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第十二話 共存の尻尾




~SIDE バニング~


「すまなかった」


「・・・・・・」


突如、下げられた頭。


俺はこいつに頭を下げられる理由が分からなかった。


「・・・何故、謝る? お前には関係ないだろう」


「・・・・・・」


「黙り込んでいては分からない。お前に関係ない事で、何故お前が謝る」


「・・・関係あるんだ」


どういう意味だ?


「・・・俺は以前、セイレーンの王宮部隊に所属していた。そこでの俺の役目は亜人の保護、密漁団らの討伐だった」


「・・・・・・」


「だというのに、俺はお前達のように奴隷として扱われているという事を知らず、お前達を助ける事が出来なかった」


・・・そういう事か。


だが・・・。


「だが、相手は貴族だったんだ。ただの兵士が相手されるわけないだろう?」


「いや。あの時の俺には、それだけの力があった筈だ」


「己惚れではないのか? お前、名前は?」


「・・・カリス。カリス アナスハイムだ」


「やはり聞いたことのない名前だ。そんなお前にそれだけの力があったとは思えない」


「セイレーンでの名前はラインハルト。王宮部隊、その中でも亜人種保護部隊では隊長を務めさせてもらっていた」


「・・・ラインハルトか。・・・確かに聞いた事があるな」


ラインハルト。


確かに何度か聞いた事のある名前だ。


俺が奴隷だった時に貴族やら使用人やらがその名前を口にしていた気がする。


『もし見つかってしまったら処罰が下る』と。


「俺にはお前達を助けるだけの力があった。それなのに、お前達のことを助ける事をせず、お前達に辛い思いをさせていた。・・・本当にすまなかった」


だが、こいつが謝る必要はないはずだ。


「お前の言いたい事は分かった。だが、既に終わった事でもある。それに、お前にはやはり関係のないことだ」


「・・・・・・」


「お前がどのような役職で、どのような責任を負っていたのかは知らんが、それでも出来ないことはあるものだ。現実はそう甘くない」


そう、現実は甘くない。


それは俺が、俺達が一番分かっている。


「それでも、俺はお前達に謝らなければならない」


ッ!


「いい加減にしろ! いつまでも自分に責任があるようなことばかり言いやがって! お前に謝られたって何も変わらないんだよ!」


「・・・・・・」


俺は眼の前にいた男、先程まで頭を下げていた男に掴みかかった。


「お前が謝った所で過去に戻れる訳ではない。母が死に、父が死んだ事実が覆るわけではないんだ。それなのに、いつまでもいつまでも」


「・・・・・・」


黙り込んでやがって!


「この野郎!」


俺は力の限り、眼の前の男をぶん殴った。


そうでもしないと刀を抜いてしまいそうだったからだ。


「・・・クッ」


「カリスさん!」


「・・・あ」


「兄さん!」


吹き飛ばされ、地面に転がり込む男。


当然だ。


本気で殴ったんだからな。


「・・・・・・」


だが、それでもこの男はただ無言で頭を下げている。


・・・この男は・・・。


今きっと、俺の顔には憤怒の表情が浮かんでいる事だろう。


人間であるこいつが、俺達の気持ちが分かるわけがない。


人間の国にいる亜人の気持ちが分かる訳がないんだ。


人に追われ、寝泊まる場所もなく、碌な食い物もない。


何もしていないのに、姿を見られれば恐れられ、危害を与えたかのように討伐しようと襲い掛かってくる。


どちらが醜いのか。


人間達は理解していない。


「いい加減にしろ!」


もう一度殴ろうと俺は眼の前の男に勢い良く飛び込む。


その時、視界の隅に銀色の何かが見えた。


~SIDE OUT~










~SIDE イリア~


「やめて! 兄さん」


兄さんがまた男の人を殴ろうとしている。


それを私は必死に止めようとするけど、兄さんに私の言葉は届いていなかった。


当たる。


そう思って、眼を閉じてしまいそうになった瞬間。


「カリス様!」


銀色の何かが視界に飛び込んできた。


その何かは兄さんの拳を両手で受け止めると、兄さんを睨みつけた。


「貴様! カリス様になんて事を」


眼を凝らして見てみると、それは・・・。


「亜人・・・。しかも、銀狼だと・・・」


そう、銀色の何かとは全身が銀色に輝く獣人の中でも高貴な種族に属する銀狼の女性であった。


「誇り高い銀狼が何故、人間なんかと・・・」


兄さんの疑問は当然だった。


私達にとって、人間とは憎むべき存在。


それは奴隷だった人達皆がそう思っていた。


だから、亜人の全てが人間に対してそのような感情を持っていると考えていた。


集落にいた亜人だって、感謝はしていたものの、人間自体を信頼している様子ではなかった。


でも、今のあの人の姿は・・・。


「ローゼン。やめろ。これは俺とこいつらの」


「主に手を出されて黙っている訳にはいきません!」


心の底から、人間であるあの男性を慕っているようだった。


「何故だ? 何故、亜人が人間を主と呼ぶ。お前は人間が憎くないのか?」


「憎む? 私がカリス様を? そんな事ある訳がない!」


「何故だ!? お前とて亜人だろう。亜人にとって人間なんて」


「全ての人間が亜人を蔑んでいるわけではない。敵対心を持っているわけではない。殺そうと思っているわけではない。勘違いするな!」


「グッ・・・」


銀狼の女性から紡がれる言葉は力強く、確固たる自信に漲っていた。


「カリス様は、我が主は、私が亜人であることなどまるで気にせず接してくれる。仲間だと信頼してくれる」


「・・・・・・」


「私がいて困る事もあった筈。それでも、ずっと私を傍に置いてくれた。亜人を憎んでいた筈なのに、それでも私優しくしてくれた。助けてくれた」


「ローゼン。お前・・・俺が亜人を憎んでいたと知って」


「私だってそれ程鈍くはありません。時折、私の事を複雑そうな眼で見ていましたから。きっと、カリス様も亜人を憎むような何かがあったのでしょう」


「・・・・・・」


亜人を憎む何か・・・。


・・・亜人が人間を憎むように、人間が亜人を憎む事もある。


何だろう。


凄く悲しい。


「それでも、カリス様は、憎んでいる筈の亜人である私は受け入れてくださいました。それが私には嬉しくてたまらなかったんです」


「・・・わ、私もです!」


銀狼の女性に続くように先程まで俯いていた少女が声をあげた。


見るからに内気で、ずっと黙り込んでいた事から人見知りが激しいのだと分かる。


それでも、初めてあった私達にこれだけの声をあげたんだ。


きっと、それだけ私達に伝えたい何かがあったのだろう。


大事な想いが込められているのだろう。


「・・・わ、私はエルフです」


そう言って、被っていた帽子を取り、隠れていた先の尖った長い耳を晒す少女。


「エル・・・フ?」


呆然とする兄さんと私。


滅多に国から出ず、見るだけでも珍しいエルフが何故こんな所に・・・。


・・・ん?


でも、おかしい。


エルフという事は亜人。


亜人が聖術を行使できるわけがない。


それなのに、さっき兄さんの治療に聖術を、癒術を使っていた。


そんな事、絶対にありえない筈。


「どういう事だ? 何故、エルフがここにいる? それに、何故、エルフが癒術を使えた?」


兄さんも同じ事を思いついたみたい。


奴隷だった時、誰かが怪我をして苦しんでいても回り全てが亜人だったから誰一人癒術が使えず、何も出来ない自分達に歯痒いも思いをしてきた。


絶対的に、亜人には癒術は使えない。


そう教わり、それは当然の事だった筈だ。


それなのに・・・。


「・・・わ、私は・・・」


「ミスト! 言うな! 言わなくていい!」


「・・・いえ。言わせてください」


慌てる男性。


それでも、少女の眼には力強い光が宿っていた。


「・・・私はエルフと人間の間に出来た子供です。だから、人間でもなく、亜人でもありません」


「なっ!?」


「えッ?」


人間と亜人の間に出来た子供?


そんな事って・・・。


「ッ!」


先程血を吸わせてもらった少年も知らなかったのか、驚いた顔をしていた。


「・・・私が聖術を使えるのは母さんがプリーストだったからです。・・・父さんの事はあまり覚えていません」


プリースト。


確か、聖術を使える者の総称だった筈。


「・・・私が物心ついた時。既に私の家は森の奥深くでした。おぼろげながら覚えているのは、大きく綺麗だった庭だけ」


寂しそうに言葉を紡いでいく少女。


「・・・それから私達はずっと森の奥深くで暮らしていました。母が人間である為、エルフの街へは行けず、私にエルフの血が流れている為、人間の町へも行けず」


「・・・・・・」


「・・・日々、数少ない食料を少しずつ食べ、どうにか生き長らえてきました。でも、いつしかその食料もなくなってしまいました」


「・・・・・・」


黙り込む私達。


彼女の話に言葉も出ない。


「・・・一人で生き抜く力のない私の代わりに、母さんは慣れない森生活を必死に頑張ってくれました。その時の私は本当に邪魔ばかりしていたと思います」


「・・・ミスト」


先程の少年が心配そうに呟く。


「・・・母さんは私の為に頑張り続けてくれました。少ない食料なのに、自分は我慢して私にくれたり、したこともないだろう狩りを必死にしてくれたり」


不慣れな事を娘の為だけに必死にし続ける。


そんな姿が私達に母さんの事を思い浮かばせる。


「・・・それが祟ったんだと思います。母さんは身体を壊して・・・寝込んで・・・しまいました。・・・その時・・・私は・・・何も・・・出来なくて・・・」


ポロポロと少女の瞳から涙が流れ出した。


「もういい。ミスト。もういいんだ」


そんな少女を先程の男性が抱き締める。


そして、優しく目元の涙を手で拭いてあげていた。


「・・・・・・」


その光景は私達に更なる衝撃を与えた。


人間が亜人を慈しみ、支えてあげているのだから。


「・・・カリスさん。・・・大丈夫です。でも、そのままでお願いします」


「ああ。分かった」


涙を流しながらも、私達の方を強く見詰める少女。


「・・・母さんの眼が開かなくなった頃、私はカリスさんに会いました。人間が怖かった私は必死に森の方へと逃げました」


当たり前だと思う。


今まで避けてきた人間がいきなりやってきたら、誰だって逃げる。


「・・・でも、カリスさんは私を追い続けてきました。捕まったらどうなってしまうんだろうと私は必死に逃げました」


「・・・・・・」


抱き締め続ける男性。


「・・・必死に逃げても敵う訳がなく、私は肩に手を置かれてしまいました。『私は何をされてしまうのか』と恐怖に震え、必死に眼を瞑っていました」


「・・・・・・」


心配そうに少女を見詰める少年。


「・・・でも、やって来たのは痛みではなく、温もりでした。とても暖かく、身を委ねても良いと思わせる不思議な温もり」


「・・・・・・」


銀狼の女性はただただ少女を慈しむように眺めている。


「・・・眼を開けるとカリスさんが私を抱き締めてくれていたんです。耳を隠してなく、亜人であると分かっているはずの私を力強く、暖かく」


亜人だと分かっていても、まるで気にせず抱き締めた。


私達が持っている人間像とはあまりにも違いすぎた。


「・・・その時、私は救われたんだと思いました。そして、母さんを失った悲しみに暮れ、後を追おうかと思っていた私に母さんの言葉を思い出させてくれたんです」


・・・母さんの言葉。


「・・・生きて幸せになりなさい」


「・・・生きて幸せになってね」


ほぼ同時に、少女と私がそう告げる。


そして、私と少女の眼があった。


「・・・はい。それが母さんの願いでした。・・・私はカリスさんに全てを話しました。自分が亜人と人間の間に生まれた事。ずっとこの森で生きてきた事」


私の眼を見ながら、真剣な表情で語る少女。


「・・・そして、母さんが死んだ事」


少女の瞳に悲しみの色が浮かぶ。


でも・・・。


「・・・・・・」


すぐに男性が頭を撫で、少女は元に戻った。


本当に慕われているんだな。


そう思った。


そして、その光景に、私は違和感を覚えなくなってきた。


それは、きっと、男性の内面を知り、少女の気持ちを知ったからだと思う。


「・・・それから、カリスさんは母さんのお墓を作ってくれました。一緒に母さんの死を悲しみ、そして、母さんの為に祈りを捧げてくれました」


「それしか俺には出来なかったからな」


「・・・そんな事ありません。本当に嬉しかったです」


ちょっとだけ、少女が微笑んだ気がした。


「・・・その日から、私はカリスさんと一緒に旅をしました。私にとって、全てが眼に新しく、全てが新鮮で、全てに感動しました」


今まで森の中でしか暮らしたことのなかった少女にとって、外の風景はそれ程の意味があったって事。


「・・・カリスさんは約束してくれました。『色々な風景を見せてやる』って。エルフである私と旅をするのは苦労ばかりの筈なのに。それでもカリスさんはまるで気にせず」


「ミスト・・・」


「・・・失われたと思っていた温もりを、暖かさをカリスさんがくれました。本当に嬉しくて。本当に心地よかった」


「・・・・・・」


「・・・私は亜人ではないかもしれません。でも、これだけは言えます。カリスさんは亜人でも人間でも、誰でも気にせず、あるがままに受け入れてくれるって」


なんて強い子だろうって思った。


亜人でもない。


人間でもない。


そう自覚する事がどれだけ怖い事か・・・。


それでも、この子はそれを正面から受け止めて、強く生きている。


ホントになんて強い子だろうって思う。


「・・・そんなカリスさんを私が憎める訳がありません。カリスさんは私にとって本当に大切で大好きな人ですから」


そう言い切った少女の顔には眩しいくらいの笑みが浮かんでいた。


それは『心の底からそう想っている』と力強く私達に訴えていた。


亜人と人間が分かり合っているこの光景は、私にとって眩しく映った。


~SIDE OUT~










~SIDE ロラハム~


「・・・・・・」


ミストが人間と森人のハーフだっただなんて・・・。


そんな辛く、重い生まれ方をしていただなんて僕はまるで知りませんでした。


人間にも亜人にも受けいれてもらえない寂しさ、苦しみ、辛さ。


僕には到底わからない事でしょう。


でも、カリスさんという救いの手を差し伸べてくれる存在が現れた。


きっとミストはその時、本当に嬉しく、心から救われたんだと思います。


「貴方達はきっと、亜人の事を人間なんかが分かる訳がない。そう思っているんでしょうね」


ローゼンさんがそう告げます。


その顔は真剣で、射抜かんばかりの鋭い視線を相手に向けています。


「でも、カリス様は人間の国で亜人がどれだけ苦労するか、どれだけ碌な眼にあっていないか、その全てを知った上で、私達を傍に置いてくれた」


「・・・・・・」


「人間だから亜人の事は理解できない? そんな事、亜人達の勝手な考えだわ。私はカリス様に学んだの。亜人だって人間だって分かり合えない事はないって」


「・・・私もです。私もそう思っています」


「・・・・・・」


「僕もそう思っています」


僕がそう告げると皆の眼が一斉にこちらに向きます。


その瞬間、少し身がくすんでしまいましたが、それでも僕は言い切りたいと思います。


僕の気持ちもぶつけたい。


そう思ったからです。


「僕は人間です。もちろん、始めは亜人と共に旅をするなんて怖いと思っていました。でも、旅をしていく内に、人種の壁なんて存在しないって思ったんです」


「・・・ロラハム」


「共に笑い、共に苦しみ、共に支えあって。何を怯える必要があるんだろう? こんなにも暖かい人なのにって」


そう、本当に暖かい。


ローゼンさんはまるでお姉さんのように暖かく、そして、厳しくて。


ミストはまるで妹のように可愛らしく、そして、手が焼けて。


「本当に僕達は家族のように日々を過ごしていったんです。もちろん、だから亜人のこと全てを理解しているという訳ではありません。でも・・・」


「・・・・・・」


「でも、亜人の事を分かってあげられる人間だっているんです。少なくとも、カリスさんと僕は亜人だからといって受け入れないなんて事はありません」


間違いないんです。


亜人の為になんて言えるほど僕は強くありません。


でも、亜人だからといって拒む程、僕は弱くありません。


カリスさんのように、僕もあるがままを受け入れたいと思っています。


「・・・強いな、お前達は」


ボソッとそう告げられました。


その顔には、先程の憤怒の表情はなく、どこか満足したような笑みが浮かんでいました。


~SIDE OUT~










~SIDE バニング~


「・・・強いな、お前達は」


本当に、俺はそう思った。


俺は人間全てを憎んでいた。


奴隷にされた。


母を、父を殺された。


それだけで俺は人間の全てが許せなくなった。


でも、この男は・・・。


「・・・・・・」


「お前も亜人を憎むような事があったんだな?」


「・・・ああ。亜人全てを滅ばしてやろうと思う程の事があった」


「・・・そうか。それでも、お前は亜人を受け入れたんだな」


「・・・そうだな。師匠と呼べる人物に諭された。亜人の行い全てを亜人全体の罪にするというのは間違っているとな。もちろん、俺とてすぐに納得は出来なかった」


「それを変えたのは?」


「仲間・・・いや、そうだな。家族達の存在だ」


家族。


俺にとってのイリアのような存在。


「家族・・・か?」


「ロラハムの言葉を借りるならな。俺にとって、ローゼン、ミスト、ロラハム。共に旅をした奴ら全員が家族同然、いや、家族そのものだ」


「家族? 血の繋がりがなくてもか?」


「俺に言わせてもらえば、家族の関係に血の存在なんて無関係だ。笑いあい、悲しみあい、そして、支えあっていれば、それは家族なんだと俺は思う」


「・・・血の存在は無関係。それならば、お前の父は、母は家族ではないという事か?」


もし、肯定するのなら、俺は許さないだろう。


無関係という考えかもしれないが、血の存在はそれでもやはり絆なんだ。


それを否定できる程、血というものは軽い存在ではない。


「父、母、兄、妹。もちろん、俺にとっては大事な家族だ」


「それならば・・・」


血の存在も家族という証であるという事ではないのか?


「だが、そんな家族とも俺は血が繋がっていない」


「えッ? カリスさん」


「・・・カリス様」


「・・・・・・」


家族とも血が繋がっていない?


どういう事だ?


男の仲間達も眼を見開いて男を見ている。


どうやら誰もが知らない事みたいだ。


「お前達やローゼンに両親がいたように。ミストに、ロラハムに母がいたように。俺にも母や父がいた筈だ。だが、俺はその存在を知らない」


両親の存在を知らない。


血の繋がりを誰からも感じられない。


「生まれてすぐの状態で俺は拾われたらしい。本当の両親は俺を捨てたのか? 理由あって仕方がなかったのか? それは俺にもわからない」


「・・・(だから、ジャルストさんもマズリアさんもどこか余所余所しかったんですね・・・。カリスさん)」


「だが、今の両親は俺を本当の子のように扱ってくれた。兄は俺を気にかけてくれた。妹は俺を兄と慕ってくれた」


「・・・カリス様」


「・・・カリスさん」


どこか、寂しそうな、辛そうな眼で男を見る少女と女性。


でも、そんな二人に、男は笑いかけ、安心させていた。


「血の繋がりなんてなくても、俺にとっては本当に愛すべき家族なんだ」


感情の読めない表情で遠くを見詰める男。


その胸には一体何が浮かんでいるのだろうか?


悲しみか?


苦しみか?


・・・いや、きっと、喜びなんだろう。


血の繋がりがない自分にだって愛する家族がいるという。


「もちろん、血の繋がりを軽視する訳ではない。血の繋がりは本当に大切な絆だからな。だが、家族であるというのに血というものは必ずしも必要ではないと俺は思う」


「・・・必要ない。それならば、家族であるという証は何なんだ?」


「証? 証なんていらないんじゃないか? 必要なのは互いを想える気持ちだけ。互いを支えたいという気持ちだけ。ようは、心の持ちようだと俺は思う」


血の繋がりではなく、心の持ちよう。


それならば、俺にとって、共に奴隷として過ごしてきた皆も家族だったという事なのだろうか?


・・・そうだな。


奴隷という苦しい環境を共に支えあって生きてきたんだ。


きっと、彼らも俺にとっては家族だったんだな。


「・・・そうか。そうだな」


俺はイリアを見る。


「・・・兄さん」


イリアは俺にとって掛け替えのない存在。


大切な妹。


でも、それは血が繋がっているからという訳ではない。


幼い頃から共に過ごし、いつも奴隷として苦しめられている俺を支えてくれた。


もちろん、『俺だけ奴隷なのに、何でこいつは』と思った事もある。


でも、それでも憎め切れなかった。


それは疲労している俺を労い、気遣い、笑顔で癒してくれたこいつの存在があったから。


そんな妹だからこそ、俺は本当に大切に思っている。


だから、俺はこいつを護ってやりたいって思えるんだ。


そこに血の繋がりなんてものはまるで関係がない。


・・・そうだな。


本当に、家族なんて、血の繋がりではなく、心の持ちようだ。


ただ、俺はこいつが大切なだけだから・・・。


~SIDE OUT~










「それで結局、お前達はこれからどうするんだ?」


話が一段落した頃、いつの間にかいたセリスが二人にそう問いかける。


ローゼンがいるのだから、迎えにいったセリスがいるのは当たり前の事だが、どうやら話に入り損なったようだ。


それはアリアも同様だが、アリア自体はラミットの隣できちんと話を聞いていた。


空回り気味のセリスであった。


「先程も言ったが、俺達は吸血鬼の里を探し回ろうと思っている」


「吸血鬼の里か・・・。でもよぉ、それってすぐに見つかるものなのか?」


「分からない。だが、恐らくそう簡単に見つかるものではないだろう」


「そうね。吸血鬼はただでさえ希少な存在。それに、迫害とまではいかないけど、世間では疎遠されている存在よ。すぐに見つかるような所に里は作らないわ」


鬼人の突然変種体である吸血鬼。


その原因も分からずじまいだが、数千人に一人の割合で出来てしまうと言われている。


そこからも、その数の少なさが分かるだろう。


更に、主食が血。


吸われ続ければ絶命するとなれば、疎遠されるのも頷ける。


しかし、生きる為にも吸わなければならない。


被害者が出て、更に周囲は怯え、疎遠する。


全くもって、悪循環である。


そこに加わった血を吸われると眷族とされてしまうという噂。


世間から隠れなければならなくなった理由が自ずと分かるだろう。


「だが、それでも、俺達は見つけなければならない。いつまでも彷徨ってばかりではいられないんだ」


だが、バロングの意思も固い。


例え、すぐに見つからなくても、絶対に見つけてみせる。


そう眼が語っていた。


「・・・そうか」


カリスは『もしよければ、自分達の街へ来るか?』と告げるつもりであった。


だが、こんな真剣な眼をしている者にそんな事を言うのは無粋だな。


そう判断し、口を閉じた。


「お前達には感謝している」


「いや。感謝されるような事はしていない」


「フッ。そうか。だが、本当にいいのか? 俺達は間違いなく人を襲った。それをそのまま見逃して」


「・・・正直な話、判断に困っている。お前達が悪意で人を襲っていない事は俺も分かっているが、今後も人を襲うような事があれば俺達は眼を瞑る訳にはいかなくなる」


「そうか。しかし、イリアは生きていく為には血は不可欠だ。人を襲わない事は最低限控えても失くすことは出来ない」


「分かっている。だから、判断に困っているんだ」


セリスも二人の境遇に悩んでいた。


出来ることなら見逃したい。


でも、見逃してしまったら、より被害が出てしまう。


どうすればいいのだろう?


そう誰もが首を捻っていた。


そんな中、一人誰かが勢い良く立ち上がる。


それは・・・。


「それなら、僕が二人に同行します」


そう、ロラハムであった。


「同行?」


「はい。僕が二人に同行します。それなら、僕の血を吸えば良いだけですから、人を襲わなくても済む筈です」


ロラハムの発言に、一同が驚きの顔になる。


「しかし、それでは・・・」


「それに、当分は人間の国を移動する事になりますよね。それなら、僕がいたほうが何かと便利だと思います」


「・・・ロラハム。本気なんだな?」


「はい。本気です」


カリスの問いかけに、力強く言い切るロラハム。


その真剣な表情を見て、カリスは真剣だった表情を緩ませた。


「バロング・・・と言ったな」


「ああ」


「もしよければ、ロラハムも連れて行ってやってくれないか?」


「本気で言っているのか?」


「ああ。ロラハムがそう望んでいるんだ。俺が拒むのはおかしいだろう?」


「そんなにすぐ信用してしまっていいのか? もしかしたら、全ての血を吸ってすぐに殺してしまうかもしれないんだぞ」


「俺にはお前達がそんな事をする奴らには見えないんだがな。そうだろ? ロラハム」


「はい。それに、本当に騙す気なら始めからそんなこと言いませんよ」


笑みを浮かべる二人に、バロングとイリアは顔を合わせた。


「いいか? イリア」


「・・・うん。その子の血を吸わせてもらうのは申し訳ないけど、私も人を襲わなくて済むなら襲いたくない」


「そうか。ロラハム・・・だったな。すまないが、同行してもらいたい」


「はい。もちろんです。自分から言い出したことですから」


「迷惑をかける」


バロングが深々と頭を下げる。


イリアもそれを見て、同様に頭を下げた。


この時、カリスの一番弟子であるロラハムが初めてカリスのもとから離れる事が決定した。


弟子の成長と旅立ち。


複雑な心境であろうカリス。


だが、カリスは笑顔でロラハムを見送るつもりだ。


それが師匠として当然の行いだと理解しているから。


そして、明日の夜明けと共に彼らは旅立つ。










「最後に一つだけ聞かせてくれ」


準備などで一日を過ごし、遂に旅立ちの時がやって来た。


対面するカリス達とバロング達。


バロング達側から仲間達を眺めるロラハムは改めて自分が今までと違う環境に身を置く事になるのだと実感した。


師と頼れるカリスもおらず、姉と慕うローゼンもおらず、妹として護ってやりたくなるミストもいない。


もちろん、セリス、ラミット、アリアとの別れにも寂しい思いは浮かぶが、やはり長年共に旅をしてきたカリスらとの別れは意思を揺さぶる程の寂しさが浮かぶ。


だが、『これも自分が決めた事』とロラハムは力強く踏み出す事を決めた。


『決して、今生の別れではないのだ』と込み上げてくる想いを抑え込んで・・・。


「二人の話を聞いていて不思議に思った事がある」


「・・・何だ?」


少し眉を顰めるバロング。


『もしかして、何かを疑っているのか?』と不快な気分になったからだ。


「あまり踏み込んで聞くものではないが、今後大事な事だからな。聞いておきたい」


「・・・・・・」


「お前の妹。イリアといったな」


「は、はい」


「話を聞く限り、君には魔術封じの腕輪はつけられていない筈だ」


「はい。つけられていません」


イリアが腕をあげて答える。


そこには確かに腕輪ははめ込まれていなかった。


ちなみに、バロングの腕には未だに腕輪がはめ込まれている。


バロングも勿論の事、カリス達も尽力したが、腕輪をはずす方法が掴めなかったのだ。


「それなのに、何故、君は魔術を使って屋敷から脱出しようと思わなかったんだ?」


「そ、それは・・・」


カリスの言葉を受け、イリアは俯く。


踏み込んではいけないと分かっていても、どうしても聞いておかなければならなかったカリス。


その返答次第でカリスにも考えがあったからだ。


「イリアは生まれつき魔術が使えないんだ」


俯いたイリアの代わりにバロングが答える。


「そうか。すまないな。言いたくない事を訊いて」


「いえ。当然の事だと思います。大切なお弟子さんを預けられるのですから」


弟子の事を心配しての事だと考えたイリア。


だが、それは完全な正解ではない。


「それなら、お前達に贈りたい物がある」


カリスが自分の荷物から、多量の何かを取り出した。


「イリア。君は翼人と鬼人のハーフだったな」


「あ、はい。そうです。翼はあっても飛べませんが・・・」


「いや、それは構わない。だが、翼人の血を継いでいるのなら、きっとこれが君の力になるはずだ」


「これは・・・弓?」


そう、カリスが取り出した物の一つは弓。


武器がなく、逃げることだけしか出来ないイリアへのカリスからの贈り物だ。


翼人は主武器として弓矢を用いる。


それは翼天カミナと呼ばれるカミナ空国の始祖が弓矢を武器として使った事が由縁とされる。


翼人の血が混ざるイリアなら弓矢の才能がある筈。


そう思い、カリスはイリアに弓を贈ったのだ。


「残念ながら、俺から君に扱い方を教えることは出来ないが、君ならきっと扱えるはずだ。それに、ロラハムもいるからな。ロラハムから色々と訊くといい」


「カ、カリスさん。僕はそんなに」


「ロラハム。お前の弓は俺が合格点を出したんだ。そんな気弱になるな。基本的な事を全て教えただろう?」


「わ、分かりました。頑張ってみます」


「ああ。それで、イリア。もしよければ、これを使ってくれ」


「あ、ありがとうございます」


カリスから弓を受け取るイリア。


次いで渡される籠には矢が溢れるほど入っていた。


「足りない分は街などで補充するといい」


籠を渡した後、カリスはロラハムへと向く。


「ロラハム。お前にはこれを渡しておく」


そう言うと、カリスはロラハムに人間国家全てで共通の金貨を渡した。


「こ、こんなにですか!?」


ロラハムが驚く程、渡された金貨の量は多かった。


それこそ、平民が一年かけても稼ぎきれない程の量だ。


「気にしなくて良い。これは正当な報酬だ。騎士団でのお前の働きに対するな」


笑顔で渡すカリスに押され、いつの間にか受け取ってしまっていたロラハム。


ロラハムは『いくらなんでもこの量は多すぎる』と困惑していた。


「旅に路銀は必要不可欠だ。多すぎて困る事はない。素直に受け取っておけ。ロラハム」


「ありがとうございます」


だが、カリスの言葉を受けて、素直に受け取る事を決める。


深く頭を下げるロラハムに、カリスはただ手を挙げることで応えた。


「最後になったな。バロング」


「俺にも何かあるのか?」


「ああ。お前個人への物ではないがな。旅には欠かせないものだ」


そういうと、カリスは多量の魔法薬をバロングに渡した。


「・・・これは?」


「回復薬。魔力石。解毒薬。解呪薬。その他諸々だ。これらも街ごとに補充する事をお薦めする」


「・・・いいのか?」


「ああ。旅の先輩としての贈り物だ。使い方はロラハムに訊けばいい」


「助かる」


実際、カリスの旅人しての経験はかなりのものがある。


五年間、まぁ、その内の半分くらいは屋敷に住んでいたが、それでも半分は旅をしながら暮らしてきたのだ。


特に、神龍山の生活は野宿などを含めてかなりの経験となっている。


先輩として必要最低限の物を贈っただけだとカリスは考えていた。


「カリスさん。皆さん。それでは行ってきます」


こうしてカリス達が見守る中、旅立っていくロラハム達。


目的地の場所は不明。


いつ見つかるかも分からない長い旅路だ。


だが、願わくば、彼らの願いが成就する事を・・・。

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