第十三話 家族か“家族”か
~SIDE ローゼン~
「どうだ? ここがアゼルナートの数ある名所の内の一つ、断流の滝だ」
ロラハムが旅立ってから、幾日経った今、私とミストはカリス様に連れられ、アゼルナートにある様々な名所を回っているわ。
元々はミストに『色々な景色を見せてやりたい』というカリス様の想いから始まった名所巡り。
でも、今はミストがロラハムがいなくなってからずっと寂しそうにしているから、その元気付けっていう理由もあるわね。
まぁ、最近になってようやくそれだけの事が出来る余裕が出来たっていうのもあるんだけど・・・。
ちなみに、アリアとラミットはお留守番。
まぁ、彼らは彼らで楽しんでいるでしょうから、問題ないわ。
さて、肝心のミストだけど・・・。
「・・・・・・」
黙ったまま眼を見開いていたわ。
まぁ、確かに、それだけの壮大さがこの滝にはあるわ。
観光に来ているのか、私達以外にもたくさんの人がいたけど、そんな人達が粒に感じるほどの大きな滝。
少し離れた私達の位置からでも滝が生じている場所が見えないんだもの。
「ここは剣聖アゼルナート様の修行場所として有名でな。あそこに窪みがあるだろう」
カリス様が正面にある滝から少し離れた位置を指差した。
確かにそこには窪みがあり、正面の滝に比べれば、かなり小規模だけど、大き目の滝が出来ている。
「剣聖アゼルナート様はあの場所であそこの滝を断ち切るまで飲まず食わずで剣を振り続けたらしい」
滝を断ち切る。
それが出来たのなら、人の身体なんて簡単に断ち切ることが出来るかもしれないわね。
「限界を超え、生死の境目を彷徨った時、ようやく彼はその滝を断ち切ることが出来たという言われているな。生死の境目で何かを悟ったとも言われている」
生死の境目。
極限まで追い込まれた状態で掴んだ何か。
そして、断ち切るまでに磨きあげられた剣技。
きっと、それらが彼を剣聖とまで言わしめた要因なんでしょうね。
「この国の騎士達はこの滝を断ち切る事に生涯を懸けていると言えるな。それ程、ここはこの国で重要な意味を持つんだ」
剣聖と呼ばれる者と同じ事をした。
それはこの国の人達にとっては何よりの名誉になるのね。
「・・・・・・」
カリス様が説明する傍ら今でも滝から眼が離れないでいるミスト。
やっぱり、この子は可愛いわね。
「さて、ミスト、ローゼン。問題だ。この滝を断ち切った者。そんな人物がアゼルナート歴史上何人いると思う」
笑みを浮かべながら意地の悪い質問をしてくるカリス様。
私達はアゼルナート自体にあまり詳しくないから分かる筈ないのに。
「・・・一人ですか?」
「剣聖アゼルナート様だけという事か?」
「・・・(コクッ)」
「そうか。ローゼンはどうだ?」
私は今、狼形態だから、地面に数字を書く事で答える。
私の回答は『4』。
きっと、それぐらいはいる筈よね。
「残念だったな。二人とも。もう少しいるんだ」
剣聖と呼ぶべき人物がそんなにいるだなんて。
「・・・教えてください」
ミストのお願い。
まぁ、カリス様が拒否する事は断じてないでしょう。
「ああ。人数で言うならば、剣聖アゼルナート様を含めて六人だ」
六人。
やはりそれ程多くはないようね。
「歴史上の二人目は剣聖アゼルナートの孫に当たるクルスト・アゼルナート様だ。彼は早くに政権を子に任せ、ここに籠もって長年修行しての達成らしい」
政治を任せた上での達成。
何故だか、あまり褒められないように感じてしまう。
「三人目はレイリーラ・アナスハイム様。俺達アナスハイム家の先祖に当たる人だな。彼は貴族学校の教本に載っている程有名な人物だ。まぁ、俺はその教本を見た事がないがな」
カリス様の先祖。
血が繋がっていないとしても、その精神はカリス様に受け継がれている筈。
きっと、凄く立派な方だったのでしょうね。
「四人目はアゼルナート歴史上唯一の女皇ジャンヌ・アゼルナート様。彼女はアゼルナートの女性騎士全ての憧れだな。全ての者を惹きつける絶世の美女だったとも言われている」
女性でありながら、剣聖の位置まで登り詰めた剣士。
それでいて、圧倒的なカリスマ性を持っていた。
凄い人ね。
「五人目は二人とも知っているはずだ」
私達が知っているですか? カリス様。
私達が知っているととしたら、カリス様の御家族、ミハイル団長、カイム伯爵、オハランさんぐらい・・・よね。
「自慢する訳ではないが、これは俺の誇りでな。五人目の達成は俺の父上だ。父上は俺達家族の眼の前で滝を断ち切ってくれた」
ジャルスト様が・・・。
確かにジャルスト様程の闘気を放っている方なら可能かも知れないわね。
それにカリス様の父上様でもあるんだし。
何といっても、カリス様程の実力者を育て上げたんだもの。
「最後の六人目が現皇太子クラウス・アゼルナート様。彼は歴代で最も色濃くアゼルナートの血を受け継いでいると言われているらしい」
まだまだ彼は若かったはず。
若くしてそれだけの才覚を発揮しているのだから、それ程の評判を受けてもおかしくないわね。
「やはり剣聖の血は偉大なのか、六人の内、大半が王家に連なる者達だ」
「・・・でも、カリスさんの家系も立派だと思います」
「・・・(コクッ)」
私もそう思います、カリス様。
六人の内の二人も輩出しているんですから。
しかも、他諸侯達にはただ一人も成し遂げられなかった偉業を。
「ハハハ。何だか、照れるな。だが、俺もアナスハイム家の一員である事を誇りに思っている。父上や先祖であるレイリーラ様を尊敬しているさ」
嬉しそうに笑うカリス様。
それは本当に誇りに思っているからこそ浮かべられる笑みだと思う。
「・・・カリスさんは出来ないんですか?」
「俺か? そうだな。いや、きっと無理だろう。これは剣術を極限まで鍛え上げた者だけが達成できる偉業。横道に逸れた俺では無理だな」
カリス様の主な武器はハルバード。
剣だって一流に扱えるカリス様だけど、極限まで鍛え上げた訳ではない。
ハルバードでならまだしも、剣では流石のカリス様と言えど、不可能だと思う。
「・・・ハルバードを使ってもですか?」
「それに関しては分からないな。だが、この滝は断流の滝。剣士達が自分を見詰めなおす場所だ。俺のような者が断ち切りに挑戦するのは無粋だろう」
カリス様は騎士の志、誇りを持つ御方。
そんなカリス様が歴代の剣聖達の誇りを穢すような事はしないでしょうね。
残念そうにカリス様を見てるけど、諦めなさいね、ミスト。
「さて、そろそろ、次の場所に行くとするか。ミスト、ローゼン。次はどんなところに行きたい」
「・・・綺麗な眺めが見たいです」
「綺麗な眺めか・・・。ローゼン。構わないか?」
「・・・(コクッ)」
もちろんです、カリス様。
私は貴方に付いていきます。
それに私も女です。
綺麗な眺めは好きなんです。
「分かった。それなら、移動しよう」
そう言って、ルルのもとへと移動するカリス様を慌てて追うミストと私。
フフフ、今日は何だか、とても長い一日になりそうね。
~SIDE OUT~
~SIDE エルムスト~
「ホント、相変わらずだな、お前は。五年経っても何も変わらないじゃないか」
「兄上。これでも俺は・・・」
「はいはい。まったく。どうしてこう、お前は軍務では抜群の成果を出すのに、政務では役立たずなんだ?」
俺はトリーシャ、シズクと共に久方ぶりの帰郷を果たした。
どれくらい久しぶりだったかはもはや覚えていない。
まぁ、それ程忙しかったと思ってくれ。
それで、今日はカリス、トリーシャと一緒に父上の政務を手伝っているのだが・・・。
「カリス。お前、これを学ぶ為だけでも貴族学校へ行くべきではないか?」
「兄さん。私もそう思う」
「トリーシャ。お前まで言うか? そんなに悪いのか? 俺は・・・」
珍しく落ち込んだ様子のカリス。
まぁ、実際の所、それ程悪いわけではない。
平均以上ではある。
だが、軍務と比べるとあまりにもレベルが低すぎる。
軍務を高次元でこなせるのだから、政務も充分なレベルでこなせるはずだ。
だというのに、何なんだろうか、こいつのこの政務能力のなさは・・・。
まぁ、ある意味、万能過ぎるこいつだ。
一つぐらい欠点があってもいいだろう。
むしろ、一つぐらいあるべきだ。
「まぁまぁ、兄さん達。さっさとお手伝いを終わらせて、久しぶりの休暇を楽しもうよ。折角、休暇を合わせたんだし」
「・・・それもそうだな」
「・・・俺はそんなに・・・」
「ほら、カリス兄さん。いつまでも落ち込んでないで。さっきのだって冗談なんだから。ねぇ、エルムスト兄さん」
「俺は冗談ではないんだがな・・・」
「・・・・・・」
「兄さん」
「・・・ああ。冗談だ。冗談に決まっているだろう」
何だ?
この威圧感は。
まるで凶暴なマンティコアと対面したような全身を包む圧迫感。
我が妹ながら、恐ろしい。
・・・とまぁ、冗談は置いといて、俺もさっさと終わらせよう。
「カリス。政務が終わった後、手合わせ頼むな」
「はい。兄上。この恨みはその時に・・・」
恨みっておい、大袈裟だな。
・・・この後、行われた手合わせは俺にとって地獄のような時間だったと追記しておこう。
結構、気にしてたんだな、お前。
~SIDE OUT~
~SIDE トリーシャ~
兄さん達が手合わせしている傍ら、私とミストちゃんも手合わせをしていたの。
ミストちゃんはエルフ。
それに関しては、どんなにミストちゃんが良い子だからって変わらない事実。
あ、別にそれを批判している訳じゃないよ。
ただ、エルフとしての力を持っているから、マジシャンとしても一流なんだろうなって事。
だから、私がどれくらい成長したかを調べる為にも、無理を言ってミストちゃんにお願いしたの。
あまり戦う事が好きではないらしいミストちゃんだけど、頼んだらすぐに引き受けてくれたの。
「・・・こちらこそお願いします。姉さん」
そう言った時のミストちゃんが可愛すぎて抱きついちゃったのは私だけの秘密ね。
姉なんて呼ばれた事なかったし。
承諾してもらった私はミストちゃんを連れて、手合わせの出来る場所へ移動したの。
場所は屋敷から少し離れた位置にあるアナスハイム家の演習場。
広範囲の魔術は使うつもりないから、きっとここでも大丈夫でしょう。
じゃあ、ミストちゃん、よろしくね。
~SIDE OUT~
対面するミストとトリーシャ。
ミストはハーフエルフという人間の聖術、亜人の魔術の両方を使いこなせる存在で、それだけでなくカリスと共に実戦を生きてきた天竜騎士団が誇る後衛。
トリーシャは偉大なマジシャンを母に持ち、宮廷魔術師団の一員として日々自らの魔術を磨き続けるアゼルナートのエリートマジシャン。
どちらも高位のマジシャンであり、カリス、エルムスト、ローゼン以外のメンバーは全てこちらの手合わせを見に来ていた。
それ程、興味深い手合わせなのだろう。
マジシャンが主戦力である為、高位のマジシャンが多数いるセイレーンとは違い、アゼルナートはマジシャンの数が少なく、全体的な質もあまり良くない。
だが、全体的に見て悪いだけで、アゼルナートの特別なマジシャンの質は決してセイレーンのマジシャンに負けていない。
その特別なマジシャンというのがトリーシャの所属する宮廷魔術師団のマジシャン達だ。
彼らは数こそ少ないものの、その一人一人が他騎士団で魔術部隊の隊長を務められる程の高い戦闘能力を持つ。
少数精鋭として、国中から期待され、憧られ、他国から恐れられているのだ。
その一員であるトリーシャにももちろん一員としての誇りがあり、たとえ相手がミストのようなエルフだからといって気持ちで負けていられない。
エルフというだけで恐怖を抱いていた過去のトリーシャとは違い、今のトリーシャには恐れがなく、やる気が漲っていた。
ある意味、ミストと仲良くなった事が彼女を強くさせたのかもしれない。
「それでは、始め!」
立会人であるマズリアが声をあげる。
マズリアを始め、ジャルストやオハラン、更にはラミットとアリアも興味深そうに二人を、特にミストを眺めている。
彼らにとって、エルフの魔術とは非常に珍しいものなのだろう。
事実、彼らはエルフの魔術をあまり見た事がない。
それは騎士団に所属するラミットやアリアも例外ではなく、真剣な表情で眺めている。
マジシャンが少なく、前衛メンバーが多い騎士団ではミストは支援や回復役に回る事が多く、あまり攻撃系の魔術を使わないのだ。
だから、ラミット達にとってもなかなか見る機会がないエルフの行使する魔術を見れるという事になる。
「ファイヤーストーム」
詠唱を終えたトリーシャがいきなり高威力の魔術をミストに向かって放つ。
ファイヤーストーム。
火炎系統に属する上位魔術だ。
「ウィンドシールド」
対するミストは風の防壁。
炎の勢いを完全に消し去ってしまう。
「やるね。ミスト」
「・・・負けません」
その言葉をきっかけに彼女らの争いは次第に過激になっていく。
「アイシクルアロー」
「燃やし尽くせ。ファイヤーウォール」
マジシャンが使う魔術というものには幾つもの種類がある。
いや、そもそも、魔術も亜人が使う摩訶不思議な技術の一つでしかない。
亜人の種族によって使われている技術は様々である。
まず、動物の姿を持ち、最も人間に近い存在である獣人。
獣人達が用いるのは身体の一部に魔力を集中させ、その運動能力を高める身体強化という技術だ。
生まれつき高い身体能力とその身体強化が獣人を人間達に恐れさせている由縁である。
その内の何人かはマジシャンとして魔術を使えるようになるが、大抵の亜人は身体強化に魔力を用い、魔術はあまり行使しない。
ローゼンが魔術を使わないのはそういう理由からである。
基本的に獣人はその基となっている生物によって身体強化で強化できる部位が決まっている。
地上を駆る生き物が基ならば足に。
知恵を使って生きてきた生物なら眼や耳などの神経的な部分に。
何かを狩る、襲うに特化された生物ならば腕に。
基になった生物によって、強化できる部位が一箇所だけではなく、何箇所もある獣人もいるが大抵の者が一箇所である。
銀狼が地上を駆る速度が何よりも優れているというのは持ち前の足の速さですら他の種族を圧倒するのにそこに身体強化が加わるからだ。
それならば速いのも当然である。
そして、実はこの技術は人間にも適用する。
超一流と言える武人、戦人。
そんな者が瀕死に陥るなど極限まで追い込まれた際、無意識下で魔力を制御し、身体を強化してしまうらしい。
そして、一旦、その境地に到達すると、常に魔力が体内を循環し、身体強化を継続させてしまう。
一見、良い事のように思えるが、これは非常に危険な事である。
この状態になった者の未来は二つある。
一つは暴れる魔力に己の身体を適応させ、身体強化された、所謂、限界以上に酷使される状態に慣れるというもの。
そして、もう一つは暴れる魔力が体内から身体を壊し、高められた能力に身体がついていかず破滅するというもの。
極限まで鍛えこまれた身体を魔力による身体強化で更に強化するというのだ。
その者に対する負担は相当なものだろう。
事実、この状態になって命を落とした者も数多くいる。
しかし、その壁さえ乗り越えてしまえば、武人としての最高峰に到達できるのだ。
人間としての殻を破った瞬間ともいえる。
カリスがその境地に到達したのは神龍山という死と隣り合わせな過酷な環境に身を置いたからである。
そして、憎しみの念が痛み、苦しみから耐えさせ、カリスを生き延びさせた。
何が幸いするのか分からないものだ。
とにかく、それ相応の努力、地獄を見なければ、人間の限界は超えられないという事である。
なお、人間に関しては身体教科の効果が獣人より薄い。
だが、獣人と違い全身を強化する事が出来るという利点もある。
その分、一点強化である獣人達には局部的な面では絶対に敵わないという事でもあるのだが。
何事にも利点と欠点があるという事だろう。
次に、身体の形状的にはあまり変わらないが、頭に角を持ち、肌の色が種族によっては人と異なり、怪力や巨躯な身体を自慢とする鬼人。
鬼人が使うのは呪術と呼ばれ、彼らの誰しもが魔術を使わない。
独自で進化した系統であり、鬼人以外どの種族も使えない特殊技術である。
魔術とは一線を引いた存在だ。
呪いといった実体が完全に存在しない術や式神という呪符を媒介とした特別な存在を作り出す事が出来る。
常識外の不思議な現象を起こす術。
そう捉えるのが最も妥当な技術である。
そして、残された森人と翼人だが、彼らこそが魔術を行使する第一人者である。
翼がある分、翼人はエルフに比べ魔力適正が低い為、エルフこそが魔術の最高峰という訳だ。
その代わり、翼人は空中からの魔術行使などがあり、驚異的な所は変わらない。
また、そんな中で、一際異彩を放つ種族がある。
それは海人と呼ばれる特定した国を持たない亜人である。
彼らは海や湖に住み、その生涯の殆どを水中で過ごす。
言うならば、水中こそが彼らの国だ。
海を愛し、水を愛する彼らは他の種族が使えない海系統の魔術を用いる事が出来る。
陸上では人間のマジシャンとあまり変わらないが、近辺に水がある時の彼らはエルフにすら勝ると言われている。
また、それらの他には人間が使える聖術、その中に含まれる癒術がある。
獣人が用いる身体強化、鬼人が用いる呪術、人間が用いる聖術、森人、翼人が用いる魔術。
更に区分するなら、癒術、海系統の魔術などもだ。
これらがこの大陸に存在する摩訶不思議な技術の全てである。
そして、その殆どを効果、威力が弱くても、人間は亜人から学び、扱う事が出来るようになったという。
これこそが“生み出す者”として生を受けた人間の真骨頂であり、唯一、他種族に勝る点であろう。
・・・さて、話を戻そう。
魔術と呼ばれる技術にはいくつかの系統が存在する。
火炎系統と呼ばれる火を操る魔術。
氷結系統と呼ばれる氷を操る魔術。
雷撃系統と呼ばれる雷を操る魔術。
疾風系統と呼ばれる風を操る魔術。
以上、これら四系統である。
ちなみに、実際、海系統も魔術の一種なのだが、これは前記したように海人しか使えない為、魔術の系統には数えられないのだ。
マジシャンが用いる魔術はその威力、習得の難易度で下位、中位、上位、最上位と区分されている。
幼い頃に下位魔術を行使できるかどうかで将来の道が決まるといっても過言ではない。
その為、下位魔術はマジシャンである事の証明ともなる。
しかし、勘違いしてはいけない。
マジシャンでない事と魔力がない事は決して同じ意味ではないのだ。
これは『マジシャンではないのだから、その者がプリーストである』という捻くれた意味ではない。
もちろん、プリーストにも魔力は必要となるのだが、それとは根本的な意味で違うのだ。
人は、人間や亜人に問わず、誰でも生まれつき魔力が体内に備わっているという。
その魔力を魔術として具現化できるのがマジシャン、魔力を癒術など聖術に具現化できるのがプリーストという訳だ。
具現化する術が習得できないから他の兵種になるのであって、決して魔力が備わっていないという訳ではない。
魔術行使にも相性というものがあり、莫大な魔力を持っていても具現化できない為に騎士、武人として名を馳せた者も大陸の歴史には何人かいる。
まぁ、魔力が多く備わっている者の方がマジシャンになりやすいという事実があるのも無視できないのだが。
また、その体内に流れる魔力こそが魔術や呪術、竜などのブレスに対する抵抗力となるのだ。
だから、ソルジャーのような一般兵の中でも異様に抵抗力がある者もいれば、マジシャンであるのに、抵抗力が弱い者などもいるのだ。
兵種のみで魔力の量を判断する事は戦場で最もやってはいけない事の一つである。
「全てを無に帰せ。サイクロン」
「あれはトリーシャが唯一習得した疾風系統最上位魔術よ。トリーシャ。勝負に出たわね」
「おいおい。ミストちゃん。流石にあれはまずいんじゃねぇの?」
「ラ、ラミットさん。そんな軽く言わないでください。最上位魔術なんて、そう簡単に行使できるものじゃないんですよ」
トリーシャの魔術行使に慌てる周囲のメンバー。
最上位魔術はマジシャンにとって一流の証。
宮廷魔術師団員クラスの人間にならなければ行使できない程の魔術である。
それが直撃するとなると、重症を負う事は間違いないだろう。
だが、ミストとてそう甘くない。
「牙剥く者に鉄槌の裁きを。サンダーブリッツ」
「ミストちゃんも最上位魔術を? まだあんなに幼いというのに・・・」
「やるねぇ。エルフって事は関係なしに努力したんだろ? んじゃなっきゃ、こんなに早く強く詠唱できねぇしな」
「そうですね。いくら魔力や威力に優れるエルフでも詠唱に関しては鍛えるしかありませんから」
マジシャンを構成する三つの要素。
それは『魔力』、一回の魔術行使に込められる魔力量、即ち『威力』、そして『詠唱』の三つだ。
魔力、威力に優れている為、エルフは恐怖されているが、詠唱に関しては別である。
たとえエルフといえど、詠唱能力は鍛えるしかない。
詠唱の精度、スピードによって魔術の効果は大きく異なってしまう為、詠唱はマジシャンにとって欠かす事の出来ない重要なものなのだ。
ちなみに、これは余談だが、エルフは幼少の頃から誰でも魔術が使え、エルフの中で一流のマジシャンとなると無詠唱で魔術が行使できるらしい。
確かにそれ程の存在になれば恐れられても不思議ではない。
「・・・ハァ・・・ハァ・・・」
「・・・フゥ・・・フゥ・・・」
共に最上位魔術を行使し、スタミナを激しく消費した二人。
体のあちこちにそれぞれ魔術による傷も残し、既に満身創痍であった。
「両者、引き分け。いいわよね? トリーシャ」
「う、うん。・・・ハァ・・・ハァ・・・ありがとね。ミストちゃん。付き合ってくれて」
「・・・ハァ・・ハァ・・・こちらこそ・・・ありがとうございました」
互いに礼をし、手合わせを終えた二人。
二人は疲れからか、地面に座り込んでしまう。
女の子としてはあまり良い事ではないが、今はそれを言っていられる程、二人に余裕はなかった。
「父上。私も旅に出ていいですか?」
「ん? エルムスト。カリスとの手合わせを終えたのか」
「はい。先程」
そんな一同の下に、カリスを連れたエルムストがやって来た。
「それでどうだったんだ? それと、旅に出るとは?」」
「もう自分が情けないですね。まさか弟にあれ程の差を付けられるとは。という訳で、私も旅に出ていいですか?」
「ハッハッハ。そうか。だが、旅に出られては困るな。現状でどうにか頑張ってくれ」
「分かっています。冗談ですから。しかし、修行に出たいというのは本当です。それ程、私はカリスとの差を見せ付けられてしまいました」
「そうか。それなら、次は俺が手合わせでもするか」
「いいですね。ですが、もう少し待ってあげてください」
「ん?」
「今は少し忙しいみたいですから」
エルムストがある方向に視線を向けながらそうジャルストに告げる。
ジャルストはエルムストが示す方向に視線を向け、その後、笑みを浮かべて『そうだな』と呟く。
その視線の先にはトリーシャとミストを回復するカリスの姿があった。
~SIDE トリーシャ~
「兄さん。引き分けちゃった」
「・・・カリスさん」
「二人とも、お疲れ様。残念ながら、勝負は見れなかったが、二人の傷を見る限り、熾烈な争いだったようだな」
う~ん、熾烈かぁ・・・。
まぁ、確かに最上位魔術も使って、激しくぶつかったけど・・・。
「でも、ミストちゃん。まだまだ魔力に余裕がありそうなんだよね。私なんてもう底ついちゃったのに」
「ハハハ。そうか。まぁ、ミストは魔力が大丈夫でも体力に限界が来ているようだからな。引き分けは妥当だろ」
「・・・はい。疲れました」
そっか。
そうだよね。
ミストちゃんはまだまだ幼いもんね。
それなのに引き分けた私って・・・。
「そう落ち込むな。トリーシャ。ミストは俺達天竜騎士団自慢のマジシャンだぞ。それに引き分けたんだ。寧ろ自慢に思ってくれ」
「・・・そんなカリスさん。恥ずかしいです」
うん。
そう思おう。
エルフだっていうのは置いといて、ミストちゃんは兄さんが率いる国中で噂される有名な騎士団唯一のマジシャンなんだ。
兄さんだってミストちゃんを凄く鍛えただろうし、騎士団として行動しているんだから、戦闘経験も豊富な筈だ。
うん。
そうだよ。
そんな凄い人と引き分けたんだから、私もきっと凄いんだよ。
うん。
・・・ごめん、そう思わないと挫折しそう。
「さて、終わったぞ」
あ、いつの間にか傷が全部治っている
流石、兄さん。
相変わらずの癒し手。
「ありがとう。兄さん」
「・・・ありがとうございます。カリスさん」
う~ん。
傷は治ったけど、まだ当分動きたくない気分。
「・・・・・・」
ん?
何だろう。
ミストちゃんが兄さんを見上げてる。
「分かった分かった。ほら」
すると、兄さんがおんぶの動作を・・・。
「って、兄さん。何してるの?」
「ん? あぁ。疲れて動けないっていうからな。俺が運ぶしかないだろう?」
「・・・・・・」
やるな、ミストちゃん。
兄さんの背中はさぞかし気持ちが良いだろう。
こうなったら、私も。
「エルムスト兄さん」
「・・・お前、もう十七だろ」
「うぅ。それは言わない約束でしょう・・・」
「何だ? それは」
兄さん、分かってないよぉ。
女性に歳を聞いたり、女性の歳を誰かに言ったりするのは、それはもう大変! 大変失礼な事なんだよ!
「とにかく、だ。俺はやらないぞ」
兄さんの馬鹿ぁ~~~。
・・・結局、誰もおんぶしてくれないみたいだったから、自分で移動する事にしたんだ。
私だって疲れてるのにぃ!
~SIDE OUT~
~SIDE ラミット~
「凄ぇな。流石はアナスハイム家。父も子も半端ねぇ」
「そうですね。カリスさんも当主様も互いに一歩も引きません」
ダンナの妹とミストちゃんの手合わせを終え、最後にダンナと当主の手合わせをやる事になった。
ミストちゃんとダンナの妹は屋敷の方で休ませているらしい。
まぁ、あれだけ疲れていたからな、当然だろう。
しっかし、何て手合わせだ。
ダンナのハルバードも相変わらず巧みだけどよぉ、当主の剣捌きはそれ以上に巧みだ。
リーチで言えば、ダンナの方が優れているけど、それも卓越した剣捌きでは無に等しいな。
いや、剣士として、当主さんの剣捌きは本当に良い勉強になるねぇ。
「やるようになったな。良い太刀筋だ」
「父上こそ。まるで衰えのない太刀筋。鍛えてましたね」
「当たり前だろう。我がアナスハイム家の誇りは武。それを疎かにする訳がなかろう」
「そうですね。では、今度は俺から攻めます」
そう言うと、ダンナはハルバードを真横に構え、その神速の如き突進からひたすら槍のように突き始めた。
いやぁ、俺はあれにやられちまったんだよな。
視界一杯に矛先が見えるだなんて、どんな速さだよ。
あれはもう、悪夢だな、夢にも出たし。
でも・・・。
「なるほど。確かにこれだけの速度があれば、大抵の者は敗れよう。だが、まだ・・・まだまだ甘い!」
なんて野郎だ。
当主はその一つ一つにきちんと対応し、最後に剣を振り抜く事でダンナの突きを止めやがった。
一つの剣に生涯を懸ける男の背中って奴を見せられた気がするぜ。
「流石ですね。父上。これを止められたのは久しぶりです」
「まだまだお前には負けんよ。さぁもっと本気を出せ」
本気を出せって、まだまだこれよりも先があるって事かい?
ホント、化け物だよ、どっちも。
「行きます!」
「来い!」
両者が互いに武器を振りかぶり、そして、全力で振り切った。
ガンッ!
重々しい低音が辺りに響き渡る。
全く、武器同士がぶつかったような音じゃなかったぞ。
何て轟音。
何て衝撃。
いや、こんな剣士に成りたいもんだね、全く。
まぁ、俺は剣なのに手数で勝負する剣士としては変なタイプだから、こんな風にはなれないだろうけどな。
え?
こういうのを目指せって?
んな事するかい。
俺だって、自分の戦術に誇りを持ってるんだぜ。
そう簡単にスタイルは変えられねぇよ。
でもまぁ、これじゃぁ、当分、決着はつかないだろうな。
・・・と思っていた矢先に、すぐさま決着がついた。
その切欠は、どちらかの勝利という望ましい決着ではなく、慌しく割り込んできたダンナの妹とオハランっていう執事みてぇな奴の叫び声だった。
~SIDE OUT~
「旦那様。カリス様。申し訳ありません」
「どうした? オハラン」
「父さん。兄さん。ごめんなさい」
「トリーシャ。どうしたんだ?」
慌てた様子で駆け込んできた二人にカリスとジャルスト、それだけでなく、誰もが困惑の表情を浮かべていた。
手合わせの途中で飛び込んできた為、若干、苛立ちを感じたが、その様子から緊急事態である事が分かり、ジャルストは先を促した。
「ミ、ミスト様が誘拐されました」
「誘拐だと!?」
声をあげるジャルスト。
カリスは真剣な表情を二人に向ける。
「どういう事だ?」
「申し訳ありません。私が眼を放したせいです。先程、ミスト様がお休みになっていた部屋が騒がしく確認いたしました所、トリーシャ様だけしかおらず」
「私がミストちゃんの叫び声を聞いて駆けつけた時にはもう連れ去られた跡だったの。ごめんなさい。兄さん」
二人の言葉にカリスは苦虫を噛み潰したかのような表情になる。
「そうか。どこに向かったか分かるか?」
「ごめん。兄さん。分からないの。でも、多分、ミストちゃんの叫び声が海の方向から聞こえてきたと思う」
「海・・・か。すまん。ラミット、アリア。力を貸してほしい」
「んな事聞くまでもねぇだろ」
「はい。ミストちゃんは大切な仲間ですから。もちろん、助け出します」
「助かる。ローゼン。お前は匂いを追ってくれ。出来るな? 見つけたら合図も頼む」
「分かりました。カリス様。必ずや見つけてごらんにいれます」
「アリアは空からそれらしい者達を探してくれ。ラミット。お前は街で聞き込みを」
「分かりました」
「はいよぉ。さて、頑張るとしますか」
「カリス様。私もお使いください。もとはと言えば、私の責任です」
「いや。お前のせいじゃないさ。オハラン。だが、力は貸してもらう。お前はルルの所へ。賢いあいつの事だ。俺が呼んでいるといえば俺の所まで来れる筈」
「分かりました。すぐに」
次々と指示を出していくカリスに家族達は呆気にとられていた。
だが、事の次第を思い出し、カリスに声をかける。
「カリス。俺達も手伝うぞ」
「ええ。ミストちゃんの為ですもの」
「助けは多いほうがいいだろう?」
「私も手伝うよ。兄さん。私の責任でもあるんだし」
「助かります。ですが、一つだけ言わなければなりません」
家族からの申し出に頭を下げるカリス。
だが、頭を上げ、彼らを見るカリスは覚悟を決めた表情をしていた。
「もし、今回の誘拐が他貴族の仕業であったのなら、迷わず俺を追放してください」
「カリス。お前、何を・・・」
カリスの言葉に、エルムストが困惑した表情を浮かべる。
「兄上。父上。母上。貴方達なら分かっている筈です。そのような状況で俺を匿う事は命取りになると」
「・・・・・・」
カリスの言葉に、家族達は黙り込んでしまう。
確かに他貴族の犯行であったのなら、それは即ち、亜人の存在がバレているという事になる。
それを王家に報告すれば、たちまちアナスハイム家には処罰が下る事だろう。
伯爵でありながら、多大な影響力を持つアナスハイム家の権威を落としたい連中はそれこそ虫のようにいる。
そんな者達に利用され、家族達に迷惑をかける訳には行かないとカリスは懸念しているのだ。
「幸い、アナスハイム家には兄上がいらっしゃいます。当主は兄上が受け継ぐ事になっているので次男である俺を追放した所でさほど問題にはなりません」
真剣な表情を浮かべるカリスに対し、困惑していた家族達も真剣な表情で答える。
「カリス。俺が家族であるお前を追放するとでも思っているのか?」
「父上。俺ももう大人です。そのような状況で俺を匿う事の危険性は重々承知しています。だからこそ言っているのです」
「カリス。我が子を追放するだなんて・・・。私達は家族なのよ。たとえ、貴方と私に血の繋がりがなくても、私達は親子なの」
「同じ血が流れていない俺を家族同然に、いえ、家族として扱ってくれた恩義は忘れません。ですが、俺のせいでアナスハイム家の血を絶えさせてしまう訳にはいかないのです」
「兄さん。そんな事言わないでよ」
「すまない。トリーシャ。だが、事実なんだ。俺一人とアナスハイム家の血では価値が違いすぎる。俺を犠牲にしてでも、アナスハイム家は血を残さなければならないんだ」
カリスの言葉は正論であり、反論する余地はどこにもなかった。
実際、他貴族では問題を起こしたのが次男や三男ならば、関係性を切る事で問題を解決としている事が多い。
責任逃れという事になるが、それ程、貴族としての血、家名を残すというのは大切な事なのだ。
長男ならば、当主となる為、どうにかして問題を解決するが、それ以下ならば追放してしまった方が手っ取り早く、安全である。
危ない橋を渡る事無く、一つ決断するだけで問題解決が出来るからだ。
「父上。ご決断ください。いえ。もはや他の選択肢はないはずです。俺とアナスハイムの血。どちらが護るべきか。お分かりでしょう?」
「・・・・・・」
「カリス。お前の言いたい事は分かるが、それも仮定でしかない。今は問題解決を優先するべきではないのか?」
「そ、そうだよ。兄さん。まだ他の貴族の仕業だって決まったわけじゃないんだから」
「カリス。急いで結論を出す必要は今はないと思うわ。今はミストちゃんを助けに行く方が大事でしょ?」
問題の先延ばしでしかないこの提案。
だが、決して間違った事を言っている訳ではない。
「・・・分かりました。取り乱してすいません。ですが・・・」
「・・・・・・」
「ですが、もしもの時の覚悟だけはしておいて下さい」
真剣な表情で家族達を見詰めるカリス。
家族達は、そんなカリスに対し、黙り込むしか出来なかった。
そう、既にカリスは覚悟を決めていたのだ。
亜人であるローゼンとミストを領地内に住まわせてもらった時から既に。
アナスハイム家からの追放。
それはカリスから家族の絆を断ち切る事になってしまう。
アゼルナート国内での後ろ盾、精神的安らぎが得られる場所を失う事になってしまう。
何より愛する家族をも失う事に・・・。
それでも、カリスは覚悟を決め、二人を領地内に住まわせてくれるよう領民、家族に頼み込んだのだ。
覚悟を決めつつもこうならないことを願いながら。
無論、解決する手段が他にない訳ではない。
ミスト、ローゼンから直ちに縁を切り、自分達との関係性を絶ってしまえばいい。
そうすれば、『何も知らなかった』という弁解が作れる。
だが、そうなれば、二人は捕まり、何をされるか分からないだろう。
もし逃げ切ることが出来たとしても、カリスという精神的な支えを失った二人はどうなるだろうか。
そう、間違いなく、死を選ぶ。
それは彼女らのカリスに対する『依存性』から来るものだ。
もしカリス達との関係性を絶たれ、追放されたら、彼女らはこう思う筈だ。
『裏切られた』と。
絶対の主として忠誠を誓ったローゼン。
大切な人と言い切り、カリスを心の底から慕っているミスト。
そんな二人がカリスから裏切られたと感じれば、ショックから自暴自棄になってもおかしくない。
自我を失くす程に悲しむ事も容易に想像できる。
たとえカリスの謝罪と共に仕方がないと割り切って逃げたとしても、日が経っていく内に絶望し、衰弱し、最終的に死を選ぶ事だろう。
それ程、二人のカリスに対する想いは深く、強いのだ。
想いは時として『依存』を生み、自らを縛り、苦しめてしまう。
そんなカリスに『依存』している二人に、カリスの傍から離れるという選択肢は始めから存在していない。
そんな事なら、二人は潔く死を選ぶだろう。
そして、二人を切り離すという選択肢が始めから存在していないというのはカリスも同様である。
仁義に篤く、甘さを捨てられないカリスでは、理屈で分かっていても最善と思える手は打てない。
将来性、損得を考慮すれば、二人を追い出すのが最もカリスの為になるだろう。
だが、既に身内であり、家族同然に考えている二人をカリスが見捨てられる訳がない。
それは家族達にだってわかっている事だろう。
それならば、カリスはアナスハイム家という家族を捨てるのか?
そうカリスに問えば、カリスは首を横に振るだろう。
では、アナスハイム家はカリスという存在を家族から除外するのか?
そう家族達に問えば、家族達は首を横に振るだろう。
関係性がなくなり、疎遠になり、もう二度と会う事が出来ない。
そうなったとしても、カリスにとってはアナスハイム家は家族であり、帰るべき場所なのだ。
決して想いまで捨てる訳ではない。
カリスとはそういう人間なのだ。
世間には『見捨てた』、『逃げた』。
そう思われるかもしれない。
それでもカリスもカリスに対する理解の深い家族達も想いを捨てる事は決してないだろう。
彼らは何があっても家族なのだ。
それは両者どちらにもある認識である。
彼らの絆もそれほどまでに深く強い。
だからこそ、家族を支える大黒柱である父、ジャルストはこう言う。
「お前の言いたい事は分かった。覚悟を決めよう」
「あなた!」
「父上!」
「父さん!」
「ありがとうございます。父上」
「だが、そう簡単に俺が諦めると思うな。家族を救う為に動かぬ程、俺は薄情ではない」
カリスを射抜かんばかりに睨みつけ、そう告げるジャルスト。
その瞳には、カリスに負けない程の意思が込められているようだった。
「・・・・・・」
そんなジャルストに言葉を失うカリス。
だが、すぐに表情を変え、こう告げる。
「ありがとうございます。父上。やはり貴方が父で良かった」
その表情とは笑顔。
心の底から訴える尊敬と歓喜の笑みであった。
「急ぐぞ。カリス」
「はい。兄上」
笑みを浮かべ、カリスにそう告げるエルムスト。
エルムストだけではない。
家族の誰もが笑みを浮かべ、カリスを見詰めていた。
その視線は家族にだけ向けられる想いの込もったとても意味のあるものだ。
この時、彼らの家族としての絆は更に深まったのかもしれない。
そして、カリスと家族達は真剣な表情で頷きあう。
『今は“家族”であるミストを救い出そう』と。
ミストが攫われたであろう方向を睨みつける家族達の視線にもまた家族に対する想いが込められていた。
彼らにとって紛れもなくミストは家族の一人だったのだ。
「兄さん。絶対ミストちゃんを救い出そうね」
エルフに怯え、距離を置いていたトリーシャ。
しかし、今の彼女にとってミストとは大事な妹分。
絶対に失う訳にはいかない存在なのだ。
「・・・・・・」
他の家族達にとってもそうだ。
始めはカリスの仲間という存在でしかなかったのかもしれない。
だが、接していく内に、彼らにとっても大事な存在へと変わっていたのだ。
必ず救い出してみせる。
その想いが誰の瞳にも込められていた。
「ダンナ。港に見たこともねぇ船があるって情報が入ったぜ」
「カリスさん。それらしき二人組が港へと向かっていました。きっとラミットさんの言う船に向かったんだと思います」
そこに現れる騎士団の仲間達。
彼らにとってもミストは失う事の出来ない大切な存在なのだ。
今までにない程、彼らの表情は真剣で、頼もしかった。
「分かった。今、ローゼンが先行している。俺達も全力で追うぞ。父上。母上。兄上。トリーシャ。力を貸してください」
カリスの問いかけにその場にいる全ての者が力強く頷いた。
そして、アリア先導のもと、彼らは全力で走り出した。
一刻も早く、ミストを救わんが為に・・・。