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第十一話 亜人の苦境




~SIDE ロラハム~


「・・・・・・」


「・・・・・・」


対面するだけでその威圧感に圧倒されてしまいます。


巨大な体に、フードから唯一見える鋭い眼光。


カリスさんとはまた違う強者の空気を感じます。


・・・ですが、諦める訳にはいきません。


どう解決するのか。


二人を救う為にはどうすればいいのか。


それが僕には分かりません。


もしかしたら、あの人達にとっては、放置して自由にさせてあげるのが一番なのかもしれません。


でも、僕に出来ることは話を聞く為に、あの人を打ち負かす事だけです。


だから、僕は僕が出来ることをしなければならないんです。


「・・・行くぞ」


ッ!


来ました!


等身大の刀を鋭く振り抜いてきます。


「・・・クッ!」


なんとか避けることが出来ました。


もし当たっていれば、一瞬で僕の身体なんて真っ二つにされてしまうでしょう。


それくらい鋭く力強い一撃です。


「ハァ!」


回避し、距離を取った僕に対し、あの人は勢いと共に上段から切り込んで来ます。


受け止める?


いや、受け止められる筈がありません。


何といっても相手は吸血鬼。


鬼人を基にした吸血鬼に力で敵う訳がありませんから。


「・・・・・・」


攻撃を避けた僕がさっきまでいた地面はその衝撃によってか、深く陥没していました。


人の力では到底なせない事をしてしまう程の力。


想像を絶するとはこの事を言うんでしょうか。


ですが、いつまでもやれている訳には行きません。


避けた後はすぐに相手の隙を見つけ出す。


カリスさんに教わった戦闘の基礎です。


避けたからと安心していては勝てるものも勝てないですし、相手も攻撃の後は隙が少なからず出来てしまうものですからね。


僕は最短距離で槍を振り抜きます。


「ハッ!」


「クッ!」


「・・・え?」


僕の槍は相手のフードを掠り、相手の姿を晒させます。


現れた顔は整っていながらも、その鋭い眼光は隠しきれず、むしろ巨大な身体と相まって一層恐怖感を引き立てます。


頭部には角があり、鬼人であることを示しています。


・・・そう、そこまではいいんです。


問題なのは・・・。


「・・・この姿を見られてしまったのなら、残念だが、生かしておくわけにはいかなくなったな」


フードを含め、全身を隠した衣服を全て取り除き、全身を露にした鬼人。


でも、その背には鬼人にある筈のないものがあります。


それは翼、しかも、漆黒の。


・・・どういう事でしょうか?


翼人の翼は白、もしくは鳥のような茶色が一般的です。


というより、それ以外の色は殆ど確認されていません。


それなのに、彼の翼は漆黒。


これ以上ない程の深い黒です。


・・・もしかして・・・。


「考え事をしている暇はないぞ」


あッ!


「クッ!」


いつの間にか近づいて来ていた鬼人?が刀を振り抜きます。


止むを得ず受け止めた僕は一瞬も堪える事が出来ず吹き飛ばされます。


・・・なんて威力でしょう。


もしこんなものを身体で受けてしまえば・・・。


「・・・・・・」


徐々に近づいてくる鬼人?。


・・・どうしてでしょうか?


身体が震えて動きません。


これが、恐怖というものですか。


全身が痺れて、今にも気を失ってしまいそうです。


アハハ・・・僕はここで死ぬのかな?


「バカ野郎。いつまでも震えてるんじゃねぇよ」


えッ?


ラミットさん。


どうしてここに?


あ・・・ダメだ。


気が遠くなってきた。


僕の視界一杯に映るラミットさんの背中。


そして、そんな背中越しに聞こえてくるラミットさんの声。


これが眼を覚ました時に僕が覚えていた最後の記憶でした。


まぁ、眼を覚ました瞬間は慌しく、思い返している暇はありませんでしたが・・・。


~SIDE OUT~










~SIDE ラミット~


「クソッ!」


ロラハムが追い詰められているというのに、今の俺はここから離れる事が出来ない。


俺が眼を離せば、捕獲、保護対象であるこの女が逃げちまうだろう。


俺達の元々の目的はこいつだ。


その為なら、何かを犠牲にしてでも成功させるのが俺達の仕事。


でも、腑抜けちまったのか、今の俺にはロラハムを犠牲にして目的を達成するという選択肢が選べねぇ。


クソッ!


「・・・・・・」


本来ならこいつを人質に取れば楽なんだろうが、なまじ近付き過ぎて何かあったら意味がねぇ。


どうする?


俺はどうすればいい?


そうだ、ダンナは。


セリスのダンナはまだなのか?


ダンナが合流してくれれば、俺も向こうに回れるんだが・・・。


駄目・・・か。


・・・仕方ねぇ。


「おい。女! そっちの都合は分からんが、俺は仲間を殺される訳にはいかねぇんだ。今は逃がしてやる。けどよぉ、次は絶対に逃がさねぇ」


「・・・・・・」


とにかく、今はロラハムのとこへ行かねぇと。


全く、手間掛けさせやがって。


まだまだ強い奴相手には手も足も出ねぇみてぇだな。


こりゃぁもう帰ったらカリスのダンナと相談だな。


地獄の修行でもやらせるか。


今日の事を屁とも思わせねぇくらいにな。


~SIDE OUT~










鬼人?バロングとロラハムの間に入り、その等身大の巨大な刀を重ね合わせた剣で正面から受け止めるラミット。


多少押されつつも、成人しているだけにそう簡単には崩されない。


「悪いけどよ、こいつを死なせる訳にはいかねぇんだ。一応、部隊の仲間なんでな」


「そうか。だが、こいつを含め、お前らを生かしておく訳にはいかない。俺の姿を見たからな」


「鬼人の角に翼人の翼か。まぁ、大体予想は付くがな」


「黙れ。死にたいか?」


「死にたくねぇっての。それで、その忌むべき姿を見られたからには殺さないといけないってか」


「黙れと言っている!」


接近した状態から一度離れ、再度切りかかるバロング。


ラミットはロラハムを一瞬で抱え、その場から離脱する。


「やべぇな。このままじゃ確実にやられる。とりあえず、ダンナが来るまで逃げるか。殺すって言ってるんだ。追ってくるだろ」


そう言うと、二振りの剣のどちらも鞘にしまい、ラミットは街とは逆の方向へと走りだした。


「待て!」


バロングは叫びながら、ラミットの後を追う。


しばらく走り続け、距離が詰らないと判断したバロングは畳んでいた翼を広げる。


「・・・マジかよ?」


そして、一瞬宙に浮いたと思ったら・・・。


「ハアァァァ!」


一直線に飛び込んでくる。


「や、やべぇ」


間一髪で避けるラミット。


バロングは避けられるとすぐさま近くにある木に足をつけ、再度飛び込んでくる。


「な、なんだよ、そりゃ」


通常ならば、森のように入り組んだ場所では空に浮くものは動きを妨げられるものだ。


ライダーナイトやドラグーン達にとっては最悪の場所といっていい。


だが、翼人のようにあまり大きくなく、小回りも効くような生物にとっては逆に最高の場所にもなる。


ラミットは森内でライダーナイトなどとは争った事があり、森の中なら逃げ切れるだろうと安易に考えていた。


だが、それは所詮ライダーナイトの話であり、甘い考えであった。


しかし、それも仕方がないのかもしれない。


ラミットを含め、人間達が翼人と戦う機会は滅多にない。


亜人は基本的に自分達の国内に集落を作り、部族単位で暮らしている。


そして、部族ごとに移動し続けるのだが、滅多な事がない限り国から出る事はないのだ。


だが、それでも亜人に襲われるという話は各地で良く耳にする。


では、それが何故起きるのか?


それは集落から追い出された亜人達が他の集落に受け入れてもらえず、行き場を失くし、結果、弱者である人間の一般人を襲わなければ生きていけなくなるからである。


もちろん、純粋に悪意だけで人を襲う亜人も存在するが、大抵の者はそのような理由である。


そして、ズルズルとそのような生活から抜け出せず、結局討伐対象とされ討伐されるのだ。


行ってきた事は悪。


だが、生きていく為には仕方のない事。


生きていく為というのが免罪符になるわけでは決してないが、複雑な事である。


・・・話がずれたが、そんな亜人達の中でも、翼人というのは人間を襲うような事は滅多にない。


盗賊などの形で人を襲う亜人は鬼人や獣人が多く、翼人や森人は森の奥深くに住み、むしろ人と接しないように暮らしている。


それが国民思想なのかは分からないが、とにかく翼人が人の前に姿を現す事は殆どない。


存在は知られているが、実際に眼にする事は少ないという事だ。


だから、それ即ち、接する機会が少ない。


そして、それはそのまま戦闘する機会が少ない事を意味している。


実際、ラミットも翼人と戦う事は初めてであり、その為こうして翻弄されているのだ。


「クソッ。それなら、開けた所に行くしかねぇ」


とにかく今は森から離れる。


そう思わせるようにラミットは走り出す。


「・・・・・・」


そして、そんなラミットをバロングはただ無言で追いかけていた。










「ここなら・・・」


森から抜け出し、草原のような場所までやってこれた。


ここなら、木を使った先程のような動きはできないだろう。


「でもよぉ、むしろ、こっちの方が動きやすいんじゃねぇかな」


そう、このように開けた場所こそがライダーナイトのような兵種にとって最上の場所となる。


それなら、翼人にとっても動きやすいのではないかと容易に推測できる。


「まぁ、さっきよりかは対処しやすいだろけど」


だが、ライダーナイトやドラグーンとの戦闘経験があるラミットにとってはこちらの方が対処しやすかった。


空中からの攻撃は相変わらず厄介だが、正面から向かってくる限りは問題ない。


ラミットは近くにあった岩の岩陰にロラハムを隠し、腰に備えてある剣を抜き、森の方へ視線を向け、両手それぞれに剣を構える。


ラミットは深呼吸をして、ロラハムの事を完全に頭から消し去り、対面する敵だけに意識を集中させる。


「・・・・・・」


無言で森から出て来て、翼を羽ばたかせて空中で待機するバロング。


「諦めたか?」


「おっと。残念だけど、そうじゃねぇんだ。ここならお前さんと本気でやれると思ってな」


「・・・ここで俺と戦うというのか? こんな開けた場所で」


「おうよ。つぅか、どっちにしてもお前の方がやりやすいだろ。んなら、俺がやりやすい所でやらせてもらう」


「・・・・・・」


「さて、さっさとかかってこいや」


構えていたラミットに向かって、バニングが空から飛び込んで来る。


その勢いは凄まじく、風圧で地面からは草が抜かれ、空へと飛び立っていく。


「クッ!」


そんなバロングを正面から受け止めるラミット。


身体的にラミットより大きいバロングが勢いよく突っ込んでくるのだ。


その威圧感は凄まじいものがあるだろう。


だが、空から飛び込んできたものを受け止めるのは決して悪い手ではない。


空に浮いている限り、勢いは付くものの、力としてはそれ程込められないものだ。


実際、単純に地面で切り込んできたものより圧力は少ない。


勢いに吹き飛ばされる事はあるが・・・。


そして、受け止められたバロングは空に浮いた状況という不安定な姿勢だった為、受け止められ弾かれた際に軽く吹き飛ばされてしまう。


空に飛んでいるからといって、常に優位というわけではないのだ。


もちろん、相手が実力者であるという条件が付くが。


一般人が相手であれば、空を飛び、勢い良く飛び込み、すれ違い様に斬っていけばいくらでも圧倒できる。


「ダメだな。このままじゃ、常に受身で攻撃に回れねぇ。・・・まぁ、空で戦う奴相手なら慣れっこだけどよ」


「・・・・・・」


再度空を飛び始めるバロング。


ラミットには決して届かない所まで高度を上げる。


「届かねぇっての」


「ハァァァァァァ」


ほぼ直滑降で降り立ち、そのままの勢いで刀を下に突き刺す。


隙はかなり大きいが、その分威力は折り紙つき。


小さいクレーターが出来るほど、地面に衝撃を与えた。


「あ、危ねぇ。もし喰らってたらと思うとゾッとするぜ」


余裕を持って避けたラミットだが、攻撃跡を見て青褪める。


地面にクレーターが出来るほどだ。


直撃したら即死。


少しでも当たれば、身体のどこかしらが吹っ飛んでいるだろう。


だが・・・。


「今こそ好機ってか」


地面に突き刺さった刀をすぐさま抜いたバロングだが、そのまま一瞬で飛ぶ事は流石に出来ない。


その一瞬を狙ってラミットが飛び込む。


「オラッ!」


一撃よりも手数を優先しているラミットの攻撃はバロングにとってはかなりきついものがあった。


例えば、相手が一振りの剣で一撃を優先するタイプなら等身大の刀でも平気で受け止められる。


力勝負で負ける事無く、正面から打ち破れるからだ。


だが、ラミットのような手数を優先しているタイプは受け止めた所ですぐに攻撃が来る。


しかも、相手は二振り。


基本的に避けることをせず、受け止める事で攻撃を防いでいたバロングにとっては二振りから同時に攻撃されては避ける術がない。


等身大という重量のある刀を平気で振り回すバロングだが、連撃されてしまえば、その大きさ、重さは邪魔でしかなかった。


案の定、致命傷と言えるものはないものの、身体のあちこちに傷を作ってしまっていた。


「まだやるのかい?」


対するラミットは無傷。


今の状況では勝ち負けは付かないだろうが、このままの状況で続けていれば、相性的にラミットが勝つと容易に想像できた。


「・・・負ける訳には行かない」


「・・・それは妹さんの為かい?」


「ッ!?」


ラミットの言葉を受けて、バロングが息を呑む。


「まぁ、戦う理由なんて人それぞれだからな。何も言わねぇよ。ただ、一つだけ聞かせてくんねぇか」


「・・・・・・」


「お前はどうだが知らねぇが、妹さんは間違いなく吸血鬼だ。血がなくちゃ生きていけねぇ。でもよぉ、そいつ自身、血を吸うことを望んじゃいねぇ。違うか?」


「・・・あいつは優しすぎる。自分の命よりも他人を優先させて・・・」


「だから、死ぬギリギリまで血を吸わねぇようにしてるって事か?」


「そうだ。だからあいつはいつも衰弱していて、今にも死にそうな顔をしている。それでもなお、笑っているんだ。心配はいらない・・・と」


「・・・・・・」


バロングの表情を見て、ラミットは黙り込む。


何だろう、この表情は。


寂しそうで、辛そうで、それでいて、慈しむような暖かさが込められている。


「だが、お前ら人間は吸血鬼であるというだけで危険視する。イリアの気持ちを理解しようとせず」


「・・・イリア。それが妹さんの名前か・・・」


「何がいけないというのだ。誰が自ら望んでそのような生まれ方をすると思う。あいつは、イリアはそれでも自らの生まれに抵抗し、理性で本能を抑え込んでいる」


「血を吸いたいという欲求を自ら抑え込んでいるという事か・・・」


「鬼人が吸血鬼になる原因も分からずじまい。突然変異という分からぬ原因で苦しめられている。だが、イリアはそんな理不尽を憎んでいない」


「・・・・・・」


「吸血鬼であるという理由だけでセイレーンの鬼人の集落にも受け入れてもらえない」


「ッ!」


バロングの言葉はラミットに衝撃を与えた。


セイレーン内にある亜人の集落は、『共同生活を送る為に』とセイレーンが無償で土地を分譲し、保護された亜人を安全に、そして、平和に暮らさせる為に作り上げらたものだ。


その為、ある種“被害者”という共同意識があり、受け入れないという選択肢は普通ありえない。


共に苦労し、辛い思いをしたのだがら、協力して平和に暮らそう。


そう集落の亜人達が考えるからだ。


だが、そんな集落でも受け入れてくれないというのだ。


ただ“吸血鬼”であるというだけで・・・。


「翼人の血を頼りと翼人の集落にいっても受け入れてもらえない」


「翼人の血?」


「気付いているのだろう? 俺とイリアの出生を」


「まぁ、何となくだがな。鬼人と翼人のハーフって所か」


「そうだ。忌み子と呼ばれる呪われし別種の亜人同士のな」


忌み子。


それは本来ならありえない生まれ方をしたものに与えられる異名である。


人間なら人間と、獣人なら獣人と、森人なら森人と。


このように別種の人種と結ばれずに、同種の人種と結ばれるのが一般的である。


その理由として、接する機会がないという理由が挙げられる。


生涯を国内で過ごしてしまう人の方が多いのだから、当然であるといえる。


出会いがなければ、結ばれる事もないだろう。


大抵は集落ごとにそれら関連の事を取り決めてしまっている。


また、単純に別種間では子が成し辛いという理由もある。


ただでさえ、亜人は寿命が長く、人間に比べて子が成し辛いのだ。


別種の亜人との間に子を生もうと自ら努力はしないだろう。


子孫を残そうというのは生物の本能だ。


そんな子孫が残せないとなると本能が別種の亜人と結ばれる事を否定する。


これらの理由で別種の亜人間で子が生まれる事は究極的に稀である。


だが、存在しない訳ではない。


それを眼の前にいるバロングとその妹であるイリアが示している。


だが、当然、そのような存在は周囲から認められない。


人間に関わらず、考えるという事が出来る者達は自分と違う者に嫌悪感を抱くからだ。


そして、それだけの理由で虐げ、卑下する。


それが忌み子という異名を作ったと言えよう。


「忌み子であるが故に、どの集落にも受け入れてもらえない。被害者達で団結しようなどと聞いて呆れる。結局は人種で差別するんだ」


ラミットにはバロングが泣いている様に見えた。


実際には泣いていないが、それ程の苦痛を感じさせる小さな叫びであった。


「それで、お前さん達は・・・」


「ラミット!」


ラミットがバロングに話しかけようとすると、空からグリフォンに乗ったセリスが勢い良く降り立ってくる。


「無事か?」


「ん。あぁ」


微妙な返事をするラミットに眉を顰めるセリス。


「何だ?」


「ちょっとな」


ラミットがセリスから視線を外し、バロングに向けるとバロングは先程までの休戦状態から一転し、眼光鋭く臨戦状態へと変わっていた。


「・・・ハァ」


「何をため息なんかついている」


「いや。だから、ちょっとな」


ため息をつきたくなるラミット気持ちを微塵も理解できないセリス。


まぁ、仕方がないだろう。


「・・・まぁいい。それで、方針は?」


「討伐はなし。とりあえず、カリスのダンナに連絡を取りたい」


「どういう意味だ?」


ラミットの返答に再度眉を顰めるセリス。


「まぁ、それは後で説明する。とりあえず今はあいつを抑えるべきだな」


「釈然としないが、まぁ了解した」


ラミットは地面で、セリスはグリフォンを宙に浮かし、それぞれ武器を構える。


対するバロングも傷だらけの身体に鞭を打ち、力強く構えてみせる。


そして、バロングはグリフォンに乗るセリスに切りかかる。


「ハァァァァ!」


それはラミットが攻撃してこないと判断してのバロングの行動だろう。


事実、ラミットに攻撃の意思はない。


だが、バロングの行動を妨げたのは、ラミットでもなく、ましてやセリスでもなく・・・。


「兄さん! もういいよ! やめて!」


イリアであった。


勢い良く飛び込むバロングに向かい叫ぶイリア。


「なッ!?」


「クッ!」


「・・・おいおい。セリスのダンナ。さっきからお前さん余計な事ばっかりしてるぜ、おい」


イリアの叫び声に気を取られたバロングの横腹を同様に飛び込んでいたセリスの剣が貫いていた。


その傷からは夥しい程の血が流れており、致命傷となっていた。


「兄さん。兄さん。イヤァァァ!」


地上に倒れこむバロングの姿を見たイリアが叫び声をあげる。


「・・・・・・」


そんな姿を空中から呆然と眺めているセリス。


今のセリスは状況が掴めず困惑していた。


とりあえず、分かる事は保護対象である人物をかなり危険な状態へと追い詰めてしまったという事だ。


「ダンナ! 早くカリスのダンナを連れて来てくれ。ダンナがいればまだ助かる」


「あ、あぁ。分かった」


半ば呆然としたまま、セリスが空へと飛び立つ。


「ロラハム! 起きろ! ロラハム!」


「・・・んぁ・・・ん・・・」


ラミットは岩陰に隠していたロラハムのもとへ行き、急ぎ意識を起こした。


「急いであいつを応急処置しろ。俺は周辺から薬草とか探してくるから。ほら、さっさとしろ。救いたいんだろ?」


朦朧としている意識でラミットが指差した方向を見るロラハム。


そして、その瞬間弾けるように意識を取り戻した。


「は、はい!」


急ぎバロングのもとへと向かい応急処置を始めるロラハム。


荷物の中にあった回復薬なども用い、出来るだけの処置を施す。


「・・・ハァ・・・ハァ・・・何故・・・ハァ・・・助ける?」


辛そうに表情を歪ませながらも、バロングがロラハムに問う。


「何故・・・ですか? そうですね。なんとなく・・・ですかね」


手を休めずロラハムがバニングの質問に返答する。


「・・・ハァ・・・なんと・・・なく・・・だと?」


「はい。助けたいと思ったから助ける。救いたいと思ったから救う。これって立派な理由だと思うんです」


「・・・ハァ・・・身勝手・・・ハァ・・・だな」


「・・・そうですね。でも、僕は不器用ですから」


「・・・・・・」


無言でロラハムの応急処置を受けるバロング。


そんなバロングのもとへ、イリアがゆっくりとやって来る。


「に、兄さん?」


「・・・ハァ・・・ハァ・・・イリアか・・・」


「兄さん。死なない・・・よね?」


「・・・ハァ・・・さぁ・・・な・・・」


「・・・・・・」


沈痛な表情で俯くイリア。


「大丈夫です。死なせません」


「・・・本当・・・ですか?」


「はい。僕達の隊長は癒しのスペシャリストです。これぐらいの傷。一瞬で治しちゃいます」


「隊長・・・。貴方達は私達の討伐に来たんですか?」


「討伐? いえ、ちょっと違いますね。僕達は貴方達の保護に来たんです」


「保護?」


「信じられないかもしれませんが、保護です。相手の事情次第で討伐か保護を決めるというのが隊長の方針ですから」


ロラハムの言葉に眼を丸くするイリア。


当然討伐されるものだとイリアは思っていたからだ。


「私は人を襲ったんですよ。それでも保護だというんですか?」


「その判断は隊長がします。でも、僕は保護で良いと思っています」


「・・・何故ですか?」


「免罪符・・・という訳ではないですが、生きる為に仕方のない事だと思います。その中でも貴方は殺す事無く、必要最低限の犠牲だけで済ませていました。立派だと思います」


「・・・そう・・・ですか」


安心したのか、フッと力を抜くイリア。


しかし、それと同時に、顔を歪ませる。


「ッ! どうかしましたか!?」


「い、いえ。何でもありません」


慌てて『なんでもない』と訴えるイリア。


「あ! もしかして・・・血が足りないんですか?」


「・・・・・・はい」


図星だったからか、観念したようにイリアは肯定の言葉を返す。


「・・・・・・」


ロラハムは思案する。


そして、実行に移した。


「それなら、僕の血を吸ってください」


「え? でも・・・」


「僕の血でも大丈夫なんですよね?」


「あ、はい」


「それなら、吸ってください」


「でも・・・」


「危害は加えないのでしょう? それなら、大丈夫です。むしろ、ここで倒られてしまった方が困りますから」


「・・・それじゃぁ。・・・すいません」


そういうと、イリアはロラハムの首元に口を近づけ、そっと噛む。


「ん。・・・・・・フゥ」


ちょっとチクッとしたが、想像より痛みがない事にロラハムは安堵の息を吐いた。


実はちょっと怖かったロラハム。


男の子らしい見栄だった。










「・・・そうか」


その後、合流したカリスとミストによって、バロングの傷は完全に癒された。


最高位の癒しの担い手である二人が同時に癒術を用いたのだ。


当然の結果と言えよう。


ちなみに、セリスはアリア達を呼びに向かわせている。


セリスにしても何だか肩身の狭い思いをする破目になると予想していたので、ある意味助かったといえる。


「セイレーンで奴隷として生きてきただなんて・・・」


「世の中、善人だけって訳じゃねぇんだ。いくら王家が亜人の為に頑張っていてもそういう事をする奴はするって事だ」


バロング達の出生を聞き、カリス達は表情を歪ませる。


バロングとイリアの両親は闇市場でそれぞれ奴隷として売られており、セイレーンのある貴族が買い付け、屋敷内へと持ち帰った。


違う場所で売られていたのだが、同じ屋敷内で生活する事となり、二人は出会い、互いに支えあい、苦境を耐えていったのだ。


苦境を支えあいながら耐える中、次々と死んでいく奴隷仲間を見て、なんども逃げ出そうと必死になった二人。


だが、現実は甘くなく、そのような機会は全く与えられなかった。


そして、結局、逃げ出す事を諦める事となった。


辛く苦しい生活だったが、二人にはお互いがいた為、くじけそうになっても、耐えに耐えた。


そんな二人が愛し合うのに時間は掛からなかった。


そして、生命を授かった。


それが、バロングとイリアだ。


彼らは双子であった。


奴隷として辛い生活をしている二人にようやく訪れた幸せの時間。


だが、そんな幸せも長くは続かなかった。


隠し続けてきた子供の事が、遂に貴族にバレてしまったのだ。


妊娠していてもいつも通りに働き、服装にも注意し、隠し通してきた。


だが、子供らしく色々な物に興味を持ち、状況を気にせず行動する二人の幼子を完全に抑える事は出来なかったのである。


そして、『奴隷が子を産むとは何事か』と二人の父親は罰を受け、その毎日のように続く罰に耐えに耐え抜いた生命も消える事となった。


しかし、残された三人には父の死を嘆いている時間さえ与えられなかった。


そんな父の代わりにと幼いバロングは働きに出された。


まだ、ようやく立ち上がれるようになった幼子である。


だが、奴隷に人としての常識は適用しないとばかりに平然と使いまわしていた。


その様は正に悪魔。


聞いていたカリス達に人間としての業の深さを感じさせた。


幸か不幸か、見つかってしまったのはバロングだけであり、イリアの存在は未だに隠し通せていた。


だが、問題もあった。


それこそが、イリアが突然変種である吸血鬼であるという事だった。


血を吸わなければ生きていけない。


しかも、血縁者である者の血を吸っても意味がないという最悪の展開。


このときは流石の母親でも神、ファレストロードを憎むしかなかった。


奴隷仲間の血を吸わせてもらう代わりに仕事を肩代わりするという事でどうにか落ち着いたが、自分にかかる負担が重くなってしまった。


だが、そこは母親。


『子供の為に』と前より辛い仕事に笑顔で耐え抜いていた。


母親は強いものである。


夫であり、二人の父親を失くしたという辛さをまるで感じさせず、二人の子供にとっての支えであり続けた。


それから長い月日を三人は苦労を分かち合って過ごしてきたのだ。


そんな三人の状況に変化を与えたのはある事件がきっかけである。


ある日の事だ。


新しく買い付けてきたという奴隷が屋敷内へと連れられて来た。


その奴隷は森人、即ち、エルフであり、魔術で屋敷ごと消滅させてしまえる程の存在であった。


しかし、何故そのような者が奴隷として買われて来るのか。


それは腕に取り付けられた魔術封じの腕輪の効力であった。


これがある限り、亜人だけでなく、人間のマジシャンだって魔術を行使できない。


マジシャン相手には切り札となるものだ。


エルフから魔術を取れば、非力な、それこそ人間より非力な存在でしかない。


更にエルフ全てにいえる端正な顔付きだったことが不幸を呼び、彼女は奴隷というより、貴族にとっての都合の良い存在となっていた。


『可哀想に』。


そう思っても、何もしてあげられない現状に、誰もが表情を歪ませる。


亜人に手を出すのを人間の大抵が嫌悪している為、二人の母のような美人でも手を出されなかったのだが、何故だか、貴族はそのエルフだけには手を出そうとしていた。


自分がどうなるか分かったのだろう。


そのエルフは泣き叫び、壁になんども手を打ち付けていた。


そして、泣き止むまで壁に手を打ち続けていたせいか、腕はアザだらけになっていた。


だが、そんな腕を治してあげられるような薬品も所詮奴隷達用の宿舎だ。


ある訳がない。


いっそのこと死んでしまおう。


そんなことを言い出す彼女を必死になって奴隷達皆で止めた。


だが、『そんな辱めを受けるならここで死んだほうがマシです!』と力強く言い切られ、それを否定するのも憚れた。


しばらくの間、辺りは静まり返っていた。


だが、そんな折、エルフは意を決したような表情で近くにいた獣人のところへ向かった。


そして彼女はこう告げた。


『貴方の爪で私の腕を切り取ってください。そうすれば、私は魔術が使えるようになる筈です』と。


その瞬間、誰もが内心で醜い考えを抱いた。


『そうすれば自分達も助かる事が出来る』と。


だが、ふとした時、気が付いたのだ。


それは眼の前の少女の犠牲に上に成り立つのだと。


しかし、少女は笑って告げた。


『元々私が抗うつもりで自分からこう言ったんです。だから、皆様が気にする事ではありませんよ』と。


その言葉を受け、誰もが涙し、誰もがエルフの少女に感謝した。


そして、獣人の爪により、彼女の腕は切断された。


噴出す血を必死に止め、エルフの少女はありったけの魔力を込めて魔術を行使する。


次の瞬間、屋敷中が火という火全てに包まれた。


突然の事態に焦る屋敷内の兵士や使用人達。


その混乱を利用し、奴隷達は屋敷から抜け出していく。


バロングやイリアも例外なく、必死に屋敷から抜け出していった。


だが、そう簡単には行かなかった。


屋敷内は混乱していても、屋敷外で待機していた兵士達にしてみれば、抜け出してきた奴隷の事など一目瞭然。


次々と捕縛されていく。


これで昇進できるという願望も働き、その動きは活発であった。


だが、中には持ち前の身体能力を活かし、その包囲網を突破するものもいた。


また、唯一の魔術行使者であるエルフの少女の活躍もあり、非力な者も脱出に成功していた。


そんな中、バロングやイリアもどうにか脱出しようと懸命に動いていた。


飛べないイリアをバロングが抱き締め、空から脱出しようとする。


だが、弓矢を構えている兵士もおり、そう簡単にはいかないと容易に想像できた。


早くしなければ脱出できない。


そう焦りながらも、何も思いつかない。


そんな慌て、錯乱するバロングに母親が笑みを浮かべてこう告げる。


『いい? イリアの事は任せたわ。貴方はお兄ちゃんなんだからイリアの事をしっかりと守るのよ』と。


そして、それが母親の最後の言葉となった。


母親が隠し持っていた刀を手渡され、母親は敵兵士の中へと突っ込んでいった。


そう、何の武器も持たずに・・・。


その光景を涙で滲み、はっきりとしない視界で眺めながら、バニングはイリアを抱いて空へと飛び立っていった。


途中、背中に矢が突き刺さる事があっても、『生き抜くんだ』と強い意思でその痛みを堪えた。


そして、辿り着いたのが、近隣にある森の奥深くの湖。


そこで身体を休め、兵士達に見つからないようにと隠れ住み始めた。


その後、身体の傷も癒え、あちこちの集落を回ろうという事になった。


『きっとどこかが受け入れてくれるだろう』と。


だが、結果はあえなく失敗。


訪れた全ての集落から拒否されてしまった。


『このままではダメだ。母の気持ちに応えてあげられない』


そう判断したバロングとイリアは最後の希望として吸血鬼の集落を探す事にした。


そして、今に至るという訳だ。


この話を聞き、カリス達の誰もが苦虫を噛み潰したような表情になる。


ロラハムやミストに至っては、どこか共感できる事があったのか、涙をこぼしていた。


話し終えたバロングとイリア。


そんな二人に対し、カリスは立ち上がり、正面まで移動する。


そして・・・。


「すまなかった」


頭を下げた。

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