表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/39

第十六話 新天地




『天竜騎士団解散!? 団長カリス・アナスハイム焼死!』


この噂は瞬く間に大陸中を駆け抜けた。










カーマイン本城。


そのとある一室にて、青年が部下から報告を聞き、驚愕の表情を浮かべていた。


「なっ!? そんな嘘だろ?」


「・・・どうした? メルトニア」


そんな青年に声をかける初老の男性。


豪華な衣装に身を包み、その様子から高貴な人物である事が容易に想像がついた。


「父上。カリスが。カリスが死にました」


「・・・そうか。惜しい男を亡くしたな」


「・・・はい。あいつとは国を越えた友でありたかったのに」


落胆した様子を見せる二人。


だが、初老の男性はすぐさま真剣な表情になると青年へ告げる。


「それを糧に強くなるといい。お前は我が国の王位後継者なのだ。これからいくらでも何かを失う機会はある」


「はい。父上」


父上と呼ばれるその者の名はバビラス・カーマイン。


大陸で最も広い領地を持つカーマイン帝国の現皇帝である。


カリスの死は遠い場所にいるこの二人にも悲しみの情を浮かばせていた。










ミステル伯爵領。


そこにあるミステル伯爵が住む屋敷から、狂喜を示すかのような高らかな笑い声が聞こえてくる。


「ハッハッハ。死んだか? 死んだのか? いい気味だ。ハッハッハ」


「そうですね。伯爵」


部下の合意にカイムは更に笑みを深くする。


「ああ。目障りな奴が消えた。しかも、焼死だと? ハッハッハ。逆臣には良い最期ではないか。ハッハッハ。笑いが止まらぬわ」


「伯爵。今後も監視を?」


「俺としては最早アナスハイムに用はないんだがな。“あの方”の命でもある。続けろ」


「ハッ。では、引き続き監視を行います」


「あいつがいないくなった今、邪魔者はいない。後は俺が出世するだけだ。いや。本当に今日は気分がいい日だな」


私怨により、カリスを焼死へと追い詰めたカイム。


彼の胸には久方ぶりに感じる清々しさが染み渡っていた。










天空騎士団執務室。


そこで二人の男性が向かい合っている。


「・・・間違いないのか?」


「はい。焼失した屋敷からはカリスの持ち物であるハルバードと宝剣が焼けた状態で見つかりました。カリスがこれを手放す訳ないので」


報告書を片手に沈痛とした表情を浮かべるセリス。


親友であるカリスの死は彼にとって大きな悲しみを感じさせた。


また、その場所にいた殆どのメンバー達も行方が分からず、唯一再会できたラミットとアリアは黙して何も語らない。


気の良い仲間達との別れだけに彼は締め付けられるような痛みを胸に感じていた。


「・・・そうか。残された竜はどうしている?」


「はい。現在はアナスハイム領にて飼っているようです。いずれ、野に放つつもりだとか・・・」


「あれ程の竜を野放しにしていては勿体無いだろう。我々が引き取ろう」


「無駄だと思います。あいつがカリス以外を乗せる事はないでしょう」


「・・・そうだろうか?」


「はい。きっと引き取った所で誰も乗せないと思います。むしろ、周囲に悪影響を与えるだけだと・・・」


「・・・そうか。残念だな」


カリスの死は悲しい。


だが、騎士団長として、合理的な判断をしなければならないとミハイルはルルを引き取ろうと提案する。


しかし、セリスの返答にミハイルはそれを断念せざるを得なかった。


彼から見ても、カリスとルルとの関係は踏み込めない程の深さだったからだ。


「報告は以上か?」


「ハッ」


「分かった。お前は以前の隊に戻れ。手配しておいた。もういいぞ」


「了解しました」


バタンッ!


勢い良くドアを閉めるセリス。


その瞳には涙が浮かんでいた。


「・・・バカ野郎が! 勝手に死にやがって! ・・・残された奴の気持ちを考えろよ」


執務室に残されたミハイルもまた、悲しみに顔を俯かせていた。


「これから貴公には大きな役目を負ってもらおうと思っていたのだが・・・。貴公を失う事は我が国にとっても大きな損害となるだろうな」


俯かせた彼の顔の下には無残にも握りつぶされた報告書の姿があった。










カーマイン国内にある深々とした森。


そこで、ロラハム達三人は身体を休めていた。


しかし、ロラハムの表情は暗い。


「そんなカリスさんが?」


「どうした? ロラハム」


そんなロラハムを心配したのか、バロングが声をかける。


「はい。街の噂を聞いたんです。カリスさんが焼死したって」


「・・・あいつがか?」


「ロラハム君。噂でしかないんでしょ?」


俯いたロラハムを元気付けようとイリアが声をかけるが、ロラハムの顔が上がることはなかった。


「でも、カリスさんのハルバードが見つかったらしいんです。あれはクリストファー将軍がカリスさんに贈った物で、カリスさんはずっと大切にしていましたから。きっと・・・」


「本当かどうかはまだ決めなくていいと思う。それに、ロラハムはあいつがそんな事で死ぬような奴だと思っているのか?」


バロングのその言葉に、ロラハムはバッと顔をあげた。


そして、先程までの悲しみに打ちひしがれる表情から一転して、元気強く告げる。


「そんな事ないです! カリスさんがそんな事で死ぬ訳ないです」


「そうか。なら、そう信じろ。お前はあいつの死を実際に見た訳ではないのだからな」


「・・・そうですね。あのカリスさんの事です。きっと、無事火災から逃げのびていますよね」


「ああ。大丈夫だ。お前に心配されずともあいつなら元気にやってるさ」


「はい!」


元気を取り戻したロラハムに、バロングとイリアは顔を見合わせて笑った。


今はただの言葉選びかもしれないが、実際にたかが噂を気にしていたら、自分達の目的は達成できない。


それに、バロング自身、カリスがそんな事で死ぬような奴ではないと確信していた。


だからこそ、ロラハムに『気にする必要はない』と断言する事が出来たのだ。










アナスハイム伯爵領。


現在、ここではカリス・アナスハイムの葬儀が行われていた。


カリスの死が分かってから既に一週間。


領民から国内の知人、更には国外の知人まで、カリスと親しい者全てがカリスの死に涙していた。


そんな集団を見て、トリーシャが呟く。


「これで良かったのかな?」


「良いも悪いも、仕方のない事よ」


「そうだけど・・・。なんか皆を騙しているようで」


眉を顰め、罪悪感に苛まれたような表情を浮かべながら、トリーシャはマズリアに告げる。


「そうね。でも、カリスがこんなに慕われていたなんて」


そんなトリーシャに対し、マズリアは話題を変えるように言葉を紡いだ。


「そうだね。領内だけじゃなくて、領外、国外からも参列者が来ているみたい」


「偽りの葬儀だけど、ここで気を抜いたらいけないわね。隠し通さないと・・・」


「うん。でも・・・早く兄さんと会いたいな」


空を見上げながらそう告げるトリーシャ。


その表情は悲しみに溢れており、周囲の者達には大切な家族を失った悲しみを堪えているように見えた。


確かに悲しみを堪えているのだが、それは周囲とは少し方向性が違う。


まぁ、この場では非常に都合の良いものになったのだが・・・。










アゼルナート傭兵ギルド。


そこで、アリアとラミットは久しぶりの再会を果たしていた。


「おぉ、アリア。久しぶりだな」


「はい。ラミットさん。お元気そうで何よりです」


互いに笑みを浮かべる二人。


二人は事の真相を知っている為、カリスの死にまるで動揺する様子はなかった。


「お前こそな。さて、そろそろ俺達も移動するか?」


「もう少し経ってからの方がいいですよ。周りに疑問をもたれる訳にはいきませんから」


「そうか。まぁ、時期は任せる」


「はい。楽しみですね。カリスさん達との再会」


本当に楽しみそうに話す二人。


「あぁ。ダンナはいつまでも黙ったままじゃいねぇさ。ダンナはそんな器じゃねぇ。いずれ頭角を現すだろうよ」


「はい。その時は私達も」


「おう。当たり前だ」


強く笑顔で言い切ったラミットにアリアは再度笑みを浮かべた。


彼らの視線は既にセイレーンの方しか向いていなかった。










セイレーン本城。


この城ではまるで暗雲が立ち込めたかのようなとても重く暗い雰囲気が漂っていた。


それはこの城に住む王家の者達が常に悲しみの表情を浮かべているからである。


「御母様・・・。あっという間に時とは流れるものなのですね」


「ええ。・・・カリス殿がお亡くなりになってからもう一ヶ月」


「御姉様・・・。私・・・御兄様が・・・死んだなんて」


「リース。・・・そうですね。私も未だに信じられません。でも・・・アナスハイム領では確かに葬儀が行われていました・・・」


「御姉様。・・・御兄様とはもう会えないのですよね?」


「・・・リース。私も悲しいのです。涙を拭いて下さい」


涙を浮かべる二人の少女を母と呼ばれる女性が優しく抱き締める。


コンッコンッコンッ。


そんな神秘的な光景を汚すかのように、不意にドアからノックの音が届く。


「聖巫女様。お客様です」


「何ですか? こんな時に」


瞳を濡らした少女達を気にして女性は声を荒げる。


「その・・・ラインハルト様が訪ねてきました」


しかし、やって来た巫女の言葉に、涙を浮かべた少女達と共に女性はこれでもかという程、眼を見開く結果となる。


「えッ?」


困惑した三人をよそにドアが勝手に開かれる。


そして、開かれたドアの先には死んだと噂されたカリスの姿が紛れもなく存在していた。


「・・・お久しぶりです。聖巫女様。ルルシェ姫様。リース姫様」


突如現れたカリスの姿に少女達が更に涙をこぼしたのは言うまでもない。


だが、その時流された涙は悲しみに暮れた冷たい涙ではなく、嬉しさに感極まった喜びに溢れる暖かい涙であった。










「そうですか。そんな事が・・・」


「はい。突然に訪ねてきてしまい申し訳ありません」


「いえいえ。カリス殿ならいつでも大歓迎ですよ」


迎え入れてくれた聖巫女達に頭を下げるカリス。


カリスはあの後、無事アナスハイム領から脱出し、シーライト一家の商業船へと匿われた。


拠点にハルバード、宝剣を残し、カリスはマントだけを手にアナスハイム領と決別した。


その後、シーライト一家の商業船でようやく合流する事が出来たカリス。


カリスがいない事が心細かったのか、ミストとローゼンはすぐさまカリスに駆け寄った。


そして、力強く抱き付くミストと全身で安堵を示すローゼンに、カリスは笑みを返していたという。


その後、いくつかの港に寄り、商業船の仕事を手伝いつつ、街などで情報を集めた。


結果、自分が死んだという噂が蔓延したと確信し、カリスはこうしてセイレーンへとやって来たという訳だ。


ちなみに、既にルルとは合流済みである。


「でも、良かったです。御兄様が無事で・・・」


感極まったのか、妹姫であるリースが再度、涙を浮かべる。


「申し訳ありません。こうしなければ、アナスハイム家に迷惑がかかったので」


「いえ。責めてる訳ではないのです。私はただ、御兄様が生きてるのが嬉しくて」


「ありがとうございます。リース姫様」


笑みを浮かべるカリスに、リースは涙を流しながらも綺麗に笑ってみせる。


「しかし、これからどうするのですか? カリス様」


「ルルシェ姫様。その事なのですが・・・」


ルルシェに対し、真剣な表情を向けるカリス。


その際、好意を向ける相手から見詰められ、ルルシェの顔に赤みを帯びたのをカリス以外の誰もが気付いていた。


「誠に勝手ながら、俺を再度、貴方様の側近として使ってくれないでしょうか?」


「私の側近・・・ですか?」


「はい。アナスハイム家から去った今、頼れるのは姫様だけです。勝手だという事は百も承知です。ですが、どうにかお願いできないでしょうか?」


「こんな私に仕えてくれるのならば、喜ばしい事です」


「では・・・」


安堵の表情を浮かべるカリス。


「待ちなさい。ルルシェ。カリス殿」


だが、聖巫女であり、セイレーンの王位継承者であるファムリア・セイレーンが二人の間に入る。


「御母様?」


「カリス殿。確かに貴方程の実力者。そして、ラインハルトという名が持つ名声と実績があれば、貴方の側近入りは容易なものでしょう」


「・・・はい」


「ですが、カリス殿、その考えは些か傲慢過ぎやしませんか?」


「傲慢・・・ですか?」


ファムリアの言葉に、カリスは眉を顰める。


「はい。貴方は世間では一度死んでいる身。それを隠し通すというのは簡単な事ではありません。それは我々セイレーン王家をもってしても困難な事です」


「・・・はい。承知しております」


「また、それだけでありません。貴方はこの国へラインハルトという名で戻ってくるつもりだったのですか?」


「いえ。姫様に新しい家名を頂こうと考えていました。カリス・アナスハイムとカリス・ラインハルトが同一人物であるという事を知る人も決して少なくないですから」


「そうですか。ですが、そうなると貴方は無名で実績がまるでない者という事になります。そんな者を側近に取り立てるとは不自然な事です。分かりますね?」


「・・・俺の考えが浅かったようです」


「それが分かればいいのです。貴方が以前、側近として務める事が出来たのは姫を救った英雄、ラインハルトの名があったからこそです。そうでなければ、周囲も納得しません」


「・・・はい」


次々に反論できない事を言われ、カリスは落ち込むように顔を俯かせる。


迷惑をかけると自覚しつつも、『旧知の仲である姫様なら取り立ててくれる筈。自分はその恩を行動で返せば良いのだ』と簡単に考えていた。


だが、それすらも自分にとって都合の良い考えであったと思い知らされたのだ。


『傲慢と言われても否定できない』とカリスは猛省した。


「御母様。それでは、私達はカリス様には何もしないと。そうおっしゃるのですか?」


真剣な表情をカリスに向けるファムリアに対し、ルルシェは悲しそうな瞳で問いかける。


「本来ならば、そうするのが私達にとって最善の選択でしょう」


「御母様!」


「ですが、カリス殿が我々にとって命の恩人なのもまた事実。それはたとえ名を改めようとも違いはありません」


「御母様。それでは・・・」


「ええ。・・・リース。侍女に頼み、護衛部隊の隊員全てとキルロス、カルチェとステラをここに来るように告げなさい」


「はい。御母様」


ファムリアの言葉に、リースは笑顔で返事をし、部屋から出て行った。


基本的に侍女(宮廷内では巫女がその役を務めている)は扉の前で待機している。


先程、カリスの到来を告げた巫女もそんな侍女の一人である。


「ありがとうございます。聖巫女様」


『どうなるのかは現時点では分からないが、間違いなく自分に居場所を与えてくれるのだ』とカリスは聖巫女に感謝し、これ以上下げられないという程、深く頭を下げた。


「いえ。私が指し示す道はそれ程甘いものではありません。貴方が目指す側近の席に座るには、周囲の信頼を勝ち取り、期待以上の確かな実績を残さなければならないのですから」


「覚悟の上です」


力強く言い切るカリスに、ファムリア、ルルシェの両名は笑顔を浮かべていた。










しばらくして、ファムリアによって呼ばれたメンバー達がカリス再来の情報に、まるで駆け込むように部屋へと集まってくる。


「カ、カリス! お前、生きて」


「久しぶりだな。カルチェさん」


親友の死に涙していたカルチェは誰よりも早く駆けつけ、聖巫女達に一礼してカリスに駆け寄る。


「お前が死んだと聞いて、俺はアナスハイム領まで葬儀へ行ったんだぞ。それなのに、何でお前が? お前、本当にカリスなんだよな?」


「疑うなよ。カルチェさん。俺にも色々と事情があったんだ」


「・・・そうか。まぁ、お前が生きているんなら気にしないがな。いや、でも、ホントに良かった」


「心配かけてすまなかったな」


カルチェと話している間に次々とメンバー達が集まってくる。


「カリス君。生きていたんですね」


「キルロスさん。本当にお久しぶりです。かれこれ一年と半年振りでしょうか?」


キルロス・マゼルカ。


彼はカリスと共に旅をした一員の一人で、メディウスに入国を拒否された際にメンバーから離脱したマジシャンの内の一人である。


また、名前からも分かる通り、セイレーンが誇る最高位のマジシャン、エルネイシアの親族に当たる。


彼は彼女の弟であり、魔術では一歩姉に劣るが、聖術も行使できるなど、共に旅をしていた時などは頼りにされていた。


「カリス君。良くぞご無事で。貴方が死んだと聞いてから、城内はずっと暗くて・・・。ホントに良かったです」


「レイリー様。ご迷惑をおかけしたようで、申し訳ありません」


レイリー・ホレスティン。


彼女は護衛部隊の一員にして、巫女達の中で聖巫女に告ぐ権力を持つ者である。


実質的に巫女達を束ねる地位にいて、日々、巫女達を導き、聖巫女の補佐を務めてきた。


姫達にとっては巫女としての先生という事になる。


「カリス。やっぱり生きていたのね」


「ステラか。久しぶりだな」


ステラ・ホレスティン。


名から分かるように、彼女はレイリーの娘であり、姫達の幼馴染でもある。


その為、姫達の信頼も篤く、姫達の世話役も担っている。


彼女もまた、レイリーより聖術の高い資質を引き継いでおり、セイレーン国内では上位の巫女である。


「カリス。貴公がそう簡単に死ぬような者ではないと私は信じていた。良くぞ、無事ここまで来てくれた」


「ありがとうございます。ユリウス様」


ユリウス・ルキアーノ。


彼は魔術至上主義であるセイレーンを己の武のみで生き抜いてきた誇り高き騎士だ。


現在では、魔術を行使できない者達で構成されたセイレーン聖騎士団の団長を務めており、所属する騎士達から憧れの視線を集めていた。


以前の滞在期間にもカリスは彼に指導をしてもらっており、非常に関係性は深かった。


彼の存在は魔術至上主義であっても、それを凌駕する程の大きな意味を持つものであり、彼も護衛部隊の一人として数えられていた。


「カリス。久しぶりじゃな。まぁ、おぬしの事だから、どっかで生き延びておると思っとたよ」


「お久しぶりです。ランパルド様。お元気そうで何よりです」


「何。まだまだワシは現役じゃよ。姫様達に教えなければならない事がまだまだあるんじゃからな」


ランパルド・アークライン。


彼はセイレーン書庫の司書長を務めており、その豊富な知識量から、姫達の教育係を担っていた。


レイリーが巫女としての師なら、彼が王家の者としての師である。


現聖巫女の代から教育係を担っており、彼がセイレーンの根本を作り出していると言っても決して過言ではないだろう。


政治を教える彼の存在は貴重なものであり、セイレーンの最重要人物の一人として挙げられる。


当然、それ程の重要性を持っているのだから、彼も護衛部隊の一員である。


通常、護衛部隊といえば、文字通り近衛兵などを指すのだろうが、セイレーンでは全く違った。


セイレーンでの護衛部隊は国の重鎮を示し、姫達の傍で姫達の身も心も育てさせる人物を差していた。


護衛するのではなく、傍で成長させる事が彼らの存在意義である。


そして、最後に現れた人物は・・・。


「カリス君。無事で良かったです」


瞳に涙を浮かべ、カリスに駆け寄る女性。


彼女こそが大陸に名を馳せる偉大なマジシャン、エルネイシア・マゼルカ、その人である。


護衛部隊の一員にして、セイレーン王宮魔術師団の団長を務めているセイレーンを代表する人物だ。


カリスがセイレーン滞在時に最も世話になり、親交を深めた女性で、彼女はカリスの事を弟のように親しみを持って接していた。


「エルさん。お会いできて喜ばしい限りです。また、俺に御教授お願いします」


「はい。喜んで」


過去、彼女はカリスの事を疑っていた。


それは、突如、姫を救い出した人物として国の中枢に入り込んできたからだ。


セイレーンの軍関係を束ねる者として、『全てが自作自演で、王家の者に近づく事が目的ではないのか?』と、そうカリスの存在を危惧していた。


だが、そんな疑いもすぐに晴れる事になる。


それは、実際に接してみて、カリスの人柄に触れたからだ。


クールでいて天然、不器用な優しさを見せ、誰からも慕われ、愛される存在。


自然と人を惹きつける人としての魅力に溢れた青年。


カリスはそんな青年だった。


そして、そんなカリスを疑ってしまった事をエルネイシアは恥じていた。


『軍を任される身として疑う事は当然だが、それ程、意固地になる必要はないのではないか』


『ありのままに彼と接してしまっても構わないのではないか』


自然と、エルネイシアはそう考えるようになっていった。


それからだ。


彼女のカリスへの接し方が著しく変わっていったのは。


距離を置いて、監視するように見詰めていたその視線は、いつしか優しいものに変わり、消極的だった態度が一変して、積極的に接するようになっていった。


師として仰がれ、弟子として愛し、修行を重ねる内に、両者の間にあった壁は完膚なきまでに破壊された。


その関係の深さは、エルネイシアの修行を受ける前まで、“最も身近な存在”と自負するルルシェやリースが嫉妬する程のものだった。


「揃いましたね。それでは、今後のカリス殿について、私に意見を聞かせてください」


エルネイシア、ユリウス、ランパルド、レイリーの護衛部隊の者達。


カルチェ、キルロス、ステラのカリスと個人的に親交を深めている者達。


ファムリア、ルルシェ、リースのセイレーン王家に連なる者達。


勢揃いしたセイレーンの重鎮達によって、カリスの今後が決められる事になる。


真剣な表情で、カリスは周囲に視線を送っていた。










~SIDE ルルシェ~


カリス様の無事は、私にとって涙が出る程に嬉しい事でした。


ルルシェ・セイレーンとして、私はカリス様に多大な恩を感じています。


ですが、カリス様は『当たり前の事をしたまで』と私に何も礼をさせてくれません。


だから、困っているカリス様を見て、私は何一つ考える事無く、カリス様の願いを引き受けようとしてしまいました。


今思えば、御母様に止めて頂いて良かったです。


私達王家に者達にとって、第一に考えなければならないのは国の事。


いくらカリス様の為と言えど、国を犠牲にするようでは王家の者として、次期聖巫女後継者としては失格です。


でも、どうしても私はカリス様に恩を返したい。


・・・いえ、本当は恩を返したいという訳ではありません。


私はただ、カリス様の役に立ちたいのです。


だから、私の側近が不可能だとしても、カリス様にとってより良い方向へ話が進むように努力したいと思います。


「私の案としては、カリス殿にはいずれかの家に養子に入ってもらい、己の力で地位を勝ち取ってもらうのが良いと思うのです」


なるほど。


確かにそうなれば、カリス様の身元も保障されますし、周囲からのやっかみも多少は減るでしょう。


「私もそれで良いと思います。御母様」


だから、私は御母様の話の同意します。


「そうですね。しかし、カリス君は神官としても騎士としてもやっていけます。どちらを?」


聖術も、武も、カリス様は卓越しています。


でも・・・。


「エルネイシア。それは聞かなくても分かるでしょう? ねぇ、カリス殿」


「はい。俺の本分は守護する事にあります。俺はいつまでも誇りある騎士でいたい」


「そうでしたね。聞くまでもありませんでした」


エルネイシアは求めていた答えがもらえたからか、満足そうに微笑んでいます。


きっと確認のつもりだったんでしょう。


自分が知っているカリス様のままかどうかの。


「カリス殿も“養子に入り、騎士としての道を目指す”でいいですか?」


「はい。ありがとうございます」


私はここにきて気付きました。


私だけでなく、ここにいる誰もがカリス様の為に、カリス様がより良い道を進めるようにと頭を使っているのだと。


カリス様の為に努力しようというのは私だけではないのです。


それなら、『私が』、と気負わないで、皆でより良い道を探してあげた方が良い結果となるでしょう。


「では、どの家で養子とするか。これが一番の議題です」


御母様のその言葉に、誰もが首を縦に振ります。


カリス様程の方が養子に入れば、その家は必ず何かしらの利益を得ることでしょう。


しかし、そんな者を養子としてしまえば、跡取り問題が生じてしまう可能性は低くないと思われます。


たとえカリス様に継ぐ気がないとしても、後継者の方が不安になり、家中で不穏な空気が流れてしまう事でしょう。


優秀な者を養子とするというのはそれ程、大きな意味を持つ事なのです。


「出来るならば、事情を知るこの中の者達で問題を解決したいのですが、如何でしょう?」


「ワシで良いのなら、ワシが引き取っても構わないぞ?」


ランパルド御爺様ですか・・・。


確かにランパルド御爺様なら何の心配も要りませんね。


「私も引き取りたいのですが、私は既に魔術師団を任されています。そこで、恐らく騎士として頭角を現してくるカリス君を養子としては権力の集中になってしまいかねます」


「僕も姉の言う通りだと思います。残念ながら、諦めざるを得ないかと・・・」


エルネイシアとキルロスが残念そうに言います。


二人ともカリス様と親しかったですからね。


まるで弟のように接している二人の事ですから、本当に引き取りたかったのでしょう。


「私達も残念ながら辞退しなければなりません。私達ホレスティンは高位な巫女を輩出し続けて今の地位を築いてきた家。そこから騎士を輩出してしまえば顰蹙を買います」


「残念です。カリスとなら、良い姉弟になれたと思うのですが・・・」


レイリー様が残念そうに言います。


ステラ。


貴女はカリス様で楽しみたいだけでしょう?


昔から、貴女は人をからかうのが大好きでしたからね。


「聖騎士団の団長である私がカリスを引き取れば、騎士としての道を目指すカリスは動きづらくなるでしょう。残念ながら・・・」


落胆した表情を見せながらユリウスが言います。


もしかしたら、後継者として彼が最もカリス様を欲しがっているのかも知れません。


でも、団長であるユリウスがカリス様を引き取り、カリス様が聖騎士団に所属すれば、如何に実績を残そうともやっかみを受ける事は必至でしょう。


もちろん、聖騎士団の長を務めるユリウスの養子になるのは聖騎士団での出世に大きく貢献する事になります。


しかし、カリス様が目指す騎士像はそんな独りよがりなものではない筈です。


周囲からの信頼を集めてこそカリス様が目指す本当の騎士。


騎士団長の庇護下にいる事が必ずしも良い方向に進むという訳ではないのです。


カリス様自身も自らの力のみで道を突き進んでいきたいでしょうし。


「私の家は代々外交官などを務めてきました。政治関連である程度の権力を持っている為、実子ならともかく養子で軍の方にまで手を出してしまうと反発を買いかねません」


バートン侯爵家。


現在、ここにいるカルチェだけでなく、カルチェの父も祖父も外交官を務め、国内、国外と走り回ってくれています。


いつも私はお世話になりっぱなしです。


外交官は外政担当において大きな権力を持っていると言えます。


事実、今現在、カルチェの祖父は外政関連の長を務めていますから。


そんな家で“養子”とした者が騎士として名を馳せてしまえば、確かに他家との間に確執が生まれてしまいますね。


事情を知らない者に、『名のない優秀な傭兵を金で雇い、無理矢理養子として軍関係にまで手を出そうとしている』と疑われてしまっても不思議ではないですから。


それが偽りであると分かっていても、その情報を他貴族まで伝え、それを機に団結し、権力を持つ貴族を陥れようとします。


これはバートン家だけでなく、どこの貴族でも共通して言える事です。


自らの出世の為に他家の者を平気で陥れる。


・・・王家の者としてはあまり言いたくないですが、貴族社会というのはとても醜い世界です。


「・・・・・・」


いけません。


今はそんな事を考える時間ではないのです。


・・・バートン家もカリス様の養子入りを断ったとなれば、残るは・・・。


「そうですか。それでは、ご意見番であるランパルドにカリス殿を引き取ってもらい養子として頂きましょう」


御爺様ですね。


御爺様なら、後ろ盾として心強いですし、豊富な知識と経験からカリス様を助けてくれる事でしょう。


それに、御爺様は護衛部隊の一員として名は馳せてますが、実質的に握っている権力は極僅かでしかありません。


『ご意見番には助言できるだけの権力で充分じゃ。政治の全てを決めるのは聖巫女様じゃからな』


これが御爺様の口癖です。


今まで築いてきた功績からもっと大きな権力を持っていてもおかしくないのに、あくまで相談役として城にいてくれています。


色々な意味で、本当に感謝です。


既にアークライン公爵家の権力も息子に譲っている為、御爺様自身にはあまり権力はありません。


だから、その養子となるカリス様にも不自然な権力が集まる事はないでしょう。


そうなれば、周囲からのやっかみを受ける事も少なくて済む筈です。


後ろ盾として御爺様がいるぐらいですから、逆に慕われるかもしれませんね。


当主の座という問題も既に権力と共に息子へと譲っている為、問題が起こる事もありません。


あくまでカリス様はランパルド・アークラインの養子ですから。


カリス様は、既に領地の事を完全に現当主に任せてしまっている御爺様の養子になるのですから、次の後継者問題に巻き込まれる事もないでしょう。


『カリス様の存在がその家に亀裂を入れるようになってしまわないか?』


それこそが今回の議題なので、御爺様の家は安心です。


また、御爺様は隠居のような形で、城近くの屋敷に住んでいるので、御爺様の養子になるカリス様達も領地に戻らないでその屋敷に住んでくれるかもしれません。


・・・そうなったら、とても嬉しいです。


アークライン公爵家の領地は城からとても遠いですから。


「カリス殿。アークライン家に養子入り。よろしいですか?」


最終的に決断するのはカリス様御自身。


カリス様にはカリス様の考えがある筈です。


「俺は・・・」


カリス様が口を開き、誰もが真剣な表情でカリス様を見詰めます。


この回答によって、カリス様の今後とセイレーンにおけるカリス様の立場が決まるのですから、王家である私達が真剣になるのも当然の事です。


「ランパルド様の養子になろうと思います」


ほっ。


良かったです。


カリス様も御爺様を慕っているので、断るとは思っていませんでしたが、やはりちゃんとカリス様自身の口からその言葉が聞けるまでは心配でした。


御爺様の養子になるのなら、私達も安心です。


「ランパルド様。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」


「そうか、そうか。こちらこそ、頼むぞ」


御爺様も嬉しそうです。


御爺様もカリス様の事を気に入っていましたからね。


「分かりました。それならば、カリス殿はアークライン家の養子とします」


「はい」


「所属は以前と同じ亜人種保護部隊としましょう。もちろん、入隊も実力で勝ち取ってもらいますが」


「もちろんです」


「まぁ、カリス殿なら間違いなく受かると思いますが」


亜人種保護部隊。


聖騎士団と魔術師団の両団から選出された者達で構成される亜人に対する問題専用の部隊です。


セイレーンは国の方針として、亜人と人間との間にある溝を失くすというものがあります。


人間と亜人は憎しみあい、怯えあい、あってはならない、する必要の無い争いをしてしまいます。


互いに思いやる事が出来ず、身勝手になり、奴隷としてや観賞用としてなどで無差別に捕らえる者も多いと聞きます。


そんな事をしていたら、いつまで経っても私達人間と亜人との間に蟠りはあり続けるでしょう。


それを失くすべく、この部隊は数年前に設立されました。


初代隊長はカリス・ラインハルト。


そう、眼の前にいるカリス様が務めていました。


その後、カリス様や団員であったキルロスなどが亜人の国を旅する事となり、この部隊は一時的にユリウス預かりとなりました。


キルロス帰還後は、キルロスが隊長を引継ぎ、日々活動しています。


「キルロス。カリス殿の事は任せました。隊長としてしっかり指導なさい」


「はい。聖巫女様」


キルロスが御母様の言葉を受け、頭を下げます。


キルロスなら心配ないでしょう。


カリス様と懇意ですし。


それでいて公私をきちんと分別してくれる筈です。


「では、詳しい事はまた後日としましょう」


御母様のこの言葉を機にこの会議は終わりました。


今後、カリス様がどうこのセイレーンで過ごされるのか。


騎士として、どう功績を挙げていくのか。


私はそれを楽しみに待っていようといます。


~SIDE OUT~










「あまり大きくはないんじゃが、まぁ、ゆっくり寛いでくれ。これからはお主の家になるんじゃからな」


会議を終えたカリス。


カリスはランパルドに連れられ、ランパルドの住む屋敷へとやって来た。


「ありがとうございます。ランパルド様」


「何じゃ。養子といえども、ワシとお主は親子じゃぞ。そう遠慮するな」


「え、あ、はい」


突然の申し出に困惑するカリス。


だが、すぐに表情を一転させ、笑顔でこう告げた。


「これからよろしくお願いします。“父上”」


「そうじゃな。カリス」


ランパルドもまた、カリスに笑顔でそう答えた。


「のぉ。カリス」


「はい」


「御主には連れがいるじゃろ。すぐに連れてくると良い。屋敷には使用人とワシしかおらんからな。寂しゅうてかなわん」


そう告げるランパルド。


だが、その言葉には、仲間達と離れている事を気に懸けてくれているランパルドの暖かさが込められていた。


だから、カリスは頭を下げて、こう告げる。


「ありがとうございます」


笑顔で語り合う新しき親子。


今はまだ慣れない新しい環境。


だが、いずれ共に慣れてくる事だろう。


「・・・・・・」


迎えてくれる使用人達を前にカリスは空を見上げる。


見上げた空は、カリスの門出を祝ってくれるかのような雲一つない青く澄み切った空だった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ