試験場へと向かっていった。


当然、見学者、試験官を含め、誰もがカリスの姿に唖然とする。


騎士のマントに顔を隠す仮面。


マジシャンばかりの受験者の中で異彩を放つ接近戦用の武器。


更にその武器が見た事もない程、立派ときた。


刀身は鞘に包まれている為に見えないが、柄のその豪華さ。


幾つも宝玉が付けられ、太陽の下、眩い程の輝きを放っていた。


観賞用の武器かと思われる程の豪華な作り。


『それで闘えるのか?』と思われそうだが、その全ては戦闘に特化された宝玉。


見学者達はその凄まじさをこの模擬戦で目撃する事となるだろう。


「ほぉ。俺の相手は貴様か?」


カリスが試験場に到達した時、そこにはマジシャンと思われる男が立っていた。


「あ、あいつは!」


「ガ、ガスト・ゲイルライン! 公爵家の御曹司が何でこんな所に!?」


セイレーンには五つの公爵家が存在している。


火炎系統を得意とする火炎を意味するフレイライン家。


氷結系統を得意とする氷結を意味するフリーライン家。


疾風系統を得意とする疾風を意味するゲイルライン家。


雷撃系統を得意とする雷撃を意味するエレクライン家。


そして、それら全てを統括する立場にいる円弧を意味するアークライン家。


当然、その名が意味するように彼らの系統魔術は他貴族の追随を許さなかった。


高貴な血、受け継がれる絶大な魔力、そして、絶好の修行環境。


生まれた頃より、それが彼らには備わり、用意されている。


その結果、厳しい教育期間を終えれば、彼らは国内屈指のマジシャンとなっていた。


当主はセイレーンを代表するマジシャンであり、その子息も当然優秀なマジシャンである。


その内の一人がやって来たというのだ。


騒ぐのも当然であろう。


「奇妙な仮面だな。おい! 顔を見せろ!」


「断る。そう言われて従う義務はないからな」


「何!」


青筋を浮かべるガスト。


プライドの高い彼としては、格下と思われる者に舐められた事が何よりの屈辱であった。


「お、おい。あいつ。殺されるぞ」


「あ、ああ。ただでさえ、魔術が使えないというのに。公爵家の奴を怒らせちまった」


青褪める見学者達。


試験官もどこか心配そうな顔でカリスを見ていた。


「上等だ。覚悟しろ。ただじゃ殺さない」


「おい! 試験中、殺しはご法度だ!」


「黙れ! 俺に逆らうのか?」


「クッ・・・」


ガストの言葉に試験官が注意を促すが、ガストは聞く耳を持たない。


むしろ、睨みつける事で試験官を黙らせてしまった。


試験官とて公爵家に逆らう事の愚かさを知っている。


睨まれれば引くしかなかった。


公爵家とは実力のみならず、圧倒的な権力すら持っているのだから。


「俺はいつでも構わない」


そんな中、カリスは表情を変える事なく告げる。


もちろん、周囲からは仮面に隠れているので表情の変化など分からないが。


「で、では、始め!」


勢い良く告げられた開始の合図。


カリスの戦いが始まった。










カリスとガストの模擬戦は誰もが注目した。


「ゲイルライン家だって。勝てるのかしら? 彼」


「・・・強い」


「え?」


「・・・あの男はとても強い。そんな気がする」


争いあった双子姉妹が。


「あの身のこなし。それに首しか見えませんが、相当に鍛えこまれています。まさか、里以外でここまでの武人と出会えるとは・・・」


速攻で勝負を決めた鬼人が。


それらを含めて誰もが緊張した様子で二人を眺めた。


「・・・・・・」


「・・・・・・」


かたや公爵家の看板を背負う御曹司。


マジシャンとして優秀なのは誰もが想像がつく。


かたや騎士の称号を背負う仮面騎士。


担ぐ大剣と覗かせる鋭い瞳が周囲に緊張感を与えた。


「荒ぶる嵐よ。牙剥く者を包み込み、その存在を塵と化せ! ウィンドストーム」


「いきなり上位魔術!?」


見学者の一人が叫ぶ。


ウィンドストーム。


名の通り、小規模の嵐を作り出す事が出来る魔術だ。


サイクロンに比べ、規模も威力も低いが、喰らえば、軽症ではすまないだろう。


「・・・・・・」


迫り来る嵐を前にカリスは悠然と立つ。


構える事なく、剣すら片手に持つだけで、鞘すら抜いていない。


「お、おい! あいつ、喰らっちまうぞ」


「・・・終わったな」


嵐に包まれるカリス。


その光景を見て、誰もがカリスの敗北を悟った。


「ハハハハハハ。もう終わりか。手応えもなかったな」


同様にガストも勝利を確認し、高らかに笑う。


「あぁ~あ。負けちゃったわよ」


「・・・負けてない」


「え? どういう事よ?」


「・・・男の後ろ」


「え? あ!」


言われ、ガストの後ろに視線を向ける双子姉妹のマジシャン。


そこには、先程と同じように悠然と立つカリスがいた。


「い、いつの間に?」


無論、驚いているのは彼女達だけではない。


見学者はもちろん、何より驚いているのが勝利を確信したガストだった。


「貴様は一体?」


「さぁな」


バッとバックステップで距離を取るガスト。


接近戦が相手の得意分野である以上、距離を取るのは当然だ。


マジシャンとしての戦いに慣れたガストは相手が誰であろうと自分の不利となる間合いに誰かがいる事を嫌う。


それが戦闘中であろうと日常であろうと。


その徹底さは他の一般マジシャンにはない一流の証でもあった。


「・・・・・・」


攻める様子のないカリス。


距離を詰める事も可能であっただろうに、その場から動こうとしなかった。


「貴様。俺を相手に武器も抜かずに余裕をかますとは良い度胸だな」


「いや。この武器はあまり使い慣れていなくてな。加減が難しい」


「どこまでも舐めやがって」


「だが、いつまでも受けるだけでは勝負がつかないからな。抜かせてもらおう」


右手に持った大剣。


その鞘を左手でゆっくりと抜いていく。


「・・・綺麗」


思わず声を揃えて呟く双子姉妹。


彼女達だけではなく、誰もがその刀身に見惚れていた。


透き通るような青。


唯一覗かせる彼の瞳のように深い深い青色だった。


その柄の豪華さと合わさり、まるで宝石のような輝きと魅力に溢れていた。


「・・・凄まじい」


鬼人は見た目ではなく、その大剣が持つ異様さに眼を見開いた。


「とてつもない魔力を感じます」


その大剣に込められた溢れんばかりの魔力。


宝玉によりその魔力は増大され、鬼人の彼の眼には溢れ出す魔力が形となって見えていた。


鬼人は呪術という実体のない技術を行使している。


その為、武器や物に込められた魔力や呪い、魂など人間や他の亜人達に見えないものを“視”る事が出来た。


彼らはそれの質、量などによって、ある程度、物体に込められた物の恐ろしさを判別できる。


そんな彼が、この大剣を前に身体を震わせた。


それ程までにこの大剣に込められた魔力は異質で、恐ろしいものなのだ。


『今まで見た事もありません。こんな物は』


鬼人の眼には自身の身長を何倍も上回る巨大な龍が幻視されたという。


魔力が形となってだ。


「ふん。大層な物を持っているな。良いだろう。それは俺が貰い受ける。俺のコレクションに加えてやろう」


その異質さは誰もが感じた。


当然、ガストも感じている。


「武器は持ち手を選ぶという。まぁ、俺も認められた訳ではないがな」


「それは、俺は選ばれない存在だと言いたいのか?」


「当然だ。武器とは戦場で使われてこそ輝く。コレクションに加えようという奴に武器の心が感じられる訳ない」


「武器の心だと? 馬鹿か? お前は」


笑うガスト。


「物に心なんてないんだよ」


「違うな。武器には心が宿る。お前が使う杖とてな」


右手に持つ大剣を一振りするカリス。


大剣は美しい煌きを見せた。


「この輝きこそが武器に宿る魂の輝きだ。心を通わせて初めてその武器を使いこなせた事になる」


「馬鹿馬鹿しい。武器なんて奴隷みたいなものだ。俺に使われるだけの存在。それだけだ。心を通わせるだなんて絵空事は夢の中だけにしな」


「分からないか。なら、それがお前の限界だ」


「チッ」


苛々しげに舌打ちするガスト。


「お前を葬れば必然的に俺の物だ。選ばれるだとか、認められるだとかは俺には関係ない」


「・・・・・・」


詠唱を始めるガスト。


カリスはゆっくりと構え始める。


「・・・隙が全くない」


「やはり圧倒的な武力です。何故このような方がこの魔術大国セイレーンに?」


双子姉妹のソルジャー。


刀を使う鬼人。


共に武器を操る二人は構えを見ただけで自身との圧倒的な差を感じた。


「全てを無に。サイクロン」


疾風系統最上位魔術。


サイクロン。


立ち上る複数の竜巻がカリスに迫る。


「俺のサイクロンの前では誰もが平等に死を与える。終わりだな」


「終わり? 何を勘違いしている」


「なッ!?」


シュタッ。


構えていた大剣を一閃、横に薙ぎ払う。


「き、切り裂いた!?」


「最上位魔術だぞ!?」


迫り来る竜巻が真っ二つになり、カリスを過ぎてから消滅する。


「やはり凄まじいな。使いこなすにはまだまだ修練が必要だ」


カリスが小さく呟く。


切り裂けると思ってやったが、まさかこうまであっさりと切り裂けるとは思ってもいなかった。


凄まじい大剣を贈ってくれた事に感謝しつつ、カリスは再度大剣を構える。


「まさか、これで終わりという事はないよな」


「それこそまさかだ。俺の限界はここじゃない」


ニヤリと笑い、再び詠唱を始めるガスト。


その笑みは勝利を確信したものだ。


「炎を帯びた風の刃よ。竜巻となりて切り刻め。ファイヤーストーム」


「・・・混合魔術か。伊達に公爵家の看板は背負ってないか」


混合魔術。


マジシャンの中でも本当に優秀な者しか使えない特殊な魔術である。


アゼルナートでは魔術師団のそれこそトップやそれに近い者ぐらいしか使いこなせないであろう。


その内容は系統魔術の重ね合わせ。


二つの魔術を同時に発動させる事で、その効果、威力を何倍にも向上させる技術だ。


ただし、使いこなすには緻密な魔力操作、莫大な魔力、揺るがない精神力、そして、何よりも集中力を必要とする。


最上位魔術を超える習得難易度、そして、威力を誇る圧倒的な魔術だ。


ちなみに、エルネイシアの最強魔術師の由縁は混合魔術を全て涼しい顔で使いこなす事にある。


人間では彼女だけだ。


全系統で魔術を重ね合わせる事が出来るのは。


「流石に素では厳しいか」


「漸く諦めたか。まぁ、こいつを前にしたらそうなるのも当然だがな」


「諦めた? 違うな」


眼を瞑るカリス。


どれだけ炎を纏う竜巻が押し寄せようとその余裕が崩れる事はない。


「諦めた訳じゃない。あれは・・・」


「・・・集中している」


本来ならば、誰もが慌て、死を覚悟する瞬間。


その状況においても眼を瞑り続けるカリス。


何をしているか分からない者には諦めたように映るだろう。


だが、実力者は気付く。


そして、鬼人の眼には身体から立ち込める輝きが見えた。


「・・・あれは聖術! 聖術の魔力を大剣に纏わせようというのですか!?」


鬼人は眼を見開く。


見た事も聞いた事もない現象に、彼は“見極めてやる”とその光景を凝視した。


彼の眼に映る大剣は次々と聖術の魔力を纏わせ、幾つもの層を作り出す。


込められた圧倒的な魔力。


それを限界まで圧縮し層とする。


もし、圧縮しなければ、どれ程の巨大さに形作られるのだろうか?


そして、それを層としつつ、制御し、保っていられるだけの集中力。


「・・・化け物ですか」


額に汗を浮かばせながら、鬼人は呟いた。


「聖術とは人間が作りだした唯一のもの」


「あん?」


突如語り始めるカリスに眉を顰めるガスト。


「有を無に。無を有に。破壊する為に創り出された魔術と対を成す創造する為に創り出されたのが聖術だ」


「何言ってるんだ? 貴様は」


「相反する力は互いを打ち消しあう。互いが互いを“有”から“無”へと」


邪龍によって破壊する為に創り出された亜人。


その亜人が生み出した魔術。


聖龍によって創造する為に創り出された人間。


その人間が唯一生み出した聖術。


対を成し、相反するのは当然である。


そして、相反する力が接触した時・・・。


「・・・・・・」


その全てが消え去る。


「何!?」


「何だ!? あの消え方は!」


・・・切り裂いた訳ではない。


カリスはただ大剣を眼の前に掲げただけ。


柄を片手で持ち、先端を上斜めにあげ、ただ悠然と立っていただけ。


だが、ただそれだけなのに、全てを飲み込む筈の炎を纏う竜巻が一瞬にして消えてしまった。


まるで何もなかったように痕跡一つ残さずに。


「な、何をした!?」


予想外の事態に慌てるガスト。


先程までのふてぶてしいまでの余裕はどこにも感じられない。


「言っただろ? 互いを消しあうと」


自らが誇る最強の魔術を意味の分からない術で防がれてしまったガスト。


その自信、プライドは脆くも崩れ去る。


先程まで小さく見えていた相手の姿が、今では何倍にも大きくなって見えていた。


「そろそろ攻めさせてもらう」


呟き、そして、始動。


今までその場に立っていただけのカリスが動き出した。


「・・・・・・」


無言で、ゆっくりと近付く姿。


ただそれだけなのに、何故こうも身体が震えるのか。


緊張感が漂い、息をする事すら困難。


その異質で異様な雰囲気に、誰もが呑み込まれていた。


「・・・逃げないのか?」


そして、それはガストも同じだった。


雰囲気に呑まれ、普段許さない距離にまで侵入を許してしまう。


「まぁいい。ハッ!」


振り切るカリス。


だが、何故かガストに触れる前に剣先が止まる。


「これは・・・」


「・・・俺の風は全てを断つ。魔術であろうと武術であろうとな」


「なるほど。風の障壁。中位魔術も魔力を込めればこれ程の堅さを持つのか」


ガストが行使したのは風の障壁、ウィンドシールド。


火炎系統を薙ぎ払う為の防御魔術だと思っていたが・・・。


「こういう使い方があるのか。参考になるな」


思わず感嘆するカリス。


「マジシャンじゃないお前が知った所で使えないだろうが」


その様子で余裕を取り戻したのか、ガストが勝気な顔で告げる。


「これでお前の攻撃は俺に届かない。俺にお前は一撃も当てる事はできない」


「さて、それはどうだろうな」


一旦、離れるカリス。


「攻撃を受ける事がなければ、攻め続けられる。疾風系統を極めた者の戦い方だ」


「ゲイルライン家の戦い方という訳か」


「ああ。お前もそれによって負ける。次はお前に何かさせる暇は与えない」


風の障壁を発動させたまま、詠唱を行うガスト。


混合魔術を使いこなす彼にとって、同じ系統である魔術を同時に使う事は容易である。


即ち、ウィンドシールドを張りつつ、一方的に攻撃し続ける事が出来るという訳だ。


・・・相手が相手ならだが。


「ウィンドニードル」


疾風系統中位魔術。


風により刃を構成し、突き刺す魔術。


その操作は術者が行い、刃は縦横無尽に空中を駆け回る。


「いつまで避けてられるかな?」


次々と襲い来る風の刃をカリスは避け続ける。


時に上から、時に横から、時に下から。


通常ではありえない軌道でも、カリスの余裕は崩れなかった。


「・・・(父上の突きに比べれば大した事はない)」


アゼルナートを代表する最高峰の剣士であるジャルスト。


いくらセイレーン屈指のマジシャンであるガストとてアゼルナート、いや、大陸最高峰の剣士であるジャルストの突きに比べれば遅くて当然だ。


比較対象が違い過ぎる。


「・・・・・・」


すぐに貫くだろう。


そう余裕ぶっていたガストも徐々に苛立ってくる。


まるで当たる様子なく、余裕で避け続けるカリス。


その余裕振りが許せなかった。


「貴様!」


苛立ちが操作を狂わせる。


その乱れた刃を一閃して切り裂くとカリスは走り出した。


一直線にガストへと向かうカリス。


突きの構えで突っ込むもまたもや風の障壁に止められる。


「だから、無理だと」


「いや。対策法が分かった」


「ふん。強がるな」


再度、距離を取るカリス。


そして、今までにない程のスピードで走り出す。


「き、消えた!?」


そのスピードはその場にいる全ての者にそう思わせる程のもの。


肝心のガストもカリスの姿を見失った。


「どこだ! どこにいる!?」


「後ろだ!」


「ッ!」


その声に急ぎ振り向こうとするガスト。


だが、その前に背中に痛みを感じた。


「クッ」


「どうやら、ウィンドシールドは限られた空間にしか発動できないようだな。さしずめ、お前の視界に映る所だけか?」


「・・・貴様」


「範囲を狭めて強度を上げる。それがお前のウィンドシールドの秘密だ。なら・・・」


再び消えるカリス。


そして、再びガストの死角に現れる。


「お前の視界に映らぬ速度で移動し続ければ良い。眼球運動より速く。風が壁を作るより更に速く」


「グハッ!」


消えては現れ、消えては現れ。


その度に“現れ続けるだけ”のガストの新たな斬り傷。


本当の意味での一方的な攻めだった。


「な、何故だ!? 何故マジシャンが負ける・・・」


満身創痍。


最早、動く事すら出来ないだろうガストが叫ぶように問う。


それとは対照的に傷一つなく悠然と立つカリス。


大剣を鞘に収めつつ、カリスは告げる。


「・・・確かにマジシャンは強い。天地を揺るがし、全てを破壊する魔術は行使できない者にとって驚異だ」


マジシャンである事が彼らの誇りであった。


そして、マジシャンであれば誰にだって負けないと思っていた。


マジシャンこそが最強だと思っていた。


だが、その考えは眼の前で否定された、覆された。


最強である筈のマジシャンが、それも自分なんかよりもずっと優秀な最高位のマジシャンが魔術を行使しない相手に傷一つ付ける事なく敗れ去った。


魔術至上主義である彼らに与えた衝撃は計り知れない。


だからこそ、その考えを覆した張本人が告げる言葉に興味を持った。


誰もが黙ってカリスの続きを待つ。


「だが、魔術に拘り、己の視野を狭める事こそ愚の骨頂だ。本当に強い奴は・・・武術も魔術も関係ない」


カリスが思い浮かべるのは己の師と言える沢山の存在。


父として、剣術の師として誰よりも長くに渡り鍛えてくれたジャルスト。


他国の国民なのに、厳しく、そして、暖かく鍛えてくれたクリストファー。


抗えない力に抗う為にと魔術に関して徹底的に鍛えてくれたエルネイシア。


逆境の中、自身を貫く事の難しさ、そして、貫く強さ、尊しさを教えてくれたユリウス。


そして、神龍山の山頂で視野を狭める事の愚かさ、そして、カリスに物事の本質を悟らせてくれた最強の師。


その誰もが、武術、魔術、それらを感じさせない程、圧倒的な頂にいた。


武術、魔術、それらを凌駕する“何か”を持っていた。


「俺は魔術にも武術にも差はないと考えている。己の志す道を歩み続け、己の腕を磨き続け、そして、何かを極めた者は誰よりも強い。何よりも心がな」


武術を極めた者が到達する頂。


魔術を極めた者が到達する頂。


そして、その頂に到達した者だけが持つ揺らぐ事のない信念。


その決して曲がらない心の芯こそが強者の証である。


「人間、いや、“人”には無限の可能性がある。それをたった一つの事に縛られて潰してしまうのは愚かな事だ」


魔術だけに拘るな。


より広い視野を持ち、多くの事に触れろ。


それこそが強者への最短の道だ。


カリスが言外にそう伝える。


そして、その言葉はその場にいる全ての者に伝わった。


「魔術を極めた者は恐ろしく強い。だが、武術を鍛えた者もまた恐ろしく強い」


「・・・お前のようにか?」


「いや。俺なんてまだまだ未熟だ。上には上がいる」


「・・・そうか。敵わんな」


悔しそうに歪ませていた表情は不思議と穏やかなそれに変わっていく。


彼自身、不思議な感情だった。


言葉にするなら、清々しい。


「・・・俺はな」


傷付いた身体を地面に落ち着かせ、ゆっくりと話し出すガスト。


「魔術師団を俺の物にする為に、まずこの部隊を俺の物にしようと思っていた」


「何故、魔術師団に入団して実力でもぎ取ろうとしなかったんだ?」


「時間が掛かるからだ。この部隊の隊長はエルネイシアの弟。それを打ち負かせれば、よりエルネイシアに近づけると考えた」


「キルロスさんなら倒せると?」


「ああ。正直な所、余裕だと思っていた。俺の実力ならな」


「確かにお前は優秀なマジシャンだ。だが、キルロスさんはそれ以上に優秀なマジシャンだ」


「・・・だろうな。俺は己惚れていた。エルネイシアとて俺には敵わないと本気で思っていたからな」


苦笑しながら告げるガスト。


「だが、お前に負け、俺が如何に世の中を甘く見ていたか自覚した。井の中の蛙だったんだな」


「・・・それが分かれば、お前はもっと強くなれるさ」


「そうか?」


「ああ。間違いなくな」


微笑むカリス。


仮面で隠れていようとその暖かさはガストに伝わった。


「・・・さっさと済ませようと思ったが、考えを改めざるを得ないな」


「ん?」


「いいだろう。俺はいずれ実力で魔術師団のトップを勝ち取ってみせる。魔術師団に入り、エルネイシアに挑んでな」


「・・・そうか」


「ああ。だが、その為に俺はこの部隊で修行する事に決めた。貴様のせいだ」


「・・・・・・」


「貴様を追えば、俺は必ず強くなれる。そう確信した。貴様を超えた時こそ俺がエルネイシアに挑む時だ」


「フッ。それなら、お前は一生、エルさんに挑戦できないな」


「フン。言ってろ」


清々しい笑み。


ガストは人が変わったように微笑んだ。


先程までの傲慢だけの彼はいない。


カリスとの出会いが彼を変えたのだ。


そして、この出会いこそが彼の運命の転機であった。


ガスト・ゲイルラインが歩み未来を大きく変えてしまうような。


それ程に大きな・・・。


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