第十四話 誘拐の真相
「ククーン」
「ルル! 来たか」
海に向かって全力で走るカリス達のもとへルルがやってきた。
そして、そのままカリスと並走する。
「カリスさん。後は私が。先行を」
「ああ。頼む。アリア。逐一船を観察し、状況次第で父上に指示をもらってくれ」
「はい。分かりました」
カリスの言葉に、アリアは頷き、眼があったジャルストは力強く頷いて見せた。
そんな二人に後を任せ、カリスはルルの背に飛び乗る。
そして、そのまま高度を上げ、周囲を見渡した。
「あれか・・・」
遥か上空よりカリスが見詰めるのは見慣れない商業船。
恐らく、貿易する為の船と偽り、上陸したのだろう。
だからこそ、怪しまれる事なく街に入り込めた。
屋敷の厳重な護りを突破した事からも、相当の実力者と予想される。
「ルル。全速だ。お前が出せる全力の速度であの船へ向かってくれ」
「・・・(コクッ)」
カリスの言葉に応えるように、ルルが力強く頷く。
そして・・・。
「・・・・・・」
そのスピードはカリスが今までに経験した事のない程、荒々しく、そして、凄まじかった。
カリスは襲いくる風の圧力に表情を歪ませながらも無言で耐える。
今の彼にとって痛みなど二の次。
頭の中はミストの事だけで埋っていた。
『待っていろ! すぐに行くからな!』
カリスの表情がそう語っていた。
凄まじい速度で港へと到着したカリス。
だが、既に船は港から離れ、海上へと出てしまっている。
その距離は最早徒歩では絶対に到達する事の出来ない位置。
だが、港にあるのは他領の商業船と少数の漁船のみであり、移動手段がない。
このままでは戦力になるのが空の移動方法があるカリスとアリアのみとなってしまう。
漁船にしても、規模はそこまで大きくなく、人数が送り込めそうもない。
「ん? カリス様。どうかしたんですかい?」
上空から地上へと降り、船を眺めながら思案するカリスに一人の男が話しかける。
「・・・・・・」
だが、カリスはどうするべきかを考えており、受け答えする暇はなかった。
「・・・何かあったんですかい?」
その様子から『ただ事ではない何か』が起こったと判断し、真剣な表情になる男。
「・・・すまないが、頼みたい事がある」
何か思い至ったのか、カリスが男に視線を合わせて言葉を発する。
「何でしょうか? カリス様の為なら、俺達も協力しますぜ」
「・・・ミストが攫われた。あの商業船だと考えられる。そこでお前達に力を貸してほしい」
「ミストちゃんが・・・」
「お前達がまだミスト達亜人と」
「甘く見ねぇでくだせぇ」
「えッ?」
『まだ領民とミストやローゼンの間には壁がある』
そう考えていたカリス。
だからこそ、依頼する形で領民に頼み込んだ。
だが、男はそんなカリスの考えを覆した。
「俺達とてミストちゃんやローゼンの姐さんが攫われたとなれば率先して救い出しますよ。まだ不慣れな連中もいるが、そいつらも切欠がなかっただけですから」
「・・・・・・」
「もう俺達はミストちゃん達の事を受け入れているんですよ。とっくに」
「・・・そうか。ありがとう」
感無量といった表情で頭を下げるカリス。
カリスが望む亜人と人間の和解。
まだまだ局地的なものだが、それが実際に叶ったとなれば、カリスは全身を震わす程の喜びを感じる。
「カリス様。そんな余裕はないでしょう? 俺達が何をすればいいのか。早く教えてくだせぇ」
頭を下げるカリスにそう告げる男。
そして、その言葉を受け、頭を上げたカリスの視界には一人の男だけではなく、港にいた誰もが勢揃いしていた。
男、女、若者、老人。
年齢、性別を問わず、それら全てがカリスの助けに、ひいてはミストを助けようと揃ってくれた。
「すまない」
カリスは再度、頭を下げる。
そして、頭を上げたカリスの真剣な表情はそこにいる全ての者に救出の成功を感じさせる程に凛々しかった。
「まずは船の進行を阻止したい。そこでだ。何かいい案がないか? 海の事はお前達の方が詳しいだろう?」
カリスの問いかけに集まっていた連中の内の一人が答える。
「ちょうど船の行く先に漁業用の網が張ってあります。それで船を足止め出来れば、少しは時間が稼げるかと」
「耐えられるのか? あの船を網で」
「確かに船のサイズは大きいですが、網とてそれほどやわではありません」
「分かった。他に何かあるか?」
すると、先程とは違う男が発言する。
「俺の船で先行して、縄かなんかを引っ掛けて来ましょうか?」
「お願いしたいが、それではお前が危険だ。その案は却下だ。すまんな」
「いえ。こちらこそ、あまり良い案ではなく、すいません」
『誰かを犠牲にする訳にはいかない』とカリスは案を却下する。
「とりあえず、カリス様。足止めするなら、向こうの船の碇を下ろすのが一番ですよ」
「碇か・・・。分かった。それは俺が担当する」
「えっ? でも、それじゃぁ、船に乗り込む事になりますよ。カリス様。危険ですって」
「いや。もちろん、俺だけではない。ルルには何人か乗せられるからな。頼りになるのを連れて行く」
「・・・・・・」
「時間がない。他に何かあるか? ないなら、今までの案を実行するしかない」
「カリス様。これを使ってください」
「それは・・・」
奥からやって来た男達が何かを持ってきた。
「これを碇を下ろすときに引っ掛けてくれれば、俺達も陸から助けられます」
持ってきたものは異様に長い縄。
かなりの太さで、何故そのようなものがあるのか分からない程の不思議な縄だ。
「そうか。なら、碇を下ろさず、俺達は船の上を撹乱するようにしよう。それでも進むようなら碇を落とす」
「分かりました。俺達でどうにか引っ張りあげてみます」
「すまない」
「それなら、同時に俺の船でも縄を引っ掛けますよ。そうすれば、二乗効果でしょう? 上手く隠れてやりますから心配ないですよ」
「・・・すまないな。何から何まで」
「いえ。俺達だって助け出したいだけです」
頭を深く下げるカリスに一同は『任せろ』と言わんばかりに胸を張っている。
海の男は大きく、逞しい体付きだ。
きっと彼らが合わされば、かなりの力を発揮してくれる事だろう。
「おい! カリス」
「兄上。来て下さいましたか。父上達も」
話が一段落した頃に、エルムスト達がやって来た。
「ああ。それで、どうするんだ?」
エルムストの問いに、カリスが今後することを一同に簡単に説明する。
「そうか。それなら、俺も行こう」
「父上。・・・お願いします」
「それなら、俺も」
「いえ。兄上は陸で指揮を執ってください」
「何故だ? 俺もお前と」
「いや。エルムスト。カリスの言う通りにしろ」
「父上。何故ですか?」
「万が一、俺とカリスが死んでもお前なら跡を継げる。残るなら若い方がいいだろう?」
「父上。そんな死ぬなどと・・・」
「絶対はない。そういう事だ」
「・・・分かりました。陸での指揮はお任せを」
エルムストが落胆しながらも、しっかりと頷く。
「・・・久しぶりね。私が前線に行くのも」
「母さん。私も」
「トリーシャ。貴方も陸よ。貴方は疲れているんだから、陸でエルムストを手伝いなさい」
「・・・分かった」
マズリアの言葉に、トリーシャは力なく頷く。
「おい。ダンナ。俺達は行くぞ」
「ああ。頼む。ラミット。アリア。頼りにしている」
「分かりました。ところでローゼンさんはどこにいるんですか?」
「分からん。だが、恐らくもう既に船に乗っているだろう。どちらにしろ。俺達も早く乗り込まなければ・・・」
「そうですね。流石のローゼンさんでも一人では」
「ああ。よし。父上、母上。二人は俺の方へ。ラミットはアリア。頼む」
「分かりました」
「ああ」
「分かったわ」
「あいよ」
カリスの言葉に従い、乗り込む組は頷き、それぞれルルとペガサスに乗った。
「カリス。こっちは任せろ。お前も確実に仕事をこなせ」
「はい。分かっています。兄上」
「兄さん。ミストの事、お願いね」
「ああ。では、行くぞ」
縄を持ったカリスが素早くルルに跨り、船へと向かった。
「父上。母上。カリス。御武運を」
陸に残された兄妹は不安そうに船を見詰めた。
~SIDE ラミット~
「さて、相手方がどれくらいいるかが問題だな」
「はい。乗り込むのは五人だけですから。いくらカリスさんや当主様達がいるとしても数で押されれば負けてしまいます」
ホントやばいよな。
カリスのダンナも珍しく情報がない状態で向かってるしよ。
いつもなら敵兵力とか、兵種とかをきちんと調べてから向かうってのに。
まぁ、仕方ねぇか。
急だったし、情報を集めている暇もなかったしな。
「ですが、ホントにあの船なんですかね?」
「まぁ、確実って訳ではないわな」
そう、それもあるんだよ。
多分そうだとは思っているが、確実な証拠があるわけじゃねぇんだ。
まぁ、領主権限を使えば大丈夫だとは思うけどな。
突然乗り込んでも。
「おっ! そろそろだぞ」
「はい。ラミットさんはそのまま飛び降りるんですよね?」
「おう。ダンナ達もそうするらしいしな」
ダンナ自ら飛び込むらしい。
ルルは空中で万が一に備えて待機だってよ。
まぁ、そりゃぁ、ルルが本気でブレスとか使ったら、救出する前に沈んじまうからな。
仕方のない話か。
それに、いざという時、ルルで逃げれるし・・・。
まるっきし、不必要という訳じゃねぇ。
「よし。行ってくるぜ」
「はい。援護します」
船の上に来たから、俺達は一斉に船の甲板に降り立つ。
ダンナは素早く船の至る箇所に縄を縛りつけはじめた。
引っ張りの合図はルルの姿が上空に見えたららしい。
まぁ、船に縄を引っ張られるから、向こうも気付くだろうけどな。
ルルは念の為だ、念の為。
「・・・・・・」
俺達の行動に、船内の見張り番達は唖然としてやがる。
でも、すぐにカンカンって甲高い音を鳴らして、船内に俺達の事を教えやがった。
「私がこの船の船長だ。それで。私の船に何のようだい?」
そして、連中の中から偉そうに出てきやがった女。
どうやら、あいつがこの船の船長らしいな。
「ここに俺の仲間がいる筈だ。出してもらおう」
「仲間? ここにいるのは、船の船員だけだが?」
「惚けないでもらおう。エルフと獣人がいる筈だ。返してもらう」
「ほぉ。亜人を仲間と? 奴隷の間違いじゃないか?」
「何?」
「私は長い事、大陸内の人間を見てきたが、どこもかしこも亜人を奴隷として扱っていない。そんな亜人をお前達人間が仲間というのが不思議でな」
「『そんな事はない』と否定したい所だが、現状、完全に否定する事はできない。だが、全ての人間が亜人をそのように扱っている訳ではない」
「フン。口ではなんとも言えるよ」
気の強い女だな。
でも、変だ。
あいつ、人間の癖に亜人の肩ばかり持つ。
「テメェも人間だろうが? んな奴が何故人間の事を悪く言う」
「私達が人間? ハン。アンタの眼は節穴かい?」
「んだと? どういう意味だ?」
「こういう事さ!」
女が手をあげる。
すると、俺達を囲むように、いや、船を囲むように何人もの人間が海から出てくる。
・・・いや。
こいつらは人間じゃねぇ。
「なるほど。貴方達は人間ではなく、魚人。そういう事か?」
「やっと分かったかい。私達は紛れもなく亜人。海に生き、海で死ぬ海人よ」
魚人。
初めてみたぜ。
しっかし、これじゃぁ魚人って奴は人間と何も変わらないじゃねぇか。
「フン。分からないって顔してるね。いいわ。説明してあげる」
クソッ。
完全に俺達のこと嘗めてやがる。
「私達魚人は他の亜人と違って、擬態する事が出来るのよ。その証拠がこれ」
そう言って、女は足をこっちに差し出しやがった。
・・・なんかむかつくぞ、おい。
「紛れもない人間の足だけど、これは私達魚人のみに許された秘術。陸に上がる為に先祖が考え付いた海系統の魔術よ」
「陸に上がる為だと?」
「そうよ。私達だって陸に上がりたくない訳ではないの。地上を歩く為には足がいるでしょう。その為よ。幸いな事に私達の外見なら人間とも亜人とも扱ってもらえる」
なるほどね。
魚人特有の秘術とかいう奴で、海から陸にも活動範囲を広げたって訳かい。
「んなら、人間の国に魚人が住んでいる事もあるのか?」
「ないこともないでしょうね。でも、あくまで私達の家は海よ。いつまでも陸に暮らしてはいないと思うわ」
なるほどね。
って、何俺は和やかに話してるんだ!?
「御託はいい。とにかく俺達は二人を助けに来たんだ。ここにいるんだろ?」
「ふぅ~ん。もし、いたとしたら?」
「何が何でも助け出す。大切な仲間であり、家族だからな」
「そう。でもここは海上。私達にとって絶好の場所。そんな場所で貴方達が勝てる訳ないじゃない。それでも助け出すと?」
確かに水がある所では魚人はエルフを超える魔術能力を持つって噂だけどよ。
それでも、助け出すってダンナが決めれば・・・。
「無論。それでもだ」
そう強く言い切るに決まってるよな。
「それなら、私達を突破していく事ね」
突破かい?
んなら、俺の専売特許だな。
「ダンナ」
「ああ。ラミット。お前は俺に付いて来い。父上。母上。貴方達は縄の護りをお願いします。駄目なようなら何としても碇を。俺達は二人を救いに行きます」
「分かった。行ってこい。カリス」
「行って来なさい。カリス。しっかりと助けてくるのよ」
「はい。・・・行くぞ」
おっしゃ。
見てやがれ。
俺達の実力をな。
女。
後で泣き言いっても許してやんねぇからな。
~SIDE OUT~
~SIDE マズリア~
「行ったわね」
「ああ。今の俺達の仕事は縄を相手に切らせない事。少しずつだが、陸に近づいているからな」
どうやらカリス達の作戦は地道に進んでいるみたいね。
碇を落とす必要はなさそうだな。
でも、ここで縄を切られたら逃げられてしまうかもしれない。
「ええ。水中は私が」
「船上は俺が担当しよう」
水中は魚人の独壇場。
でも、私も一時は宮廷魔術師団で副団長までいった身。
そう簡単にはいかせないわ。
「ブラスト」
疾風系上位魔術。
水を切り裂き、縄周辺の敵を一掃するわ。
これから、縄には一歩も近付かせない。
私達に出来る事はカリス達がミストちゃん達を助けるまでの時間稼ぎ。
目的は救出であり、殲滅ではないからね。
さて、頑張るとしましょう。
~SIDE OUT~
~SIDE ラミット~
「せっかくだから、私が直々に相手してあげるわ。感謝するのね」
ったく、どれだけ偉そうな女なんだ。
「ダンナ。こいつの相手は俺がする。ダンナはさっさと二人を助けて来い」
「ラミット。・・・感謝する。後は任せたぞ」
カリスのダンナを船の中に送ってからは俺がこの扉を死守しねぇとな。
助けに行けねぇが、ダンナなら問題ないだろう。
問題は眼の前のこいつ。
船長、いいや、こいつら一味の頭をしているだけあって、戦闘能力は相当ありそうだ。
「どうしたんだい? さっさとかかってきなさいよ。腰抜けが」
言いたい放題言いやがって。
だが、そんなんにつられる程、俺はアホじゃねぇ。
ここを突破させない事こそが俺の仕事だ。
傭兵ってのは確実に仕事をこなしてなんぼだぜ。
「フン。なら、私からいくよ。覚悟するんだね」
そう言って、女は飛び込んできやがった。
「・・・・・・」
中々のスピードだな。
でもよぉ、ローゼンと組み手してる俺にはそれ程度の速さはもうとっくに見慣れてるんだよ。
大陸一の速度は甘くないぜ。
眼にも映らねぇんだからよ。
いきなり突撃された時には、肝を冷やしたもんだ。
「ハァ!」
とりあえず俺は向かってきた女の攻撃をかわし、剣で切りつける。
女は簡単に俺の剣を避けるとまた距離を取ってきやがった。
まぁ、あんな微妙な攻撃に当たるぐらいだったら頭は出来ねぇだろうがな。
「水の礫よ。我が討たんするものへ向かえ。ウォータアロー」
距離を置いて仕掛けてきたのは海系統の魔術。
おぉ、これが海系統か・・・って感心してる暇はないな。
俺は向かってくる水の礫を剣で切り裂く。
他の魔術と違って、実体がある分、対処しやすいな。
これが他の魔術と海系統魔術の大きな違いか。
「空の星。海の星。空の青。海の青。青き空と青き海」
ん?
何だ?
なんか大層な詠唱だぞ。
「我らに齎し青にて、我が敵を、ッ! クッ」
「ラミットさん。詠唱を成功させてはいけません。相手は未知の魔術を使います。油断しないでください」
「すまん」
おぉ、アリアに救われちまったな。
確かにあんな大層な詠唱だ。
喰らってたら死んでたかもな。
向こうの女は詠唱中に邪魔が入った事にお冠なようだ。
まぁ、肩に矢が刺さったぐらいでは諦めないだろう。
むしろ、余計闘気を滾らせてしまったかもしれねぇ。
「良い所で邪魔をしてくれたねぇ。折角もう終わらせてあげようと思ったのに」
終わらせるって。
やっぱりそんな魔術だったのか。
助かった、アリア。
「私が援護します。ラミットさんはいつものように」
「了解っと。行くぜ」
アリアのそう言われたらやるしかねぇな。
あいつの援護があれば、相手も魔術は使えないだろう。
さて、んなら、さっさと反撃といきますか。
~SIDE OUT~
「・・・・・・」
船内へと入り、ミスト、ローゼンの二人を見つける為に黙々と走り続けるカリス。
大き目の船だけあって、底も深く、探し出すのに時間がかかった。
一つ一つを正確に回り、着々と場所を特定していく。
そして、最後に最奥の部屋に繋がるであろう長い廊下に差し掛かった時・・・。
「凍てつく刃を。アイシクルクロー」
突如、地面に現れる氷の牙。
作り上げられた牙はカリスを囲むように配置されており、そのまま勢い良く距離を縮める。
「フッ」
バックステップで床から離れると先程までカリスがいた場所で複数の氷の刃が衝突し、甲高い音を鳴らしていた。
アイシクルクロー。
氷結系統の上位魔法で、敵の位置に氷の刃を差し向ける魔術だ。
地面越しに氷が伝っていき、敵位置になったら刃を構成し、四方から突き刺す。
気付かなければ氷によって貫かれた事だろう。
「やっと来たわね。待ちくたびれたわ」
「お前は?」
「名前を聞くならまず自分からって習わなかった? まぁいいわ。私はユリア・シーライト。で、貴方は?」
「カリス。カリス・アナスハイムだ」
対面するは一人の女の子。
淡い水色のローブに綺麗な髪飾りや装飾品などで彼女の可憐さに拍車をかけている。
見た目だけなら、戦いをまるで知らない無垢で可愛らしい少女だが、カリスは彼女の持つその鋭い瞳で戦い慣れている事に気付いた。
「そう。貴方がね。貴方の事はあの子から聞いたわ。確かミストって言ったわね」
「ミストに何もしてないだろうな? 返答次第では・・・」
「そんなの当たり前よ。見縊らないで。私達はあの子を保護したんだから」
「保護? どういう事だ?」
「フン。そんなの貴方に教える義理はないわ」
肝心な所をはぐらかされてしまうカリス。
だが、『ここで激昂してしまってはいけない』と冷静に情報を集める。
「・・・もう一人ここに来た奴はいないか?」
「あの獣人? あの人も私達が保護したわ。貴方達人間なんかと一緒にいるより私達と一緒にいた方が彼女達の為だもの」
「すまんが、あいつらは俺の大切な家族なんでな。引き取らせてもらう」
「家族? 変な事を言うのね。人間と亜人が家族のような繋がりを持つ事なんて不可能なのに」
「不可能? そんな事、誰が決めたんだ? 亜人と人間が分かり合えないなんて事は決してない」
「口でならいくらでも言えるわ。現に亜人に対して理解を示そうとしているセイレーンだって、亜人を奴隷としているような国じゃない」
「それは・・・」
その言葉に黙り込んでしまうカリス。
先日、バロング達から実際にその話を聞いてしまっている為に否定する事が出来ない。
また、『俺はそんな奴らとは違う』と言い切りたかったが、それはセイレーンを否定する事になり、セイレーン王家と親しいカリスには裏切りにも思えて口に出す事が憚れた。
「黙り込むって事は認めたって事よね。なら、やっぱり、貴方達も彼女達を奴隷として扱っていたって訳ね」
「それは違う。俺は二人を本当に家族のように思っている」
「だから、口では何とでも言えるの」
「口だけで言っている訳ではない」
「それなら、貴方と彼女達が家族のような関係だと証明してみて」
「証明?」
ユリアの言葉に首を傾げるカリス。
「そうよ。貴方が本当に二人を大切に想っているというのなら、二人を取り返すために何でも出来る筈。違う?」
「・・・ああ。何だってしてやるさ」
「家族とはとても素晴らしいものなのね。じゃぁ、その場から何があっても動かないで。いい? 何があってもよ」
「良いだろう」
ユリアの言う事を聞く様にカリスはハルバードを自分の脇に置き、その場で直立した。
そして、怯む事無く、真剣な表情でユリアを眺め続けた。
「じゃあ・・・凍てつく矢よ。アイシクルアロー」
簡易的な詠唱で放ったアイシクルアロー。
充分な殺傷能力を持った攻撃に対し、ユリアはカリスが避ける事を予見した。
「・・・(所詮、この程度で避ける程、貴方の意思と想いは軽いものよ)」
そう内心で嘲り笑いながら。
だが、カリスの取った行動はユリアの考えと真反対だった。
「・・・・・・」
全身で氷の矢を受けるも瞼を閉じる事無く、常にユリアを眺め続け、傷が出来ても全く気にした様子もなく直立し続けた。
「まぁ、それぐらいは受けても大した事ないものね。なら、凍てつく刃を。アイシクルクロー」
先程、カリスが逸早く反応し、回避したアイシクルクロー。
真っ先に反応した事から、その殺傷能力が窺える。
「・・・(さっき避けたんだから、これも避ける筈。そうなったら、貴方の負けよ)」
氷が道を伝わる様子を見ながらユリアは口元を緩ませニヤッと笑う。
それは、今度こそカリスが避けると確信しているからだ。
だが、その表情すら、一瞬で崩される事となる。
「クッ・・・」
左太腿、右肩、脇腹、背中と氷の刃に突き刺されながらも、カリスは体勢をまるで変えなかった。
魔術が消え、氷が霧のようになくなると、突き刺された傷から夥しい程の血が流れ始める。
全身が血塗られていても立ち続けるその気迫にユリアは初めて押されてはじめた。
先程までは自分に主導権があると考えていたのだが、ユリアは混乱してしまい、いつの間にか主導権がカリスに移り始めていた。
「・・・貴方は、それ程の傷を負ってでも二人を引き取りたいと。そう言いたいのね・・・」
「当たり前だろう。二人は俺の家族だからな」
「・・・・・・なら、最後に」
真剣な表情で言い切ったカリスに、ユリアは戦意を消失され、無言で立ち尽くす事になった。
だが、瞬く間に表情を真剣なものに変え、詠唱を始める。
「ユリア。もう良いと思う」
そんな時に奥の扉から出てきた一人の少年がユリアを止めた。
その少年の歳はロラハムと同じくらいであり、オレンジ色の髪は少年の活発さを表すようだった。
「・・・ララック」
呟かれたのは彼の名前。
「二人の話通り、カリスさんは信用できる人だと思う。お前だってそう思っているんだろ?」
「・・・(コクッ)」
「それなら、もういいだろう?」
「・・・分かったわよ」
ララックの問いかけにユリアは頷く。
「カリスさんでしたよね。二人はお返しします」
その言葉の通り、奥の扉からミストとローゼンが現れた。
「・・・カリスさん!」
「カリス様!」
扉から出た二人の視界に飛び込んできたのは瀕死のカリスの姿。
二人は顔を見合わせるとララックとユリアの脇を駆け抜け、カリスの元へと向かう。
「・・・カリスさん」
駆けつけてすぐさま傷口を治していくミスト。
だが、トリーシャとの模擬戦での疲れや捉えられていた間の精神的な疲れなどで思ったような治癒力が出せない。
「・・・カリスさん。カリスさん。カリスさん」
カリスの名を呼び続けるミスト。
涙をこぼしながら、懸命にカリスを呼び続けるミストの姿は紛れもなく二人の間に親愛の情がある事の表れだった。
「・・・大丈夫だ。ミスト」
「・・・カリスさん」
カリスは自分の体の致命傷となる大きな傷だけを治し、壁に寄りかかった。
涙ぐみ、泣き声で安堵を示すミスト。
「・・・ハァ・・・ハァ・・・」
カリスとてエルムストとの模擬戦、ジャルストとの模擬戦で肉体的に疲労し、魔力的にも模擬戦で傷ついた者達に癒術を使っている為、既に底を尽き掛けている。
大きな傷を治す事で死を免れる事は出来ても、全ての傷を治す程の余力は全く残っていなかった。
その為、全身に傷があり、夥しい程の出血がある事に変わりはなかった。
このままでは出血多量で死ぬ可能性もある。
それが外から眺められ理解できるローゼンとしては一刻も早く脱出したかった。
「カリス様。ご無礼を」
そう伝えるとローゼンはカリスの腕を取り、反対側の肩に腕を回してカリスを支え、無理矢理甲板へと引っ張っていった。
そんな二人の様子に唖然としながらも、ミストは慌てて二人を追う。
「おい、ユリア。早く伝えてこないと甲板でかちあう事になるぞ」
「平気よ。二人が一緒に行ったのなら、それは私が逃がしたって事になるわ。そうすれば、姉さんは全員を見逃す事になってるの」
カリス達が脱出し、残された二人が会話を始める。
「そうかよ。それなら、そうと俺にもあらかじめ言っておいてくれよな」
「あら、アンタなんかに教えても何も変わらないでしょ。寧ろ、アンタ馬鹿なんだから、口が滑るかもしれないし」
「ば、馬鹿とは何だ。馬鹿とは。俺はだな・・・」
「まぁ、アンタの事はどうでもいいのよ。それより・・・」
「おい。相変わらず酷いな。お前」
ユリアのあまりにも酷い言葉に、項垂れるララック。
「あの人間。本当に人間かしら? 亜人の為にあれだけ身を削るだなんて。私達からしたら考えられない事だわ」
「まぁ、世の中はお前のように変わっている奴がいるって事だ」
「そうよね。変な奴」
「おい。俺の発言を無視するなよ」
「何か言ったかしら?」
「・・・呟くように魔術を詠唱するのはやめてくれ。気が気じゃない」
苦笑いしながら、手を前に出して後ずさるララック。
「なら、黙ってて。じゃあ、私達も上に行くわよ」
「黙っててって。相変わらずだな。お前」
「早く歩く!」
「はいはい。・・・ホントこの船の奴らは変わってるよ。俺なんかを船に乗せてるんだからな」
~SIDE ラミット~
「・・・ハァ・・・ハァ・・・」
「・・・ハァ・・・中々・・・やるわね・・・」
ったく、終わらないじゃねぇか。
伊達に船長じゃないってか。
女だからといって見縊っていた訳じぁねぇが、予想以上の身体能力だぜ。
スピード重視かと思いきや、力でガンガン押してきやがる。
魔術だけじゃねぇって事か・・・。
ダッ! ダッ! ダッ!
ん?
何だ何だ?
この音は・・・室内を走ってる音。
って事はダンナが救出に成功したって訳か。
それなら・・・。
「・・・(コクッ)」
アリアと眼を合わせて脱出の機会を図る。
バンッ!
「お、ダン・・・ナ?」
扉を開かれ、俺達が見た光景は血塗られたダンナとローゼンの姿だった。
ミストちゃんも少し遅れてやってきたが、今の俺達にミストちゃんを構っている余裕はなかった。
「カリス!」
「カリス! どうしたの!? その怪我は!?」
ダンナの両親もダンナの様子に唖然としちまってる。
だが、それは俺も同じだ。
カリスのダンナが大怪我を負っている姿なんて俺にはまるで想像できなかったからな。
「今は早くカリス様を! ルル!」
ローゼンが叫ぶように俺達に告げ、ルルを呼んだ。
ルルならすぐにダンナを陸に運んでくれるだろう。
「・・・待ちな!」
「てめぇに構っている暇なんてねぇんだよ!」
女が俺達に向かって叫ぶが、今の俺達には関係のねぇ事だ。
いや、ないこともないか。
「ローゼン。俺が時間を稼ぐ。その隙に脱出させてくれ」
「分かったわ」
緊迫した様子のローゼン。
そんな姿を俺は初めて見た。
本当にダンナを慕っているんだとこの姿から理解できる。
「だから、待ちなって言ってるだろう!」
「んだよ!? 来るならきやがれっての!」
「そいつは私達が責任を持って治療してやる。だから、話を聞けって言ってるんだ」
「何? どういう意味だ?」
「いいから。おい。治療薬を持って来い」
意味がわかんねぇぞ。
何でこいつらがダンナを。
「・・・・・・」
もう俺には判断できねぇみたいだからな。
ダンナの父親に任せるとするか。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
見詰め合う当主と女頭。
「・・・父上。信用できると思います」
そんな時に今にも倒れそうなカリスのダンナがそう告げる。
「・・・分かった。信用しよう。なら、まずは船を陸に向けてもらいたい」
「あいよ。舵を取れ! もう一回陸に上がるよ。準備しな」
女頭の合図に船員どもが素早く対応する。
そして、船の先がアナスハイム領へと向かった。
そのまま進み続け、しばらくすると回復薬を抱えた奴が駆け込んできた。
「姉御。これだけあれば充分ですかい?」
「おう。お前も準備に戻りな」
「へい」
戻っていく船員。
それに代わるように一人の男と一人の女がやって来た。
誰だ?
こいつら。
「あら。まだいなくなってなかったの?」
「ユリア。貴方、やりすぎよ」
「だって、姉さん」
やりすぎって。
なら、こいつがカリスのダンナにここまでの傷を与えたってのか!?
「おい。お前達」
「また? まぁいいわ。私はユリア・シーライト」
「俺はララック・ライリック」
「ついでに私もしておこうかしら。私はシーザー・シーライト。ユリアの姉にして、この船の船長よ」
次々と自己紹介していく奴ら。
いや、俺が聞きたいのはな、ダンナにこれ程の傷を与える程の実力者なのかって事だ。
何故か口調も変わってやがるし。
「まぁ、貴方が聞きたいことは分かるわ」
女頭がダンナに回復薬を渡しながらそう呟く。
「すまんな」
「いいのよ。うちの妹がやった事だし」
ダンナはダンナで完璧に信用してそのまま口にするし。
「別にユリアが倒した訳じゃないわ」
「意味わかんねぇぞ」
「ユリア。貴方の事だから、卑劣な事をしたんでしょ?」
「卑劣だなんて人聞きが悪いわね。私は動かなければ二人を返して上げるって言って魔術を放っただけよ」
「・・・充分、卑劣じゃねぇか・・・」
別に卑劣なのを否定する訳じゃねぇが。
戦場に卑怯もくそもねぇからな。
けど、自覚してねぇってのは問題だろ。
「すまんな。もう大丈夫だ」
お。
ダンナが復活したな。
「・・・カリスさん」
「カリス様。良かった」
「ああ。心配をかけたな」
船に寄りかかりながら、ダンナが微笑む。
まだ血が足りねぇから立てないみてぇだが、これで死ぬ心配はなくなったな。
「元々は俺の責任だ。彼女の行動は別になんとも思っていない」
「当たり前よ。私は悪くないわ」
その返答にダンナは苦笑しちまってる。
おい、ダンナ。
苦笑でいいのかよ。
苦笑で。
「それにしても、お前達は何の目的でこんな事を?」
「詳しくはアンタ達を陸に上げてから話すつもりよ、まぁ、亜人を保護ってのに嘘はないわ」
「そうか。父上。彼女達を俺達の拠点に案内してもいいですか?」
「いや。俺も話が聞きたいからな。屋敷の方へ案内してくれ」
「・・・そうですか。分かりました」
いいのかよ?
ダンナも当主も人の事を簡単に信用し過ぎじゃねぇか?
さっきまで戦ってた奴だぞ。
「いいのかい?」
「ああ。色々と教えてくれ」
まぁ、ダンナがいいなら俺は別にいいけどよ。
「・・・カリス様・・・」
ローゼンが心配そうに呟いた。
っと思い出した。
ローゼンに聞いておきたい事があるんだ。
「それにしても、ローゼン。お前が捕まるなんて珍しいな」
ローゼンぐらいの実力者なら、ミストを救って脱出なんて容易いと思ったんだけどな。
「ごめんなさい」
「いや。別に謝って欲しいわけじゃなくてだな。何かあったのか?」
「えぇっと」
そう言うと、ローゼンの視線がさっきの女に向かった。
・・・あぁ、また何か卑劣な事をしたんだな。
「それは簡単よ。ミストって子を人質にしたら大人しくしてくれたわ」
「・・・ホントに卑劣だな・・・」
「私達は海賊よ。当然の事。むしろ、人質を取られたぐらいで捕まったり傷ついたりだなんて考えが甘すぎるのよ」
このアマ、やった本人がそれを言うか。
間違った事を言ってないから余計に腹が立つ。
「ああ。彼女の言う通りだ。俺の考えが甘い。それぐらい俺にもわかっているんだ」
「カリス。お前がその考えを捨てられないという事を分かっているが、少しでも改めろ。そうしなければ、お前はいずれその事が災いとなって命を落とす」
「カリス。厳しいようだけど、その通りよ。貴方の騎士道に反する事でも時と場合を考えなさい」
「はい。分かっています。ですが、それでも俺は自分の騎士道を貫きたいのです」
騎士道か・・・。
生きていくには不便なものだが、掲げるには立派なものかも知れねぇな。
もしダンナの甘さがここから来てるとしても、ダンナには貫き通してもらいたいものだ。
「そろそろ陸にあがるな。父上。港にいる兄上をお願いします」
「おう。お前は俺達に任せて先に屋敷で休んでいろ」
「はい。すいません」
それがいいな。
「ローゼン。ミスト。カリスを頼む」
「はい。分かりました」
「・・・(コクッ)」
ダンナの腕を肩に回し、支えるようにルルに乗せるローゼン。
そのままローゼンとミストはルルに乗って屋敷へと向かっていった。
そんな間に、船が港に着く。
着いた途端、武装した一団が船を囲むように立ったが、当主の一言で構えを解いて、後ろに下がった。
「・・・・・・」
さて、ダンナ達はルルに乗って屋敷に戻った事だし、俺も戻るとするか。
・・・ふぅ、何だか妙に疲れたぜ。