第十八話 贈り物
「カリス・アークライン」
「ハッ」
厳粛な雰囲気が漂う中、カリスの名が呼ばれる。
現在、カリスはセイレーン国内での立場を明確とする為の儀式を受けていた。
即ち・・・。
「汝を我が国の騎士に叙任する」
「ハッ。ありがとうございます」
騎士叙任式である。
セイレーン内での騎士の証は国の紋章の入ったマント。
カリスは聖巫女であるファムリアより直接マントをかけられた。
セイレーン内における立場を明確とする為の騎士叙任式だが、何の功績もない者に与える程、騎士の称号は軽くない。
カリスの功績は第三王女の救出、及び、保護というものだ。
そこに近衛騎士の任命が加わり、カリスは騎士の称号を得るだけの大儀ができる。
「同時に、第三王女ミスト姫の近衛騎士に任命する」
「ハッ」
カリス・アークラインとして新たな道を歩みだしたカリス。
男性にしては長めだった髪は短く切り揃えられ、顔には顔の上半分を隠す仮面が取り付けられていた。
カリス・アナスハイムであるという事を隠す為には必要な物である。
顔半分程が隠れていれば、たとえ感付かれようと他人の空似で誤魔化せる。
カリスの狙いはそれだった。
また、たとえカリス・ラインハルトとバレようともこの状態ならば、カリス・アナスハイムと似ているだけとも誤魔化せる。
カリスにとっては非常に都合の良い仮面だ。
「・・・カリス殿。ミストの事を御願いしますね」
「はい。お任せください」
儀式中は聖巫女としての立場上毅然としていたが、式を終えれば、姪を慈しむ優しい女性。
暖かみのある笑顔で隣に控えるミストを眺めながら、カリスに告げる。
カリスはそれに力強く頷いて見せた。
こうして、カリスはセイレーン内における騎士としての立場を得たのだった。
「・・・・・・」
儀式を終え、カリスは屋敷への帰路につく。
その途中、城内の廊下でカリスは背中に視線を向けた。
騎士の証たるマント。
その肩にかかるちょっとした重みがカリスに騎士としての責任を実感させた。
「カリス様」
「御兄様」
立ち止まったカリスにかかる声。
カリスは振り向き、声をかけてきた人物に視線を向ける。
「ルルシェ姫様。リース姫様」
「・・・カリスさん」
「ミスト・・・姫様」
追いかけてきたのは“三人”の姫だった。
「・・・いつものように呼んで下さい」
悲しそうに俯きながら告げるミスト。
着飾り、エルフの耳を隠す事なく立つ姿は正に姫。
蒼銀の髪が三つ並べられた姿。
真摯に見詰めてくる六つの“深い青”の瞳。
それらが彼女達に血の繋がりを感じさせる。
「・・・・・・」
近衛騎士として任命された以上、カリスとミストは主従関係。
カリスにとってミストは君主にあたる。
騎士としての心構えを弁えているカリスが君主に対して今まで通りとは・・・。
「・・・そうだな。ミスト。普段はいつも通りに接しよう」
「・・・カリスさん!」
・・・どうやら、カリスは相も変わらずミストに弱いようだ。
たとえ騎士としての心構えを弁えていようと妹分の涙には勝てない。
寂しそうに俯くミストを見て、カリスは主従関係を貫く事を断念した。
「だが、公私の分別はするからな」
「・・・はい。分かっています」
ミストとて自分の立場は理解している。
公の場で姫とそれに仕える騎士が普段のように接していたら、問題になる事は間違いない。
残念だが、認めるしかなかった。
「では、私達にも普段のカリス様をお見せください」
「そうですよ。御兄様。同じ姫であるミストに対して普段のカリス様を御見せするのなら、私達に見せても問題ない筈です」
笑顔でそう告げる二人にカリスは苦笑するしかなかった。
「姫様。無茶な事を言わないで下さい」
「カリス様」
「御兄様」
だが、その笑顔は全く怯まない。
その有無を言わせない態度にカリスは更に苦笑を深めるばかりだ。
「・・・善処しますよ」
だから、こう言うしかなかった。
「・・・まぁ、今はそれで許してあげます。ね? 御姉様」
「そうですね」
顔を見合わせて微笑む二人。
本当に仲の良い姉妹である。
「ミスト。何かあったら、すぐに俺を呼べ。何でも力になるぞ」
「・・・はい。カリスさん」
何があってもミストを護ろう。
たとえ主従関係になろうと大切な家族である事に変わりはない。
カリスはミストを眺めながら、そう再度強く誓った。
「では、ミスト、行きますよ」
「・・・はい。ルルシェさん」
「御姉様・・・ですよ。ミスト」
「・・・御姉・・・様」
戸惑いが隠せない様子のミストにルルシェは微笑む。
「少しずつ慣れてくださいね」
王位継承者として認められたミストはアークラインの屋敷に住む事が許されなくなった。
大切な姫君である。
城に住む事が当然であった。
渋々・・・というか、泣く泣くミストはアークラインの屋敷を後にした。
そして、現在はセイレーン城に一室を構え、慣れない姫暮らしをしている。
侍女がいる生活。
巫女としての修行の日々。
今までにない生活に正直ミストは疲れていた。
カリスが傍にいれば新鮮だと楽しめたのかもしれないが、そのカリスがいない。
その心細さがミストにストレスを感じさせていたのかもしれない。
だが、それも先程のカリスの一言で吹っ飛んだ。
いつだってカリスさんが助けてくれる。
そう思うだけで、ミストは胸の奥が暖かくなった。
きっとこれからは慣れない生活も楽しめるようになるだろう。
多少・・・かもしれないが。
「・・・ミスト。頑張れ」
去っていく三人の背中を見送りながら、カリスは呟く。
仮面で隠れている彼の表情は確かに暖かい笑みが浮かんでいた。
~SIDE ニコラ~
「どうですか? カリス様」
「・・・ローゼン。それは?」
あ、カリス様が帰って来たみたいです。
それを御姉様が迎えます。
・・・カリス様と同じ仮面を付けて。
「はい。有事の際に駆けつける身の私としてはカリス様だけに仮面を被らせる訳にはいきませんから。ルルシェ姫様に私の分も用意してもらったんです」
流石、御姉様。
惚れ惚れする程の忠臣振りです。
「・・・そうか」
苦笑するカリス様。
ここは良くやったって褒める所ですよ。
カリス様。
それなのに、何でそんな。
もっとこう・・・。
って、あ、ルルちゃんが。
「すまんな。ニコラ。ルルの面倒を見させてしまって」
「い、いえ。大丈夫ですよ。可愛いですもん。ルルちゃん」
何の因果か、私がルルちゃんの面倒を見る事になっちゃいました。
カリス様がいる時はカリス様がお世話するんですけど、ルルちゃんは基本的にここでお留守番ですからね。
カリス様がいない時はどうしようという話になった時、何故か私が懐かれちゃって・・・。
でも、ま、ルルちゃん、可愛いから良いんですけどね。
「ローゼンと同じ匂いがするんだろうな。だから、ルルも安心する」
「御姉様と同じ匂いですか?」
同じ匂いなんでしょうか?
「雰囲気とか種族とか、そういう意味よ。ニコラ」
あ、そういう事ですか。
ビックリしました。
私と御姉様の匂いが一緒なのかと思っちゃいました。
「ルル」
でも、やっぱりルルちゃんはカリス様が一番なんですね。
さっきまで動き回ってたのに、カリス様が撫でるとすぐ大人しくなっちゃいます。
・・・私が身体を一生懸命洗っている間中、ずっと暴れていたくせに・・・。
なんか悲しくなりました。
「ハハハ。そうか」
何で笑うんですか?
カリス様。
「不貞腐れるな。ニコラ。気持ち良かったってルルが言ってるぞ」
「え? 本当ですか?」
「ああ。なぁ? ルル」
「クク~ン」
肯定するように鳴くルルちゃん。
・・・えヘヘへ。
それなら、頑張っちゃいましょうか。
しょうがないですね。
ルルちゃんは。
「・・・単純だな。ニコラ」
「えぇ? カリス様。なんか言いましたか?」
「いや。なんでもないぞ。頼むな。ニコラ」
「はい! 任せてください!」
良く分かりませんが、頼まれたからにはしっかりこなして見せましょう。
それが私の仕事ですから!
・・・って、あ、忘れてました。
「カリス様!」
「ん? 何だ?」
「ユリウス様からお届け物を預かってます」
「私がここにいる理由もその為です」
カリス様が留守の間にユリウス様ご自身が御姉様と一緒にやって来たんです。
私、ビックリしちゃいました。
ユリウス様は騎士達の憧れですから。
街中でも中々見れないのに。
ちょっと嬉しかったです。
ユリウス様、有名人ですしね。
忙しいらしく、すぐに帰っちゃいましたが。
御姉様はその時からここでカリス様を待ってました。
「お届け物?」
「新しい武器を贈ってくれたみたいです。カリス様のハルバードは燃やしてしまわれたでしょう?」
首を捻るカリス様に御姉様がそう告げます。
「そうか。ユリウス様には後でお礼に行かなければな」
「お付き合いします」
ん~。
何だか、御姉様、いきいきしてますね。
笑顔が溢れてます。
「やはりセイレーンの方がお前には優しいみたいだな。ローゼン」
しみじみとカリス様が呟きます。
そうですか。
それで、御姉様はいきいきしているんですね。
アゼルナートではずっと亜人って事を隠してきたわけですから。
その鬱憤が晴れたんですから、清々しい気分なのも当然ですよね。
「さて、取りに行こうか。どこにあるんだ? ニコラ」
「あ、はい。ご案内します」
ルルの身体も洗い終わりましたし。
「すまんな」
「では、付いて来て下さい」
「私もお供します」
では、早速向かいましょう。
~SIDE OUT~
「・・・ニコラがここに引き取られて良かった」
先を歩くニコラを見て、ローゼンがそっと呟く。
「そうだな」
「・・・聞こえていましたか」
呟きをカリスが聞いていた事に驚くローゼン。
「まぁな。それにしても、流石は姉貴分。大切な妹の事を案じているようだな」
「ええ。まぁ」
気恥ずかしいのか、いつものような歯切れの良さがない。
「あの笑顔を見ていると分かるな。ここは本当にニコラに優しく接してくれている」
「あの娘はちょっと抜けているけど、元気で優しいとっても良い娘です。そんな娘が好かれない訳ありません」
「ハハハ。そうだな。きっとニコラが家中を楽しくしてくれているだろう」
ローゼンが自慢げに告げると、カリスは笑顔で同意した。
「私、正直不安だったんです」
「・・・銀狼が受け入れてもらえるか・・・か?」
「はい。やはり分かりますか?」
項垂れるローゼンにカリスが頷く。
「それぐらい分かるさ。お前との付き合いは長いからな」
「フフフ。そうですね」
カリスの言葉に微笑むローゼン。
「銀狼は獣人の中でも稀な種族。セイレーンが亜人に優しい国だと分かっていても捕らえられた私としてはあまり信用できなかったんです」
「当然だな。そう考えるお前はおかしくない」
「はい。でも、その不安もニコラを見てれば吹っ飛びます。きっと、他の娘達も良い環境にいるんでしょう」
「そうだな」
楽しそうに先を歩くニコラを見て、二人は再度微笑んだ。
その笑みは本当に暖かく、優しいものだった。
「・・・それにしても、本当に仮面を付けるのか?」
「ええ。勿論です。折角用意して頂いたのですから。普段はミストの傍にいますが、何かありましたらすぐにこれを付けて駆けつける所存です」
「・・・無理に仮面を付ける必要はないんだがな・・・」
呟くカリス。
「・・・・・・」
だが、ローゼンには聞こえていなかったようだ。
どこか大事そうに仮面を抱えている。
「・・・まぁ、別に構わないが・・・」
そんなローゼンを見て、カリスは呟く。
『何を言っても無駄だな』とカリスは苦笑した。
現在、カリスの隣を歩くローゼン。
だが、普段はカリスの傍にいる事はない。
ローゼンからしてみれば不本意だったが、仕方のない事だった。
ローゼンの存在はカリスの正体をバラす要因になりかねない。
そう悟ったからである。
ローゼンは以前、カリスが亜人種保護部隊で総隊長を務めていた時にその補佐として活躍していた。
そんな彼女がカリスの傍にいれば、ローゼンの存在を知る多くの者はカリスの正体に気付きかねない。
その事を彼女も理解しているからこそ、カリスの補佐をする事を断念した。
彼女の生き甲斐と言っても過言ではないカリスの補佐をできない事は彼女も心苦しいだろうが、仕方のない事だった。
そんなローゼンは今、ミストの傍で生活している。
カリスから『ミストの傍にいてやってくれるか? きっと心細い思いをしているだろうからな』と依頼されたからである。
彼女自身もミストが心配だった事が拍車をかけ、ローゼンはミストの護衛兼保護役になる事が決まった。
普段は狼状態でミストのペットとして同室で生活を送っている。
本来であれば、近衛騎士クラスの人間にならなければ、王家の者の許可なく、王家の私室に入る事は許されない。
侍女といった世話役のようなそれらしい理由がなければ、殆どの者が出入りを許されない事となるだろう。
それを解消する為の狼状態である。
ペットとしてなら、私室にいても問題ない。
ミストの精神状態を案じていた聖巫女も『狼状態でいるという条件でなら』とすぐに許可を出した。
人間であれば、何かしらの理由がなければ許さないが、ペットなら誰も咎めないだろうし気にもしないだろう。
そう考えたからだ。
そのような背景があり、ローゼンはミストの傍にいる事が許された。
ミストが喜んだのは言うまでもない。
そんなローゼンだが、カリスとの接点が消え去った訳ではない。
有事の際や緊急の際にはカリスの傍に駆けつけると断言しているし、王家とカリスとの連絡役も彼女が務めていた。
彼女程のスピード、嗅覚があれば、この役も適任であろう。
今日のように王家からの届け物などがある際にも必ず付き添うようにしている。
カリスの補佐役を自認するローゼンとしては、最低限の事でも出来る事はやりたかった。
これも彼女なりの補佐だという訳だ。
普段はミストの傍で護衛。
時にはカリスの補佐及び連絡役。
ローゼンはローゼンで忙しい生活を送る事になるだろう。
~SIDE ニコラ~
「ほぉ。これは・・・」
という訳で、私達はカリス様の武器を取りに屋敷内の居間へとやってきました。
先程まで後ろで楽しそうに話していましたが、何を話していたんでしょうか?
出来れば、私も混ざりたかったです。
「ユリウス様から聞きました。何でも王都で最高の鍛冶師に依頼したとか」
「ほぇ~。凄いですね」
都で最高の鍛冶師というと、エルネイシア様の弟子だった方ですよね。
火炎系統を極めたのに、いきなりマジシャンを辞めて鍛冶師になったとかいう。
確か、実家が鍛冶屋だったとかいう噂もありました。
「材料の提供はエルネイシア様とユリウス様だそうです。至れり尽くせりですね」
「ああ。本当に感謝している。これ程、立派な大剣を」
カリス様の身長・・・とまではいきませんが、それに近い大きな剣。
でも、大きさよりも眼を見張るものがあります。
「うわぁ。真っ青ですぅ」
そう、刀身がすっごくすっごく青いんです。
不思議で、とっても綺麗なんです。
「この刀身は?」
刀身はあまり太くなく、むしろ、大剣としては細めといった感じですが・・・。
「刃身は竜の牙、爪、マンティコアの爪などなど特別な材料と特殊な金属を融合させて作り出した物のようです」
ほぇ~。
何だか、聞くだけで凄いですね。
「色は融合させた際に偶然出来たものだそうです」
偶然の産物。
でも、こんなに綺麗な偶然は大歓迎です。
「見た目は太くありませんが、強度的には全く問題ありません」
こんなに綺麗なのにとっても固いんですか。
いえ、きっと綺麗さが失われないように一生懸命固くなったんでしょうね。
・・・違いますか。
「切れ味は抜群ですね。でも、見た目以上に重量があります。使いこなすには慣れが必要だと言っていました」
「・・・確かに重いな」
「特殊金属ですから」
どこか勝ち誇ったような表情の御姉様。
本当に上機嫌ですね。
「装飾に関してはエルネイシア様だけでなく姫様達も関与しているようで、派手に、豪華になっています」
「・・・ああ。俺には派手過ぎだがな」
ちょっと呆れ顔のカリス様。
いいじゃないですか。
こんなに綺麗なんですよ。
「ですが、ただ派手で豪華なだけではありません」
「ああ。装飾品の殆どが魔術耐性の向上や身体能力の向上などの特殊効果がある奴だ。これなら魔術も断ち切れるな」
「はい。この剣とカリス様の武術があれば」
「立派過ぎて扱いに困るがな」
「使ってあげた方が姫様達も喜ぶと思います」
「そうだな。遠慮なく使わせてもらおう」
笑みを浮かべるカリス様。
「形状、重量、強度。その三つの観点から考えて、刺突、斬撃、打撃など多くの使い道が考えられます。両刃ですから、待機時は鞘に入れておく事をお勧めします」
「ああ。分かっている。大剣一つだけだが、戦術の幅は広がりそうだ」
良く分かりませんが、とっても凄い剣なんですね。
「大剣一つだけではありません」
「え?」
そういえば、届いたのは大剣だけじゃなかったですね。
「これは・・・弓か」
「はい。カリス様が様々な武器を使用出来る事は皆さんも知っていますから。大剣だけでなく弓も贈ってくれました」
「本当に至れる尽くせりだな。感謝の言葉もない」
カリス様が大剣と弓に視線を向けながら呟きます。
「それに、ハルバードや槍、斧の類は除外してくれている。気を遣わせてしまったな」
「ハルバードなどを使っていたら、すぐにバレてしまいますから。カリス様が剣術の心得もあって良かったです」
「どちらかというと苦手なんだがな」
苦笑するカリス様。
御姉様はそんなカリス様に苦笑しています。
「苦手であれ程の腕前では剣術を極めんと努力している人が泣きますよ。カリス様」
・・・確かにそうですね。
苦手と言いつつ、一流と言える程の腕前なのですから。
御姉様の言う通りです。
「いや。父上の比べれば俺なんてまだまだ」
「それは比較対象が悪過ぎます。アゼルナートで一、ニを争う方と比べられるだなんて」
アゼルナートで一、二の剣士ですか!
流石はカリス様の御父様です。
「ハハハ。それもそうだな」
カリス様もそう苦笑します。
「ユリウス様はすぐに帰ってしまわれたんだったな。今、どこにいるか分かるか?」
「街の警邏をすると言っていました」
御礼でもしに行くんですかね?
「警邏か。それなら、今行っても邪魔になるだけだな・・・」
「またの機会にしますか?」
「そうだな。警邏が終わる頃を見越してユリウス様の屋敷へ行くか」
「御意に」
ユリウス様の屋敷も城下町にありますからね。
すぐに行けちゃいます。
「ニコラ~! お客様よ!」
「あ、はい」
他の使用人の方に呼ばれてしまいました。
お客様って誰だろう?
「すいません。カリス様。御姉様。失礼しますね」
「ああ。こちらこそ案内すまんな」
「ありがとね。ニコラ」
「はい。では、ちょっと行って来ます」
と、居間の扉を開けようとすると・・・。
「御姉様ァ~~~!」
ドゴッ!
あぁ。
良い音がしました。
「御姉様!」
あ、頭が痛い。
額を押さえながら、私は御姉様を見ます。
御姉様はある女性に抱き付かれています。
あれは・・・。
「ミ、ミルド」
ミルド・ランスター。
私と同じ、御姉様の妹分。
もちろん、銀狼です。
「お久しぶりです! 会いたかったです! 御姉様!」
「ミ、ミルド。落ち着きましょう」
御姉様がミルドの肩を押して、少し距離を取ります。
「あれ? 御姉様。何を付けているんですか?」
「フフフ。素敵でしょ?」
仮面を見て問いかけるミルド。
それに御姉様は不敵に笑います。
「私も欲しいです。御姉様と御揃いなんて」
・・・私とカリス様は完全に蚊帳の外ですね。
二人の世界を創っちゃってます。
「ニコラ。大丈夫か?」
「え、あ、はい」
苦笑したカリス様が近付いてきます。
「・・・ちょっと見せてみろ」
額をカリス様に見せます。
実は触るとちょっと痛いんです。
「こぶが出来てるな」
そう言うと、カリス様が癒術を使って傷を癒してくれます。
「ありがとうございます。カリス様」
いつも転んで怪我をするんですが、最近はその度にカリス様のお世話になっています。
申し訳ないですが、ちょっと嬉しい自分がいる事にビックリです。
「まだちょっと赤くなっているが、すぐに引く。銀狼の突進を喰らったにしては軽症だな」
苦笑するカリス様。
そうですよね。
銀狼のミルドが勢い良く突っ込んできたのですから、普通の人の何倍も扉の威力は強かった筈。
いや、道理でいつもより痛かった訳です。
「ミルドは相変わらずだな」
「はい。御姉様大好きっ娘ですから」
ミルドは御姉様至上主義です。
きっと長い間会えなくて、ストレスが溜まっていた事でしょう。
「今、ミルドは?」
「はい。亜人種保護部隊でキルロス隊長の補佐役を務めています」
バートン家に引き取られたミルド。
ずっと周りを警戒する生活を送っていたようです。
でも、徐々に打ち解け、バートン家でもお手伝いをするようになっていきました。
そんな時に御姉様とカリス様が王都にやって来て、亜人種保護部隊を立ち上げたという事を聞き、ミルドはそこに参加しました。
今でこそ、規模は大きいですが、最初は小さな部隊でした。
ミルドも言ってみれば、初期メンバーの一人です。
創立時からのメンバーとして、部隊内でミルドは高い地位にいます。
それが隊長補佐という役職なんですね。
亜人種保護部隊には多くの亜人が参加しています。
そこで、隊長には亜人の補佐役と人間の補佐役を一人ずつ就けるようにしたらしいんです。
カリス様の時は御姉様とキルロス様が。
現在は、ミルドとリュミナと呼ばれるマジシャンが補佐役に就いています。
リュミナという方はカリス様と一緒に旅をした方の一人らしいです。
残念ながら、私はあまり詳しく知りませんが。
とにかく、ミルドは亜人種保護部隊で日々亜人の為に活動しているという事です。
そんなミルドを私は少し羨ましく思います。
私も望まぬ形で連れて来られたセイレーン。
今では周りの方も良くしてくれるので楽しい生活を送れていますが、最初は不安で一杯でした。
密漁団に捕らえられた時は『もう死ぬんだ』と恐怖で身体を震わせたのを今でも鮮明に覚えています。
カリス様が助けてくれた時にどんな嬉しかった事か。
そんな恐怖を他の人に味あわせたくない。
カリス様のように、少しでも被害者を減らしたい。
そう思うのも当然の事だと思います。
出来る事なら、私も部隊に参加したいです。
少しでも力になれるなら。
でも、残念ながらドジな私は戦闘に向いていません。
他に何か取り得がある訳でもありません。
だから、私は使用人の一人としてカリス様をバックアップしていきたいと思います。
「ん? そこにいるのは憎き男カリス・ラインハルト」
「・・・やはり分かる奴には分かるか。銀狼だから鼻も利くしな・・・」
あ、漸く二人の世界から戻ってきたみたいです。
ミルドがカリス様を睨みつけます。
でも、良く仮面を付けているのにカリス様だって分かりますね。
「こら。ミルド」
御姉様が嗜めますが、効果はありません。
まぁ、ミルドにとっては、カリス様は自分と御姉様を引き離した張本人ですからね。
御姉様大好きっ娘のミルドとしては許せない存在でしょう。
「しかも! 御姉様と同じ仮面を付けているだなんて・・・。私に貸しなさい!」
「いや。これがないと困るのは俺なんだがな・・・」
苦笑するカリス様。
「ミルド。カリス様に何て失礼な!」
「でも、御姉様!」
言い合う二人。
「アハハ。カリス様。大変ですね」
「・・・そうだな」
カリス様を主として慕うローゼン御姉様。
御姉様を姉として慕い、カリス様には敵意を持って接するミルド。
カリス様。
板挟みじゃないですか。
苦労しそうですね。
「あぁ。何でこの男が部隊に・・・」
「ん?」
ポツリと呟いたミルドにカリス様が首を傾げます。
「だから! 貴方が部隊入りするって事は私の部下になるって事でしょ! それが嫌なのよ」
「そうか。お前が俺の上司になる訳だな」
あぁ。
カリス様。
心中お察しします。
「御姉様! この男じゃなくて御姉様が部隊入りして下さいよ。御姉様ならすぐに出世しますから」
「ミルド。私は別に出世したくてここにいるんじゃないの。それに、私には私の大切な仕事があるわ」
「・・・御姉様」
御姉様の言葉に俯くミルド。
と、思ったら、すぐさま顔をあげて、キッとカリス様を睨む。
「貴方がいるから!」
「・・・勘弁してくれ」
すいません。
カリス様。
私にはどうする事も出来ません。
「貴方が騎士であろうと特別扱いはしないわ。実力で出世するのね。もちろん、入隊試験だって受けてもらうわ」
「ああ。分かっている。望む所だ」
「フンッ」
そっぽを向くミルド。
カリス様は相も変わらず苦笑。
苦笑だけで済ませるカリス様は大人だと思います。
それに比べてミルドったら・・・。
「もう、子供なんだから」
「あら。久しぶりね。ニコラ」
「何よ。その今気付いたみたいな発言は」
「今気付いたんだもの。しょうがないじゃない」
「お客様って貴方の事でしょう? 気付かない訳ないじゃない!」
「そういえば、そんな設定でここに来たわね」
「設定って何よ!」
「まぁまぁ、落ち着け。ニコラ」
ハッ!
お恥ずかしい所を。
・・・やっぱり苦笑で済ませられるカリス様は大人です。
私も子供だったみたいです。
「すいません。カリス様」
「いや。仲が良いのは良い事だ」
仲が良い?
私とミルドが?
「そんな事ないですよ」
「ハハハ。そうか」
笑って誤魔化さないでください。
カリス様。
「とにかく、三日後、今期の入隊試験があるわ。貴方も当然演習場に来て試験を受けなさい」
「ああ。分かっているさ」
ミルドの言葉に笑顔で頷くカリス様。
「俺達が出ていってから色々と変わったんだろ?」
「当たり前じゃない。隊員数も増えて、宿舎も改装されたわ。貴方の知らない隊員もたっくさんいるわ」
「そうか。そちらの方が都合も良い」
「言っておくけど、新人と同じ扱いするから。貴方がラインハルトとして残した功績なんて今の貴方には一切関係ないの」
「分かっているさ。今の俺はカリス・アークラインだからな」
「分かってればいいのよ。貴方が創立者だとか初代隊長だとか。そんなんで偉そうにしたら罰を与えるから」
「ミルド!」
怒鳴る御姉様。
敬愛する主にそんな事言われたら怒るのも当然ですよね。
でも、その言われた本人がまるで気にしてないんですから、御姉様も空回りって奴ですね。
「御姉様。また会いましょうね」
と、そんな一言を残してミルドは去っていきました。
「もう。ミルドったら」
「お前を大切に想っているからこその態度だろ。可愛いもんだ」
「・・・カリス様」
本当に全然、全く気にしていないみたいですね。
カリス様、あれだけの態度を取られて可愛いで済ますんですから。
「さて、明日から、本格的に活動する事になるな」
「そうですね」
「お前にも色々と面倒をかけると思うが、よろしく頼む」
「はい。お任せを」
う~ん。
カッコイイですね。
こう、何というか、絶対的な絆を持つ主従関係って奴ですか?
そんな相手がいる御姉様とカリス様がちょっと羨ましいです。
「少し慣らしておこう。ローゼン。付き合ってくれ」
「はい」
大剣を肩に背負い、カリス様が居間から出て行きます。
お姉様と模擬戦でもするんでしょうか?
まぁいいです。
私は私の仕事を再開するとしましょう。
さぁ、働くぞぉ!
~SIDE OUT~
「・・・・・・」
構えるは両刃の大剣。
両手でしっかりと持ち、構えるカリスに隙は見当たらない。
そんなカリスを少し離れた所で見守るローゼン。
手には外された鞘と弓が持たれていた。
「ハッ!」
カリスは瞑っていた眼を突如開くとその大剣を振りかぶった。
シュタッと空気を切り裂いたような音が聞こえる。
「・・・・・・」
そして、そのまま次々と大剣を動かしていく。
時に突き刺し、時に振り、時に払う。
その剣舞は力強く、そして、美しかった。
「やはり苦手とは思えませんね」
苦笑するローゼン。
カリスの動きは隙も迷いも感じさせない一流のもの。
確かにアゼルナート剣士の最高峰と言えるアナスハイム家当主ジャルストに比べれば劣るかもしれないが、その動きは充分に最高級だった。
ジャルストを感じさせるその型に思わずローゼンも見惚れてしまう。
幼き頃より武術の心得を父、ジャルストに教わってきたカリス。
剣術の動きがジャルストに似るのも仕方ないだろう。
「・・・ふぅ・・・」
カリスは動きを止め、深く呼吸する。
仮面に隠れて見えないが、その額には沢山の汗が浮かんでいる事だろう。
大剣に慣れるだけでなく、仮面を付けたままでの戦闘にも慣れなければならないカリス。
やる事は幾らでもある。
「じゃあ、ローゼン、頼むな」
「はい」
ローゼンは鞘と弓を近くの台に置くと腰に控えていた短剣を抜く。
人間形態におけるローゼンの武器は拳、もしくはこの短剣だ。
大抵は拳で片付けてしまうが、今回は模擬戦であり、カリスの慣れという目的の為に短剣を抜く事に決めた。
一撃で意識を奪うなどという時は拳の方が楽だが、一つ一つの動作を慣らす必要がある時に避けるだけしか選択肢がないのはやりづらい。
腰の二本の短剣をそれぞれ逆手に構え、ローゼンはカリスと対面する。
「お前が短剣を抜くのは久しぶりだな」
「はい。では・・・行きます」
パッと一瞬にしてトップスピードになり、ローゼンがカリスに突っ込む。
カリスはそれを冷静に眺め、大剣を立てた。
カキンと金属同士がぶつかる音がする。
ローゼンはすぐさま離脱し、距離を取る。
ヒット&アウェイ。
スピードを活かした戦法こそがローゼンの真骨頂である。
これは拳の時でも変わらない。
「・・・・・・」
無言で攻撃しては離れるを繰り返すローゼン。
ある意味、一方的な展開だが、カリスの余裕は崩れない。
何故なら、一度たりとも攻撃を受けていないからだ。
むしろ、焦りはローゼンの方にこそあった。
他の物ならば、一撃目で反応できず、ダメージを喰らう。
だが、カリスは簡単に受け止めた。
徐々にスピードを上げ、捉えられないようにしようともカリスの余裕が崩れる事はない。
底が見えない。
それが何よりローゼンには恐ろしかった。
「・・・ハルバードに比べて小回りが利く分、対処しやすいな」
カリスはカリスで慣れない武器を前に色々と試していた。
身丈を軽く超える長さがあったカリスのハルバード。
当然、重さも相当あり、小回りは利かなかった。
それを細かく動かす事が出来たのもカリスが行った過酷な修行の賜物だ。
それに慣れていたカリスとしては長さ、重さも大き目という範疇でしかない大剣は動かしやすかった。
「次は俺から行くぞ」
その一言を発すると同時にカリスは勢い良く突っ込む。
振り、払い、突き刺す。
その反撃する暇を与えないカリスの攻撃にローゼンは避けるだけで精一杯だった。
距離を空けようにも、その一瞬の隙を突かれる事は必至。
とにかく今は隙が見つかるまで凌ぐしかなかった。
「なるほど。長さがない分、間合いを詰める踏み込みが必要という訳か」
しかし、難点もある。
長さがハルバードに比べて圧倒的に短いのだ。
その為、攻撃の際の間合いの調整が必要だった。
「まとめて吹き飛ばす事は辛うじて・・・という所か」
一振りで複数人を吹き飛ばすような芸当も長さ的に無理だった。
多少なら可能だが、ハルバードのようにはいかないだろう。
ハルバードの対多数の豪快な戦法から一対一を同時に複数こなす繊細な戦法に変える必要がありそうだ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
その後も二人の熾烈な争いは続いた。
互いに互いの実力を熟知しているからこそ、手を抜く事を一切ない。
なまじ手を抜いた方が怪我をする可能性があるからだ。
多少のスリ傷はすぐにカリスが癒せる。
彼らは遠慮する事なく、互いに攻撃を加えていった。
「そろそろ終わりにしようか」
「はい」
昼過ぎに始めた模擬戦がいつの間にか夕暮れまで続いていた。
熱中し過ぎで、彼らも相当疲労している。
「神聖なる光よ。傷を癒したまえ」
「ありがとうございます。カリス様」
小さな傷が幾つも出来ていた身体。
その傷全てを癒し、カリスとローゼンは模擬戦前の状態に戻った。
「ふむ。まだ甘い所があるな。徐々に慣れていくしかないか」
「そうですね。余裕がない訳ではないので」
「出来るだけ早く調節したいんだがな」
「いつでもお申し付けください。付き合います」
「ああ。頼むな」
大剣を鞘に収め、弓を手に持ち、カリスは屋敷へと歩き出す。
ローゼンはそんなカリスにゆっくりと付いて行った。
三日後、カリスは亜人種保護部隊の入隊試験を受ける事となる。
亜人を保護し、亜人と人間との間に生じる問題を解決する為の部隊。
一体、どんな事件、問題がカリスを待っているのだろうか?
カリスのセイレーンにおける活動が漸く始まりを告げる。