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第十話 望まぬ死闘



「この馬鹿野郎が!」


決闘を終え、カリス達はアナスハイムの屋敷へと向かっていた。


決闘の結果、周囲の反発が無くなる事はないが、表立った反発はなりを潜めた。


四天将達もこの結果に満足していたし、カリスとしても反発を買うことは当然だと考えていたので、概ね満足していた。


そして、四天将との挨拶も終え、屋敷へ戻ってきたカリス。


そんなカリスをを迎えたのはエルムストのこの一言と頭部への拳だった。


「勝ったから良いものの、もし負けたらどうするつもりだったんだ!?」


「そうだよ。兄さん。あんな無茶な条件で引き受けて」


エルムストもトリーシャもカリスの行動に批判的な姿勢を取っている。


だが、まぁ、それも仕方がないのかもしれない。


カリスの行動は確かに無茶であり、二人をそれ程心配させたという事だろう。


「すいません」


その事に関しては素直に詫びるしかないカリス。


頭部に手を当てながら、頭を下げる。


「全く・・・」


これ以上怒っても仕方がないとばかりに肩を竦めるエルムスト。


「でもまぁ、これで、兄さん達が批判される事はなくなったよね」


話を変えようとトリーシャがそう告げる。


「表向きにはな」


「表向き?」


エルムストの言葉に、トリーシャが首を傾げる。


「ああ。カリスが組織の目的を告げ、兵士達は反発をする必要はないと理解しただろう。だが、そう簡単に消えるものではない」


「恐らく、裏ではあまり変わらないと思うな」


「そっかぁ」


『嫌だなぁ~』とトリーシャは表情を暗くする。


「仕方のない事だ。これに関してはどうしようもない」


「そうですね。周囲が気にしなくなるまで時が経つのを待つしかない」


「もしくはお前達が全く気にしなければいいんだがな」


「それもありですね」


互いに顔をあわせて苦笑するカリスとエルムスト。


「それで、兄さんはまだ特殊部隊を続けるんだよね」


「もちろんだ。それが今の俺の仕事だからな」


トリーシャの問いかけに、真剣な表情で答えるカリス。


「そっか。今更だけど、頑張ってね。兄さん」


「ああ。ありがとう。トリーシャ」


「まぁ、無理しない程度に頑張れ」


「はい。兄上」


その後、しばらくして、カリス達はアナスハイムの屋敷を後にした。


カリス達の特殊部隊としての活動はまだまだ続く。










「任務か?」


「ああ。今回は緊急の任務だ」


決闘から数日が経ったある日。


カリス達のもとにセリスが突如やって来てそう告げた。


ここ最近出動するような事件もなく、カリス達は平和な時を過ごしていた。


だが、カリス達の休息はあまり長くは続かないようだ。


一同は宿舎にある会議室へと集まった。


「最近になってだが、一夜限りの行方不明者が頻繁に出るようになった。それが先日も起きたらしい」


「一夜限りの行方不明者?」


「ああ。次の日には必ず帰ってくるらしいからな」


「それで一夜限りか・・・」


カリスが呟く。


「んで? 何でそんな事件を今まで放っておいたんだ?」


「必ず帰ってくるという事で軽く考えていたらしい。たった一夜限りというのも軽く考えさせている要因だな」


「確かに、次の日に帰ってくるのなら、心配要らないと考えてもあまり不思議はありませんね」


「でも、一夜とか、何日とか、そんな事は関係ないですよ。問題は行方不明者が続出しているという事です」


「そうね。一人二人なら何かあったで納得できるけど、頻繁にそんな事が起きるとなるとただ事じゃないわね」


「・・・怖いです」


他の隊員達もそれぞれ考える事があるようだ。


「行方不明になった人達は何て言っているんだ? 問題になるという事は何か不思議な事態が起きたんだろ?」


「だろうな。だが、行方不明になった者の全てがその時の事を覚えていないらしい」


「覚えていない、ですか?」


セリスにロラハムが問いかける。


「何でも眼を覚ましたら村の近くの森にいたらしい。誰もが森に入った記憶なくな」


「森に入った記憶がないのに、眼を覚ましたら森の中にいた。確かにそれは覚えていないという事になりますね」


「・・・森か。その者達の共通点は?」


「特にないな。あぁ、共通点といえば、首元に噛まれた跡が残っているのと眼を覚ました時、殆どが体調不良だったって事だな。何でも貧血だとか・・・」


「首元の噛まれた跡・・・貧血・・・森」


「何か知っているのか? ローゼン」


ローゼンの呟きに、カリスが反応する。


「・・・カリス様は吸血鬼をご存知ですか?」


「吸血鬼か? 詳しい事は知らないが、鬼人の突然変異体で、主食が・・・ッ! そうか!」


「お気付きになりました?」


「ああ。そういう意味か。確かにそうかもしれん」


「どういう意味だよ? 全然分からねぇっての」


「吸血鬼。彼らは俺達と違い、食物を口にする事無く生きられる」


「食べないで生きていける? それって・・・」


「正しくは違うな。彼らは俺達と食べるものがまるで違うんだ」


「彼らの食事。それは、他の生物の血です」


「血!? 血を食って生きていくのか?」


「吸血鬼。読んで字の如くだな」


驚愕の表情を浮かべる一同。


「それなら、カリスさんはその事件の犯人が吸血鬼だと考えているんですか?」


「憶測でしかないがな。可能性としては低くないと考えている」


カリスの考えに、周囲も納得の表情を浮かべる。


だが、ただ一人、何かを考え込んでいる様子の者がいた。


「ローゼン。何か気になることがあるのか?」


そう、それはローゼンだった。


吸血鬼に詳しいであろうローゼンが考え込んでいるとあっては聞かない訳にはいかない。


「私も伝聞でしかない為、詳しい事は分からないのですが、吸血鬼はどの種族よりも好戦的で、残忍な性格をしていると聞いています」


「ああ。それで、何が気になるんだ?」


「ですが、今回の事件はたった一夜限り。しかも、貧血を起こす程度の被害しかありません。通常ならば、全身の血という血が抜かれてしまう筈です」


「なるほど。吸血鬼にしては、被害が少ないという事か」


「はい。また、血を吸われた者は彼らの眷属となり、言いなりになってしまうと聞きます。お話を聞く限り、そのようでもないですし・・・」


「それで、もしかしたら違うかもしれないと考えているんだな?」


「はい。ですが、私としても吸血鬼である可能性が最も高いと考えているんです。ですから、どういう事なのか分からず・・・」


ローゼン自身も頭を悩ませているようで、ローゼンの言葉は場を混乱させるだけであった。


「分かった。とりあえず、今は犯人が吸血鬼であるものとして考えよう」


冷静なカリスの言葉で、辺りの混乱は治まった。


一同の視線がカリスに集まる。


「まずは、次に事件が起こるであろう場所で情報を集めよう。セリス。行方不明者が出た場所は分かるか?」


「ああ。地図に印をつけてある。これだ」


そういうと、セリスが地図を取り出し、机の上に広げる。


「アゼルナート国内の情報しかないんだが、始めに起こったのは国の北西地区。次に北地区。次に北東地区だ」


セリスが地図の印を指で追いながら告げる。


「少しずつ起こる場所が変わっているようですね。犯人が移動しているという事でしょうか?」


「そうだろうな。んで、次に行くとしたら、どうなんだ?」


「そうだな。可能性としては三つ。そのままカーマイン方面へ抜けるか。北へ向かい、セイレーン方面へ抜けるか。アゼルナート国内から出ずに、南下するか、だ」


最近起きた場所はアゼルナートの北東部。


移動するとしたら、北、南、東の三つに限られる。


大まかな目安だが・・・。


北はセイレーンとの国境。


東はカーマインとの国境。


南はそのままアゼルナート国内となる。


まさか、西方向へ逆戻りするという事はないだろう。


「なるほどね。なら、待ち伏せするのが一番か。どうするんだ? ダンナ」


「ああ。ラミットの案でいこう。部隊を三つに分け、それぞれ近隣の村へ張らせる」


カリスの言葉に、一同は頷く。


「どう部隊を三つに分けるんですか?」


「ああ。俺が勝手に決めてしまうが、いいか?」


「俺は別にいいと思うぜ。ダンナが隊長だしな」


「私もそう思います。気にしなくていいですよ」


「カリス様の望むままに」


「・・・いいです。でも、出来ればカリスさんと一緒が・・・」


「構いません」


「いいぞ。お前なら、うまく配分してくれそうだ」


隊員達全てが肯定の意を示した。


「それなら、まずは移動手段を持つ俺、セリス、アリアを基準に分ける」


「そうだな。なんにしても移動手段があったほうが動きやすい」


「はい。分かりました」


カリスの竜、セリスのグリフォン、アリアのペガサス。


そのどれもが機動性に優れ、信頼できるパートナーである。


「俺の隊にはミスト。セリスの隊にはロラハムとラミット。アリアの隊にはローゼンをそれぞれ加える」


「・・・良かったです」


カリスの指示に、一同は了承の意を示す為に頷く。


ちなみに、ミストの呟きは誰にも聞こえていない。


「アリアの隊にはセイレーン方面を」


ローゼンの前衛、アリアの後衛とバランスに優れた隊。


彼女らは組み合わせた際のバランスの良さを考えて構成された。


ローゼンが前衛で撹乱し、アリアが後衛から仕留める。


確かに、連携次第では驚異的な組み合わせとなるだろう。


また、隊構成には同じ女性であるという事も関係している。


同姓ならば、気兼ねなく過ごせるだろうというカリスの配慮だ。


彼女らはローゼンが亜人であるという事を考慮し、セイレーン方面担当となった。


セイレーンに近いからか、国境付近の村が比較的亜人に対する壁が薄いからだ。


「セリスの隊はカーマイン方面を」


構成する隊員全てが前衛だが、それ故に攻撃力に関しては随一を誇る隊。


彼らがカーマイン方面である理由はカーマインとアゼルナート間の国境の治安が悪い事にある。


セイレーンは領地全体で治安維持を意識しているが、カーマイン、アゼルナートでは辺境の地を疎かにしやすい傾向があった。


両国がそれぞれ辺境を疎かにするという事によって、国境という辺境同士ではそれぞれの事情が重なり合って、治安がかなり悪いという事になる。


そのような場所に送るには人数と戦力が整っている必要があった。


それ故、最も人数が多く、戦力的に申し分ない彼らがカーマイン方面を担当する事となったのだ。


「俺達はアゼルナート方面を担当する」


そして、最後はカリスとミストの隊。


保護者であるカリスと被保護者であるミストの組み合わせ。


まぁ、当然といえば当然と言える組み合わせである。


だが、甘く見てはいけない。


前衛、中衛として最高級の戦力を持つカリスと後衛のみでは最強を誇るミストだ。


唯一魔術を使える者として、ミストの存在は大変心強い。


カリスならば、ミストに敵を近づかせるような事もないだろうから、ミストは安心して魔術の詠唱に入れる。


ある意味、最も完成された組み合わせと言えた。


彼らがアゼルナート方面である理由は消去法でもあり、最善の割り当てでもあった。


北、東をそれぞれ適した隊に任せたので、余った南をカリス達が担当する必要がある。


また、こちら側の移動を許してしまえば、いずれは主都へ辿り着いてしまうかもしれない。


主都でそのような問題が起きてしまうとなると国民達が相当混乱するのも眼に見えている。


国家騎士団として、主都への移動は何としても防がなければならないだろう。


そのような事情もあり、隊長としての責任感が強いカリスが責任の重い南を担当する事となった。


「なお、本任務において、目的は討伐ではなく、捕獲だ」


「捕獲・・・ですか?」


ロラハムが呟く。


「そうだ。情報によれば、相手は行方不明者は出しているものの、殺人は一度も犯していない。するとなると、何かしらの事情がある可能性が高い」


「事情を聞きたいという事ですね」


「ああ。その事情次第で俺達の方針が決まる。討伐か、保護か、がな」


真剣な表情で話すカリスに、一同も真剣な表情で応える。


「任務は明日から開始する。各自、近隣の村、街に待機し、機を待て」


カリスの言葉に、一同が勢い良く返事をする。


明日、カリス達の新しい任務が始まる。










~SIDE ロラハム~


「ここで待機って事だな」


「そうなりますね」


「それなら、まずは宿を取るとするか」


カーマイン方面担当である僕達はカーマインとの国境にある村へとやってきました。


近隣にある森も確認しましたので、後は機が来るのを待つだけです。


でも、機を待つって具体的にどうするんでしょうか?


「セリスさん。どうやって相手と接触するんですか?」


「そうだな・・・。向こうは基本的に夜動く。それならば、俺達は夜になったら張り込むしかないだろう。他に方法が見つからんしな」


張り込み・・・ですか。


確かにその方法しかないですね。


「まぁ、こういうのは慌てないで待ってりゃぁいんだよ。あんまり真面目にやってっと先にこっちがダウンしちまう」


「それもそうだな。それに、こっちにこなかったら馬鹿らしくなるからな。無論、気を抜くわけではないが、あまり張り詰める必要はないだろう」


「それもそうですね。分かりました」


三方面で張り込みしているんです。


僕達の方に来るとは限らないですよね。


「とりあえず、宿屋へ行こうぜ」


さて、一体どの方面に来るんでしょうか。


~SIDE OUT~










~SIDE ラミット~


「他の所で解決したんじゃねぇのか? 流石に日が経ちすぎだろ?」


「まぁまぁ、落ち着け、ラミット。自分で言ってただろ? のんびりしてようって」


「ハハハ・・・」


んな事言ってもよ、もうかれこれ一週間も待ってるじゃねぇか。


やっぱりダンナとかアリアとかの方に行ったんじゃねぇのか?


「セリスのダンナ。他のところって可能性はねぇのか?」


「昨日聞きに行ったが、何も起きていないらしい」


ってことは、まだどこにいったかわかんねぇってことか・・・。


「ダンナ。大体、どれくらいの周期で事件が起こるんだい?」


「そうだな。短くて七日、長くて十四日。要するに一週間から二週間の間で起きているらしいな」


「それなら、少なくても一週間は潜伏しているというわけですね」


「ああ。そうなるな。そして、もし、次に事件が起こるとしたら、そろそろという事になる」


なるほどね。


事件が起こる日が大体分かってるって事か。


・・・なら、張り込みなんかよりもっといい方法があるじゃねぇか。


「んじゃぁよ。張り込みじゃなくて、囮を使って誘い出そうぜ」


「囮・・・か?」


「ああ。っと、その前に事件の犠牲者に女性だけとかという条件はないよな」


「それはない。だが、犠牲者の殆どが子供か女性だな。やはり非力な者が対象になるという事だろう」


「男は駄目って事かよ?」


「まぁ、可能性がない訳ではないだろうが・・・。なんとも言えんな」


じゃあ、やっぱり張り込みか。


あんまり効率が良いとは思えねぇんだよな。


結局、犠牲者が出ちまうんだし。


「それなら・・・」


ん?


「それなら、僕が囮になります」


男だねぇ。


ロラハム。


「やめておけ。向こうは吸血鬼である可能性が高い。危険だ」


「ですが、囮作戦をするのなら、僕しかいないはずです」


・・・でも、まぁ確かに、ロラハムなら成功するかもしれないな。


俺達よりは子供なんだし。


「僕は天竜騎士団の一員である事を誇りに思っています。だから、天竜騎士団としての責任を果たしたいと思っています」


「・・・・・・」


「天竜騎士団は、民達の被害を失くす為に活動しているはずです」


「・・・・・・」


「僕が囮にならず、張り込みする事で犠牲者を出してしまうようでは、僕達は任務に成功したとはいえないと思います」


・・・言うじゃねぇか。


「お前の志は立派だ。だがな・・・」


「良いんじゃねぇか?」


「ラミット!?」


「ロラハムだって毎日鍛えてんだ。そう簡単に遅れはとらんだろう。それにな・・・」


・・・あんな瞳を見せられたら、やってみろって言いたくなるだろう。


「・・・・・・」


お前だってそう思ってるんだろ? セリス。


「・・・分かった。認めよう」


分かってるじゃねぇか!


「ありがとうございます!」


「だが、油断だけはするな。それと槍を持ってたら警戒されるだろうから、これを隠し持ってろ」


「これは・・・ナイフですか?」


「懐に隠せるのなんてこれぐらいしかないだろう?」


・・・まったく、ちゃっかりそんなもん持ってやがって。


自分が囮になる気満々だったってことかい。


「いいか。敵が現れてもすぐには抜くな。まずは、敵の目的が知りたいからな。情報を引き出せ」


「はい」


「接触後は自分の身の安全だけを考えろ。捕獲やらなんやらに関しては俺達がする。お前は敵を誘い出すだけで良い」


「分かりました」


「最後だが、絶対に無理はするな。一人でも欠員すれば、それはもう天竜騎士団ではない」


熱いねぇ・・・。


まぁ、嫌いじゃねぇけど。


「んじゃぁ、今夜から決行と行こうか。とりあえず、村長にでも話して、夜間の外出は控えるよう村人達に伝えてもらわねぇとな」


「ああ。それに関しては俺がやっておこう。二人は準備を進めておいてくれ」


そう言って、セリスのダンナは宿から出て行った。


「さて、ロラハム。俺から言う事は・・・まぁなんだ。とにかく死ぬな」


「はい。分かっています」


「その意気だ。んじゃぁ、まぁ、昼寝でもしてろ。夜は眠れない程に忙しくなるぜ」


「ハハハ。分かりました」


さて、俺も少し寝るか。


何ていうか、俺の傭兵としての勘が告げるんだよな。


今日、事件が起きる! ってよ。


~SIDE OUT~










~SIDE セリス~


「さて、どうなる?」


作戦通り、ロラハムを囮として村を歩かせている。


俺とラミットはそれを離れた位置から見張っている。


情報通りなら、相手は森の方からやって来るはずだ。


だが、かれこれ何時間も待っているが、まるで来る気配がない。


・・・やはりそう都合良くはいかないな。


今日はもう諦めるか・・・。


「ロラハ」


ッ!


誰か来た!?


「・・・・・・」


森の方からやって来たのは、フードを被り、顔を隠した人だった。


恐らく、骨格や体付きからみて、あいつは男だろう。


そいつはゆっくりとロラハムへと近づいてく。


「・・・・・・」


身構えるなよ。


まずは相手から情報を引き出すんだ。


警戒はしても構わないが、余裕を見せては駄目だ。


「・・・貴方は?」


「・・・悪いな」


「えッ?」


出会い頭の一撃。


あれ程に鋭い拳なら、簡単に気を失うだろう。


クソッ!


やはり厳しかったのか?


考えが甘かったのか?


「・・・・・・」


気を失い、倒れこんだロラハムをその男は肩に乗せて森の方へ歩いていった。


どうする?


追うか?


それとも、作戦を考え直すか?


ん?


「・・・・・・」


何だ?


何を言っているんだ?


ラミット。


この距離じゃ、全く聞こえないぞ。


「・・・・・・」


何・・・良く見ろ?


そう言われているような気がして、俺はロラハムの顔を見る。


すると・・・。


「・・・(コクッ)」


追って来い・・・って事か?


なるほど。


そういう事か。


やるな、ロラハム。


「・・・(コクッ)」


ラミットと視線を交わし、頷く。


さぁ、さっさと追うぞ。


~SIDE OUT~










~SIDE ロラハム~


「・・・・・・」


やって来た男性に連れられ、僕は森の奥へと向かっています。


きっと二人なら、僕の真意も理解してくれた事でしょう。


それに・・・この人もそんなに悪い人じゃなさそうです。


「・・・・・・」


しばらくすると、森の中にある湖へと辿り着きました。


「連れて来たぞ。イリア」


「兄さん。もうやめようよ。私は大丈夫だから」


「お前が無理をしているのは分かっている。本当なら、もっと短い周期で血を吸わなければならないのだろう?」


「うん。でも、やっぱりなりふり構わず人を攫うのは間違ってるよ」


「人間なんてそうされても当然の存在だ」


どこか憎しみを感じさせる声色で呟いています。


「兄さん!」


「・・・お前の命には代えられない」


・・・吸血鬼の主食は血。


それなら、逆に言えば、血を吸わなければ生きていけないという事になるんですね。


生きる為には仕方がないという事ですか・・・。


「お前は優しい奴だから・・・。血も全部吸わず、眷属にもしない。眷族にすれば、いつでも吸えるというのに」


「その人にだって、その人の生活があるんだから。それを勝手に奪ってしまうのはいけない事だと思うんだ」


優しい人なんですね。


肩に乗せられ、視界は常に後ろな為、二人の姿を見る事ができませんが、とても柔らかい雰囲気があります。


「・・・分かった。だが、今は無理せず、血を吸ってくれ。お前に死んで欲しくない」


「うん。・・・ごめんなさい。少しだけ、少しだけ血を吸わせてもらいますね」


僕は地面にゆっくりと降ろされます。


そして・・・少女がゆっくりと僕の方へ近づいてきます。


僕は・・・どうするべきなんでしょうか?


「ロラハム!」


「無事か!?」


「セリスさん! ラミットさん!」


「ッ! 起きていたのか!?」


「兄さん・・・」


「そいつから離れてもらおうか・・・」


剣を構えるセリスさん。


「逃げるぞ。イリア」


「う、うん」


その場から立ち去っていく二人。


「ロラハム」


「・・・すいません」


「いや。無事ならいい。・・・何か分かったか?」


「はい。あの二人が吸血鬼であることは間違いありません」


血を吸うといっていましたからね。


・・・でも、何だか違和感を覚えるんですよね。


「他には?」


「最後に言っていたと思いますが、彼らは多分兄妹ですね」


「ああ。兄と呼んでいたからな」


「んで、お前は血を吸われちまったのか?」


「いえ。あの・・・」


やはり、あの二人が言っていた事は伝えるべきですよね。


決して襲うのが目的ではないという事を。


「・・・とりあえず、奴らを追う。俺は一度村へ戻り、相棒を連れてくる。その間、お前ら二人は奴らを追っておいてくれ」


「あ・・・」


セリスさんが行ってしまいました。


「何か言いたい事があったのか?」


「あ、はい」


「話は追いながらしようぜ。まずは、あいつらを追わないとな」


「・・・はい」


外は暗く、姿を確認できませんでしたが、幸い方向はわかっています。


それに・・・逃げ切れるような体力もないはずです。


もう限界のようでしたから。


僕とラミットさんは全力で走り去った方向へ向かいます。


「・・・んで、何が言いたかったんだ?」


走りながら、ラミットさんが聞いてきます。


「・・・はい。僕達が生きる為に生き物を食べるように、彼らも人の血を吸わなければならないんです」


「・・・・・・」


「生きる為。彼らの行動は間違っているのでしょうか?」


「・・・間違ってはいねぇだろうな」


「・・・えッ?」


「間違ってはいねぇって言ってるんだよ」


「・・・・・・」


間違っていない・・・ですか。


「それなら、何故僕達は彼らを捕まえないといけないんでしょう?」


「・・・それはおかしい事なのか?」


「・・・どういう意味ですか?」


ラミットさんの言っている意味が分かりません。


「人間にしろ、亜人にしろ、生き物ってのは自分に危害を加えるであろう相手に対しては容赦しねぇ。それが生物の本能だ。防衛本能っていうな」


「・・・防衛本能」


「捕まえて一方的に裁く事が当然であるとは俺も思わねぇ。だがな、何かを守るためには理不尽を飲み込んじまう必要もある。覚えておきな」


「・・・・・・はい」


でも、それじゃあ、あの人達のように他人を気遣いながらも生きている人はどうなるんでしょう・・・。


一体どうすれば・・・。


「所詮、世の中なんて弱肉強食、優勝劣敗。弱い奴は弱い立場にあるのさ」


「・・・それなら、ラミットさんは弱い立場の者は理不尽を受けても仕方がないと言うんですか?」


「ん?」


「弱い者はどうしようもないと言うんですか? どんな事でも我慢しろというんですか!?」


「んな事は言ってねぇ」


「ですが!」


「いくら叫んだところで弱い奴は弱いままで何も変わらねぇんだ!」


「ッ!」


そんな、そんな言葉を認めるわけにはいきません!


「勘違いするんじゃねぇ。強い奴がいれば弱い奴がいるのも当然だと俺は言いたいだけだ」


「強い者。弱い者。確かにそうかもしれません。ですが、それが弱い者を虐げていい理由にはなるはずがありません」


「強い奴がいて、弱い奴がいる。それは自然の摂理であって、変わる事はねぇ。でもよぉ、弱い奴の事を考えてやり、救えてやれるのも強い奴だけなんだよ」


「強い者が弱い者を救う?」


そんな事考えた事もありません。


「今の俺らはあいつらを追う側。あいつらは逃げる側だ。立場的に俺達が強い奴、あいつらが弱い奴にはいる」


「・・・・・・」


「例えば、今あいつらに犯罪者や無力な平民が付いた所で、あいつらが人を襲ったという事実が消えるわけじゃねぇ」


「・・・はい」


「だが、俺達ならあいつらをどうにかする事が出来るんじゃねぇのか? 話を聞いて、事情を知り、救ってやる事も出来るんじゃねぇのか?」


「・・・一方的な考えですね」


「ああ。傲慢で欲張りな考え方だ。だが、事実だろう?」


「・・・・・・」


・・・間違った事は言っていません。


確かに弱いもの同士が束なった所で、強いものには勝てないのかもしれません。


「そうそう、後もう一つ言いたい事がある」


「・・・なんですか?」


「弱い奴は弱いままだ。だがな、弱い奴だって束ねれば強い奴に勝てるんだよ」


「えッ?」


「今から十年前。まだお前がガキの頃だな。所詮辺境の地かも知れねぇが、俺の故郷は平民達の革命によって貴族が消された」


「・・・革・・・命?」


「ああ。平民を虐げる貴族だったからな。潰されて当然だ。・・・理解できるか? 貴族だといって現を抜かし、平民達の企みにも気付かず、結局潰された現実が」


「・・・・・・」


「馬鹿だよな。・・・あぁ、馬鹿だよ。足元すくわれて。結局、あんな苦労ばっかりする破目に・・・」


「・・・ラミットさん?」


もしかして、ラミットさん・・・。


ラミットさんがその貴族なんじゃ・・・。


「話が逸れちまったな。とにかく俺が言いたい事は弱い奴らは束になるか、強い奴の保護下に入るか、他にもあるかも知れねぇが、それぐらいしか救われる道はねぇんだ」


「・・・・・・」


「んで、結局、感情移入しちまったお前はあいつらを救ってやりてぇんだろ?」


「・・・はい。僕に出来ることなら、なんでもするつもりです」


「んならよぉ、気張れや。あいつらにはあいつらの事情があるだろう。それを聞き出すにはそれ以上の覚悟ってやつが必要になる」


「覚悟・・・ですか?」


「そして、救ってやろうと本気で思うなら、それ以上の覚悟が必要になる。まぁ、俺が言える事はそれだけだ」


「分かりました」


「若いねぇ。・・・まぁ、羨ましくもあるが・・・」


「ラミットさん。何か言いましたか?」


「いんや、言ってねぇよ」


・・・確かに言ったと思うんですが・・・。


「しっかし、中々追いつかないな。あいつら翼でもあるんじゃねぇのか?」


「まさか・・・鬼人に翼があるはずがないじゃないですか。吸血鬼も鬼人の一種なんですから、同じな筈ですよ」


「だよな。まぁ、いずれ追いつくだろう。セリスのダンナもいることだしな。・・・もちろん、お前は追い続けるんだろ?」


「はい! 勿論です」


それが僕に出来ることなら・・・。


「んじゃぁよ、スピード上げるぜ。しっかり付いて来いよ」


「はい!」


二人に追いつく為、僕達は速度を上げた。


追いつき、話を聞きたいから。


傲慢で一方的な考え方だけど、出来ることなら救ってあげたいから。


だから、僕は・・・僕達は・・・。


ただ全力で森を駆け抜けるのみです。


~SIDE OUT~










「イリア!」


「・・・ハァ・・・ハァ。わ、私の事はいいから、兄さんは逃げて。兄さんだけなら、飛んでいけるでしょう?」


イリアと呼ばれる少女が地面に膝を着きながらそう告げる。


吸血鬼として、必要不可欠な吸血を行っていない反動がここにきて顕著に表れてしまった。


人で言う餓死寸前に近い状態だ。


辛くない訳がない。


「置いていける訳ないだろ!? 俺とお前は血を分け合った兄妹じゃないか・・・」


「・・・・・・」


膝を着いたイリアの身体を支え、ゆっくりと前へと歩みだす謎の大男。


「いやがったぜ!」


「はい」


そんな二人の視界に、先程の二人組みが映る。


三人いた筈なのだが、今はそんなことを気にしている暇はなかった。


「に、兄さん・・・」


「クッ。お前はどこかに隠れて、俺が時間を稼いでいる間に逃げるんだ」


「そんな事出来ない! 兄さんがいないと私・・・」


「・・・俺のことはいい。それに、死ぬつもりはないからな」


「兄さん・・・」


イリアを背中側に回らせ、謎の大男は腰に控えていた刀を構える。


その刀はほぼ背丈と同じほどの長さであり、通常の長さとは大きく異なっていた。


「他者を襲う事を罪とするならば、俺は素直に受け入れよう。だが、俺は生きる為に刀を抜かなければならない。俺は・・・俺達は、ただ生きたいだけだ」


辺りに静寂な空気が流れる。


「バニング・マターニア。推して参る」


覚悟を決めた瞳でラミットとロラハムを貫くバニング。


全身から迸るバニングの威圧感に押されるロラハム。


「ロラハム。言っただろ? 立ち向かうなら、相手以上に強く深い覚悟が必要になると。逃げるのか?」


「・・・いえ。そんな事しません」


押され気味だったロラハムも覚悟を決めた表情に変わる。


「生きる為・・・か。強くもあり、弱くもある理由だな」


「えッ?」


「いや。・・・お前があの男の相手をしろ。俺はあの女が逃げないように気を張っている」


「・・・分かりました。任せてください」


ロラハムが一歩前に出て、バニングに槍の先端を向ける。


対面する二人の男。


かたや、ただ生きたいが為に。


かたや、ただ救いたいが為に。


両者の思想がすれ違う中、自分の目的を果たす為の戦いが今始まる。


勝利の末に何があるのかは分からない。


だが、今はただ目的を果たす為だけに・・・。

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